インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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33話 寝相の悪さはエース級

 8月。IS学園学生寮。時刻は午後11時。

 とある一室の前に1人の影が立っていた。

 その部屋の、ドアの横には1031の番号と『ウィリアム・ホーキンス』と書かれた表札。

 

「……………」

 

 ドアを開けて室内へと侵入した影は、腰近くまで伸ばした長い銀髪。右目は燃えるような深紅の光を灯しており、左目は黒い眼帯で覆っている少女。

 そう、影の正体はドイツ代表候補生にしてIS配備特殊部隊『黒ウサギ隊』の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒである。ちなみに下着姿。

 侵入者もといラウラは物音1つ立てず一直線にウィリアムが寝ているベッドへ歩いて行き、そしてそのままモゾモゾと布団の中に潜り込んだ。

 

「(ふむ、やはりここが1番落ち着くな……)」

 

 ラウラはウィリアムの腕をくぐるようにして収まり、ゆっくりと(まぶた)を閉じていく。

 ――と、その時だった。

 

 ガシッ

 

「!?!?」

 

 眠りにつこうとしていたラウラの意識は、自身の体を抱いていたウィリアムの腕にいきなり力が込められたことで覚醒する。

 

「な、何を……!」

 

 痛いほどではないものの込められる力は徐々に強くなっていき、しかも少しずつウィリアムの方へと引き寄せられていた。

 

「(まさか起きて――!?)」

 

「うーん……。ガトリング中将、【イーグル】に駆逐艦の主砲を載せるなんて無茶ですよ……。ぐぅ……」

 

 ラウラはハッとして振り返るが、ウィリアムはブツブツと寝言を呟くだけで特に起きている様子はない。――というか、こいつはいったいどんな夢を見ているんだ……。

 

「(……どうやら本当に寝ているようだな)」

 

 寝息を立てるウィリアムを見て、さて、自分も寝ようかと、もう1度(まぶた)を閉じるラウラ。ちょうど良い具合に体も抱きしめられているので、その心地よさに早くも意識がまどろみ始める。

 だがしかし、ラウラはこれから、ある意味地獄のような夜を過ごすことになるとは想像すらしていなかった。

 

「ん、んー……」

 

「(ひゃうっ!? あ、足を絡ませて……!?)」

 

 ラウラを抱きしめながら、彼女の足に自分の足を絡ませるウィリアムは正真正銘 睡眠中である。狸寝入りなどは一切していない。

 実はこの男、かなり寝相が悪いのだ。ラウラが初めて部屋に忍び込んだ時もウィリアムの寝相の悪さに驚いたが、その時はせいぜいが抱きしめてくる程度だった。

 しかし今回は以前よりもさらに酷くなっており、今のラウラは完全に抱き枕状態で身動きすら取ることができない。

 

「スー……スー……」

 

「(あっ、い、息がうなじにかかって……!)」

 

「んー……」

 

「(か、顔をうずめるなぁぁぁっ!!)」

 

 こうしてラウラは、ウィリアムに抱きしめられる天国のような、しかし羞恥や何やらで地獄のような夜を過ごすことになるのだった。

 

 ▽

 

「ん……? くぁ……あ~……」

 

 朝。窓の外では8月の太陽が空から地上を見下ろしており、セミが今日もやかましく鳴いている。

 

「いやぁ、よく寝たよく寝とおぉぉぉうっ!?」

 

 朝っぱらから奇っ怪な声を上げた俺は悪くないと思う。というか、誰だってそうなるだろう。

 

「……………」

 

 なぜなら、下着姿のラウラがベッドにペタンと座り込みながら恨めしそうな表情でこちらを睨んでいたのだから。

 

「ら、ラウラ! What the fuck doing!?(何してんだ!?)

 

「……ようやく起きたか」

 

 ムスーっとした顔のラウラが口を開く。え? ちょっと待って。俺なにかした? むしろ部屋に勝手に入って来たラウラの方が――って、そうだ!

 

「お前、また勝手に忍び込んだな!? そもそも鍵を閉めていたはず――……?」

 

 声を荒げる俺だったが、ここでラウラの様子がおかしいことに気付いた。なんというか、顔が妙に赤い。しかも自分で自分の体を抱いているような格好だ。

 もしかして寒いのか? そういえばエアコンつけてたもんな。ったく、そんな格好してるからだ。

 俺はベッドから体を伸ばし、バッグの中を漁る。

 

「ラウラ」

 

「なんだ?」

 

「風邪ひく前に服着ろよ。ほら、これ貸してやるから」

 

 バッグから取り出したシャツを片手にそう言うと、ドスッとラウラから無言の手刀が飛んできた。……何故(なにゆえ)

 

「何なんだよ。俺が何かしたのか?」

 

「なっ……!? さ、昨晩私にあんなことをしておいてっ! お、お前という奴は……!」

 

「ちょいちょいちょいちょい。……昨晩が何だって?」

 

「それは……その……」

 

 途端にモジモジし始めながら、さらに顔を赤らめるラウラ。な、なんだよ。なんでそこで意味深な顔になるんだよ。

 

「か、絡めたり、うずめたり……」

 

 ……なん……だと……!?

 

「おい、ほんとに何をしたんだ……!? 俺はいったい何をしでかしたんだ!?」

 

「うっ! な、なんでもない! この話はもう終わりだ! いいな!?」

 

「いやでも――!」

 

「い・い・な!!?」

 

「い、イエス・ミス、少佐殿……」

 

 今にも湯気を放ちそうなほど顔を真っ赤にしたラウラの迫力に気圧される形で話は打ち切られる。

 織斑先生に自首してきた方が良いレベルの事案だったりするのか……!? と一瞬頭を抱えたが、彼女がそう言うのなら、これ以上問いただすのはよしておこう。あとで俺が発狂しながら壁に頭を叩きつけることになりそうな気がするし。

 

「それで? お前はなんだって俺の部屋に忍び込んだんだ?」

 

「っ! そうだ。目的を忘れるところだった」

 

 室内に漂う微妙な空気を改めようと考えてラウラにそう訊ねると、彼女は思い出したように何かのチケットを2枚取り出した。

 

「これは?」

 

 ラウラが持つチケットを、しげしげと眺める。

 

「こ、今月できたばかりのウォーターワールドの入場券だ」

 

「ウォーターワールド……ああ、そういえばそんな場所あったなぁ」

 

「ぐ、偶然手に入ったのでな。期限は明日までだが、お前を誘おうと思って持って来たのだ」

 

「誘ってくれるのは嬉しいが、俺で良いのか?」

 

 夏休みで結構な数の生徒が帰省や帰国をしているとはいえ、俺の他にも一緒に行ける奴はいただろう。

 

「お、お前と一緒に行きたいのだ……

 

 小さく(しぼ)んでいくようなラウラの声だったが、その言葉を俺の耳は確かに捉えた。

 うっ! おまっ、そんなことを言うと勘違いする奴が続出するぞ……!

 頬をほんのり赤く染めながら視線を逸らすラウラに、俺の心臓はまるで長距離走でもしたあとのようにバクバクと鳴り響く。

 ま、まあ、用事はこの前アメリカに帰って全部済ませて来たし、せっかく誘ってくれているわけだし……。

 

「じゃあ、俺で良ければ……」

 

「そうか!」

 

 不安そうに俺の答えを待っていたラウラの顔が、パァっと明るくなった。

 

「待ち合わせ時間はどうする?」

 

「では10時に現地集合でどうだ?」

 

「分かった」

 

 貸し出したシャツを手早く着たラウラはベッドから降りて、弾む足取りで部屋を出て行く。

 

「……うわ、なんじゃこりゃ……」

 

 少しの間ドアの方角を見つめてからベッドを出て洗面所へ向かった俺の顔は、酷く紅潮していた。

 

 ▽

 

「だあ! クソッ! 蒸し暑い……!」

 

 本当に日本の夏は地獄級だ。そもそも、この国の人間じゃない俺にとって日本特有の湿度の高い夏は拷問にも等しい。

 朝方はまだ涼しく過ごしやすかったというのに、昼になった途端にこれだから困る。

 

「そもそも、なんで廊下のエアコンついてないんだよ……」

 

 太陽もすっかり高く登り切った真っ昼間。昼食を取るため食堂を目指す俺は、制服の胸元を緩めてパタつかせながら寮の廊下を歩く。

 

「自然様は俺を蒸し焼きにでもしたいのかぁ?」

 

 ゲンナリしながらそうボヤいていると、こんな蒸し暑いにも拘わらずニヤついた表情をしている鈴の姿を見つけた。

 

「ふ、ふっ、ふっふっふっ……」

 

「よう鈴。今日も暑いな」

 

「そうよねー」

 

「まったく、日本人はよくこんな中でケロッとしてられるなと思わないか?」

 

「そうよねー」

 

 ……うん? どうも違和感が……というか、なんか適当に返事されているような……?

 

「お、おい、鈴?」

 

「そうよねー」

 

「リーン。おーい」

 

「そうよねー。にゅふっ、にゅふふふっ」

 

 ……………。

 手を振ってみるが変な笑い声を上げる以外特に反応はなく、鈴はニヘラァっと表情筋を緩ませたまま自室へと入って行く。

 

「あまりの暑さに頭のヒューズが吹っ飛びでもしたか?」

 

 1人ポツンと残された俺の声は、熱気に満たされた廊下の中に小さく消えた。

 

 




 ーおまけー

 ティンダル空軍基地、トーマス・ホーキンス大佐の執務室にて。

「――報告は以上になります、大佐」

「うむ。ご苦労。――それはそうと、ガトリング中将はちゃんと仕事をしていたか?」

 トーマスの何気ない質問に、室内にいた兵士達は一斉に黙り込む。

「(おい、どう説明すんだよ?)」

「(仕方ない。俺が言おう)……大佐、中将は……」

「(いや、ここは俺に任せとけ)……基地のターミネーターにGAU‐8(アヴェンジャー)を載せようとしていたところを巡回中の兵士が発見しました」

「…………は?」

「現在、信者もろとも営倉に叩き込んであります」

 その報告を聞いたトーマスは手をプルプルと震わせながら執務用の眼鏡を外し、静かに口を開いた。

「……すまないが、今から呼ぶ者は少し愚痴に付き合ってくれ。サンダース、エドワーズ、フォード。……あのアンポンタンどもめ」

 トーマスの眉が怒りでヒクついているのを見て全てを察した兵士達は、言われた通り先ほど呼ばれた3人を残して速やかに部屋を退出する。
 そして、バタンとドアの閉じる音を合図にトーマスの怒号が響き渡った。

「あの基地司令はいったい何をしとるか!! 反省という言葉を知らんのか奴らは!?」

 普段は真面目で温厚なトーマスの怒号はドアを閉じているにも拘わらず室外に漏れ出るほど大きく、つい最近この基地に配属されたばかりの兵士は『ヤバい所に配属されたんじゃ……』と頭を抱えていた。

「最近は大人しくしていたからようやく安心できると思っていたのに、またバカなことを始めおって! ちなみにターミネーターの機種は!?」

「てぃ、TF‐22【ヴェロキ・ラプター】であります」

「ファッキン・シット!! 我が軍の最新鋭機じゃないか!! あれになんて物を載せようとしているんだ連中は!」

 ガソリンを注がれて地獄の業火と化したトーマスの怒りは天井知らずだ。勢い良く椅子を立ち上がった彼の言葉はさらにスロットルを上げていく。

「口を開けば巨砲だのロマンだの……! 仕事もせずに最新鋭機を勝手に魔改造しようとする奴なんて大嫌いだッ!」

「お、落ち着いて下さい大佐。ターミネーターに損傷は見られません――」

「うるせえっ! 大ッ嫌いだ! サボり魔中将のヴァーカ!」

「「「(ヤベェ、大佐が壊れた……!!)」」」

 トーマスのあまりの豹変ぶりに3人は冷や汗を流しながら1歩後退(あとずさ)る。

「た、大佐、それ以上言われると中将が泣いてしまいますよ。あの人、変なところで豆腐メンタルだから――」

「あ゛あ゛ん? 豆腐メンタルがどうした! 私だって泣きたい気分だよ!」

 サンダースの言葉を遮ったトーマスは手に持っていたボールペンをバチンッ! と執務机に叩き付け、渾身の叫びを放った。

「ちくしょーめぇぇぇ!!」

 これだけ騒いでもなお、トーマスの怒りは治まらない。

「この前は基地の視聴覚室を使って、こっそりスマブラ大会なんて開いてやがった! 部屋に入った瞬間、思わずウオッ!? と驚いたよ! 何せ入ると同時に『ルゥイージィ』って聞こえたんだからな! そこは普通ピカチュウ一択だろう!」

 激しい身振り手振りによって額に珠のような汗を浮かばせるトーマス。……一言だけ変なことを口走っていた気がするが、そこには触れないでおくとしよう。

「(え? スマブラ大会? 初耳なんだけど)」

「(なにそれ。超楽しそう)」

「(ってか、大佐はピカチュウ派なのか。俺プリン派だわ)」

 ……おい、お前ら。
 ちなみにエドワーズ、フォード、サンダースの順番である。

「連中が大人しくしているのを、反省したと勝手に思い込んでいた私は判断力足らんかった~! もういっそのこと適当な罪状吹っ掛けて軍事法廷にでも立たせてやればいいんだ! スターリンがやったように!!」

 ひとしきり叫んだあと、トーマスははぁ、はぁ、と肩で息をしながらゆっくりと椅子に腰掛ける。

「……何でもかんでも縛り付けるだけでは組織が成り立たないのは分かっている。兵士には息抜きが必要だし、思想だって個人の自由だ。だが勤務時間中くらいは仕事をしてくれ……」

 トーマスは最後に「愚痴に付き合わせてすまなかったな」と3人に謝罪する。
 そんな彼の背中には、悲愴感(ひそうかん)が漂っていた。

 ……これで良いのか、アメリカ空軍。

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