インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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34話 水上ペアタッグ障害物レース

 翌日、午前10時。ウォーターワールド。

 

「これは、すごいな……」

 

「ああ。想像以上だ……」

 

 目の前の光景に思わずそう呟く俺とラウラ。そんな俺達の前には見上げるほど大きな建物がドカンとそびえ立っていた。

 屋内アミューズメントプール『ウォーターワールド』。つい最近完成したばかりのこの施設は今月分の前売り券が既に完売しており、当日券も2時間並んでようやく入手できるほどらしい。

 ていうか、規模を舐めてたな。もう少し小さいと思ってたが、想像の2倍近くはデカイぞ……。

 

「ウィル、入場客の最後尾はあそこのようだ」

 

「おう。それじゃあ人が増える前に並ぶか」

 

 ラウラが入場待ちの列を指差し、俺はチケットの忘れが無いかを確認してから1歩踏み出した――ところで、見知った人物が2人視界に入った。

 1人はツインテールを揺らした小柄で快活そうな少女。もう1人はブロンドヘアーに縦ロールが特徴のお嬢様チックな少女。そう、鈴とセシリアだ。

 

「む? あそこにいるのは鈴とセシリアか?」

 

「みたいだな。おーい。鈴、セシリアー!」

 

「……? ウィリアムさんにラウラさん?」

 

「なに? アンタ達も来てたの?」

 

 鈴とセシリアの名前を呼びながら歩み寄ると向こうも俺達の存在に気付いたらしく、意外そうな表情を浮かべる。

 

「ああ。実は昨日ラウラに誘われてな」

 

 その『お誘い』のためにこっそり部屋に侵入してきたもんだから、朝っぱらから心臓が止まるかと思ったが……。まあ、その話はもういい。それより……。

 

「鈴、お前さん結局セシリアを誘ったんだな」

 

「「……はい?」」

 

 俺の何気ない言葉に鈴とセシリアの口から素っ頓狂(すっとんきょう)な声が漏れる。

 

「え? 違ったか? 一夏の奴が『急用で遊びに行けなくなった』って言ってたから……ぐえっ!?」

 

 2人の反応に微妙な違和感を感じながら言葉を続けると、いきなり鈴に胸倉を掴まれた。

 

「ちょ、ちょっと! アンタそれどういうこと!?」

 

「わたくし達にも分かるよう詳しく説明して下さいな!」

 

「わ、分かったっ。分かったから! 揺するな揺するな!」

 

「おい貴様ら。人の嫁に手を上げるとは何事だ」

 

 鬼気迫る表情の鈴とセシリア。そして胸倉を掴まれて強引に揺すられる俺を助けようと割って入ってきたラウラも交え、その場がプチ・カオスと化したその時だった。

 

 ~~♪

 

 鈴の携帯電話が軽快な着信メロディーを奏でたことで、俺の頭をシェイクしていた動きが止まる。

 すぐさまポケットから携帯電話を取り出した鈴は画面に表示された番号を確認するや、目の色を変えた。

 

「もしもし!? 一夏! アンタ今どこ!?」

 

《今、学校だ》

 

「はあ!?」

 

《あー、いや、そのだな、なんか山田先生に言われてな、今日【白式】の開発室から研究員が来るんだと。それで、データ取りをしないといけないんだと。ほら、先月第2形態になったから、データを改めて欲しいんだとさ》

 

 スピーカー越しにわずかに聞こえる一夏の言葉は、まんま昨日俺が彼から聞いた通りだった。

 さかのぼること昨日の午後8時頃。

 

『一夏じゃないか。こんな時間にどこへ行くんだ?』

 

『おお、ウィルか。それが実はさ……――』

 

 ……

 ………

 …………

 

『ははぁ、成程なあ。お前さんの【白式】の件で開発元の研究員が来ると。で、その研究員が申請していた学園入場許可証の写しを山田先生が今になって発見したと』

 

『そ。んで、それが明日なんだけど、その日って鈴に遊びに誘われててさ。だから断ろうと思って電話したけど繋がらないんだよ』

 

『それで直接伝えに行こうってわけか』

 

 ――というやり取りを廊下でやった。でもそれなら鈴には話が行き届いてるはずなんだが……。

 

《本当は昨日連絡しようとしたんだ。でもお前、電話に出ないし、部屋に行ったら寝てるって言われたし……》

 

「 」

 

 ショックのあまり鈴は携帯電話を耳元に宛がったまま口を半開きにして固まっているが、一夏の言葉はさらに続く。

 

《チケットの期限って今日までだろ? そういうわけでセシリアにチケットをやったから、一緒に楽しんできてくれ。――あ、はい。えっと、すぐにですか?》

 

 電話の向こうで誰かに呼ばれたらしい一夏は、一旦鈴との会話を中断する。

 

「わりぃ、鈴。すぐ行かないといけなくなった。悪いんだけどセシリアにも説明しておいてくれ。じゃあ」

 

 ブツッ

 

 無情にも、電話は短くノイズを残して切れてしまった。

 

「くっ、く、くっ……!」

 

「鈴、よせ。そのケータイくんは無実だ」

 

 ワナワナと携帯電話を握り締める鈴。ミシリと軋みを上げるそれは、俺が声を掛けるのがあと少しでも遅かったら間違いなく地面に叩き付けられてスクラップになっていただろう。

 

「あの、鈴さん? 一夏さんはなんと……?」

 

「ふ、ふ、ふ、セシリア……よく聞きなさいよ……。一夏は来ないわ……」

 

「……………」

 

 ピシリとセシリアがフリーズする。

 何を言われたのか分からないといった様子のセシリアに鈴はさらに言葉を続けた。

 

「アンタ、一夏からチケットを渡されて『ここに行かないか?』って言われたでしょ」

 

「え? ええ。そうですが……というか、どうして鈴さんがそれを……?」

 

「そのチケットはね、元々あたしが用意したものなのよ」

 

 つまり――

 

「アンタのデート相手は、あたしよ」

 

「 」

 

 握り締めた拳をプルプル震わせながら壮絶な笑みを浮かべる鈴と、肩から下げていたバッグがずり落ちたことにも気付かず立ち尽くすセシリア。

 

「(……どうするよ?)」

 

「(……知らん。私に訊かれても困る)」

 

 ラウラに視線で訊ねるが、彼女もどうするべきか測りかねているようだ。

 取り敢えず、今度一夏は超高G旋回の刑に処すとしよう。ゲロを吐く1歩手前になるまで振り回してやる。で、問題はこの2人だが……。

 

「あー……2人とも、何か冷たい物でも飲むか? 奢るぞ?」

 

「……飲む」

「……いただきますわ」

 

 ウォーターワールド、ゲート前。入場を心待ちにする客で賑わう中、お通夜モードの女子2人の周りをドンヨリとした何かが包んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ヂグジョー! 一夏のバカー! アホー! 唐変木ー!」

 

「ええ、ええ。一夏さんのことですから、どうせそんなことだろうと思っていましたわ!」

 

 空になったコップをダンッとテーブルに叩き付けて一夏に対する愚痴をこぼす鈴とセシリア。まるで自棄酒(やけざけ)でもしているかのようだが……これ、本当にアルコール入ってないよな?

 ちなみに鈴はウーロン茶、セシリアがアイスティーだ。

 

「「はあ……」」

 

 ウォーターワールド内の喫茶店にて、2人の溜め息が重なる。それを合図に俺は口を開いた。

 

「少し落ち着いたようだな。それで、このあとはどうするつもりなんだ?」

 

「そうねえ、あたしは帰るかなぁ……」

 

「今から泳ぐ気にはなれませんし……」

 

 鈴とセシリアがそう決めて立ち上がろうとした瞬間、園内放送が響き渡った。

 

『本日のメインイベント! 水上ペアタッグ障害物レースは午後1時より開始いたします! 参加希望の方は12時までにフロントへとお届け下さい!』

 

 特に興味も無さそうな2人だったが、そのあとの言葉にピーンと耳を立てた。

 

『優勝賞品はなんと! 沖縄5泊6日の旅をペアでご招待!』

 

「「!!」」

 

 これだ! と、鈴とセシリアの表情が変わる。恐らくその景品で一夏と旅行をしようと企んでいるのだろう。……あれ? でも確かペアだろ? 1人あぶれることになるんじゃ……。

 

「えへっ」

 

「あはっ」

 

 うーわっ……。これ絶対に『何か適当な理由つけて奪おう』とかゲッスイこと考えてる顔だぜ?

 互いに下心まみれの笑顔を向け合う鈴とセシリアにジト目を送りながらコーラをひと口。

 

「(そういえば、さっきからラウラが妙に静かだな)」

 

 ふとそう思って隣に視線をやると、さっまでオレンジジュースを飲んでいたラウラは口元に手を当てて何やら考え事をしていた。

 

「ふむ……」

 

「ラウラ、どうした?」

 

「……沖縄5泊6日をペアで……」

 

 どうやら俺の声はラウラの耳に届いていないらしい。

 少しの間思考してから「よし」と呟いたラウラは、俺の方へと視線を向ける。

 

「ウィル! 我々もそのレースに出場するぞ!」

 

 眼帯に覆われていない右目の、その赤い瞳には闘志がみなぎっていた。

 

 ▽

 

「さあ! 第1回ウォーターワールド水上ペアタッグ障害物レース、開催です!」

 

 司会の女性がそう叫ぶと同時に大きくジャンプする。その動きで大胆なビキニから豊満な胸が思わずこぼれそうになった。

 そのせいなのか、はたまた単純にレースの開始を喜んでか、わぁぁぁっ……! と、会場からは歓声(主に男性の)と拍手が入り乱れる。

 レース参加者は全員女なのだから、観客のテンションも大いに上がっているようだ。

 なお、参加を希望した男はことごとく受付で『お前空気読めや』という無言の笑みに退けられた。

 女性優遇の社会ではあるが、それはそれ。やはり水上を走り回るのは女性が良いに決まっている。それは主催者であり当園オーナーでもある向島 光一郎(むこうじま こういちろう)の指針――というか、趣味であった。

 だがしかし、そんな女しかいないはずの会場に明らかに男であろう影が1つ。

 

「(マジかよぉ……)」

 

 その影の正体は、自分の存在が周囲から浮いていることに青い顔をしているウィリアム・ホーキンスである。

 なんで俺だけ参加なんだよ……と、ウィリアムは頭を抱えるが、彼が参加できた理由はこの女性司会者と向島オーナーのみぞ知る。――というか、ぶっちゃけると向島オーナーがラウラの大ファンで、彼女を出場させるためなら不純物(ウィリアム)が1つ混じる程度はコラテラルダメージという、ウィリアムからすればまったくもって失礼な理由だった。

 うん。ウィリアム、お前は怒ってもいい。

 

「さあ、皆さん! 参加者の方々に今一度大きな拍手を!」

 

 再度巻き起こる拍手の嵐に、レース参加者は手を振ったりお辞儀をしたりとそれぞれ応える。

 そんな中、ウィリアムは観客(主に男性)から浴びせられる嫉妬の眼差しの集中砲火に当てられて「あ、あははは……」と乾いた笑みを浮かべ、ラウラは入念に柔軟体操を行う。

 

「優勝賞品は南国の楽園・沖縄5泊6日の旅! 皆さん、頑張って下さい!」

 

「(この戦い、何がなんでも勝つ……!)」

 

 柔軟体操に十二分の気合いが籠っているラウラの背後には『必勝』の2文字が陽炎に揺れていた。

 

「(優勝のあかつきにはウィルと2人きりで沖縄へ行って……)」

 

 ……………。

 

『夫婦水入らずで南国旅行というのも良いものだな』

 

『ああ。でも俺は、ラウラと一緒ならどこへ行ったって楽しいぞ』

 

『そ、そうか……。わ、私も、お前となら……』

 

『――ラウラ』

 

『ど、どうした? いきなり後ろから抱きついてきて……』

 

『今、2人きりなんだよな? ならちょっとだけ夫婦らしい(・・・・・)こと、してみないか?』

 

『う、ウィル……?』

 

『ラウラ、好きだ。愛してる』

 

『ば、馬鹿者っ……。そんな強引に……』

 

 ホワホワ~ンと、ラウラの頭の中で色々と想像が膨らんでいく。

 

「(ふ、ふへへ……ハッ!? い、いかん! 集中しなければ! 気を抜けばこちらがやられる!)」

 

 周りは優勝を狙って集った者ばかり。その中には鈴とセシリアの姿もある。このような調子で(いくさ)(のぞ)めば、返り討ちに遭うのは確実だ。

 気合いを入れ直すため自身の頬をパンパンッと叩くラウラ。そんな彼女の横では、ウィリアムが半ば自棄(やけ)を起こしていた。

 

「(え、ええい! ままよ! もうこうなったらやってやる! 目指すは優勝! アメリカン・スピリッツ見せたるぞゴラァ!)」

 

「では再度ルール説明です! この50×50メートルの巨大プール! その中央の島へと渡り、フラッグを取ったペアが優勝です! なお、コースはご覧の通り円を描くようにして中央の島へと続いています! その途中途中に設置された障害物は、基本的にペアでなければ抜けられないようになっています! ペアの協力が必須な以上、2人の相性と友情が試されるということですね!」

 

 ウィリアムとラウラはアナウンスを聞きながら、再度コースを見回した。

 中央の島というのがなかなかに厄介で、空に浮いているのである。……いや、正確には頑丈なワイヤーで吊るされているのだが、問題はそこではない。

 

「(うーむ……こいつは泳いで渡るのは無理だな。ショートカットは――)」

 

「(上手く近道ができないように工夫されているな。そして、プールに落ちれば始めからやり直し、か)」

 

 成程、なかなかよくできている。2人はそう納得しながら、しかしこうも考えた。

 

「「(参加者が一般人なら――な)」」

 

 2人は専用IS持ちだ。そして当然ながら、それを扱うに当たっての訓練も受けている。

 ウィリアムは他の専用機持ちに比べれば訓練期間は短いが、それでも並みの軍人と同等の能力は持っている。そのペアであるラウラに至っては特殊部隊の隊長を勤めている実力者だ。

 単純な格闘能力だけなら、一般男性など相手にすらならない。相手が軍人であったとしても互角に渡り合えるだろう。

 ISとはそれだけのものであり、そしてそれを扱う者も人材価値として非常に高い(まあ、ウィリアムに関しては空軍に入隊したくて体を鍛えていたのが幸いしたのもあるが……)。

 

「さあ! いよいよレース開始です! 位置について、よ~い……」

 

 パァンッ! と乾いた競技用ピストルの音が響き、24名12組の水着の妖精達(うち1名はむさいゴリラ)が一斉に駆け出す。

 

「ウィル!」

 

「ああ!」

 

 開始直後、足払いを仕掛けてきた横のペアをジャンプでかわし、1番目の島に着地する。

 このレース、なんと『妨害OK』なのだ。――が、しかし、本物の軍人2人組にとっては、そのルールは逆に有利になるだけである。

 

「このまま突っ切るぞ、ラウラ!」

 

「了解した!」

 

 向かってきたペアを軽くかわし、そのまま正面突破を敢行する。

 レースは先行逃げ切りの真面目組と、妨害上等の過激組とに完全に別れていた。

 しかし、そこに問題が発生してしまう。

 何せ最年少に近い上に男女ペアとなっている2人が、いきなりの大立回りである。会場全ての注目を一手に集めてしまったせいで、以後の妨害はとにかくウィリアムとラウラに集中した。

 

「うおっ!? 悪い意味で目立ってるな!」

 

「チッ、邪魔な!」

 

 向かってくるたびに回避し、必要があれば水面に落としたりはしているものの、キリがない。どうやら先行した真面目組とグルの過激組がいるようだった。落とされては即復活し、とにかく妨害行為を仕掛けてくる。

 

「お先!」

 

「失礼しますわ!」

 

 足止めを喰らっている2人を、横から鈴とセシリアが抜いて行った。

 

「くっ、このままでは……!」

 

 現状に焦りを感じたラウラは、チラリとウィリアムに目配せする。

 

《早速だが、例の手を使う!》

 

《いやお前、それはいくら何でも……》

 

《ここは戦場だ! 敵に情けをかけていたら、やられるのはこちらだぞ!》

 

《戦場って、そんなオーバーな……》

 

 ついでにプライベート・チャネルで交信する2人。しかし、ウィリアムはラウラの言う『例の手』に渋りを見せる。と、その時だった。

 

「「うりゃああああああっ!!」」

 

 ガッツリと組み合った腕でラリアットを仕掛けてくる妨害ペアが正面に現れる。

 

「ら、ラリアットとかありかよ!?」

 

 何がそうまでさせるのかは分からないが、『例の手』に消極的なウィリアムの考えを改めるさせるには十分だった。

 

「(や、やられる……!)」

 

 ウィリアム目掛けて突撃してくる妨害ペアが異様にゆっくりと映る。

 

「(そんなに……俺達の力が見たいのか……。攻撃してくる……君達が……悪いんだぞ……)」

 

 キッと目の前のペアを睨みつけながら、半身(はんみ)の姿勢になって構えるウィリアム。

 そして――

 

「(やって……やる……。やられる……前に!)」

 

 瞬時に脚に力を込めて飛び出し、組んだラリアットの真下をスライディングで通り抜けながら両手で足を引っ掛ける。――と同時にラウラがバランスを崩した妨害ペアを一閃した。

 ドボーン! とプールに落ちる妨害ペア。しかしそれはもはや慣れっこのようだった。

 

「何度でも蘇るわよ、私達は!」

 

「まだだ! まだ終わってない!」

 

 水面(みなも)へと浮上した2人組。しかし、その体にはあるべき物が無い。

 

「ふっ……。威勢は良いようだが、装備もままならない状態でどうする気だ?」

 

「許せよ、君達。俺は見てないから……」

 

「「きゃああああっ!?」」

 

 素早く2人分の水着のブラを奪ったラウラは、パニックに陥る妨害組を鼻で嗤ったあと手元のそれを丸めて反対側の客席へと放り投げた。

 期待通り――というかそれ以上のアクシデントに、会場の男性陣は大いに沸いた。

 

「邪魔者は片付いた。追撃に移るぞ」

 

「お、おう」

 

 1番目の島ではロープに繋がれた小島を1人が固定して渡り、それから対岸で支えてもう1人も渡るというものだったが――

 

「この程度なら俺でも問題なく行けるか」

 

「これ以上時間をかけるわけにはいかん。一気に行くぞ」

 

 ウィリアムとラウラは同時に小島へと飛び移り、そのまま猛スピードで渡って行く。

 小島を1つ飛ばしで軽やかに飛んで行くラウラと、水飛沫を上げながら揺れる小島を強引に駆け抜けて行くウィリアム。

 さっきまで水着ポロリに沸いていた会場だったが、今度は2人の怒涛の追い上げに歓声が巻き起こった。

 

「こ、これはすごい! 先ほどのペアもでしたが、何か特別な練習でもしているのでしょうか!」

 

 続く第2の島も、障害そっちのけで2人は突き進む。

 1人が放水を止めてその間に通り抜けるという障害だったが、ウィリアムとラウラは水を浴びながら同時に走って突っ切った。

 

「はっ、気持ちいいシャワーだったぜ」

 

「この程度、地雷原に比べればお遊びだな」

 

 そんなこんなで続く第3の島、第4の島とクリアーしていき、ついに第5の島へ到達。鈴・セシリアペアにも追い付いた――のだが、またしても問題が起きた。

 

「ここで決着をつけるわよ!」

 

 まともに走ったのでは負けると踏んだのか、トップペアが反転して向かって来たのだ。

 

「あっはっはっ。一般人があたし達候補生に勝てるとでも思ってるのかしら?」

 

 余裕の態度を見せる鈴だが、ウィリアムとラウラはこのペアが一般人でないことに即座に気付いた。

 

「ラウラ、気付いているとは思うが……」

 

「ああ。あれは格闘技経験者の体格だ。一般人ではないな」

 

「おおっと、トップの木崎・岸本ペア! ここで得意の格闘戦に持ち込むようです!」

 

「――はい? 得意の……何ですって?」

 

「ご存知2人は先のオリンピックでレスリング金メダル、柔道銀メダルの武闘派ペアです! 仲が良いというのは聞いていましたが、競技が違えど息ピッタリですね!」

 

 マッチョ・ウーマンという単語がピッタリと合うそのペアは、気合い十分の怒号と共に向かってくる。

 

「(まずいな。こちとら全力で走ったり飛んだりして来たってのに、ここでまともにやり合ったら――)」

 

「(体力を浪費するだけして、押し切られるのがオチだな……)」

 

 その上ここは浮島だ。逃げ道など無い。

 

「くっ、やむを得ん……! ラウラ!」

「こうなったら……! セシリア!」

 

 奇しくも同時に作戦を思いついたウィリアムと鈴は、互いのペアの名前を呼ぶ。その声にラウラとセシリアがそれぞれ反応した。

 

「なんだ!?」

「な、なんですの!?」

 

「一か八かだ! 俺の後ろについてくれ!」

「あたしに秘策がある! 突っ込んで!」

 

「何か案があるんだな!」

「は!? わたくしが、前衛!?」

 

「大当たりだ! あとでコーラを奢ってやる!」

「そうよ! 迷ってる暇は無いから!」

 

 距離を詰めに掛かってきたメダリスト・ペアに向かってウィリアムとセシリアは単騎特攻する。

 

「よし、ここで……! ラウラ、来い!!」

 

「成程、そういうことか!」

 

 その場にしゃがむウィリアムを見て瞬時に作戦の内容を察したラウラは、迷いなく彼の元へと駆け出す。

 そして、それと同時に鈴の声が響いた。

 

「セシリア、そこで反転!」

 

「へ?」

 

 大声に呼ばれて振り向いたセシリアが見たのは、眼前に迫る鈴の足――の裏。

 

「上げるぞ!」

 

「頼んだ!」

 

 ラウラが肩に飛び乗ったのを確認したウィリアムが一気に立ち上がり、その勢いを利用して彼女はゴールへ向けて大きく跳躍する。

 

「は……? ――ぶべっ!!」

 

 一方のセシリアは鈴に思いっ切り顔面を踏まれて文字通り踏み台にされていた。

 セシリアを踏み台にした鈴はその身軽な動きで一気にゴールへ跳躍する。

 ――決着が、ついた。

 

「勝ったぁ!」

 

 フラッグを手に取ったのは、鈴だった。

 その後ろ、数秒前まで鈴とラウラがいた小島では、踏まれてバランスを崩したセシリアと、背中を向けていたことで回避し損ねたウィリアムがメダリスト・ペアのタックルを受けて一緒に数メートル下の水面(みなも)へと落ちていった。

 

 ドッボーン!

 

 大きく伸びた水柱をラウラは悔しそうに、鈴は眩しそうに見つめる。

 

「くっ……。ウィル、すまない……」

 

「ありがとう、セシリア。アンタのおかげよ」

 

 キラリ、青空にセシリアの笑顔が浮かぶ。……完全に故人の扱いだった。

 

「ふ、ふ、ふ……」

 

 地の底から響くような絶対零度の笑い声。そして、さっきの倍近い水柱が立つ。

 

「今日という今日は許しませんわ! わ、わたくしの顔を! 足で! ――鈴さん!」

 

【ブルー・ティアーズ】を展開した水着姿のセシリアが、憤怒の表情で鈴へと向かう。

 

「はっ、やろうっての? ――【甲龍(シェンロン)】!」

 

 対する鈴もすぐさま【甲龍】を展開し、即応態勢へと移る。

 

「な、なっ、なぁっ!? ふ、2人はまさか――IS学園の生徒なのでしょうか! この大会でまさか2機のISを見られるとは思いませんでした! え、でも、あれ? ルール的にはどうなんでしょう……?」

 

 驚きと興奮と困惑の入り交じった声で、司会の女性はまくし立てる。大きな身振り手振りに、またしても豊満なバストが揺れた。

 

「ぜらぁあっ!」

 

「はあぁぁっ!」

 

 鈴とセシリアは同時に飛び出し、互いにブレードがぶつかり合う――寸前、2人の動きはビタッと止まった。

 ISのハイパーセンサーがしきりに被ロックオン警報を発していたからだ。

 

「「!?」」

 

 ハッとして首を巡らせると、そこには1機の大柄なISが地上から2人を見上げていた。

 全身を包む艶消しグレーの制空迷彩。合計8枚もの翼と、飾り気のない武骨な機体シルエット。

 そして何よりも大きく目を引く――ヘッドギアに塗装された、シャークマウス。

【バスター・イーグル】を展開したウィリアムだ。

 

「お前らはここで戦争でもおっ始めるつもりか? 今すぐにISを解除しろ」

 

「でもセシリアが――!」

 

「鈴さんが――!」

 

 ジャキ……ガコッ

 

 鈴とセシリアの反論は、4連式ロータリーランチャーの駆動音によって遮られた。

 左右のランチャーからは『スカイバスター』が顔を覗かせており、それぞれ鈴とセシリアをロックしている。もちろんウィリアムに発射の意思は無いが、威嚇には十分だろう。

 

「かつての私の所業を振り返れば言えた義理ではないが、こんな場所で暴れたら巻き添えが出るかもしれないということも考えろ」

 

「う、ぐ……。分かったわよ……」

 

「ご迷惑をお掛けしましたわ……」

 

【シュヴァルツェア・レーゲン】を展開したラウラに(さと)されて、冷静さを取り戻した鈴とセシリアは大人しく(ほこ)を納める。

 こうしてウォーターワールド内にて勃発しかけたISバトルは未然に防がれたのだった。

 

 ▽

 

「まったく。お前達は専用機持ちだろう。こんな所で暴れたらどうなるかくらい分からないのか? んん?」

 

 さっきまで水着を着ていた俺は私服に着替えたあと、司会の女性に連れて来られた事務室で鈴とセシリアに説教していた。

 

「今回は被害がなかったから良かったがな、それは偶然だぞ。偶然ストッパーがいたから、被害が出なかったんだ」

 

 幸いにも未然に防げたので怪我人や物損は出なかったが、それは俺やラウラが運良くその場にいたからだ。私闘で一般人に怪我人を出したとなれば目も当てられない。

 

「とにかく、こういった行動は以後改めるように。いいな?」

 

「「はい……」」

 

 同じく私服に着替えた鈴とセシリアが、俺に叱られたことでシュンと小さくなる。

 ちなみにだが、鈴が取った優勝は試合が滅茶苦茶になってことで全てパアになった。その時の2人は思わず同情してしまうほどの落ち込みっぷりだったが、あとで賞品の所有権を巡って喧嘩するくらいなら元から無かった方が平和的だろう。

 

 ピリリリリッ

 

 部屋の備え付け電話が鳴って、女性がそれを手に取る。

 

「はい、事務室。……ああ、はい。分かりました」

 

 カチャリと受話器を置いた女性がこちらに向き直った。

 

「学園の方から身柄の引き取り人が来られたそうですよ」

 

「どうもありがとうございます。失礼しました」

 

 女性に1度頭を下げてから、俺達4人は事務室をあとにする。バタン、とドアが閉まる音を背中で聞いても、鈴とセシリアはぼんやりと床を見つめたまま俯いて歩き出す。

 

「よっ、ウィル。鈴とセシリアが暗いけど、こってり絞られたみたいだな」

 

 事務室から少し歩いた所には、今日を鈴もしくはセシリアと一緒に過ごす予定だった一夏が立っていた

 

「ああ。絞ったのは俺なんだがな。それはそうと、引き取り人ってのはお前さんか?」

 

「本当は山田先生が来るはずだったんだけどな、緊急の仕事だとさ。で、ちょうどデータ取りが終わった俺が代わりに――おわっ!?」

 

 一夏の言葉が終わらないうちに、鈴とセシリアが思いっ切り踏み込んでその胸倉を掴んだ。

 

「アンタねぇ……!」

 

「一夏さんのせいで! せいで……!」

 

 2人の女子から同時に非難100%の視線を受けて、さすがの一夏も怯んだらしく矢継ぎ早(やつぎばや)に言葉を紡ぐ。

 

「ま、待て。悪かった。なんか知らんが悪かった。――よし、何か奢ろう。甘いものとかどうだ? な?」

 

「「……………」」

 

 鈴とセシリアは数秒考えたあと、ボソリと呟いた。

 

「……(アット)クルーズ」

 

「……期間限定の1番高いパフェ」

 

「ぐあ」

 

 前に気になって一夏に訊ねてみたのだが、その店のスイーツは1番高いものになると1つ2,500円はするらしい。予想外の出費に一夏は頭を押さえた。

 

「なに、イヤなの?」

 

「断れる立場でしょうか」

 

「分かったよ……。はぁ……」

 

 そうと決まれば鈴とセシリアの切り替えは早い。さっきまでの落ち込みや怒りはどこかへ捨てて、喜色満面の笑みで一夏の腕を取って歩き始めた。

 

「これでまあ、一件落着か?」

 

 俺は去って行く3人の背中を眺めながら、腰に手を当ててふぅっと短く息をつく。

 

「さて、それじゃあ俺達も帰る―― 前に外食して行かないか? 実はあっちの方に美味いって評判の店があるんだが……」

 

「ほう、それは私も食べてみたいな。ちょうど動き回って空腹だったところだ」

 

「そいつはグッドタイミングだ。じゃあ早速行くか」

 

 2人並んで歩き始める俺とラウラ。

 店に向かう途中、ふと右手に柔らかな感触を感じて視線をやれば、俺の手を取って歩くラウラの姿が目に入る。

 突然のことで少し驚きはしたものの、悪い気は全くしない。――どころか、上手く表現はできないが何か暖かい気持ちで満たされるような気分だ。

 夕暮れ時のオレンジに照らされて長く伸びる影が2つ。

 それはまだ暑さの衰えない、8月のある日の出来事だった。

 

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