インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
「ラウラ・ボーデヴィッヒ。階級は少尉。現在はISの試験操縦士」
薄暗い部屋。不快な湿度が、ここが地下の密室であることを物語っている。
――そうだ、ここは……私の記憶の中でも特別暗い部分だ。軍の訓練、その中でも最も嫌いだった『尋問に対する耐性訓練』。
その訓練所でもあり、数年前まで実際に尋問……いや、拷問にも使われていた場所。床にできた黒いシミは、恐らく湿度とは関係のない、ナニカの跡だろう。
そして、水滴の音。結露した天井から時折落ちてくるそれが、無性に私の苛立ちを駆り立てていた。
「気分はいかがかな? ふふ、顔色が良くないね」
立つ気力も座る体力もない私は、そんな問い掛けに答えたりしない。
このおぞましき部屋の主であろう女は、しかし顔が見えない。こちらからは逆光になる位置で立ち、腰の後ろで手を組んでいる。
その声は妙に澄んでいて、この部屋の湿度もあってか特別きれいに
「さて、3日間の不眠と
答えるのも面倒だ。余計な体力を消費する。そのくらい、今の私は疲弊していた。
「これはねえ、典型的な尋問なんだよ。大昔から使われていた手法だ。時間の概念が停止した部屋で眠らせず、食べさせず、そして延々と水滴の音だけを聞かせる」
カツカツと、硬質のかかとを鳴らして女が数歩、進む。
「かけさせてもらうよ?」
勝手にしろ。そう、心の中で呟くのがやっとだった。
女は椅子に腰かけると右に左に首を鳴らし、ゆっくりと脚を組んだ。
わずかに光の網から抜け出した脚は、驚くことに素肌だった。
――軍服を着ていない……? 何者だ、こいつは……。
いつもの訓練官ではない。いや、それどころか軍人であるかさえも怪しい。
部屋の主の女かと思ったが、どうも私の勘違いだったようだ。改めて考えると、いつもの訓練官とは口調が違うし、声も高い。
「(こいつは……誰だ? なぜここにいる?)」
いつもと違う要素が、腐りかけていた私の思考回路を蘇らせる。自然と活力が沸き起こり、次の瞬間にはどうやって制圧するかを思案する。
「(そうだな、まずは――)」
「まずは、椅子を倒し、そのまま首を取る――というのは、あまりおすすめしないな」
「(!? な、なぜ――)」
「なぜ考えていることが分かったか、かい? それはねぇ」
女の顔がゆっくりと光の網から出てくる。しかしそれは口元までで、目は見えない。
美人――なのだろう、恐らく。アゴの造形が整っている。
そして形の良い唇が、ゆっくりと言葉を刻む。
「 」
それは、不思議なことに聞き取ることが一切できなかった。
読心術も習っている私には、例え無音であっても言葉を理解するのは容易い。にも拘わらず、なぜかその言葉は言語化することができなかった。
だが、それなのに――
「(ああ……、成程な)」
ひどく、納得がいってしまう。
それならば仕方がない、と思ってしまう『何か』。その言葉にはそれがあった。
「さて、それじゃあ尋問を始めようか。ラウラくん、愛国心はあるかな?」
「ああ」
「ふふ、簡単にウソをつくんだね、君は。――愛国心なんて欠片も持ち合わせてはいないだろう?」
「そんなことはない」
「ふーん……」
まあそれはいいんだよ、とどうでもよさげに言ってから、女は何やら手帳を取り出して開く。
「さて、仲間はどこにいる? 規模は? 装備のレベル、バックアップは?」
「言うとでも?」
「それもそうだね。では、こういうのはどうかな?」
ニヤリ、女の口元が笑みに歪む。
そんな表情の変化には取り合わず、私は次にどうやって目の前の相手を制圧するかを考え始める。
「好きな人はできた?」
―――――。
その言葉に、私の思考が完全に停止する。
「……な、に?」
「名前はウィリア――」
「なっ!? ば、馬鹿! 言うっ、言うなぁっ!」
「あははっ! 顔真っ赤にしちゃって、可愛いねえ」
「こ、こっ、殺す! 殺してやるっ!」
疲労も脱力も吹き飛ばして、私は立ち上がると同時に飛びかかる。
そして――
▽
「あ、あのー……ラウラ?」
「う……?」
ラウラが押し倒し、その首筋にナイフを当てているのはルームメイトのシャルロットだった。
場所はIS学園1年生寮の自室。時刻はどうも早朝らしく、窓の外ではスズメがのんきに鳴いている。
「えーと、あのね? ラウラがうなされていたから声を掛けようかなーと思ったんだけどね」
「そ、そう……か」
言われてみて気付いたが、ラウラは寝汗をビッショリとかいていた。肌にまとわりつく髪が、堪らなく鬱陶しい。
「……で、いつまでこのままなのかな?」
「そ、そうだったな。……すまない」
どうも夢の内容は覚えていないが、楽しいものではなかったのだろう。自分の乱れた脈拍がそう告げていた。
「ん、別にいいよ。気にしてないから」
「そうか。助かる」
この部屋割りには最初こそ戸惑ったものの、ルームメイトのシャルロットが非常に気配り上手な存在であったため、むしろ今ではこの編成に感謝している。
転校して間もない頃は睨み合ったりもしたが、あのトーナメント戦のあとも別段気にした様子はなく、改めてルームメイトとして、そして友人としての付き合いをしてくれていた。
「(そのシャルロットに刃物を向けるなど……どうかしている)」
ふう、と溜め息を漏らしてベッドから降りる。シャルロットもそれに続いた。
「ところでさあ、ラウラ?」
「なんだ?」
「あのー、やっぱりパジャマは着ないのかな?」
改めて、シャルロットは指摘する。というのもこのラウラ、寝る時はいつも下着姿なのだ。その理由が――
「寝る時に着る服がない」
「いや、そうかもしれないけど……ああもう、風邪ひくってば」
常にサイドテーブルに備えてあるバスタオルはこのためのものだ。いつものように、シャルロットはラウラの体にタオルをかける。
しかしまあ、以前までは全裸のまま寝ていたので、下着を着るようになった今と比べればマシにはなっているだろう。
「ふむ。すまないな。ところで私はシャワーをしてくるが、お前はどうする?」
「うん、僕も浴びようかな。冷や汗かいちゃったし」
「一緒にか?」
「ち、違うよっ、もう! ラウラのあと!」
「ふふっ、冗談だ」
いつもの冷淡なものとは違う楽しそうな声でそう言われて、シャルロットは一瞬ポカンとしてしまう。
その間にラウラはシャワールームへと行ってしまって、バタンとドアを閉じる音が聞こえる。
「(前は冗談なんて言わなかったのに、どうしたんだろ? ……ああ、そっか)」
何か心境の変化でもあったのか、と首を傾げていたシャルロットの頭の中に1つの答えが浮かび上がる。
「(きっとウィルだね)」
冗談をよく口にするあの友人。そんな彼と一緒にいたからこそ、自然とラウラに変化が訪れたのだろう。ラウラの友人としては嬉しい限りだ。
「(それはそうとして、やっぱりパジャマをなんとかしないと……)」
うーん、と朝から唸るシャルロットだった。
「買い物?」
「うん、そう」
寮の食堂、そこで早めの朝食を取りながらラウラとシャルロットは話していた。
2人の他には朝練をしている部活動の面々がチラホラいる程度で、まったく混んではいない。
2人のメニューはといえば、マカロニサラダにトースト、そしてヨーグルトである。
だが、ラウラのメニューにはもう1品だけ多い。
「あ、朝からステーキって……胃がもたれない?」
「何を言う。むしろ1日の始まり――つまりは朝だが、だからこそ多めに食べるべきなのだ。その方が体の稼働効率は良い。腹持ちの良いメニューならばなお良しだぞ。何らかの理由で昼食を取る
「……ちなみにラウラ、それ誰から聞いたの?」
「
「だよねぇ……。僕も前にウィルから聞いたことあったし」
でもラウラなら、ウィルから聞かなくても同じことを言いそうだなぁ。などと考えながら、シャルロットはフォークの先端にマカロニをスルッと通して食べる。
「む。なんだそれは?」
「なんだって……マカロニ?」
「それは分かっている。どうしてフォークに通したのかを聞きたいのだ。刺すではなく、なぜ通したのかを」
ラウラの眼差しは真剣そのもので、つい雰囲気に飲まれそうになったシャルロットはマカロニを飲み込むのがワンテンポ遅れた。
「なぜって言われても……なんとなく?」
「ふむ、なんとなく……」
「ラウラもやってみたら? 結構楽しいよ?」
言ってから、ハッと気がつく。
「(う、僕って子供っぽいかな……? ラウラのことだし、もしかしたら……)」
『ほう、確かに面白いな』
『そ、そう? よかった』
『こんなもので面白いと言える、お前の頭がな』
……………。
「(い、いや! そんなことはないよ、うん! ラウラはきっとそんなこと言わないよ!)」
「シャルロット」
――ビクッ!
「これは、確かに面白いな。ふむ……せっかくだ。全部の先端に通してみよう」
言ってすぐ、他のマカロニもいじり始めるラウラ。
どうも、本当に面白がっているらしく、その反応にシャルロットはホッと胸を撫で下ろした。
「む、く、これは思ったよりも難しいな……この」
なかなか最後のマカロニが通らず、悪戦苦闘するラウラ。
なんとなくシャルロットは昔飼っていた猫を思い出して、しばし見とれた。
「(あの子って変なところで不器用だったなぁ。毛玉、ずっと追いかけたりして、最後は玉じゃなくなって、不思議な顔してたっけ)」
「できた」
「おー」
マカロニを先端に通したフォークを軽く持ち上げるラウラと、それに拍手をするシャルロット。食堂にいた他の女子は、何事かと目をしばたたかせていた。
「それで、買い物には何時に行くんだ?」
「あ、うん。10時くらいに出ようかなって思うんだけど、どうかな? 1時間くらい街を見て、どこか良さそうなお店でランチにしようよ」
「そうか。せっかくだし嫁も誘って行こう。うむ、実にできた夫だな、私は」
「あ、あはは……。そうだね……」
ふふん、と得意気に鼻を鳴らしながらマカロニを食べるラウラに、シャルロットは苦笑いを浮かべるのだった。
▽
一方その頃。IS学園の整備室にて。
そこではウィリアムが、はぁ……と溜め息をつきながら【バスター・イーグル】の右腕を下から見上げる格好で何やら作業をしていた。
「(まったく。30ミリ弾を新しい弾頭に置き換えたから換装と試射をしてくれなんて、いきなりすぎるだろ。ていうか、なんでもっと早めに言ってくれなかったんだよ……)」
心の中でそう愚痴りながら、30ミリ機関砲『ブッシュマスター』のメンテナンス用ハッチを開くウィリアム。
「さて……えーと、なになに?
これは以前まで使っていた『装甲を
口径は30ミリなので、もちろん『ブッシュマスター』でも発射可能。武装は良いものを持つに越したことはないが、問題はここからだ。
「これがベルト給弾のキツイところなんだよなぁ……」
ジャラジャラと合計300発も連なる30ミリ砲弾でできた
そう、察しの通り、なんとこの【バスター・イーグル】は砲弾の装填作業が完全人力なのである。
「……………」
キュッコッキュッコッ
クランクの回転に合わせて1発ずつ拡張領域内の大型弾倉へと装填されていく30ミリ砲弾。
最もよく使う武器であり威力も信頼性も申し分ないのだが、この作業だけは毎度ながら実に面倒だ。
キュッコッキュッコッ
「――ああそうだ、あとで出かける用事もあるんだった。はぁ~……」
クランクを回しながら、ガクッと肩を落とすウィリアム。
今、ようやく10発目の砲弾が装填されたところであった。