インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
「部屋には不在。電話にも出ない。あいつはどこに行っているんだ。――まさか夫に隠れて浮気か?」
不機嫌そうに携帯電話をポケットにしまうラウラ。
ちなみにだが、ウィリアムは今【バスター・イーグル】を展開して試験射撃を行っているので、電話に出ることはまず不可能である。
「いや、浮気じゃあないんじゃないかな……。まあ、いないなら仕方がないよ」
「ISのプライベート・チャネルでなら繋がるだろう。よし」
「わあ! よし、じゃないよ! ラウラ、ISの機能は一部だけでも勝手に使うとまずいんだよ?」
「知るものか。ウィルの所在の方が大事だ」
「……織斑先生に怒られるよ」
ピシリ、ラウラの動きが止まった。
「そ、そうだな。プライベートな時間も、時には大切だろう。よし、シャルロット。2人で出かけよう」
「うん、行こ」
そうして2人で学園を出るため、一旦部屋へと戻る。
もちろん、2人とも着るのは私服――のはずだったのだが……。
「あの、ラウラ? その軍服はなに?」
「うむ、これは正式には公用の服だが、いかんせん私には私服がない」
「……………」
さすがに頭を抱えるシャルロット。そういえば、同じ部屋でも普通の女の子の格好をしているところを見たことがなかった。
「ラウラ、制服でいいよ……。その服って勝手に着たら本国の人に怒られるでしょ?」
「そう言われればそうだな。分かった制服に着替えよう」
それから女子とは思えない早さでラウラが着替えを終え、部屋を出たのは15分後のことだった。
「まずはバスに乗って駅前に移動ね」
「うむ」
バス停に着くとタイミング良くバスが走ってきて、2人はそのまま乗り込む。夏休み、それも10時過ぎということもあってか、車内はかなり空いていた。
都市部のバスにしては珍しく、車内は冷房ではなく窓からの風で
「(そういえば街の方ってあんまりゆっくり見たことなかったなぁ。せっかくだし、今日は色々見に行こっと)」
窓から見える景色を眺めるシャルロットを、風がゆっくりと撫でていく。わずかに揺れた髪は夏の陽光を受けて金色に輝いていた。
その隣、ラウラが真剣な眼差しで町並みを観察している。
「(ふむ……あの建物は狙撃ポイントに向いているな。それに向こうのスーパーは長期戦時にライフラインとして機能させられる。隣接する立体駐車場はかなり頑丈な構造をしているから、簡易的な
銀色の髪が日光を受けて鮮やかに輝く。その鋭い目線もあって、超俗的な雰囲気を醸し出していた。
「ね、ね、あそこ見て。あの2人」
「うわ、すっごいキレ~」
「隣の子も無茶苦茶可愛いわよね。モデルかしら?」
「そうなのかな? 銀髪の子が着てるのって……制服? 見たことない形だけど」
「ばかっ。あれ、IS学園の制服よ。カスタム自由の」
「え!? IS学園って、確か倍率が1万超えてるんでしょ!?」
「そ。入れるのは国家を代表するクラスのエリートだけ」
「うわ~。それであのキレイさって、なんかズルイ……」
「神様は不公平なのよ。いつでも」
シャルロットとラウラに注目している女子高生のグループが、声のボリュームを抑えることなく騒いでいる。
そんな風に盛り上がっている会話は、当然バスという狭い空間で2人の耳にも届いていた。
「……………」
そんな風に褒められたことが無かったせいか、シャルロットは恥ずかしそうに俯いている。
その一方でラウラは、どうでもいいことだと聞き流して、再度『戦時下の市街戦シュミレーション』を続けた。
「(ISとて限界はある。ここは
「ラウラ、ラウラ」
「ん、なんだ?」
「駅前に着いたよ。ほら、考え事は中断して降りよ?」
「分かった」
2人は他数名の乗客と一緒にバスを降りると、そのまま駅前のデパートへと入る。
シャルロットはバッグから何やら雑誌を取り出して、それを案内図と交互に見ては何かを確認していた。
「うん、分かった。この順番で回れば無駄がないかな」
「ふむ」
「最初は服から見ていって、途中でランチ。そのあと、生活雑貨とか小物とか見に行こうって思うんだけど、ラウラもそれでいい?」
「よく分からん。任せる」
相変わらず、一般的な10代女子のことには疎いラウラだった。10代というのは紛れもなく自分も含まれるのだが、分からないのだから仕方がない。
――それにしても、といつも思う。
ラウラは、元来
「(不思議なものだな)」
シャルロットには、何かそういう言葉では言い表せない不思議な魅力がある。
それは例えば、ラウラが知らない『母性』というものに近いのかもしれない。
「ラウラ、聞いてる?」
「ん? ああ、すまない。聞いていなかった」
「も~。私服はスカートとズボン、どっちが良いって聞きたの」
「ん。どっちでも――」
「どっちでも良いとか、言わないでね。取り敢えず7階フロアへ向かうよ。その下、6階と5階もレディースだから、順に見てこ」
「うん? なぜ上から見るんだ? 下から見たらいいではないか」
「上から下りた方がいいの。ほら、お店の系統から見ても、そうでしょ?」
そう言われてシャルロットが開いた本を見るラウラだったが……
「まったく分からん」
「~~~っ。あのね、下の方はもう秋物になってるの。上の方の階もだいぶ入れ替えてると思うけど、今セールで夏物がまだ残ってるから先にそっちを」
「待て、秋の服は要らないぞ」
「え? 要らないって……なんで?」
「今は夏だからだ」
何でもないように言うラウラだったが、シャルロットは唖然としてしまった。
「秋の服は秋になってから買えばいい」
「いや、あの……あのね? 女の子は普通、季節を先取りして用意するんだよ」
「そうなのか。――ふむ、確かに、戦争になってから装備や兵を調達しても間に合わん。つまりはそういうことか?」
「えっと……うん、それであってるよ」
「備えあれば憂いなしというやつだな」
単純に女の子としての感性の問題なのだが、ラウラは理屈でそう理解した。
それを一概に間違っているというのも変なので、シャルロットはシャルロットでそれでよしとすることにしたのだった。
「とにかく、順番に見て行こうよ。分からないことがあったら何でも訊いてね」
「そうだな。シャルロットが一緒なら心強い」
2人はエレベーターに乗って一気に7階まで進む。
「じゃ、まずはここからね」
「『サード・サーフィス』? ……変わった名前だな」
「結構人気のあるお店みたいだよ。ほら、女の子もいっぱいいるし」
そう言われてラウラが見た店内は、確かに女子高生・女子中学生が多くいた。
セール中ということもあって、店内は騒々しい。そのため、接客がおざなりになるのが当たり前だ。しかし――
「……………」
パサリ、客に手渡すはずの紙袋が店長の手からすり抜けて落ちる。
「
店長の異変に気付いた他の店員もその視線を追う。
そしてそのまま、魅了されたように呟いた。
「お人形さんみたい……」
「何かの撮影……?」
「……ユリ、お客さんお願い……」
店長は2人の方に視線を向けたまま、フラフラと歩み寄って行く。それはまるで魅了されたように、あるいは熱にあてられたように。
「え、あ、あの、私は? ていうか、服……落ちたままなんですけど……」
置き去りにされて文句を言おうとした女性客もまた、シャルロットとラウラの姿に見とれて言葉を失う。
まるで絵本の中のような2人の美少女は、店内にいる人すべてを魅了していた。
「ど、どっ、どんな服をお探しで?」
思わず上擦った声を上げる店長は見るからに緊張しており、サマースーツを着こなしている大人の女性とは思えない様子だった。
「えっと、取り敢えずこの子に似合う服を探しているんですが、良いのありますか?」
「こ、こちらの銀髪の方ですね! 今すぐ見立てましょう! はい!」
言うなり、店長は展示品のマネキンからセールス対象外の服を脱がせる。
――ちなみに夏物であってもやがて売れるであろう商品は客寄せに使うため、こうして店頭に飾ってある。もちろん、売るつもりではいるがそれはあくまで『とっておきのお客様』のためのものであって、初めて来店した客のためにわざわざ脱がすというのは普通なら無い。
そう、普通なら。
「ど、どうでしょう? お客様の
「へぇ、薄手でインナーが透けて見えるんですね。ラウラはどう?」
「ふむ……」
シャルロットに話を振られたラウラはそのシャツを
「白か。悪くはないが、今着ている色だぞ」
「あ、はい」
なんとも女子力の低い回答に、思わず間の抜けた返事をしてしまう店長。
「ラウラ、せっかくだから試着してみたら?」
「いや、面倒く――」
「面倒くさい、は無しで」
「……………」
まるで予測していたかのようなシャルロットに言われて、ラウラはそのまま黙ってしまう。
そうこうしている間に店長とシャルロットはシャツに合うインナーとボトムスを選んでいった。
「ストレッチデニムとハーフパンツに、インナーは……」
「Vネックのコットンシャツなんてどうでしょうか?」
「あ、いいですね、それ。色は同色系か、はたまた対照色か……う~ん」
あれやこれやと2人は楽しそうにラウラの服を選んでいく。
どうせ抵抗しても無駄だと悟ったラウラは、少し距離を置いた場所で2人の様子を眺めていた。
「(やれやれ、何がそこまで楽しいのだろうか……)」
服など着られればそれで良い。あくまで機能性だけを求めるラウラらしい考え方だった。
「さ、ラウラ。これに着替えてきて」
「分かった」
「試着室はこちらになります」
連れられるまま試着室に入って、そこでラウラは小さく溜め息を漏らした。
「(仕方がないとはいえ、せっかくの私服なのだからウィルに見てもらいたかったな)」
そんなことを考えながら、ラウラは制服を脱いでいく。
灯りに照らされた素肌は透き通るように白く、冷たさを感じるほどに美しかった。
「(……………)」
ふと、自分の体を改めて眺めた。下着だけを身に纏ったその姿は、しなやかでありながらも鍛えられた屈強さがある。
「(自分ではよく分からないが、異性にとっては魅力がないのだろうか?)」
――特にウィルにとっては。
部屋で裸のまま寝ていた時も、ついこの前下着姿で
「(うぅむ……)」
何かの雑誌で見たグラビアのポーズを真似てみる。
鏡に映ったその姿は非常に扇情的で、下着に包まれた曲線は異性であれば誰だって
「……馬鹿馬鹿しい」
自分の行動に恥ずかしくなったラウラは、そう言って着替えに戻る。
改めてシャルロット達が選んだ服を見ると、それは
「(どうせなら、可愛いのが良かったのにな。それならウィルが褒めて――)」
……………。
『ラウラ、その服可愛いな』
『服、だけか……?』
『何言ってるんだ。ラウラが1番可愛いに決まってるだろ』
『ば、馬鹿者。そんな小恥ずかしいことを……』
『下着も可愛いのを着けているのか?』
『え、あ……』
『見せてくれ、ラウラ』
『う、うむ……』
……………。
自分の妄想でありながら、ラウラは真っ赤になって沈黙していた。
「い、いや、その、なんだ……元よりそう上手くいくとは思わないが、しかし……」
しかし、可能性がゼロだとは言い切れない。
「どう、ラウラ。着替えた?」
ドアの向こうから声を掛けてきたのはシャルロットだった。
ラウラは取り敢えず急いで服を着直してから、ドアを開ける。
「あれ? どうして制服のまんま……?」
「シャルロット」
「う、うん。えと、もしかして気に入らなかった?」
「いや、そうではない。そうではないのだが……」
珍しく歯切れの悪いラウラに、シャルロットは頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
「も、もう少し、可愛いのが良いな……」
照れ臭そうに言うラウラがあまりに女の子的で、シャルロットは一瞬ポカンとしてしまう。――が、すぐに持ち直して、力強く頷いた。
「う、うん! 可愛いのが良いんだね!? すぐ見繕うから待ってて!」
さっきまで興味なさげだったラウラの思わぬ発言に、シャルロットは今まで以上に熱が籠った言葉で頷く。
「で、で、どんなのが良い? 色とか、形とか、希望ある?」
「そ、そうだな。それなりに露出度があるものが良いな」
「ん、分かった!」
シャルロットはすぐに店長の元に戻ると、2人して服の物色を始める。
「そっちの肩が出ているワンピースと、そっちのブレスレット。それから、えっと……」
まるで自分のことのように、シャルロットは楽しそうに服を選んでいく。
「露出が高い服なら色は黒の方が落ち着いてて良いよね。ラウラの髪にも合うし」
「あ、あまり派手なのは困るぞ」
シャルロットの頑張りぶりに多少不安を覚えたラウラは釘を刺す。しかし、返って来たのは陽気な声だった。
「大丈夫だいじょーぶ! もう、任せちゃってよ!」
「わ、分かった」
普段は大人しいシャルロットに強引に来られると、ラウラとしては従う他ない。
「(しかしまあ、私よりは確実にセンスが良いだろうし、特に問題もないか)」
それから20分後、着替え終わったラウラが試着室を出ると、店内の全員が息を飲んだ。
「うわ、すっごいキレイ……」
「妖精みたい……」
店内中の視線を受けて、さすがのラウラも照れ臭そうな顔をする。
着ているのは肩が露出した黒のワンピース。部分的にあしらわれたフリルの意匠が、可愛さを演出している。
ややミニ寄りの
「まさか
「せっかくだもん、ミュール履かないとね」
初めて履くヒールのある
全員が「あっ!」と思った次の瞬間には、シャルロットがその体を支えていた。
「す、すまないな」
「どういたしまして」
体勢を当て直したラウラの手を取り、お辞儀をするシャルロット。
そんな2人はさながら貴公子とプリンセスといった様子で、まるで物語のワンシーンのようでさえあった。
「しゃ、写真撮っても良いかしら!?」
「わ、私も!」
「握手して!」
「私も私も!」
わあっと一気に囲まれる2人。店内だけでなく、騒ぎに集まって来た店外の人まで輪に入ってきて、辺りはしばし騒然となるのであった。
▽
「ふう、疲れたな」
「まさか最初のお店であんなに時間を使うとは思わなかったね」
ちょうど時間は12時を過ぎたところで、2人はオープンテラス付きのカフェでランチを取っていた。
ラウラは日替わりパスタ、シャルロットはラザニアをそれぞれ食べている。
「しかしまあ、良い買い物はできたな」
「せっかくだからそのまま着てればよかったのに」
「い、いや、その、なんだ。汚れては困るからな」
「ふうん? あ、もしかして、お披露目はウィルにとっておきたいとか?」
「なっ!? ち、ちちち、違う! だ、断じて違うぞ!」
顔を赤らめて取り乱すラウラの姿に、シャルロットは的を射たことを確信しながらも、あえて知らないフリをする。
「そっか。変なこと言ってごめんね」
「ま、ま、まったくだ」
「ラウラ」
「な、なんだ?」
「フォークとスプーンが逆」
「っ~~~~!!」
シャルロットの指摘によって気がついたラウラは、それこそ耳まで真っ赤になって口に運んでいたスプーンを離した。
「ご、午後はどうする?」
「生活雑貨を見て回ろうよ。僕は腕時計見に行きたいなぁ。日本製の時計ってちょっと憧れだったし」
「腕時計が欲しいのか?」
「うん、せっかくだからね。ラウラはそういうのってないの? 日本製の欲しいもの」
少し考えてから、ラウラはキッパリと言う。
「日本刀だな」
「……女の子的なものは?」
「ないな」
即答。分かっていたとはいえ、にべもない返事にシャルロットはガクッと首を落とした。
「……?」
ふと、シャルロットが隣のテーブルの女性に気がつく。
「……どうすればいいのよ、まったく……」
年の頃は20代後半で、カッチリとしたスーツを着ている。
何か悩み事があるらしく、注文したであろうペペロンチーノは冷め切ってしまっている。
「はぁ……」
深々と漏らす溜め息には、苦悩の色が見て取れた。
「ねえ、ラウラ」
「お節介はほどほどにな」
今度は逆にラウラがシャルロットの言葉を先回りする。
そんな反応にびっくりするシャルロットだったが、すぐに嬉しそうな顔をして続けた。
「僕のこと、ちゃんと分かってくれてるんだね」
「た、たまたまだ。……で、どうしたいんだ?」
「うーん、取り敢えず話だけでも聞いてみようかな」
そう言って、シャルロットは席を立つなり女性に声をかけた。
「あの、どうかされましたか?」
「え? ――!?」
2人に振り向いた刹那、ガタンッ! と椅子を倒す勢いで女性が立ち上がる。そしてそのまま、シャルロットの手を握った。
「あ、あなた達!」
「は、はい?」
「バイトしない!?」
「「え?」」
「――というわけでね、いきなり2人辞めちゃったのよ。辞めたっていうか、駆け落ちしたんだけどね。はは……」
「はぁ」
「ふむ」
「でもね、今日は超重要な日なのよ! 本社から視察の人間も来るし、だからお願い! あなた達2人に今日だけアルバイトをしてほしいの!」
この女性の店というのが、これまた特異な喫茶店だった。
女は使用人の格好、男は執事の格好で接客するという――
「それはいいんですが……」
着替え終わったシャルロットはやや控えめに訊く。
「なぜ僕は執事の格好なのでしょうか……?」
「だって、ほら! 似合うもの! そこいらの男なんかより、ずっとキレイで格好いいもの!」
「そうですか……」
褒められたというのに、あまり嬉しくなさそうにシャルロットは溜め息を漏らす。
「(僕もメイド服がよかったなぁ……。そっち着てるラウラ、すっごく可愛いし……)」
少し残念な気持ちになりながら、シャルロットは自分の着ている執事服を見下ろす。
「(う~、僕ってやっぱりこういう方向性なのかなぁ……)」
やや落ち込み気味のシャルロットに気付いてか、自分もメイド服に着替えた女店長はガシッと彼女の手を掴んだ。
「大丈夫、すっごく似合ってるから!」
「そ、そうですか。あはは……」
シャルロットはやや引きつり気味の顔で、それでもどうにか社交辞令の笑みを返す。
「(それが問題なんだけどなぁ……)」
複雑な乙女心を持て余しながら、シャルロットは改めてメイド服姿のラウラを眺めた。
細身でありながら強靭さを秘めた
「(羨ましいなぁ。ラウラってなんでこんなに可愛いんだろ……)」
仮にラウラが男装をしたとしても『格好いい女の子』として人の目に映るんだろうなぁと、シャルロットは思う。
対して自分は、男装をすれば『可愛い顔立ちの男の子』なのだから。そう考えると、また自然と溜め息が漏れ出た。
「店長~、早くお店手伝って~」
フロアリーダーがヘルプを求めて声をかける。すぐに店長は最後の身だしなみをして、バックヤードの出口へと向かった。
「あ、あのっ、もう1つだけ」
「ん?」
「このお店、なんていう名前なんですか?」
シャルロットの問いに店長は笑みを浮かべてスカートを摘まんで上げ、大人びた容姿に似合わない可愛いらしい声でお辞儀をした。
「お客様、
▽
「ふぅ、これで必要な物は全部揃ったな。ついでに偶然とはいえアレも手に入ったことだし、暑い中外出した甲斐はあったな」
外での用事を済ませたウィリアムは満足気な表情で歩いていた。
「(携帯電話を部屋に忘れたまま来ちまった時は自分の間抜けさに落ち込んだが、まあ良い収穫もあったしプラマイゼロってところか)」
実を言うとこのウィリアム、アリーナを借りての作業を終えたあとすぐに外出の支度を済ませたのは良いが、携帯電話を置いたまま部屋を出てしまっていたのだ。
バスを降りた直後に忘れて来たことに気付いたがその時にはもう遅く、『携帯電話を携帯しないとか……』と自分で自分に呆れていた。
ちなみにだが、ここまでの間でウィリアムは着信履歴を1度も確認していなかったのでラウラから電話があったことなど微塵も知らない。
「っと、もう12時を回ってるな」
近くの公園に立つ時計を見て、腹も空いてきたしそろそろ休憩をとるか。と考えたウィリアムは、どこか手頃な店を探してキョロキョロと辺りに首を巡らせる。
「んー。おっ、良さげな店だな」
目に止まったのは洒落た雰囲気のオープンテラス付きカフェだった。
空腹に加えて、この煩わしい蒸し暑さから逃れたいと思っていたウィリアムは迷うことなく店の玄関口へと歩いて行く。
「