インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
あれから数週間後、ティンダル空軍基地内の一室にてウィリアムはペンを片手に机に突っ伏していた。
「あ゛~、脳がオーバーヒートしちまいそうだ……」
ゲッソリした顔で机に広げられている教科書やノートに視線をやりながら、消え入りそうな声でそう呟くウィリアム。
そんな彼だが、何も始めからこうであったわけではない。前世では士官学校を卒業してパイロットとなり、中佐にまで昇進した彼にとって基礎知識を頭に叩き込む作業はそこまで苦ではなかった。
だがしかし……
「(この本どんだけ分厚いんだよ。鈍器に転用できるレベルだぞ……)」
そう、ウィリアムに渡されたこの教科書は電話帳並に分厚く、内容もギッシリ詰め込まれていたのだ。
「(始めは、あれ? これ案外簡単に覚えられるんじゃ? なんて思っていたが……)」
現実逃避に走るかのように、ウィリアムはまだ勉強を開始して日が浅かった頃を思い出しながら、窓の外をボーッと眺める。
「(まあ、これだけ分厚いのは当たり前か。俺はそれだけの代物を扱う事になるんだもんな)」
ISの持つ力は凄まじい。故に、それを扱う者の意思次第では恐ろしい化け物にも変貌する。
「……くん」
「(間違った道に進ませないように教えるのが、IS学園だもんな)」
「……キンスくん」
「(専用機を渡されるなら尚更か。……そう言えば、俺に渡される専用機はいったいどんな奴──)」
「ホーキンスくん!」
「ッ!? は、はい!」
自分の名前を大声で呼ばれたウィリアムは、ビクリと肩を跳ねさせながら声のあった方角へ振り向く。
「そんなにボーッとして……大丈夫?」
彼の目の前には、長身かつ豊かで美しい金髪と抜群のスタイルを持った美女が、心配そうな表情をして立っていた。
「え、ええ、大丈夫です。……それよりミューゼル大尉、自分に何かご用ですか?」
思わずその美貌に目を奪われながら、ウィリアムは目の前の女性──スコール・ミューゼルに問う。
「ええ、ついさっきホーキンスくんの専用ISが届いたの」
「……!」
彼女の口から告げられた『専用IS』と言う単語に、疲れた顔をしていたウィリアムの目が薄く見開かれた。
「あなたのお父さんも一緒に来ているわ。勉具を片付けて第5格納庫に行きましょう?」
「わ、分かりました! 直ぐに用意します!」
「ふふっ、ほら慌てないで。落ち着きなさい」
大急ぎで教科書やノートをカバンに放り込むウィリアムを見て、クスリと笑うスコール。
「用意できました」
「オッケー。それじゃあ行きましょうか」
そう言ってスコールは来た道を戻って行き、追ってウィリアムも部屋をあとにした。
第5格納庫
スコールに連れられて格納庫に到着するや、ウィリアムの目には灰色のビニールシートが被せられた物体と数人の人集りが映った。
「ん? おぉい、ウィル!」
格納庫に入って来たウィリアムに気付いた人物が手を振って彼の愛称を呼ぶ。
「父さん、久しぶり」
「久しぶりだな。どうだ? 勉強の方は捗ってるか?」
「まあまあってところかな。一応必須箇所は一通りやったんだけど、数が多くてね……」
「いや、よくやっていると思うぞ? なんせ、あの本で人ひとりを軽く殴り倒せそうなほどの厚さだったからな」
ジェームスの言葉にウィリアムは苦笑を浮かべながら答え、直ぐ横に立っている叔父のトーマスも指で教科書の厚さを表しながら冗談を口にする。
「そうか。まあ、あまり無理はするなよ。母さんも、身体に気を付けなさいって言ってたぞ。……っと、それはさておきウィル、今日はお前の専用ISを持って来たぞ!」
ジェームスは、高さ3メートルはある物体を包んでいるビニールシートを両手で掴み、そして勢い良く引っ張った。
スルスルと音を立てて落ちて行く灰色のシート。
「これが……」
「ああ。こいつが空軍と父さんの会社が協同で作り上げ、お前の専用機になるISだ」
機体全体を包み込むように、灰色2色の制空迷彩が施された大柄の
背中のパーツには間隔を空けて搭載された双発のジェットエンジンと、縦横に一対ずつ飛び出している
そして戦闘機の機首を模したかのように先端が尖ったヘッドギア。
「似てる……」
無意識に呟くウィリアム。ISなだけあって人の形をしてはいたが、この機体を前にする彼の脳裏にはISではない、とある機体の姿が浮かんでいた。
「こいつの名前は【バスター・イーグル】」
瞬きも忘れて食い入るように眺めているウィリアムに、ジェームスはさらりとこのISの名を告げる。
「バスター……何だって……!?」
思わずそう聞き返さずにはいられなかった。
なぜなら……
「? こいつの名前は【バスター・イーグル】だって言ったんだが……気に入らなかったか?」
「い、いや、そうじゃないんだ!(バスター・イーグル……。そうか、お前も
……なぜなら、そのISはかつてのウィリアム・ホーキンスが搭乗し、幾度と無い戦闘を共にしてきた彼の愛機にそっくりだったのだから。
「よし、お披露目はここまでにして
そう言ってジェームスは1歩後ろに下がり、代わりにもう1人の男性が前に出てきた。
「初めまして。僕はトレバー・ジョーンズ中尉。君のISに関してサポートを任されているんだ。以後よろしく」
「ウィリアム・ホーキンスです。こちらこそよろしくお願いします」
差し出された手を握り返し、握手を交わす。
「さてと、それじゃあ早速始めようか。ホーキンスくん、ISを装着してくれるかな?」
「分かりました」
言われた通り【バスター・イーグル】を装着すると、トレバーは端末から伸びるコードを機体に挿し込み、キーを打ち込み始めた。
「……オーケー、これで
端末を閉じ、腕時計を確認するトレバー。
「聞いたなウィリアム。30分後には終わるらしいから、完了次第ISの操縦訓練に移るとしよう。ミューゼル大尉」
「はい、大佐」
「彼のIS操縦の指導に当たってくれ」
「了解しました」
トーマスにウィリアムの指導を任されたスコールは、ニコリと笑って頷く。
その30分後、機体の
「(さっきとは大違いだな。まるで体の一部になったみたいだ)」
初めてISを装着した時はいまいち慣れない感覚に戸惑うウィリアムだったが、今は『履き慣れたジーンズ』という言葉が合うほどしっくり馴染んでいた。
「どう? ホーキンスくん。動けそう?」
いつの間にかISを展開していたスコールがゆっくりと近付いてくる。
「ええ。一応この機体の操縦マニュアルは先程ザッと目を通しましたので」
「じゃあまずは歩行から始めてみましょうか」
「はい」
ウィリアムは機体を慎重に操作して右足を持ち上げる。
ガショッ
覚束ない足取りではあったが、記念すべき第1歩目が地に着いた。次に2歩、3歩とゆっくり前進させてゆく。
「良い調子ね。そのまましばらく歩行訓練をしたら、次は向こうの滑走路に行って飛行訓練に入りましょう。今日の訓練はそれで終わりよ」
そうして歩き続ける事、数十分後。滑走路の端に着いたウィリアムは次に飛行の訓練を始めようとしていた。
「ふむ。お前は他のISと違って、ちと特殊なんだな」
彼はバイザーに飛行時の操作マニュアルを映し出し、それを順に目で追いながら自身のISに話し掛ける。
彼の言う通り、【バスター・イーグル】は他のISとは大きく違う点が存在していた。
と言うのも、通常のISは
「まあ、確かに推力や速度差では確実にこっちに軍配が上がるだろうが、逆に機体重量と推力に振り回されんように気を付けないとな。あとは操縦者の腕次第ってわけか」
マニュアルに従い、まずはジェットエンジンを始動させる。
キュイィィン……! という独特の音がしたあと、1分ほど待っているとタービンの回転数が安定し、聞き慣れたジェットの轟音が鳴り始めた。これでいつでも飛び立てる。
だがこのままでは単に地面を滑走しながら離陸する事になるので、ここで次の手順だ。実はこのISはちょっとした隠し芸を持っていた。
まずはエンジンカバーを開いて排気ノズルを下方へ。それと同時に側面の補助ノズルも作動。これにより、【バスター・イーグル】は垂直にも移動できるようになった。
「この機構もあの頃のお前と同じだな。まったく面白い事もあるもんだ」
本当に偶然か? とまで思えてくるほどのそっくり度合いに思わず笑ってしまいながら、彼はゆっくりと機体を滑走路の路面から浮かび上がらせる。
「お待たせしました」
「待ったって言っても1分と少しの程度だけどね。それよりあなた、歩行よりも飛行の方が断然上手いわね。そのIS、かなり特殊な機体の筈なんだけど……」
「ははっ、伊達に何年も中佐を……ん゛ん゛っ! 失礼。機体のスタビライザーが優秀なんですよ」
目を丸くするスコールに対して思わず余計な事を言いかけ、慌てて誤魔化すウィリアム。
「(中佐? ゲームか何かの話かしら……)それじゃあ水平飛行の訓練からよ。私について来なさい」
「了解」
こうして始まった飛行訓練の第1回目は何も問題無いどころか、IS操縦にそれなりの自信を持つスコールに「飛行に関しては最高点」と言わしめるほどの成績を出して終了した。
その日の夜
「……やっぱり、
無人の状態で佇む【バスター・イーグル】のヘッドギアを見て少し唸ったあと、ウィリアムはトーマスの元へ向かうのであった。
▽
翌日、俺は基地内の整備室を訪れていた。
「失礼します」
「おっ、来たか」
ドアを開けて室内に入ると、スキンヘッドで大きながたいの男性が歩み寄って来る。
「整備のボリスだ」
「ウィリアム・ホーキンスです」
「ああ、大佐から話は聞いてるぜ。お前、ISのヘッドギアに塗装を施したいんだって?」
「ええ、どうしても物足りない感じがしたので」
「俺としてはノープロブレムだが、よく許可が出たな」
「多少の渋りはあったのですが、他国のISは黒地に赤のラインとか、全身オレンジや青色の物、角が生えた物もあると言ったら、少し考え込んだあとに父に電話を架け始めまして……」
「俺もテレビとかで見た事あるけど、派手な配色の奴多いよな……。それでオッケーが出たってか?」
「はい。ドギツい配色や風紀を乱すようなものじゃなければ、サイズ制限付きで、との事です」
今、俺が塗装してもらいたいと思っているデザインは、別に真っピンクにしてやろうだとか、半裸の女性を描いてやろうとか、そう言ったものでは断じて無い。
せっかく前世で共に戦った愛機と再会できたのだから、もう少しぐらい似せてやっても良いだろう、との思いから今回ここを訪れたのだ。
「ほぉん。まあ、全身をホットピンクにしようとか、そんなヤベー依頼じゃなけりゃあ喜んで引き受けてやるさ。デザイン案は決まってんのか?」
「既に決まっています。これを」
そう言ってポケットから四つ折りにされた紙を取り出し、ボリスさんに手渡す。
「どれどれっと……。こいつは……」
「? どした、ボリス」
「何か面白いもんでも描いてあったのか?」
「……ヒュ~、こいつはなかなか……。この坊主、良い趣味してるな」
渡された紙を広げた彼は目を見開けてまじまじとそれを見つめ、それを不思議に思った他の整備員達も集まって来た。
「おもしれぇじゃねえか」
ボリスさんはニヤリと笑いながら、俺に視線を戻す。
「よし、引き受けた! 用意はしておいてやるから、お前は今日の訓練に行ってきな」
「っ! ありがとうございます!」
「良いって事よ。俺も久方ぶりに描けるから楽しみだ。訓練が終わったら、もう1度ここに来い」
「イエッサー!」
嬉しさのあまり、その場で小躍りしそうになった俺はその衝動を必死に抑えながら敬礼をし、整備室をあとにした。
▽
「今日はこれで終わりよ。お疲れ様、ホーキンスくん」
「本日もご指導ありがとうございました」
本日分の操縦訓練を終えた俺は指導役を務めてくれているミューゼル大尉に一礼する。
「飛行に関しては、もう完璧の一言。歩行も、昨日始めたばかりなのにかなり上達してきてるわね。……んー」
腕を組んで、考えるような仕草を見せるミューゼル大尉。
「この調子なら、明日から少しずつ戦闘教練を入れても問題無いかしら……」
十数秒ほどしてから腕を解いた彼女は、【バスター・イーグル】の右腕に接続されている30ミリ機関砲に目をやりながらそんな事を呟いた。
「ホーキンスくん、あなたの腕なら明日から戦闘の訓練に入っても大丈夫だと思うのだけれど、どうかしら?」
「!」
なんてグッドタイミングなのだろうか。今日の訓練後に整備室で
「ぜひお願いします」
「決まりね。戦闘訓練の教官にも話を通しておくわ。大変だと思うけど頑張ってね。それじゃあお疲れ様」
「はい、ありがとうございました」
優雅に去って行くミューゼル大尉の背中を少しの間見送ったあと、俺はやや早足気味に整備室へ直行した。
「失礼します。ホーキンスです」
整備室内へと続く白いドアを開けて中に入る。
「よう、ホーキンス! 待ってたぜ!」
「まったく、待ちくたびれたぜ!」
「マッハで来やがれ、マッハで!」
「用意はバッチリだぞ、坊主!」
ドアをくぐったその先にはボリスさんの他にも数人ほど集まっており、皆一様に塗装用のスプレー缶やマスキングテープなどを手に持っていた。
「お待たせしてすみません」
「別に謝るこたぁねえさ。んじゃあホーキンス、ISをそこに展開してくれ」
「分かりました」
ボリスさんがビニールシートが敷かれた場所を指差し、俺はその上に【バスター・イーグル】を展開する。
「オーケーだ、そこで良い。よし、お前ら! おっ始めるぞ!」
「「「おぉぉ!!」」」
整備室内に野太い声を轟かせたあと、彼らは【バスター・イーグル】のヘッドギアにマスキングテープを慎重に貼っていき、その上からスプレーを吹き付け始めた。
▽
翌日
「今日は昨日言った通り、次のステップに移るわ。と言う事で、彼女があなたの訓練を見てくれる教官よ」
そう言ってミューゼル大尉が隣に首を巡らすと、茶髪のロングヘアーで、若干目付きの悪い女性が前に出て来た。
「戦闘教練を担当する、オータム・ベイリー中尉だ。スコールがお前の事を絶賛してたが、だからと言って特別扱いなんざしねぇからな」
最後に「覚悟しておけよ?」と言ってベイリー中尉は不敵な笑みを浮かべる。
懐かしいな。自分がまだ新米パイロットだった頃を思い出す……。
「ええ、自分もそんな生易しいものは想定していません。よろしくお願いします」
「言うじゃねえか」
俺の言葉を聞いて笑みを一層深めるベイリー中尉。
「なら、早速始めるとするか」
言うが早いか彼女は右手を上げる仕草を取った。
ガショッ……ガショッ……
「?」
基地内の作業音に混じって、どこからか重厚で規則的な音が近付いて来る。
ガショッ……ガショッ……!
音のする方角へ振り向くと、そこには【バスター・イーグル】に少し似ているが、それよりもやや小さめの機体が俺達の元へ歩いて来ていた。
「ターミネーター……」
目の前を歩く機体を見つめながら、俺はボソリと呟く。
ターミネーター。ISが女性にしか反応しないと言う重大な欠点と、ISの軍事利用禁止などが取り決められた世界条約──通称『アラスカ条約』に縛られない事を目的に開発された人型航空兵器の総称だ。
ISと比べれば性能はやや劣るが、高い量産性と汎用性を持ち、自力での音速突破も可能。そして何より適性や性別に関係なく扱えると言う点が注目を浴び、現在ではここアメリカの他にも世界各国で研究・開発・配備が行われている。
「おら、何ボケッとしてやがる。さっさとISを展開しろ」
「っと、すみません。よし、行くぞ相棒!」
ターミネーターを装備しながら荒い口調でISを展開するように促すベイリー中尉の声にハッと我に返った俺は首に掛けてあるドッグタグを握り、【バスター・イーグル】を呼び出した。
「あら……」
「ほぅ……」
展開された【バスター・イーグル】を見てミューゼル大尉が目を丸くし、ベイリー中尉は面白いものを見たような声を漏らす。
彼女達が視線を送る先──【バスター・イーグル】のヘッドギアには、とある生物の顔を模した塗装が施されていた。
そこに描かれていたのは、獲物の体を容易く食い千切るナイフのような歯が並ぶ大きく裂けた口と、前方を睨みつけるような目。
「シャークマウスか」
そう、俺のISの特徴的なヘッドギアには凶悪な
「(やっぱりこうじゃないとな。有るのと無いのとで気合いの入り方がまったく違うぜ)」
ボリスさん達に塗装してもらったばかりのシャークマウスが陽光を反射する様に、俺は満足気な表情を浮かべる。
「まさか、ISにそれを塗装する奴がいるとはな」
「これが無いとなんと言うか……どうしてもしっくり来ないんですよ」
「そう言うもんなのか? ……まあ良い。合図で模擬戦開始だ。フカヒレスープにしてやるよ、
「ふっ、言ってくれますね。全力で行かせてもらいますよ!」
そんな会話を交えながら、俺とベイリー中尉の2人は空高く飛翔して行った。