インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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41話 生徒会長、その名は更識 楯無

 翌日。SHRと1時限目の半分を使っての全校集会が行われた。

 その内容は、今月中程にある学園祭についてである。

 

「(にしても、さすがにこれだけの女子が集まれば……)」

 

 騒がしくてしょうがない。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

 静かに告げたのは生徒会役員の1人だろう。その声で、これまでのざわつきがウソであったかのように周囲は静まり返る。

 

「やあみんな。おはよう」

 

「!?」

 

 壇上で挨拶をしている女子。2年のリボンをしたその人は、昨日ロッカールームに現れ、俺と一夏がフルボッコにされる原因(俺は半分ほど自業自得)を作った人物だった。

 俺は思わず漏れそうになった声をなんとか飲み込んで、再度その人に視線を送る。

 

「ふふっ」

 

 俺――と、同じく唖然としている一夏を見て、その2年の女子は小さく笑みを浮かべる。

 ――まさか生徒会長だったのかよ。ていうか、生徒会長が他生徒の遅刻する要因作ったらダメだろ!

 心の中で怨み節を投げかけながら、俺は生徒会長の言葉に耳を傾けた。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識 楯無(さらしき たてなし)。君達生徒の(おさ)よ。以後、よろしく」

 

 ニッコリと微笑みを浮かべて言う生徒会長は、異性同性を問わず魅了するらしく、列のあちこちから熱っぽい溜め息が漏れた。

 

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは」

 

 閉じた扇子(せんす)を慣れた手つきで取り出し、横へとスライドさせる。それに応じるように空間投影ディスプレイが浮かび上がった。

 

「名付けて、『織斑 一夏、ウィリアム・ホーキンス争奪戦』!」

 

 パンッ! と小気味のいい音を立てて、扇子が開く。それに合わせて、ディスプレイに俺と一夏の写真がデカデカと映し出された。

 

「なっ!?」

 

「にぃっ!?」

 

「「「えええええええ~~~~~っ!?」」」

 

 割れんばかりの叫び声に、比喩(ひゆ)や誇張なしにホールが揺れた。

 続いて、あんぐりと口を開けたまま立ち尽くす俺と一夏へと視線が集まってくる。

 

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの(もよお)し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い――」

 

 ビシッ、と扇子で俺達男子組を指す生徒会長。

 

「織斑 一夏、そしてウィリアム・ホーキンスを、1位の部活動に強制入部させましょう!」

 

 再度、ホールを揺るがす雄叫びが上がる。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

 

「こうなったら、やってやる……やぁぁぁってやるわ!」

 

「どんな手を使ってでも、1位は我らマンガ研究部がいただくわよ!」

 

「今日からすぐに準備始めるわよ! 秋季大会? ほっとけ、あんなん!」

 

 秋季大会を『あんなん』呼ばわりするなよ……。

 しかし、一夏はともかく俺ってそんなお得感あるのか? 女子の試合に出るわけにもいかんし、できるのはせいぜい事務か力仕事くらいだぞ。

 というか、そもそも……

 

「(なあ一夏。お前、この件について何か聞いてるか?)」

 

「(んなわけない。初耳だよ。しかも了承もしてないぞ……)」

 

 視線で会話しながら、混乱する頭で生徒会長に目をやると、「あはっ♪」とウインクを返された。

 ……やってくれたなコンチクショウ。

 

「よしよしよしっ、盛り上がってきたぁぁ!」

 

「今日の放課後から集会するわよ! 意見の出し合いで多数決取るから!」

 

「最高で1位、最低でも1位よ!」

 

 そして、1度火が付いた女子の群れは止まらない。おい、誰か大急ぎで消火器を持ってきてくれ。あ の 生 徒 会 長 に 全 部 か け る か ら 。

 かくして初耳&未承諾のまま、俺と一夏の争奪戦は始まった。

 

 ▽

 

 同日、教室にて放課後の特別HR。今はクラスごとの出し物を決めるため、わいのわいのと盛り上がっていた。

 

「えーと……」

 

「これは……」

 

 クラス代表の一夏と、昨日逃亡した罰として補佐を任された俺は意見をまとめる立場にあるのだが……。

 

「(内容が『織斑 一夏のホストクラブ』『織斑 一夏とツイスター』『ウィリアム・ホーキンスとポッキー遊び』『ウィリアム・ホーキンスと王様ゲーム』…………これは酷い)」

 

「全部却下」

 

「アウトだな」

 

 えええええー!! と大音量でブーイングが響く。

 

「アホか! 誰が嬉しいんだ、こんなもん!」

 

「一夏の言う通りだ! 男がポッキーポリポリかじってるシーンとか誰得だよ!」

 

 ていうか、ポッキー遊びってなんだよ! ポッキーなんかでどう遊べって言うんだ!?

 

「私は嬉しいわね。断言する!」

 

「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

 

「織斑 一夏とウィリアム・ホーキンスは共有財産である!」

 

「他のクラスから色々言われてるんだってば。ウチの部の先輩もうるさいし」

 

「助けると思って!」

 

「メシア気取りで!」

 

 いや、いくらメシアでもゴメン無理って言うだろ。というか、俺達にどうしろっていうんだ……。

 助けを求めて視線を動かすものの、すでに織斑先生はいない。

 

『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。あとで結果報告に来い』

 

 我らが担任の優しさに思わず涙が出てくるね。

 

「山田先生、ダメですよね? こういうおかしな企画は」

 

「先生からもガツンと言ってやって下さい。このままじゃクラスの出し物が地獄絵図になる」

 

「えっ!? わ、私に振るんですか!?」

 

 おいこら副担任。逆になぜ話を振られないと思った。

 

「え、えーと……うん、わ、私はポッキーのなんかいいと思いますよ……?」

 

「「ウソやろ……」」

 

 やや頬を赤らめながら言う副担任・山田 真耶(まや)先生。……シット、地雷どころか対戦車地雷を踏んだ気分だ。

 

「と、とにかく、もっと普通の意見をくれ! こんな頭のネジが吹っ飛んだ出し物、誰がなんと言おうがノーだからな!」

 

「ではメイド喫茶はどうだ」

 

 そう言ってきたのは、なんとラウラだった。……なんだって?

 俺だけでなく、クラスの全員がポカンとしている。

 

「客受けはいいだろう。それに、飲食店は経費の回収が行える。確か、招待券制で外部からも入れるのだろう? それなら、休憩場としての需要も少なからずあるはずだ」

 

 いつもと同じ淡々とした口調だったが、あまりにも本人のキャラにそぐわない言葉だったため、俺もクラスのみんなも理解に時間を要した。

 

「あー……みんなはどう思う?」

 

 横で(ほう)けている一夏に代わって、俺は多数決を取ってクラスの反応を見てみることにする。

 しかし、急に話を振られたせいかクラスの女子全員がキョトンとしたままだった。

 

「いいんじゃないかな? 一夏とウィルには執事(しつじ)厨房(ちゅうぼう)を担当してもらえばオーケーだよね」

 

 そう言ったのはシャルロットだった。ラウラの援護射撃と思われるそれは、1組女子全員に見事クリーンヒットする。

 

「織斑くん、執事! いい!」

 

「ホーキンスくんの執事姿……ウヘヘ」

 

「それでそれで!」

 

「メイド服はどうする!? 私、演劇部衣装係だから()えるけど!」

 

 一気に盛り上がりを見せるクラス女子一同。さすがにこれを鎮めるというか、水を差すわけにもいかないだろう。

 

「(まあ、ポッキーだのホストクラブだのよりはずっとマシだろ)」

 

「メイド服ならツテがある。執事服も含めて貸してもらえるか聞いてみよう」

 

 そう言ったのは、またしても意外な人物――というか、ラウラだった。

 え? と全員が目を丸くする中、ハッと気がついて咳払いをするラウラ。

 

「――ゴホン。シャルロットが、な」

 

 注目されたのが照れくさかったのか、ラウラはわずかに顔を赤らめている。

 そして、いきなり話を振られたシャルロットは困った顔をするばかりだった。

 

「え、えっと、ラウラ? それって、先月の……?」

 

「うむ」

 

 先月? 先月でメイド服……っていったら、あの強盗が立て籠ったカフェか。

 先月の(アット)クルーズであった出来事が俺の頭の中で鮮明に浮かび上がる。

 

「き、訊いてみるだけ訊いてみるけど、無理でも怒らないでね」

 

 不安げにそう告げるシャルロットに、クラスの女子は声を上げて『怒りませんとも!』と断言をする。

 こうして、1年1組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』に決まった。

 

 ▽

 

「……というわけで、1組は喫茶店になりました」

 

 職員室。織斑先生の元でクラス会議の報告をする一夏を、俺は隣で静かに眺めて待つ。

 

「また無難なものを選んだな。――と言いたいところだが、どうせ何か企んでいるんだろう?」

 

「いや、その……コスプレ喫茶、みたいなものです。はい」

 

「立案は誰だ? 田島か、それともリアーデか? まあ、あの辺の騒ぎたい連中だろう?」

 

「えーと……」

 

 ニヤニヤしている織斑先生に本当のことを言いづらいのか、一夏が俺に視線を向けてくる。

 俺に話を振るのかよ……と内心で溜め息を漏らすが、振られた以上は黙っているわけにもいかず、俺は意を決して口を開いた。

 

「織斑先生、驚かずに聞いて下さい」

 

「なんだ。そんなに意外な奴なのか? もったいぶらず早く言え」

 

「……ラウラです」

 

「……………………」

 

 キョトンとしている織斑先生。それから2度まばたきをして、彼女は盛大に吹き出した。

 

「ぷっ……ははは! ボーデヴィッヒか! それは意外だ。しかし……くっ、ははっ! あいつがコスプレ喫茶? よくもまあ、そこまで変わったものだ」

 

「やはり意外……でしょうか?」

 

「それはそうだ。あいつの過去を知っている分、なおさらな。ふ、ふふっ、あいつがコスプレ喫茶か……ははっ!」

 

 それからひとしきり笑って、織斑先生は目尻の涙を(ぬぐ)う。

 織斑先生の反応は職員室の先生方にとってもかなり意外な光景だったらしく、みんな目をパチクリさせてそれを眺めていた。

 

「ん、んんっ。――さて、報告は以上だな?」

 

 周囲の視線に気づいた織斑先生が、咳払いをして語調を整える。

 

「伝え漏れは無いよな、一夏?」

 

「ああ。――ということで、報告は以上です」

 

「ではこの申請書に必要な機材と使用する食材などを書いておけ。1週間前には出すように。いいな?」

 

 織斑先生の言葉を聞いて、一夏が面倒くさそうに顔をしかめた。

 

「い・い・な?」

 

「は、はいっ」

 

 凄味の利いた確認に一夏はもちろん、俺まで思わず背筋をピンッと伸ばしてしまう。

 

「織斑、ホーキンス。学園祭には各国軍事関係者やIS関連企業など多くの人が来場する。一般人の参加は基本的に不可だが、生徒1人につき1枚配られるチケットで来場できる。渡す相手を考えておけよ」

 

「あ、はい」

 

「分かりました」

 

 そんなこんなで織斑先生への報告は終わり、俺達は一礼をして職員室を出る。

 ドアが閉じる音を背中で聞いて、俺達はふぅっと溜め息を漏らした。

 

「……大爆笑だったな、織斑先生」

 

「ああ。あんな千冬姉を見るのは俺も久しぶりだ」

 

「確かにラウラがコスプレ喫茶を発案したのは意外だったけどな」

 

 しかしまあ、今その話は一旦置いておくとしよう。まずは……。

 

「一夏、どうやら2年の先輩殿が俺達とお話したいらしいぞ」

 

 そう言って俺は、とある方角へと(あご)をしゃくらせる。

 

「やあ」

 

 職員室を出てすぐ左のところで1人の女子が待っていた。

 その顔は忘れもしない、生徒会長・更識 楯無その人である。

 

「……何か?」

 

「自分達にご用事でも?」

 

「ん? どうして警戒しているのかな?」

 

「それを言わせますか、まったく……」

 

 遅刻騒動といい、学園祭騒動といい、騒ぎの元凶である先輩は、しかし涼しげな顔で俺達を楽しそうに眺めているだけだった。

 

「ああ、最初の出会いでインパクトがないと、忘れられると思って」

 

「忘れませんよ、別に」

 

「あまりに強烈過ぎましたからね。色々と」

 

 そう適当に返して俺達はアリーナへと歩き出す。

 その横に、ごく自然な流れで先輩が並んで歩き出した。

 

「……………」

 

 どうも、このまま振り切るのは難しそうだ。

 彼女の雰囲気は、どことなく有無を言わせないものがある。そのくせ、強引さを感じさせない――なんというべきか、その場の『流れ』のようなものを支配している。

 

「まあまあ、そう塞ぎ込まずに。若いうちから自閉しているといいこと無いわよ?」

 

「誰のせいですか、誰の」

 

「1度ご自身の胸に手を当ててみられては?」

 

「あら。胸に手を当てるだなんて。ウィリアム・ホーキンスくんのエッチ♪」

 

「……………」

 

「やん、そんな怖い顔しないでよ。んー。それなら交換条件を出しましょう。これから当面私が君達2人のISコーチをしてあげる」

 

「いや、コーチはいっぱいいるんで」

 

「彼の言う通りコーチをしてくれている友人がたくさんいますので、ご遠慮させていただきます」

 

 箒に鈴にセシリアに、シャルロットにラウラ。これ以上増えても場が混乱するだけだろう。

 

「うーん。そう言わずに。私はなにせ生徒会長なのだから」

 

「はい?」

 

「それがどうかしましたか?」

 

「あれ? 知らないのかな。IS学園の生徒会長というと――」

 

 ちょうど更識先輩が言葉を続けようとしたところで、前方から粉塵(ふんじん)を上げる勢いの女子が走り込み――(いな)竹刀(しない)を片手に襲いかかってきた。

 

「覚悟ぉぉぉっ!!」

 

「なっ……!?」

 

「おいおい……!」

 

 反射的に俺と一夏は2人の間に立つが、それをスルリとかわして先輩は扇子を取り出す。

 

「迷いのない踏み込み……いいわね」

 

 信じられないことに先輩は扇子で竹刀を受け流し、左手の手刀を叩き込む。

 女子が崩れ落ちると同時に、今度は窓ガラスが破裂した。

 

「こ、今度はなんだ!?」

 

「あなた(うら)まれでもしてるんですか!?」

 

 先輩の顔面を狙い、次々と矢が飛んでくる。その矢の出所に視線をやるも、隣の校舎の窓から(ゆみ)()(はかま)姿の女子が見えた。

 

「ちょっと借りるよ」

 

 倒れている女子の側にあった竹刀を蹴り上げて浮かせ、空中のそれをキャッチすると同時に放る。

 割れた窓ガラスから投擲(とうてき)されたそれはスコーンッ! と射手(しゃしゅ)の眉間に当たり、見事撃破した。

 

「もらったぁぁぁぁ!!」

 

 バンッ! と廊下の掃除用具ロッカーの内側から、3人目の刺客(しかく)が現れる。

 その両手にはボクシンググローブが装着されており、軽やかなフットワークと共に体重を乗せたパンチで襲いかかってきた。

 

「ふむん。元気だね。……ところで2人とも」

 

「「は、はい?」」

 

「知らないようだから教えてあげるよ。IS学園において、生徒会長という肩書きはある1つの事実を証明してるんだよね」

 

 先輩は半分開いた扇子で口元を隠しながら、楽しげに話す。

 その間も、ボクシング女子の猛ラッシュを紙一重でかわし続けているのが信じられない。

 

「生徒会長、(すなわ)ち全ての(おさ)たる存在は――」

 

 振り抜きの右ストレートを円の動きで避け、トンッ……とその足が地面を蹴って身を宙へと踊らせる。

 

「『最強』であれ」

 

 そして、突撃槍(ランス)のようなソバットの蹴り抜き。ボクシング女子は登場したロッカーに叩き込まれて沈黙した。

 

「……とね」

 

 ソバットの際に手放した扇子を1回転のあとで床に落ちる前に手に取り、パンッと開いてスカートの(すそ)を押さえる。

 

「見えた?」

 

「いえ……何も……」

 

「みっ、見てませんよっ!」

 

 アクション映画さながらの展開に俺は(なか)ば放心したまま答え、一夏は一夏で慌てたような様子で否定していた。

 ……お前、もしかして見えてたのか?

 

「それはなにより」

 

 フフ、と笑みを添えて先輩は扇子を(たた)む。

 

「……それで、これはいったいどういう状況ですか?」

 

「うん? 見ての通りだよ。か弱い私は常に危機に晒されているので、騎士の1人も欲しいところなの」

 

 どの口が言うか、この嘘つきめ。

 

「よく言いますよ。さっきは最強だとか言っていたでしょう」

 

「あら、バレた」

 

 そしてまた楽しそうに笑う。……どうでもいいがこの人、笑い方が上品な上に、しかも妙に似合っている。どこぞの令嬢だったりするのか?

 

「まあ、簡単に説明するとだね、最強である生徒会長はいつでも襲っていいのさ。そして勝ったなら、その者が生徒会長になる」

 

「はぁ……、無茶苦茶ですね」

 

「物騒なことこの上ない学園だな……」

 

「うーん、それにしても私が就任して以来、襲撃はほとんど無かったんだけどなぁ。やっぱりこれは」

 

 ズイッと俺達に詰め寄り、その顔を近づけてくる。――近い近い近い。

 

「君達のせいかな?」

 

「な、なんでですか」

 

「自分は何もしちゃいませんよ」

 

 フワリとした花の匂いが異常に心に染み込んでくる。

 それはすぐに内心を落ち着かなくさせ、俺は不覚にも心臓を高鳴らせてしまった。

 

「ん? ほら、私が今月の学園祭で君達を景品にしたから、1位を取れなさそうな運動部とか格闘系が実力行使に出たんでしょう。私を失脚させて景品キャンセル、ついでに君達を手に入れる、とかね」

 

 まあ憶測だけどね、と言葉を足すが、その予想は恐らく当たっているだろう。

 この人は、人の心の内側を自然に覗いてくるようなところがある。……つまり、こちらの焦りや緊張も見抜かれていそうで怖い。

 

「ではまあ、1度生徒会室に招待するから来なさい。お茶くらい出すわよ」

 

「はぁ」

 

「その返事は肯定?」

 

「行きますよ……」

 

 否定はできないと判断したのか、渋々といった様子で一夏が了承する。

 

「ウィリアム・ホーキンスくんもどう? 一緒に来る?」

 

「いえ、自分は……」

 

 ご遠慮させていただきます、と言おうとしたところで、一夏が捨てられた仔犬のような視線を向けてきた。

 

「………………」

 

 なんだ。1人で行くのは心細いからついて来いってか? ……分かった、分かったよ。そんな目で俺を見るな。

 俺は両手を上げて降参のポースをする。

 

「……自分もご一緒させていただきます」

 

「うむ、よろしい。素直な織斑 一夏くんも、友達思いなウィリアム・ホーキンスくんも、おねーさん好きだよ」

 

「い、一夏でいいですよ」

 

「自分もウィリアムで構いません」

 

「そうか。では私も楯無(たてなし)と呼んでもらおうかな。たっちゃんでも可」

 

「なんでもいいですよ。はぁ……」

 

「こりゃあいろんな意味で勝てんな……」

 

 どうにも、この人に逆らうのは無理のようだ。

 俺達の諦めを覗いたらしく、楯無先輩はニンマリと笑う。それはさっきまでの大人びた笑みとは違い、どこか子供じみた――そう、イタズラが成功した子供のような顔だった。

 

 ▽

 

「……いつまでぼんやりしてるの」

 

「眠……夜……遅……」

 

「シャンとしなさい」

 

「了解……」

 

 そんな声が聞こえてきて、俺も一夏もなんとなく入室を躊躇(ためら)ってしまう。

 

「ん? どうしたの?」

 

「いや、どこかで聞いたような声が……」

 

「それも、俺達に変わった渾名(あだな)をつけたクラスメイトのような……」

 

「ああ、そうね。今は中にあの子がいるからかしらね」

 

 そう言って楯無先輩はガチャリとドアを開ける。

 重厚な開きの戸は軋みの1つも立てずにゆっくり開いていく。かなり質の良いもののようだ。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい、会長」

 

 出迎えたのは3年生の女子だった。眼鏡に三つ編み、いかにも『ザ・真面目』風の人で、片手に持ったファイルが非常によく似合っている。

 そして、その後ろにいたのは意外な顔だった。

 

「わー……。おりむーとホーくんだ~……」

 

 のほほんさんだ。……なぜ彼女が生徒会室に?

 

「まあ、そこにかけなさいな。お茶はすぐに出すわ」

 

「は、はぁ……」

 

「失礼します……」

 

 いつもの6割増しで眠そうなのほほんさんは、俺と一夏を見つけて3センチほど上げた顔をまたベチャリとテーブルに戻す。

 

「お客様の前よ。しっかりなさい」

 

「無理……。眠……帰宅……いい……?」

 

「ダメよ」

 

 最後の希望とばかりに単語だけの言葉で尋ねたのほほんさんは、しかし3年生の無情な回答に崩れ落ちる。

 

「えーと、のほほんさん? 眠いの?」

 

「寝不足か?」

 

「うん……。深夜……壁紙……収拾……連日……」

 

「う、うん?」

 

「壁紙? 収拾?」

 

「あら、渾名だなんて、仲いいのね」

 

 お茶の準備を3年生に任せて、2年生でありながら会長職を務める楯無先輩は優雅に腕組みをして座席にかける。

 

「あー、いや、その……本名知らないんで……」

 

「一夏お前、マジか……」

 

「ええ~!?」

 

 ガバリッ、とのほほんさんが初めて聞く大声で起き上がる。

 

「酷い、ずっと私を渾名で呼ぶからてっきり好きなんだと思ってた~……」

 

「いや、その……ゴメン」

 

「一夏、それは失礼にもほどがあるだろ。罰として超高G旋回の刑だな」

 

「か、勘弁してくれっ! あれやられたあとはマジで吐きそうになるんだっ!」

 

 そんなやり取りをしていると、ちょうどそこにティーカップを持ってきた3年生が口を挟む。

 

「本音、嘘をつくのはやめなさい」

 

「てひひ、バレた。分かったよー、お姉ちゃん~」

 

「「……お姉ちゃん?」」

 

「ええ。私は布仏 虚(のほとけ うつほ)。妹は本音(ほんね)

 

「むかーしから、更識家のお手伝いさんなんだよー。ウチは、代々」

 

 布仏 本音(のほとけ ほんね)……。うーん、やっぱりフリガナがないと、とてもじゃないが読めないんだよなぁ。

 

「えっ? 姉妹で生徒会に?」

 

「そうよ。生徒会長は最強でないといけないけど、他のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。だから、私は幼馴染の2人をね」

 

 一夏の質問に楯無先輩が説明を入れる。

 って、3人は幼馴染だったのか。さっきのほほんさんが言ってた『代々お手伝いさん』ってのが理由か?

 

「お嬢様にお仕えするのが私どもの仕事ですので」

 

 ちょうどお茶ができたらしく、カップの1つ1つに虚先輩は注いでいく。

 その仕草は非常に様になっていて、秘書というかメイド長というか、そういう雰囲気を醸し出していた。

 

「あん、お嬢様はやめてよ」

 

「失礼しました。ついクセで」

 

 このやり取りからして、更識家というのはかなりの名家なのだろうと思う。

 それについては楯無先輩のちょっとした仕草を見ても分かることだった。

 

「織斑くんも、どうぞ」

 

「ど、どうも」

 

 お茶を注いでもらった一夏は、その丁寧な姿勢についついかしこまってしまっている。

 

「ホーキンスくんも」

 

「ありがとうございます」

 

 俺も同じくお茶を注いでもらうと、カップから芳醇(ほうじゅん)な香りがフワリと漂ってきた。

 

「本音ちゃん、冷蔵庫からケーキを出してきて」

 

「はーい。目が覚めた私はすごい仕事できる子~」

 

 あまり疑うのはよくないと思うが、心配だ。

 相変わらずのゆっくりとした動作で、しかもまだ眠気が抜け切っていないのか、その足取りは怪しい。

 しかし、不思議なもので特に転んだりもせずに、のほほんさんは無事にケーキを持ってきた。

 

「おりむー、ホーくん~、ここはねー。ここのケーキはねー、ちょおちょおちょおちょお~……美味しいんだよ~」

 

 そう言いながら、まず自分の分を取り出して食べる。……えーっと?

 

「やめなさい、本音。布仏家の常識が疑われるわ」

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶっ。うまうま♪」

 

「……………」

 

 ケーキのフィルムについたクリームを一心不乱に舐める妹を、しかし厳格な姉は許さない。

 ゴチッ! と、思い切りグーで叩いた。

 

「うええっ……。いたぁ……」

 

「本音、まだ叩かれたい? ……そう、仕方ないわね」

 

「まだ何も言ってない~。言ってないよ~」

 

 のほほんさん、涙目である。

 

「はいはい、姉妹仲がいいのは分かったから。お客様の前よ」

 

「失礼しました」

 

「し、失礼、しましたぁ……」

 

 そして改めて生徒会メンバーの3人が俺と一夏に向き合う。

 

「一応、最初から説明するわね。一夏くんとウィリアムくんが部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられていてね。生徒会は君達をどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」

 

「はぁ。苦情……ですか?」

 

「成程。それで学園祭の投票決戦を……」

 

 そいつはなんとも迷惑な話だ。こっちはISの特訓で手一杯だというのに、そんな状態で部活動をやってる余裕など無い。

 そもそも、女子ばかりの部活動に入って何をしろと言うんだ。もしそれが運動部だったらどうするんだ。着替える場所もシャワー室も無いってのに。

 

「でね、交換条件としてこれから学園祭の間まで私が特別に鍛えてあげましょう。ISも、生身もね」

 

「遠慮します」

 

「ふむ……」

 

 正直、俺達がどこかの部活動に入部させられる、という話はもう(くつがえ)しようがないだろう。それなら、ここは大人しく提案に乗ってみるのも……。

 そこまで考えて、俺は自身に待ったをかけた。せっかく時間を割いて特訓に付き合ってもらっているというのに、それを無下(むげ)にするのは失礼ではないだろうか?

 

「一夏くん、そう言わずに。あ、お茶飲んでみて。美味しいから」

 

「……いただきます」

 

「では自分も」

 

 さわやかな花の香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。心地よいそれを軽く吸い込んでから、俺は適度な熱さの紅茶をゆっくりと飲む。

 

「美味しいですね、これ」

 

「紅茶はあまり飲みませんが、美味しいです」

 

「虚ちゃんの紅茶は世界一よ。次は、ケーキもどうぞ」

 

 勧められるまま、生クリームがたっぷり乗ったショートケーキを一口。

 ボリュームのある生クリームのわりに、味はしつこくなくしっとりとしていて、これならいくらでも食べられそうだ……って、なに食いまくる前提で考えているんだ俺は。

 

「そして私の指導もどうぞ」

 

「(この人、えらく食い下がるな)」

 

「いや、だからそれはいいですって。だいたい、どうして指導してくれるんですか?」

 

「ん? それは簡単。君達が弱いからだよ」

 

 あまりにサラリと言われたので、俺も一夏も何を言われたのか理解するのが少し遅れてしまった。

 

「ははは。一応改善点を洗い直してみたりはしているのですが、真正面から言われると結構きますね……」

 

 苦笑混じりに答える俺に続いて、一夏は少しムッとした様子で口を開く。

 

「それなりに弱くないつもりですが」

 

「ううん、弱いよ。無茶苦茶(むちゃくちゃ)弱い。だから、ちょっとでもマシになるように私が鍛えてあげようというお話」

 

 正直に言うとこの物言いは腹立たしく思ったが、それ以上に一夏が平静を保っていられなかったらしい。

 落ち着け、と俺が声をかけるよりも先に勢い良く立ち上がった一夏は、楯無先輩を指差した。

 

「じゃあ、勝負しましょう。俺が負けたら従います」

 

「うん、いいよ」

 

 ニコリと笑ったその顔は『罠にかかった』という表情をしていた。

 ……まんまと()められたな。

 

 

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