インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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 ついにオリンピックが始まりましたね。
 しかも、選手入場の際にエースコンバット5の曲が流れるという展開。思わず鳥肌が立ってしまいました(笑)


42話 最強たる所以(ゆえん)

「えーと……これは?」

 

「うん、(はかま)だよ」

 

「知ってますよ、それくらい!」

 

 放課後、(たたみ)張りの道場にて向かい合う一夏と楯無先輩。

 

「(なんだ。勝負って、まさかジュードーでもする気なのか?)」

 

 そんなことを考えながら、俺は白胴着に袴という格好の両者を眺めていた。

 ちなみに道場には俺と一夏と楯無先輩の3人だけ。布仏(のほとけ)姉妹は仕事があるらしく、この道場にはいない。……それにしても、のほほんさんが生徒会メンバーだったとはなぁ……。

 

「さて、勝負の方法だけど、私を床に倒せたら君の勝ち」

 

「え?」

 

「(たったそれだけ……?)」

 

 俺も一夏も、楯無先輩の言葉に一瞬(ほう)けてしまう。そうなってしまうほど彼女の言葉は意外だったのだ。

 

「逆に君が続行不能になったら私の勝ちね。それでいいかな?」

 

「え、いや、ちょっと、それは……」

 

 先輩にかなり不利な条件なのでは? と思わずにはいられない。

 廊下での出来事から楯無先輩が格闘に()けているのは分かったが、それでも相手は大の男なのだ。しかも、それなりに修羅場は乗り越えている。

 

「さすがに……」

 

 一夏が何かを言おうとした瞬間、楯無先輩は余裕たっぷりの顔で言葉をかぶせた。

 

「どうせ私が勝つから大丈夫」

 

「……………」

 

 安い挑発と分かっていても、ついついムッとして構えを取ってしまう一夏。

 いつだったか、箒の実家が開いている道場では刀が折れた時を想定して、素手の武術も教えていたと聞いた覚えがある。一夏も格闘経験者なのだろうが、楯無先輩も何かを企んでいそうで、勝敗がどうなるのか想像がつかない。

 

「(両者互角か、はたまた一方的か……)」

 

「行きますよ」

 

「いつでも」

 

 楯無先輩はその顔に浮かべた笑みを崩さない。涼しげなそれは、纏う雰囲気も手伝ってミステリアスこの上ない。

 

「――っ!」

 

 まずは様子見ということか、一夏はすり足で移動。そして、楯無先輩の腕を取る――が。

 

「!?」

 

 一瞬にして返され、そのまま一夏の体は(たたみ)にしたたかに投げ落とされる。

 その衝撃で呼吸が詰り、ぶはっと息を吐くと、次の瞬間には楯無先輩の指が一夏の頸動脈(けいどうみゃく)をなぞるように触れていた。

 

「う…………」

 

「まずは1回」

 

 その気になれば息の根を止めることも可能だということを見せておいて、楯無先輩は一夏から離れる。

 

「(成程。あの余裕の態度には相応の理由があったわけだ)」

 

 今の1本で一夏も楯無先輩の実力を痛感したらしく、改めて構えを取る。

 しかし、今度は下手に手を出すわけにもいかなくなったのか、状況は膠着(こうちゃく)してしまった。

 

「……………」

 

「ん? 来ないの? それじゃあ私から――行くよ」

 

 ドンッ、といきなり一夏の眼前まで急接近する先輩。鮮やかすぎる上、横から見ている俺でさえ反応ができなかった。

 

「しまっ――」

 

 ポン、ポン、ポン、と一夏の(ひじ)、肩、腹に軽く掌打(しょうだ)が打たれていく。そして、彼の関節が反射的に(こわ)ばった一瞬に、両肺へと双掌打が叩き込まれた。

 

「がっ、はっ……!」

 

 肺の空気を強制的に排出され、一夏の意識が一瞬だけ飛びかける。そして――

 

「足元ご注意」

 

 ズドンッ!! と、背中から思いっきり(たたみ)に倒された。

 おまけに、楯無先輩は投げ飛ばす際に指で関節を数ヶ所攻撃していたようで、体を軽い麻痺(まひ)状態にされた一夏はとてもじゃないが動けそうにない。

 

「これで2回。まだやる?」

 

 襟元をまったく乱さず、楯無先輩は一夏に優しい笑みを向ける。

 ――が、一夏はかなり諦めの悪い性格だ。これでギブアップなどするわけがなかった。

 

「まだまだ、やれますよ……!」

 

 とは言っているものの、その体はシャンと動かない。

 一夏は気合い1発、深く吸い込んだ息を吐くと同時に全身で跳ね起きた。

 

「(さすがだな一夏。お前のガッツを見ていると、なんだかあいつを思い出すよ)」

 

 どんな時でも弱音を吐かず、よく冗談を口にしていた隊のムードメーカーの顔が脳裏に浮かび、俺の口元はわずかに緩んでしまう。

 

「ん。頑張る男の子って素敵よ」

 

「それはどうも……」

 

 早くも一夏の足はフラつきだすが、その瞳に宿る闘志が衰えることはない。

 一夏は深く、2度呼吸をして集中力を研ぎ澄ませていく。

 

「む。本気だね」

 

「……………」

 

 一夏の無言の返答に、先輩もまた無言で答える。互いに必殺を狙った細く鋭い緊張感が張り詰めていく。

 

「(そろそろ勝負が決まるか……?)」

 

 直後、先に動いたのは一夏だった。さっきまでのものとは格段に違う早さで一夏は先輩に詰め寄る。

 

「!」

 

 今までとは違う早さに一瞬驚いたのか、楯無先輩は距離を合わせるため半歩下がる。

 

「(決まったかっ!?)」

 

 その半歩が着地するよりも前に、一夏は先輩の腕を取って、力任せに投げ飛ばし――た?

 

 ズドンッ!

 

「がはっ!」

 

 今度は前のめりに、一夏は胸から(たたみ)へと叩き込まれる。胸部を圧迫されてむせ返ってしまい、またしても一夏の意識は飛びかける。

 しかし、それを気合いで振り切り、一夏は楯無先輩の足首を掴んだ。

 

「あら」

 

「今度こそ、もらったぁっ!」

 

 足首を力任せに真上へと投げ、空中でひっくり返った楯無先輩の胴を取る。

 

「甘ーい」

 

 一夏の手は確実に両脇を捕らえていたはずなのに、先輩はあろうことか右腕を畳に突き出し、それを軸にクルリと回って一夏の捕縛(ほばく)を振り切る。同時に、カポエラキックが炸裂した。

 

「なぁっ!?」

 

「攻め方はよかったんだけどね」

 

「(マーシャルアーツにカポエラに古武術!? この人、ほんとに何者(なにもん)だ!?)」

 

 最強というのは、伊達でも酔狂でもない、ただの事実だということを俺は改めて実感させられる。

 

「でやあああああっ!!」

 

 意地でも負けられないとばかりに、吹っ飛ばされたのを強引に腕と脚で着地し、すぐさま飛び出す一夏。

 そんな彼の目の前ではちょうど元の体勢に戻った先輩が、ニコニコと笑っていた。

 一夏はさらに加速して、そのまま殴りかかるような勢いで先輩に掴みかかった。

 ――すると。

 

「あっ……」

 

Uh-oh(あぁ……)

 

「きゃん」

 

 胴着の胸元が思いっきり開かれ、ブラジャーに包まれた先輩の豊満なバストが『こんにちは』する。

 一夏ェ……わざとじゃないってのは分かるが、お前のそれは生まれつきの体質なのか? なあ?

 

「一夏くんのエッチ」

 

「なぁっ!?」

 

 言い訳しようにも、100%一夏が悪い。

 そして、一夏の動揺はこれ以上ないほどに隙だらけで、先輩は特に悲鳴を上げるでもなく素早く一夏の腕を払い落とす。

 

「一夏くん」

 

「は、はいっ」

 

「おねーさんの下着姿は高いわよ?」

 

 ニコッと楽しそうな笑みを浮かべる楯無先輩は、しかしゴゴゴゴッというオーラを纏っていた。

 

「(こりゃあ強烈なのを覚悟した方がいいぞ、一夏)」

 

 そして、次の瞬間、一夏に数十発ものコンボが叩き込まれ、最後には必殺の背負い投げが炸裂した。――って、待て待て! その方角は俺が座って……!

 

「あ」

 

「ぶへぁっ!?」

 

 吹っ飛んできた一夏の、その頭頂部がゴチンッ! と俺の鼻に直撃して、文字通り視界にいくつもの星が散った。……ぢぐじょう、俺が何をじだっで言うんだ……グフッ。

 

 ▽

 

「まったく、あいつはどこへ行ったんだ? 今日は特訓の日だというのに……」

 

 今日、ラウラはウィリアムと共にISの特訓をする予定だった。

 夏休みも明けて2学期が始まったが、2次移行を果たした機体に未だ慣れないウィリアムにラウラから特訓相手を名乗り出たのだ。

 

「(約束事を放っておくなど嫁失格だぞ。まったくもってけしからん。…………せっかくあいつと一緒にいられるというのに……)」

 

 当然、ラウラに下心が無かったわけではない。ウィリアムと2人きりになれるという内容が魅力的だったのも事実だ。

 

「……………」

 

 スタスタと早足で歩いていたラウラは、徐々に減速していき、やがて歩を止める。

 

「(これだけ探してもいない。……もしや、避けられているのではないだろうな……?)」

 

 どことなく不安になってしまい、ラウラはそんな弱気な自分を払い落とすようにかぶりを振った。

 

「(いや、大丈夫だ! 大丈夫。大丈夫……のはずだ)」

 

 しかし、ここに来て弱気な乙女心は、どうにも影を落とさずにはいられないらしい。

 だんだんと言いようのない不安に襲われ始めたラウラは、本来なら違反行為であるISのプライベート・チャネルを用いた相互位置確認操作を行いたい衝動に駆られる。

 

「(誰も見ていない……。今ならバレない……。なに、ちょっと起動して情報を入手するだけだ……)」

 

 後ろめたいという自覚はあるらしく、ラウラにしては珍しく周囲を気にしてキョロキョロと左右を確認する。

 

「(よ、よし。あとはISを準待機モードで起動するだけだ)」

 

 ドキドキと弾む心臓を抑え込みながら、ラウラは心の中でISの起動を命じる。

 

「おい」

 

 ドキィッ!?

 

「なっ、なんだ!?」

 

 突然声をかけられて、ラウラは誤魔化しの意味も含めた殺気で振り返る。

 ――と、そこにいたのはなんと千冬だった。

 

「何を挙動不審なことをしている。シャンとしろ」

 

「きょ、教官……」

 

 バシン! と、ありがたい出席簿アタックが炸裂した。

 

「織斑先生と呼べ」

 

「は、はい……。織斑先生……」

 

 さすがのラウラも、千冬の前には頭が上がらない。――もとい、歯が立たない。

 

「いいのか? さっきホーキンスを保健室前で見たぞ」

 

「ッ――!? ど、どこのですか!?」

 

「がっつくな、鬱陶(うっとう)しい。部活棟1階の保健室だ」

 

「部活棟1階保健室……」

 

 反芻(はんすう)するように呟いて、ラウラは千冬に一礼してすぐに駆け出そうとする。

 ……が、それは千冬の声に止められた。

 

「ボーデヴィッヒ、言っておくが専用機持ちでも指定区域以外でのIS起動は校則はもちろん国際条約違反だぞ」

 

「わ、分かっています!」

 

 当たり前です! という調子で言ったラウラだったが、つい先ほどそれをしようとしていた後ろめたさからか、その語調は若干弱々しい。

 

「で、では、失礼します」

 

「おう」

 

 千冬から離れ始めて、5メートルほどは抑えた早足だったのが、そのエリアを過ぎた途端に猛ダッシュへと変わった。

 

「変わったな」

 

 ラウラの過去を知っているからこそ、千冬はそんな教え子の変化を見て楽しそうに、そして嬉しそうに呟くのだった。

 

 ▽

 

 ~~~♪

 

 小洒落(こじゃれ)た酒場の室内をスピーカーから流れる音楽や周囲の喧騒が包み込む。

 エアコンの冷房に当てられながら、俺はカウンター席に座っていた。

 

「よっしゃお前ら! グラスは持ったか!」

 

 隣から陽気な声が響く。

 ふと周囲に視線を巡らすと、そこにはウォーバード隊の面々が同じくカウンター席に座っていた。

 

「(そうだ。これは、あの時の……)」

 

 俺はぼんやりと過去の記憶をさかのぼりながら、酒の注がれたグラスを持ち上げて掲げる。

 

「では……。作戦の成功を祝して、乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 チンッ、と互いのグラスを軽くぶつけたあと、それを傾けて喉に流し込んでいく。

 

「よう、ホーキンス。飲んでるか?」

 

 ほのかな果実酒の香りと喉を流れていくアルコールの熱に、ほぅっと息をついてると、先ほど乾杯の音頭を取っていた人物が声をかけてきた。

 俺はグラスをテーブルに置き、その人物の方へと首を動かす。

 

「あの時はナイスサポートだったぜ」

 

 腐りかけていた俺を正してくれた、恩人であり師匠とも言えるパイロット。

 その人物の顔が見えそうになり――

 

 ▽

 

「~♪ ~~~♪ ♪……」

 

 耳に優しい鼻歌を聴きながら、俺の意識は徐々に回復していく。

 

「(うぅ……)」

 

 刹那、目に入る光に顔をしかめる。

 そうすると、俺の覚醒に気づいたその人は、光を遮るように俺の前に顔を寄せてきた。

 

「お目覚め?」

 

「先輩……?」

 

 楯無先輩の顔がすぐ側にあった。

 あー、だんだんと思い出してきたぞ。背負い投げで吹っ飛ばされた一夏が俺の顔面に……俺の鼻、(つぶ)れてないだろうな……?

 

「ていうか、この状況は?」

 

「ん? 膝枕(ひざまくら)

 

 成程。妙に柔らかくて心地の良い枕だと思ったら――ハッ!?

 突如、何か予感めいたものを感じてゾワッと背中に悪寒を走らせる俺は、跳ねる勢いで身を起こす。

 改めて楯無先輩へと視線をやると、同じく気を失っていた一夏が彼女の左膝に頭を置いて寝息を立てていた。

 

「(まずい。まずい、まずい、メチャまずい。とんでもなく嫌な予感がする!)」

 

 そう思って先輩から離れようとした瞬間、素早く両手が俺の肩を下ろす。

 

「まあまあ、そう遠慮しないの。あなた軽い脳震盪で倒れたんだから」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 体勢を崩した俺は再び柔らかな膝枕へと。――いやいや、まずいですって!

 

「ウィル!」

 

 ガラッとドアを開けて一声を放ったのは、ラウラだった。

 ――が、しかし、俺と楯無先輩の様子を見て、その表情はみるみる無表情に、瞳からはハイライトが失われていく。

 ……ウソだろ。昨日に続いて今日もかよ。今回ばかりは俺、死ぬんじゃないのか?

 

「――ウィリアム・ホーキンス少尉、前へ出ろ

 

「い、イエス・ミス、少佐殿」

 

 ISは展開されていないものの、腕を組み、抑揚(よくよう)のない声で言ってくるラウラ。彼女の声には有無を言わせぬ迫力があった。……ていうか、なんでフルネームの階級付き?

 

これはいったいどういうことか説明してもらおうか

 

「えっと、その……、かくかくしかじかで――」

 

ち ゃ ん と 説 明 し ろ

 

「ハイ。スミマセンデシタ」

 

 ひぃ……! こ、怖すぎるぅ……!

 今のラウラはまさに氷の女王と言っても過言ではなく、その絶対零度の眼差しに俺はすでに瀕死(ひんし)だった。

 

「あらあら、完全に尻に敷かれちゃってるわね」

 

 ラウラを前に縮こまっているところへ、面白そうに横から茶々を入れてくる楯無先輩。

 

「(なぁにが尻に敷かれてるだっ! 怒られてるのはあなたのせいでしょうが!)」

 

 心の中で文句を言いながら先輩をキッと睨み付けると、またラウラの冷たく抑揚のない声が響いた。

 

ウィル、お前には私がそこに立っているように見えるのか?

 

「は、はひっ! すみません!」

 

 肩をビクッと跳ねさせて、俺はすぐさまラウラへと視線を戻す。

 結局、俺とラウラのやり取りは一夏が目を覚ますまで続けられたのだった。

 

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