インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
時は過ぎ、4月上旬。
「全員揃ってますねー。それでは
黒板の前でにこやかに微笑む女性教員。彼女は副担任の
身長はやや低めで、他の生徒達とほとんど変わらない。しかも服のサイズもブカブカで、かけている黒縁眼鏡もサイズが合っておらず、若干ズレ気味である。
印象としては、子供が少し背伸びをしていると言う言葉が合うような見た目なのだが、そう思うのは俺だけだろうか。
……いや、どうやら同じ事を考えている奴が1人いるらしい。俺の左前方、最前列の真ん中に座って現実逃避しているイケメンの青年。世界で初めてISを動かした男──織斑 一夏くんだ。
「(うっわぁ……最前列の、しかもド真ん中とかめちゃくちゃ目立つ席じゃねえか。南無南無……)」
心の中で合掌しながら、しかし一方でもう1人の男性と同クラスになれた事に深く安堵しながら、俺は再び山田先生の元へ視線を戻す。
「それでは皆さん、1年間よろしくお願いしますね」
「「「…………」」」
明るい声で挨拶をする彼女だが、教室の中は変な緊張感に包まれており、誰1人として反応する者はいない。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で……」
誰からの反応も無い事に狼狽える山田先生が可哀想なので、せめて俺ぐらいは反応しておこうと思ったのだが、残念な事にそんな余裕は今の俺には無かった。
なぜかって? 簡単だ。それに、ある程度の覚悟もしてあったさ。
……今、俺(と織斑くん)は周りに座っている女子達から、一斉に視線を注がれていたのだから。
IS学園の入学式が始まるまでの期間をティンダル基地で過ごし、スパルタな特訓を乗り切った俺は学園が設立されている日本へ向けて出発した。その時の出来事は今も忘れはしない。
まるで今生の別れのような面持ちの父さんと母さん。
何かを耐えるように口を一文字にしているトーマス伯父さん。
豊満な胸を押し付けるように抱き着いて来るミューゼル大尉に危うく窒息させられかけ、それを慌てて止めるベイリー中尉。
男泣きするボリスさん達、整備員のみんな。
家族や世話になったみんなとの別れを告げた俺は飛行機に乗り込んで日本へ飛び立ち、そこからIS学園行きのバスを使ってここへ。到着してからは地図を頼りに体育館を目指し、そこで入学式を終えたあと、今度は自分が所属する事になる教室──1年1組へ移動させられ、現在はSHRの真っ最中だ。
「(はぁ……序盤からこれじゃあ先が思いやられる。同性が1人でもいるってのがせめてもの救いか──)」
「織斑 一夏くんっ」
「は、はいっ!?」
「っ!?」
大きな声を上げる山田先生と、その声に驚いて思わず声を裏返らす織斑くん、そしてビクリと肩を跳ねさせた俺。
案の定、教室の至る所からクスクスと笑い声を聞こえてきて、彼は居心地が悪そうに肩を竦めた。
……そうだ。今はこれから勉学を共にするクラスメイトに自己紹介をする時間だった。で、彼が呼ばれたって事は……
「マジか……」
こんな状況下で俺も自己紹介をしないとダメなのか? いやまあ、当たり前っちゃあ当たり前だろうが……これ、名前だけ言って終わったら『なんか暗そうな奴』ってレッテルを貼られる可能性があるよな……。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。も、もしかして怒ってるかな? ゴメンね! でもね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」
……そう言やぁ、ここ日本では『あいうえお順』ってのがあるんだったよな。それに、確か苗字と名前の位置が逆だった筈だ。つまり、俺の場合はホーキンス・ウィリアムになる。という事は俺の番はもう少しあとか。
「そ、そんなに謝らなくても……って言うか自己紹介しますから、先生落ち着いて下さい」
先程からペコペコと頭を下げている副担任の山田先生を慌てて止める織斑くん。
「ほ、本当? 本当ですか? や、約束ですよ!」
ガバッと顔を上げ、織斑くんの手を取って熱心に詰め寄る山田先生。……先生、やめてあげて下さい。彼が周りからすごい注目を浴びてますよ。
「よし、腹を括るか……!」
そう呟いて気合いを入れた織斑くんは席を立ち上がり、
「(ん?)」
偶然、彼と目が合った。不安と緊張が混ざり合い、そこに
「(頑張れよ、挨拶は始めが肝心だ。言い切っちまえばこっちのもんさ)」
心の中で、彼──織斑くんに声援を飛ばしながら、パチッと左目をウインクさせる。
「っ! ……えー、織斑 一夏です。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げて、上げる織斑くん。しかし、クラスメイト達からは『えっ? もう終わり?』とか、『何か他にも喋ってよ』的な感情が込められた視線を送られるだけであった。
「うっ……」
彼は注がれる視線にたじろぎ、俺に助けを求めるように視線を合わせてくる。
「(大丈夫だ。適当に趣味か好物でも言ってやれ)」
救難信号を送ってくる織斑くんに対し、俺は左手でこっそりサムズアップして、なんとか意志疎通を図ろうとする。頼む、通じてくれよ……。
「……!」
俺のサインに気付いた織斑くんは少し目を見開いたあと、スゥっと息を吸い込んだ。
「(よぉし、良いぞ言ってやれ! 趣味は○○です! とか、好物は○○です! とかってな!)」
「──以上です!」
ガタタタッ! 思わずズッコケる女子数名。なんとか踏み留まった女子数名。小さくサムズアップしたまま凍り付く男子1名。
「あ、あのー……」
あれ? ダメでした? といった表情の織斑くんの背後から山田先生が涙声で話し掛けようとしたその時。
スパァンッ!
「ぐぇ──!?」
目にも止まらぬ速度で振り下ろされたナニカが織斑くんの頭を直撃した。
現在進行形で頭を押さえて悶絶している織斑くんを除いたクラスにいる全員が、彼の背後に視線を巡らす。
そこに立っていたのは、黒のスーツにタイトスカート、スラリとした長身、良く鍛えられた無駄の無いボディライン。鋭い吊り目。右手には真っ黒な出席簿。
「ってぇ……いったい何なん……だ……よ……」
遅れて背後を振り返った織斑くんの顔がみるみる引きつっていく。
「げえっ!? ルーデル大佐──」
スパァンッ! と炸裂する本日2度目の出席簿アタック。その音はあまりに大きく、まるで何かの破裂音のようにも感じられる。
「誰が空の魔王か、馬鹿者」
トーンの低い声。何だろう……彼女に逆らったら瞬く間にミンチ肉に変えられてしまいそうな迫力だ。
「あ、織斑先生。会議はもう終わられたんですか?」
「ああ、ついさっきな。それより山田くん、クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
先程とは一転、とても柔らかく優しい声。
「い、いえ、副担任ですから、これぐらいはしないと……」
若干顔を赤らめている山田先生が、はにかみながら担任の教師へと応える。……ん? 待てよ? 織斑……織斑……。
「そうか。そう言ってくれると助かる。――さて諸君、私が
ワーオ……なんつう暴力的な宣言なんだ。
さっきの織斑くんへの出席簿スマッシュアタックと言い、今の発言と言い、俺の中での彼女の印象はまさに『暴力装置』であった。
シーンと静まり返る1年1組の教室内。そりゃあ目の前であんな出来事があったあとすぐにさっきの発言だ。さすがに女子達も困惑して──
「「「キャーーーー!!」」」
「ッ!?」
突如、クラス中の女子生徒達が一斉に黄色い声を上げた。……み、耳がぁ……!!?
「千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北海道から!」
「千冬様にご指導して頂けるだなんて人生の運を全て使い果たしても良いわ!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
キャアキャア騒ぐ女子達を、織斑先生は鬱陶しそうな顔で溜め息をつきながら見る。
「……まったく。毎年毎年、よくもまあこれだけの馬鹿者が集まるものだ。これはあれか? 私への嫌がらせか何かか?」
しかし、これだけ言われても女子達は鎮まるどころか更に騒ぎ立て始めた。
「きゃああああっ! もっと叱って、罵って!」
「でも時々で良いから優しくして!」
「そしてつけ上がらないように厳しく
……ふむ、確かIS学園ってのは偏差値も倍率も高いエリート高校だと聞いていた(と言うか、そのために基地で猛勉強した)んだが……どうやら、ここは少しばかり特殊な性癖をお持ちのレディー達が集う聖域のようだ。って言うか、織斑先生ってやっぱりあの
「で? お前はまともに挨拶もできんのか?」
「い、いや、千冬姉、俺は──」
スパァンッ! 織斑くんに炸裂する、本日3度目のスマッシュアタック。先生、そんな事をしたら彼の脳細胞がいずれ死滅してしまいますよ。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
成程、やはり彼は織斑 千冬の弟だったようだ。そう言えば、だいぶ前に女権団のアマンダ・メイソンも言ってたな。
『織斑 一夏くんは
……今思い返すと、なんか無性に腹が立って来たな。落ち着け~俺。クールになるんだ……。
「……キンス」
……ダメだ治まらん。だいたい、何が『この子には何も無い』だっ。クソッ、あいつ今度何か仕掛けて来たら、生命維持装置無しで高度15,000メートルをかっ飛ばしてやる……! あの妖怪厚化粧め──
ベシッ!
「ふぐぇ!?」
頭頂部に強い衝撃が走り、一瞬視界に星が映った。
「な、何だ何だ!? 空襲か!?」
「何を寝惚けた事を言っている。お前の自己紹介をしろホーキンス」
先程聞いたばかりの低いトーンの声。その発生源へ首を巡らすと、出席簿片手の織斑先生がこちらを見下ろしていた。
「え? あ、え?」
周りに視線だけを動かすとクラス中の全員が俺を注視しており、山田先生が「あなたの番ですよ」と優しい声でそう告げてくる。
「(し、しまった。これじゃあ初っぱなから悪目立ちしちまう)」
俺は生唾をゴクリと飲んだあと、ゆっくりと席を立ち、左へ向き直った。ぐぅ……周りからの視線が痛い……!
「ん゛ん゛っ! えー、ウィリアム・ホーキンスです。アメリカのフロリダ州から来ました。これから同じクラスの者として勉学を共にする事になりますが、どうぞよろしくお願いします」
ティンダル基地で基礎知識の習得を開始すると同時に叔父からプレゼントされた『日本人と仲良くなろう』と言う学習本が役に立ったようで、なんとか挨拶を言い切る事ができた。
「ほう、なかなか良い挨拶じゃないか。織斑、お前も少しはホーキンスを見習えよ」
「ウッス……」
このあと俺以降の女子達が順番に自己紹介を済ませていき、全員分の挨拶を終えた1組は早速、本日の授業を開始する。入学初日から勉強とはなかなかハードなスケジュールだ。
まあ、通常授業とISの基礎授業の2つをこなさなければいけないので仕方ないと言えば仕方ないが、挨拶だけでドッと疲れた俺にとっては授業開始のベルが悪魔のラッパのように聞こえた。
1時限目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。周りから浴びせられる視線に落ち着かない俺は、気を紛らわすように『日本人と仲良くなろう』と言う表題の学習本をバッグから取り出す。
さぁて、他に覚えておく必要のある単語は~っと。
「ん?」
適当にページを捲っていると、必須単語集4と書かれたページに出た。
「(この辺りはまだ目を通していない箇所だったな)」
ページ内には『この単語だけは絶対に覚えよう!』と大きく印刷されており、読者の目を引くように派手な色が使われている。どうやら、よほど大事な単語が載っているらしい。えーっと……スシ、テンプラ、サムライ、ハラキリ、ニンジャ……
「(……おい、わざわざ赤文字で必須って書いてるけど、これ絶対に重要じゃないだろ)」
『
「(はぁ……取り敢えずこのページは放置する事にしよう。次だ次)」
どこが必須なのか理解に苦しむページを飛ばして、また適当に本を捲り始めたところで、こちらに向けて歩いて来る人影が視界の端に入り込んだ。
「えーと……ウィリアム・ホーキンス……だよな?」
「ああ、そう言う君は織斑 一夏くんだったな。俺に何かご用かな?」
学習本をパタッと閉じてカバンに戻し、椅子に座ったまま体ごと彼に向き直る。
「ああ、その……さっきはありがとうな」
「さっき? ……ああ、自己紹介の時の事か。別にそんな大した事じゃないさ」
「いやいや、あの時はマジで助かったぜ」
「結局、最後は織斑先生に叩かれてたけどな」
そう言って、クックックッと肩を震わせながら笑いを噛み殺していると、織斑くんは先程の出来事を思い出したのか、
「っと、この話は置いといて……ウィリアム・ホーキンスだ。気軽にウィルとでも呼んでくれ」
「おう。よろしくな、ウィル。俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれ。同じ男同士、仲良くしようぜ」
「同感だ。同性がいるってのは心強いし、ここで会えたのも何かの縁だろう。これからよろしくな、一夏」
互いに差し出した手を固く握って握手を交わしたところで、こちらを見物していた女子達が何やらざわつき始めた。
「こ、これは禁断の恋の予感……!」
「『おり×ホキ』……。良い! 実に良いわ! このネタで同人誌を出せば……!」
「いや、そこは『ホキ×おり』でしょ」
「織斑くんとホーキンスくんなら、どっちが受けでどっちが攻めかな?」
「バッカ、あんたそんなのホーキンスくんの攻めに決まってるでしょ!」
メモをとる者、「グフフへへ……」と笑って涎を垂らす者、顔を赤くして鼻を抑える者etc……。
ってか、『おり×ホキ』ってのはいったいどう言う意味なんだ?
「なあ、一夏。『おり×ホキ』って何の事だか分かるか?」
「さあ? 俺にもさっぱりだ」
「日本人であるお前でも分からないのか……。ふむ、日本語と言うのは難しいな」
さすが、世界でも有数の難しさを誇る言語なだけあるようだ。
「……ちょっと良いか?」
「「?」」
あとでインターネットを使って詳しく調べてみるか、などと考えていると、俺と一夏の元に1人の女子がやって来た。
何だ、女子同士の牽制にでも競り勝ったのか? ……いや、今教室内で広がっているざわめきを考えると、どうやら1人が思い切った行動を敢行したようだ。
「……箒?」
一夏の口から放たれた言葉が、今俺達の目の前に立っている長い黒髪をポニーテールにしている長身美人の名前なのだろう。
「一夏、知り合いか?」
「ああ、紹介するよ。俺の幼馴染みの
篠ノ之……まさかとは思うが、ISを開発したあの篠ノ之博士の親族か何かだろうか。
「紹介にあずかった、篠ノ之 箒だ。私の事は箒と呼び捨ててもらって構わない。名字は少し目立つのでな」
「そうか。さっき自己紹介したが改めて、ウィリアム・ホーキンスだ。俺の事もウィル、ウィリアム、好きに呼んでくれ。よろしく」
「こちらこそよろしく頼む。……それと、突然ですまないが一夏を少し借りても良いだろうか?」
俺に一夏を連れ出す許可を求めて来る箒。まあ、幼馴染みと言っていたし、積もる話もあるのだろう。
「別に構わないよ。一夏、俺の事は良いから彼女について行ってやれ」
「分かった。それじゃあ行こうか箒。廊下で良いか?」
「うむ。……邪魔をしてすまなかったな、ウィリアム」
「じゃあなウィル! またあとでな!」
こちらに軽く一礼をしてから教室を出て行く箒と手を振りながら彼女の後ろをついて行く一夏。まったく、青春だねぇ。
2人の背中を見送ってから静かに席に座り直す俺だったが、待っていたのは何十人と集まった1年生~3年生までの女子達から放たれる好奇の視線の集中砲火であった。
「(……動物園のライオンやパンダはこんな気持ちで毎日を過ごしているのか)」
頭の中で、「見せもんじゃねえぞ」とふてぶてしい表情で客を睨むパンダの姿を想像してしまう。
「(一夏、なるべく早めに帰って来てくれ……)」
自分から送り出しておいてなんだが、そう切実に願わずにはいられなかった。
▽
「──であるからして、有事の際以外での逸脱した運用や危害を加えた場合は、刑法によって罰せられ──」
スラスラと教科書を読んで行く山田先生。この辺りもティンダル基地で予め叩き込んで来た範囲だ。
机の上にドッカリと積まれた教科書が5冊。なかなかエグい量である。
「(全部ってわけじゃないが、よくこれだけの量をやって退けたな、俺)」
本当にハードな毎日だった。それこそ、前世で士官学校を目指して猛勉強していた時と同じぐらいには。いや、日数が短かった分こっちの方が大変だったか。
「(にしても、ISってのは本当に驚かされるような機械だな。俺のいた世界では考えられないような技術もチラホラしてる)」
山田先生の言葉を聞きながら、ノート上にペンを走らせる。この辺りはマスターしてきた範囲だから、俺にとっては少しおさらいをする程度だ。だが一夏の方は完全に置いてきぼりを喰らっており、頭を抱えたり、隣に座る女子のノートをチラ見したりと四苦八苦していた。あいつ、大丈夫か?
「織斑くん、何か分からない所がありますか?」
そんな一夏に気付いた山田先生が、わざわざ彼に声を掛けた。
「あ、えっと……」
名指しで呼ばれた一夏は開いている教科書に1度視線を落とす。
「分からない事があったら訊いて下さいね。なにせ私は先生ですから!」
えっへんとでも言いたそうに、豊満な胸を張る山田先生。その仕草を見て希望を見出だしたのか、パァッと表情を明るくする一夏は意を決して口を開いた。
「先生!」
「はい、織斑くん!」
やる気に満ち溢れた山田先生の返事。これなら、一夏が抱えている問題も難なく解決され──
「ほとんど全部分かりません」
その言葉を聞いて山田先生は困り度100%で引きつった顔のまま固まり、俺は持っていたペンを思わず床に落としてしまった。え? ぜ、全部分からないって一夏、お前……。
「ホーキンスくん、ペン落ちたよ」
隣の席に座る女子が落としてしまったペンを拾って手渡してくる。
「え? ああ、ありがとう」
それを受け取ってから笑い掛けると、その親切な女子は顔を赤らめながら「ど、どういたしましてっ」と早口に応え、そそくさと教科書へ視線を戻してしまった。彼女も忙しかったのだろう。手間を取らせてスマンな。
「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階で分からないって言う人はどれぐらいいますか?」
フリーズ状態から復帰した山田先生が周りに挙手を促す。
シーン……
誰1人として挙手する者はおらず、顔を青くさせながら辺りをキョロキョロしだす一夏。おっと、目が合ったぞ。なになに? 『お・前・も・分・か・る・の・か!?』だって? まあ、この学園に入学するまでに範囲内はやって来たからなぁ……。
口パクで話し掛けて来る一夏に対してゆっくり深く頷き返すと、彼はガクッと肩を落としてしまった。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
教室の端で控えていた織斑先生が一夏の元に歩み寄って行く。
「古い電話帳と間違えて捨てました」
あー、成程。電話帳と間違えて……って、ちょっと待て一夏! お前、見ずにポイしちまったのか!? そりゃあ授業について行けんわけだ……。
スパァンッ!
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」
今日で4度目の出席簿アタック。どうやらかなり効いたようで、一夏は涙目で頭を擦っていた。だがこの件に関しては俺も弁護しかねるぞ、一夏。
「あとで再発行してやるから1週間以内に覚えろ。いいな?」
「い、いや、1週間であの分厚さはちょっと……」
「や れ と 言 っ て い る」
「は、はひっ、やりますっ」
本人の不注意が原因とは言え、1週間以内はさすがに無茶だと言う一夏の言葉(俺もそう思う)は織斑先生の一睨みとドスの効いた声によって一蹴される。
「いや、待て」
がしかし、少しの間を置いてから織斑先生は何やら考え込み始めた。
「さすがに1人では厳しいか……」
彼女は「ふむ」と右手を
「ホーキンス」
「はい、先生。何でしょう」
「スマンが織斑の勉強を手伝ってやってくれるか? お前はこの授業によくついて来れている。それに、同性のお前ならこいつも変に緊張して手がつかんと言う事も無いだろう」
一夏に対する呆れ半分、彼を気遣う気持ち半分といった感じの織斑先生。まあ、俺も何か用事があるわけでもないし、受けても問題無いだろう。
「イエス・ミス、お任せ下さい」
「ああ、助かる」
こうして俺は、一夏の専属教師としての仕事を織斑先生直々に任されたのであった。
「でさぁ、千冬姉の怖い事なんのって……」
「はっはっはっ! 彼女にはダースベイダーのBGMがよく似合いそうだな。だが良いお姉さんじゃないか」
「ああ。めちゃくちゃ怖いけど、自慢の姉だぜ」
2時限目の休み。俺と一夏は揃って談笑していた。同性が1人いるだけでこうも気が楽になるとは……この部屋割りにしてくれた顔も知らない教員に感謝だな。
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「ん?」
いきなり背後から声を掛けられ、一夏は素っ頓狂な声を、俺は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら後ろを振り返る。
話し掛けて来たのは、地毛の金髪が鮮やかな女子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、やや吊り上がった状態で俺達を見ている。
「(金髪縦ロールって実在したのか……)」
僅かに掛かった縦ロールの髪はまさに『貴族令嬢』といった言葉を彷彿とさせるが、ひょっとしたら目の前の女子は本当に身分の高い人物なのかもしれない。
ちなみに、このIS学園は多国籍の生徒を受け入れており、外国人は珍しくない。むしろ、日本国内に設立されておりながら、クラスの半分がかろうじて日本人というだけだ。
「聞いてます? お返事は?」
「あ、ああ。聞いてるけど……どういう用件だ?」
一夏がそう答えると、目の前の女子はかなりわざとらしく声を上げた。
「まあ! 何ですの、そのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」
「はぁ……」
目の前の女子には聞こえない程度の大きさで溜め息をつく。面倒なのにからまれたな……。
「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
続けて「ウィルはどうだ?」と言って俺に話を振ってくる一夏。
「あー……ソーリー、俺も君の事を知らないんだ」
自己紹介の時に何やら長々と話していたような気がするが、その時はちょうどアマンダ・メイソンに侮辱された事を思い出して1人で腹を立てていたからな……。まあ、聞いていなかったこちらに非があるな。
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」
俺達の答えが気に入らなかったようで、吊り目を細め、いかにもこちらを見下した口調で続ける女子、もといオルコットさん。
「って言うかさ、代表候補生って、何?」
「」
オルコットさんがピシリと凍り付き、辺りで聞き耳を立てていた女子数名はガタタンッとズッコケた。
「一夏、代表候補生ってのはあれだ。国家代表IS操縦者の候補生だ。まあ、簡単に言うとエリートだな」
「成程、エリートか」
目の前でワナワナとしているオルコットさんから視線は外さず、一夏の耳元に顔だけを寄せて説明する。
「それも含めて教えてやるから、参考書が再発行されたら受け取りに行くぞ」
「おう。サンキューな、ウィル」
「ユアウェルカムだ」
と、小声での会話を終えたところで、オルコットさんが噴火寸前にまで達していた。
「あ、あ、あ……!」
「ヤベッ。……だ、代表候補生ってのは選らび抜かれたエリートって事だよなっ?」
「っ! そう! エリートですわ!」
大噴火を起こしてこれ以上面倒な事にならないよう、俺はオルコット
「まったく。男性のIS操縦者だと聞いてどんなものかと思えば、とんだお馬鹿さん達で拍子抜けですわね」
この子、容赦なく言って来るな……。それに、何で俺まで『お馬鹿さん』の
「まあでも? わたくしは優秀ですから、あなた達のような人間にも優しくしてあげますのよ? 分からないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
『唯一』をものすごく強調された。──って、ん? 教官を倒した?
「なあ、入試ってあれか? ISで戦うやつ?」
一夏が確認を取るようにそう訊ねると、オルコットさんは目を細める。
「それ以外に何がありますの?」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「……は?」
目を点にして固まるオルコットさん。
「ワオ、やるじゃないか一夏! ちなみに俺も教官を倒したぞ」
確かあの時は【バスター・イーグル】の30ミリ機関砲で倒した筈だ。ベイリー中尉の戦闘訓練の賜物だな。
「わたくしだけだと聞きましたが?」
「それ、女子だけではってオチじゃないのか?」
ピシリ。あ、今なんか嫌な音がしたぞ? 足下の氷にヒビが入ったような、不穏な音だ。
「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」
「いやまあ、知らないけど」
「あ、ああ、あなた達も教官を倒したと言うんですの!?」
バンッと机を叩いたオルコットさんが鬼気迫る表情でこちらに詰め寄って来る。
「えーと、落ち着けよ。な?」
「そ、そうだぞオルコットさん。1度クールになるんだ」
「こんな話を聞かされてクールも何も──」
キーンコーンカーンコーン
彼女の言葉を遮ったのは3時限目の開始を知らせるチャイムだった。
「っ……! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
「「お、おう……」」
正直、勘弁して欲しいところではあるのだが、ここで断ったら彼女は怒るだろう。
「……取り敢えず、席につくか」
「……だな」
こりゃまた面倒な事になったな。これ以上酷くならなければ良いが……。そう思いながら席に座るのと、織斑先生・山田先生の2人が入室してきたのはほぼ同時だった。
お暇があれば、誤字脱字の報告・感想等をして頂ければ幸いです。