インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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51話 本当の気持ち

 月曜日、その放課後。俺は強烈な足の(しび)れと格闘しながら茶道室の脇に正座していた。

 というのも、今日からついに始まったからである。『生徒会執行部・織斑 一夏、ウィリアム・ホーキンス貸し出しキャンペーン』が。

 

「(くぅっ……足がヤバい。なんというか、とにかくヤバい……!)」

 

 全部活動参加によるビンゴ大会。そこで上位に入ったのがテニス部と茶道部で、一夏は前者へ、俺は後者へと派遣されたのだった。

 

「(あー、なんか足が冷たくなってきたー……)」

 

 そして俺がわざわざ苦手な正座をしている理由。それはただ単に正座に慣れるための修行……のつもりが、なんとなく始めたはいいものの途中で下手に足を戻せくなってしまったのだった。間抜けな自分が招いた完全な自爆である。

 ……なんてことをしてくれたんだ、1時間前の俺。おかけで足の感覚がなくなってきたぞ。

 

「「「結構なお点前で」」」

 

 最後にお決まりの台詞を言って一礼する部員一同。その例に漏れずきれいな動作で頭を下げるラウラも、もうすっかり茶道部員としての振る舞いを見せていた。

 ちなみに今のラウラは淡い桃色の着物に身を包んでおり、いつもの長い銀髪は後ろで1つに()っている。

 着物姿の彼女を見るのはこれが初めてだが、白い肌に輝くような銀髪、そこに着物の落ち着いた色合いがマッチしていて、よく似合っているというのが俺の感想だった。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「時間だな。今日はここまでだ」

 

 5時を知らせるチャイムが鳴り、織斑先生がそう告げる。……よ、ようやく終わったか……。

 

「各人、使った茶碗と皿は洗って戻しておくように」

 

 その言葉に「はい」と返事をして、茶道部員達は早速片付けを始めた。

 しかし、織斑先生が茶道部の顧問ってのは意外過ぎてどうにも慣れないな。服装も1人だけスーツのままだし。

 そんなことを考える一方で、さてどう動いたものかと、俺は感覚の無い両足に視線をやる。

 今、自分の尻の下敷きにされているそれは、ほんの少し動かしただけで悶絶ものの痺れに襲われることだろう。

 

「いつまでそこに正座しているつもりだ?」

 

 声をかけられて顔を上げると、腕を組んだ織斑先生が変なものでも見るかのような表情をして立っていた。

 

「い、いやぁ、お恥ずかしい限りなのですが、動けなくなってしまいまして……」

 

「お前はアホか」

 

 はい、アホです。なんの反論もできません。(まこと)に恐縮ながらそんなアホからのお願いなんですが……。

 

「先に言っておくが、私に助けてくれなどと言うなよ?」

 

「ですよね~」

 

 あはは、と乾いた笑い声を上げる俺。いやマジでどうしよう。このままじゃ後片付けを手伝えないんだが。

 

「……ところでホーキンス」

 

 仕方なく自力で正座を解こうとしていたところで、また織斑先生に呼ばれる。

 

「なんでしょうか?」

 

「ボーデヴィッヒの機嫌がえらく良いようだが、休日辺りに何かあったか?」

 

 そう言って織斑先生は、先輩や同級生らと共に片付け作業をしているラウラの背中に視線をやる。

 

「何かと訊かれれば、土曜日に少し出かけたくらいでしょうか」

 

「ほう。つまりはデートか」

 

「そんな大袈裟なものじゃありませんよ。ちょっと遊んで回っただけです」

 

「馬鹿、そういうのを世間一般ではデートというんだ」

 

 なぜか妙に楽しげな織斑先生は、口角をわずかに上げながら言ってきた。

 

「で、楽しめたか?」

 

「そうですね。思わず時間が経つのも忘れてしまうほどでした」

 

 つい先日の出来事を思い出して、俺は知らず知らずのうちに口元を(ゆる)める。

 

「そうか」

 

 何が面白かったのか、小さく笑みをたたえる織斑先生。なんとなくその理由が知りたくなって、俺は少し探ってみることにした。

 

「どこか意味ありげな顔ですね」

 

「そう見えるか?」

 

「はい。何か言いたそうだな、と察することができる程度には」

 

「成程、そこまで顔に出ていたか」

 

「よろしければ、お訊きしても?」

 

 俺がそう問うと、織斑先生は「ふむ……」と少し考えたあと、意外にもあっさりと口を開いた。

 

「――お前、ボーデヴィッヒのことが好きだろう? もちろん異性としてな」

 

「…………はい?」

 

 突拍子のない発言に俺は間抜けな顔を(さら)したまま固まってしまう。

 俺が、ラウラのことを……好きだって……?

 瞬間、ドクンッ! と心臓が大きく跳ねた。

 

「ははっ、まさか……」

 

 なんとか捻り出した言葉はしかし、先に続く『ノー』の一言が出てこない。(いな)、言うことができない。

 これまでを振り返ってみれば思い当たる節はいくつもあったんじゃないか? と、まるでもう1人の自分が引き留めているようだった。

 

 先週の土曜に2人で出かけた時。

 学園祭を回った時。

 一緒に夕食を作って、食べた時。

 ウォーターワールドに誘われた時。

 臨海合宿の時。

 そして……唇を、奪われた時。

 

 その時、(おまえ)はなんの感情も抱かなかったのか? と。

 もちろん、何もなかったと言えば(うそ)になる。

 しかし、それが本当にラウラに対する恋愛感情なのかどうかが答えられず、俺は開いた口から空気を漏らすことしかできなかった。

 

「だんまりか?」

 

「いえ……その……分からないんです。それが本当に異性愛なのか、それとも別の何かなのかが……」

 

 けれど織斑先生に言われた時、それを『あり得ません』と否定できなかったのも事実なわけで。

 ゆえに俺は、分からないとしか返すことができなかった。

 

「分からない、か。まあ、今はそれでもいいだろう。せいぜい悩めよ、高校生」

 

 ニヤリと笑いながら言って、織斑先生は組んでいた腕を解く。聞きたいことを聞けて満足したのだろう。そろそろ教師としての仕事に戻るようだった。

 

「そら、お前もさっさと立って、あいつらを手伝ってこい」

 

 そして、俺を立たせようと肩に手を置いてくる。さっきはああ言っていたものの、やっぱり助けてはくれるらしい。――のだが……。

 

「ま、待ってください! そんな強引に引っ張ったら……!」

 

 グイッ

 

「足がァーーーッ!!」

 

 両足を襲う筆舌(ひつぜつ)しがたい痺れに、俺は悲鳴を上げながら(たたみ)に倒れ込むのだった。

 

 ▽

 

『ボーデヴィッヒのことが好きだろう? もちろん異性としてな』

 

 織斑先生のあの言葉が忘れられない。壊れたレコードのように、何度も頭の中で再生される。

 ……俺は、本当はラウラのことをどう思っているんだろうか……。

 これが親愛なのか、友愛なのか、それとも異性愛なのか、答えはまるで濃霧(のうむ)(おお)われたかのようにさっぱり見えない。

 

「……ル。……ィル。――ウィル!」

 

「っ!? ど、どうしたラウラ。そんな大声出して」

 

「それはこちらの台詞だ、何度も呼んでいるというのに」

 

 まったく……といった様子で、寝間着姿のラウラが溜め息をつく。

 寮食堂での夕食も終え、今は消灯時間までの自由時間。どうやら俺は延々(えんえん)と考え事をしていたらしい。

 

「あー……、そりゃ悪かった。それで?」

 

「そろそろ消灯時間だから寝るぞ、と言おうとしていたのだ」

 

 そう言われて、俺はふと時計を見る。

 時刻はもう間もなく10時に差しかかろうとしていた。

 

「おっと、もうこんな時間か」

 

 じゃあ寝るか。と付け加えてから、俺はスッと席を立つ。

 

「……部活が終わった辺りからずっとその調子だな。どうかしたのか?」

 

 俺を怪訝(けげん)に思ったらしいラウラが眉をひそめて問うてきた。

 

「いや、何でもない。大丈夫だ」

 

「本当か? その割にはどこか(うわ)の空だったが」

 

 と言いながら、こちらの顔を覗き込んでくるラウラ。心配してくれるのは嬉しいが、しかし今の俺には逆効果でしかない。

 

「だ、大丈夫だって。疲れて頭が回らなくなってるだけだ。これくらい寝れば明日には治る」

 

 俺はそう誤魔化しながらラウラから離れ、自分のベッドに向かう。

 

「ほら、明日からは高速機動の授業も始まるし、さっさと寝ようぜ」

 

「……そうだな。寝不足が(たた)って事故を起こしては目も当てられん」

 

 どこか()に落ちないといった様子ではあったが、ラウラがそれ以上追及(ついきゅう)してくることはなかった。

 

「電気消すぞ」

 

「ああ」

 

 カチッと音を立てて部屋の照明が消える。

 

「(……今日は突然のことで取り乱しただけだろう。明日になったら少しは落ち着いているはずだ)」

 

 そう心の中で自分に言い聞かせながら、(まぶた)を閉じる。

 それからすぐ、俺の意識は微睡(まどろ)みの中へと消えて行くのだった。

 

 ▽

 

「「えええええ~っ!?」」

 

 朝、学食に叫び声がこだまする。……元気なのはいいが、もう少し静かにしろよ。まあ、無理だとは思うが。

 

「しゃ、シャル! 鈴! 静かにしろって!」

 

「だ、だ、だって! だってぇ!」

 

「一夏ぁ! 説明しなさいよ!」

 

 シャルロットは瞳を潤ませながら、鈴は目を吊り上げながら再度一夏に詰め寄った。

 

「「今朝セシリアが部屋からパジャマで出てきたってどういうこと!?」」

 

 これはあくまで俺の予想だが、なんとなーくこの2人は誤解をしているような気がする。

 そう思いながら、俺はシジミの味噌汁をズズズーっとすする。ふぅ……オルニチンが肝臓に染み渡るぜ。

 

「どういうことも何も、そういうことですわ」

 

 ふふんといった調子のセシリアが髪をサラッと横に流す。

 

「(ワーオ、燃え盛る炎に嬉々としてガソリンぶち込んでやがる……)」

 

 ギャアギャアと騒ぎ立てるラヴァーズ3人を尻目に、俺は狼狽している一夏に向けて指をクイクイッと曲げた。

 

一夏、ちょいちょい……

 

「?」

 

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら顔を近づけてくる一夏。

 俺も少しだけ身を乗り出して顔を寄せ、そして2人の間にしか聞こえない声量で訊ねた。

 

お前さん……もしかしてヤッたのか? フォックス2しちゃったか?

 

「ぶっ!!? そ、そそそ、そんなわけないだろ! 何言い出すんだよ!」

 

 真っ赤になって声を荒げる一夏を他所に、セシリアはスラスラと自慢話を続ける。

 

「1組の男女が一夜を過ごしたのですわ。つまり、そういうことでしてよ」

 

「そ、そんなぁ!」

 

「一夏ぁ!」

 

「……と、本人は言ってるが?」

 

「ギャー! 待て待て! 昨日、セシリアにマッサージをしたんだ! そしたら途中で寝ちゃったから、部屋に泊めただけだ!」

 

 一夏の言葉に嘘はないのだろう。一字一句はっきりと昨日の出来事を説明する。

 そうすると、シャルロットも鈴も安心したように息をついて、イスに座り直した。

 

「なんだぁ……」

 

「ま、どーせそんなことだろうと思ったわよ」

 

「成程。まあ、少し考えてみれば分かることか」

 

 そう言って俺達は食事に戻る。

 うん、やっぱり朝は焼き塩鮭(しおじゃけ)しか勝たんな。お前がナンバーワンだ。

 

「……何も正直に言う必要なんてありませんのに。一夏さんのバカ……」

 

 BLTベーグルを食べているセシリアが、ボソリと不機嫌そうに呟く。

 それを聞き逃した一夏が確認しようとすると、セシリアはプイッとそっぽを向いてしまった。

 

「ん? なんだ、セシリア?」

 

「なんでもありませんわっ」

 

「???」

 

 わけが分からないといった表情で塩サバを一口食べる一夏だったが、突然ビクッ! と肩を跳ねさせ、恐る恐る後ろを振り返る。

 

「一夏? 後ろなんて振り向いてどうした……Oh……」

 

「……………」

 

 一夏の向く先に俺も視線をやると、そこには腕組みで仁王立ちをしている箒がいた。

 

「一夏……お前というやつは……! 寮の規則を破ったのか!」

 

「き、規則?」

 

「特別規則第1条! 男子の部屋には女子を泊めてはならない、だ!」

 

「お、落ち着け、箒! これにはマリアナ海溝よりも深いわけがあるんだ!」

 

「ええい、うるさい! お前がそのつもりなら、いいだろう! き、今日は私が泊まってやる!」

 

「はぁ!?」

 

「あ、あくまで見張り役としてだからな!」

 

 顔を赤らめながらまくし立てる箒。

 そんなことを言ったら他の奴らも黙ってねえぞ?

 

「ええっ! ずるい! それなら僕も!」

 

「一夏! あたしを優先しなさいよ! 幼馴染なんだから!」

 

 シャロット&鈴、参戦。とうとう朝の学食にて大乱闘スマッシュラヴァーズが始まってしまった。

 さてさて、今回の勝敗はどうなることやら。結局全員引き分けになって終わる、に俺は200ドル()けるとしよう。

 いつもの光景を笑いながら眺めていると、不意に横合いから声をかけられた。

 

「騒がしいな。何事だ?」

 

「!?!?」

 

 ドキィッ!? 今度は俺が肩を跳ねさせる。

 

「お、おー、ラウラじゃないか。さっき起きたのか?」

 

「うむ。しかし、なぜ起こしてくれなかった?」

 

 言いながら、当たり前のように俺の隣に座って朝食を食べ始めるラウラ。

 

「あ、あー、ははは。まだ時間はあったし、グッスリ寝ていたから起こしたら悪いかなと思ってな。一応、目覚ましはセットしてから行ったぞ?」

 

 い、言えない。ネコみたいにうずくまって眠るラウラを見て妙に落ち着かなくなったから逃げたなんて言えない……!

 せっかく一夜明けて少し気も落ち着いたというのに、これのせいでまた昨日の状態に逆戻りである。

 

「そうだったのか。まあ、次からは私も起こせ。誤って織斑先生のHRに遅れようものなら、地獄を見ることになる」

 

「分かった。努力しよう」

 

「……? 努力するほどか?」

 

 そんなやり取りをしていると、ラヴァーズ達がいよいよ周りに迷惑がかかりそうなレベルにまでヒートアップを始めた。

 そろそろ止めないとまずいよなぁ。

 

「はぁ……まったく。お前ら、いい加減に落ち着いたらどうなんだ? 規則違反なんだろ?」

 

 溜め息をつきながら仲裁に入ると、鈴による鋭いツッコミを返された。

 

「ラウラと同居してるアンタが何言ってんのよ!」

 

 うぐぅっ!? そこを突いてくるか!

 

「あ、あれは生徒会長が勝手に決めたことであって俺は何もしてねえ!」

 

 いや、正確には鍵を落とした俺にも過失があるだろうけど! っていうか生徒会長の権力強すぎだろ! そんなルールの学校、今まで見たことも聞いたこともないわ!

 

「……フッ」

 

「なんでそこでラウラが笑うのよ! つーか何そのドヤ顔!? めっちゃムカつく!」

 

 なぜか自慢気な表情のラウラに、鈴がキーッと髪を逆立てる。

 ラウラお願い、やめて。騒ぎを鎮めようとしてるのに横から広げないで。

 

「朝から何をバカ騒ぎしている」

 

 ビシッ! と、空気が凍り付いた音を聞いた気がする。

 組んだ腕の上でトントンと指を動かしているのは、漆黒のスーツがこの上なく似合う1組担任・織斑 千冬先生だった。

 

「(……そーら見ろ。お前らがやかましいからだぞ。我らが暴力装置に血祭りに上げられちまう)」

 

「この馬鹿たれどもが」

 

 スパパーンっと、ラウラを除く4人の頭を叩く織斑先生。ちなみに特別サービスとして一夏には拳骨(げんこつ)を、俺は拳骨+頭頂部をグリグリされた。……なんで俺まで……?

 

「オルコット」

 

「は、はいっ!?」

 

「反省文の提出を忘れるな」

 

「は、はい……」

 

「それと織斑」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「お前には懲罰(ちょうばつ)部屋3日間をくれてやる。嬉しいだろう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「最後にホーキンス」

 

「じ、自分は何もしていませんよ!?」

 

「さっき失礼なことを考えただろう」

 

「……………」

 

「お前は放課後にグラウンドへ来い。私が直々(じきじき)に近接格闘訓練をつけてやろう。ありがたく思え」

 

「い、イエス・ミス。感謝しましゅ……」

 

 ちくしょう……! あんまりだぁぁぁぁ!

 

「さて! いつまでも朝食をダラダラと食べるな! さっさと食って教室へ行け! 以上!」

 

 パンパンッと織斑先生が手を叩いたのを合図に、浮き足立っていた食堂中の女子が慌てて動き始める。

 俺も残っていた焼き塩鮭(しおじゃけ)を口に押し込んだ。

 

「……なあウィル。この味噌汁、心なしか塩分濃いめな気がするんだけど」

 

「……涙の味ってやつだろ。このあと汗かくんだし、ちょうどいいじゃねえか」

 

 そんな馬鹿な会話をして、さらに追加で1発ずつ叩かれる俺達であった。

 

 


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