インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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52話 超音速の世界

「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」

 

 1組副担任、山田 真耶(まや)先生の声が第6アリーナに響き渡る。

 

「この第6アリーナは中央タワーと繋がっていて、高速機動実習が可能であることは先週言いましたね? それじゃあ、まずは専用機持ちの皆さんに実演してもらいましょう!」

 

 山田先生がそう言ってババッと手を向ける先には、俺と一夏、そしてセシリアがいた。

 

「まずは高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したオルコットさん!」

 

 通常時はサイド・バインダーに装備している4機の射撃ビット、それに腰部に連結したミサイルビット、それら計6機を全て推進力に回しているのがこのパッケージの特徴らしい。

 それぞれの砲口を封印して腰部に連結することで高速(ハイスピード)高機動(ハイモビリティ)を実現しているとのことだ。

 見かたによっては、それらは青いスカートのように見える。

 

「次に、機体にジェットエンジンを2基増設して加速力の底上げを図ったホーキンスくん!」

 

 俺のISは通常時から3次元推力偏向(ベクタード)ノズル付きのジェットエンジンを2基搭載しているが、加速力の低さを(おぎな)うため、背部に追加のエンジン・ユニットを増設することとなった。

 当然、背中にあるエアブレーキは封印されることになるので、増設エンジンの外郭(がいかく)がそれぞれ左右に開閉することで機能を肩代わりしている。

 空気抵抗を考えて扁平(へんぺい)型のエンジンを増設した姿は、他者からは機体背面がいつもより盛り上がっているように見えることだろう。

 ちなみにこの増設エンジンだが、聞けば耳を疑い、見れば卒倒(そっとう)するようなとんでも装備を載せていたりする。

 

「そして、通常装備ですが、スラスターに全出力を調整して仮想高速機動装備にした織斑くん! この3人に1週してきてもらいましょう!」

 

 がんばれーと応援の声が聞こえる。俺達3人は軽く手を挙げて応えると、それぞれISに意識を集中させた。

 

「(さて、まずはエンジン始動っと)」

 

 キュィィィイイイイイイイ……! と、4基のジェットエンジンがタービンを回転させ始める。

 

「(で、次にバイザーの補助設定をノーマルからハイスピードに切り替え……)」

 

 視線指定(アイ・タッチ)でモードを切り替えると、一瞬光の膜が視界全体に広がった。そのあと、今まで見ていた景色がより詳細に目に映り込んでくる。

 

「(視覚情報は脳にダイレクトに伝わるから酔わないように気をつけないとな)」

 

 空の上でリバースなんて目も当てられない、と考えながら、俺は機体を上昇させようとエンジン出力を上げる。

 高温・高圧の燃焼ガスを噴射するそれは、相変わらず凄まじい騒音を放っていて、それなりに距離を取っているにもかかわらず耳を塞ぐ生徒が何人か目に入った。

 

「(……スマンな。でも、これは切っても切れないジェットエンジンの(さが)なんだ)」

 

 心の中で謝罪をして、俺は一夏とセシリアが待つ空中へと機体を進ませる。

 

「では、……3・2・1・ゴー!」

 

 山田先生のフラッグで、一夏とセシリアは一気に飛翔、そして加速を開始した。

 やはり加速力だけはどうしてもあの2人には敵わないようで、取り残され気味の俺は遅れて後を追う。

 

 ドンッ!

 

 機体周辺で大きな衝撃音がして、俺と【バスター・イーグル】は音速のさらに先――超音速に到達した。

 

「(はっはっはっ! ゴキゲンだな相棒! そら、この調子であいつらを追い抜いてやろうぜ!)」

 

 俺にとって超音速飛行は慣れたようなものだったが、それでも音を超える速さで飛ぶ時のこの高揚感(こんようかん)は格別だった。

 

「よう、一夏! 追い越し車線から失礼するぜ!」

 

「うぇ!?」

 

 音速といえば常時瞬時加速(イグニッション・ブースト)しているような速さだ。

 そのあまりの速度に戸惑っている一夏を、俺は悠々(ゆうゆう)と追い抜く。そしてすぐに上昇し、学園のモニュメントでもある中央タワー外周へと進んでいった。

 

「やーっと追い付いたぞ、セシリア」

 

《手慣れてますわね。もう追い付いてくるとは予想外でしたわ》

 

 驚いたような声音のセシリアがプライベート・チャネルで称賛を贈ってくる。

 手慣れてる、か。まあ、言われれば確かにそうだな。

 

「飛行に関しては、それなりの腕前があると自負はしているな」

 

 そんな会話をしていると、後方を飛んでいた一夏が徐々に追い付いてきた。その操縦はかなり慎重だ。

 それもそのはず。なにせ超音速状態なのだから、もしぶつかりでもしたら(つぶ)れたトマトになりかねないし、衝撃でタワー自体が損傷してしまう恐れもある。

 こと超音速飛行においては細心の注意を払う必要があるのだ。それは一夏もセシリアも、そして俺にも同じことが言える。

 

「よし! 追い付いたぞ」

 

「あら? わたくしの魅力的なヒップに釘付けかと思いましたわ」

 

「ば、バカ」

 

「ヒュ~。こいつはあとで箒達に報告した方が良さそうだな。なあ、セシリア?」

 

「ですわね。ふふっ♪」

 

「そ、それはやめてくれ! 何言われるか分かったもんじゃない!」

 

「考えといてやるよ」

「考えておきますわ」

 

「勘弁してくれよぉ! っていうか冤罪(えんざい)だ!」

 

 そんなやり取りを交わして、俺達はタワーの頂上から折り返す。

 そのまま並走状態でアリーナ地表へと戻った。

 

「はいっ。お疲れ様でした! 3人ともすっごく優秀でしたよ!」

 

 山田先生は嬉しそうな顔で俺達を褒める。

 教え子が優秀なのがそんなに嬉しいのか、ピョンピョンと飛び上がるたびに豊満な『モノ』が重たげに弾んでいた。

 

「(日本は弾道ミサイルを配備していなかったんじゃないのか? 今、目の前に2発もあるように見えるんだが……)」

 

「おい、ウィル。おい!」

 

「お、おう。どうした、ラウラ?」

 

「お前も、その……なんだ……。む、胸は大きい方がいいのか?」

 

「ぶふぅ!? い、いやぁ、違うぞ! まさかそんな! HAHAHAHA!」

 

 慌ててブンブンと手を振って否定するが、ラウラは心配そうな表情で自分の胸を見下ろす。

 ……俺に女子の気持ちは理解できないが、やはり胸の大小というのは切実な問題なのだろうか?

 

「あー、まあ、なんだ。俺個人としての意見だが、サイズなんて二の次だな。それだけで人の価値は決まらないと思うぞ」

 

 ちなみに言うと、俺の好みのサイズは服の上からでも若干分かるくらいの大きさなのだが、これは心の中に封印しておこうと思う。

 何が楽しくて自分の性癖を他人(ひと)に暴露しなきゃならんのだ。

 

「ふ、ふん。そうか。……そ、それなら、別にいい……」

 

「……? しかし、なんだって突然そんなことを訊いてきたんだ? しかも俺に」

 

「は、話はもう終わりだ! ――ええい! こっちを見るな!」

 

 IS展開状態のラウラが腕で()ぎ払う。そうすると、例の慣性停止結界(AIC)が発動して、俺の首はおかしな角度でロックされた。

 

「(そっちから話しかけておいて一方的に切るなんて酷い! っていうかAICを解いてくれ! 首痛い!)」

 

 そんなやり取りをしていると、織斑先生がパンパンと手を叩いて全員を注目させる。

 

「いいか。今年は異例の1年生参加だが、やる以上は各自結果を残すように。キャノンボール・ファストでの経験は必ず生きてくるだろう。それでは訓練機組の選出を行うので、各自割り振られた機体に乗り込め。ボヤボヤするな。開始!」

 

 毎年の恒例行事であるキャノンボール・ファストは本来、整備課が登場する2年生からのイベントだ。しかし、今年は予期せぬ出来事に加えて専用機持ちが多いことから、1年生の時点で参加することになった。

 訓練機部門は完全なクラス対抗戦になるため、例によって景品が出るらしい。

 

「よーし、勝つぞ~!」

 

「お姉様にいいとこ見せなきゃ!」

 

「勝ったらデザート無料券! これは本気にならざるを得ないわね!」

 

 そんなこんなで燃えている女子一同に触発されてか、教師陣の指導には余念がない。

 特に山田先生は気合い十二分のようで、今日も胸元の開いたISスーツを着ている。

 

「(あれ、本人は純粋にサイズが合わないから仕方なく開けてるんだろうなぁ、胸元……)」

 

 さすがに男に対する破壊力が強すぎる。

 ――なんて余計なことを考えている場合じゃないな、と思考を切り捨てて、俺は早速機体の微調整を開始した。

 

「(ふーむ……。今回はレースだから、捜索レーダーは短距離・広範囲の設定にしておいた方がいいな)」

 

 バイザーに各種設定項目を呼び出して微調整を加えていく。……よし、レーダーはこれでいいだろう。

 

「(で、問題なのは……)」

 

 はぁ……と溜め息をつきながら、俺は増設エンジン・ユニットの、その間からわずかに顔を覗かせる『砲身』に視線をやった。

 GAU‐8アヴェンジャー。7つの砲身を持つこのガトリング砲は使用弾に30ミリ弾を用い、分間射速は3,900発にも(のぼ)る。

 現存する航空機関砲の中で最強にして最凶の威力を誇るこいつは、装甲車両を文字通り『地面ごと(たがや)せる』ような代物だ。

 これが、例のとんでも装備の正体である。

 

「(ちくしょう、頭のネジ吹っ飛びすぎだろ……)」

 

 このエンジン・ユニットが届いた日、早速中身を確認しようと付属の端末に目を通した俺は、思わずその場で卒倒(そっとう)してしまった。

 以前にも説明したが、『アヴェンジャー』は砲本体と各システムの重量を合わせると1トンを超える。おまけに全長も6メートル超えのバケモノ砲だ。

 じゃあ、そんなバケモノ砲をなんで【イーグル】が装備できたんだ? とみんな疑問に思うだろう。

 その答えは、荷物と一緒に入っていた手紙を見れば分かる。

 

『誰もが無理だと言った。

 これはA‐10向けだと言われた。

 小型化も軽量化も、無理だと言われた。

 ――だが違った。

 byガトリング中将&開発スタッフ一同』

 

 そう、成功したのだ。してしまったのだ。

 そして悲しいかな、この文章だけでガトリング中将と【イーグル】の開発スタッフなら仕方ない、と納得してしまう俺がいるのだった。

 ……取り敢えず、あの野郎どもには今度7砲身パンチをお見舞いしてやろう。

 

「ていうか、開発スタッフまで中将に毒されたのか……。はぁ~……」

 

「よう、ウィル」

 

 何度目かの溜め息をついていると、一夏が歩いてくる。

 

「一夏か。そっちはどんな感じだ? 調整は上手くいってるか?」

 

「俺はさっき箒とエネルギー分配について相談していたところだ。パッケージが無い以上、あとはスラスターの微調整で対応するしかないからな」

 

 一夏の言う通り【白式】には一式装備(パッケージ)が1つも存在しない。

 というのも、一夏のISは少々ワガママな性格のようで、開発元の倉持技研(くらもちぎけん)ですら追加装備開発がお手上げ状態なんだとか。

 

「なかなか苦労してるようだな」

 

「あはは、まあな。俺もパッケージの1つくらい欲しいもんだ」

 

 まあ、無い物ねだりしても仕方ないけどな、と苦笑混じりに続ける一夏。

 

「あ、一夏っ♪ ウィル♪」

 

 一夏と俺の姿を見つけたシャルロットが手を振る。

 俺達はそれに軽く手を挙げて応えながら、シャルロットとラウラ仲良し2人組の元に着くと同時にISを待機状態へと戻した。

 

「2人とも、調子はどうだ?」

 

「今ちょうど2人とも増設スラスターの量子変換(インストール)が終わったところ」

 

 そう一夏に答えるシャルロットの声はとても弾んでいるように聞こえる。やはり、好きな異性と一緒にいることが嬉しいのだろう。

 

「(好き、か……)」

 

 俺はチラリとほんの少しだけラウラを見る。

 答えはまだ見つかっていない。昨日の今日なのだからそんなすぐに出てはこないだろうが、本当に俺はどう思っているんだろうな。

 

「それで、これから調整に入ろうって、ね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 シャルロットに話を振られて、頷くラウラ。

 確かに、見てみると、2人ともISスーツ姿にヘッドギアだけを部分展開した状態だ。

 シャルロットのヘアバンドのようなギア、ラウラのウサミミチックなヘッドパーツはそれぞれ何かのコスプレのようにも見える。

 インストールされたデータを読み込んでいるらしく、2人のヘッドギアは時折ピクピクッと揺れる。

 特にラウラのギアは形状も相まって本当にウサギのように見えて、なんだか無性に()でたくなってしまった。

 

「(っと、いかんいかん)」

 

 小さくかぶりを振ってこの妙な感情を追い出している俺を他所に一夏が口を開く。

 

「ちょっと見せてもらってもいいか?」

 

「うん、もちろん。ラウラと1周してくるよ。映像回してあげるね。チャンネルは304で」

 

「お、助かる。やっぱり上級者の視点をモニタリングできるのっていいよなぁ。本当、助かる機能だ」

 

 直視映像(ダイレクト・ビュー)と呼ばれるそれは、視界情報の共有――つまり、シャルロットが見ている世界をISを通して一夏自身も見ることができる。ちょっとしたテレビというか、ライブ映像だ。

 

「あっ、待ってくれ。その映像、俺も見せてもらっていいか? 旋回時の機体制御を少し見ておきたいんだが」

 

「いいよ。304のチャンネルで見れるからね」

 

「ウィル、私の視点も見せてやろう。チャンネルは305だ」

 

「サンクス。しっかり勉強させてもらうとしよう。よろしくな、ラウラ教官」

 

「ふ、ふんっ。何が教官だっ」

 

 そうは言いつつも、満更ではないようにラウラが頬を染める。

 どうやら照れているようだ。

 

「(さて、チャンネルを繋いでっと)」

 

「2人とも、準備オーケー?」

 

「ああ、バッチリだ。……って、ライブで自分の顔が見えるのってやっぱおかしな気分になるな」

 

「さっきから一夏の顔がドアップになったままだな」

 

「え!? い、いやその、別に一夏ばっかり見ているわけじゃ……」

 

「ん?」

 

「な、なんでもないっ」

 

 ブンブンと手を振るシャルロットを不思議そうに眺める一夏。それを見て、こいつブレねえな……と呆れていると、ラウラが先にIS【シュヴァルツェア・レーゲン】を展開して浮遊する。

 

「先に行くぞ」

 

「あ、待ってよ! ラウラってばぁ!」

 

 一足遅れでシャルロットもまたIS【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】を展開する。

 2人は危なげない機体制御で第6アリーナのコースを駆け、中央タワー外周へと上昇していった。

 

「(成程……。旋回時はこうすれば、より無駄なく動けるわけか)」

 

 シャルロットとラウラ、それぞれの画面を見ながら俺は納得する。

 2人とも違った動きをしているが、旋回時の減速タイミングは似ているので非常に参考になった。

 

「2人とも、どうだった?」

 

 少しして、シャルロットとラウラが帰ってきた。

 

「おう、お帰り。さすがに(うま)いよな。シャルもラウラも」

 

「良い参考になったよ。やっぱり2人に頼んで正解だったな」

 

「このくらいは基本だ。珍しいことなど何もない」

 

「さすが代表候補生だな。俺も負けないよう、これからも精進するとしよう」

 

「うむ。その意気で(はげ)むがいい」

 

 そんなこんなでラウラとシャルロットの元をあとにした俺と一夏は再度自機の調整に取りかかる。

 

「やっぱみんなスゲェなぁ」

 

「俺達も頑張ろうぜ。キャノンボール・ファスト本番は妨害有りのバトルレースだ。立ち回りが重要になる」

 

「遠距離攻撃の武器が1つしかない身としては厳しいけど……そうだ、せっかくだから模擬戦の相手をしてくれないか?」

 

「キャノンボール・ファスト想定の高速機動戦闘をか?」

 

「ああ。頼めるか?」

 

 先に実戦想定の訓練をできるのは、こちらとしても非常にありがたい話だ。

 

「いいぜ。調整は完了してあるから早速始めよう」

 

「助かる」

 

 言って、一夏はISを展開する。光の粒子が集まっていき、純白の装甲が眩しい【白式】が具現化された。

 

「いくぞ、相棒」

 

 俺も【バスター・イーグル】を呼び出し、展開する。

 

「いつ見てもゴツいな、お前のIS。エンジンがいくつだったっけ?」

 

「通常時のものも合わせて計4発だな」

 

「燃費悪そうだなぁ。ジェットエンジンって結構食うんだろ?」

 

「そりゃもう、とんでもない大食らいだぞ。だから燃料もいつもより多めにしてある」

 

「ガス(けつ)起こしたら飛べなくなるもんな。でも、被弾して誘爆とかしないのかよ?」

 

「対策くらいしてるさ。ほら、こうやって調整で絶対防御の範囲圏内を広げてな」

 

「成程……」

 

 入学して5ヶ月ちょっと経った今では、俺も一夏もIS関連の知識は一通り覚えることができた。

 これも、放課後にみんなで集まって勉強会を開いたおかげだろう。

 

「じゃ、始めるぞ。一夏、準備はいいか?」

 

「おう。合図はそっちに任せる」

 

「分かった」

 

 一夏の言葉に頷き、それから2人でスタートラインに並び立つ。

 

「いくぞ。……3、2、1、ゴー!」

 

「!」

 

 合図で俺達は同時に飛び立つが、ここでも先頭は一夏に譲ってしまう。

 やはり、加速力の底上げをほどこしてもこの問題を解決するのは難しいようだ。

 

「(抜かれたのなら、抜き返せばいいだけのことだ!)」

 

 俺は出力最大で一夏の後に続きながら、兵装システムの安全装置を解除した。

 

「(せっかくだ。こいつの使い勝手も試させてもらうとしよう)」

 

 エンジン・ユニットの中間に埋め込まれた『アヴェンジャー』を起動する。

 信号を受け取ったそれは、すぐさま7本の砲身を高速回転させ始める。

 

「(わざわざ載っけたからには、役に立たなきゃ段ボールに詰めて送り返すからな?)」

 

 バイザーに投影されたレティクルが、ちょうどカーブを抜けようとしている一夏と重なる――と同時に発射ボタンを押し込んだ。

 

 ヴァアアアアアアアッ!!!

 

 発射初速1,067メートル毎秒、口径30ミリの火線が一夏に向かって伸びる。

 

「うおおおっ!!?」

 

 命中する寸前で慌ててサイドロールをした一夏のすぐ横を砲弾がかすめ飛んで行った。……悪くないな。当たらなくても相手をビビらせるのに使えそうだ。

 

「いい反射力だ、一夏。……だが」

 

 ――TGT Locked(目標をロックしました)――

 

「――回避にばかり気を取られすぎだぜ」

 

 ニヤリと笑って、俺は空対空ミサイル『スカイバスター』を発射する。

 ロケットブースターから勢いよく炎を吐き出すそれは、一夏の未来位置を計算しながら飛翔していった。

 

「しまっ――!?」

 

 ズドォォォンッ!! サイドロールした先に待ち受けていたミサイルが炸裂する。

 それに巻き込まれた一夏はコースアウトし、重力に従って地面に落ちた。

 

「お疲れさん。立てるか?」

 

 体を起こそうしている一夏の横に立ち、手を差し出す。

 

「あ、ああ。お疲れ」

 

 差し出した手を掴んで一夏が立ち上がる。

 

「どうだ? 高速機動戦闘の感覚は掴めたか?」

 

「ああ。まだなんとなく程度だけどな」

 

「なんとなくでも十分だ。あとは訓練を繰り返していけば自然と身につくもんさ」

 

 バクバクと燃料を食い続けるジェットエンジンを停止させてから、俺はさらに言葉を続けた。

 

「それに【白式】のスペックなら他の奴らとも問題なくやり合えるはずだ。ということで、これから放課後は特訓だな」

 

「おう。付き合ってくれてありがとな、ウィル」

 

「ユアウェルカムだ」

 

 互いの(こぶし)を軽くぶつけ合ってから、俺と一夏は訓練に戻るのであった。

 

 ▽

 

「はー……。今日も疲れた」

 

 ついに大会前日となった今日は、アリーナ使用時間のギリギリまで一夏の特訓に付き合った。

 

『いいか、高速機動戦では冷静な判断力が重要になってくる。そして、それを迅速に実行するだけの行動力も必要だ。それは前に説明したよな?』

 

『回避、迎撃、防御を瞬時に判断するんだよな。前よりはだいぶマシになったと思うんだが』

 

『ああ、良くなってきている。だがそれで満足はするなよ? 特に超音速飛行の場合、ほんの些細(ささい)なミス1つで壁や地面に鉄臭いイチゴジャムをぶちまけることにもなり得るんだ』

 

『表現がいちいちグロすぎるだろ……。この前は(つぶ)れたソーセージだったし……』

 

『そうなりたくなかったら訓練あるのみだ。そら、撃つぞ!』

 

『うひぃぃ!?』

 

『はははっ! よくかわした! いいぞ、次は迎撃もしてみせろ! やられてばかりじゃ、お前も(しゃく)だろ?』

 

 ……

 ………

 …………

 

「(2時間ぶっ続けはさすがにキツいもんだ。一夏のやつ、部屋でひっくり返ってなきゃいいが……)」

 

 シャワーを浴びて心身ともにリフレッシュした俺は、手早く服を着て脱衣場を出る。

 これからラウラに夕食に誘われているので、あまり待たせるのも悪い。

 

「ふう……。待たせたな、ラウラ。早速飯に行くか」

 

「う、うむ。そうだな……」

 

「?」

 

 ラウラにしては珍しく、どうにも滑舌が悪い。

 その態度も、どこか落ち着きなさそうにモジモジとしていた。……遅すぎて怒ってる……わけではなさそうだが。

 

「うん? ずいぶんと可愛らしい格好をしているな」

 

「!!」

 

「その服は見たことがないな。どうしたんだ?」

 

 俺がシャワーを浴びている間に着替えたのだろう。ラウラはロング(たけ)のワンピースに身を包んでいた。

 細身によく似合うスレンダーなシルエットのそれは、黒色が銀髪と対比して映えている。

 腰にさりげなく巻いている(ひも)ベルトがワンポイントになっていて、俺の視線を引いた。

 

「こ、こ、これはだなっ! しゃ、シャルロットと先日買ったものだっ!」

 

「ほう。よく似合ってるじゃないか。そうしているとどこかのお嬢様みたいだぞ」

 

「お、おじょっ……!」

 

「さて、じゃあそろそろ食堂に行くか」

 

「……お嬢様……私が、お嬢様……」

 

「ラウラ?」

 

「!? な、なんでもない! で、では早速行くとしよう!」

 

 ギクシャクと動き始めた手足は、右手と右足が同時に前に出ていた。……本当にこんな動きする奴は初めて見たぞ……。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「え、ええい! うるさいうるさい!」

 

 ドスッと脇腹に手刀をくらう。……Why(なんで)

 

「お、お前のせいだぞ……お前のせいだからな!」

 

「うわっ! 待て! 待てって! ……ったく、仕方ないな!」

 

 俺は手刀乱舞しているラウラの手を取り、近接格闘の要領で足を払う。

 

「っ!?」

 

 ラウラの小柄な体がフワリと浮く。その隙に、俺は床の上に体を滑り込ませて彼女を抱きかかえた。

 

「なっ、なっ、なっ……!」

 

「大人しくしてくれ。手刀もCQC(近接格闘)も無しだ。いいな?」

 

「う、うむ……」

 

 ちょうどお姫様だっこのような格好になったラウラは、暴れるのをやめて俺の腕の中で小さく頷く。

 なんとか手刀乱舞がやんで「ふぅ」と一息ついた俺だったのだが、しかし……。

 

「(うっ……。なんだ、この甘い匂いは……)」

 

 上手く説明することは難しいが、やわらかで蠱惑的(こわくてき)な香りがする。

 嗅いでいて悪い気はしないのだが、どうにも俺の心をざわめかせるような不思議なものだった。

 

「(人間ってこんな匂いしたっけか? 俺は……そんな匂い一切しないな。じゃあアレか? (うわさ)に聞くフェロモンとかいう……)」

 

「う、ウィル……。行かないのか……?」

 

「お、おお。そうだったな」

 

 言われて、やっと自分がボーっとしていたことに気づく。

 取り敢えずラウラを床に降ろしてから歩こうと思って身を(かが)めると、クイッと服をつままれた。

 ……これは降りたくないという意思表示なのだろうか?

 そんなラウラの仕草と鼻腔(びこう)をくすぐる甘い匂いに、俺の心臓が早鐘(はやがね)を打ち始める。

 

「……ちゃんと掴まってろよ」

 

 そう告げて、俺はラウラを抱いたまま食堂へと向かった。

 

「きゃあああっ!? なになに、なんでお姫様だっこ!?」

 

「ボーデヴィッヒさん、いいなー」

 

「私も! 次、私も!」

 

「ああっ! なんかお似合いな感じが余計腹立つ!」

 

 ……しまった。食堂に入るなり、女子一同に発見されてしまった。

 

「(人気のないルートを選んで来たってのに、最後の最後で見つかるとは……)」

 

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。押しかけてきている女子をどうにかしなくては。

 

「……………」

 

「ラウラ、降ろすぞ?」

 

「あ、ああ……」

 

 どこか残念そうな声色で返事をするラウラを、俺はゆっくりと床に降ろす。

 ……まだ心臓がうるさく鳴ってやがる。本当にどうしたんだ、俺は。

 

「「「ホーキンスくん!」」」

 

「悪いが、そういうサービスは受け付けていないもんでな」

 

「なんでよ!」

 

「ラウラだけずるい!」

 

「同居までしてるくせに!」

 

「そーだそーだ!」

 

「ハッ!? まさか、もうそういう(・・・・)関係だったり……!?」

 

 雲行きが怪しくなってきたので、ぶーぶーと文句を言う女子一同をなんとかなだめて席へと返す。そんなやり取りに5分近くかかってしまった。

 

「はぁ、毎度のことながら騒々しい……。元気あり余りすぎだろ」

 

「……………」

 

 俺に触られていた二の腕を抱くように、ラウラは桜色に頬を染めながら腕を組む。

 

「それで、ラウラは何を食べるんだ? 俺はホッケ定食にしようと思うんだが」

 

「……………」

 

「おーい、ラウラ。ラウラさーん」

 

 ピュイッと口笛を吹き、ラウラの耳元で指をパチパチと鳴らしてみる。

 

「な、なんだ!?」

 

「いや、何食べるんだって聞いたんだが」

 

「そ、そうだな! フルーツサラダとチョコぷりんにするとしよう!」

 

「チョコぷりんか。確かに美味いよな、あれ。好きなのか?」

 

「ま、前にシャルロットからもらったのが美味しかったからな……」

 

「そうか。ラウラは本当に甘いものが好きだなぁ」

 

「わ、悪いか?」

 

「いや。俺も甘いものは好きな方だからな。注文はこれで全部か?」

 

「う、うむ……」

 

 というわけで、俺とラウラはそれぞれの夕食を取ってテーブルにつく。

 ちなみにこのホッケ定食、あまり人気がないため6月に出たっきりメニューから消えていたのだが、最近になって期間限定で復活したらしい。

 シンプルに塩焼きされたホッケに醤油(しょうゆ)を垂らして食うと最高に美味い。それを白米と一緒に喉へ流し込む時の感覚は、もはや幸福すら覚えるほどだ。

 

「それにしてもラウラ、夕食がたったそれだけって足りるのか?」

 

「い、一夏が言うには夕食は少なめの方がいいそうだ」

 

「ああ、その話か。でもそれってダイエットしたい時の話だろ? ここで体重の話を持ち出して悪いが、お前さん結構軽いぞ?」

 

「か、軽いだと!?」

 

「待て待て待てっ! あらかじめ断りは入れただろ! それにいいじゃないか、軽くて!」

 

「それは……そうだが。むぅ……」

 

 納得がいかないという感じで、ラウラはフルーツサラダに手を戻す。

 ワンピース姿でサラダを食べている姿は、まるでCMか映画のワンシーンのようだ。

 

「(しまった、つい見とれてしまっていた……)」

 

「? なんだ?」

 

「いや、なんでもない」

 

「そうか」

 

 俺もラウラも食事に戻る。

 そうすると当然会話はなくなってしまうのだが、いつものことだ。

 

「「……………」」

 

 俺もラウラも、この無言のやり取りを嫌ってはいない。

 むしろ、普段の騒々しい学園生活とは違う静穏(せいおん)な空気が心地よいくらいだ。

 

「ウィル」

 

「ん?」

 

 珍しく、ラウラから声をかけてきた。

 俺は食事の手を止めて、顔を上げる。

 

「いよいよ、明日だな」

 

「キャノンボール・ファストか。気ぃ引き締めていかないとな」

 

「言っておくが、負けんぞ」

 

「そいつはこっちの台詞だな」

 

 それだけ言って、また俺とラウラは食事を再開する。

 初めての高速機動における公式戦とあって、俺は緊張と同時に未知への期待に胸を膨らませた。

 

 




 ーおまけー

『社外秘』【バスター・イーグル】設計時のスタッフ達の会話。
 ウォルターズ・エアクラフト社内、第4会議室にて。

「速さが足りない……」

「火力も足りない……」

「両方の要求を満たさなきゃあならないってところが、開発スタッフのつらいところだな」

「「「う~む……」」」

 テーブルを囲むように座り、腕を組んで唸るスタッフ達。
 そんな彼らの中で最年少の新人スタッフが恐る恐るといった様子で手を挙げる。

「あの……」

 彼はまだ新人であるにもかかわらず、その技量を認められてIS開発スタッフへと回されていたのだった。

「いっそ、ターミネーター用のジェットエンジンを載せるというのはどうでしょうか……?」

「「「…………は?」」」

 新人スタッフ1人に対し、その場にいる全員の視線が集中する。
 視線の集中砲火に耐えられず彼が縮こまっていると、ポツリと誰かが口を開いた。

「……君さぁ」

 声の主はウィリアムの父にしてウォルターズ・エアクラフト社のベテラン社員、ジェームス・ホーキンスである。

「あ、す、すみません。もっと真面目な案を考えます――」

「誰かに天才って言われたことない?」

「……はい?」

【バスター・イーグル】がISでありながら2基のジェットエンジンを持つ切っ掛けとなった一幕である。

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