インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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55話 バースデーパーティー

「せーの、一夏」

 

「ウィル」

 

「「お誕生日おめでとうっ!」」

 

 シャルロットとラウラの声を合図に、パパパァンッ! とクラッカーが鳴り響き、飛び出した紙吹雪が俺と一夏に降り注ぐ。

 

「お、おう。サンキュ」

 

「サンクス、みんな」

 

 時刻は夕方5時、場所は一夏の家……まではいいんだが。

 

「この人数は何事だよ……」

 

「随分と集まったなぁ」

 

 メンバーを整理してみよう。

 いつもの面々――ラウラ、シャルロット、箒、セシリアに鈴。

 それに見知らぬ女の子。そして一夏の男友達が2人(うち1人は学園祭の時に会ったな。たしか五反田 弾(ごたんだ だん)だったか?)。

 さらには生徒会メンバーの楯無(たてなし)先輩、のほほんさんに(うつほ)先輩。

 その上、新聞部のエース・黛 薫子(まゆずみ かおるこ)さんまでもなぜかいて、そこそこ広いはずのリビングはもうパンク寸前だった。

 

「(にしても、あんな事件のあとでよく騒ぐ気になれるもんだ……)」

 

 いや、逆か。むしろあんな事件のあとだからこそ、みんな騒ぎたいのだろう。

 結局、今回も亡国機業(ファントム・タスク)の目的は不明ということで一応の決着を見た。

 ISでの市街地戦闘に加えて、海上で撃墜した例の巡航ミサイル。これらはやはり大問題だったようで、学園関係者は織斑先生も山田先生も事態の対応に追われていた。

 

「(破壊時の二次爆発だけであの威力だ。市街地上空で起爆されようものなら……そのあとは想像に(かた)くない)」

 

 その時の爆風は市街地にも届いていたらしく、海に面していた建物数件の窓が破損したらしい。

 事件に関わった者は全員例外なく取り調べを受けさせられ、解放されたのは4時を過ぎてからだった。

 

「あ、あ、あのっ、一夏さん! け、ケーキ焼いて来ましたから!」

 

「おお、(らん)。今日、どうだった? 楽しめたか? って言っても、途中でメチャクチャになったけどよ」

 

「は、はい! あの、かっこよかったです!」

 

 言いながら、ポッと顔を赤らめる女の子。……オーケー、この子も一夏に()れてるクチだな。いったいこいつは何人落とす気なんだ?

 ていうか、今さらだが最近はもう驚かなくなってきた気がする。慣れって怖いな。

 

「あっ、ケーキどうぞ!」

 

「サンキュ」

 

「(これからもまだまだ増えそうだなぁ~)」

 

 差し出された皿を受け取り、その上のケーキを食べる一夏を横目に、俺はこれからも続くだろうラヴァーズの戦いを想像して苦笑する。

 

「んん! うまいな、これ! ウィルも食べてみろよ!」

 

「おっ、いいねえ。じゃあ、俺もいただくとしよう。もらってもいいかい? あー……」

 

「あ、申し遅れました! 五反田 蘭(ごたんだ らん)です!」

 

「ん、蘭ちゃんか。初めまして、ウィリアム・ホーキンスだ。よろしく」

 

 名字が同じ五反田か。たぶん、この子は学園祭の時にいた彼の妹なのだろう。

 

「よ、よろしくお願いします! どうぞ!」

 

「ありがとう」

 

 皿を受け取った俺は、早速切り分けたケーキをフォークで刺して口に運ぶ。

 ココアベースのスポンジに、生クリームとチョコのケーキだった。ふんわりとした食感とボリュームのあるクリームが咀嚼(そしゃく)するたびに絶妙な甘さを口内に広げる。

 

驚いた(マーベラス)……! こりゃ確かに美味いケーキだ!」

 

「だよな! これ、蘭が1人で作ったのか?」

 

「は、はい!」

 

「蘭って料理上手だよな。うん、いいお嫁さんになるぞ」

 

「お、お嫁っ……!?」

 

「はははっ。『誰の』とは言わんが、そのお相手に選ばれた奴はさぞ幸せ者だろうな」

 

 笑いながら、チラリと一夏に流し目を送る。

 ちなみにその一夏はというと、真面目な顔で腕を組んでうんうんと深く頷いていた。お前のことだよ、お・ま・え・の。

 

「あぅぅ~……」

 

 とうとう耐えきれなくなったのか、蘭ちゃんは真っ赤になりながらうつ向いてしまう。

 少しからかい過ぎたか? 俺の悪いクセだな。スマンスマン。

 

「一夏、はいラーメン」

 

「おわっ!? 鈴、いきなりだな」

 

「出来立てだから美味しいわよ。何せ(めん)から手作りだからね、ふふん」

 

 鈴が自慢げに胸を張る。

 確かに、黄金色のスープに浮かぶ(ちぢ)れ麺は非常に美味そうだった。もしかして、このチャーシューも手作りなのだろうか? なかなか手が込んでいるな。

 

「あ、ウィルの分もあるわよ」

 

「サンクス、鈴。ありがたくいただくよ」

 

 鈴お手製のラーメンは見た目はもちろん、ドンブリから(ただよ)う香りがさらに食欲をそそる。

 

「むっ、鈴さん……」

 

「ん? あー、誰かと思ったら蘭じゃない。ちょっとは身長伸びた?」

 

「あ、あなたには言われたくありません!」

 

 一瞬にして険悪になった鈴と蘭ちゃんは、互いにメンチを切り合う。おお、怖っ。

 2人が火花を散らし合う理由は明白だ。下手に首を突っ込めばどうなることか……。

 

「(触らぬ何とかに(たた)りなし……ってな。退避、退避)」

 

 この場は一夏に任せて(おしつけて)、俺はラーメンを持ってリビングのテーブルへと向かった。

 

「んじゃ、いただきます」

 

 モムモムと、唇で麺を咥えて(・・・・・・・)ゆっくりと食していく。

 麺によく絡んだスープは海鮮メインのだし汁らしく、さっぱりしていて後味がいい。

 麺も歯ごたえ十分で、口の中でプツッと切れるたびにプルンと弾む。

 いったい、どうやったらここまで美味いラーメンを作れるのだろうか。

 そこらのインスタントとは比べ物にならない……というか、この味を知ってしまったら、俺はもうインスタントには戻れないかもしれん。

 

「……美味すぎるっ……!」

 

「あかんあかん。ラーメンはもっとこう、ズズーっとすすって食べんと」

 

「?」

 

 モムモムと次のラーメンを口に運んでいると、横合いから声をかけられた。

 その声というのがなんとも変わったイントネーションをしていて、俺はラーメンをゴクリと飲み込んでから、その声の主へと振り返る。

 

「君は?」

 

「ああ、スマンスマン。御手洗 数馬(みたらい かずま)や。一夏とは中学ん時の同級生でな」

 

「成程、一夏が言っていた『中学の友達』ってのは五反田くんと君の2人のことか。ウィリアム・ホーキンスだ。気軽にウィルと呼んでくれると嬉しい」

 

「そか。じゃ、俺のことも数馬でええよ。よろしくな、ウィル」

 

「こちらこそ、数馬」

 

 互いに差し出した手を握り、握手を交わしたところで、数馬は本題とばかりに口を開いた。

 

「それで、そのラーメンやけど、ウィルは麺すすられへんのか?」

 

「すする? ……あー、そうだな。俺の国では麺をすする、というより食事中にズルズルと音を立てるのはマナー違反だったからな」

 

 今でこそ慣れたが、昔はズルズルとラーメンをすする一夏や鈴を見て『マジか……』と顔を引きつらせたもんだ。

 あらかじめ知識では知っていたが、実際に目の前でやられた時のカルチャーショックはすさまじい。

 

「成程なぁ。じゃあ、普段はラーメンみたいなんは食わへんのか?」

 

「いや、唇で咥えるようにして少しずつ食べてる。一応、麺をすすってみようと前に試したことはあるんだ。あるんだが……」

 

 その時のことを思い出して、俺はウゲーっと顔をしかめる。

 

「あるけど、どしたん?」

 

「麺とスープが気管に入って、その場でブフォォッ!? と盛大にな。テーブル席はドッタンバッタン大騒ぎさ」

 

 一夏が大慌てで水を持って来てくれから助かったものの、(せき)は止まらないわ息苦しいわでとんでもない昼食になったのは記憶に新しい。

 

「くっ……! あっははははっ! なんやそれ。まるでギャグやな」

 

 何が面白いのか、数馬は腹を抱えて大笑いする。目尻に涙も浮かべているので、余程ツボに入ったのだろう。

 

「あ~、笑い死にするかと思ったわ。まあ、文化の違いがあるんやし、そうなるのもしゃーないやろ」

 

「さっきまで笑い死にしかけてた奴がよく言うぜ。結構キツかったんだからな?」

 

「もう笑わんて。約束や」

 

「せめてそのニヤケ顔をなんとかしてから言ってくれ……」

 

 そんなこんなで数馬と談笑しながらラーメンを平らげた俺は、ドンブリを片付けようとキッチンに向かった。

 

「(にしても、随分と広い家だなぁ)」

 

 リビングだけでもかなりの広さだったが、これは家というよりちょっとした邸宅(ていたく)だな。

 

「おっ、ウィルか。キッチンに用か?」

 

 軽く辺りを見回しながら歩いていると、同じくキッチンへ向かっていた一夏と出くわした。

 

「ああ。鈴のラーメンが美味すぎて、あっという間に空になっちまってな」

 

「確かに。あいつ、どんどん料理の腕を上げてるな」

 

そりゃあ、好きな奴に美味いもん食わせたいから頑張ってるんだろうさ

 

「? なんか言ったか?」

 

「いや、花嫁修業でもしてるんじゃないかってな」

 

「鈴も同じこと言ってたな。代表候補生とはいえ、花嫁修業もしてるんだ、とかって」

 

「言ってたのか……」

 

 一途で健気なのに、しかし素直になれない。難しいもんだなぁ。

 乙女心とやらの複雑さを改めて認識しながら、俺は一夏と共にキッチンの暖簾(のれん)をくぐる。

 その先にいたのは右腕に包帯を巻いたセシリアだった。

 

「セシリア」

 

「は、はい?」

 

 一夏に声をかけられて、セシリアが振り返る。

 幸いなことに傷はそこまで深くなく、活性化再生治療を受けることで1週間ほどで元に戻るらしい。

 しかし、今日のところは入院した方がいいと一夏に勧められたが、本人が猛反対して現在こうして誕生日パーティーに参加している。

 

「傷、大丈夫か? (つら)かったら休んでろよ」

 

「あまり無茶はしないようにな。何かあったらいつでも言えよ?」

 

「いえ! ご心配には及びませんわ! そ、それより一夏さん」

 

「ん?」

 

「お、お誕生日おめでとうございます。それで、こちらを」

 

「なんだこの箱」

 

「ぷ、プレゼントですわ。開けてみてくださいな」

 

「おう」

 

 箱を受け取った一夏は、しっかりと梱包(こんぽう)されているそれから包装紙を取り除き、フタを開ける。

 

「おお? ティーセットだ」

 

「コホン! これはイギリス王室御用達(ごようたし)のメーカー『エインズレイ』の高級セットでしてよ。それと、わたくしが普段愛飲(あいいん)している1等級茶葉もおつけしますわ」

 

「おお……なんかすごいな。サンキュ。大事に使うぜ」

 

「い、いえ、このくらいはなんでもありませんわ。それと、ウィリアムさんにはこちらを」

 

「俺の分まで用意してくれたのか?」

 

 セシリアから受け取った円筒形のそれはズッシリとしていて、早速包装紙を剥いて中身を確認する。

 

「むっ、こいつは……!?」

 

「ウィリアムさんは毎朝コーヒーを飲まれていると聞きましたので。お口に合えば(さいわ)いですわ」

 

 俺へのプレゼントは高級銘柄のコーヒー、それを粉末状に加工したものだった。

 高くてなかなか手が出せない代物だったが、まさかここでお目にかかれるとは……!

 

「サンクス、セシリア。……し、しかし、なんだか逆に飲むのがもったいなく感じるな」

 

「そ、そこは飲んでくださいまし」

 

 100グラムあたり約4,000円( 40ドル )の高級コーヒーを震える手で持つ俺の言葉に、セシリアは苦笑を浮かべた。

 

「一夏くーん、ウィリアムくーん、ちゃんと食べてるー?」

 

 ドンッと、いきなり背後から現れた楯無先輩が一夏に抱きつく。

 相も変わらず、この人のスキンシップはいささか過激だ。

 

「食べてますよ。ケーキにラーメン、全部美味すぎて舌が肥えそうです」

 

「それは結構。で、一夏くんはどう?」

 

「た、食べてますって! ていうか、後ろから抱きつくのやめてくださいよ!」

 

「ふふん、いいじゃない。減るもんじゃなし」

 

「減るんですよ! 俺の純情とかが!」

 

「あら、それじゃあちょうどいいじゃない。傷心のおねーさんを慰めなさい」

 

「傷心って……」

 

 そうこうしている間にも、楯無先輩の豊満な胸の膨らみが一夏の背中に押し当てられている。もちろんだが、別に羨ましいなどとは考えてない。

 ……ちょっとだけからかってやろう。

 

「一夏ぁ、背中の感触はどんなだぁ?」

 

「柔らか……って何言わせんだよ、ウィル! 楯無さんも少し離れてください!」

 

「んもう、いけずぅ」

 

 そう言ってわざとらしく唇を尖らせる楯無先輩は、人差し指で一夏の背中にクリクリと『の』の字を書く。

 

「ちょっと! 更識会長!」

 

 セシリアが声を荒げる。

 どうにか一夏から先輩を剥がそうとしているのだが、ベッタリとくっついた体はなかなかどかない。

 

「は、離れてくださいな!」

 

「あん、楯無って呼んでよ」

 

「そんなことどうでもいいですわ! 今すぐ一夏さんから離れ……痛っ!」

 

「ば、バカ。セシリア、右腕怪我してるんだから無理するなよ。大丈夫か?」

 

「おいおい、怪我が悪化するからあまり無茶なことはするなって」

 

「だ、大丈夫……い、いえ! 大丈夫じゃありませんわ!」

 

「どっちだよ……」

 

「忙しい奴だな……」

 

「こ、コホン。一夏さん、右腕を怪我しているので、お料理を食べさせてくださいな」

 

 成程ねぇ。セシリアめ、怪我を理由に一夏に食べさせてもらおうってわけだったのか。しかしまあ、この様子ならセシリアはひとまず安心だな。

 

「おう、いいぞ」

 

 切り分けられていたケーキを1つ取って、セシリアの口に運ぶ一夏。

 

「はい、あーん」

 

「あ、あー……」

 

「ああっ! セシリア、何してるの!?」

 

 一夏がセシリアにケーキを食べさせているところを目撃したシャルロットが声を上げた。

 パクンとケーキを食べるセシリアは、瞳を閉じて満足そうに吐息を漏らす。

 

「ふう……。役得ですわ」

 

「い、一夏! ずるいよ! って、楯無先輩も何してるんですか! ああもう!」

 

 忙しなくシャルロットはあれこれと喋っている。……うーん、やはりシャルロットは根っからの苦労人気質なのかもしれんな。

 

「あらら。それじゃあセシリアちゃん、私達は向こうに行きましょうか」

 

「ええ、わたくしは満足したので構いませんわ。はぁ……♪」

 

 どうやら十分満足できたらしい2人組は、一夏から離れてリビングに向かう。

 

「そういえば」

 

 一夏は思い出したようにゴールドホワイトの腕時計を取り出した。

 

「シャル、これサンキュな。これから使わせてもらう」

 

「う、うん! 大事にしてね!」

 

 その腕時計というのが所謂(いわゆる)フルスペック腕時計というもので、現在の気温から湿度、天気、最新ニュースまで見れたりするそうだ。おまけに小型の空中投影ディスプレイを搭載し、電池は最新型の空気電池と太陽光発電、体温発電機能まであるらしい。……もはや腕時計の範疇(はんちゅう)を超えていないか?

 

「それからウィルには……はい。お誕生日おめでとう」

 

「サンクス、シャルロット。ここで開けてもいいか?」

 

「もちろん。気に言ってもらえるといいな」

 

 シャルロットから許可をもらって、箱の包みを丁寧に剥がしていく。

 

「おっ、据え置き時計か」

 

「一夏の腕時計を見に行った時に買ったんだ」

 

 落ち着いたシルバーのデジタル時計は薄型ボディーの前面が液晶になっていて、その端には一夏の腕時計と同じく天気、湿度、気温が表示されている。電池は部屋の明かりで発電するタイプのようだ。

 

「帰ったら早速使わせてもらうよ。――おっ、そうだそうだ! 俺も一夏にプレゼントがあってだな」

 

「おお! マジで!? 実は俺もウィルにプレゼント用意してたんだよ」

 

 2人同時にポケットに手を突っ込み、手の平サイズの紙袋を取り出す。

 

「ハッピーバースデー、一夏」

「誕生日おめでとう、ウィル」

 

 ………うん?

 

「その袋の(がら)……」

 

「……俺が寄った店のと同じだな」

 

 まさかプレゼントまで被ってたりして……と思いながら取り敢えず袋を開くと、中にはキーホルダーが入っていた。

 それを手に出して見てみると、ホルダーの先には堂々(どうどう)たる姿のサメがデザインされたプレートが繋がっている。

 

「(かっこいいキーホルダーじゃないか)」

 

「これ、デザインが【白式】にそっくりだな。サンキュ、ウィル。家の(かぎ)につけさせてもらうぜ」

 

「そうしてくれると嬉しい限りだ。こっちこそ、プレゼントありがとな。俺も実家の(かぎ)につけるとしよう」

 

 カチッと(かぎ)にホルダーを連結して、それをベルト通しに引っかけた。

 

「あ、そうだ。ウィル」

 

「なんだ?」

 

「えっとね、ラウラがあとで庭に来てくれって言ってたよ」

 

 シャルロットの言葉に、俺はなぜだかピクッと反応してしまう。

 

「……ラウラが?」

 

「うん。確かに伝えたからね」

 

「分かった。少し行ってくる」

 

「おう。またあとでな」

 

 俺は一夏とシャルロットの2人と別れると、リビングを通って玄関から外に出た。

 

「お、遅い!」

 

「あ、ああ。待たせて悪かったな」

 

「あ、いや、別に……私が勝手に待っていただけだ。前言を撤回する」

 

「そ、そうか」

 

 実直と頑固な性格が売りのラウラが前言撤回とは、珍しいこともあるもんだ。――と、以前までの俺ならそう考えていただろうが、今は違う。

 

「(き、気まずいというか何というか……。とにかく妙にソワソワするっ……!)」

 

 普段とは違った雰囲気のラウラを前に、俺はつい落ち着かない気分になってしまう。

 ちくしょうっ。これも全部、織斑先生が余計なことを言うから――

 

「う、う、ウィル!」

 

「な、なんだ!? ――うおおぉっ!?」

 

 いきなりナイフが首元を狙ってくる。反射的に首を()らした俺だったが、よく見るとナイフは直前で止まっていた。

 

「(さ、さすがに今のはビビったぞ……!)」

 

「お、お前にこのナイフをやろう!」

 

「……え?」

 

「誕生日プレゼントだ! 私が実戦で使っていたものだ。切断力に()け、耐久力も高い。受け取れ!」

 

「お、おう!」

 

 ラウラの手からナイフを受け取ると、付属の(さや)も渡される。

 刃渡り20センチを超えるそれは、明らかに軍事用のもので、ブラックメタルな外観が静かな威圧感を放っている。

 言うまでもなく、『戦うため、殺しのための道具』だ。

 

「ほう」

 

「な、なんだ!?」

 

「いや、グリップもいいが、(エッジ)の曲線がきれいだなと思ってな」

 

「そ、そうか。ホルスターもなかなかだぞ。そら」

 

「サンクス。おっ、確かにこいつはいいな」

 

 (さや)にベルトを通すとそのままホルスターになる。

 脇下に配置するらしいそれは、最小動作で引き抜けるよう、ナイフの向きが真横になるようになっていた。

 

……戦士が己の武器を渡すという意味を理解してだな……

 

 瞬間、俺の心臓は飛び跳ねた。

 俺だって軍人(せんし)(はし)くれだ。小声で言ったラウラの言葉を理解するのに、そう時間はかからなかった。

 戦士が自らの命とも言える武器を相手に渡すという意味。解釈違いならかなり恥ずかしいが……。

 

「……信頼、してくれてるんだな」

 

「ッ!?!? い、今のっ、聞こえていたのか……!?」

 

 ボッと、ラウラの顔が()でダコのように赤くなる。

 

「ありがとな。大切にするよ」

 

「な、なななな……!!」

 

 俺の言葉が意外だったのか、それとも純粋に照れているのか、ラウラは耳まで真っ赤になりながら「す、好きにしろ!」と言い残して行ってしまった。

 

「……………」

 

 ポツンと独り残された俺は、静かにラウラの背中を見送る。

 渡されたナイフは無機質な冷たさを放っているのに、俺の心はなぜか日だまりのように温かかった。

 ただ単純にプレゼントをもらえたからではない。

『ラウラから』もらえて、そして彼女に信頼してもらえているんだと、そう実感できたから。

 

「(……ん?)」

 

 ここでふと、1つだけ疑問が浮かび上がる。

 俺は、いつから『ラウラのこと』ばかりを考えるようになっていたのだろうか?

 気づけば(そば)にいたラウラは、いつの間にか俺の心の中を占領していた。

 ……ああ、成程。そういうことだったのか。

 

「ふっ、ははは……」

 

 自分の(にぶ)さに、思わず笑いが込み上げてきてしまう。

 分かりやすいヒント(・・・)なんざゴロゴロ転がってたってのになぁ。このニブチン鮫野郎(さめやろう)め。

 

 ――『身近なものほど、気づきにくいものよ』

 

 ようやくあなたが言った言葉の意味が分かりました、ミューゼル大尉。

 

 ――『お前、ボーデヴィッヒのことが好きだろう? もちろん異性としてな』

 

 ええ。どうやらそのようです、織斑先生。今、答えが出ました。

 

「……まったく、最高の誕生日プレゼントだよ」

 

 誰に対してでもなく、俺は星がきらめく夜空に向かって小さく呟く。

 

 そうだ。俺はラウラのことが、好きなんだ。

 

 ▽

 

 あのあと、やって来た箒に質の良い布で()られたハンカチをプレゼントされたり、鈴が持ってきたボードゲームを遊んで惨敗したりと、楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行った。

 いや、正直に言うとボードゲームはちょっとトラウマになりそうだ……。あれ? なんか涙が。

 

「お、ツイてるな。売り切れはなさそうだ」

 

 そして、今は織斑宅から最寄りにある自動販売機の前。そこで足りなくなったジュースの補給をするために、10本ほど缶ジュースを買っていた。

 最初、一夏が『俺もついて行くぜ』と言っていたが、とっくに過ぎたはずの誕生日を祝ってもらっている身で俺は何もしていなかったので、こうして自分から買い出しを志願したのだった。

 

「(えーっと、缶コーヒーに緑茶、ウーロン茶、オレンジジュース、スポーツ飲料、紅茶、それから……)」

 

 取り出し口から飲み物を取っては用意したビニール袋に入れていく。

 

「(こんなもんだな。さっ、帰るか)」

 

 と、俺が歩き出したところで、ちょうど自販機の明かりが届かないギリギリのところに人影を見つける。

 

「(あんなところで何を……?)」

 

 自販機の順番を待つにしては離れすぎている。

 かといって、俺の知り合いというわけでもなく、はっきり言えば怪しさ満点だ。

 下手に関わるのは止そうと思って2歩目を踏み出そうとすると、人影が1歩前に出てきた。

 

「よぉ、クソガキぃ」

 

「――!?」

 

 人影は女だった。しかも、見覚えのある顔をしている。

 会いたくない(・・・・・・)女の顔が。

 

「サベージッ……!」

 

 ニタニタと不愉快極まりない笑みを浮かべるその女は、学園祭の日に襲撃してきた亡国機業(ファントム・タスク)のエージェント――サベージだった。

 

「おいおい、なんだよ。せっかく会いに来てやったってのに挨拶もなしか?」

 

「何が目的だ? 言っておくが、俺のISは――」

 

「修理中なんだろ? だから来たんだよ! テメェがISを展開できない時を狙ってなあ!」

 

「なに?」

 

「テメェのせいで私は組織の笑い者だ! このサベージ様がッ!!」

 

 報復が目当てかっ……! 自業自得という言葉を知らないのか? このバカは。

 

「テメェは私の顔に(どろ)を塗りやがった!」

 

 サベージは息を荒くして続ける。

 

「これは報復じゃねえ。罰だ」

 

「罰だと? クズが随分と(えら)ぶるじゃないか」

 

「ッッ~~~~!!」

 

 瞬間湯沸し器(しゅんかんゆわかしき)のように頭を沸騰(ふっとう)させて歯ぎしりするサベージだったが、「まあいい」と言ってもう1歩前に出てくる。

 その手に握られているのは、鈍く光を放つハンドガン。俺を殺しに来たか……!

 

「どうせ生意気(ナマ)言ってられるのも今のうちなんだからよお!」

 

 チャキッ

 

 しっかりと弾を装填(そうてん)したハンドガンが俺に向けられる。

 

「――!!」

 

「安心しな。今ここで殺しはしねえよ。じゃねえとテメェを痛めつけることができねえからなあ!」

 

「(悪趣味な女め!)」

 

「おら、鮫野郎(さめやろう)。カメラに向かってピースしな。ピカッと光るぜぇ」

 

 パァンッ! と、乾いた銃声が響いた。

 

 

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