インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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56話 動き出す悪意

 パァンッ!

 

「ッ――!?」

 

 いきなり発砲だと!? このイカれ女(サイコ)め!

 

Damn it(ちくしょう)!」

 

 右足を狙った弾丸を、俺は自販機の陰へ飛び込むようにして回避する。

 ガシャッ! と、缶ジュースがいっぱいに入ったビニール袋が地面に落ちた。

 

「ギャハハ! いい逃げっぷりだなぁ!」

 

 パンッ! パンッ!

 

 愉快そうに笑いながら、サベージは俺――と、俺が隠れている自販機に向けてピストルを撃ち続ける。

 

「(クソッ、この状況はまずい……!)」

 

 近くに他の遮蔽物は無し、おまけに相手はピストル持ち。完全に向こう側の有利だ。

 その場から動くことさえ封じられた俺に、サベージはゆっくりと近付いてくる。

 

「見ぃつけた」

 

「くっ……!」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべるサベージに銃口を突きつけられた俺は、両手を頭上の高さにまで挙げて自販機の陰から出た。

 

「おぉっと、そこで止まりな」

 

 何かしら反撃されることを恐れて距離を一定に保っているのは、腐ってもプロということなのだろうか。

 

「さぁて、まずはテメェが余計なマネできねえようにしないとな」

 

 チャキッと、ピストルの銃口が俺の右足へと向けられる。

 

「まずは右足。その次ぁ左だ」

 

 パァンッ!

 

 マズルフラッシュの直後、1秒にも満たない時差で右足に走るであろう激痛に備えて、俺は強く歯を食い(しば)った。

 

「なっ……!?」

 

 目の前の襲撃者――サベージが驚愕に目を見開く。次の瞬間、俺へと向かっていた9ミリ弾はその軌道を止められていた。

 弾丸が空中で静止している。こいつは(・・・・)――!

 

「(ラウラのAICか!)」

 

「ウィル! そこを動くなっ!」

 

 言われるまま体の動きを止めると、俺の頭と挙げた腕の間スレスレをナイフが飛んでいった。ヒュパッ、という風切り音に俺は思わず背筋を凍らせる。

 あ、あっぶねぇっ……!

 

「テメェ、あの時の――!?」

 

 サベージは正確に右目を狙ってきたナイフを寸でのところでかわす。

 

「づっ!?」

 

 直撃こそ(まぬが)れたものの、(ほほ)のわずかな切り傷から血を流すサベージ。

 

「ッ~~~! クソがッ!」

 

 そして、それを手で雑に(ぬぐ)い、ラウラにピストルを連射する。

 しかし、動体視力、視覚解像度等を数倍に()ね上げる左目『ヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)』の封印を解いているラウラにとっては、その弾丸を止めることは造作もない。

 金色の瞳が弾丸の次にサベージを追うが、煙幕を足元に展開した襲撃者は、足音だけを残して夜の闇へと消えていく。

 

「ガキどもが! 次は無いと思え!」

 

「くっ、特殊煙幕か!」

 

 ハイパーセンサーを阻害するスモークに隠れて、サベージは走り去る。

 こうして、唐突に現れた襲撃者にして復讐者は、亡霊のようにその姿をかき消したのだった。

 

「逃げたか……」

 

「ラウラ、大丈夫か!?」

 

「私を誰だと思っている。お前こそ無事か?」

 

「ああ、おかげでなんとかな。助かったよ。ありがとう」

 

「礼には及ばん」

 

 そう言いながら、ブロック(べい)に突き刺さったナイフを回収して仕舞う。

 俺も「ふぅっ」と一息ついてから、地面に落ちた缶ジュースを拾っていく。

 

「(袋が破れて使い物にならなくなっちまったな)」

 

 そうして最後の1本を拾い上げたところで、ふとラウラの姿が視界に入り込んだ。

 ちょうど眼帯を着け直しているところのようだが、月の光を美しく反射する金色の瞳に、思わず俺はくぎ付けになってしまう。

 

……やっぱり綺麗(きれい)だよなぁ

 

「ん? どうした?」

 

「え? あー、いや、何でもない」

 

「なんだ、いいから言ってみろ」

 

 ジッと見つめてくるラウラに催促されて、俺は大人しく口を開いた。

 

「……その、なんだ。……やっぱりラウラの左目は綺麗(きれい)だな、と思ってな」

 

「な、なんだと?」

 

「こんな時に何考えてるんだって自覚はしているんだが、宝石みたいに光るその目を見てたら、つい――!?」

 

「ま、まったくだ! こんな時に何を考えているか! この馬鹿者!」

 

 ズズイッと俺に詰め寄ってから、思いっきり足を踏んでくるラウラ。

 

「おっしゃる通りデスぅっ!」

 

 ぐおぉ……! こいつ容赦無くつま先を踏んづけやがったぁぁ……!

 

「ふ、ふん! 帰るぞ!」

 

「お、おい、待ってくれよ。袋が破れたんだ。ちょっとくらい缶ジュースを運ぶの手伝ってくれないか?」

 

「知らん!」

 

 ズンズンと、ラウラは足早に歩き出す。

 仕方ない、持ちきれない分はズボンのポケットにでも入れて運ぶか。

 

「そういえば、なんで俺が襲われているところに間に合ったんだ?」

 

「そ、それは……」

 

「『それは』?」

 

……い、言えるわけないだろう。2人きりになる機会をうかがっていたなど……

 

 ラウラ本人は小声で言ったつもりなのだろうが、俺には全部まる聞こえだった。

 当然、さっきプレゼントを渡された時のこともあって、俺の心臓はミサイルアラートのようにうるさく鳴り響く。

 

「ふ、2人きりっ……!?」

 

「ッッ!! なんでもない! え、ええい、このっ、このっ!」

 

「あだっ!? あだだだっ! あ、足を踏むな! やめろって、バカ!」

 

「だ、誰がバカだ!」

 

「うわらばっ!?」

 

 カーッと耳まで赤くなったラウラは、同じく顔を赤くした俺に思いっきり踏み込みのいいパンチをくれた。

 

 ▽

 

「「襲われた!?」」

 

 月曜日、夕食の席で一夏と箒が口を揃えて大声を上げる。

 それを手で『ボリュームを下げろ』とジェスチャーして、俺は言葉を続けた。

 

「ああ。昨日の夜にな」

 

 サベージという名前も出して、俺は一同に説明した。

 ちなみに昨日の夜すぐに告げなかったのは、混乱を招かないようにするためだ。

 あの様子なら、さすがに奴も帰ってくることはないという判断からだった。

 

「サベージって、あいつのことだよな……」

 

 一夏が表情を険しくさせる。まあ、そうなるのも仕方ないだろう。

 俺と一夏は、学園祭の日にあの女の襲撃に遭っているのだから。

 

「『亡国機業(ファントム・タスク)』のエージェント……いったい何が目的なんだろう。ウィルは思い当たること、ある?」

 

「……ある。とびきりタチの悪い理由が、な」

 

 シャルロットの問いかけに対して、俺はうんざりしたように溜め息を吐きながら答える。

 

「それは?」

 

「報復だよ。学園祭の日、俺と一夏は奴と一戦交えているんだが、少しやりすぎた(・・・・・・・)ようで(うら)みを買ったらしくてな」

 

 あの時は俺と一夏、そして楯無先輩の3人で撃退したのだが、その楯無先輩が来るまでの間、俺はサベージを散々に(あお)り散らした。

 頭に血を昇らせて冷静さを欠かせるというのが目的だったのだが、どうやらそれが裏目に出たらしい。

 

「あいつ自身が語ってくれたよ。おかげで組織の笑い者だとか、なんとかってな。つまり、俺への仕返しさ」

 

「……すまねえ、ウィル。俺があいつにやられたばかりに……」

 

「一夏が謝る必要なんざ無いさ。向こうが勝手に逆恨(さかうら)みしてるだけだ」

 

 けどまあ、と俺は再度口を開いて同席する面々の注意を集める。

 

「あの女、(おつむ)はダメだが、曲がりなりにも組織のエージェントだ。それに、一夏も奴とは関わりがある。みんなも注意だけはしておいてくれ」

 

 あれで終わりのはずがない。サベージはいつか必ず、また襲いかかってくる。

 いや、奴だけじゃない。『亡国機業(ファントム・タスク)』という組織が、まだ何かを企んでいるのは確実だ。

 

「そう、だな。俺も十分気をつけるよ。――あ、セシリア。次はどれがいい?」

 

「でしたら、卵焼きをいただけますかしら?」

 

「ん、分かった。ほら」

 

 一夏は先日の一件で右腕を負傷したセシリアに食事を食べさせている。利き腕が使えないというのは、確かに不便だ。

 ……当の本人はホクホク顔だが。

 

「あ、あーん……」

 

 パクッ。口を手で隠しながら咀嚼(そしゃく)するセシリア。

 みんなの前で一夏に食べさせてもらっているのが恥ずかしいのか、その顔はわずかに赤い。

 

「(うわぁ、ラヴァーズの目つきが完全に据わってやがる……)」

 

「……何よ、セシリアってば。わざとらしく(はし)の料理頼んでさぁ……」

 

「……パスタを片腕で食べればいいだろうに……」

 

 ジローっと睨む鈴と箒の視線を払うように、セシリアは咳払いをする。

 ちなみにメニューはサケの塩焼きにダシ巻き卵、それにほうれん草のゴマ()え、ジャガイモの味噌汁(ミソスープ)、海鮮茶碗蒸(ちゃわんむ)しだ。どれも(はし)で食べるようなものばかりである。

 セシリアのやつ、グイグイ攻めるじゃないか。

 

「一夏、茶碗蒸しはスプーンで食べれるでしょ? ね、セシリア?」

 

 ニッコリ、シャルロットが威圧感のある笑みを浮かべる。

 うーむ。これは確かに、怒らせると怖いと一夏が言うだけあるかもしれんな。

 

「そ、それは……わ、わたくしは左手だと上手く食べれないのですわ!」

 

「ふーん。じゃあ、あたしが食べさせてあげるわよ」

 

「り、鈴さん!? ちょっと……せめて冷ましてから……あつつつっ!」

 

 グイイッと熱々の茶碗蒸しを乗せたスプーンがセシリアの口にねじ込まれる。

 こ、こいつ容赦ねえなオイ……。

 

「あらあら、楽しそうですね~」

 

「ああ、山田先生。それに……」

 

 織斑先生も一緒だった。2人ともその手に夕食のトレーを持っている。

 

「あんまり騒ぐなよ、馬鹿者が」

 

「わ、わたくしは怪我人ですのに……」

 

「はぁ……。(ファン)、怪我人にはもう少し丁重に接してやれ」

 

「は、はいっ」

 

「それとオルコット。本来なら昨日の市街戦について謹慎(きんしん)処分のところを特別に免除してやったんだぞ、それを忘れるなよ」

 

「は、はい……」

 

 ちなみに、【サイレント・ゼフィルス】を追撃しての市街戦について、一夏もセシリアも今日たっぷりとしぼられたらしい。

 俺も勝手にアリーナを抜け出したことを厳重に注意されたのだが、それとは別に例の巡航ミサイル撃墜については『よくやった』という言葉もいただいた。

 

「ところで、お前達はいつもこのメンツで食事しているのか?」

 

「あ、はい。大体は」

 

 織斑先生の問いに一夏が答える。

 

「そうか」

 

「あら? 織斑先生、もしかして気になるんですか~?」

 

 おっとぉ? やはり鬼の織斑先生も弟の生活は気になるらしい。

 

「山田先生、あとで食後の運動に近接格闘戦をやろうか」

 

「じょ、冗談ですよぉ! あ、あは、あははは~……」

 

 山田先生、織斑先生をからかって無事でいられるわけないじゃないですか。学習しましょうよ……。

 

「……ホーキンス、その気色悪いニヤケ顔をやめろ。笑う余裕すらなくなる特訓メニューを用意してやろうか?」

 

「……イエス・ミス。すみませんでした」

 

 どうやら俺も他人のことは言えないらしい。

 

「あまり騒ぐなよ。……といっても、10代女子には馬に念仏か。まあ、ほどほどにな」

 

 そう言い残して、織斑先生は山田先生と共に去って行く。

 

「……ラウラ、俺ってそんな顔に出やすいか?」

 

「食後にババ抜きでもするか?」

 

「あー、やっぱり今の話はなかったことにしてくれ」

 

 そんなこんなで夕食の時間は過ぎていった。

 

 ▽

 

「……で、なんで全員ついてくるんだ?」

 

 寮の自室へ戻る途中、一夏はさっきからゾロゾロとついてくる女子達に尋ねた。

 俺とラウラの自室は一夏の部屋を越えた先なので途中まで道は同じだが、箒を始めセシリアに鈴、シャルロットの4人は反対方向だ。

 

「そ、それは……別にアンタのことを心配してるわけじゃないわよ!」

 

 そう言って手本のようなジャパニーズ・ツンデレで返す鈴。

 

「あー、えっと、ほら。たまには一夏の部屋でお話しようかなって思って」

 

 続けてシャルロットがそう告げる。

 

「う、うむ! そうだぞ一夏、こうやって全員でコミュニケーションを取ることも大切だぞ」

 

 箒もウンウンと頷くきながらシャルロットの言葉を後押しする。

 

「あの、一夏さん? よろしければ包帯の交換を手伝って欲しいのですけれど」

 

「おお、いいぜ」

 

 一夏がそう答えれば、途端にパアッとセシリアの表情が華やぐ。

 

「まったく、傷の手当てぐらい1人でできなくて何が代表候補生か」

 

 キツいツッコミを入れるラウラ。こいつは相変わらず辛口だなぁ。

 

「この国では怪我は唾液(だえき)を塗ると治るそうだ。ちょうどいい、そうしろ」

 

 おお~、さすがはサムライの国・日本だな――って、そんなわけあるかい!

 

「いや、ラウラ。確かに唾液を塗れば極微少(ごくびしょう)の効果はあるらしいが、そもそも衛生上よろしくないし、あれは所詮(しょせん)まじないの一種だぞ」

 

 そんなことで本当に怪我が治るんなら、日本の外科病院は軒並(のきな)(つぶ)れることになってしまいそうだ。

 

「そうなのか? ちなみに私の唾液には医療用ナノマシンが微量だが含まれているぞ」

 

「……そいつは初耳だな」

 

 聞くだけならすごいことなんだろうが、しかしあまり突っ込んではいけない気もする。

 

「(言われてみれば、ラウラはドイツの軍事研究所で生まれた試験管ベビーだもんな)」

 

 戦うためだけの『命』を生み出すという行為は――果たしてどうなんだろうか。

 

「(産まれた時から兵器として育てられる、か)」

 

 正義感で否定することなど簡単だが、それはラウラの存在自体も否定することになってしまう。そして、俺の気持ちさえも。

 そもそもの話、ラウラは兵器ではなく1人の女の子だ。自分の意思で歩んでいける人間なのだ。

 ……もし、そんなラウラに向かって兵器だの何だのとぬかす奴がいたら、俺は冷静でいられるだろうか。

 

「(いや、無理だろうな)」

 

 たぶん、その場でそいつを殴り飛ばすくらいはしてしまいそうだ。

 それに、日本に来て――この仲間達と出会って、けしてラウラの人生が戦うだけのものではなくなったんだと、そう思いたい。

 

「こら、聞いているのか。まったく、嫁の風上にも置けない奴だ」

 

「ああ、はいはい。悪かったよ」

 

 嫁と呼ばれるたびに、(ひそ)かにキスのことを思い出してしまうのは黙っておこう。

 俺自身、あの日のことを思い出すたび顔が若干熱くなってしまうのだから。

 

「どうかしたか、ウィル?」

 

「いや、なんでもない。――ほら一夏、部屋に着いたぜ」

 

 不意打ちのように顔を寄せてきたラウラに内心ドキリとした俺は、彼女からさりげなく離れて一夏に鍵を開けるよう催促する。

 

「おう。イスとかどうする? 借りてくるか?」

 

「ううん、ベッドでいいよ。ね、みんな?」

 

 と、シャルロットが俺を含めた面々に声をかける。

 

「ま、あたしは座れればなんでもいいわよ」

 

「そうだな、それにこの寮のベッドは質がいい」

 

「わたくしは、自分のベッドでないのが不満ですけど――まあ、よろしくてよ」

 

「私も構わんぞ」

 

「俺も、これといったこだわりはないな」

 

 鈴、箒、セシリア、ラウラ、俺とそう答えて、そのまま部屋に入っていく。

 

「そうだ、せっかくだから何か飲み物でも買ってくるか。何もないってのもさびしいだろ?」

 

「だな。ちょっと自販機まで行ってくるか。行こうぜ、ウィル」

 

 そう言って支度を始める俺と一夏に、ラウラとシャルロットが待ったをかけた。

 

「いや、買い物なら私が行ってこよう。この部屋から自販機はそう遠くないからな、お前達はここで待っていろ」

 

「うん。飲み物は僕とラウラが買ってくるから、2人は部屋で待っててよ」

 

「2人とも、そんな気を(つか)わなくて大丈夫だぞ?」

 

「ちょっと近くの自販機で飲み物買ってくるだけだって――」

 

「馬鹿者! そんなことを言って何かあったらどうする気だ!」

 

「もう襲ってこないとは限らないんだよ!?」

 

 いきなり語調を強めたラウラとシャルロットに驚いて、俺と一夏は口をつぐむ。

 そうすると2人もハッと我に返って、慌てて体を引っ込めた。

 

「……すまなかったな」

「ご、こめん、いきなり……」

 

「俺達のことを思って言ってくれたんだろ? 別に謝らなくていいさ。な、一夏?」

 

「おう。大丈夫だ。2人ともありがとな」

 

「俺からも言わせてくれ。心配してくれてありがとう」

 

「う、うむ……」

「うん……」

 

「「……………」」

 

 そこからしばしの間、室内を沈黙が流れる。

 

「「「じー……」」」

 

「おわああ!?」

 

「な、なんだなんだ!? ――って、oh(うわぁ)……」

 

 ドアの間から、鈴に箒にセシリア……っていうか、ラウラとシャルロット以外の全員が俺達――正確には一夏をジト目で睨んでいた。

 

「まーたシャルロットね……」

 

「一夏、貴様という奴は……!」

 

「ひ、卑怯でしてよ! シャルロットさん!」

 

 あちゃー、これは面倒なことになりそうな予感100%だな。

 一夏が、日本に古来より伝わる伝説の謝罪方ド・ゲーザをする未来を見た気がしたところで、俺は小声でラウラに声をかける。

 

「ラウラ。何度も言うが、心配してくれてありがとうな」

 

「ふ、ふん。分かったのなら、別にいい……」

 

 面と向かって礼を言われたのが恥ずかしいらしく、腕を組んだままプイッと、そっぽを向くラウラ。その表情を確認することまではできないが、わずかに覗く耳はほんのり赤みが差している。

 あー、ちくしょう。その仕草なんか可愛いなオイ。

 

「よし。あの様子じゃ一夏は動けそうにないし、飲み物買いに行くの手伝ってくれないか?」

 

「っ! し、仕方ないな! では、私もついて行ってやるとしよう」

 

「おう、頼んだ」

 

「ウィルーー! 助けてくれーー!」

 

「一夏!」

「一夏ぁ!」

「一夏さん!」

 

「ギャアアアアア!」

 

 背後から一夏の助けを求める声が聞こえたが、触らぬラヴァーズに巻き添えなし。俺はラウラと共に部屋を出て、自販機へと向かうのだった。

 

 ▽

 

 ガッシャァァンッ! パリーンッ!

 

「クソッ! クソッ、クソッ、クソがぁ!!」

 

 テーブルが強引に倒され、上に乗っていたコップや皿が欠片へと変えられる。

 イスは蹴り倒されて脚が折れ、怒りに任せて暴れ狂うサベージの周りは早速滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に破壊され尽くしていた。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 

「おやおやぁ、こぉんな所にいたねぇ」

 

 ひとしきり暴れて肩で息をするサベージに、男がネットリとした口調で声をかけた。

 度の強い眼鏡、三日月のように歪められた口から覗く金歯、それらを見てサベージは不快感を隠そうともしない表情で答える。

 

「あぁ? テメェ、なんの用で来やがった」

 

「分かっているだろぉう? 昨日の無断接触の件だよぉ。あまり勝手な行動は控えてもらいたいんだけどねぇ」

 

「ぅるせぇ! 誰がなんと言おうが、あの鮫野郎は私が必ずこの手で殺してやる! ドイツの銀髪女も一緒になぁ!」

 

 瞳の中に確かな怒りの炎を(とも)すサベージの怒声に、勝てるわけないのにねぇ……と男は内心で呟く。

 

「君があの2人をどれほど憎んでいようと、『亡国機業(ファントム・タスク)』の1人である限りは指示に従ってくれたまえよぉ?」

 

「けっ!」

 

「とにかく、君は次の任務まで大人しくしていたまえぇ」

 

 どのみちサベージのIS【アラクネ】はコアを残して全壊しているため、新たな機体の用意とそれにコアを馴染ませる期間が必要なのだが。

 しかし、昨日の一件もあるため男はサベージに念を押す。

 

「それじゃあ私は仕事に戻らせてもらうよぉ。アレの実戦テスト日には間に合わせたいからねぇ」

 

「ハンッ、あんなガラクタに何ができる。どうせ前の【ゴーレムⅠ】と同じ目に遭うだけだ」

 

「今回の【ゴーレムⅢ】は一味違うよぉ? それにもう1機、面白そうなものを試作してみたんだよねぇ」

 

「あ?」

 

「彼、なんて言ったかなぁ。ああ、ウィリアム・ホーキンスくん。彼の戦闘データを組み込んだ機体なんだけどねぇ」

 

「あのガキのだとッ……!?」

 

「彼、面白いねぇ。本当にただのセカンドマン(2人目の男性IS操縦者)かと疑いたくなるよぉ。リーパーを含めた3対1でも互角に戦い、その直後にはアメリカ軍から奪った例のミサイル『トリニティ』をも撃墜せしめた。それも消耗しきった状態でねぇ」

 

 先日アメリカ空軍の航空輸送部隊が襲撃に遭い、載せていた積み荷を奪われたという事件は記憶に新しい。

 その積み荷というのは新型広域殲滅ミサイル『トリニティ』――その試験型。

 巡航速度はマッハ1.5に達し、加えてコンピューターがランダムに選んだ独自の回避機動を取ることで撃墜は困難を(きわ)めるという代物だ。

 

「これはただ者じゃないねぇ」

 

 クフフフッ……と笑ってから、男はズレた眼鏡を指で戻して続ける。

 

「どんな戦いを見せてくれるのか、どんなデータが取れるのか、楽しみだよぉ」

 

 男のかけた眼鏡が、天井の照明を白く不気味に反射した。

 




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