インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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57話 軍人タッグ結成

 突然だが、俺のルームメイトは朝が弱い。

 同室になってからというもの、先に起きた俺が身支度(みじたく)を済ませてから起こすのがもはや恒例(こうれい)と化している。

 

「ラウラー。いつまで寝るつもりなんだ~?」

 

「ん~……」

 

 声をかけると、(くだん)のルームメイト――ラウラから何とも適当な声が返ってきた。

 知ってるか? こいつドイツの代表候補生な上に、軍の特殊部隊隊長なんだぜ?

 

「お前は本当に朝が弱いな」

 

 そう呟きながら苦笑を浮かべ、俺はラウラのベッドへと歩み寄る。

 いったん目を覚ませばすぐいつも通りのシャキッとした様子になるんだが、そうなるまでがちと大変なんだよな。

 

「ほれ、さっさと起きて顔を洗って――」

 

 丸まるようにして眠るラウラの布団を掴んで引っぺがした瞬間、俺はピシリと凍りついた。

 布団の中にいたのはラウラ本人で間違いないのだが、問題はそこではない。

 問題なのは、ネコの着ぐるみパジャマを着たラウラが、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)可愛い寝顔をして眠っている、ということだ!

 

「ぅみゅぅ……」

 

 そして、極めつけに今のこの寝言である。

 これを真正面から、しかも不意打ちでくらったのだから、たまったものではない。

 

「っ~~~! ゴハッッ!?」

 

 ボディーブローのごとき強烈な一撃をモロに受けた俺は、なんとか気持ちを落ち着かせようと熱々のコーヒーが入ったマグカップを手に取る。

 そして、それをグビッと豪快に呷った(・・・・・・・・・・)

 

「ッ!!? うわァッチィ!!」

 

 熱々のコーヒーを一気飲みしたらどうなるかなど、簡単に想像できるだろうに……。バカだなぁ、俺。

 そんな間抜けなことをしていると、ラウラが目をこすりながら起き上がった。

 

「ん……、騒がしいな……。何事だ……?」

 

「お、おう。悪いな、突然騒ぎ立てて。何でもないから取り敢えず顔洗ってこいよ」

 

「うむ」

 

 そう軽く言葉を交わしてから、洗面所へと入って行くラウラ。

 ちくしょう、ここ最近の出来事のせいで調子が狂いっぱなしだ。

 

「(っていうか、俺ってちょっとずつバカになっていってないか……?)」

 

 特にラウラが絡むと、とにかくやらかしている気がしてならない。

 

「(これも長いこと男所帯にいた弊害(へいがい)か。思い返してみれば、恋愛経験なんざしたことなかったもんな……)」

 

 ――おいゴラ、そこ。今、俺のことを恋愛クソザコ野郎とか思った奴は大人しく出てこい。大当たりだよ、こんちくしょう。賞品は高度2万からのヒモ無しバンジーでいいかぁ?

 

「ウィル、今は何時だ?」

 

 洗面所からしたラウラの声に思考を引き戻されて、俺はサイドテーブルの上に置かれた時計に目をやった。

 先日の誕生日パーティーでシャルロットにプレゼントされた据え置き式の時計は、今日も正確な時刻を俺に示してくれる。

 

「あー、7時10分だな」

 

「そうか。少々寝すぎたようだな」

 

 ああ。起こすのに苦労したよ。おかけでいいもん見れたけどな。

 

「あ、そうだ。ラウラ、お前もコーヒー飲むよな? 前にセシリアからもらったやつなんだが」

 

「お前が、飲むのが楽しみだと言っていたやつか。()れてくれ」

 

「あいよ」

 

 そう返事をして、俺はもう1人分のマグカップを取り出す。

 こうして、今日も1日が始まるのであった。

 

 ▽

 

「やっほー、織斑くん。篠ノ之さん」

 

 2時限目のあとの休み時間、1年1組に現れたのは2年の黛 薫子(まゆずみ かおるこ)先輩だった。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

「いやー、ちょっと2人に頼みがあって」

 

「頼み? 私と一夏にですか?」

 

「うん、そう。あのね、私の姉って出版社で働いてるんだけど、専用機持ちとして2人に独占インタビューさせてくれないかな? あ、ちなみにこれが雑誌ね」

 

 そう言って黛先輩が取り出したのは、ティーンエイジャー向けのモデル雑誌だった。

 

「専用機持ちへのインタビューでなんでモデル雑誌が……?」

 

 眉をひそめながら雑誌を見つめる俺の言葉に続いて、同感だといった様子で一夏が口を開く。

 

「えっと、この雑誌ってISと関係なくないですか?」

 

「ん? あれ? 2人ってこういう仕事初めて?」

 

「はぁ」

 

 一夏も箒も要点が分からず、曖昧(あいまい)にうなずく。

 俺もわけが分からないまま話を聞いているだけだったが、ラウラだけは理解できたらしく「ほう」と言って雑誌に視線をやっていた。

 

「それに似たことなら私も本国で受けたことがあるぞ」

 

「驚いた……! お前さん、モデル業もやってたのか!?」

 

「軍が発行(はっこう)する人員募集のポスターに載っただけだ。別にモデル業をしているわけではない」

 

 何ともなさそうに告げるラウラだが、そのポスターがどんなものかは何となく想像できる。

 容姿が良く、特殊部隊の隊長で専用機持ちともなれば、そりゃポスターの表を(かざ)るのもうなずけるな。うん。

 

「えっとね、専用機持ちって普通は国家代表かその候補生のどちらかだから、タレント的なこともするのよ。国家公認アイドルっていうか、主にモデルだけど。あ、国によっては俳優業とかもするみたいだけど」

 

「へえ、そうだったのか……」

 

「私も初耳だな……」

 

「俺ももうちっと芸能界のことを勉強するべきか?」

 

「その知識がなんの役に立つかは知らんがな」

 

 俺達4人、10代のくせして芸能関係にはとんと(うと)い。

 

「(しかし、モデルといったらどんな格好させられるんだ?)」

 

 恐らく、流行りの服から果てはドレスや、男の場合はタキシードなども着せられてカメラの前に立つのだろう。

 

「(一夏がタキシードねぇ……。ヤベッ、なんか笑いが込み上げてきた……!)」

 

「おい、ウィル。なんか失礼なこと考えてねえか?」

 

「くくくっ……! き、気のせいっ、気のせいだっ。くははっ」

 

「ウソつけ! ぜってぇなんか考えてただろ!」

 

 そんなやり取りをしていると、ちょうどそこに鈴がやって来た。

 

「なによ、一夏。モデルやったことないわけ? 仕方ないわね、あたしが写真見せてあげるわよ」

 

「いや、いい」

 

「なんでよ!」

 

 バシン! と、一夏の頭がはたかれる。

 

「だってお前、変に格好つけてるんだろ、どうせ」

 

「あ~」

 

「な、なんですってぇ!? ていうか、地味にウィルまで納得してんじゃないわよ!」

 

「そう言われても、なあ?」

 

「お前、4月の時もそうだったじゃねえか」

 

「うぎぎ……! じゃあ見てみなさいよ! すぐ見なさいよ! 今見なさいよ!」

 

 携帯電話を取り出した鈴は、画像を呼び出して強引に見せつけてくる。おいおい、そう一夏の首を引っ張ってやるなよ。

 

「お……?」

「ワーオ……」

「む……」

「ほう……」

 

 モノのついでにと一緒に画像を見た箒とラウラも、俺や一夏と同じ反応をした。

 ちなみに携帯電話にはしっかりとカジュアルを着こなす鈴の姿が写っている。

 

「へぇ……。いいじゃん」

 

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう。あ、こっちのは去年の夏の――」

 

 キーンコーンカーンコーン。休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 

「一夏くん、今日は剣道部に貸し出しよね。放課後また来るから。じゃあ!」

 

 来た時と同じように颯爽(さっそう)と立ち去る黛先輩。

 鈴も同じく2組に帰るかと思いきや、写真を見せるのに夢中になっている様子だった。

 と、そんな鈴の背後へ忍び寄る人影が1つ。正体は我らが1組担任――織斑先生だ。

 先生は鈴のすぐ後ろまでやってくると、ゆっくり拳を振り上げて狙いを定める。

 うわっ、あれ絶対に痛いやつだ!

 

「鈴、鈴っ」

 

「でねでね、こっちが――」

 

「おい、鈴っ!」

 

「? なによ、ウィル。そんな血相変えて」

 

「後ろ後ろ……!」

 

「後ろ?」

 

 クルッと振り返った鈴が、俺が指差す先へと視線を向ける。

 そして、織斑先生と目が合った。

 

「……あっ」

 

 ゴスッ! 鈴の頭に拳骨が乗っかる。

 遅かったか……。

 

「とっとと2組に帰れ」

 

「は、はい……」

 

 すごすごと引き下がるいつものパターンだった。

 これがあるせいで鈴はあまり1組に来ない。休み時間をオーバーするのはいただけないが、彼女だけ他クラスであるため少し不憫(ふびん)だ。放課後か昼休み辺りを狙うしかないだろうな。

 

「さて、今日は近接格闘における効果的な回避方法と距離の取り方についての理論講習を始める」

 

 そうしていつも通り授業が始まった。

 

 ▽

 

「(さーて、ようやくメシの時間だな)」

 

 4時限目が終わり、昼休みに教室中が騒がしくなる。

 

「一夏、食堂行こうよ」

 

 ラウラを誘って食堂に行こうと席を立った矢先、シャルロットと一夏の会話を耳にして、俺は何の気なしに視線をやる。

 

「シャル、悪い。今日はちょっと用事があるんだ」

 

 いつもの優しい笑顔で話しかけるシャルロットに、一夏は申し訳なさそうに手を合わせた。

 なんだ、先約か? いつもなら『みんなで食おうぜ!』とか言うのに、断るなんて珍しいこともあるもんだな。

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、どうしようかな……」

 

「でゅっちー、私達と行こうよ~」

 

 少し落ち込んだ様子のシャルロットに話しかけたのは、意外なことにのほほんさん達のグループだった。

 相変わらず、絶対に邪魔であろう長すぎる(そで)をダラリと垂らしたまま、その腕をブンブンと降っている。

 

「でゅ、でゅっちー?」

 

「行こうよー。えへへ~」

 

 驚くほど遅い動きで、のほほんさんは戸惑うシャルロットの腕に腕を回す。

 

「それじゃあ、れっつごー」

 

 教室のドア前で待っている谷本さんを始め数名の女子生徒と合流したのほほんさんは、未だに戸惑っているシャルロットを引っ張って学食へと向かって行った。

 ていうか、シャルロットにも変なアダ名がついたな。

 

「(……っと、そうだそうだ。俺もラウラを誘って学食行くんだった)」

 

「ウィル、ちょっといいか?」

 

 改めてラウラを誘いに行こうとした瞬間、俺の背中に向けて声をかけてくる一夏。

 

「? どうした、用事があるんじゃなかったのか?」

 

「聞いてたのか」

 

「ああ、偶然聞こえてきたもんでな。それで、俺に何かあるのか?」

 

「あ、ああ。それなんだけどさ……」

 

 妙に歯切れの悪い口調の一夏は、おまけに目まで泳がせ始める。

 そんな彼の様子に、何か言いづらい内容か? と眉をひそめていると、いきなりパンッ! と両手を合わせて頭を下げてきた。

 

「頼む! 付き合ってくれ!!」

 

「…………は?」

 

「「「おおお……!!」」」

 

 あまりにも突然のことで、俺の口からは間抜けな声が漏れる。

 そんな俺の後ろでは、一部の危険思想(俺と一夏のBL)を持つ女子達が拳を握りしめて立ち上がる。

 ……おい、そこの君達。そのキラキラした目をやめてくれ。――今 す ぐ に。

 

「オーケー、落ち着けミスター。会話には順序ってもんが――」

 

もう俺にはお前しかいないんだ! 頼む!

 

「「「おおおおおお~……!!!」」」

 

よし、分かった! 分かったからッ! 話は聞いてやるから今すぐその口を閉じろォォォッ!!

 

 ……

 ………

 …………

 

「さて、ここなら落ち着いて会話もできるだろう」

 

 一夏を引きずって1組の教室を出た俺はあまり人気(ひとけ)のない休憩所を探して、そこのベンチにドカリと座り込む。

 

「お、おう。っていうか、お前なんか怒ってねえか……?」

 

「この顔が幸せスマイルに見えるっていうなら、腕のいい眼科を紹介してやる」

 

「ア、ハイ。なんかすみません……」

 

「はぁ……、もういい。それで? その用件ってのはなんだ?」

 

「そ、そうだ。実はちょっとウィルに頼みたいことがあってさ。昨日の話になるんだけどよ――」

 

 一夏は昨日の夜にあった出来事を説明し始めた。

 ――昨夜、寮部屋に楯無先輩が訪ねてきたこと。

 ――先日のキャノンボール・ファスト襲撃事件を踏まえて、各専用機持ちのレベルアップを図るために全学年合同のタッグマッチがあると伝えられたこと。

 ――そのタッグマッチで楯無先輩の妹とタッグを組んで欲しいと頼みこまれたこと。

 ――妹の名前は更識 簪(さらしき かんざし)ということ。

 そして……

 

「その妹さんは本来なら専用機を持っているはずが、お前さんの【白式】に人員を回されたせいで未完成のまま後回しにされた、と」

 

「ああ。なんでも開発元が同じ倉持技研(くらもちぎけん)らしくてな」

 

 また出たな、倉持ィ。あそこはいったいどれだけ迷惑をかけりゃ気が済むんだ? 多少の人員くらいは残せるだろうに。

 

「しかも、極めつけに楯無先輩と妹さんは仲がよろしくないときたか」

 

 なんだか頭が痛くなってきた気がして、俺は本日2度目の溜め息をついた。

 ちなみに全学年合同タッグマッチの話は今朝のSHRで説明されている。

 

「なんにしても、まずは顔を合わせるところからだな。だが、専用機の件でお前さんはその子に良い印象を持たれていない」

 

 一夏だって邪魔してやろうと思っていたわけでもないのだから、少々理不尽な話ではあると思うが……。

 

「それで、心細いから俺にもついて来てくれってことであってるか?」

 

「この通りだ! 頼む!」

 

 言って、また手を合わせて深々と頭を下げる一夏。

 

「1つ訊きたいんだが、なんでシャルロット達じゃなく俺に相談したんだ?」

 

「いやぁ、それも1度は考えたんだけどさ。なんかやぶ蛇な予感がして……」

 

「あー、確かにな。うん。お前の判断は実に正しいと思うぞ」

 

 話した瞬間には、悲鳴を上げながら学園中を逃げ回るハメになりかねない。

 まあ、本気で困っているようだし、こいつには俺も世話になったりしてるし、ここは一肌(ひとはだ)脱ぐとしよう。

 

「ぃよし! 分かった、付き合ってやる」

 

「ほ、本当か!?」

 

 パアッと表情が明るくなる一夏。そこまで喜ばれると、相談を受けた側としても嬉しい限りだ。

 

「ただし、俺がついて行けるのはあくまで4組の前までだ。男2人で絡むなんざ、ヤバい連中にしか見えんからな」

 

「ああ! 途中までついて来てくれるだけでも助かるぜ! サンキュ、ウィル!」

 

「ユアウェルカムだ」

 

 そんなわけで、俺と一夏は早速1年4組へと向かうのだった。

 

「ここだな、4組は」

 

「ああ。バシッと決めてこい――」

 

「ああっ! 1組の織斑くんだ!」

 

「ホーキンスくんも一緒よ!」

 

「え、うそうそ! なんで!?」

 

「よ、4組になんのご用でしょうか!?」

 

 一夏と俺の姿を見つけるなり、ワーッと人が集まってくる。……こいつは参ったな。

 

「ゴメンよ。用があるのは俺じゃなくて、こっちなんだ」

 

 そう告げて、俺は一夏にアイコンタクトを送る。

 

「えーっと、更識さんっている?」

 

「「「え……」」」

 

 女子一同の声がハモった。

 

「更識さんって……」

 

「『あの』?」

 

 モーゼの海割りがごとく、女子の壁が開く。その直線上、クラスの一番後ろの窓側席に、彼女はいた。

 購買のパンを脇によけて、空中投影ディスプレイを凝視(ぎょうし)しながらその手はひたすらキーボードを叩いていた。

 

「………………」

 

「(昼休みを使ってまで作業か……随分と活動的だな)」

 

 そんなことを考えながら近くの壁にもたれて一夏の姿を見守っていると、女子の1人が呟いた。

 

「えっと……もしかして、朝のSHRで説明された、専用機持ちのタッグマッチの相手として更識さんを選んだ……とか?」

 

「ん? まあ、そんなところ」

 

 一夏がそう言ってうなずくと、ザワザワと波紋(はもん)が広がった。

 

「え……。だってあの子、専用機持ってないじゃない」

 

「今までの行事、全部休んでるしさぁ」

 

「それに、あの子が専用機持っているのって、お姉さんの――」

 

 それ以上の言葉はまずいと思ってか、一夏はわざと大きな音を立てて手を合わせた。

 

「悪い! 俺、あの子に用があるから」

 

 そう言って群衆から抜け出すと、一夏は真っ直ぐ更識さんの席に向かった。

 

「えっと、イス借りていいか?」

 

 適当に近くの女子に頼んでイスを調達した一夏は、断りも無しに更識さんの正面に座った。

 

「……………」

 

 しかし、更識さんは一夏に対して目もくれず、カタカタカタカタとキーボードを打ち続ける。

 

「(無反応か。これは少々難しいことになりそうだな)」

 

 一夏の苦労に心の中で合掌(がっしょう)して、改めて一夏と対面する女子を見る。

 髪はセミロングで、楯無先輩とは対照的にその癖毛(くせげ)のハネが内側に向いている。

 ずっとディスプレイを見つめている目は人よりも細く、どこか(うつ)ろに見えなくもない。

 さらに顔にかけている長方形レンズの眼鏡が、なんとも人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。

 

「えーと……織斑 一夏です」

 

「…………」

 

 ピタリ、ボードを打っていた指が止まる。

 

「……知ってる」

 

 一応、反応はしてくれるらしい。しかし、態度は冷たいな。

 そう思った次の瞬間、更識さんは立ち上がった。

 

「?」

 

 それから右腕をわずかに少し上げてから下ろすと、そのまま再び席についてキーボードを叩き始めた。

 おいおい、今のアレって……。

 

「えっと……」

 

「……私には、あなたを……殴る権利がある。……けど、疲れるから……やらない」

 

 やっぱりか……。

 どうやら、あの子からすれば一夏は殴りそうになるほどの相手らしい。

 更識さんの言い分も分からんでもないが、それで一夏を殴るってのはいささかお門違(かどちが)いだろう。殴るなら倉持技研の奴らにしとけ。

 

「……用件は?」

 

「おお、そうだった。今度のタッグマッチ、俺と組んでくれないか?」

 

「イヤ……」

 

 Oh……即答か。

 だがしかし、一夏は諦めずに更識さんに声をかける。

 

「そんなこと言わずに、頼むよ」

 

「……イヤよ。それにあなた、組む相手には……困っていない……」

 

「あー、いや……」

 

 いい理由が思い付かないのか、一夏が言葉を詰まらせる。

 ちなみに楯無先輩からは『私に頼まれたとは言わないで』と念を押されているらしく、理由を正直に答えることはできないらしい。

 

「えーと、みんな実はもう決まってて――」

 

「見つけたわよ、一夏!」

 

 サマー1! ミサイル! ミサイル!

 ……じゃなかった、鈴だった。

 

「アンタ4組で何してんのよ! 来るんなら2組に来なさいよね!」

 

「ぐえっ」

 

 いきかり制服の(えり)を掴まれて、一夏は息を詰まらせる。

 なんつうタイミングだ。

 

「いいから来なさい!」

 

「じゃ、じゃあ、更識さん。また」

 

「……………」

 

 更識さんは特に一夏に返事をすることもなく、パクッとパンを一口かじるだけだった。

 ――さて、俺もどうしようか。この状況。

 ポツンと独り取り残された俺。周りを完全に女子に包囲され、1組に戻ることすらできない。

 

「(誰か~、助けてくれ~……)」

 

 腕時計の針は、あと15分足らずで昼休みの終了を告げようとしている。

 

「(俺もラウラを誘って食堂に行きたかったのに……)」

 

 引っ切り無しにやって来る女子からのトークに返事をしながら肩を落としていると、突然誰かに腕を掴まれた。

 

「こんな所にいたか。探したぞ、ウィル」

 

「ら、ラウラ……!」

 

「ほら、帰るぞ」

 

 そう言って、グイッと腕を引っ張ってくるラウラ。

 

「お、おう。というわけで、すまないがここらで失礼するよ」

 

「「「また来てね~!」」」

 

 やや強めに腕を引かれて思わずたたらを踏みながら、俺はラウラに連れられるまま女子の包囲網から抜け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、助かったぜラウラ。あやうく空きっ腹のままで午後の授業を受けるところだった」

 

 なんとか1組教室に戻ってきた俺は、自分の席に座ってカロリーブロックをかじる。

 さすがに今から食堂へ向かう時間は残っていなかったので、念のためバッグに入れてあったそれが今日の昼食だ。

 やはりフルーツ味こそ至高(しこう)だな。

 

「そういえば、俺のことを探したって言ってたよな?」

 

 カロリーブロックをゴクリと飲み込んで、俺はラウラに訊ねる。

 

「うむ。今朝のSHRでタッグマッチのことを説明されたが、お前はもう誰かと組んだか?」

 

「いや、まだ誰とも」

 

 実を言うと、タッグマッチの相方にはラウラを誘うつもりだった。

 今日の昼食時にそれを言おうと思っていたのだが……。

 

「ならば話は早い。ウィル、今回のタッグマッチは私と組め」

 

「!」

 

 なんという偶然か、ラウラも俺を誘うつもりでいたらしい。正直、今ここでガッツポーズを決めたいくらいだ。イェス!

 

「もちろんだとも。断る理由がない」

 

「そうか! よし、ではこの申請書にサインしろ」

 

「おう」

 

 カロリーブロックをボリボリと噛み砕きながら、俺は机に置かれた申請書の記入欄(きにゅうらん)に自分の名前を書く。

 

「できたぞ」

 

 ほら、と申請書をラウラの元へスライドさせる。

 あとはラウラが名前を書いて、それを提出すれば申請は完了だ。

 

「~~♪」

 

 心なしか上機嫌のラウラはペンを取り出し、早速名前を書き始めた。

 

「(あ……)」

 

 ふと、ラウラの手元に視線が行く。

 その右手には、以前プレゼントしたペンが握られていた。

 

「(大事に使ってくれてるんだな……)」

 

 サラサラと筆跡を残していくそれを見ていると、心が暖かみに満ちた感情に包まれる。

 

「これで記入は完了したな。織斑先生への提出は私がやっておこう」

 

「おう。頼んだ。――よろしくな、相棒(バディ)

 

「ばっ、バディ、だと……!?」

 

 ニヤリと笑いながら冗談めかして告げると、ラウラは(ほほ)をほんのり朱色に染めてわずかに目を見開いた。

 

「ふ、ふんっ。タッグマッチまでの間、キツい訓練を覚悟しておけっ」

 

 ラウラはそう言い残して、自分の席へと戻って行ってしまう。

 昼休み終了まで残り2分。最後のカロリーブロックを口に放り込んで咀嚼(そしゃく)していると、待機形態(ドッグタグ)にしている【バスター・イーグル】が、まるで俺に抗議するかのように点滅を繰り返した。

 

「(はっはっはっ! ()くな()くな。いいじゃないか、相棒が2人いたって)」

 

 キーンコーンカーンコーン。チャイムの音が昼休みの終わりを告げ、それと同時に織斑先生が入室する。

 

「席につけ。これより5時限目を始める」

 

 (ツル)の一声ならぬボスの一声で、1組生徒達は静かに教科書を開くのであった。

 

 




建前「もうさっさと告っちまえよ……」
本音「もうさっさと告っちまえよ……」
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