インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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58話 大きいは正義

「ふぅ~」

 

 放課後のロッカールームで、俺は疲労混じりの息をつきながらベンチに腰を下ろしていた。

 今日は生徒会の『部活動貸し出しの日』で、サッカー部のマネージャーとして派遣(はけん)されたのである。

 部員のみんなからあれやこれやと注文が殺到してなかなかにハードな時間だった。

 

「(さて、さっさと着替えて帰るとするか)」

 

 部屋に帰ってシャワーを浴びよう、と立ち上がってロッカーから制服を引っ張り出す。

 

 ~~♪

 

 制服ズボンを取り出したところで、ポケットに入れていた携帯電話のメロディーが俺に着信を報(しら)せてきた。

 誰からだ? と思いながら画面を見ると、国際電話の表示が……。しかも、発信者は俺がよく知る人物だった。

 

「(うわぁ……出たくねぇ……)」

 

 しかし無視するわけにもいかず、携帯電話から耳を離して通話マークをタッチする。

 

「はい、お電話取りました。ホー――」

 

 次の瞬間、部屋を揺るがさんばかりの雄叫(おたけ)びがスピーカーから響いた。

 

《ぶるアアアアあ!!!》

 

「……キンスです」

 

 出たよ、変態中将……(好い人ではあるんだけどな)。

 アメリカ空軍ティンダル航空基地司令官、デイゼル・ガトリング中将。

 高級将校で基地司令でもある彼は、事あるごとに俺のISにトンデモ装備を載せようとしてくる。

 この人なら、そのうち駆逐艦の主砲を載せるとか本気で言い出しそうで普通に怖い。

 

《んん~? 元気がないじゃないかぁ。どうかしたかね同志ホーキンスくぅん》

 

「いえ、何も。それより自分は中将の同志になった覚えは微塵(みじん)もないのですが」

 

《またまたぁ。そんなこと言って、君も重装・巨砲の魅力にとりつかれつつあるのだろぉう?》

 

「いえ、まったく」

 

《くくくっ。口ではそう言ってても体の方は正直――》

 

「ご用が無いなら切りますよ?」

 

《あああー! 待った待った! 大事な話があるんだ! だから切らないでくれホーキンスくぅん!》

 

 慌てた様子のガトリング中将。はて、大事な話とはなんだろうか。

 

《実はぁ最近、君のISの製造元……ウォルターズ・エアクラフト社が【バスター・イーグル】用に新装備を開発してねぇ》

 

「新装備をですか?」

 

 正直、第2世代型である【バスター・イーグル】の装備を新たに開発するとは思っていなかっただけに、俺は少し驚いてしまう。

 

《うむ。君のISは、まあ、はっきり言ってしまえば『異端(いたん)』な実験機だ》

 

 確かに、中将の言う通り【バスター・イーグル】は他国のISとは一線を画(かく)した異端機だ。

『重武装能力』と『パッケージ無しでの超音速突破』両方の基準を満たすためにジェットエンジンを取り付けられたそれは、見事に目標を達成してみせた。

 ――がしかし、結局は第2世代型の実験機なのだ。投入された技術が他に活用されることはあっても、実験機は実験機止まり。わざわざ新たな装備が開発されるというのは、そうそう無いだろう。

 

《しかし、送られてくる稼働データには軍と会社、双方が目を見張るものがあってね。故(ゆえ)にぃ、本国はさらなる技術評価の名目で新装備開発の許可を正式に下したのだよ》

 

 そこでさっきの話しに戻るが、とガトリング中将は言葉を続けて本題に入る。

 その声にはえも言われぬ喜色が含まれていて、また変な物じゃないだろうな……と、俺はつい勘繰(かんぐ)ってしまう。

 

《装備の到着予定は4日後だ。その時にぃ担当のジョーンズ中尉より改めて説明が入るだろぉう》

 

「分かりました。しかし、なぜ中将自(みずか)らご連絡を?」

 

《ふっ……。この喜びをぉ真っ先に君と分かち合いたかったのだよ》

 

 瞬間、俺の背中を悪寒が走った。

 中将が嬉しそうな声で真っ先に連絡を寄越してくるほどの物って、いやまさか……。

 

「……ちなみに、その装備がどのようなものかお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

《よぉぉくぞ訊いてくれったぁぁっ!!》

 

 うわ、テンション高ぇ!? どうせロクでもない装備なんだろ!

 

《新たに開発された【バスター・イーグル】の装備ぃ! その名もぉ! 76ミリレールガン『メナサー』ァァァ!!》

 

 な……。

 

「76ぅ!?」

 

 さすがにそれは予想外だった。76ミリと言えば、比較的小型とはいえ軍艦が装備する主砲と同口径のサイズだ。

 つまるところ、【バスター・イーグル】に艦砲を載せろと言っているのとほぼ同義なのだ。

 

「じょ、冗談ですよね……? そんな艦砲みたいなものをISに載せるんですか!?」

 

《大きいは正義だ。弾は大きい方が強いに決まっているだろう?》

 

「 」

 

 お前はどこのマッカーサーだゴルァ! ンなもん撃ったらこっちが吹っ飛ぶわ! この脳筋野郎! 

 しかも、これが正式に開発許可を下された(・・・・・・・・・・・・)装備だというのだから、なおさらタチが悪かった。

 

《ようやく時代が我々に追い付いたというわぁけだぁ! ふはっ、ふふははははは!!》

 

 悪役のような高笑いを上げる中将の後ろからは、恐らくその信者であろう兵士数十名の歓声が聞こえる。

 みんな口々に万歳! とか、栄光あれ! とか騒ぎ立てていて、それがスピーカーからダダ漏れだった。

 

《吉報を待っているぞぉぅ! 我らが同志ホーキンスくぅぅん!》

 

「は、ははは……イエッサー……はぁ」

 

 ビリビリとスピーカーを震わせる携帯電話を片手に、俺はもう溜め息をつくことしかできなかった。

 

 ……拝啓、会ったこともない大統領閣下(かっか)へ。アメリカ空軍は、もうダメかもしれません……。

 

 ▽

 

「スマン! 2人とも、本当に悪い!」

 

 部屋にやって来た箒とセシリア、その2人に頭を下げる一夏。

 

「「……は?」」

 

 2人は揃って間抜けな声を上げて、目を点にしたまま固まる。

 

「(……こりゃ一波乱ありそうで怖いな)」

 

 現在は夕食後の自由時間。場所は一夏の部屋。

 更識さんの件で今後について話し合っていたところ、部屋を訪れた2人がタッグマッチの相方にと一夏を誘った直後の出来事だった。

 

「いや、だからな? 俺がタッグを組む相手ってもう決めてるんだ」

 

「だ、だから、それは私――」

「で、ですから、わたくしを――」

 

「?」

 

 話が微妙に噛み合ってないようで、一夏はキョトンとしてしまっている。

 

「2人とも。一夏はお前ら2人とは別の相手と組むから、と言ってるんだぞ?」

 

 横から俺がそう補足を入れると、ようやく理解が追いついたらしい箒とセシリアがギギギ……と、ぎこちない動きで首を向けてきた。

 

「「つ、つまり……?」」

 

 つまりも何も、正直ちょっと言いづらいことではあるんだが……。

 

「あー……。『お誘いはまた今度の機会に』?」

 

「「 」」

 

 ピシリと何かが凍りつくような音を聞いた気がする。

 

「そういうわけなんだ! だから、スマン!」

 

「す、すまないで……」

 

「済むと思っていますの!?」

 

 箒は近接格闘刀『空烈(からわれ)』を、セシリアは遠距離狙撃銃『スターライトmkⅢ』を展開した。おいおいおいおい! こいつらマジか!

 

「ファッ!?」

「ヤバスギィッ!!」

 

 慌ててしゃがむと、箒の『空烈』が横一文字に通過する。

 それに続いて、今度はセシリアの『スターライトmkⅢ』から放たれたレーザーが俺と一夏の顔の間を一閃した。

 

「うひぃぃぃっ!?」

「うおぉぉぉっ!?」

 

「節操無しめ! 私がその性根を叩き直してやる!」

 

「わたくしと組まないというのなら、いっそここで……ふ、ふふふ……!」

 

 おい箒ぃ! 俺は無関係だろ箒ぃ!! それとセシリア! お前は目のハイライトをどこへやった!?

 

「死ぬ死ぬ! 俺マジで死ぬぅぅ!」

 

「待て!」

「お待ちなさい!」

 

 涙目で部屋中を逃げ回る一夏と、それを追いかける2人の乙女(おとめ)。

 ひとまず俺は解放されたものの、食後の平和なひと時は瞬(またた)く間に命懸(いのちが)けの鬼ごっこへと変わってしまった。

 

「お、お前ら落ち着け! こんな所で一夏をスプラッタ映画よろしく殺(や)っちまう気か!? おい!」

 

「ひぃぃぃぃ!?」

 

「「待てえええ!!」」

 

 ガンッ!

 

「(……ガン?)」

 

『スターライトmkⅢ』の銃身がテーブルに当たり、その上に置かれたケーキ(一夏がせめてもの礼にと出してくれた)が宙を舞う。

 そして、それは美しい放物線(ほうぶつせん)を描きながら俺の顔に…………ウソだろ?

 

 ベチャァァッ!

 

「ブヘァッ!?」

 

「「「あっ……」」」

 

 顔いっぱいに広がる甘いクリームの香り。あと、固い皿に鼻先が押し潰(つぶ)される若干の鈍痛。

 顔に貼(は)り付いた皿を剥(は)がすと、ポトリと音を立ててイチゴとクリームが額から落ちる。――と、同時に沸々(ふつふつ)と怒りが込み上げてきた。

 

「……………」

 

 顔全体に塗りたくられたケーキを、グイーッと手で拭(ぬぐ)う。

 視界がクリアになり、部屋の隅(すみ)で蒼白(そうはく)になって震える3人が映る。

 きっと今の俺の顔は、とても他人には見せられないような凄(すさ)まじい形相(ぎょうそう)になっていることだろう。

 

「お・ま・え・らァ……!

 

 

 

 

 

――いい加減にしろおおおおおお!!」

 

 このあと、騒ぎを聞きつけてやって来た織斑先生に箒とセシリアはこっ酷く叱られることとなった。

 ちなみに部分展開とはいえ、ISの無断使用に変わりはないので、罰として箒とセシリアは第1グラウンドをISを装着して10周を言い渡されていた。もちろんPICは無しで補助動力も最小限のみ。

 2人とも明日は筋肉痛に悩むことだろう。

 

 ▽

 

 ガッシャン、ガッシャン、ガッシャン

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 ガッショ、ガッショ、ガッショ

 

「ふう! ふう! ふう!」

 

 夜の第1グラウンド、そこでは紅(あか)と蒼(あお)の機体が重量のある金属音を響かせながら走り回っていた。

 

「はぁっ、セシリア! お、お前のせいだぞ! はぁっ、はぁっ!」

 

「ふうっ、ふうっ! 何を! 箒さんこそ、勘違いするのがいけないんですわ! ふうっ、ふううっ!」

 

 ガッション、ガッション、ガッション

 

「い、今ここで決着をつけてくれる……!」

 

「こ、こちらの台詞ですわ……!」

 

 睨み合いながら、徐々に速度が落ちていく。装甲、武装、各システム等々、ISというのはとにかく重いのだ。

 

「よお、2人とも。懲(こ)りずにまた喧嘩か?」

 

「「ぴぃっ!?」」

 

 いきなり聞こえてきた声に、箒とセシリアは揃って短く悲鳴を上げる。

 それから慌てて視線を声がした方にやると、そこにはウィリアムが腕を組んで立っていた。

 

「う、ウィリアム……」

「ウィリアムさん……」

 

「織斑先生に、お前らがまた喧嘩をおっ始めてないか見てきてくれって言われてな。それで? ――ま た 喧 嘩 か ?」

 

 ニ゛ッ゛コ゛リ゛、目がまったく笑っていない笑顔を浮かべるウィリアム。

 それを向けられた箒とセシリアは顔を引きつらせながら、逃げるように走る速度を上げた。

 

「よ、よし! あと6周だ! 行くぞセシリアぁ!」

 

「ま、負けませんわぁ! オホホホホ!」

 

 ウィリアム監視の下、箒とセシリアは真夜中のISランニングを続けるのだった。

 

 ▽

 

 翌日の放課後。場所は第3アリーナ。

 全学年合同タッグマッチに向けて早速特訓を始めたウィリアムとラウラは、アリーナ・フィールドで激しい戦闘を繰り広げていた。

 

「脇が甘いぞ、ウィル!」

 

「くっ……!」

 

 スラスト・ベクタリングによる急上昇でラウラの斬撃をかわし、距離を取りながら『ブッシュマスター』を連射する。

 しかし、それを急後退と蛇行(だこう)で回避したラウラからお返しとばかりにレールカノンが放たれた。

 

「Holy――!?( なにっ!? )」

 

 飛来する超音速の砲弾をかわすことに、一瞬とはいえ意識を削がれたウィリアムを、ラウラは見逃さない。

 回避する先々にワイヤーブレードを伸ばして逃げ道を封殺(ふうさつ)したラウラは、瞬時加速による爆発的な速度でウィリアムを一閃した。

 

「そこだ!」

 

「ぐうっ!」

 

 見事な回し蹴りが胴体に入り、【バスター・イーグル】は大きく姿勢を崩す。

 さらに追撃としてレールカノンをウィリアムに向けるラウラは、ガギンッ! と巨大なリボルバーを回転させた。

 

「チェックメイトだ」

 

「っ……。まだまだぁ!」

 

 補助翼で体勢を立て直したウィリアムは、アフターバーナーを点火して一気に速度を稼(かせ)ぐ。

 夕日に染まった第3アリーナを、ジェットの轟音が包み込んだ。

 

 ……

 ………

 …………

 

「以前よりマシになったとはいえ、やはりお前は近接格闘戦に持ち込まれた際の対処力が心もとないな」

 

 模擬戦を終えて、ISを解除したラウラがそう告げる。

 

「それは俺も自覚あるんだがなぁ……」

 

 ラウラに指摘されたウィリアムは、答えながら困ったような表情を浮かべた。

 

「そもそも【イーグル】は近接格闘をしないのが前提として作られているからな」

 

「完全に撃ち合いのみに特化した機体か」

 

「その通り。一応、格闘武器も持ってはいるんだが、気休めにナイフが1本あるだけだ」

 

 しかも、そのナイフは非常に切れ味が悪い。ウィリアムに、もはや刃物の形をした鈍器(どんき)とさえ言われる始末だ。

 おまけにISコア自身が装備することを嫌がるため、機体パーツの一部として強引に組み込んだという経緯付きである。

 

「ついでに言うと、コイツはシールド系の装備も持てないからな。攻撃されたら全て避(さ)けきるしか取れる手段がない」

 

「聞けば聞くほど極端な性能の機体だな……」

 

 これにはさすがのラウラも嘆息するしかなかった。

『当たらなければどうということはない』

 これはとあるジャパニメーションの名台詞だが、ウィリアムのISはそれを違う意味で体現したような仕様だった。

 

「だから、時々一夏の『雪羅(せつら)』を羨ましく感じるんだよなぁ」

 

 最後に「なんで俺はアホみたいにゴツい砲ばかり……」と、ウィリアムは虚(うつ)ろな目をしながら小声で愚痴(ぐち)を呟く。

 

「無い物をねだっても仕方あるまい。ナイフしか無いのなら、それで戦う術(すべ)を身に付けろ」

 

「ド正論すぎてぐう(・・)の音(ね)もでねぇ……」

 

 実際、近接格闘戦に遭遇した場合、それを苦手とするウィリアムと【バスター・イーグル】にとっては大きな弱点になるだろう。

 自覚があるだけに、ウィリアムにとっては耳が痛くなるような言葉だった。

 

「とにかく、まずは近接格闘の基本から始めるぞ」

 

 そう言って、IS【シュヴァルツェア・レーゲン】を展開したラウラがフワリと浮遊する。

 対するウィリアムは、うげっと小さく悲鳴を上げて顔をしかめた。

 

「も、もう1戦やるのかよ……」

 

「習うより慣れろ、と言うだろう? それとも今日はもう止(や)めにしておくか?」

 

 ニヤリと笑いながら右手をウィリアムに向け、その指先を自分側に向けて2回折り曲げるラウラ。

 そんなラウラの挑発に思わず呆気(あっけ)にとられてしまうウィリアムだが、それも数瞬のことですぐさま瞳(ひとみ)に闘志を宿らせる。

 

「ふっ。まさか」

 

 言いながらIS【バスター・イーグル】を展開したウィリアムは、しかしどこか楽しそうにヘッドギアの中で笑みを浮かべていた。

 

 ガゴッ、ジャキンッ

 

 左大腿(だいたい)部の装甲がわずかにスライドして、中から飛び出した大型ナイフ『スコーピオン』を引き抜く。

 

「それでこそ私の嫁だ。――来い!」

 

「おおおおおっ!!」

 

 この日、2人はアリーナの使用時間をギリギリまで使って特訓に勤(いそ)しむのであった。

 

 ▽

 

「うーん……なんで怒ったんだろうか……」

 

「そりゃあ、お前がその子の癪(しゃく)に障(さわ)ったからだろうな」

 

 夕食後の自由時間、俺は昨日に続いて今日も一夏の部屋で例の件についての相談に付き合っていた。

 

「一夏、お前ひょっとして何かやらかしたんじゃないか? 平手打ちされるなんて相当だぞ?」

 

 今、俺の目の前では一夏が左頬(ほほ)をさすりながらイスに座っている。

 話は夕食が終わってすぐ、学園内のIS整備室でのことらしい。

 今日も更識さんをタッグに誘おうとジュースの差し入れを手に整備室を訪れた一夏だったが、その会話の途中で何か触れてはいけないこと(・・・・・・・・・・)を口走ってしまったようだった。

 

「何か、って…………」

 

 少しの間考えを巡らせ、それからポンッと手を打つ一夏。

 

「あ。そっか。あいつの専用機、まだ実戦で使える状態じゃないのか」

 

「あ。そっか。じゃねえよ。お前、本人の目の前で専用機の話を持ち出したのか?」

 

「あ、ああ。つい口を滑(すべ)らしちまった……」

 

「はあぁぁぁ。お前って奴は……。仲良くなりに行ったのに喧嘩売ってどうするんだよ」

 

 眉間(みけん)を押さえた俺の口からは、思わず深い溜め息が漏れた。

 しかし、専用機か。それに、夕食後の時間を使ってまで1人で整備室に籠(こも)って未完のISを……。ふむ。

 

「一夏、IS学園の概要案内書を持ってきてくれ」

 

「おう。ちょっと待ってろ」

 

 イスから立った一夏が本棚から1冊の本を取り出して戻ってくる。

 

「ほい」

 

「サンクス。えーと、なになに?」

 

 IS学園では2年生からIS開発・研究・整備を専攻にした『整備科』が1クラス作られる。学内でのトーナメント戦……特に2年生以上が参加するものには、基本的に整備科に協力を仰(あお)ぎ、複数名からなるチームをつけてもらう――か。

 

「あれ? じゃあ、簪(かんざし)も整備科に手伝ってもらえばいいんじゃないのか?」

 

「そうだ一夏。俺もそこが引っかかるんだ。なぜ1人で――」

 

 コンコン

 

「ん? 誰か来たな」

 

「はーい、どちら様ですか?」

 

「私よ」

 

 うわ、出た! 2年生のヤベー奴!

 

「一夏くんにウィリアムくん、今失礼なこと考えたでしょう?」

 

「ハハハ。そんなことないですよ、楯無さん。なあ、ウィル?」

 

「ああ、もちろんだとも。あなたは敬愛する先輩ですから」

 

「んー、まあいいわ。シュークリーム買ってきたから、一緒に食べましょ?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 一夏が室内に楯無先輩をエスコートして、俺はもう1脚(きゃく)イスを用意する。

 楯無先輩はふと机の上に広げたままの分厚い案内書に目をやった。

 

「あ、2人とも。もしかして整備科に協力してもらうの?」

 

「あ、いや。俺じゃなくて簪さんの専用機のことでウィルと話し合ってたんです」

 

「え? ウィリアムくん『と』?」

 

 楯無先輩がキョトンとした表情で俺に視線を送ってくる。……そうか。この人は俺も一夏に関わっていることを知らなかったのか。

 

「すみません。先輩にはまだ言ってませんでしたね」

 

 俺はそう一言告げてから、昨日の昼休みの一件から今日にかけての話を説明した。

 

「そういうことだったのね。ごめんね、君まで巻き込んじゃって」

 

「謝られることではありませんよ。相談を持ちかけられたのが始まりとはいえ、首を突っ込んだのは自分の意思ですから」

 

「そっか。ありがとう、ウィリアムくん」

 

「自分達もこれまでお世話になりましたから、お互い様ですよ。――それで、さっきの話に戻りますが、その専用機の件で、整備科に協力を仰いだ方がいいのでは? と、2人で話し合ってまして」

 

「うーん……、それはちょっと難しいかもしれないわね」

 

 そう言いながらイスに腰かけた楯無先輩に、一夏は怪訝(けげん)そうな顔をして問うた。

 

「どうしてですか?」

 

「簪ちゃん、たぶん独りで組み上げるつもりなのよ」

 

「え?」

「独りで?」

 

「私がそうしてたから、たぶん意識しちゃってるのね。気にしなくていいのに」

 

「楯無さんって……あの機体、自分で組んだんですか!?」

 

「あれほどの性能を持った機体をたった1人で……!?」

 

「え? うん。まあ、7割方できてたからなんだけど」

 

 うわぁ……。どんだけスペック高いんだ、この人は。

 

「でも私は結構薫子(かおるこ)ちゃんに意見もらってたからね。それに、虚(うつほ)ちゃんもいたし」

 

「えっ? あの2人って整備科なんですか?」

 

「そうよ。3年主席と2年のエース」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

「虚先輩はなんとなく分かるが、黛(まゆずみ)先輩もとは意外だな」

 

 てっきり、ただの新聞部部員だとばかり思っていたぞ……。

 

「一夏くんとウィリアムくんも1回見てもらいなさい。探せばどこか不具合が見つかるかもしれないわよ?」

 

「分かりました。今度相談してみます」

 

「そうだな。ISのことはその道の人間に任せるとしよう」

 

 シュークリームを取り出す楯無先輩を見て、一夏は慌てて紅茶の用意を始める。

 

「それで、どう? 簪ちゃんの様子」

 

「えーと、叩かれました」

 

 そう答える一夏の後ろで、俺は左頬(ほほ)を指差しながら苦笑を浮かべた。

 

「きれいなのを1発、決められたそうですよ」

 

「えっ?」

 

 なぜか驚いた顔をする楯無先輩。そうこうしているうちに、紅茶ができあがった。

 

「あの子、そういう非生産的な行動にはエネルギー使いたがらないはずなんだけど……」

 

「はぁ……」

 

「お尻でも触ったの?」

 

「そんなわけないでしょう!」

 

「じゃあおっぱい?」

 

「だから! どうしてセクハラ方向なんですか!?」

 

「(はぁ、まーた始まった……)」

 

「んもう、しょうがないなあ。言ってくれればおねーさんが触らせてあげるのに」

 

 ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべながら、楯無先輩は自分の制服を脱ぐような仕草をとる。

 

「わー! 何脱ごうとしてるんですか! お、お、怒りますよ!?」

 

「先輩、そこから先はこの部屋に織斑先生が突入してくることを覚悟の上で続けてくださいね?」

 

 俺が真顔でそう告げると、楯無先輩はピシリと凍りついた。

 一夏の反応だとかえって面白がられると思っての行動だったが、効果は覿面(てきめん)だったらしい。

 学園最強でも織斑先生には敵わないようだ。

 

「じょ、冗談よ冗談っ。ほんのジャパニーズジョークだから、織斑先生を呼ぶのだけはやめてっ」

 

「んなジャパニーズジョークがあってたまるか」

 

 思わず先輩に対する敬語を忘れてしまっていたが、これくらいの不敬は許されるだろう。まったく、この人ときたら……。

 

「はい、お茶どうぞ。パックのやつですけど」

 

「一夏くんが淹(い)れてくれたのなら世界一美味しいわよ」

 

「またそういうウソを……」

 

「うん、ウソ」

 

「はぁ、もういいや……。ウィルは紅茶のおかわりいるか?」

 

「いや、遠慮しとく。腹の中がチャポンチャポンになっちまうからな」

 

「ん、分かった」

 

 今日はもうヘトヘトだ。夜中にトイレで目覚めるのは勘弁願いたい。

 

「しかし、あの簪ちゃんがねえ……一夏くん、脈有りなんじゃない?」

 

「ええ? 殴られたのにまた会いに行くんですか?」

 

「次は殴るだけでは済まないかもしれませんよ?」

 

「2人とも分かってないなぁ。女の子は押しに弱いのよ」

 

「「……………」」

 

 賭(か)けてもいい。絶対にウソだ。

 

「……ウィル、どう思う?」

 

 ヒソヒソと、一夏が小さな声で話しかけてくる。

 

「ウソに決まってるだろ」

 

「だよなぁ。うーん、でも確証も無いのに疑うのも……」

 

「お人好しめ。なら試しに周りの女子でシミュレートしてみろよ。会って間もない間柄で、1回殴られてからもう1回会いに行ったらってシチュエーションでな」

 

「お、おう」

 

 ということで、早速シミュレートを開始する一夏。……どれ、俺も少し試してみるか。というかちょっとだけ気になる。

 真面目な顔をして黙りこくっている一夏の隣で、俺も興味本位でシミュレートを行ってみることにした。

 もちろん、シチュエーションは一夏に言ったものと同じだ。

 ――ラウラの場合。

 

『知っているか? 人間は首を切断しても10分近く生きていられるそうだ』

 

『へ、へえー。そうなんですね……』

 

『貴様で試してやろうかッ!』

 

『ノオォォォォォ!!』

 

 ~William is died(ウィリアムは死んでしまった)~

 

 ダメだ! 俺の首がパージされる未来しか見えない! っていうか、もしラウラにそんなこと言われたら……!

 

「もうダメだ……。おしまいだぁ……」

 

「楯無さんのウソつき!」

 

「そうよ?」

 

 こ、こいつ開き直りやがった!

 

「とにかく、一夏くん。簪ちゃんと組んであげてね。あと、機体の開発も手伝ってあげなさい」

 

「命令ですか……」

 

「命令されるの好きでしょ?」

 

「まるで一夏がマゾみたいな言い方だな……」

 

「なんでですか!」

 

「やん。怒らないでよ、ウソウソ。ウィリアムくんも一夏くんを手伝ってあげてね」

 

「分かりました」

 

「んー。お茶、ごちそうさま。それじゃあまたね」

 

 引っかき回すだけ引っかき回して、楯無先輩はそのまま部屋を出て行った。

 

「取り敢えずシュークリーム食べようぜ……」

 

「だな……。疲れた時には甘いものが一番だ」

 

 パクリ。モグモグ……モグ?

 

「ブ――――っ!?」

「ング――――っ!?」

 

「あははは!! ひっかかったわね、カスタードはマスタードに入れ替えておいたわ!」

 

 ドアの隙間から満面の笑みを見せている。お、おのれ悪魔めぇ……!

 

「楯無さんっ!!」

「楯無先輩っ!!」

 

「きゃー」

 

 パタンとドアを閉じて逃げる。

 

「クソぅ、楯無さんめ。なんてことを……。み、水~!」

 

「一夏っ! 塩撒(ま)いとけ、塩! ちくしょう、鼻がぁ……!」

 

 マスタード入りシュークリームのあまりの威力に、俺達はしばらく悶絶(もんぜつ)するのであった。

 

 

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