インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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59話 Ewige Liebe(永久の愛を)

 一夏が(かんざし)と出会ってから、1週間が経過した。

 

「なあ、俺と組んでくれって」

 

「絶対、イヤ……」

 

 毎日この調子で、一夏が簪に付きまとっているという(うわさ)はあっという間に広まった。

 

「ねえねえ、聞いた?」

 

「なんでも織斑くん、4組の更識さんに迫っているらしいわよ」

 

「ええ、うそ!? なんでなんで!?」

 

「分かんないけど……織斑くん、今度の専用機持ちタッグマッチのパートナーに更識さんを選んだって」

 

「え? 他の子達は?」

 

「いや、それがさあ……」

 

 

 ――セシリア・オルコットの場合。

 

「一夏さん……わたくしと組まなかったことを後悔させてあげますわ。ふ、ふふ、ふふふふ!」

 

『スターライトmkⅢ』とビット4機による一斉射撃。しかも、偏向射撃(フレキシブル)によるホーミングで、セシリアは動いている射撃ターゲットを全て撃墜する。

 

「震えなさい! わたくし、セシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の(かな)でる葬送曲(レクイエム)で!」

 

 

 ――凰 鈴音(ファン・リンイン)の場合。

 

「右肩部ユニットを拡散衝撃砲、左肩部ユニットを貫通衝撃砲に換装したパッケージデータを今すぐにちょうだい。あと、『双天牙月(そうてんがげつ)』は刀刃仕様にして、腕部衝撃砲は外して、代わりに高電圧縛鎖(ボルテック・チェーン)をつけて。3日で仕上げてよね。――はあ? できない? できないじゃないわよ、やるのよ!!」

 

 本国の装備担当者に一方的な通信を送ったあと、鈴は最大出力の『龍咆(りゅうほう)』を放つ。

 盛大に地面が()ぜて、アリーナに巨大な穴が開いた。

 

「見てなさいよ一夏……泣いて許しを請うても許さないんだから!」

 

 グググッ……と握り拳を作る鈴は、その瞳を闘志でメラメラと燃やしていた。

 

 

 ――シャルロット・デュノアの場合。

 

「スー……ハー……」

 

 中央タワー上空200メートルから真下を見る。タワー外周に沿って配置されてターゲット数は57機。しかも、それぞれ自動射撃を行ってくる実戦モデルであった。

 

「行くよ、【リヴァイヴ】!」

 

 ギュンッ! と、真下に向かって急降下するシャルロット。その両手には長大な59口径重機関銃『デザート・フォックス』が2(ちょう)握られていた。

 

「……………………」

 

 速度を落とすどころかさらに加速しながら、シャルロットは重機関銃を振り回してターゲットを落としていく。

 ガギンッ! 弾切れと同時に、シャルロットは銃を捨ててその手にアサルトブレードを1(つい)呼び出す。

 最高速を維持したまま、シャルロットは地上へと一直線に向かっていく。

 その途中でターゲットを切り裂きながら、グングンと地表が近づく。

 

 ――ズシャアアアッ!

 

 地表に激突する寸前、姿勢を180度反転させたシャルロットは、脚部ブースターの噴射によって体を支えた。――と、同時に両腕のブレードをクロスして投擲(とうてき)、最後のターゲットに見事命中させた。

 

「僕は強敵だよ、一夏」

 

 ニコッ。その天使の微笑みは、だがしかし絶対零度の冷気を放っていた。

 

 ……と、そんなこんなでここ最近の一夏は専用機持ちの女子一同(主に彼のラヴァーズ)から厳しい敵視を受けていた。

 そして、肝心のもう1人、篠ノ之 箒(しののの ほうき)はというと――。

 

「はぁ……」

 

 ロッカールームにて、桜色の溜め息を漏らしながら胸の上で両手を重ねる。

 

「(『箒はおれが守る!』か……。あいつめ、あいつめ!)」

 

 ニヘラッとした顔でロッカーを乱打する箒。4発目の衝撃でアルミニウム製のそれがわずかにへこんだ。

 箒が想像しているのは先日、一夏と2人で薫子(かおるこ)の姉・渚子(なぎさこ)のインタビューを受けた時のことだった。

 ちなみに一夏が言った台詞は正確には『仲間は俺が守る!』である。かなり都合のいい聞き間違いだったが、青春暴走特急は止まらない。

 

「そうか……、そうかぁ……! うふふ、うふふふふ!」

 

 余程嬉しかったのだろう。数日前の話であるにもかかわらず箒は上機嫌でロッカーを開く。

 中の制服を取り出しながら、箒の回想はインタビュー後に行った写真撮影へと移っていた。

 

「(それにしても、スーツを着こなした一夏がああも格好良く見えるとはな。それに……)」

 

 制服の(そで)に腕を通しながら、箒は(ほほ)をポッと赤らめる。

 

「(腰を抱かれて、一夏の首に腕を絡めて……あ、あんなに顔を近づけて……)」

 

 もし、あの場が2人きりの空間だったならあるいは……。

 心の中に広がる、一夏とキスをするビジョン。

 

「~~~~~!!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように、ロッカーにさらなる乱打を加える箒。

 それなりの強度を誇っていたはずのロッカードアは、早速使い物にならないほど大破した。

 

 ▽

 

「まさか……まさかジョーンズ中尉までガトリング中将に洗脳されて(どくされて)いたとは……」

 

 俺は第4アリーナの上空を飛びながら、つい先日の出来事を想起して呟く。

 その出来事というのは、【バスター・イーグル】の新装備『メナサー』が届いた日のことだった。

 

「(あの真面目なジョーンズ中尉が……はぁ……)」

 

 満面の笑みを浮かべながら『大口径はすばらしいよホーキンスくん!』と言われた時はフリーズして、しばらく意識を飛ばしてしまった。

 やはり、あの変態集団どもは一刻も早く滅さねばならないらしい。

 ……頭を45度の角度で殴ってみれば、もしかしたら正気に戻るかもしれないな。

 

「ウィル、今日の訓練はあのターゲットを撃ち落として最後にするぞ」

 

「あいよ」

 

 相方のラウラに言われて、俺は残る最後の射撃ターゲットへ向けて機体を飛ばした。

 使う武装はもちろん、例の新装備76ミリレールガン『メナサー』だ。渡された以上はこいつの使い方にも慣れておかなくては。

 

「(よーし、そこでそのまま大人しくしてろ……)」

 

 ターゲットから放たれる迎撃射を右へ左へ、上へ下へと最小限の動作で回避しながら、レティクルの中心を攻撃目標へと合わせて『メナサー』を展開する。

 

 ヴゥゥ……ガゴンッ……

 

 右のウェポンベイが開く音がして、内部から現れた長方形の物体が伸縮式の砲身を伸ばす。

 それは展開を終えるとすぐさま電力のチャージを始めて、バチチチッと音を立てながら砲身内に紫電を走らせる。

 そして――

 

「――発射」

 

 ズガオォンッ!!

 

 放たれたマッハ7の徹甲弾(てっこうだん)がターゲットに大きな風穴を開けた。

 

「(っく……! 相変わらず反動がキツいな。そもそも76ミリなんてのがおかしいんだが)」

 

 こんなもの対地専用攻撃機(ガンシップ)にも載せないぞ、と愚痴(ぐち)りながら『メナサー』をウェポンベイ内に格納する。

 極超音速大口径砲弾(ごくちょうおんそくだいこうけいほうだん)の威力は確かなもので、メナサー――脅威(きょうい)をもたらす者――の名は伊達(だて)ではないだろうが、反面ウェポンベイを丸ごと1つ占領することになるので一長一短といったところか。

 

「よし、これで全部片付いた」

 

「うむ。ではこれにて本日の訓練は終了とする」

 

 用意した射撃ターゲットを全て破壊した俺とラウラは、武装の安全装置をかけてからゆっくりとアリーナ・ピットに降り立った。

 

「連携については問題なし。残る課題はお前の近接格闘能力の向上だな」

 

「(うっ、そうだった。まだあの地獄のナイフファイト訓練は続いてるんだった……)」

 

 繰り出される容赦のない格闘連撃を死に物狂いでかわしながらの訓練を想像して、俺のテンションは急転落する。

 ゲッソリとした表情で「そ、そうだな……」と答えると、ラウラがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ずいぶんと嬉しそう(・・・・)だな。ならば次回の格闘訓練はフルタイムで行うとしよう」

 

 げぇ!? ただでさえ厳しいラウラがSっ気のある鬼教官みたいなこと言い始めた!

 

「か、勘弁してくれ。フルタイムでなんて死んじまう」

 

「安心しろ。死にそうになったら助けてやる」

 

「マジかよ……」

 

 ガクッ、と肩を落としてうなだれる。

 そんな俺の様子がおかしかったのか、さっきまで意地の悪い笑みを浮かべていたラウラは楽しそうに口元を(ゆる)めていた。

 

「冗談だ、本気にするな」

 

「な、なんだ冗談か」

 

 ほっ……、と胸を撫で下ろす。

 ラウラが言うと例え冗談でも本気に聞こえてしまうので、正直かなりハラハラする。

 

「(それにしても、こいつよく冗談を言うようになったよな)」

 

 ラウラが転入してから早4ヶ月。出会った頃と比べて、彼女は見違えるほど変わったと常々思う。

 

「(いや、それを言ったら俺もか)」

 

 当初は喧嘩腰の応酬(おうしゅう)ばかりしていたというのに、よくもまあここまで彼女に()れてしまったものだ。

 

「(…………いい加減、腹をくくらないとな)」

 

 心の中で自分に(かつ)を入れる。

 

「(よし、今度こそラウラに言うぞ――)」

 

「さて、雑談はここまでにしてアリーナを出るぞ」

 

 そう言ってISを解除するラウラ。

 ふと時計に視線をやると、もうじきアリーナの使用可能時間の限界を迎えようとしている頃だった。

 ま、まずい。せっかく気合いを入れ直したというのに、このままだとまたチャンスを逃してしまう!

 

「ら、ラウラっ」

 

「なんだ?」

 

 慌てる気持ちを必死に抑えながら声をかけると、ラウラは「?」といった表情で振り返る。

 ルビーのような瞳がまるでこちらの目を覗き込んでいるかのようで、俺は次の言葉を詰まらせてしまう。

 

「あー、その、なんだ……」

 

「……?」

 

 ちくしょう! この恋愛クソ雑魚野郎! 『今週の日曜に2人で出かけないか?』って言うだけだろうが! 何ここにきてブルッてんだ!

 ちなみに、この(こころ)みは本日3度目である(1度目と2度目はタイミングを逃した)。

 

「よければ、なんだが……」

 

 たった一言訊ねるだけなのに、ずいぶんと遠回しな言葉が出てきてしまう。

 

 ――IS操縦者補助システムより、1件のご提案があります――

 

 突然、ISのハイパーセンサーがそんなことを告げてきた。

 そういえばISを解除するのを忘れていたな。だが、今その話は後回しだ。

 

「(あとにしてくれ相棒。俺は今忙し――)」

 

 ――『腰抜け』の意味をインターネット検索にかけますか?――

 

「は?」

 

「ウィル?」

 

 思わず間抜けな声を漏らしてしまう俺に、ラウラは(いぶか)しげな表情を浮かべる。

 腰抜けの意味って……え? 俺そんなこと頼んでないんだけど。しかも、よりにもよって腰抜け? 何? こいつ反抗期なの? それとも単なるシステムエラーか?

 

 ――腰抜け……腰が抜けて立てないこと。そういう人。転じて、意気地(いくじ)がなく、臆病(おくびょう)なこと。そういう人――

 

「……………」

 

 なんだァ? テメェ……。誰がそんなこと検索しろっつった。お前の名前これから『アレクソ(・・)』にするぞコラ。

 しかし、【バスター・イーグル】は止まらない。

 

 ――類義語に、弱虫。臆病者。腑抜(ふぬ)け。小心。小胆などがある――

 

 ……上等だアレクソッタレ(・・・・・)。天ぷら油かサラダ油、どっちを給油口に突っ込まれたいか選ばせてやる……!

 

 ――また、アメリカ合衆国内のスラングでは『チキン』とも言われる――

 

 チキン!? チキンって言いやがったなこの野郎! エンジンに砂糖菓子(さとうがし)ぶっ込んでやるから覚悟しとけ!

 

「(ととっ、いかんいかん! こいつを()め上げるのはまたあとだ!)」

 

 取り敢えずさっきから妙に煽ってくる【バスター・イーグル】を解除して、俺は改めてラウラに話しかける。

 

「こ、今週の日曜は空いてるか? もしよければ2人で出かけないか?」

 

「……ほぇ?」

 

 思いきって一息で言い切ると、ラウラからはなんとも間の抜けた声が返ってきた。

 

 ▽

 

「それで? 今日はどうだったんだ?」

 

「これといった進展はなかったな……」

 

 夜。今日も今日とて、俺は一夏の自室で楯無さんにお願いされた件について話し合っていた。

 

「おいおい、大丈夫なのか? タッグ申請の締め切りまでそう長くはないぞ?」

 

「分かってはいるんだけどさぁ……」

 

 うーむ、と腕を組ながら唸る一夏。どうやらかなり悪戦苦戦しているようだ。

 

「(まあ、恐らくそんなことだろうとは思っていたが)」

 

 俺は出された緑茶をズズッと一口すすって、それから目を閉じて考え込む一夏に声をかけた。

 

「よし! そんなお前に今から秘密兵器をくれてやろう」

 

 ふっふっふっ……と笑って、俺はポケットから2枚のチケットを取り出す。

 それから、ふざけて「シャキーン!」と効果音を口にしながら、それを頭上に(かか)げた。

 

「それ、映画のチケットか?」

 

「おう。しかも、ただのチケットじゃねえぞ? 聞いて驚け! こいつは期限までの間ならいつでも使えて、なおかつ好きな映画を観れるという超プレミア物だ!」

 

「お、おお~……!」

 

 パチパチパチと拍手を送ってくる一夏。

 

「はっはっはー! もっと拍手してくれてもいいんだぞ?」

 

「なんか、今日のウィルはえらく機嫌がいいな。どうしたんだ?」

 

「ふふん、ちょーっとばかし良いことがあってな」

 

 いや、正確には今週の日曜日に良いことがある(・・・・・・・・・・・・・・)んだが……っと、話が脱線したな。その話は今は置いておくとしよう。

 

「一夏、たしか更識さんは戦隊(レンジャー)やヒーローもののアニメが好きなんだよな?」

 

「? ああ、そうだな。楯無さんからはそう聞いてる」

 

「完璧だ。一夏、このチケットをお前にやろう。今度の休日にでも更識さんと行ってこい。上手くいけば仲良くなれるチャンスだ」

 

「え? い、いやいやいや。やるも何もそんなの受け取れねえよ」

 

「なんだ、プレミアって言われてビビってるのか? なーに、どうせ口座には今の俺じゃ使いきれない額が貯まってるんだ」

 

 それに、言うほど大した価格じゃなかったしな、と付け加えるが、しかし一夏は首を縦には振らなかった。

 

「金額だけの問題じゃないって。友達にそこまでさせるわけにはいかねえよ」

 

「なんだ、そんなことか」

 

「そんなことって……」

 

「もちろん、俺だって誰彼構わずここまでしたりはしない。――お前が俺の友達で、その友達が困っているからこそ俺はこうしたんだ」

 

「ウィル……」

 

「もし、それでも気が済まないっていうなら、そうだな……今度昼メシでも(おご)ってくれ。それでチャラだ」

 

 これならどうだ? と、俺は一夏にチケットを差し出す。

 

「……分かった。大切に使わせてもらう」

 

 ようやく納得したらしい一夏は深く頷いて、チケットを手に取った。

 

「よーし、交渉成立だ」

 

「悪いな、気を遣わせて」

 

「まったく、日本人はすぐにアイムソーリーと言いたがるな。こういう時はサンキューでいいんだよ」

 

「おう。サンキュな、ウィル」

 

「ユアウェルカムだ。それじゃ、次は更識さんをどう誘うかだな」

 

 こうして、俺達の作戦会議は夜遅くまで続くのだった。

 

 

 

「ああ、そうだ。一夏」

 

「うん?」

 

「言っておくが、箒とセシリア、それに鈴とシャルロットの4人にはくれぐれも悟られるなよ。もしこのことを知られたら……」

 

「し、知られたら……?」

 

 ゴクリ、一夏が生唾(なまつば)を飲み込む。

 

「……その時は、お前が無事に次の日を迎えられる保証はできん」

 

「ひぇっ……!?」

 

 ▽

 

 週末の日曜日。

 本日は晴天。気温も高すぎず低すぎずで、(やわ)らかな風が2人の(ほほ)を撫でる。

 

「ん、バスが来たな。乗ろうぜ、ラウラ」

 

「う、うむ……」

 

 そう短く答えてウィリアムに続いてバスに乗車したラウラは、まさに借りてきた(ねこ)状態である。

 先日の『デートのお誘い』だが、もちろんこれを断る理由があるはずも無く、ラウラはこうしてウィリアムと2人で外出していたのだった。

 

「やっぱりこの時間帯だと空いてるな」

 

「そ、そうだな」

 

 まさかウィリアムから突然デートに誘われるとは思っていなかったラウラは驚きと羞恥(しゅうち)で取り乱し、今もぎこちない様子で客席に腰を下ろした。

 

「この辺りは景観がいいなぁ。さすがはIS学園の玄関口だ」

 

「(こ、こちらの気も知らずこいつは呑気(のんき)な……!)」

 

 窓からの景色を眺めるウィリアムをこっそりと睨みながら、「ぐぬぬ……」と心の中で唸るラウラ。

 しかし、彼女は知らない。

 ウィリアムの右(ひざ)が貧乏ゆすりしていることを。何とも無さそうに振る舞っている彼の口元が微妙に引きつっていることを。

 

「(ヤッベー。頭の中が真っ白でなんの話題も出てこねー……!)」

 

 実はラウラの思いとは反対に、ウィリアムも内心では盛大に取り乱していたのだった。

 

「あ! 見て見て! あの銀髪の子!」

 

「え? あー! 夏休みの時、金髪の子と一緒にいた子だわ!」

 

「「?」」

 

 ふと、後席から聞こえてきた遠慮の無いボリュームの会話にウィリアムとラウラは気づく。

 

「今日はあの金髪の子はいないのね。じゃあ、隣にいる男の人って……」

 

「そりゃあ彼氏に決まってんでしょ」

 

「あれだけ可愛いんだもの、彼氏の1人いたっておかしくないわよ」

 

「しかも、あの彼氏さんめっちゃカッコいいじゃん……」

 

「はぁ~、やっぱり神様はいつも不公平なのね……」

 

 当然、女子グループの会話は同じ車内にいるウィリアムとラウラにも丸聞こえで、2人は氷像のようにピシリと凍りついてしまった。

 

「「(かっ、かかか、彼氏だとぉっ……!?)」」

 

 互いが互いに好意を抱いているというのに、双方ともその相手の気持ちに気づけていない。なんとももどかしい話である。

 

「お、おお! ここから見る海もいいもんダナー! 晴れてるとここまで見えるのカー!」

 

 とうとうその場の空気に耐えられなくなったウィリアムは、自分の顔を隠すように窓の外へと視線を戻してしまった。

 前世では敵兵から恐怖の象徴とまでされていた戦闘機乗りも、この状況にはお手上げらしい。『シャークマウス』も形無しである。

 

「(な……!? う、ウィル……! お前という奴はどこまで唐変木なのだ……!)」

 

「(な、なんか滅茶苦茶(めちゃくちゃ)睨まれてる……!!)」

 

 握りしめた拳をプルプル。(すく)ませた肩をガタガタ。

 それぞれ違う意味で震える両者を乗せて、バスは目的地――『レゾナンス』前の停留場に到着した。

 

「着いたか。ほら、ラウラ。降りるぞ」

 

「い、言われなくとも分かっているっ」

 

 バスが停まるまで終始ウィリアムを睨みつけていたラウラは、そうぶっきらぼうに返事をしてから足早に降車する。

 

「おいおい、早すぎるって。ちょっと待ってくれよ」

 

「お、お前が遅いだけだ!」

 

「なんという理不尽……」

 

 停留所を出たウィリアムとラウラはレゾナンスへと入り、上りのエスカレーターに乗る。

 エスカレーターを乗り継いで4階に着いた2人は渡り廊下で繋がった北棟のシネコンへと向かった。

 

「ふむ、ここが映画館か……」

 

「おう。もっと正確に言えば複合映画館(シネマコンプレックス)ってやつだな」

 

 興味深そうに辺りを見回すラウラに答えながら、ウィリアムはショルダーバッグから2人分の映画チケットを取り出す。

 

「それじゃあ俺は受け付けでチケットを見せてくるから、少し待っててくれ」

 

「分かった」

 

 受け付けへ向かったウィリアムの背中を少しだけ見送ってから、ラウラは壁に貼られた様々な映画のポスターに視線をやる。

 

「(この世にはこれほどの数の映像作品が存在するのか)」

 

 SF、アクション、ホラーにスリラー、ラブロマンスetc……。もちろん、ここにあるだけが全てではない。

 ウィリアムが個人端末やテレビで観ていた映画を興味本位から観たことはあるが、それはまだ氷山の一角程度でしかない。

 

「よう、待たせたな。ちょうどもうすぐ上映だそうだから、今から席に座ろうぜ」

 

「それは分かったが……」

 

「? どうかしたか?」

 

 頭上にクエスチョンマークを浮かべるウィリアムに、ラウラは呆れたような様子で問うた。

 

「その山ほどのポップコーンと飲み物はどうした……」

 

 そう、戻ってきたウィリアムの手にはポップコーンと飲み物が入ったカップが握られていたのだ。

 ちなみにポップコーンと飲み物はそれぞれLサイズとSサイズが1つずつ。割り当てはLがウィリアムで、Sがラウラである。

 

「ははっ、何を言う。大スクリーンで映画といったら、ポップコーンとコーラだって相場が決まってるんだよ」

 

 いやぁ、映画館なんて久しぶりだなぁ。と言って笑うウィリアムにつられて、ラウラも自然と口元を(ゆる)ませてしまう。

 

「(まったく、こいつの時折見せる子供のような笑顔は、どうして私の心をこうもくすぐるのか……)」

 

「さっ、映画が始まる前に行こうぜ」

 

「ああ」

 

 チケットよし、ポップコーンよし、コーラよし。準備万端のウィリアムとラウラは早速上映室へ入るのだった。

 

 ▽

 

「「……………」」

 

 映画を観終えて出てきたウィリアムとラウラは無言であった。

 並んで歩く2人の間には心なしか距離が開いており、しかもお互いに気まずい表情を浮かべている。

 というのも……。

 

「(なーんであの映画にR-17.9の濡れ場シーンぶっ込んだんだ、あの監督ェ……)」

 

 話の途中から違和感を覚え始めたウィリアムだが、まさか予想外にあからさまな表現のシーンに突入した時はポップコーンを(のど)に詰まらせてしまったほどだった。

 

「(前にラウラと観たやつの続編だったから、なんて理由で選んだのがまずかったか……)」

 

 1人だけならまだしも、今回は隣にラウラもいたのだ。映画が終わるまでの間、無言でスクリーンを見るラウラが気が気でなく、途中からのストーリーはほとんど覚えていない。

 

「(ラウラのやつさっきから一言も話さないが、まさか気分を害して怒ってるんじゃ……!?)」

 

 思わず悪い方へと想像してしまい、ウィリアムは恐る恐るラウラに流し目を送る。

 しかしそんな心配は全くの杞憂(きゆう)で、ラウラは心臓を高鳴らせながら、例のシーンを頭の中で何度もリピートさせていた。

 

「(ち、知識程度には知っていたが、まさかあれほどのものとは……!)」

 

 耳まで赤くなった顔は湯気を放ちそうなほど熱くなり、ドイツの冷氷と呼ばれるラウラはまさに氷解寸前であった。

 

「(い、いいい、いつかは私もあんな風に、ウィルと…………)」

 

 映画の主人公とヒロインの顔を自身とその想い人とに入れ換えて、さらに想像を膨らませるラウラ。

 (きし)むベッド、シワだらけのシーツ、雑に脱ぎ捨てられた衣服。

 

「…………」

 

 部屋中に甘く響く(なま)めかしい声、荒い息づかい。

 そして、自分の名前を呼ぶ(いと)しい恋人の声――。

 

「――ラウラッッ!!」

 

「!?」

 

 横断歩道を渡ろうとした刹那の出来事だった。

 いきなり大声で叫んだウィリアムが、ガシッと抱きすくめるかのように引き寄せてくる。

 直後、けたたましいクラクションを鳴らしながら、黒塗りのスポーツカーがラウラの目と鼻の先を通過して行った。

 

「あのバカ運転手め……! 赤信号が青に見えるのか!」

 

 ウィリアムの怒声を聞いて、ラウラは自分が危うく信号無視の車に()かれかけたということに気がついた。

 

「ラウラ、大丈夫か? 怪我はしてないか?」

 

「あ、ああ。大事ない、感謝する」

 

「そうか……」

 

 安堵(あんど)したように深く息を吐く。

 それから「なんともなくてよかったよ」と言って微笑んだウィリアムの顔が、ラウラにはキラキラと輝いて見えた。

 

「ったく。教習所で何を習って来たんだ、あのボケは。さっさと免許剥奪(はくだつ)されちまえっ」

 

 白馬の王子様だとか勇敢な騎士(ナイト)だとか、そういったメルヘンチックなものではない。

 けれども、ラウラの胸をさらにときめかせる理由としては十分だった。もし彼女の好感度パラメーターが可視化できるのなら、恐らくゲージの限界を軽く突き破っていることだろう。

 

「っと、悪いな。今離すよ」

 

 落ち着きのない様子のラウラに気づいたウィリアムがその腕を解く。

 

「あ……」

 

 名残惜しそうな声を上げたラウラだったが、すぐさまここが公衆の面前であったことを思い出した。

 複数の視線を感じて周囲を見やると、道行く通行人が好奇や嫉妬(しっと)の混じった顔でこちらを見ている。

 

「う、ウィル。取り敢えずここを離れるぞ」

 

「お、おう」

 

 遅れてウィリアムも周囲の視線に気づき、ラウラに手を引かれるままその場を離れることにした。

 

 ……

 ………

 …………

 

「こ、ここまでくれば大丈夫だな」

 

 ウィリアムを引っ張ってきたのは、派手な音がやかましいゲームセンターだった。

 以前にウィリアムと行った所とはまた別の店舗(てんぽ)で、ラウラの知らないゲーム機もいくつか置いてある。

 

「む……? これはなんだ?」

 

「ん? ああ、なんだろうなこれ……。えーっと? 『プリとも』って言うらしいぞ?」

 

「プリとも……。そうか、これが……」

 

 それは仲のいいクラスメイトが教えてくれたボックス型ゲーム機、所謂(いわゆる)プリクラというものだった。

 

「ほうほう、成程。こいつは写真を撮れるのか」

 

「話によると、撮った写真はシールになって出てくるそうだ」

 

「へえ、面白いゲーム機だな」

 

 アメリアではあまり見かけることのないプリクラを、ウィリアムは興味深そうに見つめる。

 

「た、試しに撮ってみるか?」

 

「え? 俺とか?」

 

「お、思い出づくりとしてはいいだろう」

 

「思い出づくりか……。そうだな、せっかくだしやってくか」

 

「よ、よし! では早速入るぞ!」

 

「あ、おい」

 

 財布から小銭(こぜに)を出そうとするウィリアムだったが、その手を引いてボックスに入ったラウラが素早くコインを投入してしまう。

 

「まずは写真フレームから選べとさ。どうするんだ?」

 

「な、なに? かなりの種類があるな……」

 

「手慣れてないと案外難しいな。お、黒ウサギのもあるみたいだぞ」

 

「お、おお! ではそれにしよう!」

 

 ピポン、と音がして、機械がペンタッチモードに切り替わる。

 

「今度は好きな言葉を書くそうだぞ、ラウラ」

 

「う、うむ……。好きな言葉でいいんだな?」

 

 コホンと咳払いをひとつして、ラウラが訊ねる。

 

「ところでウィル、お前はどれくらいドイツ語ができるんだ?」

 

「少しくらいなら知ってるぞ。『シャイセ』がありがとうだよな」

 

 ――そんなことを言ったら即殴り合いが始まってしまうんだが。

 ちなみに『シャイセ』はウィリアムが言うところの『シット(クソ)』である。

 

「(よし、ウィルがバカで助かった)」

 

「おい、今なんか失礼なこと考えなかったか?」

 

「気のせいだ。――よし、文字はこれでいいだろう」

 

 次はシャッターを切ります、と機械音声が告げる。

 

『フレームから出ています。近づいてください』

 

 ウィリアムとラウラはキョトンとしてから、取り敢えず身を寄せ合う。

 この時すでに2人の心臓は破裂寸前だったが、お互いなんとか平静を装って撮影を終えることができた。

 

「お、出てきたみたいだな」

 

 20枚(つづ)りのシールを2人で半分にして、今日の記念にと持ち帰る。

 ウィリアムとラウラが写った写真には、ドイツ語で『Ewige Liebe(エーヴィゲ リーベ)』――永久の愛を、と書かれていたのだった。

 

 




・76ミリレールガン『メナサー』
 ウィリアムとその専用IS【バスター・イーグル】の実力が認められ、正式に研究開発が許可された新装備。
 正式名称は、メナサー76ミリ口径電磁投射砲システム。
 艦砲並みの口径を持つ砲弾をマッハ7で撃ち出す強力な兵装。
【バスター・イーグル】のステルス性と空気抵抗を考慮(こうりょ)して、本体はウェポンベイ格納式となっている。
 そのため砲身は伸縮式となっており、展開時の全長は2倍にまで達する。
 前述の通り本兵装はウェポンベイへの搭載が前提条件のため、携行(けいこう)する際は左右どちらかのベイが占領されることになってしまう。
 なお、本兵装を使用後には毎回の砲身冷却(れいきゃく)と電力チャージが必要であり、当然1発撃つごとに長いクールタイムを要する。

※メナサー…脅威(きょうい)をもたらす者。

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