インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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61話 Nightmare( 悪夢 )

 響く爆発音。()げ臭い熱風。逃げ(まど)う人々の悲鳴。

 

「お父さん、お母さん……!?」

 

 散乱する瓦礫(がれき)に何度も(つまず)きながら、俺は倒れ()す2人の元へ()け寄る。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 ピクリとも動かない2人を強く()さぶるが、しかし応えは返ってこない。

 (あふ)れて(ほほ)を伝い始める涙を服の(そで)でぬぐい、俺は必死に両親を呼び続ける。

 だが、ついさっきまで俺の名前を呼んでくれていた口も、頭を()でてくれた手も、一緒に競争した脚も、もう二度と動くことはなかった。

 ――2人は、すでに息絶(いきた)えていた。

 

「う……うぅ……!」

 

 まだ小さかった俺にでも分かる、あまりにも残酷な事実。

 それを目の前にしてとうとう心のダムが決壊し、声を上げて泣き出しそうになったその時だった。

 

 キギャアァァァァァ……

 

「!?」

 

 頭上から響く、金属音とも咆哮(ほうこう)とも取れるような音。

 

「あっ……!」

 

 その不気味な『声』につられて空を見上げると、そこには全身を血のような赤に染めた1匹の巨鳥がいた。

 

『――?』

 

 そいつは(はる)か眼下に立ち尽くす俺を見つけるや否や、胴体の3分の1ほどもある(くちばし)を開く。

 

『キギャアァァァァァ!!』

 

 そして、開いた嘴の奥に光が収束していき……。

 

 ▽

 

「――ウィル!!」

 

「ハッ!?」

 

 誰かに名前を呼ばれて、俺はバネ仕掛けのように飛び起きる。

 寝起きのせいなのか視界が妙にボヤけているが、窓から差し込む日の光は眩しかった。あぁ……朝か……。

 

「おい、ウィル!」

 

「……ラウラ……?」

 

 また名前を呼ばれて、声がした方向に視線をやると、取り乱した様子のラウラがいた。

 

「……どうした? そんなに慌てて」

 

「どうもこうもあるかっ、酷くうなされていたんだぞ?」

 

「うなされて……あぁ、そういうことか」

 

 俺は1度目頭(めがしら)を指で押えてから、気分の悪さを追い出すように小さくかぶりを振る。

 

「(……クソ……最悪な夢だ……)」

 

 ふと、体に張り付くような冷たい不快感に気づいて手を当てると、寝間着として着ていたTシャツにグッショリと汗が染み込んでいた。

 

「すまんな、朝っぱらから」

 

「そういう話ではない。大丈夫なのか? 何があった?」

 

「ああ、大丈夫だ。――貞子(さだこ)伽椰子(かやこ)の2大スターに追い回される夢をな」

 

「……つくならもう少しマシなウソをつけ」

 

 ジトっとした目で(にら)んでくるラウラ。やはり俺はウソが下手なようだ。

 

「ははは、バレたか」

 

 もちろん気分は最低最悪だが、休むわけにはいかない。今日はタッグマッチトーナメントの大会当日なのだ。

 ……それに、馬鹿正直に話して何になるというんだ? 説明したところでラウラを困惑させてしまうだけだろうし、そんな迷惑はかけられない。かけたくない。

 

 ▽

 

 つくならもう少しマシなウソをつけ。私がそう言い返してやるとウィルは観念したように両手を上げて、苦笑しながら口を開いた。

 

「ははは、バレたか。実を言うとちょっと昔にあった嫌な出来事が夢に出てきてな」

 

 続けて、「野暮なことは訊かないでくれよ? プライベートだ」などといつもの軽口を叩くウィル。

 しかし、私はこいつの表情に一瞬だけ影が差したのを確かに見た。

 

「(昔にあった出来事? いったいウィルの過去に何が……)」

 

「さてっ! 今日はタッグマッチトーナメントの当日だ! 気合い入れていくぞ!」

 

「あっ、おい……」

 

「大丈夫だ大丈夫! 顔洗ってコーヒー飲んで、それからメシを食えば調子も戻るさ! あっ、ちょっとシャワー使うぞ?」

 

 ウィルはそう言って強引に話を打ち切ると、空元気で笑って見せながら洗面所へ入っていく。

 あまり訊かないでくれ。そう言外に告げられたような気がして、私はそれ以上の追及をやめた。

 

「(……下手な作り笑いなど浮かべおって)」

 

 そんなウィルの助けになってやれなかったことが悔しい。

 それと同時に、あいつが私から『何か』を(かたく)なに隠そうとしていることに心がチクリと痛んだ。

 

「(少しくらい、私を頼ってくれてもいいだろうに……)」

 

 もしかしたら、私に迷惑をかけまいと思ってのことだったのかもしれない。いや、ウィルのことだからきっとそうなのだろう。

 だが……。

 

「(あの時、お前は悪夢にうなされながら、――泣いていたんだぞ)」

 

 当の本人がそれに気づいていたかは分からないが。

 

「……嫁の悩みを迷惑がる夫がいるか、馬鹿者め……」

 

 私の小さな呟きは、朝の光が差す室内に溶けて消えていくのだった。

 

 ▽

 

「それでは、開会の挨拶を更識 楯無生徒会長からしていただきます」

 

 (うつほ)先輩がそう言って、司会用のマイクスタンドから1歩下がる。

 ちなみに俺も一夏も、そしてのほほんさんも生徒会メンバーなので、虚先輩の後ろの列に整列していた。

 

「ふあー……。ねむねむ……」

 

「シーッ。のほほんさん、教頭先生が(にら)んでる」

 

「しゃんとしてないとあとで雷が落ちるぞ?」

 

「ういー……」

 

 注意深く見ていないと分からないほど、小さくのほほんさんはうなずく。

 その反動なのかは知らないが、波に揺られるボートのようにフラフラと左右に揺れた。

 oh……また教頭先生がこっち睨んでやがる。

 ちなみに教頭先生というのは逆三角形の眼鏡にひっつめ髪、お堅いスーツ、濃いめの口紅という絵に描いたような人だ。生徒の間では『鬼ババア』などと呼ばれているが、本物の鬼に比べたら聖母様みたいなものだ。……その鬼というのが誰なのかは口が裂けても言えんが。

 

「どうも、皆さん。今日はタッグマッチトーナメントですが、試合内容は生徒の皆さんにとってとても勉強になると思います。しっかりと見ていてください」

 

 よどみなく澄んだ声、しっかりとした発音は、まるで1つの美しい音楽のようですらある。

 相変わらず圧倒的な存在感を醸し出している楯無先輩だったが、彼女が人気の理由はそれだけではない。

 

「まあ、それはそれとして!」

 

 パンッ、と扇子(せんす)を開く。そこには『博徒』の文字。

 

「今日は生徒全員に楽しんでもらうために、生徒会である企画を考えました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』!」

 

 わあああああっ! と、きれいに整列していた生徒達の列が一斉に騒ぎだす。って、ちょっと待て!

 

「それ()けじゃないですか!」

「学園規模でギャンブルかよ!?」

 

「織斑副会長、ホーキンス補佐。安心しなさい」

 

「「()?」」

 

「根回しはすでに終わっているから」

 

 ニコッと笑みを浮かべる楯無先輩。よくよく見ると、教師陣の誰も反対していない。……織斑先生だけは頭が痛そうにしていたが。

 

「それに賭けでもギャンブルでもありません。あくまで応援です。自分の食券を使ってそのレベルを示すだけです」

 

「結局やること変わってないですよね!?」

 

「ウィルの言う通りだ! それを賭けって言うんです!」

 

 そもそも俺も一夏もそんな企画は1度も聞いた覚えがないぞ!

 そう言おうと思ったら、のほほんさんがツンツンとつついてきた。

 

「おりむーもホーくんも全然生徒会に来ないから~、私達で多数決取って決めましたぁ」

 

「くっ……。そりゃ確かに最近は整備室にしか行ってなかったけど……!」

 

「俺も格闘訓練ばかりで生徒会には顔出してなかったが……!」

 

「それにぃ、バレなかったら犯罪じゃないんだよ~?」

 

「「 」」

 

 この子、眠たそうな顔で何エグいこと(のたま)ってんの!?

 

「では、対戦表を発表します!」

 

 そう言って大型の空中投影ディスプレイが楯無先輩の後ろに現れる。

 そこに表示されていたのは――

 

「げえっ!?」

「おぉ……」

 

 第1試合、織斑 一夏&更識 簪 VS 篠ノ之 箒&更識 楯無――。

 

 ▽

 

「あっ、織斑くーん、ホーキンスくーん」

 

 タタタッと走ってきたのは、黛 薫子(まゆずみ かおるこ)先輩だった。

 

「どうしたんですか? 俺、ISスーツに着替えに第4アリーナまで行かなきゃいけないんですけど」

 

「同じく、自分も今から着替えに行く途中なのですが……」

 

 第4アリーナはここからグルリと遠回りしていかないといけないので、かなり遠い

 試合を始める前に中距離ランニングをさせるとは、部屋割りを決めた奴は鬼畜だな。

 

「これこれ、予想分配率(オッズ)なんだけど」

 

「はあ」

 

「そういや、これ賭けだったな」

 

 見せられた紙には、箒&楯無先輩ペアが圧倒的な人気を誇っていた。

 まあ、楯無先輩は学園で唯一の『国家代表』だからな。候補生とは文字通りレベルが違う。

 

「ちなみに俺は――げっ。最下位……」

 

「まあ、更識さんのデータも未知数だからでしょうけどね」

 

「どれどれ、俺の順位は……と。おっ、3位か」

 

「君とラウラちゃんって結構(うわさ)になってるからね。色々と」

 

 ……正直、最後の『色々』のところを詳しく聴きたいところだが、墓穴を掘ることになりそうなので聞かなかったことにしよう。

 

「6組……専用機持ちって現在11人なんですか」

 

 ちなみに11人6組だとペアのできないチームが出るが、そのチームには教師が1人(あて)がわれることになっているらしい。

 

「そうよ。1年生だけでも8人。今年は異常よ、異常。去年はこんなことなかったのに。しかも、最新型の第3世代機が何機いると思ってるのよ」

 

「なんかすごいですねぇ」

 

「はははっ、俺達はある意味ツイてるらしいな」

 

「なに呑気(のんき)なこと言ってるの。君達のせいでしょう、君達の!」

 

 ズビシッと指で顔を指される。……まあ、そうだろうな。

 

「しかも篠ノ之さんの【紅椿】に至っては第4世代相当なわけだし……って! そんな話はいいのよ!」

 

 自分から始めた話でしょうが……とは言えないので、俺と一夏は勢いに押されて沈黙した。

 

「ともかくね、試合前にコメントちょうだい! 今から全員分行かないといけないから、私忙しいのよ! はい、ポーズ!」

 

 言うなり、カシャカシャッ! とシャッターを切る。相変わらず行動力の塊みたいな人だった。

 

「写真オーケー! それじゃあコメント! まずは織斑くんから!」

 

「え、えっと……精一杯頑張ります!」

 

「目指すは優勝! くらい言ってよ!」

 

「いや、それは……」

 

「おい、一夏。なんなら『俺に負けたら恋のハーレム奴隷だぜ』とでも言ってやったらどうだ?」

 

「うーん。いいね、それ最高」

 

 ふざけて言ったつもりの言葉だったが、黛先輩は少し考えてからメモに何やら書き込み始めた。

 

「なんだよ、それ! ただのナルシストじゃねえか!」

 

「はっはっはっ! 冗談だ冗談。本気にするな」

 

「あはは。織斑くんって本当にからかうと面白いわねー。たっちゃんの言う通りだわ」

 

「やめてくださいよ、本当に……。ウィルもだからな! タチわりぃぞ!」

 

「悪かったよ。あとでメシ(おご)ってやっから――」

 

 そう言ってヒラヒラと手を振った時だった。

 

 ――ズドォオオオオンッ!!

 

「「「!?」」」

 

 突然、地震が起きたかのように大きな揺れが襲う。

 

「きゃあっ……!?」

 

「危ない!」

 

 連続して続く振動に、黛先輩が姿勢を崩す。

 壁に体をぶつけそうになる先輩を、一夏は反射的に腕を引いて抱き寄せた。

 

「おい! 2人とも大丈夫か!?」

 

「ああ。先輩は大丈夫ですか?」

 

「う、うん。それより……何が起きているの……?」

 

 バシャンッ! と派手な音を立てて、廊下の電灯が全て赤に変わる。続けて、あちこちに浮かんだディスプレイが『非常事態警報発令』の文字を告げていた。

 

『全生徒は地下シェルターへ退避! 繰り返す、全生徒は――きゃあああっ!?』

 

 緊急放送をしていた教師の声が突然途切れる。

 続けて、また大きな衝撃が校舎を揺らした。これは、この感覚は……。

 今朝に見た悪夢が、――かつての惨劇の記憶がフラッシュバックする。

 

「(『あの時』と同じだッ……!!)」

 

 ▽

 

「織斑先生!」

 

 廊下を走っていた真耶は、やっとのことで千冬を見つけた。

 

「山田先生、状況は? 何が起こっている?」

 

「しゅ、襲撃です! こ、この画像を見てください!」

 

 息を切らしながら、真耶は携帯端末を取り出す。そこには数秒前のアリーナ・カメラで確認された『敵』の姿が克明に写っていた。

 

「こいつは……!?」

 

「は、はい! 以前現れた無人機と同じもの――いえ、発展機だと思われます!」

 

 携帯端末の画面に写し出されているのは、禍々(まがまが)しい姿をした機体だった。

 その無人機は、名を【ゴーレムⅢ】という。

 以前現れた【ゴーレムⅠ】よりも遥かに強化されたそれは、シルエットも大幅に変更されていた。

 鉄の巨人といった体躯(たいく)の【ゴーレムⅠ】に対し、【ゴーレムⅢ】は鋼の乙女といった容姿である。黒いマネキン、といってもいいだろう。

 真っ黒な装甲はスマートに整形され、女性的なシルエットを描き出している。

 複眼レンズだった頭部は、より視野を広く取るためだろう、バイザー型ライン・アイに置き換えられ、羊の巻き角のようなハイパーセンサーが前に突き出ていた。

 そして最も大きく変更されているところは、両腕だった。

 右腕は(ひじ)から先が巨大ブレードになっており、高い格闘性能を有している。

 反対に左腕は、そこだけが【ゴーレムⅠ】の意匠(いしょう)のままで、巨腕になっている。しかし、改良を施したその腕には、(てのひら)に超高密度圧縮熱線を放つ砲口が4つ、まるで地獄の穴のようにポッカリと開いていた。

 

「(以前、更識から報告のあった機体に似ている。亡国機業か……!)」

 

 以前、というのはキャノンボール・ファスト襲撃事件のこと。

 その際に楯無がこの【ゴーレムⅢ】のプロトタイプと交戦をしているのだが、結局自爆されてしまったため、学園側はこの無人機の情報を十分に得られないでいた。

 

「数は?」

 

「5機です! 各アリーナのピットに上空からの超高速降下によって出現、待機中だった専用機持ちの生徒が襲われています! それと、それに便乗するようにして接近する4つの機影も確認しました!」

 

 そこまで真耶の話を聞いて、千冬は忌々(いまいま)しげに顔を歪める。

 

「クソッ……早すぎる……。まだ『あいつ』は出せない……」

 

「え?」

 

 ボソリとした呟きに、真耶が反応する。

 しかし、その独り言は思わず漏れてしまったというものだったらしく、千冬は口を閉ざした。らしくないと言えば、らしくない焦り方である。

 

「お、織斑先生! 私達はどうしたら!?」

 

 真耶は懇願するように千冬を見上げる。

 IS学園において『予測外事態の対処における実質的な指揮』は、全て千冬に一任されている。それはもちろん、かつて世界最強の称号『ブリュンヒルデ』を冠したことに起因していた。

 

「各セクションの状況は?」

 

「前回と同じく、最高レベルでロックされています」

 

「分かった。教師は生徒の避難を優先。同時にシステムにアクセスしてロックを解除しろ。戦闘教員は全員が突入用意、装備はレベルⅢでツーマンセルを基本に拠点防衛布陣を()け!」

 

「接近中の不明機4機はどうしますか?」

 

「適任に心当たりがある。私は第4アリーナの管制室へ向かう、山田先生は急ぎ出撃準備を!」

 

「りょ、了解!」

 

 真耶は背筋を伸ばしてそう答えると、自分の機体を取りに格納庫へと走り出した。

 その背中を見送ってから、千冬は思い切り壁を殴りつける。

 

「やってくれるな……。だが、甘く見るなよ」

 

 その目に怒りの炎を宿しながら、小さく――しかし、はっきりとした声でそう呟いた千冬は第4アリーナ管制室へと駆け出した。

 

 ▽

 

 断続的な揺れが襲う中、俺と一夏は第4アリーナの廊下を全速力で走っていた。

 敵の規模は分からないが、少なくとも強力な兵器を搭載していることは間違いないだろう。

 

「ウィル! あと少しで出口だ! 走れ!」

 

「ああ! もう走ってる!」

 

 ――と、その時だった。

 

「「なっ……!?」」

 

 ズドォオオオンッ!! と、ひときわ強い衝撃が廊下を揺らし、天井が崩れて俺の頭上に降り注ぐ。

 どうやら、すぐ真上に攻撃が当たったことで崩落したようだった。

 

「くっ!」

 

 咄嗟(とっさ)に体を後ろに(ひね)り、飛び込むような姿勢で緊急回避する。

 (さいわ)いにも瓦礫(がれき)に押し潰されることはなかったが、外への出口を絶たれてしまった。

 

《ウィル! ウィル!! 大丈夫か!?》

 

 ISのプライベート・チャネルから俺の安否を確認する一夏の声が響く。

 

「ああ、大丈夫だ。取り敢えずお前はそのまままっすぐ外へ出ろ。俺は別のルートを探す」

 

《分かった! 気を付けろよ!》

 

「お前もな」

 

 そう言って通信を切り、俺は元来た道を引き返す。

 

「クソッ、迷路みたいに入り組みやがって!」

 

 外に繋がる道は全て遮蔽扉(しゃへいとびら)が下りており、一向に出口が見つからない。

 

「ここもか!? ちくしょう!」

 

 堅く閉ざされた遮蔽扉をガンッと殴りながら悪態をついていると、またもやISのプライベート・チャネルに連絡が入った。

 

《ホーキンス、聞こえるか? 私だ。今第4アリーナの管制室から通信している》

 

「織斑先生……? はい、聞こえています」

 

《よし、急いでアリーナ・ピットまで上がってこい。詳しくはそこで説明する》

 

「い、イエス・ミス!」

 

 そう返事をしながら、俺はピットまで続くエレベーターの前で立ち止まる。

 ――が、システムロックがかけられているようでエレベーターは動きそうもない。ということは、つまり……。

 

「これを上がってくしかないよな……!」

 

 ふうっ、と短く息を吐いてから、俺はエレベーターに隣接された階段を2段飛ばしで上がって行く。

 それからまたピットまでの道のりを走って曲がって、そうしてようやく目的地にたどり着いたのだった。

 

「つ、着いた……!」

 

「来たか、ホーキンス」

 

「はぁ、はぁ、遅くなりました」

 

 ゼーハーと肩で息をしながら、俺は織斑先生から現在の状況説明を受ける。

 襲撃してきたのは以前現れた無人機の改良発展型で、それが専用機持ちを襲っているということを。

 また、それらに加えて4機の不明機が学園に向かって来ているということを。

 

「お前にはこの4機の対処を任せたい。すでに学園側から何度も呼びかけているが、いずれも返答は無しとのことだ」

 

「つまり、撃墜しても構わないということですね?」

 

「学園上層部からの許可は下りている。速やかにISを展開してカタパルトに接続しろ」

 

 その言葉に首肯(しゅこう)すると、早速ドッグタグを握りしめてISの展開に集中する。

 光の粒子が集まって装甲を形成していき、俺の体を包み込む。

 

 カチッ、キュゥゥィィィイイイイン……!!

 

【バスター・イーグル】の展開が完了するとほぼ同時にジェットエンジンを始動させる。

 徐々に出力を上げていくこの聞き慣れたエンジン音が、これから始まる『戦闘』を俺に強く意識させた。

 

「(行くぞ、相棒。目を覚ませ)」

 

 必要最低限のシステムチェックだけを済ませてカタパルトに足を固定すると、インカムを着けた織斑先生から通信が入る。

 

《システムクラック班に連絡したところ、一瞬であればピット・ゲートの封鎖を解除できるそうだ》

 

「分かりました。準備完了と伝えてください」

 

《よし。――やってくれ》

 

 織斑先生がそう告げると、ゴゴンッと重々しい音を立ててピット・ゲートの分厚いシャッターが開き始めた。

 わずかに覗く隙間から外の光が差し込む。

 

「……………」

 

 シグナルランプの赤い光が『Stand-by(待機せよ)』から『Ready(用意せよ)』に変わった。

 温まってきたジェットエンジンがノズルから轟音を上げながら高温高圧のガスを大量に吐き出す。

 

《ホーキンス》

 

「? 何でしょう?」

 

《頼んだぞ》

 

「イエス・ミス。お任せを」

 

 シグナルランプが『GO!(発進)』と、緑色の文字を点灯させる。

 直後、俺と【バスター・イーグル】は滑るようにしてピット・ゲートから射ち出された。

 

「(来るなら来い……! 貴様らがその気なら受けて立ってやる……!)」

 


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