インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
「ぅ……………」
ぼんやりとした意識のまま、俺はゆっくりと2回まばたきをする。
白い天井が夕日のオレンジに染まっていた。
「うん?」
ふと右腕に重さを感じて、視線を感触のある方に向ける。
ずっと
「(……ここは……?)」
見たところ学園の医療室だろうか。
まだ意識がはっきりとしない俺は、覚えている限りの記憶を呼び起こす。
……そうだそうだ。ラウラに運んでもらって、ここで治療を受けたんだった。そこから先は完全に記憶が無いので、恐らく薬の副作用で眠ってしまったのだろう。
「…………」
「お前さんのおかげで命拾いしたよ……」
俺の腕を枕にして寝息を立てるラウラの頭に手を置いて、そっと撫でた。
絹のようにサラサラとした髪がなんとも心地よい手触りで、ついつい撫でる手が止まらなくなってしまう。
「ん…………」
頭の触感に眠りを妨げられたのか、小さく声を上げながら薄くまぶたを開くラウラ。
「おっと」
サッと左手を下げて毛布の中に隠し、俺は眠そうに目をこするラウラに声をかけた。
「悪い、起こしちまったな」
「構わん。それより具合はどうだ? どこか体に違和感はないか?」
ついさっきまで寝ていたのがウソであるかのように、いつも通りの様子のラウラがそう問うてくる。
そんな彼女に、俺は軽口を交えて笑いながら答えた。
「いや、何とも。――誰かさんの枕にされて右腕が少し
そう言って視線を下にやれば、つられて目を向けたラウラが「あっ」と小さく呟いて顔を赤くする。
――が、何を思ったのかラウラは手を離すどころか握る力をさらに込めた。
「えっ……。あの、ラウラさん……?」
別段痛いわけではないのだが、いつものラウラらしからぬ行動に俺は
「ふ、ふんっ。その程度の痺れくらい我慢しろ」
「あっ、はい」
プイッと顔をそっぽ向かせたラウラの言葉は冷たいが、握られた右手は優しい温かさに包まれていた。
それから俺もラウラも無言のまま、しばしの時が流れる。
「(医療室で2人きり、か。なんだか学年別トーナメントを思い出すな)」
まあ、今は当時と逆の立場になっているわけだが。
「(……それにしても)」
こうも沈黙が続くと、さすがに気分が落ち着かなくてしょうがない。普段の俺達ならばこういった無言のやり取りというのも好きなのだが、
俺は理由不明の
「ウィル……」
不意にラウラが口を開く。
「お、おう。どうした?」
「その、だな……」
ラウラは一度俺の手を離し、それから視線を何度も行ったり来たりさせながらゆっくりと言葉を続けた。
「あ、あの時、お前が口にしていたこと、なのだが……」
「ん?」
あの時……。あの時? あの時って、どの時?
ラウラの言葉に当てはまるシーンを脳内ストレージから探すが、その答えが見当たらなくて俺は首をかしげる。
「スマン、ラウラ。もう少し具体的に言ってくれると助かる」
「そ、それは……」
余程口にしづらい内容だったのか、ラウラは何度もためらったあと、思い切ったように告げてきた。
「お、お前がっ、私に……ほ、ほ、
「んぐっ……!?」
不意打ちに驚いて変な息の吸い方をしてしまい、思わずむせ返ってしまう。あの時って、その時のことか……!
それはファルケンにトドメを刺した直後のこと。俺は
「そ、そう――だったな……」
つい
ここで逃げて、ここで伝えなくて、いったいいつ伝えるというんだ。
「あの言葉は……本当、なのか……?」
恐る恐るといった様子でラウラは訊ねてくる。
「(――言わなければ――)」
覚悟を決める。
俺は深呼吸をしてから、すっかり乾ききった口を必死に動かして言葉を口にした。
「…………ああ。俺はラウラのことが、1人の女性として好きだ」
「……!!」
ラウラの瞳が大きく見開かれる。
「確信したのは、誕生日パーティーでお前にプレゼントを渡された時だった。けどまあ、俺は鈍い奴だから、本当はもっと前からだったんだと思う」
振り返ってみれば、それは学年別トーナメントの日。ラウラの笑った顔を初めて見たその時から、俺の目には彼女が周りと比べてどこか輝いているように見えた。
当時の俺はその理由が何なのか検討もつかなかったが、今なら言える。
――俺はあの時、ラウラに一目惚れしてしまったのだ、と。
それからラウラと毎日を過ごして、彼女の意外な一面や時折見せる可愛らしい姿に
「気づくと同時にこうも思ったんだ。――これからも、その先も、俺はラウラと一緒にいたいってな。だ、だから……」
バクンバクン、と心臓は激しく鼓動し、握りしめた両の拳が小刻みに震える。もし断られたら、そう思うと怖くて仕方がない。
だがそれでも、伝えなければ。ここまで来た以上、もう止められない。引き返すことはできない。
意を決した俺はもう1度深呼吸をはさんでから、ラウラの目を見て言葉を
「だから、これからは恋人として、俺と一緒の時を過ごしてくれないだろうか……?」
言い切った。我ながら痛い台詞だったと今になって思うが、想いを伝えることはできた。あとは……ラウラからの返事を待つだけ。
たった数秒の
「……………」
ガタッと、無言のままイスから立ち上がるラウラ。その表情は逆光のせいでうかがえない。
「(もし、これで
そんなネガティブな思考を脳裏に浮かばせては、それを必死に振り払う。
「言うのが遅すぎだ。バカっ……!」
さっきまで無言だったラウラがボソリと呟いた、その直後の出来事だった。
突然、
「んっ……!」
「!?!?!?」
視界いっぱいに映るラウラの顔。
遅れて、自分は今ラウラにキスをされているんだ、と理解した。
「ッ~~~、プハッ……!」
酸欠気味になってきた頃合いでラウラの唇が離れていき、俺は肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
同じく酸欠を起こしたのだろう、顔を真っ赤にしたラウラは肩を激しく上下させていた。
「ら、ら、ラウラっ、今のはっ……!?」
突然のことに頭がついて行かないながらも何とか言葉を
「こ、これがお前への『答え』だっ!!」
言うだけ言って、ラウラは
タタタタッ……という廊下を駆ける音だけが、異様に大きく聞こえた。
「(あ、あれって、つまり
ポツンと1人取り残された部屋の中、俺は頭の中でつい先ほどのシーンを再生させる。
「(そう解釈してしまっても……良いんだよな……!?)」
込み上げる感情に、思わずベッドの上で飛び跳ねそうになる。なんなら部屋中をスキップして回りたいくらいだ。
「ッッ~~~~~!!!
小さくガッツポーズをキメた瞬間、傷口が痛んでうずくまってしまう。怪我人なのだから当然だ。
しかしそれでも、こうして喜ばずにはいられないほど、俺の心は晴れやかな気分だった。
▽
「(や、やってしまった……!)」
廊下を全速力でダッシュしながら、ラウラは耳まで真っ赤になっていた。
――私を助けてくれたウィル。
――私の目を
――私が好きになってしまったウィル。
そんな彼に想いを告げられ、思わずキスで応えてしまった。
「っ……!」
ただでさえ初めての恋だったというのに、その想い人からの告白にラウラは大混乱だ。
頭の中では黒ウサギがグルグルと走り回っている。
「(な、何が『お前への答え』だっ! 誇り高きドイツ軍人が、あ、あんなふしだらな……!)」
と、そこでラウラは「ん?」と引っ掛かりを覚えた。
「……あっ」
そういえば、トーナメント戦の翌日にもウィリアムの唇を奪ってしまっていたのだった。しかも、本人を前に『嫁宣言』までして。
「うぅ~……!!」
その時を思い返して、ラウラの顔はさらに赤く、走る速度も増していく。
――もちろん、これらの行動は副官であるクラリッサの発案に従っただけなのだが……。
そうして過去最短時間で自室に帰り着いたラウラは、ドアを閉めるやベッドに飛び込んだ。
「……………」
赤くなった顔を隠すように枕に押し付けながら、告白のシーンを思い出す。
『俺はラウラのことが、1人の女性として好きだ』
その言葉を繰り返すたびに口元が
なにせ、あの『エース・オブ・唐変木』ウィリアムから、聞き間違えようのない告白をされたのだ。嬉しくないはずがない。
「そ、そうだ……」
思い出したように、ラウラはISのプライベート・チャネルを開く。
その通信先の相手とは……。
《――受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です》
▽
「……………」
IS学園、地下特別区画――。
教師でさえ一部の人間しか知らないその場所で、
「少し休憩したらどうだ?」
「あ……。織斑先生」
部屋に入ってきた千冬は、真耶に缶ジュースを投げて渡す。
差し入れのロイヤルミルクティーに口を付けながら、真耶はディスプレイに解析結果を表示させた。
「見てください。やはり、以前現れた無人機――ゴーレムの発展機で間違いありません」
「ふむ……。もう1機、例の無人
「はい。そちらの方は既存のターミネーターには見られない技術が多数盛り込まれていました。――それと、もう1つ発見が」
「何だ?」
「これらの無人機ですが、
「……送信先は?」
「残念ながら、そこまでは……。すみません」
「いや、お前が謝ることではない」
申し訳なさそうに頭を下げる真耶にそう告げて、千冬は台座に寝かされた【ゴーレムⅢ】と【ファルケン】の残骸に視線を移す。
「……報告では、こいつらはISのシールドバリアー展開を妨害した、そうだったな?」
「はい。周囲にジャミングを張り、その範囲内にいたISはシールドバリアー発生機能が一時的に
腕を組んで少し考えたあと、千冬は再び口を開いた。
「そのシールドバリアー妨害機能だが、政府には内密にしておけ。このような技術が世に出回れば、ISを使った戦争が現実に起きかねん」
「分かりました。この残骸はどうしますか?」
「部品レベルにまで分解した上で、完全に処分しろ」
短く言い切ってから、千冬はまた思考する。
「(こんなことができるのは、私の知る限り2人しかいない……)」
1人目・ISの生みの親にして古くからの親友――は、すぐさま候補から除外する。
あいつは確かに変わり者だが、例え悪ふざけであったとしても決してこのようなことをやる奴ではない。
……だとすれば、残る候補は1人しかいない。いや、
「……………」
千冬はその人物の顔を思い浮かべて苦々しい表情を浮かべる。
奴ならやりかねない。あの男は自分以外を
「織斑先生……」
「っ! あ、あぁ、どうした?」
「顔色が優れないようだったので。大丈夫ですか……?」
真耶の言葉に思わずキョトンとしてしまう。どうやら表情に出してしまっていたらしい。
千冬は「しまった……」と心の中で呟いて、それから真耶の不安げな表情に対してわざと明るく答えた。
「おいおい、そんな顔をするな。ちょっと考え事をしていただけだ」
「そうですか……。あまり無理なさらないでくださいね」
「分かっているさ」
だがしかし。
「(また同じようなことを奴が
――例え命を
▽
「……肉が食いたい」
学園襲撃事件から一夜が明け、俺は医療室のベッドでそんなことをボヤいていた。
「ちくしょー、血が足りないせいか?」
どうにも今朝から肉料理への欲求がすさまじい。何というか、本能的に体が鉄分を欲しているのだ。
ちなみに今日の朝飯は消化のいい煮物料理だった。美味しくはあったんだが、やはり俺には物足りない。
「(入院生活でなけりゃ、学食で
診察によると、全身に10箇所の打撲と左肩にヒビ、右足に
まあ、入院させられるのは自然な流れだ。
「(むしろ、昨日の今日でまともに腹を空かせている方がおかしいのかもな。ははっ、はぁ……)」
コンコン
「失礼します!」
ドアのノックが聞こえて、人が入ってくる。
「ああ、おはようございます。山田先生」
「はい、おはようございます!」
入って来たのは山田先生だった。今日はえらく機嫌がいいように見えるが、目の下の
機嫌がいい、というよりは眠気を通り越してハイテンションになってるのか。
「あれからお加減はいかがですか?」
「そうですね……体に悪そうな物をたらふく食べたい気分、ですかね?」
「その気持ち分かります。病院食って味気ないというか、ちょっと物足りないですもんね」
そう、そうなんだよなぁ。さすが山田先生、話の分かるお方だ。
「ところで、先生は何かご用事があって
へ?」
「あっ、そうでした。ホーキンスくん!」
「はい」
「取り調べです!」
「……はい?」
ちょっと待ってくれ。今、取り調べって言われなかったか?
「えっと……自分に何か容疑がかけられているんですか?」
「? いえ、昨日の戦闘に関わった専用機持ちへの聞き取り調査ですが……」
なんだ、そういうことか。身に覚えのない容疑で拘束されるのかと思ってヒヤヒヤしたじゃないか。
「分かりました。何時からですか?」
「今から15分後に生徒指導室で始めます」
15分? こりゃ少し急がないとな。
一応自力で歩けはするが、今の状態で生徒指導室まで歩くとなると少しかかる。
「あ、無理に急がなくても大丈夫ですよ。ゆっくりご自身のペースで歩いてくださいね」
おぉう、まさか山田先生もエスパーだったとは知らなかったぜ。
「あはは……では、そうさせていただきます」
「じゃあ、ホーキンスくん。先生は他の方々にも伝えに行くので失礼しますね」
用件を終えた山田先生は、タッタッタッと
さて、まずは着替えるか。これがまだ一苦労なんだよなぁ。
「ま、ボヤいても仕方ないか」
と、ベッドから出たところで、またコンコンとドアがノックされた。
ん? 何か伝え忘れだろうか?
「山田先生?」
「し、失礼する……」
ドアを開けて入ってきたのは山田先生ではなく、なんとラウラだった。
「お、おぉ。ラウラじゃないか。ど、どうした?」
「う、うむ。……これから昨日の件で専用機持ちへの事情聴取があるのは知っているか?」
俺もラウラも、昨日の出来事が出来事だけにお互い会話がぎこちなく、辺りに気まずい雰囲気が流れる。
「ああ。その話ならさっき山田先生から聞いたが、それがどうかしたのか?」
「まあ、なんだ……。1人で行くのも
え? ということは、つまりラウラがここへ来たのは……。
「わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「……………」
どうやら当たりだったらしい。ラウラは
そんな彼女の優しさがたまらなく嬉しくて、つい「ふふっ」と笑みをこぼしてしまう。そのおかげかは知らないが、さっきまでの緊張も少し
「ラウラ」
「な、何だ?」
「ありがとな」
「ッ~~~!?」
ボフンッ! と何かが爆発して、ラウラの顔がみるみるリンゴのように赤くなっていく。
なんだ? まだ面と向かって礼を言われ慣れていなかったのか?
「い、いいからさっさと準備しろ!」
「(でも、そこもまたラウラの可愛い所なんだよなぁ)」
と、そんなことを考えて独り
おっと、こりゃマズイ。
「それじゃあ上着
そうラウラに告げて、サイドテーブルに置かれた上着を引っ掴んで患者服の上から羽織る。
「待たせたな。じゃあ、行くか」
「ま、まったくっ。狙ってやっているのか、こいつは……」
「? 何か言ったか?」
「な、何でもない! 早く行くぞ!」
「はいはい。分かったから、そう
いつもよりゆっくりとしたペースで、俺とラウラは生徒指導室へ向けて歩を進めるのであった。