インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

68 / 73
66話 IS学園防衛戦線

「では、状況を説明する」

 

 IS学園地下特別区画、オペレーションルーム。

 本来なら生徒の誰1人として例外なく知ることのない場所に、現在学園にいる専用機持ち全員が集められていた。

 ウィリアム、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、楯無が立って並んでいる。その前には、千冬と真耶だけがいた。

 このオペレーションルームは完全に独立した電源で動いているらしく、ディスプレイはちゃんと情報を表示している。ただし、空中投影型ではない旧式のディスプレイだったが。

 

「(まるで冷戦時代の核シェルターだな……)」

 

 チラリと周囲に軽く視線をやりながらウィリアムは内心で呟く。

 

にしても、こんなエリアがあったなんてね……

 

ええ。いささか驚きましたわ……

 

 同じく室内を見渡しながら鈴とセシリアが呟いていると、すかさず千冬に注意を受けてしまった。

 

「静かにしろ! (ファン)! オルコット! 状況説明の途中だぞ!」

 

「は、はいぃっ!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 千冬の怒号で、鈴とセシリアのヒソヒソ話は中断される。

 それから改めて、真耶が表示情報を拡大して全員に説明を始めた。

 

「現在、IS学園では全てのシステムがダウンしています。これらは何らかの電子的攻撃……つまり、ハッキングを受けているものだと断定します」

 

 真耶の声も、いつもより堅さがある。どうやら、この特別区画に生徒を入れることは、かなりの緊急事態のようだった。

 

「今のところ生徒に被害は出ていません。防壁によって閉じ込められることはあっても、命に別状があるようなことはありません」

 

 今のところは、ですが……と真耶は真剣な表情で続ける。

 

「現状について質問はありますか?」

 

「はい」

 

 ラウラが挙手する。相変わらず、現役軍人は有事の際に行動が機敏なのだった。

 

「IS学園は独立したシステムで動いていると聞きましたが、それがハッキングされることなどあり得るのでしょうか?」

 

「そ、それは……」

 

 困ったように真耶が視線を横に動かす。それを受けて、千冬が口を開いた。

 

「現に学園はこの有り様だ。敵はかなりの設備と優秀な人員を揃えていると見ていいだろう」

 

 そう淡々と答える千冬だが、内心苦虫を噛み潰したような気分であることは間違いなかった。

 

「敵の目的は?」

 

「それが分かれば苦労はしない」

 

 確かにそうかと、ラウラは質問を終える。

 

「はい、先生」

 

 次に手を挙げたのはウィリアムだった。経験上こういった緊急事態に慣ている彼は、予め決めていた質問を1つだけ投げ掛けた。

 

「システムハックを受け、電力その他がダウンしているということは、学園を覆うシールドバリアーは?」

 

 その問いに千冬は(しぶ)い顔を浮かべながら答えた。

 

「完全に無力化されている。今のIS学園は丸裸も同然だ」

 

「やってくれるな……」

 

 溜め息混じりに呟くウィリアム。

 その後、他に挙手する者がいなかったので、真耶は作戦内容の説明へと移行した。

 

「それでは、これから篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動、そこでISコア・ネットワーク経由で電脳ダイブをしていただきます。更識 簪は皆さんのバックアップをお願いします」

 

 スラスラと真耶が告げる。しかし、それに対する専用機持ち達の反応は静かなものだった。

 

「「「……………」」」

 

「あれ? どうしたんですか、皆さん」

 

 キョトンとしている真耶の前に、楯無以外の全員がポカンとしていた。

 

「「「で、電脳ダイブ!?」」」

 

「って、聞いたことはあるが……」

 

 驚愕に声を上げる専用機持ち一同。その中でウィリアムだけは眉をひそめている。

 

「はい。理論上可能なのは分かっていますよね? ISの操縦者保護神経バイパスから電脳世界へと仮想可視化しての進入ができる……あれは、理論上ではありません。実際のところ、アラスカ条約で規制されていますが、現時点では特例に該当するケース4であるため、許可されます」

 

「そ、そういうことを聞いているんじゃなくて!」

 

 鈴がブンブンと握り拳を縦に振る。

 

「そうですわ! 電脳ダイブというのは、もしかして、あの――」

 

 セシリアが困惑気味にしゃべると、それにシャルロットが続けた。

 

「個人の意識をISの同調機能とナノマシンの信号伝達によって、電脳世界へと進入させる――」

 

「聞けば聞くほどSF映画みたいな話だな。逆に頭の中いじくられたりしないのか、それ……」

 

 あからさまに顔をしかめながら、心配を口にするウィリアム。

 

「それ自体に危険性はない。しかし、まずメリットがないはずだ。どんなコンピューターであれ、ISの電脳ダイブを行うよりもソフトかハードか、あるいはその両方をいじった方が早い」

 

 ラウラのもっともな言い分に、簪が付け加える。

 

「しかも……電脳ダイブ中は、操縦者が無防備……。何かあったら、困るかと……」

 

 最後に箒が全員の意見を代弁した。

 

「それに、1箇所に専用機持ちを集めるというのは、やっぱり危険ではないでしょうか」

 

 それらの意見を全て聞いてから、千冬はキッパリとした口調で告げた。

 

「ダメだ。外部から干渉できないよう、犯人はあらかじめ細工を施していた。従って、この作戦は電脳ダイブによるシステム侵入者への直接攻撃及び排除が絶対となる。無理強いはせん。嫌ならば、辞退しても構わん」

 

 卑怯な言い方だとは千冬も分かっていた。

 もしこれで全員が辞退を選んだならば、無防備に晒されたIS学園がどうなるかはみんなが理解している。

 だからこそ――

 

「選択肢なんて始めから決まってるようなものじゃない」

 

「ええ。わたくし達以外に動ける人がいないのであれば」

 

「できるよね。ラウラ?」

 

「ああ、無論だ。お前はどうだ、ウィル?」

 

「おいおい。今さら訊く必要あるか?」

 

「ベストを尽くす……」

 

「やるからには成功させねばな」

 

 互いにうなずき合ってから、一同は千冬へと向き直った。

 

「よし。それでは電脳ダイブを始めるため、各人はアクセスルームへ移動。更識 楯無とホーキンスはここに残れ。これより作戦を開始する!」

 

 その(げき)を受けて、ラウラ達はオペレーションルームを出る。

 あとに残ったのは、千冬と真耶。そして、楯無とウィリアムだった。

 

「さて、お前達には別の任務に当たってもらう」

 

「なんなりと」

「イエス・ミス」

 

 楯無がいつものおちゃらけはゼロで静かにうなずき、ウィリアムは本職の軍人然とした(たたず)まいで千冬の言葉を待つ。

 

「恐らく、このシステムダウンに乗じて、犯人と同一の勢力が学園内部に侵入してくるだろう」

 

「敵――、ですね」

 

「間違いなく来るでしょうね。ただシステムをダウンさせるだけで終わるはずがない」

 

 敵はこの混乱に乗じて学園内部への侵入を(くわだ)てている。千冬はそう睨んでいた。

 

「そうだ。今のあいつらは戦えない。悪いが、頼らせてもらう」

 

「任されましょう」

 

「お任せください」

 

「ホーキンス、お前の任務は学園上空からの監視及び敵勢力の排除だ。準備ができ次第、すぐ空へ上がれ」

 

「イエス・ミス!」

 

 背筋をピンッと伸ばして返事をしたウィリアムは、駆け足でオペレーションルームを出て行く。

 その後ろ姿をしばし見送ってから、千冬は楯無へと視線を移した。

 

「お前には厳しい防衛戦になるな。更識」

 

「ご心配なく。これでも私、生徒会長ですから」

 

 そう言って不敵に微笑んでみせるが、千冬の顔色は変わらない。

 

「しかし、お前のISは先日の一件で浅くないダメージを負っただろう。まだ回復しきってもいないはずだ」

 

「ええ。けれど私は更識 楯無。こういう状況下での戦い方も、分かっています」

 

 生徒の長として、1歩たりとも引きはしない。

 その強い決意が双眸(そうぼう)の奥に見えて、千冬はふうっと溜め息をついた。

 それから真っ直ぐに楯無を見つめて、一言告げる。

 

「では、任せた」

 

 楯無はペコリとお辞儀をして、オペレーションルームを出て行く。

 その姿がドアに閉ざされてから、千冬と真耶は重い口を開いた。

 

「私達は何をしているんだ……。守るべき生徒達に戦わせて、私達は……」

 

「織斑先生……」

 

 仕方がない、とは言わない。言ってはいけない。

 生徒を……子供を戦場に立たせるなど、どんな事情であっても許されない。

 それは千冬にとっても真耶にとっても譲れない一線だった。

 

「さあ、ぼんやりしている暇はないぞ。我々には我々の仕事がある」

 

「はい!」

 

 そうして千冬も真耶も、ある準備へと取りかかった。

 

 ▽

 

「……………」

 

 ギュウッと、ブーツのベルトを締める。

 黒ずくめの、まるで忍者のようなボディースーツを着た千冬が顔を上げる。

 視線の先にはIS用物理サーベルをさらに細くした、(かたな)と呼べるものがズラリと6本、(さや)に収まった状態で立て掛けられている。

 それを太腿(ふともも)のホルスターに通すと、異形のサムライが出来上がった。

 

「この髪型にするのも久しぶりだな」

 

 そう言って髪を、キュッと(ひも)でくくる。

 ポニーテールの千冬は、さらに両手にIS刀を持った。

 

《織斑先生、聞こえますか?》

 

「どうした?」

 

 突然のウィリアムからの通信に、千冬はわずかに眉をひそめながら応える。

 

《本土と学園を繋ぐ橋梁(きょうりょう)上に大型のトレーラー1台を視認。今日、学園に物品の納入予定はありましたか?》

 

「……いや、ない」

 

 千冬の目が鋭さを増す。

 来校予定に無いはずの車両が、このようなタイミングでやって来る。それはつまり、敵勢力の襲来に他ならなかった。

 

《こちらの攻撃準備は完了しています》

 

「よし、攻撃を許可する」

 

《了解。――あー、それともう1つだけ》

 

「?」

 

《……最悪、道路をボロボロにしてしまっても?》

 

 インカム越しに聞こえたウィリアムの言葉に千冬は一瞬ポカンとして、それから思わず、ふっと笑ってしまう。

 わざとやっているのだろうか? 冗談にも聞こえるその台詞に、しかし、緊張が和らいでいくような気がした。

 

「構わん。事後処理は私と山田先生でやっておく」

 

 自分のいない所で勝手に巻き込まれる真耶だった。

 

《ははっ、よろしくお願いします》

 

 それでは、の言葉を最後にウィリアムとの交信が終了し、表情を引き締め直した千冬は歩を前進させる。

 このまま教え子達だけを戦わせるわけにはいかない。教師として、――人として。

 

「――行くか」

 

 パシュッとドアが開く。

 暗闇から暗闇へと、足元の非常灯だけが千冬の姿を照らしていた。

 

 ▽

 

「さて、と」

 

 楯無は破壊した防壁からヒョイッと抜け出ると、軽やかに着地した。

 

「全校生徒は大体の避難が終わったようだし、それならまあ、大丈夫ね」

 

 パッと扇子を開く楯無。そこには『迎賓(げいひん)』と書かれている。

 お迎えするのは、笑顔ではなく鉄拳だが。

 

「あら?」

 

 遠くまで真っ直ぐ続く廊下。そこには何も見えない。足音もしない。しかし、何かがいる(・・・ ・・・・・)

 

「こんなに早く接触だなんて。私ってば運命因果に愛された女かしら」

 

 プシッ、プシップシッ

 

 短く音が鳴り、特殊合金製の弾丸が楯無に飛んでくる。

 しかし、それらは全て楯無の目の前で止まった。

 

「「「!?!?」」」

 

 見えない何者かから明らかな動揺が伝わってくる。

 光学迷彩で姿を隠しているようだが、空気中の振動から楯無にはお見通しであった。

 

「ふふん。なんちゃってAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)よ」

 

 実際には、正面にあらかじめIS【ミステリアス・レイディ】のアクア・ナノマシンを空中散布していたのだった。IS用の射撃武器ならいざ知らず、通常兵器の弾丸程度ならこうして容易(たやす)く遮ることができる。

 そもそも、姿の見えない『敵』に気づいたのも、このアクア・ナノマシンの機能の応用だった。

 音がなくとも姿がなくとも、そこにある以上必ず空気には触れる。その空気に感知粒子を混じらせておけば、見つけるのに苦労はしない。そして――

 

「ポチっとな」

 

 楯無がカチンと親指を閉じる。

 刹那、大爆発が廊下を飲み込んだ。

 

「【ミステリアス・レイディ】の技の1つ。『クリア・パッション』のお味はいかが?」

 

 こういった室内戦闘は、まさに【ミステリアス・レイディ】の独壇場だ。なにせ、ナノマシンの分布密度から流動まで、全てコントロールできるのだから

 しかも、光学迷彩に身を包んでいるとはいえ、相手は生身の人間である。例え本調子ではなくとも、相手になるはずがない。

 

「弱い者イジメみたいよねぇ」

 

 はぁ……っと溜め息をつく楯無。……しかし。

 

「うふふ。そういうのって大好き」

 

 ニコ~っと、魔性の女が微笑む。

 大体、ほとんどの生徒が非武装の女子校に乗り込んでくるような連中なのだ。大義名分は楯無にある。

 

「さあ、行くわよ。必殺、楯無ファイブ!」

 

 言うなり、その姿が5人に分かれる。

 ズララッと並んだ、制服姿にランスを装備した更識 楯無×5。

 

「まあ、【ミステリアス・レイディ】の機能なんだけどね」

 

 (すなわ)ち、5体の内いくつかはナノマシン・レンズによって作り出した幻であり、その他はアクア・ナノマシンによって製造した水人形だ。

 問題は、その内訳が分からないことだった。

 しかも、水入りの人形に至っては――

 

「どっかーん」

 

 爆発機能付きなのだ。おまけに水でできているので銃弾は効かない。

 

「ま、まずいぞ! このままじゃ――」

 

「ぬわーーっ!?」

 

「あちっ、あちゃちゃちゃちゃっ!? 火! 火ついてる! 火ついてるッ!!」

 

「ば、バカ! こっちくんじゃねえ!」

 

 訓練された兵士、それも完全武装した屈強な男達が次々にやられていく。

 応援要請に駆けつけた別の班も合流してきたが、一切楯無には歯が立たない。

 

「て、撤退! 撤退だぁーー!」

 

 これで16歳。しかも、機体も本人も本調子ではない。それでこの有り様なのだ。

 つくづく、ISというものの恐ろしさを実感させられる。

 

「うふふふ♪」

 

 爆炎の中、微笑む楯無の姿は、誰がどう見ても120%悪役だった。

 

 ▽

 

 同時刻。

 IS学園島と日本本土とを繋ぐ橋。片側3車線、全長4キロ超にもなる巨大な海上道路を1台の大型トレーラーが走行していた。

 

「よぉし! 全員、装備の最終点検をしろ!」

 

 トラックの助手席、そこに座ったリーダーらしき男が仲間にそう促す。

 乗員は全員が黒一色で統一された物々しい装備を身にまとい、手には銃が握られていた。

 

「おい、5.56ミリの予備マガジンを寄越せ」

「ピストルの安全装置(セーフティ)はかけたか? 暴発して自分の足を撃ったらシャレにならんぞ」

「なあ、タバコ持ってるか? 1本俺に分けてくれよ」

「このロケットランチャーは誰が持つんだ? しっかり点検しとかないと、いざって時に作動不良を起こすぞ」

 

 彼らの所属を示すような物は全て取り外してある。これは極秘作戦なのだ、相手に正体を嗅ぎ付けられては困る。

 

社長(ドン)の話では、依頼を完遂したらクライアントは俺達が一生遊んで暮らせる額の報酬を払うらしい」

 

 リーダーの言葉で車内に歓声が広がる。

 彼らは傭兵。依頼を受け、武器を持って戦い、報酬を得るのが生業(なりわい)

 今回も贔屓(ひいき)にしているという、とある組織からの依頼を受けてやって来たのだった。

 

「(IS学園襲撃と聞いた時はさすがに耳を疑ったが――なに、心配することはねえ。現在、専用機持ちはほとんどが行動不能もしくは不在。おまけに先行した部隊の中にはISだっている。俺達は学園の正門に陣取(じんど)って味方を回収し、あとはさっさとトンズラするだけだ)」

 

 まったく、こんな楽な仕事で稼いじまって大丈夫かよ、と口元をつり上げながらリーダーの男は目出し帽を被る。

 

「動く奴がいたら撃て! 動かなくても撃て! クライアントを喜ばせてガッツリ稼ぐぞ!」

 

「「「おう!!」」」

 

 野太い声が響き渡った、その直後だった。

 

 ィィィィィン……

 

「んぁ? なんの音だぁ?」

 

 傭兵の1人が甲高い異音に気づく。

 トラックのディーゼルエンジンとは明らかに違う音。それに耳を立てようと車窓を開けて頭を出す。

 

「何か……あ、そうだ。ジェットエン――」

 

 ィィィイイイイイイイイイン!!

 

 高く鋭い轟音とともに、いきなり灰色の機影が橋下から浮上してきた。

 トラックと並走するようにして飛ぶそれは、よく見ると頭部にサメを模したノーズアートが施されていて……。

 

「しゃっ、シャークマウスだぁ!!?」

 

 一瞬にして車内はパニックに包まれる。

 当然だ。シャークマウスといえば例のセカンドマン、つまり相手はIS。

 ただのトラックがISに勝てるはずもない。

 おまけに、そいつは翼下のハードポイントに8連装ロケット弾ポッドや40ミリオートキャノンを懸架(けんか)した重装仕様。それらを掃射されようものならひとたまりもない。

 そんなものが突然目の前に現れれば、取り乱しもするだろう。

 

「……やっぱり輸送車のなりすましだったか」

 

 シャークマウスことウィリアムは、トラックの乗員達をバイザー越しにジロリと睨み付ける。

 全員が配送業者ではないことを確認すると、右腕の機関砲『ブッシュマスター』をトラックのエンジンへと向けた。

 そして、トリガーを引こうとして……

 

「ッ!?」

 

 即座に機体を傾ける。

 大きく右に傾いた【バスター・イーグル】のすぐ脇をロケット弾が通過して行った。

 反射的に視線を向けると、リーダーの男が車窓から身を乗り出し、ロケットランチャーを構えていた。

 

「チッ、かわされたか。――全員、狼狽えるな!! こっちには『大物』があるのを忘れたのか!!」

 

 空になったランチャーを捨てながら男が怒鳴り、パニックを起こしていた他の兵士達は少しずつ威勢を取り戻していく。

 

「そ、そうだ。俺達にはあのデカブツがあるんだ!」

 

「おい! 早くあれを出せ! 敵は待っちゃくれねえぞ!」

 

「ブラボーチーム! お前らの出番だぞ!」

 

 1人が無線機で合図を送ると、直後にパパパパパンッ! と小さな爆発音が連続し、牽引(けんいん)していたコンテナの外装が爆発ボルトで弾け飛んだ。

 

「おぉい……ウソだろ、 マジかよ……」

 

 顔を引きつらせたウィリアムの口から、そんな言葉が漏れ出る。

 風通しのよくなった荷台にはアサルトライフルやスティンガー(携行式地対空ミサイル)を構えた傭兵達。

 

「バゼラード低高度防空システム……!」

 

 ――そして、8連装35ミリ対空砲までもが載せられていたからだ。

 

「へっへへへ。どうだ、驚いたか。鮫野郎」

 

 ギュィィン……ガチンッ。レーダーで目標を捕捉した機関砲が速やかに砲塔を旋回させる。

 対空対地を問わず絶大な威力を誇る35ミリ8本の砲身が対空目標(ウィリアム)を睨み、その照準器を(のぞ)きながら砲手が愉悦の笑みを浮かべた。

 

「小便は済ませたかァ? ビビってチビるなよォ」

 

Son of a bitch(このクソ野郎め)……!」

 

「鮫野郎をミンチにしてさらせェ!」

 

「ファックしてやるぜえええ!!」

 

 一切の慈悲はなく、リーダーの号令で傭兵達は一斉にトリガーを引いた。

 

 バガガガガガガガガガガガガガッ!!

 

 猛烈な炸裂音が轟き、いくつもの火線がウィリアムただ1人を狙う。

 

「うおおおお!? クソッタレぇぇぇぇ!!」

 

 悪態混じりの悲鳴を上げながらチャフ・フレアをありったけバラまき、ウィリアムはすぐさま橋下へと逃げ込んだ。

 

「クソッ! あの野郎、橋下に逃げ込んだぞ! おい、そっちからどうにかできるか!?」

 

「ダメだ! 下に逃げ込まれちゃこっちからも狙えない!」

 

「それは向こうも同じだ! だが、奴が次どこから出てくるかが分からん! 周囲への警戒を(おこた)るな!」

 

 お互いがお互いに手を出せないまま、しばし沈黙が流れる。

 ディーゼルエンジンの音に混じって聞こえるジェットの甲高い音が、未だ近くにウィリアムが(ひそ)んでいることを告げていた。

 

「(どこかの国から裏ルートで買ったのか? あいつらなんつう代物まで用意してやがるッ!)」

 

 当たれば即ハチの巣。おまけに自前の捜索レーダーで狙ってくるものだから厄介なことこの上ない。

 相手の射線に入らないよう海面スレスレを飛行しながら、ウィリアムは敵をどう攻めようか思案する。

 

「(こんな至近距離ではミサイルより機関砲の方が厄介だな。まずはあのデカブツを黙らせるのが最優先だが……)」

 

 ここで問題なのが、どこから、どのタイミングで奇襲を掛けるか。

 バゼラード対空砲はレーダーで周囲360度を常に監視している。おまけに、いざとなれば手動での照準もできるのでチャフによる電子妨害も大して意味がない。

 つまり、相手にレーダーでも肉眼でも見つからず、かつ速攻で叩く必要があるのだ。

 

「(しかし、そうなると俺と向こうとの間に壁でも(はさ)まない限り……いや、待てよ? たしかこの先には……)」

 

 そういえば、と何かを思い出したウィリアムは、それからニヤリと口端(こうたん)をつり上げた。

 

 ……

 ………

 …………

 

「あの鮫野郎、なかなか出て来ませんね……」

 

「何かを狙ってるのは確かだ。――ライフル班、バゼラードの死角をカバーしろ! スティンガー班はいつでも敵をロックできるようにしておけ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 そのまま走り続けること少し、景色のよく見える地点を抜けて、今度は道路の左右に並び立つ背の高い防風壁が見え始める。

 ここは海上道路であり、これは吹き抜ける突風に車が煽られないようにするための設備だった。

 

 バラララララララララッ!!

 

「「「!?!?」」」

 

 突然、重く響く炸裂音がして右側の防風壁に無数の大穴が開く。

 次の瞬間、飛来した40ミリ砲弾が積載トレーラーの片輪を破壊した。

 

「うおぉっ!?」

 

 ズタズタにされた車輪が軸から外れて転がっていく。

 荷台は火花を散らしながら大きく傾き、数人の傭兵が悲鳴を上げながら転げ落ちていった。

 

「くっ、やりやがったなぁ!!」

 

 仲間の(かたき)とばかりに防風壁に向かって機関砲を乱射するが、そこにすでにウィリアムの影はない。

 ならば後ろか! と即座に砲塔を旋回させてトリガーを引くが、しかし手応えがなかった。

 

「しまった!?」

 

 気づいた頃にはもう遅い。ウィリアムは左右に転換したわけではなく、ただ機体を降下させてタイミングを見計っていただけ。

 相手の姿が見えない(ゆえ)の焦り。そして、そこからくる憶測(おくそく)を利用されたのだった。

 

「なッッ……!?」

 

 またしてもあの発砲音が聞こえて、今度は砲弾によって路面が深く(えぐ)られる。

 その上をトレーラーが通過した直後、つい先ほど破壊された車軸が突っ張り、数トンはあろう荷台がグワンッと勢いよく跳ね上がった。

 

「う、うわあああああああ!?」

 

 衝撃で宙に打ち上げられる傭兵達。

 彼らはシャークマウスの――ウィリアムの恐ろしさを骨の(ずい)まで思い知らされながら、路面に叩きつけられて気を失うのであった。

 

 ▽

 

「ぶ、ブラボーチームが全滅!? 馬鹿なっ!」

 

「積載車ごと吹っ飛んでる!」

 

「トレーラーヘッドには大した装備は積んでないぞ……!」

 

「くっ、ぐぬぅぅッ……!! あの鮫野郎ぉぉぉ……!」

 

 またパニックに包まれる車内。その中でリーダーの男だけは握りしめた拳をプルプルと震わせていた。

 

「あっ! は、班長! あんたいったい何するつもりだ!?」

 

「よせ! そんなのが当たるわけないだろ!」

 

「うるせえ! あの野郎バラバラにしてやる!」

 

 仲間の制止を振り切って対戦車ロケット砲を(かつ)いだリーダーがドアを開けてトレーラーのルーフによじ登る。

 ちょうど、狭苦しい防風壁が設置された地帯を抜けたところだった。

 周囲の美しい景色がよく見える。IS学園の正門まであと少し。

 ――そして、そこに陣取るようにしてウィリアムと【バスター・イーグル】が待ち構えていた。

 

「来やがれ鮫野郎! 最後の勝負だ!」

 

 ランチャーの照準器を覗き、トリガーに指を掛ける。

 対するウィリアムも、付き合ってやるといった様子でトラックへ向かって機体を前進させる。

 

「食らえぃ!」

 

 カチッ

 

「……あれ?」

 

 おかしい。あとに続くロケット噴射の鋭い音が聞こえない。

 

 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ

 

 何回かトリガーを引いてみるが、やはり反応はなし。安全装置はちゃんと外れているし、弾が切れているわけでもない。

 そう、つまりこれは……

 

「こ、壊れひゃ……」

 

 そう告げるリーダーの男は、引きつった口元に鼻水を垂らしたなんとも情けない表情をしていた。

 

 ………。……………。

 

「こ、降参だぁぁぁ!! 降参んんんん!!!」

「撃たないでくれえええ!!」

「許してください、何でもしますからぁぁ!!」

「だからやめろって言ったじゃねえかぁぁぁ!」

「チキショーォォ! こんな仕事辞めてやるぅぅぅ!!」

 

 彼らに早速打つ手なし。

 泣きながら車窓から白い布切れを全力で振り続ける男達だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。