インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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6話 蝶のように舞い、鮫のように噛む

 1週間後、月曜日。オルコットさんとの対決の日。俺と一夏は第3アリーナのAピットに集まっていた。

 

「とうとうこの日が来たか……」

 

 腕を組み、ピット・ゲートの先──陽光に照らされているフィールドを見つめる。

 

「この1週間、なかなかエグい毎日だったなぁ」

 

 ふと、一夏がそんな事を呟いた。

 

「それは何の確認もせずに参考書を捨てちまったお前が悪いと思うぞ」

 

「うぐっ!? うぃ、ウィル、それは言わないでくれ……」

 

 俺の言葉がグサリと突き刺さり、一夏は胸を抑えて呻き声を上げる。

 

「参考書の件だけではない」

 

 続いて、一夏の隣に立っていた箒が、はぁ、と溜め息をつきながら口を開いた。

 

「あの体力の衰えようは酷かったぞ、一夏」

 

 彼女が言った通り、以前の一夏はお世辞にも体力があるとは言えない状態だった。

 聴けば、彼は中学生の間は部活動に所属せず、3年間ずっとバイト三昧だったらしい。曰く、「少しでも千冬姉に楽をさせてあげたかった」との事。

 一夏には織斑先生以外に肉親と呼べる者がおらず、1人で家計を支えていた姉を思ってバイトを始めたのだそうだ。

 その事情を聞いて以降、一夏にISの基礎を教える作業は俺が、体力面は箒が剣道で厳しく鍛える事になり、それを今日まで欠かさず続けてきた。

 振り返ってみると確かに相当えげつない1週間だったが、それに耐えた一夏も凄まじいガッツの持ち主だとつくづく思う。

 

「まあ、この1週間でやれるだけの事はした。あとは実際に戦ってみないと分からんな」

 

「しかし……」

 

「ああ。もう少しで俺の専用機が届くって聞いたんだけどなぁ……」

 

「そうだな。あまりにも遅すぎる」

 

 箒が言わんとしている言葉を察した一夏は困ったような表情を作り、俺は苛立たしげに時計を見る。

 当初、一夏は学園が保有する量産IS【打鉄(うちがね)】を決闘に使用するつもりだったが予約が一杯であったため、特別に学園側が専用機を用意する事になった。まあ、わざわざ専用機を用意するその意図としては一夏のデータを収集するのが目的なのだろう。

 しかし、件のISは到着が大幅に遅れており、その影響で実際にISを用いた訓練は1度もできないままこの日を迎えてしまったのだ。急な話だったのは分かるが、幾ら何でも遅れすぎだ。せめて期日に近付けるぐらいの努力はしろよ……。

 

「やあ、ホーキンスくん」

 

 企業名も知らないその会社に対して心の中で文句を言っていると、不意に背後から誰かに声を掛けられた。

 

「? ああ、ジョーンズ中尉」

 

 振り返った俺の前に立っていたのはトレバー・ジョーンズ中尉だ。今回、初じめて代表候補生を相手取る事になるので、機体の最終調整とデータ収集を目的に急遽(きゅうきょ)来日(らいにち)したのだ。

 

「あれ? ウィル、その人は?」

 

 ジョーンズ中尉の存在に気付いた一夏達が不思議そうに彼を見る。

 

「おっと、これは失礼。僕はトレバー・ジョーンズ。以後お見知り置きを」

 

「ジョーンズ中尉には俺のISの調整とデータ収集の為に日本に来てもらったんだ。なんせ相手が相手だからな」

 

「っと、そうだった。ホーキンスくん、早速だけど調整の方に入ろうか」

 

 思い出したように手をポンと打つジョーンズ中尉。

 

「分かりました。それじゃあ一夏、箒、またあとでな」

 

 そう言い残し、俺は【バスター・イーグル】の調整に向かう。

 

 

 

 

 

 

「……そう言えば今さらだけど、どうしてイギリスの代表候補生と戦う事になったんだい?」

 

 ジョーンズ中尉が展開した【バスター・イーグル】の点検用ハッチを覗き込みながら、不意にそう問うてきた。

 

「電話では詳しく聞いていなかったからね。何かあったのかい?」

 

「ええ、まあ……」

 

 彼の問いに対し、俺は苦笑を浮かべながら1週間前の1組での出来事を話し始める。

 

「──で、つい挑発に乗せられてしまいました」

 

 全て話し終えると、ジョーンズ中尉は肩を震わせて笑いを堪えていた。

 

「ぷっ……ふふふっ……! 成程、入学初日からそんな事があったんだね」

 

「自分でも安い挑発だと思いましたが、こいつを馬鹿にされたのが腹立たしくて……」

 

「大丈夫だよ。世代差があろうと【バスター・イーグル】は強い(・・)。君がそう信じ続ける限り、君の相棒は幾らでも力を貸してくれるさ。よし、調整完了っと!」

 

 調整を終えて点検ハッチを閉じたジョーンズ中尉は「それじゃあ戻るとしようか」と言い、そんな彼に「はい」と答えた俺はジョーンズ中尉と共にAピットへ向けて歩いて行く。

 

「ホーキンス」

 

「?」

 

 Aピット内に帰り着いた俺に横から声を掛ける者がいた。声の主は、いつも通りの黒スーツを着た織斑先生だ。どうやら俺と入れ違いでここへ来たらしい。

 

「はい、何でしょう」

 

「織斑の専用機の到着はもう少し掛かるらしい。よって、先にお前に出てもらう」

 

 一夏の専用機、まだ届いていなかったのかよ……。

 

「自分が先にオルコットさんと戦うのですか?」

 

「そうだ。アリーナの使用時間も限られているのでな。問題は無いか?」

 

「はい、ありません」

 

「よし。では準備を開始しろ」

 

「イエス・ミス」

 

 言うが早いか、俺はピット・ゲートの前に立ち、猛禽が彫られたドッグタグを左手で掴んで念じる。

 

「(行くぞ、相棒……!)」

 

 次の瞬間、現れたのは全身を2色の灰色で包んだ全身装甲(フルスキン)のIS。

 空気抵抗を軽減する為に余計な飾り気を捨てたシルエット。右腕には単砲身の機関砲が接続されており、その砲身を黒光りさせている。

 後背で存在感を放っているのは、通常のISではまず見られないであろう2基のジェットエンジンと前翼(カナード)、主翼、垂直・水平尾翼。

 そして最後に航空機の機首のようなシャープな形状をしたヘッドギアとそこに描かれたシャークマウス。

 

「こんなISがあるのかよ……」

 

 展開した【バスター・イーグル】を前に、一夏の口からはそんな言葉が無意識に漏れる。

 

《ホーキンスくん、聞こえるかい?》

 

 カタパルトに機体を接続させていると、ヘッドギアに内蔵された無線機からジョーンズ中尉の声が響いた。

 

「感度良好。バッチリ聞こえますよ」

 

《オーケー。それじゃあ射出前に簡易チェックをするよ》

 

「了解」

 

 風防と一体化したバイザーを下ろし、ジェットエンジンを始動させる。

 

 ──戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。機体名【ブルー・ティアーズ】。中距離射撃型。特殊兵装有り──

 

 おっと、どうやら相手さんは外でもう待っているようだ。

 

《始めにラダー、フラップ、スラット、ブレーキの確認を》

 

 左右の各動翼を適当に動かして動作確認を行うと、それに連動して3次元推力偏向ノズル(ベクタードノズル)が上下左右に動く。……よし、動翼とノズルは完璧だな。

 次に空力減速用のブレーキを作動させると、背面に設けられた縦長のパーツがパタンパタンと開閉した。

 ちなみに【バスター・イーグル】の制動を担っているのはエアブレーキとPICの両方だ。大型の機体故にPICだけでは力不足なため、このブレーキの存在は非常に大きい。

 

「チェック」

 

《兵装システムを確認。HMDバイザーを起動してくれ》

 

 言われた通りにバイザーを起動すると、ピッ♪ という音と共に正面に照準レティクルが投影される。

 

《グリーンライト確認。機関砲に切り替えを》

 

 右腕に接続されている30ミリ機関砲『ブッシュマスター』を選択し、試しに腕を動かしてみる。すると、砲口が向いた先にレティクルが移動し、自分が狙っている方角がしっかりと確認できた。

 

《よし、機関砲の正常作動を確認。良いぞ、次はミサイルだ》

 

 今度はバイザーの左端で『MSL』の文字が点滅する。

 

《どうだい?》

 

「問題ありません。ミサイルシステムの作動を確認。チャフ・フレアもチェック」

 

 全ての項目のチェックが終了すると同時にエンジン出力も安定してくる。

 大口を開けるノズルは高熱の排気ガスと凄まじい轟音を撒き散らし、ピットにいた全員がそのあまりの大音量に顔をしかめていた。

 

「よし、兵装及び対抗装置(カウンターメジャー)に異常無し。ラダー、フラップ、スラット、ブレーキ、全て異常無し。射出準備完了!」

 

 サムズアップで合図を送ったあと、射出時の衝撃で姿勢が崩れないようにやや前屈みのポーズを取る。やってやろうぜ、相棒!

 

「スゲェ……ゲームとかテレビで観るようなことを本当にしてる……」

 

「一夏、もう少し離れてろ。エンジンの排熱を諸に浴びたら“熱い”程度じゃ済まないぞ」

 

「っ!? お、おう! 悪い、すぐ離れる!」

 

 背後でボーっとこちらを見ていた一夏が大急ぎで離れた事を確認した俺は深く息を吸い込み……

 

「ロックンロールだ!」

 

 ガクンと揺れを感じたあと、滑るようにカタパルトから射ち出された。

 

 

 

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね。あまりに遅かったので放棄されたのかと思いましたわ」

 

 ふふんと鼻を鳴らすオルコットさん。腰に手を当てたポーズが様になっているが、俺の関心はそこではない。

 鮮やかな青色の機体【ブルー・ティアーズ】。その外見は、特徴的なフィン・アーマーを背中に4枚従え、どこか王国騎士のような気高さを感じさせる。

 それを駆るオルコットさんの手には2メートルを超す長大な銃器──検索、レーザーライフル『スターライトmkⅢ』と一致──が握られていた。デカイな……狙撃銃か? こっちの30ミリ機関砲の2倍近くあるぞ。

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

 既に試合開始の鐘は鳴っているが、余裕なのか左手に持つ銃の砲口を下げたまま、オルコットさんは腰に当てた手を俺の方に、ビシッと人差し指を突き出した状態で向けてくる。

 

「チャンス?」

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るのであれば、許してあげてもよくってよ」

 

 そう言って目を笑みに細める。

 

 ──警戒、敵機の安全装置解除を確認──

 

 ISが告げる情報を確認してから俺は小さく3回頷いた。目の前で白旗振って、ごめんなさいって言うのがチャンスだって? 随分と不等なチャンスがあったもんだ。

 

「スマンがエンジンの音でよく聞き取れなかった。話は試合後にしてくれ」

 

 言って、即座に右腕の機銃をオルコットさんに向けてトリガーを引く。

 

 ヴオオオオオオ!!

 

 毎分1,800発の発射速度を誇る『ブッシュマスター』から30ミリという大口径の砲弾が放たれ、それは吸い込まれるように【ブルー・ティアーズ】の至る箇所に着弾した。

 

「ぐっ、やってくれますわね……! いいでしょう。そんなに惨めな姿を晒したいのであれば……」

 

 ──警告! 敵機射撃態勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填!──

 

「お望み通りにして差し上げますわ!」

 

 キュインッ! 耳をつんざくような独特の発砲音。それと同時に走った閃光が俺目掛けて飛んで来る。

 

「っ! さすが代表候補生なだけあって、構えから発射までが短いな……!」

 

 レーザーを寸でのところで回避した俺は、そこから直ちに水平飛行モードに切り替え、広大なコートを飛び回る。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 機体の直ぐ右横を青いレーザーが掠めるように通過して行った。

 

「うぉっと!? 危ない……。ダンスは苦手なんだ。ワルツだのタンゴだの言われても頭の中はクエスチョンマークのオンパレードでね」

 

「そんな軽口を叩いていられるのも今の内ですわ!」

 

 直ぐさまレーザーが放たれ、今度は俺の頭上スレスレを通過して行く。

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 ▽

 

「ウィル! あいつ何やってるんだ!? あれじゃあ一方的に攻撃されてるだけじゃないか!」

 

 ピット内の壁に取り付けられたテレビ画面を見て、一夏が声を上げた。

 と言うのも、ウィリアムは始めにセシリアに対して攻撃を行って以降、ずっと反撃も何もせずにフィールド内を飛び回っているだけなのだ。

 

「私にも、あいつが何をするつもりなのか皆目検討もつかん……」

 

 箒も腕を組んだまま険しい表情で画面を見上げる。

 

「いや、あれは待っている(・・・・・)のさ」

 

 同じく画面を見上げながら何やらメモをとっていたトレバーが不意に口を開いた。

 

「待つ?」

 

「ああ。今、下手に仕掛けようとすると攻撃を諸に喰らってしまう可能性がある」

 

 オウム返しする一夏にそう答えたトレバーは、更に続ける。

 

「それに、確かに今はあのお嬢さんが上から一方的に攻撃しているけど、よく見たら全て回避しているだろう?」

 

 彼の言った通り、フィールドを映している画面にはセシリアから繰り出されるレーザーをヒラリヒラリとかわすウィリアムの姿があった。

 

「その内、疲労と当たらない事への苛立ちから冷静さを欠いて、今度は至近まで近付いて確実に当てようとするだろうね。そうなれば彼女は……」

 

 一息ついて、トレバーは静かに告げた。

 

空腹の鮫が泳ぐプールに落ちた、(あわ)れな犠牲者さ

 

 ▽

 

「ちょこまかとすばしっこい……!」

 

 試合が始まってから早30分。セシリアは徐々に苛立ちを募らせていた。

 

「それがこのISの強みの1つだからな。どうした? チャンスをやると言ったわりに命中弾は皆無だぞ?」

 

 先程から狙いをつけて撃っているにも関わらずウィリアムは未だ1発の被弾もしていないのだ。それどころか彼はまだ余裕そうな態度すら見せていた。

 

「くっ……! ティアーズ!」

 

 セシリアは悔しそうに顔を歪めながら、自身の周りを浮遊している4つの自立機動兵器に命令する。

 

「またその(こま)いのか。だがそいつらのタネはもう分かったぞ」

 

 そう言いながら、ウィリアムは飛来した自立機動兵器──以下ビットの1機目に機銃弾を浴びせ、バラバラに破壊した。

 

「なんですって!?」

 

 そんな馬鹿な、といった表情のセシリア。

 

「さっきから君の攻撃に晒されて気付いたが、そのビットどもは毎回命令しないと動かない」

 

 2機目のビットから放たれたレーザーをバレルロールで回避したウィリアムは、お返しと言わんばかりにミサイルを叩き込む。

 

「しかも、ビットを使っている間の君はそれ以外の攻撃ができない。制御に意識を割かれるからだ。合ってるか?」

 

「…………!?」

 

 ヒクヒクッとセシリアの右目尻が引きつった。図星である。

 それともう1つ、ウィリアムはセシリアの攻撃に晒されている間に気付いた事がある。それは、彼女はビットで攻撃を仕掛ける際、必ず死角を狙ってくるという点だ。

 

「……それでもまあ、さすがは第3世代のISだな。頭で命じて動かす兵器なんざ、まさにSFの世界だ。こんなもんが俺の世界で飛んでたらどうなってたか……」

 

「っ! 何をわけの分からない事を!」

 

 セシリアが動揺した事によって動きがやや鈍くなったビットの3機目は辛うじてウィリアムの死角──真下から攻撃を仕掛けようとする。

 

「おっと、こいつもスクラップだ!」

 

「なっ!?」

 

 しかし、ウィリアムにサッカーボールよろしく蹴り飛ばされ、それが残る4機目のビットに命中して両方とも爆散した。

 

「これで残るビットはゼロか。そいつらは4機セットで幾らする? 高くつくんだろう?」

 

「ば、馬鹿にして……!!」

 

「(そろそろ来るか……?)」

 

 セシリアは額に青筋を立てながら、高度を下げてウィリアムの追撃に入る。

 

「ビットはさっきの4機だけではありませんわ! あと2機残っていましてよ!」

 

 セシリアの腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れて、動いた。

 

「これならどうですか! 喰らいなさい!」

 

 バシュゥゥ!!

 

「っ!?」

 

 まだあのビットが残っていたのか、と驚くウィリアムだったが飛んで来たのはあの青いレーザーではない。

 

「まさかミサイルを隠し持ってたのか……!」

 

 残る2機のビットはレーザー射撃型ではなく弾道型(ミサイル)だった。

 レーザーをかわすだけの単調な回避機動から一転、ウィリアムはミサイルに追い回されながら、更にセシリアからのレーザー射撃の回避にも追われる。

 

「クッソ……どんだけ高い誘導性能してるんだ!」

 

「誘導性だけではありませんわ。威力もなかなかのものでしてよ」

 

「チッ……!」

 

 ウィリアムの舌打ちを耳で捉えたセシリアは、ニヤリと笑う。あと少しで命中する。彼女はそう思ったのだろう。

 だがしかし──

 

「チャフ・フレア放出!」

 

 突如、【バスター・イーグル】の機体後部から赤く輝く火の玉と、銀色に煌めく微細な何かが大量に放出される。

 そして、その直後、ウィリアムを追っていたはずの2機のミサイルはあらぬ方角へと飛んで行き、自爆してしまった。

 

「ふっ……!」

 

 だがそれだけでは終わらない。ウィリアムは突然、機体を水平から一気に90度上向きに持ち上げて空気抵抗を増やし、急減速をかける。

 チャフ・フレアによるミサイル回避に気を取られているセシリアは、一瞬にして背後を取られてしまった。

 

「い、いったいどこへ──後ろッ!?」

 

 背後の存在にようやく気付いて振り返るセシリア。彼女の視線の先には獲物を眼中に捉えた『鮫』がいた。

 

「さて、これで攻守交代だな」

 

 ヴオオオオオオ!!

 

【バスター・イーグル】の機銃から発射された砲弾が【ブルー・ティアーズ】の右足に数発着弾し、ドカドカドカッ! と被弾孔を開ける。

 

「くっ! 離れなさい!」

 

「離れて欲しかったら自力で引き剥がしてみろ」

 

 セシリアからのレーザーライフルの応射。しかし、ウィリアムは機体を少し傾け、小さな動きでこれをかわす。

 広大なアリーナのフィールドを2機のISが縦横無尽に飛び回る。

 

「まさかここまでできるとは……!」

 

「この手の事は得意でな。男だってなかなかやれるもんだろう?」

 

 セシリアの言葉に気さくに答えながらも、ゆっくりと、しかし確実に【ブルー・ティアーズ】をミサイルの照準内に収めていくウィリアム。

 

「(よし、捉えた)」

 

 ミサイルのロックオンが完了した事を告げる電子音が鳴り、マーカーが緑から赤に変色する。

 

「……閉幕(フィナーレ)だ」

 

 ピット内でトレバーが画面を見上げながらそう呟いた直後。

 

 ドカァァン!!

 

スプラッシュ1(敵機撃墜)

 

 一際大きな爆音とウィリアムの撃墜コールがアリーナのスピーカーから響くのであった。

 

 ▽

 

 発射したミサイル2発が命中し、オルコットさんと彼女の専用機【ブルー・ティアーズ】が爆炎に包まれた直後、決着を告げるブザーが鳴り響いた。

 

『試合終了。勝者、ウィリアム・ホーキンス』

 

 機械によって合成された音声が俺の勝利を告げ、巨大な電光掲示板にも『勝者 ウィリアム・ホーキンス』の文字が浮き出る。

 

「派手だなぁ」

 

 カラフルに発色する電光掲示板を少しの間だけ見つめたあと、一夏達の待つAピットへと向かった。

 ピット内に進入した俺はエンジン出力を絞り、ノズルからの排熱をものともしない頑強な床に着陸する。

 

「ふぅ……ん?」

 

 地に足を着けて一息ついていると、興奮した顔ぶりの一夏が駆け寄って来た。

 

「──! ──!?」

 

 必死に何かを言っているがジェットの轟音のせいで彼の声がいまいち聞き取り辛く、俺は首を傾げる。

 

「少し待ってくれ」

 

 未だ大量の空気を吸っては轟音と推力を生み出し続けているジェットエンジンを停止させる。すると、タービンが徐々に回転数を落とし始め、十数秒後には一夏の声がしっかりと聞き取れるようになった。

 

「ウィル、お前スゲェな! さっきのあの動き何なんだ!?」

 

 ISを解除した俺に一夏は興奮冷めやらぬといった感じで問い掛けてくる。……うん? あの動き? いったいどれの事を指してるんだ?

 

「スマンが『あの動き』だけじゃあ曖昧過ぎて分からんな……」

 

 顎に右手を、腰に左手を当て、うーむと唸りながら彼の言葉に思い当たる場面を記憶の中から探る。

 

「ほら、あの急減速!」

 

 急減速……ああ、あれの事か。

 

「あれは『コブラ機動』っていう空戦機動の1つだ。由来は機体をピッチアップして迎角を90度近くとった時の姿がコブラが威嚇してるように見えるからだな」

 

 正直に言うとIS相手に効くかは賭けだったんだが、効果の見込みありのようだな。

 

「コブラ機動……なんかかっけぇ名前だな……!」

 

 目をキラッキラさせている一夏。どうやらあの機動と名称が彼の琴線に触れたようだ。分かるぞ一夏、ああいう機動って何かこう……グッと来るよな!

 

「なあ、お前ってあれの他にも色々できるのか!? 今度見せてくれよ!」

 

「ああ、機会があれば幾らでも見せてやるよ。っと、そうだそうだ。一夏、お前のISは届いたか? さすがにもう到着してても──」

 

「いや、まだだ」

 

「えっ……?」

 

 箒から告げられた言葉に、俺は口を半開きにしたまま固まる。

 おいおい、俺とオルコットさんが戦っていたのってだいたい30~40分ぐらいだよな? にもかかわらず、まだ到着してないって……。

 

「はぁ……冗談抜きでその会社に抗議の電話の1本でも入れてやりゃあ良いんだ」

 

 アリーナの使用可能時間は有限だ。このあとには俺と一夏の試合、一夏とオルコットさんの試合が控えているというのに……。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

 この調子で行くと、残りの試合は明日以降に延期か? などと考えていると、お馴染み副担任の山田先生が今にも転びそうな足取りでAピットにやって来た。……なんで3回も呼ぶ必要があったんだ?

 

「ど、どうしたんですか山田先生? 取り敢えず落ち着いて下さい。はい、深呼吸」

 

「は、はいっ。ス~~ハ~~、ス~~ハ~~」

 

「はい、そこで止めて」

 

「うっ」

 

 一夏は何となくのノリで言ってみたのだろうが、山田先生は彼の指示通りに本気で息を止めてしまう。

 この人、冗談が通じない人なんだなぁ。まあ、純粋なのは良い事だと思いますよ。……そっちに全振りしているのはどうかと思いますが。

 

「~~~!」

 

 酸欠によってみるみる顔が赤くなっていく山田先生。

 先生、相手を疑う事も時には大切なんですよ? と、俺は心の中でそう呟く。

 

「~~~ぶはぁっ! ま、まだですかあ?」

 

「……止めるタイミングを見失っただけです」

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

 スパァンッ! 聞き慣れた、弾けるような打撃音が一夏の頭頂部で鳴り、広いピット内に反響した。音は軽いが、その威力はきっと凄まじいものなのだろう。

 

「(うわぁ、毎度思うが痛そうだなぁ……)」

 

 今のところ喰らった事があるのは入学初日のあの時だけだが、2発目を喰らう事がありませんようにと、そう切実に願う。

 

「ち、千冬姉──」

 

 スパァンッ!

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

 

 教育者とは思えないレベルの暴力発言、まさに『暴力装置』だな。完璧な容姿を持つにもかかわらず彼氏云々の浮いた話を耳にしないのは、もしかしてこの性格が災いしているのではないだろうか……?

 ちなみにこれは関係の無い話だが、俺もそういった経験は1度もした事が無い。前世でも今世でもだ。

 俺ってそこまでキツい性格して……、たかも知れないなぁ……。今となってはとんだ昔の話だが。

 

「ホーキンス、今何か失礼なことを考えなかったか?」

 

「 」

 

 ギラリと光る織斑先生の鋭い目に睨まれて、俺は顔を引きつらせた。

 

「な、なな、何の事でしょうか? あ、あはははは……」

 

 正直に言ったらあっと言う間にミンチにされそうなので、引きつった顔のまま無理矢理笑みを作ってシラを切る。

 きっと今の俺は、かつての『鮫』の名が聞いて呆れるほどブルブルと情けなく震えているだろう。自分の足元を見る余裕など無いが、恐らく生まれたての小鹿のようになっている筈だ。

 

「ふん、まあ良い。……馬鹿な弟に懸ける手間暇が無くなれば、見合いでも結婚でも直ぐできるさ」

 

 こ、この人はエスパーか何かなのか……!!? 

 

「残念ながら、私は超能力者ではないぞ」

 

 あぁ……織斑先生には一生敵わない気がする。

 

「そ、それでですねっ! 来ました! 織斑くんの専用IS!」

 

 おっ? 一夏のIS、やっと届いたのか。

 ゴゴンッと鈍い音がして、ピット搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの重厚な扉は、モーター音を響かせながらゆっくりとその向こう側を晒していく。

 そこには、純白の装甲を纏ったISが佇んでいた。

 

「これが……」

 

「はい! 織斑くんの専用IS【白式(びゃくしき)】です!」

 

「……なかなか格好いい機体じゃねえか」

 

 ヒュ~と口笛を吹きながら、俺は穢れの無い真っ白なISを見上げる。

 

「もうあまり時間が残されていない。次にここを貸し切りにできるのはしばらく先になる。織斑、直ぐに装着しろ」

 

 織斑先生に急かされた一夏は早速、純白のIS──【白式】の装着を始める。

 

「ホーキンス、織斑のフォーマットとフィッティングが終わるまでに次の試合の準備をしておけ。機体修理や部品の交換は必要か?」

 

「機体にダメージはありません。燃料と兵装の補給が済めば直ぐに飛べます」

 

「よし、では直ぐに取り掛かれ」

 

「イエス・ミス」

 

 そう言って頷いた俺は、【バスター・イーグル】の腹を満たすため、補給へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「待たせたな、ウィル」

 

【バスター・イーグル】の補給を済ませてフィールド上空で待機していると、ISを展開した一夏がピットから出て来た。

 

「言うほど待っちゃいないさ。それより一夏、お前のISなかなかイカしてるじゃないか」

 

 初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を済ませた【白式】は工業的な凹凸が消え去り、より洗練された形へと変化している。滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的なそれは、どこか中世の鎧を思わせるデザインをしていた。

 

「よく似合ってるぞ」

 

「そうか? へへっ、そう言われると悪い気はしないな」

 

『それでは両者、試合を開始して下さい』

 

 俺の言葉に一夏が気恥ずかしそうに笑いながら後頭部を掻いていると、試合開始のブザーが鳴り響く。

 

「っと、試合開始か。おしゃべりの続きは試合後だな」

 

「おう。全力で行かせてもらうぜ、ウィル!」

 

 フィールド内で向き合う【バスター・イーグル】と【白式】は、周囲からは獰猛な化け物とそれに対峙する勇敢な騎士のように見える事だろう。まるで、ちょっとしたおとぎ話のようだ。

 

「ああ。かかってこい。――マスターアーム、オン」

 

 不敵な笑みを浮かべながら兵装システムの安全装置を解除する。

 

「(オルコットさんと違って一夏は慢心をしていない。初心者だからと舐めて掛かったら痛い目に合うな)」

 

 そこまで思考してから、先手必勝と言わんばかりに即座に機銃を構えてトリガーを引こうとしたその時だった。

 

「なッ!?」

 

 一夏の姿が視界から消えたと思った次の瞬間、彼は俺の直ぐ目の前(・・・・・・・)でブレードを大きく振りかぶっていた。

 

「はぁっ!!」

 

「ッ……!?」

 

 慌てて身を引くと、ヘッドギアのノーズの数ミリ先を斬撃が通り過ぎる。

 反応が少しでも遅れていたら、確実にノーズコーンの一部を失っていただろう。なんつう速さだ……!!

 

「そこっ!!」

 

「うお!?」

 

 ランダムに繰り出される素早い連撃を紙一重のところで避ける俺の背中にじっとりと冷や汗が滲み始める。

 ここまで焦ったのはいつ以来だろうか。だがその反面、口角は無意識の内に吊り上がっていた。

 

「おおおっ!!」

 

「くっ、こんなもの……!」

 

 勢いを緩めずに今度は逆袈裟斬りを繰り出そうとする一夏の腕を掴み、寸でのところでその攻撃を防ぐ。

 

「やばっ、掴まれた……!?」

 

「今の攻撃は冷や汗ものだったぜ。だが、得意の斬撃も腕を拘束されれば使えまい……!!」

 

 一夏の腕を掴む左手にグググッと力を込めながら、右腕の30ミリ機銃を彼の胸部に押し当ててトリガーを引く。

 がしかし──

 

「くっ……! こんのぉぉっ!!」

 

 バキンッ!!

 

 勢い良く振り上げられた一夏の左脚が俺の右腕を蹴り上げ、まったく明後日の方角に発砲してしまった。

 

シット(クソ)……!!」

 

 思わぬ反撃によってせっかくの攻撃チャンスを不意にしてしまった俺は小さく悪態をつきながら、一夏から距離を取る。

 あの【白式】、高機動近接特化型といったところだろうか。またさっきのように肉薄されては堪ったものではない。一応こちらも近接用のナイフを持ってはいるが、それでも部が悪い。下手に接近戦を行わないほうが却って身のためだな。

 

「(一夏にはこっちがやりやすい土俵に上がってもらうとするか)」

 

 こちらにとって優位な距離感を保ちつつ、後ろから追ってくる一夏に機銃弾を見舞う。

 

「ぐっ! まだまだぁ!!」

 

 数発が着弾して動きが少しだけ鈍るが、すぐに復帰して全速力で迫って来る一夏。よぉし、そのままついて来てみろ。

 

「(元ファイターパイロットの腕を見せてやる!)」

 

「っ! その動き、さっきセシリアとの戦いでやってたコブラってやつだな!」

 

 機体の迎え角を一気に上げる俺を見て、一夏はブレードを振りかぶる。

 手の内は分かっているのにわざわざ速度を下げ、それどころか面積の大きい上面を無防備に晒すなんて、と彼は思っているのだろう。

 しかし、一夏が繰り出した袈裟斬りは【バスター・イーグル】を切り裂く事は無く、そこにあるのは虚空だけだった。

 

「え――!?」

 

 突然、自身の真上に影が差した事に気付いた一夏はバッと空を見上げ、そして俺と目が合う(・・・・・・)

 一夏、俺がなぜそこにいるのか分かっていない様子だが話は簡単だ。

 俺はあの時、確かにコブラ機動の姿勢を取ったが、それでは一夏の斬撃を自分から浴びに行くのと同じだ。

 そこで俺は機体の推力に物を言わせ、コブラの姿勢から更に逆上がりの要領で無理やり宙返りをしたのだ。

 そして今、俺はちょうど逆立ちのような状態になっており、驚愕の表情を浮かべている一夏の真上に位置しているのである。

 

「(引っ掛かったな)」

 

 ニヤリと口角を上げながら一夏に対してミサイルの照準を合わせて

 

「発射」

 

「ちょっ──」

 

 ズドォォォン!

 

 発射されたミサイルは一夏に直撃し、彼はミサイルの運動エネルギーと爆風に吹き飛ばされて地面に墜落する。

 試合終了の合図はまだだ。ここまででもかなりのダメージを与えたはずだが、【白式】のシールドエネルギーはまだ少し残っているらしい。

 

「なら、こいつで確実に仕留めるまでだ」

 

 両主翼のハードポイントに8連装無誘導ロケット弾『ハイドラ』を1基ずつ呼び出し、土煙が上がっている中心を狙う。

 対地攻撃用の『ハイドラ』は弾速は速いものの命中精度に少し難のある兵装だが、この距離なら全弾命中とは言わなくても大ダメージを与える要素は十二分にある。

 

「『ハイドラ』発射」

 

 垂直飛行モードで一夏の周りをすり鉢状に飛び回りながら、全方向からまんべん無くロケット弾を喰らわせる。そして──

 

『試合終了。勝者、ウィリアム・ホーキンス』

 

 試合終了のブザーとアナウンスが高らかに鳴り響き、小さなクレーターが幾つもできあがった地表にはピクピクと痙攣する一夏の姿があった。

 

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