インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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68話 ワールド・パージ

「わああっ」

 

 ザアザアと雨が降る中、あたしと一夏は(かばん)で頭をガードして走る。

 

「鈴! 取り敢えずバス停だ!」

 

「うん!」

 

 あたし達は徒歩通学だからバスには乗らないけど、ひとまず土砂降りを回避するためにバス停の軒下に入った。

 

「いきなり降り出してきたなぁ」

 

「ほんとね……。ああもう、グショグショ」

 

 水を吸った髪を鬱陶(うっとう)しく手で払っていると、フワリとあたしの頭に何かが乗った。

 

「タオル、使えよ」

 

「う、うん、ありがと。一夏は?」

 

「俺は別に大丈夫だから」

 

 そう言って、優しくあたしの頭を拭いてくれる。

 ……えへへ、こういう優しいところ、大好き。

 

「なあ、鈴」

 

「ん、なに?」

 

「体も拭いてやるよ」

 

 そう言っていきなりあたしの体を制服の上から拭き始める。

 

「――って、バカ!」

 

 ゴツン! と、鉄拳制裁。

 

「あいたた」

 

「スケベ……」

 

「たははは……」

 

 最近の一夏は、隙あらば体に触れようとしてくる。

 も、求められてるってことはわかるけど……。初めてはやっぱり、ロマンチックな方がいい。

 

「っとに、もう……」

 

 でも、――嫌いじゃない。

 

「(一夏に触られると、体がポワッてする……)」

 

 心地良い。

 気持ちいい。

 ずっと続けて欲しい。

 ……それが、あたしの本心。

 

『ワールド・パージ、完了』

 

 頭の中で何か聞こえた気がしたが、今はそんな事どうでもいい。

 

「(きょ、今日こそは、いいよね……?)」

 

 自分に訊いてみる。

 ――トクン。

 響く、胸の鼓動。

 それが返事。

 

「あ、ああっ、晴れてきたわねえ!」

 

「ん、そうだな」

 

「じゃ、じゃあっ、あたしのウチ行こっかっ!? こ、ここからだと近いし!?」

 

「おう。シャワー貸してくれよな」

 

 ――ドキッ!

 

「髪、濡れたから」

 

「う、うん! あは、あははは!」

 

 あたしはいよいよ胸のドキドキに耐えられなくなって、変な笑い声を上げてしまった。

 

「行こうぜ」

 

 自然に手を握られる。

 あたしは少し遠慮がちに握り返して、うなずいた。

 

「……うん」

 

 それから、焼けたアスファルトが雨に濡れた匂いの中、2人で歩いた。

 目的地はあたしの家。中華料理屋『鈴音(リンイン)』。

 両親のあたしへの溺愛っぷりは、ちょっと恥ずかしい。

 今日は休業しているからのれんは出ていない。

 あたしと一夏は店から母屋に入って、一応、その、リビングで立ち止まった。

 

「あー、うー、えーと……」

 

 手はまだ握ったままだ。

 あたしは繋いでない方の手を開いたり閉じたりする。

 

「ど、どうする? さ、先にシャワー?」

 

「そうするか」

 

 一夏がうなずく。

 あたしは一夏のシャワーシーンを想像して独り赤くなった。

 

「(そ、そうだ! その間に下着を替えとかないと……!)」

 

 ドキドキドキ。

 

「鈴」

 

「えっ!? な、なに?」

 

「シャワー、一緒に入るか?」

 

 …………。

 ボッ、と。あたしは耳まで紅潮する。

 

「スケベ!」

 

 思いっきり足を踏んで、一夏の手から逃げ出す。

 そのまま階段を上がって、あたしは2階の自分の部屋に逃げ込んだ。

 

「はあ、はあ、はあっ……」

 

 突然の全力疾走に呼吸が乱れる。

 ――シャワー、一緒に入るか?

 

「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 取り敢えずベッドの枕をボスボス殴る。

 

「と、とにかくっ」

 

 着替えないと!

 あたしは思考を切り替えて、下着の入っている引き出しを開けた。

 

 ▽

 

「なんだ、ここ……」

 

 ドアを開けた先に広がっていたのは、夕焼けのオレンジに染まった住宅街だった。

 ドアの先がなぜ住宅街に繋がっているのか、わけがわからず、俺は周囲に視線を巡らせる。……どう見ても極々普通の景色だが……。

 

「……知ってる場所だ」

 

 ポツリ、と。一夏がそう呟いた。

 

「『知ってる場所』? そいつはどういうことだ?」

 

「ここ、俺が中学のとき何回も通った道にそっくりなんだよ」

 

「つまり、ここは誰かの記憶から創り出されたビジョンということか……?」

 

「もしそうなら行くべき場所がなんとなくわかる気がする。ウィル、ついて来てくれ」

 

「あいよ。しっかり道案内してくれ」

 

 俺達は雨上がりの濡れた道路を蹴って走り出す。

 そうして案内されるがままたどり着いたのは、1軒の中華料理店だった。

 

「なんだ、お前さん中華が食いたい気分なのか?」

 

「んなわけないだろ、こんな時に」

 

「冗談だ。――ここが目的地(行くべき場所)なんだな?」

 

「ああ!」

 

 今は営業時間外なのだろう、店内は真っ暗でのれんも出ていない。

 その店の引き戸を開けて中へ入って行く一夏に続き、俺は店内へと踏み込んだ。

 

 ▽

 

「(あった……!)」

 

 引き出しの置く、そこに隠すようにして置いてあった下着を取り出す。

 この日のために奮発して買ったもの、所謂(いわゆる)『勝負下着』というやつで、正直あたしには似合ってないかもしれないけど……。

 

「(でも、さすがに今のままじゃ……)」

 

 スカートを(まく)って姿見に映す。

 はいているのは白と緑のストライプ。これではあまりに色気が無さすぎる。

 

「(これじゃあ、ダメだよね……)」

 

 でも、自分の体に自身がない。

 

「(ううん! 一夏ってスケベだし、大丈夫よ、うん! 大丈夫!)」

 

 そうと決まれば着替えなくては。

 パンツの両端に指をかけてスルスルと下ろしていく。

 ちょうど膝まで下りたところで、ガチャリとドアが開いた。

 

「!?!?!?」

 

「鈴、シャワーあがったから」

 

「な、な、な、な……」

 

 突き出したお尻。膝まで下げたパンツ。一夏はあたしの背中を見ている。

 

「きゃああああああああっ!!」

 

 ドガッ! バキッ! ゴスッ!

 

 ――バカバカバカバカバカバカバカ!

 ――ヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイ!

 ――スケベスケベスケベスケベスケベ!

 とにかくもうわけがわからない。

 あたしは手が痛くなるまで滅茶苦茶に一夏を殴った。

 

「鈴……」

 

「えっ。……あっ」

 

 そっとあたしの手を包み込み、腕を下げる一夏。

 クルリと体を回され、背中を向けさせられる。

 そして、そのままあたしは抱きしめられた。

 

「……………!?」

 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――!!

 

 心臓の音がうるさいくらいに響いている。

 破裂しそう。

 心も。

 体も。

 

「鈴」

 

 耳元で一夏が(ささや)く。

 あたしは一度ビクッと身を震わせてから、恐る恐る訊いた。

 

「な、なに?」

 

 ドクッ、ドクッ、ドクッ……!

 

「お前が欲しい」

 

 ――ドキンッ!!

 

「あ、あ、あっ……」

 

「鈴……」

 

 チュッ、とうなじにキスされる。

 

「あ、あのっ、い、いい、一夏さあ……な、なんか、その……か、かか、硬いモノが……当たってるんですケド……?」

 

 チュゥ――と、今度はキスした場所を吸って……。

 

「当ててるんだよ」

 

 甘い囁き。

 あたしは、ポフッと頭が沸騰した。

 

「鈴……ベッドに」

 

「う、うん……」

 

 後ろから抱きしめられる格好から、お姫様だっこに変わって、あたしは生まれたての仔猫(こねこ)のように簡単にベッドまで運ばれてしまう。

 

「下ろすぞ」

 

 言いながら、また首筋にキス。

 

「にゃぁ……」

 

 腰が抜けて動けない。

 体が火照って暴走してる。

 ()だった頭は、もう一夏のことしか考えられない。

 ボーっとしている間にセーラー服は脱がされ、ブラのホックを外され、そしてとうとうパンツに指をかけられた。

 

「あっ、ま、待って……」

 

「待てないさ」

 

 シュルリ……。パンツを片側から下ろされていく。

 

「ぁ、ぁ……」

 

 ダメなのに。

 イケナイのに。

 ……でもダメじゃない。

 ……でも、イケナくない。

 

「一夏ぁ……」

 

 あたしは甘い猫なで声で(まぶた)を閉じた。

 ――刹那。

 

「てめええっ! 鈴に何してやがる!」

 

「いやホント何やってんだコイツ!?」

 

 突然、部屋のドアが荒々しく開かれる。

 そこから入って来たのは――。

 

「え、え、一夏……? ――と、誰?」

 

「誰っておまっ……! (ひで)ぇなオイ!」

 

 見たことのない白い制服を着た一夏と、同じく白い制服を着てはいるが知らない男子だった。

 見たことのない(・・・・・・・)……? 知らない男子(・・・・・・)……?

 ――違う。あれはIS学園の制服で、一夏の隣にいる男子はウィルだ。

 

「(え、でも、一夏は目の前にいて、それがあたしの理想で、あたしだけの『世界』で――)」

 

『ワールド・パージ、異常発生。異物混入。排除開始』

 

「きゃあああああああっ!?」

 

 い、痛い! 痛い痛い痛い!

 頭が痛い! 外からも内からも痛い! 割れそう! 死ぬ! 死んじゃう!

 激痛の中、あたしに覆い被さっていた学ランの一夏は、IS学園制服の一夏に殴り飛ばされた。

 ギョロリ、と。学ラン姿の一夏の目、その白目だった部分が真っ黒なものへと変わる。まるで眼球を黒一色のガラス玉にしたようだった。

 

「命令遂行。障害排除」

 

 無機質な声。しかし、それは一夏の声で、けれども似ても似つかない響きをしていた。

 なに、なんなのこれ、なんなのこれぇ! どうなってんの!?

 

「助けて、一夏ぁっ!!」

 

 あたしは泣きながら叫んだ。

 

「大丈夫だ」

 

 ガシッ、と。

 力強い腕があたしを抱いた。

 

「俺はここにいる」

 

 ――ああ。

 ああ。

 あぁ……。

 

「(一夏だ……)」

 

 これが一夏だ。ホンモノの一夏だ。

 わかる。

 頭じゃない。

 体じゃない。

 心じゃない。

 魂で、そうだとわかる。

 

「だったら――」

 

 ギリィっと、痛みを奥歯で殺しながら、IS【甲龍】を展開する。

 

「命令遂行、障害排除。処分、消去、抹消」

 

 偽物(にせもの)の一夏があたし達へと飛びかかってくる。

 

侵入してきた奴( バイきん野郎 )がなに言ってやがる。排除されるのはお前の方だ!」

 

 ウィルがニセ一夏を真横から引っ掴み、大きく勢いをつけて壁に叩きつける。……ナイスよ。

 

「消えなさいよ、偽物!」

 

 あたしは『衝撃砲』を最大出力で放った。

 まるでレンガのようにバラバラになるニセ一夏。それと同時に、部屋も崩れ始める。

 

「鈴! ウィル! 走るぞ!」

 

「うん!」

 

「ああ!」

 

 ドアに向かって、あたし達は走った。

 そして、光に包まれて――。

 

 ▽

 

「ここは……?」

 

「森の中……みたいね」

 

「戻ってこれたようだな」

 

 俺達が出てきたドアは光の粒になって消えた。

 あと4つのドアが支えもなく森の中に立っているのは、なんともシュールな光景だ。

 

「あ」

 

「?」

 

「どした?」

 

「いや、鈴……その格好は……」

 

「え?」

 

「おっと、こりゃまずい」

 

 一夏がフイッと顔を背け、俺は体ごと後ろを向かせる。鈴は「?」といった顔で自分の姿を見た。

 

「きゃあああああっ!?」

 

 あぁ、絶対にこうなると思ったよ。

 鈴の格好はというと、ニセ一夏に脱がされて半裸のセーラー服姿だった。

 

「先に言っとくが、俺はなーんにもやってないし考えてもないからな? じゃないとラウラに殺されちまう」

 

「い、い、いい、一夏ぁ!」

 

「待て待て! 俺もやってないぞ! 俺じゃない! あれは俺じゃないんだから殴ったり蹴ったり衝撃砲を撃ったりするのは――」

 

「……なさいよ」

 

「え?」

 

「き、着せなさいよ、服!」

 

 ……………。

 

「はあ!?」

 

「いや、そうはならんだろ……」

 

 あまりに突拍子もない台詞に俺は思わず声に出してしまう。

 

「あ、あああ、アンタが脱がしたんでしょうが!」

 

「俺じゃないっつの!」

 

「だ、だって、だって、あんな……っ」

 

 突然、鈴が涙声になった。

 

「あんなぁ……あんなぁ……。うええっ……」

 

「ああ、いや、その……」

 

 明朗快活を地でいくようなあの鈴が泣き出してしまった。そんな予想外の事態に一夏も狼狽(ろうばい)してしまう。

 

「(しかし、まあ……)」

 

 このままにしておけない、となるのが織斑 一夏という男なわけで。

 

「鈴」

 

「ひっく……ぐすっ。……なによ?」

 

「ほ、ほら。着せてやるから。こっちこい」

 

「え、あ……。う、うん……」

 

 キョトンとして、驚いた鈴がショックで泣きやむ。

 ……それで、いったい俺はいつまで後ろを向いてりゃいいのだろうか。

 

「そ、そういえばアレだな、この制服、懐かしいな!」

 

「そ、そうね! 懐かしいわね! あは、あはは!」

 

 緊張からだろう、変な空元気で笑う一夏と鈴。そんな2人を他所に俺は口の中の違和感に顔をしかめさせた。

 ……セシリアの惨弩逸散(サンドイッチ)、なんか以前よりも威力と残留性を増してないか? まだ口の中にあの味が残ってるんだが。

 

「(まったく、俺の胃袋はマルコニウム製じゃないんだぞ……)」

 

 とにかく、戻ったら簪に文句の1つでも言ってやらねば。

 と、それはさておき、そろそろ振り向いてもいいだろうか――

 

「……り、鈴……さん? 下は自分で……」

 

「……………」

 

「うぅっ……」

 

 まだ終わってなかったんかい。ていうか、まさかパンツまで着させるつもりかよ。こいつら、ここには俺もいること忘れてないだろうな?

 

「おい、一夏」

 

「な、なんだよ……?」

 

「もうしばらく後ろ向いててやるから、さっさと済ませてくれ」

 

「ウィルまで……!? ああもうっ、わかったよっ」

 

 それから、パンツ触るぞ、とだけ告げて一夏は鈴の下着に手を伸ばす。

 時間にして3分ちょっとだろうか。ふうっ、と一夏が少し疲労の混じった息を吐いたのを合図に、ようやく鈴のパンツを着け終えた。

 

「あー、振り返っても大丈夫か?」

 

「おーう、もういいぞー……」

 

 クルリと、元の方向へと向き直る。

 

「……………」

 

 ()でダコのごとく顔を真っ赤にした鈴と、鈴ほどではないがわずかに耳の赤い一夏が互いにそっぽを向いて背中合わせになっている。

 さて、これからどうしたものか。

 

「あの……!」

 

「「「!?」」」

 

 いつの間にそこにいたのか、森の茂みに半分姿を隠した簪がいた。

 

「か、簪っ……」

 

「い、い、いたんなら、声かけなさいよ!」

 

「じゅ、寿命が縮むかと思ったぞ……!」

 

「声をかける……雰囲気じゃなかったので……」

 

「「う……」」

 

「そりゃたしかにその通りだわな」

 

 ガサガサと茂みから出てくる簪。

 

「取り敢えず、一度……私は鈴さんを連れて……ここを出ます。任務続行は……難しいでしょう……」

 

「あ、あたしはまだやれるわよ!」

 

「いえ……ISになんらかの攻撃を受けた可能性が……高い、です。一度、帰還しましょう……」

 

 冷静な簪の言葉に鈴は渋々(しぶしぶ)うなずく。

 

「わかったわよ……」

 

「それでは……一夏とウィリアムは、他のみんなを……」

 

「おう。あ、簪。ちょっと待った」

 

「……?」

 

「葉っぱ、髪についてる。ほら」

 

「あ……」

 

 うつむいて、モジモジとする簪。電脳世界でも一夏のタラシっぷりは健在らしい。なんというか、逆に安心したぜ。

 

「あー! なんか! 衝撃砲のテスト発射をしたいわねえ!」

 

 いきなり鈴がわざとらしい大声を出す。

 

「な、なんだよ、鈴」

 

「べ・つ・に・い!?」

 

 怒り心頭の鈴に、一夏はなぜ怒られているのかわからず困り顔を浮かべた。

 

「じゃ、じゃあ、そういうことで!」

 

「あ、こら、待て一夏!」

 

「そういうことで、って。おーい、一夏! ドアはそっち方向じゃないぞー!」

 

「わかってるー! すぐ戻るから待っててくれー!」

 

 織斑 一夏、逃走。

 

「帰ってきたら覚えてなさいよ、一夏ぁ!」

 

 一夏はドアには行かず、鈴から逃げるために一旦森の中へと入って行くのだった。

 

 ▽

 

「ふう……」

 

 わたくしの名前はセシリア・オルコット。イギリスで最大規模のオルコット社を束ねる若き総帥(そうすい)

 一流の調度品に囲まれた執務室で今日の職務を終えたわたくしは、特別性の小さなプラチナ・ベルを鳴らした。

 

 チリリン……

 

 繊細で透き通るような音色が響く。それからピッタリ3秒経って、ドアが開いた。

 

「お呼びですか、代表」

 

 部屋に入って来たのは、執事服がよく似合う黒髪の男子。

 わたくし専属の執事で昔から仕えてくれている――織斑 一夏。

 喜びに表情を明るくしたいところですけれど、ここは敢えてムッとした表情を浮かべてみることにした。

 

「……わたくし、今日の職務はもう終わっていますの」

 

「失礼しました。お嬢様」

 

 うやうやしくお辞儀をする一夏さん。

 けれど、そうじゃない。

 

「もうっ。2人きりの時は……わかっているでしょう?」

 

「はは。ごめんよ、セシリア」

 

 幼馴染の一夏さんは時々こんなイジワルをする。

 でも、そんな茶目っ気のあるところも……好き。

 

「(そう、織斑家は代々オルコット家に仕える家柄で、昔からずっと一緒に――)」

 

 ――一緒に?

 一緒にいたのは……ええと……。

 

『ワールド・パージ、開始』

 

「(――そう! 一夏さんですわ!)」

 

 今は主従の関係ですけれど、いずれは将来を誓い合う仲。ですから、2人きりの時はうんと甘えることにしていますの。

 

「(……本当は恥ずかしい時もありますけど)」

 

 まるで2人だけが世界から切り離されているように、心地良い。

 これが夢なら覚めないでほしい。

 ずっと(ひた)っていたい。

 ずっと、ずっと――。

 

『ワールド・パージ、完了』

 

「?」

 

「どうしたんだ、セシリア」

 

「一夏さん、今何か言いまして?」

 

「いや、何も」

 

「そう。それならよろしいですわ」

 

 今日は特別な木曜の夜。

 これから始まる秘め事に、心を踊らせずにはいられない。

 

「(昨日はケーキを我慢しましたし、大丈夫ですわ)」

 

 そう思いながら、わたくしは一夏さんを従えて1階のバスルームへと、はやる気持ちをおさえながら向かう。

 豪華なシャンデリアの照らす階段を下りて、バスルームへと。

 わたくしの心臓はドキドキと高鳴る。

 

「それでは5分後に」

 

「ああ。アロマはどうする?」

 

「ふふっ。お任せしますわ」

 

 優雅にウインクをして、わたくしはドアを閉じる。

 全てが一流職人手作りの脱衣所で、ゆっくりと服を脱ぎ捨てていく。

 片付けるのはもちろん、一夏さん。

 

「(さて、と)」

 

 イヤリングを外し、ヘアバンドを取って、わたくしは生まれたままの姿になる。

 そうしてバスルームの中へと入ると、すでにお湯の張られた足つきバスタブが湯気でわたくしを歓迎した。

 

「(今日は週に1度の特別な日……ですものね)」

 

 ドキドキドキ。

 ノブをひねって熱いシャワーを浴びながら、わたくしの胸の高鳴りは増していくばかり。

 

「セシリア、入るよ」

 

 ドキィッ!

 

 ――一夏さんの、ドア越しの声。

 けれど慌てず、わたくしはシャワーのお湯を止めて冷静に応える。

 

「え、ええ。よろしくってよ」

 

 ガチャ、と。ドアの開く音。

 それからペタペタと一夏さんの素足の音が聞こえて、わたくしは顔を紅潮させてしまう。

 

「(そ、そう、今日は一夏さんが体を洗ってくださる日……)」

 

 もちろん、目隠しはさせていますけど。

 バスタブにアロマを注いだ一夏さんは、いよいよわたくしの真後ろに立つ。

 

「お待たせ、セシリア」

 

「え、ええ……」

 

 わたくしは恥ずかしさで振り向けない。

 

「(も、もし、一夏さんが目隠しをしてなかったら……)」

 

 そう考えると頭が沸騰してしまいそうで、わたくしはチラリと後ろを盗み見る。

 

「(め、目隠しは……していますわね)」

 

 ホッとしたような、ガッカリしたような。

 わたくしの後ろにはいつもと同じ、シャツとズボンだけの一夏さんが立っていた。

 

「じゃあセシリア、洗っていくから」

 

「お、お願いしますわ」

 

 上ずってしまった声を恥ずかしく思っていると、泡だったボディーウォッシャーが背中に触れた。

 

「(あっ……)」

 

 優しい手つきで背中を洗われ、気持ちよさが込み上げてくる。

 いつも背中から洗い始める一夏さんの手は、一度首を()でてから腰へ、そしてさらに下へと向かっていく。

 

「(い、いよいよですわね……)」

 

 そっと、一夏さんの手がわたくしのお尻に触れる。

 触れたのはボディーウォッシャーではなく、ソープをつけた素手。

 わたくしは頬を朱に染めながら、その至福の時を味わった。

 

「(は、恥ずかしいですけれど……やっぱり気持ちいい……)」

 

 ほうっ、と溜め息を漏らすと、耳元で一夏さんが囁いた。

 

「セシリア、お尻少し大きくなった?」

 

「えっ!? そ、そんなことはありませんわよ?」

 

 ドキドキドキッ……!

 

「だって、ほら。ここの肉付きがすごくエッチになってるぞ」

 

 ツツ……と、指先がお尻を撫でる。

 

「ひゃんっ!?」

 

「下着のサイズ、調整しないとな」

 

「あ、あの、別に、その、……ふ、太ったわけでは……」

 

「わかってるよ。……エッチなセシリア」

 

 はむ、と耳を甘噛みされた。

 予想外の行動に、わたくしはヘナヘナと座り込んでしまう。

 

「い、一夏さん……」

 

「セシリア、次は前の方を洗おうか」

 

「っ…………」

 

 少し待って、わたくしはコクンとうなずいた。

 

 ▽

 

「よし、次はこのドア行くぞ」

 

「おう」

 

 ウィリアムと一夏は、森の中に突っ立っている残り4枚のドアのうち1枚の前に立っていた。

 

「さっきのニセ一夏みたいに、次も変な奴が潜んで可能性があるからな。気をつけろよ?」

 

 言いながら、ノブをひねるウィリアム。

 ガチャッ、と音を立てて次の世界へと繋がるドアが開いた――その時だった。

 

『グルルルルル……』

 

「あん?」

「なんだ?」

 

 背後――の、地中から響いた唸り声のような何かを聞いて、2人は足を止めて視線を向ける。

 

《っ……!? 2人とも、今すぐそこから離れてっ……!》

 

 簪の焦燥した声が響いた直後、ゴゴゴゴ……! と地響きを立てながら草地を大きく盛り上げ、そして『何か』が地面を割って飛び出てきた。

 

『グゴアアアアアアアッ!!』

 

 飛び散った大量の土が雨のように降り注ぐ。

 しかし、ウィリアムと一夏にそれを払う余裕はなく、その『何か』を見上げたまま放心していた。

 

「う、ウィル……俺、変な夢でも見てるのか……?」

 

「……ここがすでに夢の中みたいなもんだろ……」

 

「は、ははっ。それな! ……じ、じゃあ、あの滅茶苦茶デカイイモムシも……夢、だよな……!?」

 

米軍主力戦車( エイブラムス )よりデカイ図体(ずうたい)のイモムシがリアルにいてたまるかよ……!」

 

 そいつは、少なくとも体長10メートル以上。頭には目がなく、口は鋭いくちばしのようなものが3(また)状に大きく開くような構造をしている。

 まず現実にはいないだろう、まさにモンスターが2人の前に現れたのだった。

 

『ググルルル……』

 

 ガパァ……と開かれる異形の口。その奥から、さらに3本の触手がゆっくりと這うようにして出てくる。

 どう見てもマズイ状況なのは確かだった。

 

「に……」

 

『グゴアアアアアアアアアアッ!!』

 

「逃げろォォォォォォォ!!」

「うおおおおおおおおお!!?」

 

 モンスターの咆哮にも負けず劣らずの絶叫を上げながら、2人は死にものぐるいで全力疾走を開始した。

 

「な、ななな、なんだあのキモい奴はあああ!?」

 

「か、簪! いったいどういうことなんだ!?」

 

《恐らく、さっきの鈴さんの件で何者かが防衛プログラムを起動させたんだと思う……!》

 

「防衛プログラムぅ!? あのイモムシがか!?」

 

 通信越しに話す簪の言葉に、ウィリアムと一夏は走りながら続きの言葉に耳を傾ける。

 

《入り込んだ異物、つまり2人を排除しようとしてる……!》

 

「何か切り抜ける方法はあるのか!?」

 

「逃げてるだけじゃ(らち)があかねえぞ!?」

 

《もう少しだけ待って……! 今、突破用のシステムをプログラミングしてるから……!》

 

「ちなみにどれくらいかかる!?」

 

《あと3分……!》

 

 ウィリアムの問いに答えながら、簪はカタカタカタッと、キーボードをすさまじい速さで叩く。

 

「3分だな!? よし!」

 

 そう呟いたウィリアムが、いきなり進路を変えて一夏から離れて行った。

 

「あっ! おい! ウィル! お前なにしてんだよ!?」

 

「そら! こっち来てみろ、このクソイモムシ野郎! 一昔前のパニック映画に出てくるような見た目しやがって!」

 

 わざとらしく大声を上げるウィリアム。当然、モンスターは目立つウィリアムへと狙いを定める。

 ただの人間とモンスター。その身体能力は歴然で、巨体に見合わぬ速度でジワジワと距離を詰めてくるそいつは、口の中から伸ばした3本の触手でとうとうウィリアムを捕らえた。

 

「ぐお!? くっ、このッ!」

 

「ウィル!!」

 

「うわっ、なんだこいつ! 妙にヌメついてるし(くせ)えぞ!?」

 

「待ってろ! 今助けるぞっ!!」

 

「よせ! 来るな! 3分(かせ)げば簪がこいつに反撃できる方法を作ってくれるんだろ!」

 

 言いながら、しかし、すさまじいパワーで引っ張られるウィリアム。

 

「チキショー! 俺なんか食っても美味くねえぞおおお――」

 

 ゴクン……ゲップ……

 

 触手ごと口の中に引きずり込まれていたウィリアムの体が、とうとうモンスターに丸呑みされてしまう。

 そして、それと時を同じくして一夏の体を光の粒子が包んだ。

 

「な、なんだこれ……!?」

 

《データのインストール、完了……!》

 

「これは……?」

 

 一夏は全身黒ずくめの格好にガスマスクをした、特殊部隊のような姿をしていた。

 しかも、肩からブランとぶら下がっているのは自動小銃だ。――これならあのモンスターを倒せる!

 

「ウィルを……」

 

 一夏はすかさず自動小銃を構え、ウィリアムを丸呑みにしたモンスター目掛けて引き金を引いた。

 

「放しやがれええええ!!」

 

 タタタタタタタタッと、軽快な銃声を響かせながら放たれた高速弾は、吸い込まれるようにしてモンスターの頭部に無数の穴を開ける。

 マガジン1箱分の斉射を受けたモンスターは苦しそうにもがいたあと、力が抜けたように動かなくなった。

 

「やったか!?」

 

《それは一番言ってはいけない台詞……》

 

 思いっきり嫌なフラグを立てる一夏に簪が苦言を(てい)すが、モンスターがそれ以上起き上がることはなく、白い光に包まれて、パッと弾けるように霧散した。

 

「ウィル!」

 

 銃を乱暴に肩にかけ直し、一夏はシステム構築の時間を稼ぐためモンスターに丸呑みにされた親友の元へと駆け寄る。

 

「おう、一夏……。ナイスだ……。よくやってくれた……」

 

 ベチャッ、ベチャッ、と体中についた謎の粘液(しかも、なんか臭いしテカテカしてる)を(したた)らせながらウィリアムは言う。

 

「お、おい。お前大丈夫か?」

 

「……何が?」

 

「なんかこう……目が死んでるっていうか……」

 

「ふ、ふふふふふふ……」

 

 突然、ウィリアムが不気味に笑い始める。うつむいた顔から表情を伺えないのが、その気味悪さに拍車をかけていた。

 

「学園を襲撃してきたクソどものせいで放課後の予定が丸々潰れ、一段落済んだと思ったら今度は口にサンドイッチの形した劇物を突っ込まれ、そんでもってあの人食いイモムシに追い回された挙げ句、唾液(だえき)だかなんだか知らん(くせ)ぇ粘液まみれにされて、大丈夫かだって? ああ、もちろんだとも。くくくっ、ふ、ふふふふふははははは……!」

 

「お前マジで目が()ってるぞ!? 気をしっかり持て!」

 

「あーっはははははーっ!」

 

「ウィルーーーー!!?」

 

 ……

 ………

 …………

 

「はぁ……、よし。もう大丈夫だ。世話かけたな」

 

 パンパンッと両頬を叩いて気合を入れ直すウィリアム。

 なんとか正気に戻った彼は、そういえば……と、一夏の格好を見て口を開いた。

 

「武器はわかるが、なんだってお前さんSAS(イギリス特殊部隊)のコスプレなんざしてるんだ?」

 

「さあ? 武器と一緒に出てきたから俺もわかんねえ。――簪、なんで格好まで変わったんだ?」

 

《さっきの防衛プログラム、あれは1度認識した対象に向けて作動する。そして、2人はプログラムに『敵』と認識された》

 

 通信だと言い淀まずにスラスラとしゃべる簪に、「ふむ」と相槌(あいづち)を打つ2人。

 

「つまり、今の俺達は指名手配犯みたいなもんか」

 

「なんか嫌だな、その例え……」

 

《ウィリアムの言う通り。だから、防衛プログラムの目を(だま)す必要がある》

 

「騙すってどうやってするんだ?」

 

「そういうことか。つまり、別の存在だと認識させることで、1回限りだがプログラムから隠れることができるわけだ。そしてその方法が……」

 

《変装》

 

「ってなわけか」

 

「だから格好まで変わったのか」

 

 ポンポンと、黒いボディーアーマーを叩きながら、一夏が「なるほどな」と呟く。

 

「なら簪、俺の分も早速やってくれ。さすがに全身粘液まみれのままじゃいたくねえ……」

 

《少し待ってて》

 

「せっかくだからカッコいいので頼むぜ?」

 

 通信回線越しにカタカタというキーボードの音を聞きながら、ウィリアムは自分がどんな格好になるのかを想像する。

 

「(一夏の格好がSASだったからな。ここは海兵隊……いや、シールズのミッション・ドレスか? うーむ、以外とSWATとかもありえそうだな……!)」

 

《インストール、開始……》

 

「うおっと!?」

 

 突然現れた光の粒子がウィリアムの全身を包み込む。

 そうして出てきたのは……。

 

「こ、こいつは……」

 

 ――海兵隊でもシールズでも、SWATのどれでもなかった。

 袖をまくったポロシャツにサスペンダー付きの茶色いズボン。頭には目元に穴の空いた頭陀袋(ずだぶくろ)を被っている。

 そして何より、その手には大型の動力付き伐採機――つまり、チェーンソーが握られていた。

 

「って! これどう見たって某サバイバルホラーゲームの敵モブじゃねええかああああ!!」

 

《ごめん……。一夏に先にデータを送ったから、今は残ったそれしかない……》

 

「逆にこの格好があったことに驚きだよ! なんだよ! チェーンソー振り回して敵を切り刻めばいいのか!? 一夏のとか滅茶苦茶カッコいいじゃねえか!」

 

「お、落ち着けってウィル……」

 

「あーりえんなー!!」

 

「そ、そんなこと言うなって。ほら、な? け、結構似合ってるぜ?」

 

 フォローのつもりだったのだろう、一夏の言葉にウィリアムがピクッと反応する。

 

「……似合ってる、だと?」

 

「お、おう――」

 

「じゃあお前、服脱げお前ェ! 今すぐ俺のと交換しろお前ェ! お前の方がもっと似合うから! ほら! なあ!?」

 

「お、俺よりウィルの方が似合ってる、と思うぞ……?」

 

「目ぇ逸らしながら言うなッ!! ちくしょう! いつも貧乏くじばっか引かされる!」

 

《帰ってきたら他の服も用意しておくから……》

 

「簪もそう言ってるし。ほ、ほら、そろそろ行こうぜ」

 

「……俺が何したっていうんだこんな理不尽が許されてたまるかこうなったのも全部襲撃犯のクソ野郎どものせいだ許さん許さん絶対許さん……!」

 

 ドス黒いオーラを放ちながらブツブツと呪詛(じゅそ)のように呟くウィリアムを連れて、一夏は青い色をしたドアのノブに手をかけた。

 

《気をつけて。またニセ一夏に襲われる可能性が高いから》

 

「大丈夫だ。今回は武器があるし、それに……」

 

 と、一夏は視線を左隣に移す。

 そこには、セルモーターに繋がるワイヤーを引っ張リ、チェーンソーを始動させるウィリアムがいた。

 

 ブゥン! ブゥン! ヴィィィィィィンッ!!

 

「……なんかウィルの()る気がすごいしな……」

 

 心の中で、もう本当に某ゾンビゲーのクリーチャーにしか見えねえよ……と呟く一夏。

 

テ・ボイヤ・マタァル!(野郎ぶっ殺してやる!)

 

「……………」

《……………》

 

 なぜかスペイン語で物騒な発言をするウィリアムは、どこからどう見ても完全に某ゾンビゲーのクリーチャーだった。

 

 ▽

 

「こっちの方も成長してるな」

 

「ンッ……!」

 

 後ろからそっと乳房を持ち上げられ、わたくしははしたない声を漏らしてしまう。

 最初は下からすくい上げるように。

 それからゆっくりと全体を確かめるように一夏さんの手が触れていく。

 そして、いよいよ胸の先端に指先が触れようとしたところで――

 

 ガッシャアアアアアンッ!!

 

「だから! お前(オレ)は何やってんだよ!」

 

 窓ガラスを突き破り、やって来た特殊部隊装束の男が一夏さんに銃弾を浴びせる。

 

「一夏さん!!」

 

『ワールド・パージ、異物排除……異物、排除……いぶ……』

 

 頭部を撃ち抜かれて、斜めになった首のまま、一夏さんはブツブツとわけのわからない単語を繰り返す。

 ギョロン、と。その目が黒一色に変わった。

 

「一夏……さん?」

 

 何かがおかしい。でも、何が……?

 

 バゴオオンッ!!

 

 室内が揺れるほどの轟音とともに、何かが壁を破壊して入ってくる。

 

「今度はなんですの――」

 

 ヴイイィィィィィィンン!!!

 

イ"ヤ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!

 

「いやあああああああ!!?」

 

 特殊部隊の男に続いてやって来たのは、頭に頭陀袋を被り、回転するチェーンソーを振り上げて走ってくる大柄な男だった。

 

「テメェ、セシリアに何やってんだァ!!」

 

 チェーンソー男によって胸部を深々と斬りつけられた一夏さんは、さらに銃弾を撃ち込まれる。

 

「(い、い、一夏さんが!?)」

 

 傷口から黒い粘液を出しながら、ドロドロに全身が溶けていく。

 やがて最後には全て光の(くず)となって消えた。

 

「あ、あ、あ……っ」

 

「セシリア、大丈夫か? 助けに来た――ぞっ!?」

 

 わたくしは【ブルー・ティアーズ】を展開し、近接用ブレード『インターセプター』で侵入者達を払いのける。

 

「わたくしの一夏さんが! わたくしの! わたくしだけのっ!」

 

「うお、まずっ――!? 正気に戻れ、セシリア!」

 

「お、おい、待て! やめろっ、バカ!」

 

「バカですって!? このわたくし、イギリス代表候補生、セシリア・オルコットに向かって――」

 

 あれ?

 

「(わたくしは……セシリア・オルコット。イギリスの……代表候補生?)」

 

 頭の中がモヤモヤとする。

 

『ワールド・パージ、強制介入』

 

 ――ズキンッ!

 

「痛っ!」

 

 頭が痛い。まるで割れるように。

 

「う、う、う、わたくし……わたくしはっ……わたくしはぁっ……!」

 

「セシリア!」

 

 ガスマスクを取り払う侵入者。

 その顔は、一夏さんだった。

 (りん)とした眼差し。力強い声。

 そう、わたくしを夢中にさせるイケナイ男性(ひと)――。

 

「撃て、偽物の世界を!」

 

 ――そう、これこそが、わたくしの一夏さんですわ!

 

「よろしくってよ!」

 

 わたくしは天井に向けて『スターライトmkⅢ』を撃つ。

 まやかしの世界は、それで砕け散った。

 

 ▽

 

「まったく、酷い目に遭いましたわ!」

 

 プンプンと腕を組んで怒っているのは、制服姿のセシリアだ。

 さっきからしきりにロール髪をいじっては、ブンブンと振り払い、そしてまた腕組みをしている。

 

「……………」

 

 まあ、無事に救出できたからいいんだが? 正直、セシリアの『酷い目に遭いましたわ!』って台詞には物申したい。

 

「それなら俺だって散々な目に遭ったぞ〜?」

 

 ニッコリ笑いながら、チェーンソーの回転スイッチをカチッカチッと押す。

 

 ブゥン! ブゥン!

 

「ひっ……!」

 

 どうやら、さっきの俺はセシリアにとって軽いトラウマになったらしい。

 

「まあ、なんにせよ、無事でよかったよ」

 

 ホッとした様子で、一夏が微笑む。

 

「無事? 無事ですって!? わたくしはあの偽者に体を――」

 

 ギャンギャンとした剣幕でまくし立てるセシリアが、ピタッと止まる。

 

「お、お2人、とも? あの、あなた達……バスルームに入って来ましたわよね……?」

 

Uh-Oh(おっと……)

 

 ……こりゃマズイ。

 さっきからなるべく思い出させないようにしていたところに、セシリアの意識が向かった。

 

「わ、わ、わたくしの裸を……み、みっ、見ましたわね!?」

 

「落ち着けセシリア! はじめに言っておくが、俺はニセ一夏しか見ていなかったからな!? この頭陀袋、視界が悪いから! 本当だぞ!?」

 

 ちなみに、俺の言葉は全て事実である。

 

「考えてもみろ! もし俺がそんなことしようものならラウラに生きたままパールハーバーに沈められちまうだろ……!」

 

「それもそうですわね。――一夏さん!」

 

「み、見てない! 俺も見てないぞ!」

 

「ウソおっしゃい! ……【ブルー・ティアーズ】!」

 

 いきなりIS展開。セシリアは耳まで真っ赤にして、一夏をズビシッと指さした。

 

「ウィルと扱いが違う!?」

 

「そりゃお前さん、日頃の行いってやつだろ」

 

「行きなさい、ビット!」

 

「う、ウソだろ、おい!」

 

 しかし、冗談でも何でもなく、4機のビットが射出され、一夏に向かってビーム攻撃を始めた。

 

「うわあああああっ! 死ぬ、死ぬ! 死んでしまう!」

 

 一応、手加減はしているのかビームが体を撃ち抜くことはないが、そんなことを知らない一夏は必死の形相で逃げ回る。

 

「わ、わたくしを(はずかし)めておいて!」

 

「俺じゃない! 俺じゃないだろ!」

 

「どちらも一夏さんですわ!」

 

「無茶苦茶だ!」

 

 ビームが一夏のケツを焦がす。

 

「せ、セシリア……!」

 

「聞く耳持ちませんわ!」

 

「きれいだった!」

 

「えっ……?」

 

「ワオ……あいつ言いやがったな」

 

 ピタッとセシリアの動きが止まり、それに合わせてビットも止まる。

 

「その、なんだ……きれいだったぞ、セシリアの体っ……」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなってきたのだろう、一夏の耳はわずかに赤い。

 

「……………」

 

 しかし、その恥ずかしい言葉の効果はあったらしく、セシリアはISを解除して、急にモジモジとしおらしくなった。

 

「い、一夏さんだけですわよ……ご覧になっていいのは……」

 

「こ、光栄だ……」

 

「それにしても、世界一きれいだなんて」

 

「(いや、そこまでは言ってなかっただろ……)」

 

 なんて横から言うのは無粋極まりないので、ここは黙って見守ることにしよう。

 ……恋する乙女は耳に特殊なフィルターを搭載しているらしい。勉強になる。

 

「もう、一夏さんったら!」

 

 ドンッと、一夏を両手で突き飛ばしたセシリアは、タッタッターと森の外へと駆けて行った。

 

「は、はは……。死ぬかと思った……」

 

「よう、一夏。大変だったな」

 

「大変だと思うなら助けてくれてもよかったろ……」

 

「はははっ。でもお前さん、セシリアの体を見ちまったのは事実なんだろ? 頭をぶち抜かれなかっただけマシなもんだ」

 

「うぐっ……」

 

……まっ、未来の嫁さんだといったら話も変わってくるだろうが、な……

 

「……? ウィル、今なんか言ったか?」

 

「ああ、女の裸を見たんなら責任はしっかり取れよって言ったんだよ」

 

 はてさて、このニブチン王子様の行く先はいったいどうなることやら。

 

《一夏……》

 

 簪からの通信が届く。

 ……が、しかし、その声は酷く不機嫌そうだった。

 

「(あっ……もしかして、さっきまでの一夏とセシリアの会話を聞いて……)」

 

「簪、次はどうする?」

 

《衣装を転送するから、好きにしたらいい》

 

 ブツッと通信が切れる。

 うん、間違いなくさっきのこいつとセシリアの会話を聞いて嫉妬(しっと)したな。

 

「な、なんだあ?」

 

「乙女心ってのはスパコンよりも複雑ってことなんだろうさ」

 

 わけがわからない、といった様子の一夏に短くそう告げる。

 直後、俺達の頭上に巨大な衣装ケースが落ちてきた。

 

「おわあああっ!?」

「な、なにぃぃぃ!?」

 

 ギリギリのところでそれをかわした俺と一夏は、ゴクリと(つば)を飲む。

 

「お、俺、何かしたか……?」

 

「か、完全にとばっちり食っただけじゃねえか……」

 

 お前のせいだぞ、このミスター唐変木め。

 ともあれ、残るはラウラ、シャルロット、箒の3人だ。

 ――よし。

 

「さっさと片付けちまうか!」

「いっちょうやりますか!」

 

 俺達は衣装ケースを開いた。……今度はもう少しマトモな格好がありますように。

 

 

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