インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
「こういうのでいいんだよ、こういうので」
豪華なカーペットの敷かれた廊下を歩きながら、ウィリアムはフフンと満足げに笑う。
「ほんとそれ気に入ってるよな、お前」
「そりゃお前、あのクリーチャーの格好と比べるまでもないだろ? 断然こっちの方がいいに決まってる」
その言葉に、「それはまあ、確かにそうだよな」と答えた一夏は、改めてウィリアムの格好を見た。
全体的にゴツいその見た目は
ニーパッド付きズボンにコンバットシャツとコンバットブーツ、アーマーグローブ、そしてタンカラーのボディアーマーで固めた姿は見るからに強そうだ。
背中にはバックパックを背負い、頭は目出し帽とヘルメットで覆われている。おまけにその両手には巨大な銃――M240軽機関銃を
「(バイオの次はBFかよ……)」
まんま某FPSゲームに登場する『援護兵』と呼ばれるキャラの格好である。
「弾ならあるぜ!」とか「メディーーック!」という台詞がなぜか一夏の脳裏を
「……………」
ふと、ウィリアムのそれと見比べるように自分の体を見下ろす一夏。
その格好はなんというか――変な仮面に背の高いハット、派手な色をしたマントにブーツ、手袋と、『怪盗』だった。
「(あの時、チョキを出してたら……)」
どっちがどの服を着るかをジャンケンで決めることにしたのだが、結果はこの通り。すさまじい気迫のウィリアムに惨敗したのだった。
しかしまあ、自分達で取り決めたことなのだから
窓から差す陽の光に照らされた長い長い廊下を、一夏とウィリアムは歩いて行くのだった。
▽
僕の名前はシャルロット・デュノア。
IS学園に通う――
『ワールド・パージ、完了』
――豪商、織斑家に仕えるメイド。
でも、それはあと1週間で終わり。なぜなら……。
「シャルロット」
「ひゃあっ!?」
いきなりお尻を撫でられて、僕は大きな声を上げる。
思わず落としそうになった掃除道具を、慌てて両手で抱きしめた。
「ご、ご主人様!? ま、またそうやってイタズラを――」
「いいじゃないか、少しくらい。それに、そろそろご主人様呼びはやめてくれないか?」
「で、でも……」
教会で育った僕を雇ってくれた先代の当主は昨年亡くなり、今年はもうご主人様――一夏が当主の座に就いている。
その一夏が、当主の座に就くなり宣言したのが『メイドのシャルロットを妻として迎える』だった。
1週間後、結婚式で僕と一夏は結ばれる。
「ま、まだ、その……メイドですし」
「ふうん? じゃあ、ご主人様の命令には絶対なんだ?」
「は、はい、もちろん」
「そうか」
そう言うと、いきなりご主人様――一夏は、僕のスカートを
「きゃあああっ!?」
「今日もエッチな下着つけてるんだな、シャルロットは」
「こ、ここ、これは、だって、ご主人様がっ、つけなさいって……」
白いレースで縁取られたシースルーのエッチな下着。
つけている理由は、ご主人様に命令されたからってだけじゃなくて……一夏が、その、いつ
「シャルロット、顔が赤いぞ」
「も、もう、ご主人様っ! 僕は仕事があるから失礼しますっ!」
そう言って逃げ出そうとした僕を、一夏が後ろから抱きしめてくる。
「逃さない」
「だ、ダメ……です……。仕事がまだ、残って……」
サワサワと、お尻を撫でられる。
「俺の相手をするのも仕事だぞ?」
「んっ……。わ、わかりました……」
カァッと顔を合わせる赤らめて、僕はうなずく。
そうすると、一夏はいきなり僕をお姫様抱っこした。
「可愛いメイドを捕まえた♪」
「こ、こんなところ、他の人に見られたらっ……!」
「大丈夫だって。俺とシャルロットの仲はみんな公認なんだから」
「そ、そういう問題じゃ……」
口ではそう言いながらも、その事実が嬉しすぎて
「さ、俺の部屋へ行こうか」
チュッ、と頬にキスされて、僕は生まれたての仔猫のように大人しくなってしまう。
「(さ、逆らえないよ……)」
だって、逆らいたくないと思ってしまうから。
身も心も
愛おしい一夏に。
大好きなご主人様に――。
「着いたよ、シャルロット」
「う、うん……」
連れてこられたのは一夏の寝室。
「(こ、これって、ついに……そういうことなのかな……!?)」
ドキドキドキ
高鳴る胸は、もう痛いくらいだった。
「シャルロット……」
覆い被さってくる一夏を間近で見つめてから、僕はそっと
「くすっ。今日はプレゼントがあるんだ」
やや力んだ唇を指でなぞられて、やっと僕はキスじゃないことに気づく。
「(あ……。ち、違うんだ……)」
ホッとしたような、ガッカリしたような。
そんな
「あっ。こ、これって!」
「そう、結婚式のだよ」
女の子の
それが今自分の体の上にあった。
「着てみてくれないか、シャルロット」
「う、うんっ」
コクンッと元気よくうなずいて、僕は一夏と一緒にベッドから降りる。
「……………」
「……………」
「あの……ご主人様?」
「なんだい、シャルロット?」
「そこにいられると、その……」
「着替えられない?」
「は、はい」
ドレスを抱きしめながらうなずく。……ああもう、恥ずかしいよ。
「見せてくれないかな」
「へ……」
「見たいな」
「え、いや、だって、その……」
「お願い」
そう言って一夏は僕にイタズラなウインクをしてみせる。
「(も、もうっ! そんな顔されたら断れないよ……)」
けれど、自分から「いいよ」とは言い出せなくて、僕は黙ってしまう。
「いい? シャルロット」
「は、はい……」
「ありがとう」
ご褒美、とばかりに一夏が僕の頬にキスをする。
それだけでもう、幸せいっぱいになってしまう。
「(よ、弱いなぁ、僕……)」
照れ笑いを浮かべて、一旦ドレスをベッドに置く。
それから改めて一夏の正面に立った。
「そ、それじゃあ、その……ぬぐ――き、着替えるね」
『脱ぐね』と言いかけて、慌てて訂正する。
さすがにそれは、あまりにも直球的だ。
「……………」
ゴクッと唾を飲んで、僕はまずエプロンをほどく。
シュルッ……と、音を立てて、メイド服からエプロンが外れる。
ただそれだけのことなのに、一夏の視線を感じるだけで僕の心臓はもう破裂寸前だった。
「(だ、大丈夫、大丈夫……。下着を見られたことなら何回もあるんだし……)」
でも、自分から『脱ぐ』ところを見せるのは初めてだ。
そう思ってしまうと、ますます手が憶病になってしまう。
「が、頑張れ、僕……! 夫婦になったら毎晩なんだからっ」
……あれ?
「シャルロット、毎晩……いいのか?」
「く、口に出てた!?」
「うん」
「っ〜〜〜〜〜〜〜!!」
ボフウッ! と、音が出そうなくらい、僕の顔は一気に真っ赤になる。
「(そ、そうだよ! 何言ってるの、日曜日くらいはお休みして鋭気を養ってもらわないと――って、そうじゃなくて!)」
ブンブンブンと頭を振るが、ピンク色の思考はなかなか出て行ってくれない。
「ほら、シャルロット。手が止まってる」
「う、うん……」
こうなったら無心だ。無の境地だ。心を空っぽにして、僕はサササッとボタンを外していく。
「そんなに急がなくてもいいよ」
「ゆ、ゆっくりは恥ずかしいよっ……」
わかってるって、という顔で微笑む一夏。
ああもう、ああもうっ!
僕は意を決して、ワンピースタイプのメイド服をスルリと床に脱ぎ捨てる。
一夏の遠慮のない視線が恥ずかしくて、僕は反射的にブラとパンツを手で隠した。
「い、一夏ぁ、ジロジロ見すぎだよ……」
「しょうがないだろ、魅力的なんだから」
「も、もうっ……」
そう言われると、悪い気はしない。
むしろ、大好きな人に言われているんだから、恥ずかしい反面誇らしく思えてくる。
「い、一夏、もっと……見たい?」
「見たい」
即答。
でも、僕の顔はだらしなくニヤけてしまう。
「しょ、しょうがないなあ……。一夏のエッチ……」
ゆっくりと手をどけて、レースとシースルーが扇情的な下着姿をあらわにする。
身に付けているのはメイドの証、ヘッドドレスとガーターベルト、それに白のニーソックス。あとはブラとパンツだけ。
「(恥ずかしいけど……一夏なら、いいよ)」
そう思った、その時だった。
ダダダダダダダダダダッ!!
火薬の炸裂音が連続して、ドアの
次の瞬間にはドアが蹴破られておかしな人物が2人入ってきた。
「あぁ……またこの展開かよ。あとで絶対ラウラに殺されるよな、俺……」
「なんでみんなしてこんな夢ばっか見てんだよっ!」
変な格好をした2人組。重装備兵の男はどこか遠い目をしているが、もう1人――怪盗のような姿の男が一夏に殴りかかる。
「なんだお前は!」
「お前こそなんだ!」
「い、一夏っ!」
押さえ込まれた一夏を助けようと、僕は壁に掛けてあった剣を手に取った。
「ご主人様から離れろっ!」
「うわあっ!?」
ビュン、と迷いのない剣筋で放った斬撃を、怪盗はギリギリのところでかわす。
「ウィル!」
「ああ! そのまま頭下げてろ! あのクソを落としてやる!」
怪盗の声に素早く反応した重装備兵は近くの机を蹴り倒し、その上にマシンガンを置いて固定する。
「させないよ!」
僕は手近な所に飾ってあった花瓶を手に取り、マシンガンに向かって投げつけた。
ガシャーンッ! とけたたましい音を立てて花瓶は砕け散り、その衝撃で照準が一夏から大きくズレる。
「シット――!?」
「そこ!」
動揺した
「うおおおおお!?」
「ッ!?」
ガギンッ! マシンガンのトリガー部分に剣先を引っ掛けられてギリギリ攻撃が防がれてしまう。
反撃を警戒して重装備兵の男から飛び退いた僕は、一夏を背中に隠して剣を構えた。
「い、今のはさすがに死ぬかと思ったぞ……!」
「お、落ち着け、シャル!」
「気安く呼ばないで!」
――あれ?
「助かったよ、シャルロット」
――あれれ?
「(僕、ぼくは……シャルロット……。でも、……誰かにだけ、特別に……シャルって呼ばれて……)」
『ワールド・パージ、強制介入』
――ズキッ!
「ううっ!」
まるで思考を
僕、僕は、僕が好きなのは――
「一夏に、シャルって呼ばれること!」
そう呼んでくれた一夏でもなく、大切な友達のウィルでもなく、僕は偽者の一夏に剣先を向ける。
途端に、ニセ一夏の目の色が物理的に変わった。
「ワールド・パージ、異物排除……異物排除……いぶ――」
ピウン、と。
ニセ一夏の首が飛んだ。
「偽者とはいえ自分の首が斬られるところを見ることになるとは……」
「ぅわお……。こりゃそこらのスプラッタ映画よりエグいな……」
本物の一夏とウィルがそう呟く。
偽者の方はというと、血を噴き出すこともなくパラパラと光の
「シャル! ウィル! 脱出するぞ!」
「えっ!?」
いきなり、ガバッと一夏が僕を抱きかかえる。
「ははっ! 役得だな、シャルロット!」
重そうなマシンガンを肩に
「も、もうっ……!」
顔が熱くなるのを感じながら、マントに包まれた僕は、ガラスを突き破る音をどこか遠くに聞いていた。
「(一夏の鼓動……感じるよ……)」
愛しい温もりに包まれて、僕は
▽
「ふう……」
ドアを抜け、俺達は森の中に戻ってくる。
「……さて、そろそろお決まりの時間だよな……」
そう呟いて、俺はスッと後ろを向いた。
――直後。
「きゃあああああっ!?」
「な、なんだ――ぐあっ!」
「み、見ないでぇ! 一夏のエッチ!」
背中越しにシャルロットの悲鳴が響く。
シャルロットはIS学園の制服に戻っておらず、さっきまでいた世界のセクシーな下着姿のままだった。
「な、な、なんでっ!?」
「せ、セシリアは制服に戻ったぞ」
……たぶんだが、素っ裸じゃない=身につける物を
なんてのんきに考察をしていると、またもやシャルロットの悲鳴が聞こえた。
「だ、だから、見ないでってばぁ!」
「ぎゃあああっ!? 目がっ、目がああああ!!」
「ああっ!? ご、ごめん! 大丈夫!?」
おいおいおい! 今、ドブスッて音したぞ!? さすがにヤバくないか!?
「お、おい! お前ら何やって――」
尋常ではない一夏の絶叫に驚いた俺は、咄嗟に2人の方に振り向く。……振り向いてしまった。
「あっ……!!?」
「あっ……」
えっと、だから、その……
「あー、と、シャルロット?
「ッッ〜〜〜〜!!」
プルプルと震えるシャルロット。その右手は
引きつった顔でぎこちない笑みを浮かべる俺はゆっくりと
よし、これで目は大丈夫だな。
――次の瞬間に飛んできた右ストレートは、
……
………
…………
「もうっ! 見ないでって言ってるのに見てくるんだからっ!」
一夏のマントを羽織り、プクーっと膨れた顔で背中を向けるシャルロット。そんな彼女の後ろで俺と一夏が
「な、なあ、シャルロット?」
「言 い 訳 す る の ?」
「アッ、イエ。
ギンッ、と鋭い流し目を向けられて、俺は口を一文字にして即黙る。
「あ、あのな、シャル……」
シャルロットの表情を伺いながら、今度は一夏が声を上げた。
「そ、そんなに怒ってると、可愛い顔が台無しだぞーっと」
い、一夏!? お前、恐れを知らん奴だな……! そんなこと言ったら機嫌を治すどころかIS用マシンガンでミンチにされちまうぞ!?
「……デート」
青筋を立てたシャルロットに機銃掃射されるシーンを想像して戦々恐々としていると、件のシャルロットが小さく口を開いた。
「う、うん?」
わずかに聞こえた声に一夏が反応すると、シャルロットがマントで体を隠しながら首を振り向かせる。
「だ、だからっ! デート! 遊園地デートしてくれたら許してあげる!」
「お、おう。じゃあ遊園地ならみんなで一緒に――」
「2人きりがいいの!」
ジーッと一夏を睨む目は、わずかに涙が溜まっている。
昔から男という生き物は、どうにもこういった表情をされると弱くなる。
それはもちろん鈍感な一夏であっても例外ではなく、仕方ないと諦めてうなだれた。
「わかったよ……。貯金、下ろすから」
「え、ウソ!? ほんとに!?」
「シャルから言い出したんだろ」
「えっ!? あ、うん、そうだけど……」
シャルロットはパアッと表情を輝かせると、
「……やったぁ。言ってみるものだね。えへへ」
なんとか機嫌を取り戻してくれたらしい。さて、ところで俺の処遇はどうなるのだろうか。
「ウィル」
「は、はいっ。なんでございましょうっ」
「ウィルも、さっきのことは許してあげる。そ、その替わりに、ね……」
少し伏せ目がちになったシャルロットが口ごもる。
「『その替わり』?」
く、口にするのも
「こ、これからも色々と手助けしてくれると、嬉しいかなって……」
……。…………。
「へ? 『手助け』?」
助けるって何を……と首をかしげながらシャルロットが視線を向ける先に同じく目をやる。
「(……ああ、なるほど。それくらいならお安い
こっそり向けた視線の先、そこにいるのは――今まさに
「役に立てるかはわからんが、精一杯手を貸そう」
そう言って小さくサムズアップしてみせると、シャルロットの顔に花が咲いた。
よしよし、許してもらえたようで何よりだ。これでひとまずは安心だな。
「おい、王子様。家計のお話はまたあとにしとけ」
「それもそうだな。取り敢えずこの世界を出るか。送っていくよ」
「その必要は……ない」
またしても森の茂みの中から、簪が現れた。
「私が……送っていくから……」
「お、おう」
わずかに怒気を含んでいるような声に一夏が気圧されている。どうやら、さっきの話を聞かれていたらしい。
「取り敢えず、シャルロットの……制服をダウンロード……、完了」
パアッと光に包まれたシャルロットが、いつものIS学園制服へと
「じゃあっ、一夏っ。ウィルっ。僕は一旦戻るからねっ。約束、忘れないでねっ」
テンション最高なシャルロットが、軽い足取りで森の外へと向かう。
それを追う直前、簪がボソッと俺達に呟いた。
「
「うぐぅっ!? そ、それを言われると痛い……!」
「な、なあっ!? ち、違うぞ、俺は別に――」
しかし、簪はプイッと顔を背けて行ってしまった。
「「……………」」
2人だけで残された俺達は、参ったなぁと頭をかく。
ともあれ。
「残るドアは2つ。箒に――」
「ラウラだ。あいつらがまだ取り残されている」
絶対に助け出してやると、俺達は宙に浮かぶ2枚のドアを睨む。
「よし、行くぞ!」
「
そう意気込んで、俺達は衣装ケースを漁った。
▽
「っ! これは……」
ゴソゴソと衣装ケースを漁って出てきたのは、深緑色のツナギと金具で繋がったハーネス――戦闘機用のパイロットスーツだった。
ご丁寧に酸素マスク付きヘルメットもセットになっているそのスーツ一式を、俺は迷わず引っ張り出す。
途端にさっきまで着ていた重装備が光の粒子となって消えていき、代わりに今手に取ったパイロットスーツが俺を包んでいた。
「(やっぱりこれが一番しっくりくるな)」
ハーネスに体を締めつけられる圧迫感、動作のたび擦れる金具の音、
「……よし」
指出しグローブを着けた手を数回開閉させて感触を確かめてから、俺はそう呟いてうなずいた。
「これ、久しぶりに着るなぁ」
隣で懐かしそうに口を開いたのは、同じく着替えをしていた一夏だ。
その格好は
IS【白式】のメイン装備がブレードだからだろうか、一夏のイメージにはピッタリだった。
「いいね。なかなか似合ってるじゃないか、一夏」
「へへっ。そう言うウィルこそよく似合ってるっていうか、これこそウィルだ! って感じしてるぜ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。――それじゃあ、早速行くとするか」
「おう!」
次のドアの前に立ち、ノブをひねる。
ガチッ
「うん?」
「どうした?」
「妙だな。ノブが回りきらない」
強めの力で再度ノブをひねってみるが、まるで何かが詰まっているかのように途中でつっかえてしまう。
参ったな。ドアが開かなければ、あいつらが閉じ込められている世界に入れないじゃないか。
「もしかして、犯人がまた何か仕掛けてきてるんじゃないか?」
「その線が濃いな。また人食いイモムシに追いかけ回されるなんざゴメンだぜ……。簪、そっちから原因を特定できるか?」
《少し待ってて》
カタカタカタカタ、と素早くキーボードを叩く音が聞こえる。優秀なオペレーターのおかげで原因解明はすぐのことだった。
《……どうやら2人は少し暴れすぎたのかと。犯人によってロックされてる》
「「……つまり?」」
《ここから先は1人ずつしか入れない》
1人で、か……。
正直、別行動には不安しかない。例のニセ一夏のこともあるし、それ以外に何も起こらないという確証もないのだから。
しかし、だからと言ってここで尻込みしているわけにもいかない。
「「……………」」
互いに目配せして、うなずき合う。
このドアの先――クソッタレな世界に、大切な人が
「俺は、このドアを行く」
「俺はこっちだ」
残るドアは2つ。俺達は2人。それぞれノブにかけた手をひねると、さっきのつっかえがウソのようにすんなりとドアが開く。
「一夏! 幸運を!」
「またあとでな! ウィル!」
《2人とも、気をつけて》
「「おうっ!」」
そうして、俺達は先の見えない暗闇へと進んで行った。
▽
私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。
ドイツ軍所属、IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長で現在は――
『ワールド・パージ、完了』
――現在は、新婚2ヶ月目の『嫁』を愛する『新郎』だ。
愛の巣は私と嫁で半分ずつ金を出し合って買った一軒家。
家族は嫁と私、そして愛犬のラッキー。2人と1匹には広い気もするが、将来を思えばどうということはない。
ちなみに、愛犬にラッキーと名付けたのは嫁だ。私の嫁は実にいいセンスをしている。
「ふむ……」
私はリビングのテーブルで、新聞を広げて朝食を待っていた。
「やはり、中東情勢が変わってきているな。我がドイツへの影響は少ないだろうが――」
「ラウラ、朝食ができたからそろそろ新聞をたたんでくれ」
「む? もうできたのか」
「ああ。運ぶから少し待っててくれ」
そう言って嫁はミルク多めのホットコーヒーを私の前に置く。
「(良くできた『嫁』だ)」
ウンウンと心の中でうなずく。
嫁の名前はウィリアム・ホーキンス。――いや、今はもうウィリアム・ボーデヴィッヒという方が正しいか。愛称はウィルだ。
「お待ちどうさん。ラウラ、オムレツができたぞ」
中身はフワトロ、愛情たっぷりオムレツを受け取って、私は改めてウィルを見る。
エプロン姿が様になっている、自慢の『嫁』だ。
「あー、ウィル。実はだな……」
コホン、と咳払いをして話を切り出す。
「今日は、特別休暇が出たのだ。だからだな、その……」
「待て、言わなくてもわかるぞ。つまり、1日中2人きりでいられるってわけだ!」
「う、うむ……」
私が少し照れてうなずいたのに対して、ウィルは嬉しそうに笑った。
「それなら、早速コイツを使わない手はないよな」
「う! そ、それは……」
言いながら取り出したのは、結婚記念日に1人5枚ずつ交換した『なんでもおねだり券』だった。
見覚えのある自分の手書きの字に、ますます恥ずかしさが
「(な、何を『おねだり』する気だ、ウィルめ……)」
前は『ゴスロリ』の格好をさせられた。
今度は何だ? な、ナースか?
『ラウラ、俺だけの癒やしの天使……』
め、メイドか!?
『ほら、ご主人様って言ってみな……』
それともバニーか!?
『かわいいウサギちゃん、俺だけのラウラ……』
………………。
「ラウラ? おーい、ラウラー」
「――ハッ!? な、なんだ!?」
「鼻血、出てるぞ」
そう言ってハンカチでゴシゴシと私の顔を拭くウィル。
「じ、自分でできるっ。馬鹿者っ!」
「へいへい」
「返事は『はい』だ!」
「そんなことより、ほれラウラ、あーん」
……パクッ。
「(わああ、ウィルのオムレツ、フワッフワのトロットロ〜♪)」
――などと幸福感に浸っている場合ではない!
「ウィル!」
「うん?」
「な、な、何をおねだりする気だ!?」
思わず立ち上がった私を、ウィルは笑顔でたしなめる。
「まあ、落ち着けって。指揮官たる者、焦りは禁物。常に冷静であれ、だろ?」
「う、うむ……そうだなっ」
取り敢えず座り直す。そしてトーストをかじって、サラダを
「裸エプロン、とかいうのが見たいな」
――ブフウッ!!
「ゲホッゲホゲホッ! ……な、なに?」
「ラウラに裸エプロンってのをしてほしいな、っておねだり」
「ば、ば、馬鹿者! 誰がそんなハレンチなことをするものか!」
テーブルに身を乗り出してウィルに詰め寄る。
返ってきたのは、額へのキスだった。
チュッ……
「あっ……」
「なあ、ダメか……? ラウラ」
普段のウィルならば絶対にしないような上目遣い。
額へのキスに加えて、こんな表情までされては
「う……、うむ……」
私は小さくうなずくことしかできなかった。
▽
「さて……ここはどういう世界だ?」
ドアをくぐった先、ちょっとした庭が付いた一軒家の前に出てきた俺は、ひとまず辺りをキョロキョロと見渡す。
「どう見たってこの家が怪しいんだが……」
ベストのホルスターからピストルを引き抜き、マガジンを外して弾が入っているか確認する。
「(15発マガジンか。ちと心もとないな……)」
スライドを半分だけ引いて薬室を覗く。……薬室とマガジン合わせて16発。まあ、持ってないよりかはマシか。
「よし、行くか」
周囲を警戒しながら目の前の一軒家に忍び寄る。豪邸とまでは言わないが、それでもずいぶん良い家だ。
俺の給料で何年分だろうかと、そんなことを考えながら庭のすぐ手前まで近づく。
「……ん?」
ふと、視界の端に立っていた表札に自然と目が
そこには、ややデフォルメされた可愛らしい字でこう書かれていた。
「ラウラ&ウィリアム……ボーデヴィッヒぃ!?」
ヘルメットの中で間抜け面を
お、俺の
いや待て、落ち着け。今の問題はそこじゃない。この表札からしてラウラがここにいるのは間違いない。問題なのは、俺の偽物も一緒にいる可能性が
「……………」
偽物の俺がラウラと夫婦してるってことがとてつもなく気に食わないが、何よりもラウラをこんな世界に閉じ込めている犯人に対して怒りが沸々と込み上げてくる。
「偽物だろうがなんだろうが叩きつぶしてやる!」
カチッと、ピストルの
芝を踏みつけ、花壇を
『グルルルル……』
「!?」
家の陰に隠れて見えない向こう側からした低い
「ウソだろ……」
ゆっくりと
「……お前どう見たって『ラッキー』って
コイツにこんな名前をつけた飼い主は少々センスがズレているらしい。――などと、そんな下らないことを考えている場合じゃない。
まただ、人食いイモムシに続いて今度は筋肉モリモリの軍用犬が出て来やがった。冗談じゃない。
「
犬歯をむき出しにしたソイツは体格に見合わない速さで飛びかかってきた。
まったく、今日はとことんツイてないな!!
▽
「こっ、これでいいのかっ……!?」
声にもイマイチ迫力のない私は、おずおずとリビングに姿をさらす。
身に
ギュウッと前垂れを引っ張って少しでも肌を隠そうとするが、ウィルの遠慮のない視線は私の身体を
「うぅっ……」
「可愛いぞ、ラウラ」
「ええい、うるさいうるさい!」
私の羞恥心を煽るように、ウィルはとびきり優しい声で言う。
「それじゃあ、せっかくエプロンを着てるんだから料理でもしようか」
「な、なにっ!?」
「その方がラウラの可愛さがグッと増すぞ?」
「ぬ、ぬぐぐっ……!」
ウィルに『可愛い』と言われれば私は逆らえない。
そんな自らの愚かしさが、小ささが、憎くて……愛おしい。
「(私は……弱い女だ)」
それは悔しいけれど、認めてしまえば嬉しさに変わる。
「うわー!? チクショー! ハウス! ハウス! こっち来るなってぇぇぇ!」
「? ウィル、今何か言ったか?」
「いや、何も言ってないぞ」
「(しかし、確かに何か聞こえたと思うのだが――)」
「ああっ。もしかしたら俺の心の声が漏れてたのかもな」
ポンッと
ニヤリとイタズラを思いついたような表情を浮かべているウィルは、それから私の耳元に口を寄せて
「お前さんがあまりに可愛すぎて、今すぐにでも
「ッッ〜〜〜〜!!?」
カーッと、顔どころか身体全体が熱を持ち始める。
「ば、ばばば、馬鹿者っ! こんな朝っぱらから、な、何を言っとるか!」
「朝じゃなかったらいいのか?」
「ええい! うるさい! もう口を開くな!」
ベシッ! とウィルの腹を叩いて、私はこいつから離れるように大股でキッチンへと向かう。
「ぐおあぁ!? かっ、か、噛みやがったなこのアホ犬ぅ! うひぃぃぃ!?」
「いてて……。ラウラ」
「今度は何だ!?」
「可愛い尻がガラ
裸のままのそこをペロンと
私の頭はますます
けれど、ウィルはその拳を柔らかく手で受け流して、こともあろうか私の体を後ろからギュッと抱きしめてきた。
「うぎゃぁ!? 上等だこのヤロー! もう怒ったからな! イチから
「はっはっはっ、本当にラウラは可愛いなぁ」
「こ、こらっ! やめろ、バカっ……あっ!」
エプロンの上から胸を撫でられた瞬間、甘い
敏感なそこが反応を示すと、ウィルは聞いたこともないような
「……今日は1日中シてしまおうか」
「な、何をだっ?」
「こちとらテメェらのせいで今日は散々な目に遭ってんだ! わかるか!? ちくしょうっ!」
「言わなくても、もうわかっているんだろ?」
チュッと肩にキスを刻まれる。
――身も心も、私の全てがこいつのものであると示すかのように。
「はーっ! どうだ、思い知ったかアホ犬め! しばらくそのロープと
「(わ、わわ、わたっ、わたしっ、私はっ――)」
頭がクラクラとする。
ああ、だがしかし、だがしかし。
「(流されてしまうのも……いいかもしれん……)」
ポワッと、この先に待っているだろう桃源郷を思い描く。
しかし、そのミルクのように甘い想像は、バンッ! といきなり荒々しく開かれたドアの音で霧散した。
「ゼェ……ハァ……! ゼェ……ハァ……!」
いきなり入ってきたのは、噛み傷やら引っかき傷やらで全身ボロボロなパイロットスーツ姿の不審者。
その男は肩を大きく上下させて呼吸しながら、ひねり出すように言葉を
「2つ、言うことがある……。犬を飼うのは構わんが……軍事訓練を受けたドーベルマンだけは、絶対に、何と言われようが、反対だ……!」
少しずつ呼吸の落ち着きを取り戻してきたパイロット男は、ふぅっ……! と短く息を吐き出す。
「そんでもって2つ目。これが一番重要だ」
ガチャンッ、と後ろ手に玄関のドアを閉じた男は、あろうことか突然ウィルにピストルの銃口を向けた。
「今すぐラウラから離れろ! このクソ野郎!」
「貴様ッ!」
相手が発砲するより先に、手に届く場所にあった出刃包丁を男に
「ぬおぉっ!?」
ドスッ! と短く音を立てて――壁に包丁が刺さった。……
一方で男の方はというと、深々と刺さった包丁と私とを交互に見てから
「
「貴様は我が家に不法侵入した挙げ句、私のウィルを撃とうとまでした。無事で済むとは思わんことだ!」
ウィルの
「はぁっ!」
「クソッ……!」
必殺のかかと落としが決まる。
慌てて左手でガードしたようだが、その腕からは
「ぐ、ぅぅ!」
痛みにうめき声を上げてバランスを崩す男。私はかかと落しの勢いを使って男の背後にジャンプし、壁から出刃包丁を引き抜くと、素早くそれを
「動くな。抵抗すれば、これが貴様の動脈を貫く」
「頑張れ、ラウラ」
いきなり後ろからウィルの声援が飛んできて、ドキッとしてしまう。
「あ、当たり前だっ。もう決着は――」
「なにが『頑張れ』だ、ふざけやがって……! ラウラに戦わせて! お前はそこに突っ立ってるだけかッ!!」
突然
私は慌てて包丁を押し込むようにしてパイロット男を突くが、急所を大きく外してしまった。
「ぐっ……! ラウラっ、離れてろ!」
「頑張れ、ラウラ」
2つの声が、ウィルの声が、前と後ろから聞こえる。
「(わ、私、私は……)」
戸惑う私を体で押しのけるようにして前に出たパイロット男がピストルを構える。
「頑張れ、ラウラ」
「またその台詞か……! クソ気に入らないが、仮にも結婚してるんだろうが! だったら大切な家族を守ろうとぐらいしてみせろよッ!!」
「頑張れ、ラウラ」
パンパンパンッ! と、3発の9ミリ弾がウィルの胸に刺さる。
完全に心臓を貫かれているはずなのに、……血が1滴も出ていない。
それどころか、まるで壊れたラジオのように同じ台詞をくりかえすだけだった。
「頑張れ、ラウラ」
繰り返し、繰り返し。
「頑張れ、ラウラ。頑張れ、ラウラ」
いつまでも、繰り返し。
「頑張れ、ラウラ。頑張れ、ラウラ。頑張れ、ラウラ。がんばれ、ラウラ。がんバレ、ラウら。 ガンバレ、らうら。がンバれ、らうラ」
頑張れ、という言葉がやがて『戦え』に聞こえてくる。……そう、まるで私に戦うことを強制するように……。
「(わ、私は、私は、戦うために、生まれてっ……)」
「頑張れ、頑張れ、頑張れとッ……!! お前はそれしか言えないのか!? どうしたァ!! ファックユーとでも言い返してみたらどうなんだッ!! ええッ!!?」
怒りに任せた
着弾の衝撃でウィルは後ろへヨロめくが、そこに一切の容赦はなく、続けて
通常の人間なら即死しているはずが、しかし頭に穴が空いた状態になっても、まだ言葉は続く。
「がんば……れ、らう、ら。たたか……え、たたかって……殺し……て……殺さ……れ……て……」
あ、あ、あぁぁっ……!
「うわああああっ! い、いや……だ。嫌だ……嫌だ! 私は、戦う機械なんかじゃ……!」
「おま、えは……兵器……だ。敵、を……ころ、せ……」
「ち、違うっ! 私はっ、私は……!」
「たた、かえない……兵器……など、できそこな――」
「もういい……。だ ま れ」
体の芯から震え上がるような、恐ろしいほど冷たく重い声が響いた。
声の主は、侵入者のパイロット男。男は一度クルリと
「あっ……く、来るなッ!」
ただただ怖かった私は、手に持っていた包丁を男に向けて威嚇する。
だがしかし、床にへたり込み、手は震え、声音も怯えたようなものしか出て来ない私の言葉では止められるはずもなかった。
「くる、な……」
ゴツッ、ゴツッ、とフローリングを叩くブーツの重い音が異様に大きく聞こえる。男の表情は、下りたヘルメットバイザーと呼吸マスクに覆われていて見えない。
「…………来ないで……!」
最後の最後に私の口から出てきたのは、そんな弱々しい言葉だけだった。
やがて男は私のすぐ目の前で止まると、何を思ったのか右膝を床につけてしゃがみ、そして……
「大丈夫。大丈夫だ」
「……ぇ……?」
ポンッと、頭の上に手を置かれる。
優しく、優しく。指先以外がグローブに覆われたその手で頭を撫でられる。
「あんな『嫁』の風上にも置けん奴、さっさと片付けてくるから。だから、少しだけ待っていてくれ。な?」
パイロット男は、さっきまでの怒声がウソであったかのように柔らかな声音で私にそう言う。
それからスッと立ち上がり、早足でウィルの元へと歩いて行くと、その首を手で強引に
「料理の途中で邪魔したな。よし、代わりに俺がとっておきをごちそうしてやろう」
言いながら、調理台上の棚をまさぐって何かを取り出す。
その手に握られていたのは携帯コンロ用のガスボンベ。それを、パイロット男はウィルの口に無理矢理ねじ込んだ。
「――!? ――〜〜〜!!?」
「そう遠慮するなよ。ほら、
液化した可燃ガスで満たされたボンベを突っ込まれたウィルはジタバタともがくが、パイロット男は相当な怪力の持ち主なのだろう。まったく拘束から抜け出せない。
「なに? もう腹がいっぱい? そうかそうか。それじゃあ最後にデザートだ」
ふざけた台詞とは裏腹にパイロット男は強烈な蹴りをウィルの胸部に叩き込み、その体をリビングへと吹っ飛ばす。
「――美味いぞ、食え」
2発の銃声。放たれた正確無比な弾丸が、ガスボンベを撃ち抜いた。
ボンッ!!
手榴弾の爆発と錯覚するほどの炸裂音。ウィルの体は光の粒子となって跡形もなく吹き飛んだ。
「満足したか? ゴミ野郎」
吐き捨てるように何かを呟いて、それから炎を背に歩いてくるパイロット男。
「ラウラ」
男がヘルメットの呼吸マスクと固定具を取り外す。
頭を完全に覆っていたそれを脱ぎ去ると、そこには見慣れた、
「ラウラ、あいつの言ったことなんか気にするな。お前はお前だ。たった1人、かけがえのないラウラ・ボーデヴィッヒだ。決して誰かの道具なんかじゃない」
外したヘルメットをコトリと床に置いて膝立ちになったパイロット男――ウィルは私の目を見ながらそう告げてくる。
「そりゃあ、生きていたら戦わなければいけない時だっていずれはくるさ。誰かを守るため、誇りのため、信念のため。――けどな、それは結局自分の意思で決めるものだ。誰かに強制されてやるようなものじゃない。そんな権利は誰にもない。だから、お前が無理に戦う必要なんて、ないんだ」
そっと抱きしめられる。
温かい……ホンモノでしか感じられない、私の好きな温もり……。
「あぁ……、ウィル……」
分厚いスーツ越しでもわかる確かな温もりに包まれて、私は心地よく
▽
「よっこらしょっと……」
森に帰ってきた俺は、抱きかかえていたラウラをそっと草原に寝かせ、その頭を膝の上に乗せてやる。
穏やかな吐息は優しい眠りに包まれている証拠だろう。ラウラに異常は見当たらない。
「こうしてると、まるで眠り姫だな」
ツン、とその鼻に触れる。
「ん、ん〜……」
ムニャムニャと鼻を動かし、それからまた寝息を立てるラウラ。
「(……なんだこの可愛い生き物は。可愛すぎてマジで可愛いんだが)」
と、つい
「……………」
何気なく空を見上げながら、さっきの世界のことを思い出す。
「(……ラウラと2人に飼い犬1匹。小さな庭つきの家で幸せな家庭、か……)」
偽物の世界ではあったが、ああいう将来も……ありかもしれない。
戦闘機に乗って戦いに明け暮れていたかつての自分では想像すらできなかっただろう。正直、今の俺でもこの先のことなんてどうなるかわからない。
……けれども、もしそんな未来が待っているのならばそれは――きっと毎日が今よりもっと楽しくて、幸せな日々になるのだろう。
「しかしまあ、軍事訓練を受けたドーベルマンはさすがに勘弁願いたいな」
そんな俺のふざけた独り言は、フワリと頬を撫でるそよ風に乗って消えていった。