インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
家の事情や仕事関連で時間もなくモチベも上がらず、ズルズルダラダラと書いては消しを繰り返していました。
いやはや、これはパラシュートなしで空挺降下させられても文句は言えませんね……(笑)
かなり更新頻度は落ちますが、これからもちょくちょく上げていけるように努めてまいります。
私の名前は篠ノ之 箒。
一夏の幼馴染で、
現在はIS学園で――
『ワールド・パージ、完了』
現在は――ここ、篠ノ之神社を一夏と2人で切り盛りしている。
私は神社の
「998……、999……、1000!」
素振り1000本を終えた私は、額の汗を
「箒、朝の鍛錬お疲れ様」
そう言って現れた一夏は、私にタオルを寄越す。
一夏の姿は
「お前はこれからか?」
「いや、1時間ほど前に素振りは終わったよ。今は走り込みに行っていた」
「そうか。……どうせなら2人で――」
「ん?」
「い、いや! なんでもない!」
「そっか。じゃあ、朝食にしようぜ。今日は箒の好きな大根の味噌汁だぞ」
「う、うむっ」
▽
カツン……コツン……カツン……コツン……
光と闇に満たされた電脳世界に、ゆっくりとした靴音が響き渡る。
「ふぅむ……どういうことだろうねぇ……?」
右手で
「(各専用機持ち達の解放が予想よりも明らかに速すぎる……。『ワールド・パージ』の効力が弱かったかなぁ?)」
とは言うものの、機能が不完全だったわけではなく、『外界からの切り離し』がすでに完了していたのは確かだ。
さて、いったい何が原因なのか。こちら側の不手際か、彼ら彼女らが何らかの対抗策を有していたか。
もしくは……予想を上回る『何か』がシステムに干渉したのか。
「……………」
あらゆる可能性を頭に浮かべてはシュミレートしている間に、男は電脳世界での目的地に到達した。
痩せ細った体にまとった白衣のポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりと辺りに視線を巡らせる。
「ここがシステムの中枢かねぇ。色々と興味をそそられるが……」
膨大なデータの中から、この電脳世界の中心――氷漬けの少女像を見つけた。
「……見つけたねぇ……」
キツい度の入った眼鏡越しに少女像を見つめながら、白衣の男はその不気味な笑みにキラリと光る金歯を覗かせる。
「織斑 千冬くんの専用機にして世界初のIS、『
▽
「では、手合わせを始める。いざ」
「いざ」
私――篠ノ之 箒――と一夏は、剣道着を身に着けて、スラリと立ち上がる。
竹刀を向け合い、互いの間合いを計る。
「「……………」」
静かで、張り詰めた空気が場を支配する。
剣道は基本的に先に動いた方が不利である。相手の出方を
しかし、攻めに徹するのならば、自分から戦端を開いた方が流れを
静かなにらみ合いでは、相手の呼吸を、足取りを、リズムを探る。
それによっていつ仕掛けてくるかを見極めれば、迎撃は
しかし――。
「(まったく乱れがない……。腕を上げたな、一夏。――ならばっ!)」
竹刀を手元に引き寄せ、そのまま体ごとぶつかりに行く。
私は一夏を押しのける反動で後ろに飛び、カウンターをかわした。
「はぁっ!」
すばやく、胴抜き
「……参りました」
そう告げたのは、私だった。
胴が入る寸前、一夏の竹刀が私の面を打っていた。
素早い、迷いのない反応だった。
「「ありがとうございました!」」
礼をして、竹刀を収める。
それから場外に出て正座をしたのち、面を外す。
「ふうっ」
負けはしたものの、心は晴れやかだ。
私は満ち足りた想いで一夏を見つめると、不意に視線が合った。
「っ…………」
一夏が高校に通うための下宿先として篠ノ之神社に来たのはもう3ヶ月も前の話だ。
最初こそ鈍っていた剣術の勘もすぐさま取り戻し、今では私と互角の勝負になっている。
「箒、それじゃあ俺は着替えて
「ああ、わかった。私も軽く
一瞬、覗かれるのでは? と思いもしたが、私の知る一夏はそんな男ではない。
日本男児として資質十分の、立派な男だ。
「(うむ。で、できれば一夏にはこの篠ノ之神社に
――はっ!?
「ご、ごほんっ。そういうのは、まあ、もう少し先でいいだろう」
今はただ、一夏の隣にいられればいい。一番近くで、一夏を見ていられればそれで……。
『ワールド・パージ、異物混入。排除行動に移る』
「……ん?」
私が剣道具を片付けようと立ち上がると、道場の入り口に
その顔は面に隠れて見えない。しかし、部外者がいきなり防具一式を着けて、何の用だろうか?
「今日は道場は休みだ」
「あー、えっと……道場破りだ!」
「……なに?」
「ここに俺……じゃない、織斑 一夏がいると聞いている。ぜひ手合わせ願いたい!」
「ほう……」
私の一夏に挑むとは、なかなかの度胸だ。しかし……。
「勝負は見えているな」
「やってみないとわからないさ、箒……じゃなくて、篠ノ之さん」
……ん? この男、なぜ私の名前を……?
「と、とにかく、織斑 一夏との対戦を希望する!」
「ふん。そこまで言うのなら呼んでこよう」
私は誇らしげな顔で応えると、一夏を呼びに神社の境内へと向かった。
▽
「危なかった……」
危うく正体がバレるところだった一夏は、「ふぅ……」と独り安堵の息を吐く。
もし正体がバレようものなら、すぐさま例の防衛システムが働いて、あのバケモノが出てきてしまう。そうなれば竹刀1本ではとても太刀打ちできまい。
「(……ウィルのやつは大丈夫だろうか……?)」
そんなことを考えていると、剣道場の引き戸が開かれる。
そして、そこへ箒に連れられてニセ一夏が姿を現した。
「言っておくが、一夏は
「(こりゃまた、えらい強く思い込んでるな……)」
「そうだろう、一夏?」
偽者に、パァッと笑顔を咲かせる箒。その表情に……それを偽者の自分に向けていることに、ちょっと
「もちろんさ、箒」
「(こいつ、ぬけぬけと……!)」
笑顔を返すニセ一夏。箒の視線は、その笑顔に釘付けになっている。
「(大体なんだよ、箒のやつ。俺の前じゃあんなニコニコしないくせによ)」
なんとなく面白くない一夏は、込み上げる怒りを
同じように正面に構えた偽者は、しかし箒に声援を送られてどこか嬉しそうだ。
「(こんな奴、とっとと倒して――)」
スパァァンッ!
「……え?」
竹刀の音が響き、一夏の頭に衝撃が炸裂する。
「1本!」
箒の声が、自らの敗北を何より雄弁に語っていた。
「(う、ウソだろ、おい……こいつ……無茶苦茶強いぞ!?)」
箒と同等……などというレベルではない。
明らかに箒より強い。
迅速で無駄のない足運び、全身の筋肉をしならせての流れるような一撃。相手の動きの先を読む洞察力。どれを取っても一級品。
なんなら、あの千冬にすら匹敵しかねないほどの腕前ですらあった。
「さすがだな、一夏!」
そう言って、満面の笑みを浮かべる箒。
「もちろんだよ、箒」
偽者も偽者で、そんな言葉を返している。
「……………」
何か得体の知れないモヤモヤが胸につっかえた一夏は、なんとも言えない息苦しさを感じた。
「もう1回だ!」
自分でも知らないうちに、一夏はそう叫んでいた。
「ふん、何度やっても同じだというのに」
そんな言葉とともに箒が冷たい視線を向ける。
一夏は何か反論したいところをグッと堪えて、竹刀を構え直した。
「相手になろう」
同じく竹刀を構えるニセ一夏。
「優しいな、一夏」
――ムカッ
「男として当然さ」
「ふふっ」
――ムカムカッ
「早く始めるぞ!」
見つめ合う2人が気に入らなくて、一夏は大人げなく声を荒らげた。
何がここまで不愉快にさせるのかは自分自身わからない。
けれど、この状況が続くことを、あの光景を見せられることを心の中から嫌悪していた。
「始めっ!」
箒の声が響く。一夏は鋭い小手狙いを繰り出すが、それを引くではなく押すことで返されてしまう。
押し返されて体勢を崩され、そのまま流れるような動きで面を決められてしまう。
「勝負あり!」
箒の
だが、彼は、織斑 一夏は――
「ま、まだだ!」
再度、偽者に立ち向かった。
▽
「(いったいコイツはなんなんだ……?)」
道場破りはかれこれ一夏に27連敗しているが、まだまだ諦める様子はない。
しかし、息を切らしている上に、明らかに集中力が鈍ってきている。
「(これで一夏に勝とうなどと……)」
できるはずもない。
……けれど、何かが引っかかる。
そう、何かが。
「(くじけない姿勢、どれだけ負けても、どれだけ叩きのめされても果敢に立ち向かっていく姿は――)」
誰だったろうか。
誰かに似ている。
誰か……誰かに……。
「お、わああっ!?」
「ッ――!?」
考え事をしていて、試合の方を見ていなかった。
一夏になぎ払われた男が、足をもつれさせて私の方に突っ込んでくる。
――ムニュウ
「あ…………」
受け身を取ろうとしたのか、そいつは両手で私の両胸を
「す、すまん! こ、これは、そのっ!」
「き、き、貴様……」
――いつもいつもいつも。
「ゆるさん、一夏!」
――え?
「あれ? お前は……一夏……? じゃあ、あそこにいるのは……」
「え!? いや、えっと……」
しどろもどろになる男――いや、こいつは絶対に一夏だ! 一夏に違いない!
「その面を取れ!」
「わああ、やめろっ! やめろって、箒!」
私の名前を呼んだ! やはり、こいつは!
「一夏だな、お前は! いつもいつもふしだらなことをして――」
「箒、一夏は俺だよ」
「うるさい! 偽者は消えろ!」
その鶴の一声でニセ一夏の姿は消え失せ、道場を白い光が包み始める。
「あ、あれ? 箒……お前、なんともないのか? 頭が痛くなったりとかは?」
「知らん! それより一夏、そこへ直れ! その性根、今ここで叩き直してくれる!」
落ちていた竹刀を拾い上げ、切っ先を一夏向ける。
「ま、待て待て待て! 悪気はなかったんだ! それより早くここから脱出――」
「『それより』!? 私の胸をっ、
「ち、ちがっ……今のは言葉の
「ゆ、ゆるさん……! 成敗してくれる!」
「ひぃぃぃ!?」
逃げ惑う一夏を追いかけ回す。
――なぜだろうか、そんな時間がとても楽しく思えた。
甘い夢よりも、ずっと……。
▽
「ん……」
あぐらをかいて青空を眺めている俺の耳に、小さな声が響く。
「お? 起きたか」
視線を下に向けると、俺の脚を枕にして眠っていたラウラがゆっくりとまぶたを開いた。
「よう。おはようさん」
「……ウィル……? ――ッ!?」
「うおっと!?」
いかなり、ガバっとバネ仕掛けのように身を起こすラウラ。
危うく
「こ、ここは……。戻ってきた、のか……?」
「ああ。気を失ったお前さんを抱きかかえてな。覚えてるか?」
「あぁ……。断片的ではあるが……。どれくらい気を失っていた?」
「だいたい15分ちょっとってところだな。よく眠れたか、眠り姫様?」
ふざけてそんなことを言ってみれば、起き抜けだったラウラの顔がたちまち耳まで真っ赤になる。
「なっ……!? ひ、ひひ、姫だと!? う、ううう、ウィル、貴様っ……!」
「はっはっはっ、その様子なら大丈夫そうだな」
面白いくらい
「な、何を……!」
「ほら、少しじっとしてな。アンテナみたいになってるぞ」
サラサラとした髪を撫でるたび、指に返ってくる感触が心地よい。
もちろん、女子の髪の手入れに関する知識など皆無に等しいので軽く
「よし、こんなもんか」
「むぅ……。ま、まあ、一応、礼は言っておこう……」
「はいはい」
……相変わらず、ラウラの反応は見ていて飽きないというか、本当に可愛いな。
ボソボソと恥ずかしそうに感謝の言葉を告げてくるラウラに、俺はついつい口角を上げてしまう。
「なっ!? ま、また笑ったな!? このっ……!」
「いででででっ!? わ、悪かった悪かった! 謝るから! お、俺の腕はそっちに曲がらないぃぃぃ!!?」
ガチャリ
ラウラに左腕をひねり上げられていると、俺の背後でドアの開く音がする。
警戒しながらそちらへと振り向くと、宙に浮かぶドアからちょうど一夏と箒が出てくるところだった。
「お疲れさん、一夏」
「お、おう。いやほんと、マジで疲れた……」
まるで3000メートルを全力疾走したあとのような、えらく疲れた様子の一夏が、そう応えながら右手をダラリと上げる。
「あー、向こうで何があったかは聞かない方がいいか……?」
「ああ、うん……。そうしてもらえると助かる……」
ということらしい。聞いたら色々ややこしくなるのは目に見えてるな。
ただ、1つだけ気になることがあったので、これだけは一夏に聴いておきたい。
「なあ、一夏。お前さんが箒の世界で戦ったのは自分の偽物だったか?」
「ああ。俺の偽者だった。そっちは? まさかウィルの所にも『俺』が?」
「いや、俺が出くわしたのはお前さんじゃなく、偽者の俺だった」
「えっ? は? そっちはウィルの偽者が出たのか?」
「ああ。しかもそいつがとんでもないクソ野郎でな。つい頭に血が昇って……」
まさか、偽者とはいえ自分の頭をガス缶で吹っ飛ばす日が来ようとは。まあ、なんの後悔もないのだが。
ったく、自分の顔と声であんなことをされちゃあ気分が悪くてしょうがない。とまあ、その話は今は置いておこう。
「にしても、偽者のお前さんやら俺やらが出てくるとは、いったいこの世界はどうなってるんだ?」
「お答えしましょう」
「「「「!?」」」」
突然した声に俺達は全員、ビクゥッ! と肩を跳ねさせる。
ガサッと茂みから頭を出したのは、やはりというか簪だった。
「そ、そういう登場が流行りなのか……?」
「び、びっくりするからやめてくれ……」
「うん……」
コクンとうなずいて、いつもの消極モードになった簪は茂みの中からガサガサと出てくる。
「また葉っぱ大量につけて……しょうがないな」
一夏に1枚1枚手で取ってもらった簪の顔はまんざらでもなさそうだった。
まあ、それはさて置き、話を戻そうか。
「それで、敵の攻撃の仕掛けはわかったのか?」
「はい。恐らく、敵は……対象者の精神に直接アクセスして……その心の奥に秘めた願望や、強く残っている記憶……それらを当人に都合よく作り変え、夢として見せることで外界と遮断、精神に何らかの影響を――」
と、言葉を続ける簪を遮って、ラウラが声を荒らげた。
「な、な、何を言うか、貴様! あ、あれっ、あれが私の望みだと!? あ、あ、あんなふしだらなものを私が渇望していたとでも言うのか!?」
と、上擦った声で
「(でも、もし簪の説が正しかったとしたら……)」
チラッとラウラの方を見やると、そんな俺の視線に気づいたらしいラウラと目が合う。
「……………」
「……………」
見つめ合うこと数秒、俺の視線はラウラの首から下へ、スッと何気なく移動した。
その体にはあるべきはずの下着が上下ともに見当たらず、なぜかエプロンを裸体の上から直接かけているだけだ。
「…………。………。……ふむ」
……まあ、なんだ。つまり、ラウラは
ガシッ、ググググ……!
「ぅぐえっ!?」
ついゲスの勘ぐりを働かせてしまったところで、目にも止まらぬ早さで後ろに回り込んだラウラが俺の首を絞めにかかってきた。
「わっ、わ、忘れろォ! いいや、忘れさせてやるゥ! 私のっ! 手でっ! か・く・じ・つ・にィッ……!!」
フーッ、フーッ! と、鼻息を荒くさせて締め上げてくるラウラの体が俺の背中に密着する。
――が、今はそれどころの話ではない。
「ちょっ、ラウラっ……! お、思いっきり絞まってるっ……!」
「な、何が幸せな結婚だ! 穏やかな家庭だ! 毎日イチャイチャだ!
「いっ、いぢひめにだろーっで何のごどっ……!?」
「お前は知らなくていい!」
「ぐえぇぇっ……!?」
「「「乙女だ……」」」
大混乱を起こしたラウラの言葉に一夏達の声がハモる。
おい、その乙女に今にも絞め落とされそうな仲間がいるんだぞ。見てないで助けてくれよ。
「首っ、首キマってるって……!」
「わ、私は軍人だぞ!? 常在戦場の身がそんな浮ついた……ば、ば、馬鹿馬鹿しい!」
「ら、ラウラっ? おいラウラっ……!?」
「い、いや、しかし、そうは言っても結婚はしたいし、ゆくゆくは子供も……うぅぅ〜〜……!」
ミチミチミチッ……! と、ラウラの両腕にさらなる力が加えられる。
誰か、この状態からでも入れる保険があったら紹介してくれ。保険が下りるならの話だが。
「とっ、とにかく! お前が見たものは全てまやかしだ! 偽物だ! いいな!? わかったな!!? わかったら復唱ォ!!」
「ギブっ、ギブぅぅっ……!」
トントントン、とラウラの腕をタップするが、当の本人は羞恥と興奮とで気づいていないのか解放される気配はない。……本当に気づいてないだけだよな?
あぁ、マズイ……。だんだん、意識が……遠、のい、て……。
「ぐ、ふ……」
エプロン1枚を隔てて背中に当たるラウラの柔らかさを感じながら、俺はカクンッ、と意識を手放したのだった。
▽
「やーっと着いたぜ……」
森を抜け、小高い丘を登った先にはこれまでの物とは一風変わった見た目のドアがポツンと立っていた。
「(これがシステム中枢への入り口か)」
護身用に持ってきたピストルの動作確認をしてから重厚なドアに手をつく。
「……フゥ……」
緊張から上がる心拍数を深呼吸で整える。
今ここに俺以外は誰もいない。
ラウラと箒は簪に任せて帰らせた。一夏も最初は着いて行くと言ってくれたが、思いの
「(……本当は『嫌な予感がするから』なんて言っても聞かないだろうからな……)」
ただの思い過ごしであればいいのだが、俺の『嫌な予感』というのはいつも高確率で的中してしまう。まったく、俺はニュータイプか何かなのか?
「……よしっ!」
自身に
その先に繋がっていたのはだだっ広い空間だった。周囲には何もない、光と闇のみの世界。
……少し、ほんの少しだけ孤独を感じる場所だった。
「あれは……?」
空と地面の境界すらわからないこの空間に、ポツンと人影が見える。
目をよく凝らせば、立っているのは白衣を来た猫背の男だった。
当然、こんな所に部外者がいるはずはない。
「(……あいつがこの事件に関係しているのは間違なさそうだが……)」
トリガーに指をかけてゆっくり背後から近づいた俺は、白衣の男の背中に銃口を向けた。
「動くな。両手を上げて、ゆっくりこちらを向け」
声をかけると、男は指示通り両手を顔の高さにまで上げながら、ゆっくりと振り向く。
「いきなり物騒だねぇ」
その眼鏡は白く不気味に反射していた。
「いやはや、ここまで早く追いつかれるとは予想外だったよぉ」
その、いやに耳にこびりつく口調は元来のものだろうか。どうであれ決して耳触りのよいものではない。
「その口ぶりからして、お前がこの件に関わっているのは確からしいな」
「ん~~、いかにも。今日はここにちょっとした用事があったからねぇ」
意外にも男は簡単に自白した。
その反応は、まさに余裕の表れというやつか。この状況からでも楽に逃げおおせることが可能な算段があるのだろう。
「さて、もう行ってもいいかね? あいにく私は忙しい身でねぇ。今日はここらで、おいとまさせてもらいたいんだけどなぁ」
「ナメられたもんだな。これだけの騒ぎを引き起こしておいて無事に帰すとでも思うか?」
「ふぅむ、それは困ったねぇ。簡単には放してもらえなさそうだ……」
なにが『困ったねぇ』だ。それはこっちの台詞なんだよ。
男の態度に
「大人しくハッキングを解くか、痛い目を見るか。好きな方を選べ」
「面白い二択だねぇ。後者を選ぶとどうなるのかなぁ?」
「お前の両足に風穴開けて、その金歯も引っこ抜いてやる。これでも表現をオブラートに包んでる方だ」
「おやおや、怖いこと言うねぇ。しかしぃ、それは無理な話だよ君ぃ。今ハッキングを解いてしまうと、困るのは私だからねぇ」
なるほど。あくまでもこいつはハッキングを解く気はないと、そういうことだな。
「――そうか」
俺は宣言通り、男の脚に向けて2発の銃弾を放った。
そう。放った――はずだった。
「いない!?」
引き金を引くまでは確かにいたはずの男の体は、文字通り最初から何も無かったかのように消失していた。
「こっちこっち」
「!!?」
背後からあの男の声がする。
ハッとして振り返り銃を構えるが、その姿はまたもや消えていた。
「ん〜〜、若いというのは羨ましいねぇ。さすがの反射神経だ」
声のする方に振り返ればおらず、また声のする方に振り返るもおらず、完全に遊ばれてしまっている。
これも電脳空間ゆえの芸当か。ゲームで言うところのまるでチートのようだ。
「クソッ……!」
「しかしぃ、こうしているのもだんだん飽きてきたねぇ。……そぉだ! せっかくだから君には少し実験に付き合ってもらおうかねぇ」
実験だと……!? バカにしやがってッ……!
「ということで、少しだけ『夢』を見ててもらうよぉ」
そんな男の声を聞いた直後、俺の足下にポッカリと黒い穴が開いた。
「なっ……!?」
フワリとした感覚がして、俺の体は闇へと真っ逆さまに落ちていく。
反射的に伸ばした左手は、ただ虚空を掴むだけだった。
▽
「つまり、私達はその『ワールド・パージ空間』に
「しかも、それが単なる時間稼ぎとはな。……まったく腹立たしい」
電脳空間から帰還する道すがら、簪から改めて説明されたラウラと箒は不愉快そうに眉を寄せた。
「けど、わざわざ時間稼ぎなんかまでして、結局敵は何を狙ってたんだ?」
何気なく発した一夏の疑問は、その場にいた全員が考えていたことだった。
「わからない……。こんな手間をかけてまで……学園のシステムをハッキングする、メリットがないはず……」
やはり腑に落ちない、そんな様子で簪は応える。
「少なくとも、専用機持ちを狙った攻撃ではないようだな。何か別に狙いがあるのかもしれん」
スッと目を細め、腕を組みながら思考するラウラ。
「私達も知らない『何か』がこの学園には隠されていて、敵はそれを狙って来たということか……?」
箒の予想が現状、最も有力な説だろう。
本気で『学園の襲撃』を計画していたのだとしたら、中途半端すぎるのだ。
たしかにハッキングへの対抗として専用機持ちを電脳ダイブさせれば戦力を大幅に削れるだろう。
だがその間、専用機持ちが無防備に
しかし、実際に武力攻勢を仕掛けてきたのは、IS1機を含めてもせいぜい時間稼ぎ程度にしかならない小部隊。元より学園を
であれば、敵の真の狙いは
「十分にあり得る話だ。しかし、それだけ重要なものならシステム中枢で厳重に保管されて――ッ!?」
そこまで言って、ラウラは一気に全身の血の気が引いて行く感覚に襲われた。
「ッ……!!」
瞬時に身を
「(なぜすぐに気づけなかった! 敵の狙いがシステム中枢に眠る『何か』であったとしたら、今あそこには……!)」
来た道を真っ直ぐに引き返し、やがて例の森が見えてくる。
邪魔な枝葉を払い除けながら道なき道を進んで小さく開けた場所に出たラウラは、ポツンとたたずむ衣装ケースを見つけた。
……たしか、防衛プログラムの目を誤魔化さないと邪魔が入るんだったなと、簪に説明されたことを思い出す。
「チッ、なんでもいい!」
荒々しくケースを開いて変装用の服を適当に引っ張り出したラウラは、脇目も振らず全力疾走を再開するのだった。
▽
「ぐうぅ……ちっくしょう……」
全身に走る鈍い痛みに口を歪ませながら、のそりと立ち上がる。
あの科学者風の男にまんまとしてやられたウィリアムは、深い穴を真っ逆さまに落ちて行ったのだった。
「どこだ、ここは……?」
キョロキョロと周囲を見渡す。
電脳空間の中であることは間違いないだろうそこは、どこかの街中であった。
「(……この街……どこか見覚えが……)」
ファストフード店やレストランなど、色とりどりの飲食店が建ち並ぶ大通り。
銀行や衣料販店までもが建つここは、現実であればさぞ人で賑わっているだろう。
「(しかし、俺はいつ、どこで『これ』を見た……?)」
街の風景を想像するたび、ウィリアムの頭の中で疑問が膨れ上がっていく。
そうして記憶をたどりながら、ふと立ち止まったのは大通りに見合った広大な交差点だった。
……ああ、たしかすぐそこの角を曲がった先にはコンビニが
「まさか……!?」
ハッとしてウィリアムは気づく。
『見覚えのある街』なんてものではない。たとえ何年経とうと消えることのない、脳裏にこびりついた記憶。
ここは……。
「――そんなところで立ち止まってどうした、ウィル」
「ッ!?」
いきなり背後からした声に、ウィリアムは飛び跳ねるように振り返る。
持っていたピストルを反射的に構えようとするがしかし、
なぜなら、そこに立っていたのは――
「早くしないと水族館、他のお客さんでいっぱいになっちゃうわよ?」
「……父さん……母さん……!?」
かつてテロ組織の無差別爆撃で死んだはずの、ウィリアムの
そう、これはウィリアムにとって忘れようのない記憶。この街、この場所こそが、全てが狂い始めた
▽
「そんな……なんで……」
フラフラと、俺の体は無意識に2人の元へと近づいていく。
ここは電脳世界で、この2人は記憶から作り出された偽物。そんなこと頭ではわかっているはずなのに、心がそれを邪魔してくる。
そうだ。2人はちゃんと目の前にいるじゃないか。こうして、俺の目の前で、あの頃と変わりなく、笑いかけてくれて。
『ワールド・パージ、完了。第2段階へ移行します』
そんな声が聞こえた、次の瞬間だった。
ズドォンッ!!
「ぐあぁっ!?」
突然の爆音。
直後にやって来た爆風と衝撃波に俺達の体は軽々と吹き飛ばされる。
思い切り背中を電柱に打ち付けて呼吸が止まり、頭をぶつけた衝撃で視界が白く明滅する。
「ぐっ、ガフッ……ゲホッ! 父さん、母さん……!?」
そうだ! 2人は! 2人はどうなった!?
痛む体を引きずって、俺は地面に倒れている両親の元に駆け寄る。
「ッ……!?」
アスファルトを染める赤色。
ペチャペチャと、足下から聞こえる水音。
「ぁ、ぁぁあ……!」
およそ人の死に方ではない。
俺の眼前には、無惨な姿の2人が横たわっていた。
「そんな……父さん、母さん……何が……なんで……こんな……!」
全身の力が抜けて、ドサリと膝から崩れ落ちる。
悲しみ、絶望、困惑。ない混ぜになったそれらは、やがて1つのドス黒い感情へと変わっていく。
「……全員だ……!」
奥歯を噛み砕きそうなほど食いしばりながら、俺は空を見上げる。
「どこに隠れようと……!」
青い空を
「1人残らず……!!」
――――。
「皆殺しにしてやるッッ!!!」
『ワールド・パージ第2段階目、完了』
▽
基地全体を揺るがす空襲警報。
空へ向けてまばらな砲声を上げる自走対空砲。
「レーダーサイトは依然として沈黙!」
「スクランブルだ! 早く迎撃機を上げろ! 狙い撃ちされるぞ!」
目の前に広がる光景に目を疑ってしまう。
――なんだ、これは……――
体はピクリとも動かせず、代わりに視線だけが意思とは関係なく勝手に動き回っている。
それはまるで誰かの視界を直接見せられているかのようだった。
「見ろ!
「接近中のタンカーはコントロール不能とのこと! 離陸待機中の機は可能な限り退避せよ!」
「メーデーメーデーメーデー!!」
落ちてきた給油機が、運悪く逃げ損ねた自走対空砲を吹き飛ばし、その破片がさらに近くの戦闘機を巻き添えにする。
――っ……――
軍人である自分でさえ見たこともないような惨状に、ラウラは言うことの聞かない体で必死に目を背けようとする。
システム中枢へ続くドアを開けた先に広がっていたのは、地獄すら生ぬるいと呼べるものだった。
《アクーラ、君のコールサインはウォーバード5だ。確認し、復唱せよ》
「こちらウォーバード5、確認した」
無線通信のあと、聞き覚えのある声が響いた。
――この声は……!?――
驚くラウラを他所に声の主達の会話は進んでいく。
《よし。ウォーバード5、離陸を許可する》
「ラジャー。ウォーバード5、離陸する」
その言葉を合図に視界が前進を開始する。
さっきまで気づかなかったが、どうやらウォーバード5と呼ばれる声の主は戦闘機のコックピットにいるらしかった。
《事態は
――やはり……!――
疑惑はすぐに確信へと変わる。このいやに生々しい光景は、間違いなくウィリアム自身が見ているものだと。
しかし、そこまで来たところでラウラに新たな疑問が生じた。
――これは、本当にただの夢なのか……?――
ワールド・パージ空間は、相手の記憶や願望を元に夢を作ると聞いている。
だとしたら、これはどこからが夢で、どこまでが現実なのか。これほどの惨状を生み出す大規模戦闘が本当にあったとしたら、なぜウィリアムがそこにいるのか。
単なる夢だから、では片付けられないような何かをラウラは感じていた。
《ウォーバード5、高度制限を解除する! グッドラック!》
そんな無線音声が流れた直後、ラウラの視界は徐々に暗転していくのだった。
▽
「ここは……」
まぶたを開くと、そこはどこかの飛行基地だった。
周囲に視線を巡らせるとその基地を囲うように物々しい有刺鉄線が建てられていて、そのさらに奥は広大な岩石砂漠が広がっている。
「(一部しか見えなかったが、ここはさっき観たあの基地か……?)」
周辺警戒を厳にしつつ、私は少し先で陽炎にボヤける建物を目指すことにした。
「……………」
カツコツと、歩くたびに聞こえてくるこの小気味の良い音の正体は軍用ブーツの足音だった。
適当に引っ張り出したのでよく見ていなかったが、今の私は灰色を基調とした迷彩服に身を包んでいるらしい。
ご丁寧に付いてきた同色の帽子は少し大きいが、目深にかぶれば容易に顔を隠せそうだ。
「……これは、アラートハンガーか」
そうして着いた先、そこにあったのは骨組みの上に簡素な屋根を乗せた見た目の
その簡易格納庫には見たことがない戦闘機がズラリと並んで、自身の出番を今か今かと待っている。
「ここにはいないか……」
あてが外れたなと、そこから離れようとしたとした刹那、視界の端にチラリと見覚えのあるノーズアートを捉えた。
「っ! シャークマウス……ウィルっ!」
無我夢中で私は走り出す。
他の戦闘機の陰に半分ほど隠れてはいたが、私にはそれがウィルのトレードマークたるシャークマウスだと一目で確信できた。
「やはり間違いない……!」
大型の機体に8枚の翼。鋭い機首には牙をむき出しにするサメの顔。よく見れば機体形状もウィルの専用IS【バスター・イーグル】に通ずる点がいくつもある。
ならば、近くにウィルもいるはずだ! パイロットの待機施設がどこかに……!
「見つけた!」
アラートハンガーの右側、少し離れた敷地に建つ室外機を置いただけの簡素なプレハブ小屋。
その小屋のドアを蹴破る勢いで開いた私は、キョロキョロと室内を見渡し、そして……。
「ウィル!」
「……あん?」
部屋で独り、イスに座って本で自身の首元を
よかった、ひとまずウィルは無事なようだ。そう
「なんだあんた。いきなり人の名前を馴れ馴れしく。見ず知らずの奴にそう呼ばれる筋合いなんざないんだが?」
返ってきたのは棘の入ったぶっきらぼうな応え。
一瞬、わけがわからず放心してしまう。
「ぇ、ぁ……ウィル……?」
「……あんた俺にケンカでも売ってんのか? それをやめろって言ってるんだ」
擦り切れたような目は全てを射殺すかのごとく鋭く、黒い瞳はまるで底なし沼のように
振り返ったその人はウィリアム・ホーキンス本人でありながら、まるで別人のようであった。