インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

74 / 74
72話 一夜が明けて

「……あ"〜ぅ……」

 

 喉(のど)奥からゾンビのようなうめき声を上げて半身を起こす。

 学園襲撃事件から一夜明けた朝。結局一睡(いっすい)もできなかった俺は、しみるように痛む目を何度もパチクリさせてから、となりに視線をやった。

 

「ったく、自分だけ気持ちよさそうに寝やがって……」

 

 そこには静かに寝息を立てるラウラの姿があった。その顔は普段の厳格な様子がウソのように年相応で穏やかだ。

 そんなラウラを見ていると、自然と頬(ほほ)が緩んで目尻も下がってしまう。

 

「(まさか、あんなことになるとはなぁ………)」

 

 ずっと胸の内にしまっていた秘密。頭の中に残る、所謂(いわゆる)『前世』と呼ばれる記憶。

 誰かに言えるはずもなく、このまま墓まで持っていくつもりだったそれは、昨日の襲撃事件でラウラに知られることになってしまった。

 

「…………」

 

 信じてもらえるなどとは微塵も思えず、バカ正直に話しても、かえって信頼を損なうだけだと、そう勝手に決めつけていたのだが――。

 

「ほんと、まさか、だよなぁ……」

 

 俺の言葉に、ラウラはただ静かに耳を傾けて、そして真っ直ぐな瞳(ひとみ)で、『信じる』と、そう言ってくれた。

 それが俺にとってどれだけの救いになったのかを、すぐそこで寝息を立てている彼女は知っているのだろうか。いや、おそらく知らないだろう。

 

「なあ、ラウラ。……ありがとな」

 

 起こさないよう、静かにそう告げる。

 なんというか、今の自分は、腹の中に溜め込んでいたものがなくなって清々(せいせい)した気分だった。

 

「さて、と……」

 

 ラウラに毛布をかけ直してやり、そっとベッドを出る。今日は日曜日、このまま二度寝しても誰にも文句は言われないだろうが、今さらルーティンを変えたくもない。

 いつものように身支度を整え、コーヒーを片手に備え付けのイスへと腰かける。

 

 ――ちなみに話は変わるが、昨晩、乱心して襲いかかってきたマイク達は、1人につき20キルずつわからせ(・・・・)ておいた。

 

「(ラウラは……まあ、休日なんだし、このまま寝かしといても大丈夫だろ)」

 

『起きる時は私も起こせ』とは言っていたが、昨日の今日なのだから無理に起こす必要もあるまい。そう考えて久方ぶりに独りの朝を過ごしていた俺は、ふと何の気もなしにテレビをつけた。

 

「(何か適当に……この時間ならニュース番組くらいか)」

 

 コーヒーをゆっくりすすりながら、特に意味もなくポチポチとチャンネルを切り替えていく。

 

『――続いてのニュースです。昨日(さくじつ)、日本時間の午後18時32分に男性IS操縦者に対する新たな特別措置法案が、国際IS委員会主導の下、正式に可決されました』

 

「ほぉん、そいつはご苦労なこって」

 

 男性IS操縦者といえば当然、俺と一夏のことなのだが、俺はそれを他人事のように聞いていた。

 IS適正があると発覚した当初はどのニュースでも大きく取り上げられていたものの、それも次第に鎮静化していき、今ではほとんど観ることもない。

 俺達の安全を保証するための法案なんかも考案されていたらしいが、それが特に何か役立ったためしもない。

 故(ゆえ)に俺は、そのニュースを冷ややかに観ていた。

 

『今回可決された法案の主な内容は以下の3つとなり――』

 

 どうせ大したことないだろう。そう思いながらテレビを横目にコーヒーをすする。

 

 1つ目の法案は、有事の際の武力行使の許可。

 これはまあ、使えるか。俺達みたいに目立つ人間はそれ相応に狙われやすくもある。特に最近は襲撃やらトラブルばかりだ。次どこで襲われるかもわかったもんじゃない。

 もちろん、武力行使も個人の裁量――常識の範疇(はんちゅう)内だが、それでも堂々と応戦できるようになるだけ当人からすれば大歓迎だ。

 

 2つ目の法案は、IS委員会加盟国間での渡航の自由、及びパスポートの免除。

 うーむ……。期待していたものではないが、何かしらの理由で渡航する必要が出た時には、よりスムーズに行き来できるようになるか。

 

「ふっ、バカンスする時にはもってこいだな」

 

 能天気に言(ご)ちてコーヒーをすすり、またテレビに視線を戻す。

 

『そして、3つ目の法案ですが……』

 

 画面の中ではニュースキャスターの男性がわずかに困惑した表情を浮かべている。――が、そこはプロの仕事人。すぐに表情を正して言葉を続けた。

 

『――将来婚姻(こんいん)するにあたり、可能な人数に制限を設けないとのことです』

 

 ふぅん。制限なしっていうと、つまりアレか。何人とでも結婚できるって、こ、と………………。

 

 ブファッッ!!?

 

 逆噴射で飛び散ったコーヒーが顔中にかかるが、今の俺からすれば些細(ささい)なことだった。

 

「Wait!! What!!?(おい、なんつった!?)」

 

 マグカップ片手に、ドタドタとテレビに詰め寄る。

 そのまま抱きつかんばかりの距離でかぶりつく先では、男性キャスターとゲストの専門家達が互いに意見を交わしていた。

 内容をかいつまむと、3つ目の法案は未来への投資といったところだろうか。現状、例外を除きISは女性にしか反応せず、その原因はまったくの不明。

 ならば、その例外たる俺と一夏――そして、いずれその血を引いて生まれるだろう次世代に現れるかもしれない新たな男性操縦者に賭(か)けてみようというのが狙いらしい。で、一夫多妻にしちまえばその分、産まれる子供も増えて確率倍増ってとこか。

 おう、その法案を考えたアホと承認したボケを今すぐここに連れて来い。ミサイルにしばりつけてぶっ放してやるッ……!

 

「……待 て よ ?」

 

 そういや、一夏のやつはこのこと知ってるのか? ……いやいやいや、昨日可決されたってさっき説明してたじゃねえか!

 

「こ、こうしちゃいられん!」

 

「……んぅ……なんだ、朝から騒々しい……」

 

 さっきから騒いでいたせいだろう。気だるげに開かれたラウラの半眼(はんがん)が抗議の視線を送ってくる。

 

「おうおはようラウラうるさくして悪かったな俺ちょっと用事できたから行ってくる! じゃな!」

 

 ――が、それどころじゃなかった俺はまくし立てるように早口でそう告げて騒がしく部屋を出た。

 

「「あっ……!」」

 

 バーン! と荒々しくドアを開いて廊下に出ると、同じく部屋を飛び出てきた一夏と目が合う。……なんで自室じゃなくて|寮長室から出て来たんだ? って、そんなことより!

 

「い、いいい一夏一夏一夏っ!!」

「う、うううウィルウィルウィルっ!!」

 

「テレビ観たか!?」

「ニュース聞いたか!?」

 

「「なんっっだよ! あのイカれた内容の法案はァァ!!?」」

 

 その後、騒ぎに気づいて目を覚ました織斑先生に、そろってキツめの拳骨を落とされたのは当然と言える結末だった。

 

 ……

 ………

 …………

 

「貴様らは静かに朝も過ごせんのか」

 

 薄く隈(くま)の浮いた目が、ジロリと俺達を見下(みおろ)す。

 

「「はい、すみません……」」

 

 ここは寮長室、つまり織斑先生の自室――の固い床の上。そこで俺と一夏は頭にデカイたんこぶを作りながら、正座で織斑先生の説教を受けていた。いやもう、ホント朝っぱらから騒ぎ散らしてすみません……。

 

「まったく……。で? 今回の馬鹿騒ぎの原因はなんだ?」

 

「そ、それが……」

 

 心底面倒くさそうな声音でそう促(うなが)され、俺は事の経緯を説明する。

 

「はぁ〜〜……」

 

 全てを話し終えると、先生は右手で眉間(みけん)を押さえて大きくため息をついた。

 

「連中め。次から次へと面倒事を持ってきてくれる……」

 

 ボソボソとしたつぶやきは聞き取れなかったが、どこかゲッソリしているように見える。その……俺が言うのもなんですが、いつもお疲れ様です。

 

「事情は把握した。おそらく、近いうちお前達にはより詳細な説明がされるだろう。それと、この件は自分達からはしゃべるな。面倒事になるのは目に見えているからな」

 

 なるほど確かに。まあ、俺も一夏もこんな話を吹聴(ふいちょう)して回るようなつもりはないが、一度(ひとたび)周囲に知れたら、またたく間に学園中へ広がることは間違いない。なにせ噂(うわさ)好きの10代乙女が通う学園だからな。……とは言っても、すでにニュースにはなっているし、あくまで自(みずか)ら火種に油をそそがないよう気をつける程度だが。

 

「話は以上だ。――織斑、お前はもう自分の部屋に戻れ」

 

「え? あ、はい」

 

 名指しされた一夏が、「あれ? ウィルは?」とでも言いたげな表情で立ち上がる。はて? 俺だけ残されるような理由はあっただろうか?

 

「ああ、織斑。少し待て」

 

 呼び止められて「?」と振り返る一夏。そんな実弟の顔を見ながら織斑先生は、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 

「腹は早めにくくっておけよ(・・・・・・・・・・・・)」

 

「へ???」

 

「(……あっ、ふーん)」

 

 そういう意味か。うん、先生が何を言ってるかわかってしまったよ俺は。まあ、いつになるかはわからんが、一夏があの『ジュラシック』で『ワールド』な映画の有名シーンをその身で再現するハメにだけはならないよう祈っといてやろう。

 腹を空かせたラプトルの集団に、親友がなすすべもなく食い散らかされるのは俺としても悲しいからな。

 

「(…………いや、しかし、こいつは唐変木すら超越してる男だからな。むしろ食われた(・・・・)方が世のため人のためか……?)」

 

 結局、独りだけ何のことかさっぱりの一夏は首をかしげながら部屋を出て行ったのだった。

 

「あー……ところで、なぜ自分だけ残されたのでしょうか……?」

 

 パタン、と閉じたドアから織斑先生へと視線を戻し、俺は恐る恐る口を開く。今のところ、居残りで説教を受けるようなことはしてない――はずだ。たぶん。おそらく。メイビー。

 

「そう身構えるな。何も取って食おうというわけではない」

 

 そうは言ってくれるものの、そもそも織斑先生と部屋に2人きりという時点でプレッシャーが半端じゃないのだが……。

 

「お前の中での私は魔王か何かか……」

 

 あ、自覚あったんですね――なんて考えた瞬間、ギロリと睨まれた。

 

「今、失礼なことを考えただろう?」

 

「イエ、ナニモ」

 

 ほんと毎回思うんだけど、なんで簡単に人の思考読めるんだ? IS学園教員の必須習得技術なのか?

 

「……まあいい。話を戻すが、織斑を先に帰らせたのは、お前とボーデヴィッヒに内密な用事があるからだ」

 

「『内密な用事』? それに、ラウラにも、ですか……?」

 

「そうだ。詳しい説明は今日の午前10時、談話(だんわ)室にて行う。遅刻は厳禁だ」

 

「は、はぁ。わかりました。本日午前10時、談話(だんわ)室に伺(うかが)います」

 

「よし。話は以上だ。――それとホーキンス」

 

「はい、なにか?」

 

「睡眠はしっかりとれ。徹夜でもしたような顔だぞ」

 

 したような、ではなく実際に徹夜したんだが、俺ってそんなひどい顔してたのか? 顔洗ってる時はまったく気づかなかったな。

 

「思春期真っ盛りの男子高校生には言っても無駄だろうが、あまり羽目を外し過ぎるなよ(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「……? なんのことです?」

 

「学内での不純異性交遊はほどほどにしておけ、と言っているんだ」

 

「ぶふっ!?」

 

「おい、汚いだろう」

 

 予期せぬ織斑先生の発言に口と鼻から水が飛び出る。真面目な顔して何言ってんだこの人!? そもそもラウラに手を出すような度胸が俺にあるわけねえだろ!! ……自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「ゲホッゲホッ。いきなりなんてこと言うんですか! 自分は! そんなこと! これっぽっちもしちゃいませんよ!」

 

「ほう」

 

 それは意外だったと、わずかに目を丸くした先生はそれから楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「同室なうえ四六時中ベタベタしているものだから、とっくにヤッてるものと思っていたが」

 

「そんなわけないでしょう……! 自分はそんな節操なしじゃありません! それに――」

 

「『それに』?」

 

「い、いきなり手を出すなんて……、まるで体が目的だったみたいな感じがして嫌でしょう……」

 

 言いながら、カーッと顔が熱くなっていくのを感じる。あぁぁ、ったく! なに口走ってんだ俺って奴は!

 

「ずいぶん大事に思われているらしいな、あいつは」

 

「何か言いましたか?」

 

「なに、織斑に濃いめのコーヒーを淹(い)れさせてから帰せばよかった、と思っただけだ」

 

 爆弾発言かましといて何を呑気な……。と、心の中で文句を垂らしながら、先生に抗議のジト目を送ってやる。

 

「わかったからそんな目で私を見るな。そら、話は終わりだ。時間には遅れるなよ」

 

「わかりました。それでは」

 

 そう一礼して今度こそ寮長室を出る。

 ただでさえ寝不足なのに、さっきのやり取りで余分な体力まで使わされて、さらに疲れた気がする。

 

「ただいま〜っと」

 

「む? 帰ってきたか」

 

 フラフラとした足取りで玄関を上がると、すでに起きていたらしいラウラがベッドにペタリと座り込んだままこちらに振り返った。

 小さな口であくびをするその姿は、着ているパジャマの見た目も相まって本当にネコのように見える。

 

「起きてたのか」

 

「あれだけ騒がれてはな」

 

「う……、すまん……」

 

「それはもういい。それで? 何か緊急事態か?」

 

「あー、それなんだが……」

 

 これまでの経緯を簡単に説明する。全て話し終えたころには、ラウラの顔があきれ一色に染まっていた。

 

「なんだそれは。バカバカしい……」

 

「だよな? バカだよな? まったく、振り回される身にもなれって話――」

 

「――『私の』ウィルを他の女と共有するなど、実に愚(おろ)かしいことだ」

 

 ゾワリと、背筋を冷たい何かが通る。視線を向けた先では、ラウラが黒い笑みを浮かべていた。

 

「あの……ラウラ、さん……?」

 

「そもそも、私達は互いに愛を確かめあった、名実ともに夫婦。つまり相思相愛なのだ。他の女が割り込む隙(すき)などどこにあるというのか」

 

 なんか言い方が意味深に聞こえた気がする。それに、ラウラのまとう雰囲気がちょっと怖い――というか、重力を感じる。

 

「(俺、聞いたことあるぞ。これヤンデレってやつだ……!)」

 

 これはその中でも『微ヤンデレ』というやつだろう。以前マイクから色々と聞かされたせいで、変な知識ばかりが溜まっていきやがる。

 ……しかしまあ……。

 

「(それほど想ってくれてることに、ちょっと嬉しく思ってしまった俺も大概(たいがい)かもなぁ……)」

 

 なんて考えていると、いよいよ雲行きが怪しくなってきたラウラが、あろうことかISを展開しようとまで始めていた。

 

「それとも連中は私達の仲を引き裂こうとでも言うのか……? ならば、すぐにでも始末して――」

 

「わー! 待てまてまて! そこまでせんでいい! というか強制じゃないんだし、放っておけばいいだけだって!」

 

「む……。それは……たしかにそうだな。うむ。取り乱した」

 

 半分ほど上げていた腰を再度ベッドに下ろすラウラ。

 IS委員会をISが襲撃するなんて、冗談でも笑えない。皮肉たっぷりな事件もいいところだ。

 

「それに第一、ウィルが他の女になびくなどありえん話だ。心配するだけ無駄だ。…………そうだろう?」

 

 ニッコリ。口元は笑っているのに、目がちっとも楽しそうじゃない。つい昨夜、俺に詰めてきたときのそれと同じだ。

 

「ハイ」

 

 ハイライトが緊急脱出(ベイルアウト)してしまった目を向けられて、ブルりと総身が震える。

 はじめからそんなことは考えすらしてなかったが、俺は、何か末恐ろしいものを感じながら、高速で首を縦に振るのだった。

 

 ▽

 

「――はい。はい。ほな、そのように。頼んます〜」

 

 なんとも風変わりな話しかたをする男は、耳にあてていた受話器を降ろすと、「ふぅ……」と静かに息をはく。

 それはただの息継ぎのように聞こえて、その実、張りつめていた気をわずかに解(と)いた音だった。

 

「……これで、どないかなればエエんやが……」

 

「おとん、えらいシケた顔してどしたん?」

 

「っ!?」

 

 ビクリ、と。いきなり声をかけられた男の肩が跳(は)ねる。そしてすぐさま部屋の入口に視線をやって――次には、ほっと顔をほころばせたのだった。

 

「なんやお前かいな。ちゃんとノックしい言うたやろ〜?」

 

「ちゃんとしたで?」

 

「返事も聞かずに入ったらアウトや、アホ」

 

「う……」

 

 バツが悪そうに視線をそらす少女の、左肩から一房(ひとふさ)垂らした長いおさげが、わずかにゆれる。三つ編みの先を青いリボンで結(ゆ)った髪が、年不相応(ふそうおう)に実った胸元のラインをなで、その豊満なサイズを殊更(ことさら)に強調していた。

 

「ま、まあ次から気をつけるさかい、堪忍(かんにん)してえや」

 

「……それ前も言うてたで?」

 

「あ、あはは……。そ、そんなことより! どこと電話してたん?」

 

「いや、『そんなこと』で流したらあかんやろ。電話はまあ……ちょっとIS学園のお偉(えら)いさんにな」

 

「ふーん?」

 

「今度、用事で遠出(とおで)せなあかんからな。そん時のボディーガードをお願いしよう思て」

 

「えらい物騒な話やな。おとんの?」

 

「いやお前の」

 

「ウチに? ……子守(こもり)いるような歳ちゃうねんけど?」

 

 ムスっとした少女に男は、そう言うと思った、とでも言いたげに苦笑を浮かべる。

 

「まあまあ、そう言わずに。来てくれるんはお前と同(おな)い年やから、仲良くなれるかもやで」

 

「タメ言うてもISの操縦者やろ。過剰すぎや、どこと戦争するつもりやねん」

 

「そりゃ、お父さん自慢のウルトラスーパー可愛い娘やからな。変な虫が近寄ろうもんなら、そいつを消し炭にしてもらおうと……」

 

「アホか! 限度があるわっ!」

 

「あっはっはっはっはっ! さすがに冗談や、じょーだん!」

 

 ビシッ! と炸裂する少女の華麗なツッコミに、男は口を大きく開けて笑う。そんな、2人の間でもはや日常となっているノリ・ツッコミだが、『消し炭に』のあたりが8割ほど本気だったことは本人の心の中にそっとしまわれることとなった。

 

「はぁ、笑った笑った。けどな、お前が一番大事やいうことは、冗談とちゃうんやで」

 

「き、急に真面目な顔して、なにアホなこと言うとんねん……」

 

「お? 照れ隠しか? 顔真っ赤やでぇ?」

 

「なんや、もう老眼鏡が必要な歳かいな。おとんも老けたな」

 

「コラッ、なんやと〜!?」

 

「キャーー☆」

 

 ワシャワシャ、ワシャワシャ。頭を雑になでくりまわされた少女は、楽しそうに笑いながら部屋を走り去っていく。その背中を微笑(ほほえ)ましく見送った男は、しかし、パタンとドアが閉じた直後には、また険しい表情へと戻っていた。

 

「……次で、ケリつけんとな」

 

 覚悟と決意の入り混じった声が、小さく書斎(しょさい)に響いた。

 

 ▽

 

「10時に談話室へ?」

 

「ああ。なんでも、俺とラウラに内密な用事とやらがあるらしくてな。詳しくはそこで説明するそうだ」

 

「ふむ……。昨今(さっこん)の亡国機業(ぼうこくきぎょう)に関連することか……?」

 

「さあな。どっちみち、ロクなことじゃない気はするがな」

 

「それは、ベテランの勘(かん)、というやつか?」

 

 冗談めかしてくるラウラ。その口元は、どこか楽しそうにゆがんでいる。

 

「いえいえ。小官など、少佐殿にはおよびません」

 

 ニヤリと笑って返してやると、このドイツ軍少佐は、笑みをより不敵なものにと変えた。

 

「ふん。"元"とはいえ、階級ならお前の方が上だろう。ホーキンス中佐?」

 

「今は少尉だけどな。――けどまあ、勘ってのも案外バカにはできんもんさ」

 

 直後、不意に飛び出た大きなあくびが、のどを震わせる。昨日の激闘を経てから今の今まで、さすがに仮眠のひとつもしていないと、脳が疲労の限界を訴えているらしかった。

 

「(いかんな……。現役を張ってたころは、1日、2日の徹夜ならギリギリ耐えられたんだが……)」

 

 ひとたび眠気を自覚すると、そこから一気に睡魔(すいま)が襲ってくる。潮の満ち引きのように、意識が半覚醒と半睡眠を繰り返す。

 

「………――。っ………! ……………」

 

「眠たいのか?」

 

「ん……」

 

「ウィル?」

 

「ふぁいっ」

 

「寝るならベッドに行け。イスの上では疲れも取れんだろう」

 

「ああ、ベッドね。うん……」

 

 そうしてラウラに促されるまま、半分寝ぼけた状態で立ち上がり、ノロノロとした足どりで自分のベッドに向かう。もう、自分で自分が何をしているのかもあいまいだ。

 

「(あぁ、意識が……飛ぶ……)」

 

 なかば倒れ込むようにしてベッドに入ると、質のいい布団とスプリングの弾力が、優しく俺を受けとめてくれる。……あぁ、しまった。目覚まし……つけない、と……。

 

「よっと」

 

「んえ?」

 

 いきなりラウラに頭を持ち上げられたことで、再び脳が半覚醒する。

 何するんだよ……、と文句を口にしようとするが、後頭部に感じるほどよい弾力と温かさが、その意識を霧散(むさん)させた。

 

「ラウラ……?」

 

「嫁が眠そうにしている時はこうしてやるといい、とクラリッサから聞いたのでな」

 

 上からしたラウラの声に、混濁(こんだく)しつつある頭で、かろうじて自分が膝枕されているのだということに気づく。

 

「どうだ、心地良いだろう?」

 

「……最高」

 

「っ……そうか」

 

「やわらかいけどやわらかすぎないし、あたたかいし、いいにおいもするし……」

 

「な、なに?」

 

「しかもかわいいし、やさしーし、おまけにかわいいし」

 

「もっ、も、もう言わなくてもいいっ。いいからさっさと寝ろっ!」

 

「ん」

 

「少ししたら起こしてやる」

 

「それじゃ、9時になったら、頼む……」

 

 最後にそれだけを言い残して、俺の意識は、今度こそ優しい温もりの中へと微睡(まどろ)んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 ―おまけ―  因幡(いなば)の黒ウサギ

 

 

「……どこだ、ここ?」

 

 むかしむかし。隠岐(おき)の島に、1羽の黒ウサギがいました。

 

「えっ、は? 黒ウサギ? ていうか、ちょっと待て。なんだこのデフォルメされまくったサメの着ぐるみは――」

 

 はーい、お話が進まないのでだまっててくださいねー。

 

「おい、お話ってなんだ!? それにお前は誰だよ!」

 

 その黒ウサギは、とある教官に会いに行こうと思い、因幡(いなば)の国へ向かおうとしていました。

 

「おいコラ無視すんな!」

 

 しかし、その間には白波を立てる海が広がっており、そう簡単には渡れません。

 

「もしもーし!?」

 

 そこで黒ウサギは、近くに住んでいたワニザメに頼んで因幡の国まで連れて行ってもらおうと考えました。

 

「いや、ワニなのかサメなのかどっちなんだよ!」

 

 はぁ〜〜〜……。面倒なので、ご自身であとからググって調べてください。

 

「なんで俺がため息つかれないといけないんだ??」

 

「ウィル」

 

「うおっ!? ビックリした……って、なんだラウラか」

 

「む。なんだとは、ずいぶんな物言いだな」

 

「あぁ、すまん。ところでその……なんだ、そのモコモコ着ぐるみは?」

 

「おかしなことを言う。私は黒ウサギなのだから、当然だろう」

 

「…………ふぅ……。オーケー。もうツッコんだら負けな気がしてきた」

 

「? よくわからんが、それより、私を因幡の国まで運んではくれまいか?」

 

「えっ、俺が?」

 

 あなた意外に誰がいるんですか。ほら、出番ですよ。早くしてください、ワニザメさん。

 

「俺にどうしろと……」

 

 仲間を呼んで橋を作るとか、背中に乗せるとか、いろいろあるでしょう。自分で考えて行動しないと、将来ダメ人間になりますよ。

 

「なんだァ? テメェ……」

 

 心優しいワニザメは、その黒ウサギを背中に乗せて因幡の国まで連れて行ってあげることにしました。

 

「一言も言ってねぇ! この海を泳ぎ切れってのか!?」

 

「ダメなのか……?」

 

「うっ。罪悪感が……! そ、そもそも、こんな格好じゃおぼれちまうだろ?」

 

「それもそうだな。……よし」

 

「待てまてまてまて!! なぜ脱ぐ!?」

 

「着ぐるみではおぼれるからだろう?」

 

「せめて水着はぁ……!?」

 

 はんっ、何を今さらカマトトぶってるんだか……。

 

「は?」

 

 そんなんだから、どヘタレクソボケ鮫(さめ)野郎なんですよ。

 

「よーし上等だ。治療代は自腹で切れよォ……!」

 

 こうしてワニザメに体中の毛をむしり取られた黒ウサギは、丸裸(下着は着用)にされてしまい、その場でシクシクと泣いてしまいました。

 

「俺は! 無実だ! さっきから悪質だぞオメー!!」

 

「ふむ……。遠泳の訓練は受けたとはいえ、この距離は少し厳しいか……?」

 

「見ろよ! 泣くどころか、こっから向こう岸まで泳ごうとかバカ真面目に考えはじめてんだぞ!?」

 

 丸裸(以下略)にされた黒ウサギが砂浜で泣いていると、そこへ偶然にも神様が通りかかりました。

 

「とうとう本格的にシカト決めはじめやがった……!」

 

 神様は、鼻息を荒くして大きなスーツケースを開きます。

 

「隊長! このような装備はいかがでしょう! きっとお似合いだと思います!」

 

「む? クラリッサではないか」

 

「なあ、ヒラヒラのミニスカメイド服なんぞ持ち歩いてる理由を訊くのは、野暮(やぼ)ってもんか?」

 

「何を言うか! いつ何時(なんどき)も隊長を補佐することは、副隊長である私に課せられた天命なのだ!」

 

「俺が訊いてるのは、コスプレ衣装を持ち歩いてる理由なんだが??」

 

 こうして数時間にも渡るコスプレ大会の末、黒ウサギに黒耳バニーガールの衣装を着せた神様は、満足したのかホクホク顔で去って行きました。

 

「うむ。防御力の面でいささか不安は残るが、着ぐるみよりは動けるだろう」

 

「またっ……! 目のやり場に困るようなもん着てさぁっ……!」

 

 ケッ。腰抜けがよ。

 

「本性現したな?」

 

 ゴホンッ。……失礼しました。ようやく海を渡る準備を整えた黒ウサギは、ピョンとワニザメの背中に飛び乗ります。

 

「これ飛び乗るってか、よじ登るの方が正しくないか? あぁ、こら。そこ引っ張るなって……」

 

「むぅ。背ビレが顔に当たって鬱陶(うっとう)しいな……」

 

「うっと……!? 背ビレはサメのアイデンティティだろぉ!?」

 

「金魚やイワシにも背ビレはあるだろう」

 

「なんでそんなヒドイこと言うの??」

 

 あのー、話が進まないので、そろそろ次いってもらっていいですか?

 

「いや、だからこの距離は……」

 

 …………。

 

「船とかで……」

 

 …………………。

 

「わかった! わかったよ! 渡りゃあいいんだろ! チクショー!」

 

 さすがは海生魚類(かいせいぎょるい)。ワニザメは黒ウサギを背に乗せたまま、優雅(ゆうが)に海を渡って行きます。

 

「せ、背中が重……ゴボゴボ……ぶへっ……!」

 

 …………まあ、優雅(ゆうが)の定義は人それぞれですので。

 

「くっそ……、あとで覚えてろよ!」

 

 そうして10キロほどを泳ぎ切ったところで、今度は別の神様が通りかかりました。

 

「あれ? ふたりとも、そんなとこで何してんだよ?」

 

「ぶばっ……! は、鼻に水が……!」

 

「因幡の国まで乗せてもらっている途中だ。お前も向こうに用があるのか?」

 

「そうそう。千冬姉におつかい頼まれてさ、その帰り――」

 

「オイちょっと待て一夏」

 

「へ? 俺?」

 

「お前ェ、なぁんでISなんて乗ってンだぁ……?」

 

「なんでも何も……普通にISで飛んで行けば、泳がなくても因幡の国まですぐだろ?」

 

「…………………オイ?」

 

 いえ、承知の上でわざわざ遠泳を選んだものとばかり。

 

「わかっててだまってたよなァ?」

 

 ………………てへっ♪

 

「ウサギじゃなくて、テメェの皮剥(は)いだるぞゴラァ!」

 

 いや! やめて! お、男のひと呼びますよ!?

 

「うるせぇ! どの口が言いやがる!」

 

 待って助けて! アメリカ大好き!

 

「皮剥(は)いで塩水につけて天日干しにしてやらァ!!」

 

 アーーーーーッ!!?

 

 ……

 ………

 …………

 

「ハッ!?」

 

 バネ仕掛けのように半身を起こし、まだボンヤリしている頭でキョロキョロと周囲を見渡す。

 

「ようやく起きたか。寝坊助め」

 

 あきれたような声に振り向くと、そこには黒ウサギが――って、あれ?

 

「ラウラ? 因幡の国は……?」

 

「『因幡の国』?」

 

 目をパチクリとさせるラウラ。それからすぐ、合点(がてん)がいったように、ふっと笑う。

 

「まだ寝ぼけているらしいな。因幡の白兎(しろうさぎ)の夢でも見ていたのか?」

 

「因幡の白兎……」

 

「なんだ、知らんのか? なんでも、日本に古くから伝わる伝承だそうだ」

 

「はあ……」

 

「まあ、詳しくはあとで調べろ。有名な話だから、すぐに出てくる」

 

「あぁ、うん……」

 

 あー、ちょっと待てよ。少しずつ頭がはっきりしてきたぞ。9時まで仮眠をとることにして、それであんな、わけわからん変な夢を……。

 

「とりあえず因幡云々(うんぬん)はあとにして、さっさと顔を洗って、その呆(ほう)け顔を直してこい」

 

「はいよぅ……」

 

 ラウラに促(うなが)され、大きなあくびをかみ殺しながら洗面所へ向かう。

 夢の内容というのは、起きて時間が経てば大半は忘れてしまうらしいが……、あのトンチンカンな内容だけは、当分の間、頭からは離れなさそうだった。

 

 

 

 ―おまけ2―

 

「……で? 貴様ら、弁明はあるのか?」

 

「「「……………」」」

 

 アメリカ合衆国、ティンダル空軍基地某所(ぼうしょ)。

 ひたいに青筋を立てたトーマスの前には、憲兵隊(けんぺいたい)によって簀巻(すま)きにされた男達が跪(ひざまず)かされていた。

 

「どうした? いつものおしゃべりはどこへ行った? ほら、何か言ってみろ」

 

 もはや絶対零度(ぜったいれいど)とも言えるオーラを放つその上官を前に、立場を問わず全員が震え上がる。

 

「今回は、本土防衛空軍の乗機に手を出そうとしたそうじゃないか。ええ?」

 

「「「はい……」」」

 

「主翼にズーニー・ロケットを無理やり吊るし、さらに自走砲の155ミリ砲まで担がせようとしたそうだな。……楽しかったか?」

 

「「「………………」」」」

 

「楽しかったか、と訊いている」

 

「「「その……はい……」」」

 

 屈強なはずの男達は、情けなく縮こまって震えながら、そう小さくもらした。

 

「私は悲しい……。なぜ、いつもいつも手を焼かせるんだ? 普通に軍務についていれば、多少のことには目をつむろうというのに」

 

 カツン、コツン……と軍靴(ぐんか)の音を静かに響かせて、簀巻き集団の前をゆっくりと通って行く。そんなトーマスの表情は、あきれと落胆がない混ぜになった色をしていた。

 

「個人の思想まではしばらないと言ったのは私だものな? なのに、なぜこんな真似をするんだ? 規則を破られては、お前達を守ってはやれん」

 

 足音が、止まる。

 そして――

 

「もうコロスしかなくなってしまったよ……」

 

 本当に悲しそうに、トーマスは告げた。

 さすがに今回ばかりはまずいと本能で察した簀巻き組は、冷や汗を滝のように流しながら、よりいっそう震えが強くなる。

 しかし……しかし、そんな状況にもかかわらず、空気を読めない『バカ』というのは一定数いるもの。

 

「まあまあ、大佐。落ち着いて。笑顔ですよ、笑顔」

 

 口を開いたのは、この基地のお調子者にして、最強のKY。

 彼の同僚達からつけられたあだ名は、『地獄に最も近い男』『臨死(りんし)体験経験済み』『学習しない男』などなど。

 

「たしかに今回はやりすぎちゃいましたけど、ほら、男ってロマンに一直線な生き物って言いますし」

 

 名を、ハーマン・フェルゲリン。大尉である。

 

「ほら笑って。ね? ニコッ☆って。あんまし怒ってばかりだと、将来ハゲちゃいますよ」

 

「……………」

 

 口をはさんだフェルゲリン以外全員が、トーマスの顔から一切の表情が消えたことに気づく。それはまさしく、死刑執行が決定した瞬間であった。

 

「(あぁ、俺ら終わったわ……)」

「(なぜ奴の口をテープでふさがなかった……!?)」

「(バカ言え。口をふさいでも、今度はケツでしゃべりまくるぞ)」

「(短い人生だったなぁ……)」

「(愛する家族よ。先立つ俺を許してくれ……)」

「(友よ。先に約束の地で待て。俺もすぐに逝く)」

 

「そうか、フェルゲリン少佐。そうだな。ストレスばかりというのはいかん。たしかにキミの言うとおりだ」

 

「へへへ。ですです! 人間、笑顔がイチバン! 日本には、笑う門(かど)には福来るって言葉もあるらしいですし!」

 

「ではまず、ストレスの原因から解決せんとな」

 

「もちろんです大佐! 俺もしっかりお手伝いするので――」

 

「少佐」

 

「はい?」

 

「コロス」

 

「えっ……」

 

 次の瞬間、フェルゲリンの両脇が2人の憲兵にガシッと抱えられる。そのまま彼は、頭の中を『?』でいっぱいにしながら外へと連れ出されていった。

 

「ハイ死ンダァ!!!」

 

 バラララララララ! と、鎮圧用ゴム弾30発✕2によるフルオートの射撃音が、彼の断末魔をかき消したのだった。

 

 これでいいのか、アメリカ空軍。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。