インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を
4月も下旬、遅咲きの桜の花びらがちょうど全部無くなった頃。俺達1年1組はISの実習授業へと進んでいた。
「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで1秒と掛からないぞ」
そんなに早く展開できるようになるのかと感心しながら、首から掛けたドッグタグを左手で握る。
ISは1度フィッティングをすれば、ずっと操縦者の体にアクセサリーの形状で待機している。俺の場合は猛禽の柄が彫られたドッグタグだ。ちなみにセシリアは左耳のイヤーカフスが、一夏は右腕のガントレットがそれぞれの専用機の待機形態らしい。
それと俺のオルコットさんに対する名前呼びなのだが、クラス代表決定戦の次の日に彼女が俺と一夏を名前で呼んだ事から「わたくしもセシリアとお呼び下さい」と言われ、以降はオルコットさんではなくセシリアと名前で呼ぶ事にしている。
あれから放課後のSHRでクラスメイト達に頭を下げて真面目に謝っていたし、きっと根は良い子なのだろう。もちろん、セシリアの謝罪は快く受け入れられ、今はクラスに溶け込めている。
閑話休題。
「(行くぞ相棒)」
心の中でそう念じた刹那、そのドッグタグが光輝き、やがて全身を覆い尽くすIS本体が展開された。展開時間は1.3秒か。これは俺も要訓練だな。
「織斑、集中しろ」
「は、はい」
織斑先生に急かされた一夏は右腕を突き出し、ガントレットを左手で掴む。さっきまで色々と試行していたが、どうやらあのポーズが彼が一番集中しやすい──というより、ISの展開をイメージできるようだ。
「来い、【白式】」
と、一夏は静かに呟く。すると右腕のガントレットから光が溢れ出す。約1.6秒の展開時間。その光は次第に増大していき、やがて真っ白な装甲を持つISを形成した。
既にIS【ブルー・ティアーズ】を展開したセシリアは宙に浮かんでいる。準備万端のようだ。展開も俺より速かったし、さすがは代表候補生だとつくづく思う。
「では早速飛ぶ──前にホーキンス、早くジェットエンジンに点火しろ」
ズテッと数人の女子が盛大にズッコケ、さあ飛ぼうと意気込んでいた一夏とセシリアは「ああ、そうだった」といった表情で固まっていた。うん、なんかごめんな。直ぐにエンジン始動させるから。
「……ホーキンス、お前のISは毎度それをしないと飛べないのか?」
「いえ、一応PICだけで飛ぶ事はできるのですが、飛ぶというより宙に浮いて移動ができる程度のものでして……」
タービンが回転を始めるキュィィィという独特の音をBGMに俺は織斑先生の素朴な疑問に答える。
PICでも飛べるっちゃ飛べるんだが、重いからフラフラしてて速度も出ないし、今にも落ちそうな頼り無い飛び方なんだよなぁ……。
「そうか。それで、始動まではどれぐらい掛かる?」
「もう間も無くです。相棒、急いでやろうぜ。みんなを待たせてる」
そんな俺の呟きに呼応するように、【バスター・イーグル】のジェットエンジンから甲高い轟音が響き始めた。
「お待たせしました」
「よし、飛べ」
言われて、真っ先に動いたのはセシリアだった。急上昇し、遥か頭上で静止する。
俺も遅れて上昇して行ったのだが、その後ろに続く一夏の上昇速度は先のセシリアに比べてかなり遅いものだった。
《何をやっている。スペック上では【白式】は【バスター・イーグル】に速度差で劣るが、【ブルー・ティアーズ】よりは上の筈だぞ》
通信回線から早速お叱りの言葉を受ける一夏。
「そんな事言われても……ん~確か『自分の前に
「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」
「セシリアの言う通りだ。教本に書かれたものはあくまで万人にイメージさせやすくされたものであって、一個人に対するものじゃない。お前だけのやり方で飛ぶんだ。飛行機でもスーパーマンでも何でも良い」
うーんと唸る一夏にセシリアと俺からアドバイスをする。
「そう言われてもなぁ。だいたい、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」
「一夏、1度そういった事を考え始めたら永遠に終わらないぞ」
「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」
うわぁ、こりゃまた専門的な話に突入しちまいそうだな。こんなもん、高校1年生で習うような話じゃねえだろ……。
「やめとけやめとけ。脳ミソがオーバーフローでも起こしたらどうする気だ?」
「分かった。その説明はしてくれなくて良い」
「そう、残念ですわ。ふふっ」
楽しそうに微笑むセシリア。その表情は嫌味や嘲笑ではなく、本当に単純に楽しいという笑顔だった。
あの試合以降、彼女は何かと理由を付けては一夏のコーチを買って出ている(そして毎回、箒とバチバチ火花を散らす)。
ちなみにその訓練、セシリアの説明は一夏が分かりやすいようにある程度噛み砕いたものだったのだが、箒の説明はなんかこう……すごくアレだった。
『グッとなって、ギュイーン、ズカーン! といった感じだ!』
『『……?』』
『なぜ分からん!?』
『いや、だって……なあ?』
『わけが分からないよ……』
その箒の説明にセシリアがいちいち突っ込んでは言い争いを始め、置いてきぼりを喰らった一夏に俺が教えるなんて事もザラだ。
「一夏さん、よろしければまた放課後に指導して差し上げますわ。その時は2人きりで──」
《ホーキンス、ここからはお前1人で飛べ》
通信回線から声が響く。見ると、遠くの地上からはインカムを着けた織斑先生がこちらを見上げていた。ちなみに、この望遠鏡並の視力はISに搭載されているハイパーセンサーの恩恵だ。地上200メートルからでも顔がくっきりと視認できる。
《好きなように飛んで構わん。お前の飛行技術を見せてみろ》
「……イエス・ミス」
織斑先生から告げられた言葉に自然と口角が上がっていくのが分かる。好きなように飛んで構わん、か……。よし、ならそうさせてもらうとしよう。
「一夏」
「何だ? ウィル」
「前に約束したよな、今度コブラの他にも見せてやるって」
「ああ、セシリアとの試合の時だよな?」
「そうだ。そいつを今から見せてやる」
主翼を左右に2~3回ほど振ってから一夏とセシリアの元を離れる。
「(よし、ここなら万が一にもあいつらと衝突してしまう事は無いだろう。それじゃあまずは……)」
機体を水平方向から一気に仰角を90度近く取り、
そして次に行った機動は『フック』。これは水平旋回をしながら仰角を90度近く取って旋回円の中心を向いたあと、また元の水平旋回に戻る機動の事で、簡単に言えば旋回中のコブラだ。
「まるでちょっとしたエアショーでもしてるような感じだな……ん?」
ふと遥か下の地上をハイパーセンサー越しに見ると、女子達が食い入るようにこちらを見上げていた。
ちょっと得意気な気分になった俺は、サービスとして『クルビット』と、続けざまに『フラットスピン』を披露する。
クルビットはコブラから機体を水平に戻さずにそのまま後方へ一回転させる機動で、外見上の挙動は高度を変えないままの宙返り。
フラットスピンは意図的に機体を失速させてきりもみ降下を起こすもので、
「おっと……」
バイザーに映し出された警告文とけたたましい電子音に思わず苦笑を浮かべる。
本来想定されていないような機動を連続で続けた事によってISが異常な動きをしているとセンサーが感知したようで、『機体がイカれた飛び方してんぞゴルアァ!』とISが優しくパイロットに教えてくれているのだ。
《よし、もう良いぞ。3人とも、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ》
「りょ、了解です。では一夏さん、ウィリアムさん、お先に」
先程までの俺の 変態 曲芸機動を見て呆気に取られていたセシリアはハッと思考を引き戻し、直ぐさま地上に向かう。
「巧いもんだなぁ」
「代表候補生に選ばれるほどなんだ。厳しい訓練を積んできたからこその腕前だろうな。という事で先に降りさせてもらうぞ、一夏」
言って、俺も地表に向けて急降下を開始する。ISが多少打ち消してくれるとは言え、体に掛かるGはそれなりのものだ。
あと80メートル……よし、ここで補助翼を展開! エンジンも噴かして──
──警告。後方より急速に接近する物体あり。速やかな回避を推奨──
突如ISから送られて来た警告。『後方より』の文字に反射的に振り返ると、そこには……
「おわああぁぁぁぁぁ!!?」
「な、なにぃぃ!!?」
猛スピードでこちらに向けて突っ込んで来る一夏の姿があった。どうやら機体制御をミスったらしい。
ギュンッ────────ズドォォンッ!!!
大急ぎでその場から退避したと同時に一夏は恐ろしい速度で【バスター・イーグル】の左主翼スレスレを通過して行き、そして地面に墜落した。
「お、おい、一夏! 大丈夫か!?」
慌てて墜落現場に降りた俺は地面に頭が半分埋まった状態の一夏を引っこ抜く。
「ぶはっ! な、なんとか……。サンキュー、ウィル」
見たところ外傷は無く、体はISが衝撃から守ってくれたようだ。しかし、クラスメイトのクスクス笑いに彼の心は満身創痍だった。
「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに大穴を開けてどうする」
「……すみません」
取り敢えず姿勢制御をして上昇、クレーターから離れる一夏。ISのシールドバリアーのおかげで【白式】には汚れ1つ無い。
「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやった事はどうした? まったく、お前という奴は昔から──」
「一夏さん、大丈夫ですか? お怪我は無くて?」
腕を組み、目尻を吊り上げた箒が一夏に小言を言い始めたその時、それを遮るようにしてセシリアが前に出た。
「それなら大丈夫だ。さっき一夏を引っこ抜く時に確認したが、特に外傷は無かった」
「おう。ウィルの言う通り、大丈夫だ」
「そう。それは何よりですわ」
うふふ、とまた楽しそうに微笑むセシリア。
「……ISを装備していて、今の程度で怪我などするわけが無いだろう……」
「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然の事。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」
うわお、あからさまに煽ってんなぁ……。
「お前が言うか。この猫被りめっ!」
「鬼の皮を被っているよりマシですわっ!」
バチバチバチンッ。2人の視線がぶつかり合って盛大な火花を散らすが、火花だけではなく箒の背後には龍が、セシリアの背後には虎が、それぞれガルルルル……と低く唸りながら睨み合っている光景を見てしまった俺の目はとうとうイカれたのだろうか。
「やかましい、喧嘩なら他所でやれ。さて、そろそろ時間だな。今日の授業はここまでだ。それと織斑」
「はい?」
「グラウンドを片付けておくように」
グラウンドに開いたクレーターを埋めておけと言われ、今にも泣きそうな目で俺を見てくる一夏。おいおい、まさか俺に土木作業を手伝ってくれだなんて言わねえだろうな?
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
「…………はぁ、分かった分かった。分かったよ。手伝ってやるから、そんな目で人を見るな」
折れたのは俺の方だった。溜め息をつき、両手を上げて降参のポーズを取る。
「ウィル、本っっ当にすまねぇ……!」
「あーあー、謝らなくて良いから、ちゃっちゃと片付けちまうぞ」
「おう!」
本日最後の授業を終えた俺と一夏は夕暮れ時のオレンジ色に照らされながら、スコップや台車を用意してせっせと土を運んでは穴を埋めていく作業を開始する。
正直に言うと面倒の一言に尽きるが、これもまた青春の1ページなんだなと、逆に楽しんでいる自分もいるのだった。
▽
「ふぅん、ここがそうなんだ……」
夜。IS学園の正面ゲート前に、小柄体に不釣り合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。
まだ暖かな4月の夜風になびく髪は左右それぞれに高い位置で結び、肩に掛かかるか掛からないかくらいのそれは、金色の留め金がよく似合う黒色をしている。
「待ってなさい、一夏」
フッと笑いながら歩を進める少女の目は、久しく会っていなかった人物にようやく会えるという期待に満ちていた。
▽
「というわけでっ! 織斑くん、クラス代表決定おめでとう!」
「「「おめでと~!」」」
パンッ、パンパンッ! 続けざまに放たれたクラッカーから硝煙の臭いと共に紙テープが飛び出る。
現在は夕食後の自由時間。寮の食堂には俺を含む1組のメンバーが勢揃いで一夏のクラス代表決定を祝福するパーティーが行われていた。
「…………」
女子達が各自飲み物を手に盛り上がる中、しかし一夏だけは頭の上に紙テープを乗せたまま暗い顔をしていた。
「一夏、そう暗い顔をするなよ」
「ウィル……でもよぉ、何で俺なんだよ……」
はぁ、と溜め息をつきながら一夏はチラリと壁を見る。俺もつられて視線を動かすと、そこにはデカデカと『織斑 一夏クラス代表就任パーティー』と書かれた紙が掛けられていた。
「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるわねぇ」
「ラッキーだよねー。同じクラスになれて」
「その上、担任はあの千冬様……ねえ、突然不幸な事が訪れたりなんてしないわよね?」
あー、それってあれか? 幸運を使い果たしたせいで溜まりに溜まった不幸が一気に降り掛かる的なやつか? 俺も経験あるから、心配なら御守りか何かを持っておくと良いぞ。
「俺が代表になっても得なんて無いだろうに」
相変わらず暗い表情をしている一夏がボソリと呟く。
「彼女らには意味があるんだろうよ。それに一夏、お前にもマイナスな話じゃないだろ? 経験の積み放題だ」
「ああ、前にセシリアが言ってたっけ。代表者になれば対抗戦に出る事になるから、戦いには事欠かないって」
「その通りだ。まっ、対抗戦まではもう少し日にちがあるし、訓練はこれまで通り付き合ってやるから心配するな」
「助かる。箒とセシリアはちょっとした事ですぐ言い争いを始めて訓練が止まるから、実質ウィルが専属みたいなもんだよ」
「確かに。毎度言い合いをおっ始めてはお前が放置されてる始末だからな。けどな、その言い合いの火元は実はお前さんなんだぞ?」
「? 教え方の相違で喧嘩してるわけじゃないのか?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げる一夏。これでとぼけているわけではない分、余計タチが悪い。まったく、この唐変木の色男めっ! なんて羨ま──ん゛ん゛っ! ……ふぅ、危うく取り乱しかけたな。
「そこから先を俺が言うわけにはいかんな。お前が自分で気付けるように頑張れ」
さすがにその手の話を勝手にバラすのは野暮が過ぎるってもんだろう。
「はぁ。まあ、分かったよ。努力してみる」
一夏はそう言ってオレンジジュースを飲む。ああ、頑張ってくれ。そして頼むから、俺が巻き添え喰らわないようにしてくれ。
「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑 一夏くんとウィリアム・ホーキンスくんに特別インタビューをしに来ました~!」
おお~! と盛り上がる一同。ほう、新聞部。この学園にはそんな部活まであったのか。
「あ、私は2年の
受け取って、その名刺を見る。フリガナふってなきゃ俺には絶対に読めん名前だな。なんで日本人はこうも難しい字を氏名として使うんだ?
「それじゃあまずは織斑くんからね。ずばり! クラス代表になった感想をどうぞ!」
無邪気な子供のように瞳を輝かせながら、ペンとメモ帳をそれぞれ片手ずつに持って一夏に迫る黛先輩。
「えーと……まあ、なんというか、頑張ります」
「えー。もっと良いコメントちょうだいよ~。『俺に触るとヤケドするぜ』とか!」
なんだその台詞は。そんな台詞を言ってもキャーキャー黄色い声が上がったりなんて……いや、一夏の場合は高確率で上がるだろうな。
「自分、不器用ですから」
「んー、インパクトに欠けるわね。まあ、適当に
おいおいおい、捏造ってあんた……。それで良いのか新聞部副部長。こうやって世の中に独断と偏見が広がっていくんだな。末恐ろしいものだ。
「ホーキンスくんもコメントちょうだい」
「コメントって何を言えば良いんです? ウケる台詞なんて言えませんよ?」
「何でも良いわよ。いまいちだったら捏造するし」
さらっと捏造するだなんて言わないでくれよ、お嬢さん。しかしどうしたものか……。一夏みたいな事を言うと、とんでもない台詞を捏造されそうだしな。
「……『鮫は獲物を逃がさない』なんてどうですか?」
頭の中でふと、思い付いた台詞を言ってみた。
「おっ、良いねぇ。鮫は獲物を逃がさないっと……オッケー。続いてセシリアちゃん、コメントをどうぞ!」
「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」
などと言いつつ満更でもないというか、すぐ近くでソワソワしながら控えてたよな。心なしか髪のセットに気合いが入っているようだが、恐らく写真対策だろう。
「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと、それはつまり──」
「ああ、長そうだからいいや。写真だけちょうだい」
「さ、最後まで聞きなさい!」
「いいよ、適当に捏造しておくから。よし、織斑くんに
最新鋭ミサイルも顔負けなレベルでドンピシャなんだよなぁ……。
「なっ、な、ななっ……!?」
黛先輩は適当に言ったつもりなんだろうが、セシリアはボッと耳まで赤くなって口をパクパクさせていた。
「はーいはいはい。取り敢えず3人とも並んでね。写真撮るから」
「しゃ、写真ですか?」
意外そうなセシリアの声。しかし、その声音はどこか喜色を含んだように弾んでいる。
「今注目の専用機持ちだからねー。良いショット貰うわよ」
言って、肩に掛けている少しお高そうなデジタルカメラを手に取る黛先輩。
「そ、そうですか……。そう、ですわね」
モジモジとし始めたセシリアは、チラチラと一夏を見る。
「あの、撮った写真は当然頂けますわよね?」
「そりゃもちろん」
「でしたら今直ぐ着替えて──」
「時間掛かるからダメ。はい、さっさと並ぶ」
黛先輩はセシリアの手を引いて、そのまま俺と一夏の間に並ばせた。
「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」
そこは1+1は~? とかじゃないのか、普通。えーっと……。
「……74.3──」
「ブー、惜しい。時間切れです。答えは74.375でしたー」
もうちょい時間くれよ。
パシャッとカメラのシャッターが切られる。……って、ちょっと待て。
「これじゃあ集合写真じゃないか?」
恐るべき行動力をもって、1組の全メンバーが撮影の瞬間に俺と一夏、セシリアの周りに集結していた。
「あ、あなた達ねえっ!」
「まーまーまー」
「セシリアだけ抜け駆けはないっしょー」
「クラスの思い出になって良いじゃん」
「ねー」
口々にセシリアを丸め込むような事を言っている。
「う、ぐ……」
苦虫を噛み潰したような顔をしているセシリアを、クラスメイト達はニヤニヤとした顔で眺めていた。
「あ、ホーキンスくんは特別取材良いかな? セシリアちゃんとの試合に勝った時のお話とか、他にも色々聴きたいなぁって!」
ハイテンション気味に訊いてくる黛先輩に俺は若干引きながら、「え、ええ、構いませんが……」と答える。
「ありがとう! それじゃあねえ……」
結局、取材は長々と続き、俺が解放された時にはもう夜は更け、消耗した状態で自室へ帰還。ベッドに寝転がるとそのまま微睡みの中に落ちていった。
▽
「織斑くん、ホーキンスくん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」
朝。教室に着くなり俺と一夏はクラスメイトに話し掛けられた。
「転校生? 今の時期にか?」
今はまだ4月だ。なぜ入学じゃなくて、転入なのだろうか。しかもこのIS学園、転入の条件はかなり厳しかったはずだ。試験はもちろんだが、国からの推薦が無ければできないようになっている。という事はつまり──
「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」
やはりか。代表候補生にでもならない限り、国から推薦されるなんざまずあり得んからな。そうだ、代表候補生と言えば。
「あら、わたくしの存在に今更ながらに危ぶんでの転入かしら」
1組所属のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。今朝もまた、元気に腰に手を当てたポーズを取っている。
「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどの事でもあるまい」
先程まで自分の席(ここからそこそこ離れている)に座っていたはずの箒がいつの間にか一夏の側に立っていた。まあ、彼女も一夏にお熱だからな。会話に混じりたいのだろう。
「どんな奴なんだろうな」
ふと、そんな疑問を口にする一夏。やはり代表候補生に選ばれているほどなのだから強いだろう。
「む……気になるのか、一夏?」
「ん? ああ、少しはな」
「ふん……」
一夏が何の気なしに答えた途端、箒の機嫌が悪くなった。大方、自分の前で他の女が気になると答えたからなのだろうが、彼が言った『気になる』が
「今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」
「そう! そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう」
セシリアの言う通り、そろそろ本格的な実戦訓練を始めた方が良さそうだ。運が良い事に専用機を持っている俺とセシリアがいるので、訓練機の借用手続きなどしなくても直ぐさま一夏の訓練が始められる。
ちなみに、クラス対抗戦とは読んで字の如く、クラス代表同士によるリーグマッチ戦だ。本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点での実力指標を作る為に行うらしい。
また、クラス単位での交流及びクラスの団結の為のイベントだそうだ。
やる気を出させる為に、1位クラスには優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。そりゃあ女子達が燃えるわけだ。
「まあ、やれるだけやってみるか」
「やれるだけでは困りますわ! 一夏さんには勝って頂きませんと!」
「そうだぞ。男たるもの、そのような弱気でどうする」
「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよ!」
一夏の奴、色々好き勝手な事を言われてるな。
「織斑くん、頑張ってねー」
「フリーパスのためにもね!」
「今のところ専用機を持ってるクラス代表って1組と4組だけだから、余裕だよ」
やいのやいの楽しそうな女子一同。そんな彼女らの気概を削ぐのもどうかと思ったのか、一夏が短く「おう」と返事をしたその時。
「──その情報、古いよ」
不意に教室の入り口から声が聞こえた。その声が俺達に対するものであると理解して、入り口に首を巡らせる。
「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」
そこには腕を組み、片膝を立ててドアにもたれる小柄でツインテールの少女がいた。
「
なんだなんだ、一夏はあの子と知り合いなのか?
「そうよ。中国代表候補生、
フッと小さく笑う少女、もとい
「何格好付けてるんだ? すげえ似合わないぞ」
「んなっ……!? なんて事言うのよ、アンタは!」
一夏の言葉に、凰さんの態度が崩れる。どうやらあれが彼女の素の姿らしい。
「(あ、ヤッベェ……)」
凰さんの背後に現れた影を見て、俺はそそくさと自分の席に向かう。
「おい」
「なによ!?」
バシンッ! 聞き返した凰さんに痛烈な出席簿の打撃が入った。──鬼将軍のご登場である。
「ぼ、暴力装置だ……!」
漆黒のスーツと同色の出席簿を手に持つ織斑先生と、涙目で痛そうに頭を擦る凰さんを見て、俺の口からはそんな言葉が漏れた。
「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」
「す、すみません……」
すごすごとドアから退く凰さん。その態度は100%織斑先生にビビっている。
「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」
まるで敵幹部の捨て台詞みたいだな。
「さっさと戻れ」
「は、はいっ!」
2度目は無いぞと言わんばかりの声に、凰さんは2組へ向かって猛ダッシュで去って行った。ふぅ、まるで嵐のようだったな。さて、1時限目の用意をっと。
「ああ、ホーキンス」
「はい?」
教科書とノートを取り出していると織斑先生に名前を呼ばれ、俺は「?」といった表情で顔を上げる。
「さっき何か言わなかったか? 私には暴力装置と聞こえた気がしたのだが」
「」
『暴力装置』だけをえらく強調された。き、聞かれてた!? って言うか、口から漏れてた!?
「どうしたホーキンス。沈黙は肯定という事か? んん?」
ジトリとした目付きで睨んでくる織斑先生の手には黒光りする出席簿が握られている。だがしかし、出席簿など言ってしまえば大した脅威ではない。俺が最も恐れているのは出席簿よりも遥かに強力な兵器、素手によるアイアンクローだ。
「しっ、しし、失礼ながら先生の聞き間違いではないでしょうかっ」
「…………そうか」
「ホッ……」
た、助かったぁ……!!
織斑先生のアイアンクローは冗談抜きで、痛みで意識が飛ぶ寸前までいくほどの威力だ。しかもそのまま気絶させてくれないのが更にタチが悪い。
「(制服の内が冷や汗でビッチョリだぜ……)」
いつまでも残る不快な湿り気を乾かすため、制服の首元を緩めて外気を取り入れるようにパタパタと扇ぎながら、俺は教科書を開いた。
フランカーシリーズの曲芸飛行はすごいとしか言えませんね。あんな飛行機を辞めたような機動を連続でできるロシアのフランカーってマジで何なんだ……?