□王都アルテア 【
あれからケンくんとマリーちゃんを担いだまま全力疾走で王都に向かっていた俺は、幸いな事に途中モンスターと遭遇する事も無く無事に王都北門に到着した。
……その後、北門の駐屯所に居た騎士さん達に<ノズ森林>で起きた事情を説明した上で二人を預けて親御さんの元に送り届けて貰えるように頼んでおき、俺は<ノズ森林>にいる三人の下へ戻ろうとしたのだが……。
「……行かない方がいいだろう。……【
「あ、いえ、三人とも<マスター>なので死にはしないかと……」
「少なくともそこだけは幸いだったな。……何、亜竜級の“ブラッディ”系モンスターが王都の近くにいるのは危険だから、直ぐに討伐令が下されるだろう」
「は、はぁ……」
なんか、悲壮な表情をした騎士さん達にそんな事を言われたりして止められた……でも、あの三人なら割と大丈夫な気がするんだけどなぁ。うちの妹二人は規格外っぷりは言わずもがな、それにあのシュウ・スターリングという人も動きのキレや雰囲気から、俺の見立てだと多分“規格外”側の人間だろうし。
……とりあえず、騎士さん達が<ノズ森林>への調査人員の派遣やら各方面への報告やらで忙しくなって居たので、邪魔にならないようにこっそりとお暇する事にした。
「……まあ、改めて考えてみるとティアンにとっては『仲間を死地で囮にして自分だけ逃げてきた』的な状況だから、あんな悲壮な感じになるのも無理ないか。……さて、じゃあ迎えに行く「お〜い! お兄ちゃ〜ん!」お?」
そんな事を考えつつ俺は北門を出て三人の様子を見に行こうとしたちょうどその時、向こうの方から聞き覚えのある呼び名が聞こえて来た……そちらを見ると予想通りミカとミュウちゃんと熊の着ぐるみ──シュウ・スターリングさんがこちらに歩いて来る所だった。
……まあ、ある程度予想はしていたが、本当に三人だけで【亜竜吸血熊】を倒してしまったらしい。
「よう、お疲れ様。……どうやら無事に倒せたみたいだな」
「うん、どうにかね〜。……あ、お兄ちゃんあの二人は?」
「北門の詰所に居た騎士さん達に預けておいたぞ。後で親御さんの所に送り届けてくれるらしい」
『それは良かったクマ。誰も犠牲にならなくて万々歳だクマ』
「そうですね」
……ん? よく見たらミュウちゃんの髪と目の色が何故かピンク色に変わっているんだが。ちょっと聞いてみるか。
「ミュウちゃん、いつの間に髪と目の色を変えたんだ? イメチェン?」
「あ、そうでしたね。……ミメーシス、もう街の中なので融合を解いても良いですよ」
『了解、マスター』
ミュウちゃんがそう言った直後、彼女の身体から光の粒子の様な物が溢れ出した……そして、その粒子は彼女の直ぐ隣に集合するとそのまま一人の少女の姿へと変わった。
……その外見は桃色の目と髪をした短髪で中学生ぐらいの少女で、服装は半袖でショートパンツのボーイッシュな感じだった。
「お初にお目にかかるね。僕はミュウ・ウィステリアの<エンブリオ>、TYPEメイデンwithガードナー【模倣乙女 ミメーシス】だよ。以後よろしくね、お兄さん」
「これはご丁寧にどうも。ミュウちゃんの兄のレント・ウィステリアです」
その少女──ミメーシスはお辞儀をしながら挨拶をして来たので、こちらもつい釣られて頭を下げて丁寧な挨拶をしてしまった……しかし、少女型の<エンブリオ>なんてのもあるのか。本当に<エンブリオ>ってのは多種多様だな。
「……だが、メイデンなんてカテゴリーは聞いた事がないな」
『<エンブリオ>には既存五つの他にもレアカテゴリーがあるって話だから、多分それじゃないクマ?』
「このデンドロもまだ始まったばかりだからねー。まだ明らかになっていない事が沢山あるんでしょうよ」
……確かに、本当に情報が多いよなぁ、この<Infinite Dendrogram>は。“貴方だけの可能性”を売りにしてるだけあってオンリーワン要素も多いみたいだし。
「つまり、私のミメはレアなのです!」
「まあ、カテゴリーとしては希少な方だと思うけど……って、ミメってのは僕の事?」
「はい、毎回【ミメーシス】と呼ぶのは面倒なので愛称を付けてみました。……ダメでしょうか?」
「いや、マスターがそう呼びたいのなら構わないさ。……それじゃあ、僕もマスターの事はミュウと呼ばせて貰おうかな?」
「勿論なのです!」
まあ、二人は普通に仲が良さそうで何よりだがな。実に微笑ましい光景だ。
「あ、そうそうお兄ちゃん。あの【亜竜吸血熊】を倒した時に【亜竜吸血熊の宝櫃】ってのを手に入れたんだけど、中に入っていたのは【亜竜吸血熊のコート・ネイティブ】と【エメンテリウム】って言うアイテムだったんだ」
『それでクマ、どうもコートの方は合計レベル150以上じゃないと装備出来ないし【エメンテリウム】の方は多分換金アイテムっぽいから、二つとも売ってから得たお金を山分けにしようって話になったクマ』
「? ……まあ、お前達が倒したんだし好きにすれば良いんじゃないか? ……ああ、騎士さん達が<ノズ森林>の調査をするって話してたし、一応【亜竜吸血熊】を倒した事を伝えておいた方がいいかな」
そういう訳で俺達は一度駐屯所で諸々の事を報告してから、ドロップアイテムを売りに行く事にしたのだった……その際、騎士さん達に『下級職一職目三人で【亜竜吸血熊】を倒した』と報告したら驚愕されたり、ケンくんとマリーちゃんを迎えに来た彼らのお母さんに感謝されたりしたが、概ね何も問題無く用事を済ませる事が出来た。
◇
さて、そんな訳で俺達はドロップアイテムを換金する為に、再び<マリィの雑貨屋>へとやって来ていた……俺達がこの王都で知っているお店はここしか無いし、シュウさんも着ぐるみ屋ぐらいしか知らないそうなのでここになったのだ。
「へ〜、ついさっき初めて王都の外に行ったのに、もう亜竜級モンスターを倒して来るなんて流石は伝説の<マスター>ね〜。……で、お値段の方だけど【エメンテリウム】は2万リル、【亜竜吸血熊のコート・ネイティブ】の方は【亜竜吸血熊】自体が結構なレアモンスターだからちょっとお高めで25万リルになるけど、それで良いかしら?」
「おお! 流石はボスモンスター、ドロップアイテムもめっちゃ高く売れるね!」
「苦労して倒した甲斐があったのです!」
「よかったね、ミュウ」
『よっしゃあ! これで貧乏生活ともおさらばクマー!』
「……えーっと、じゃあその値段でお願いします」
そんなこんなで歓喜している他のメンバーの横で27万リルという大金をマリィさんから受け取った俺は、それを歓喜している四人に渡して適当に分配する様に言ったのだが……。
「え? いや、お兄ちゃんにも当然お金渡すよ?」
「いやいや、俺は討伐メンバーに加わっていないし……」
『でも、レント君があの二人を連れて逃げていなければおそらく勝てなかったクマ。だから遠慮する必要は無いクマよ』
「そうです! これはみんなで掴んだ勝利の報酬なのです! ……その方が綺麗に纏まりますし」
「諦めて受け取った方が良いと思うよ、お兄さん」
その様な問答があった後、そこまで言うならと俺も報酬の分配に加わる事になった……まあ、他のメンバーと同じ額なのは流石にどうかと思ったので、話し合いの末に俺は3万リルだけ受け取り、残りの24万を三人で8万リルづつ分ける感じになった。
それから、俺達とシュウさんは店を出てから各々の別の用事があるという事で分かれる事になった……すっかり馴染んでいたから忘れかけていたが、シュウさんとはさっき<ノズ森林>で会ったばっかりだったな。
『三人共、今回は本当に助かったクマ。……お陰で子供二人に怪我させずに済んだし、ボスモンスターも倒せて俺の残金20リルという大ピンチなおサイフも救われたクマ。本当にありがとうクマ』
「こちらこそ、シュウさんが居なかったら【吸血熊】を倒すのは難しかったからね。……ていうか、残金20リルって一体何に使ったのさ?」
『この着ぐるみのお値段が
「初期費用の殆どを着ぐるみに突っ込んだのですか……。そんなに着ぐるみが好きなのです?」
ミュウちゃんが発したその質問に対してシュウさんの雰囲気が一気に暗い物に変わっていった。
『……それは聞くも涙、語るも涙の話クマ』
「別に言いたく無いなら良いのですが……」
『このゲームの開始前には、自分のアバターを設定するキャラクタークリエイトがあるクマ』
「結局話すんだ……」
『その時、俺は一から作るのが面倒だから現実の自分の姿をベースにして設定しようとしたクマ』
「俺もそうしましたね」
『……その時間違って、うっかり何もカスタムせずに決定したクマ』
「「「「うわぁ……」」」」
……それは着ぐるみでプレイを始めても仕方がないかな。このゲームの現実視は本当にリアルと全く変わらないし、そんなところで素顔プレイは難易度が高すぎるし。
「しかし、後からアバターの設定を変えられなかったの?」
『……俺を担当した管理AIが面白がって変えさせてくれなかったクマ。……その上、初期装備カタログで顔を隠せる装備を必死に探している間や、各国家の空中映像から全身を隠せる装備を売っている店を探している時にもニヤニヤしながら見てきたし……おのれ! ハンプティ!』
……どうやら、管理AIにも当たりハズレがあるらしい。俺を担当したダッチェスさんは陰鬱な雰囲気で無愛想ではあったが、説明とかはちゃんとしてくれたから当たりの部類だったんだなぁ……。
「……て事は、最初の時にフードで顔を隠しながら着ぐるみを求めて全力疾走していた<マスター>って……」
『それは俺クマ。……あの時はめっちゃ焦ってたからろくに謝れもせずに済まなかったクマ』
「それは別に良いけど……あ、そうだ! せっかくだからフレンド登録しようよ! 一緒に戦った中だしさ!」
『オッケー、構わないクマよ』
そんなミカの提案で俺達とシュウさんはお互いをフレンドに登録した……ついでに俺達三人も互いに登録しておいた。ログインしてからずっと一緒だったからすっかり忘れてたな。
『それじゃ俺はそろそろログアウトするクマ。そんでちょっと弟をデンドロに誘ってみるクマ。……ミカちゃん達を見てたら兄弟でデンドロをプレイするのも悪くないと思ったからな』
「うん、じゃあね〜。弟さんもいつか紹介してね〜」
そう言ってシュウさんはログアウトして行った……と、横を見たらミュウちゃんが何か考え込んでいる様な仕草を取っているのに気がついた。
「どうしたミュウちゃん。何か気になる事でもあったのか?」
「いえ、大した事では無いのですが……シュウ・スターリング……スターリング……
「……あー、ひょっとして、シュウさんのリアルに何か心当たりがあるの?」
ミカがやや気まずそうにミュウちゃんに聞くと、彼女は頷いて周りを気にしつつ声を落としながら話し始めた。
「……多分、昔『アンリミテッドパンクラチオン』に出場していた椋鳥
「ああ、確か『航海戦隊クルーズファイブ』のクルーズゴールド役をしていた子役の人でもあったかな。……まあ、ネットゲーでリアルの詮索はマナー違反だから気付かなかったフリでいいだろう」
「そうだねー。……流石にこんなあっさりバレたとか気まずいし」
「僕も気をつけるよ」
そういう事で、この話は無かった事になった……しかし、椋鳥と聞くと昔出会った
「それで? これからどうしようか?」
「とりあえず【ティールウルフ】討伐のクエストはさっきの戦闘で達成したし、一旦冒険者ギルドに行って報酬を受け取ろうか。……そしたら俺達もログアウトだな。もうこっちに来て六時間は経ってるし、三倍時間だとしても向こうでは二時間経っているはずだ。……ログインしたのが四時ごろだったから、そろそろ辞めないと夕食の準備が間に合わん」
「じゃあ、そうしましょうか。……ところで、三倍時間というのは本当なんですよね?」
……そう言えば、ゲームに集中し過ぎてそこの確認は忘れたいたな。
「……じゃあ、さっさと用事を済ませてログアウトしようか」
「……そうだな」
「……念の為にですね」
そうして俺達は急いで冒険者ギルドに行って報酬を受け取ると、早々にログアウトして行った……尚、ログアウトして時計を確認したところ六時ごろだったので、ちゃんとデンドロ内では三倍時間になっていた事は記しておく。
◇◇◇
□◾️<ノズ森林> ???
そこは<ノズ森林>の一角、三人と【亜竜吸血熊】との戦いがあった直ぐ近くの森の中……そこには卵に似た楕円の薄い膜に覆われた中に人間の少女がいるという奇妙な存在がいた。
……それは見ようによっては御簾の中の貴人、あるいはヴェールをかけた花嫁にも見えるかもしれない。
「シュウがログインしてからの行動が面白かったから観察していたけれど、やはり亜竜級
薄い笑みを浮かべながらそんな事を話しているモノの名前はハンプティ、<Infinite Dendrogram>を管理する13体のAIの一人であり主に<エンブリオ>の管理を担当している“存在”である。
……彼女は自分がチュートリアルを担当した時に目を付けたシュウ・スターリングの行動を観察していたのだ。
「でも、<マスター>が増えてくれば私の仕事も増えるし、そうなればこちらへの干渉もし難くなるでしょうし……そうね、こちらの時間で1カ月後ぐらいがちょうどいいかしらね。……ところで、
そう言ったハンプティが後ろを振り向くと、そこには頭に猫を乗せた男性とカジュアルな格好をした女性の姿があった……彼等はハンプティの同僚である管理AIであり、男性の方はチェシャ、女性の方はアリスと言った。
「まあそうね。ちょっと気になる子が貴女のお気に入りと一緒にボスモンスターと戦っていたから様子を見てたのよ」
「こっちも同じー」
『私が彼等の視覚をモニターにして様子を見ていたわ』
「……チェシャやアリスならともかく貴女がそういう事をするのは珍しいわね、ダッチェス。あの三兄妹と何かあったのかしら?」
姿を見せずに声だけを発したのはグラフィック担当の管理AIダッチェスであった……性格的にこちらへの干渉が多いチェシャやアリスだけでなく、(予定される仕事量的に)こちらへの干渉を余り行わないダッチェスも観察に加わっていた事が気になったハンプティは彼らに理由を尋ねてみた。
……その問いに対して、彼等三人も特に隠す事でも無いので普通に事情を話しす事にした。
「彼等三人は、僕達がそれぞれチュートリアルを担当したんだけどー」
「その時、三人とも真っ先に『この<Infinite Dendrogram>は本当にただのゲームなのか?』と尋ねて来たのよね」
『それで少し様子を見ていたのよ』
「へぇ……でも、しょうがないんじゃ無いかしら。この<Infinite Dendrogram>は見方によってはとても怪しいゲームだし、その辺りを調べようとする人間が出る事も想定済みではあるでしょう?」
実際、明らかにオーバーテクノロジーである<Infinite Dendrogram>に対して探りを入れてくる人間が出て来る事は彼等管理AI達も想定しており、それらに対しては違法な干渉は容赦無く潰して、正規ルートで来るならば1プレイヤーとして歓迎するという結論が既に出ていた。
「それはそうなんだけどねー。……僕が担当したミカちゃんにそう思った理由を聞いたんだけど『広告を見た時にそんな気がしたんだよ。要するに勘』って言われてねー」
「他の二人は彼女に言われていたのでそう聞いたと言っていたわね。……ただの勘と言われればそれまでだけど、そういうセンススキルもありえるし」
『初日でまだ仕事量が少ない事もあって、少し様子を見る事にしたのよ』
「成る程ね。……まあ、正規のルートで遊んでいるんだったら良いんじゃ無いかしら。それにそういうセンススキルを持っているなら<超級>に至る可能性もあるでしょうし、むしろ歓迎するべきじゃない?」
そう言う形でこの話は締めくくられた……そもそも彼等にとってはこの“世界”の真実にたどり着く<マスター>が現れる事も想定の内であり、正規のルートでゲームをプレイする限りは歓迎するというスタンスである。
「まあ、僕は好きな子に嫌がらせするレベルの干渉とかはせずに普通に見守るだけだけどー」
「何か言ったかしら。……それに、あの【亜竜吸血熊】が彼等を襲ったのは只の偶然よ。……まあ、アレがあそこにいた事に関しては私達に遠因があるとも言えるけど」
「ああ、確かクイーンとジャバウォックが提案した“スタートダッシュキャンペーン”だったかしら。……<マスター>の成長を促すために初期開始地点に弱いモンスターを追加するイベントだったわね」
『その影響で初期開始地点周辺の生態系が少し乱れているみたいね。……まあ、彼等が行ったもう一つの
そんな会話を最後に彼等の姿はその場からかき消え、それぞれの職務へと戻って行った……彼等が語った“イベント”が明らかになるのはもう少し先の話になる。
あとがき・各種設定解説
兄:あいつらなら大丈夫だろ(確信)
・実は特撮好き。
・過去に椋鳥姉と会った事があるが、その話はジャンルが違うので『この作品』内で描写される事は無い。
妹:初日から大金ゲット〜
末妹&ミメ:やっぱり愛称の方が言い易いですね!
・尚、ミメーシスのメイデン体のステータスはMP以外は<マスター>の初期ステータス並み。
シュウ・スターリング:初日でいきなりリアルバレ(本人は知らない)
・この後、弟をデンドロに誘いに行ったが受験だった模様。
管理AI達:色々やっている
・ダッチェスはまだ<マスター>が少ないので、演算領域を圧迫されておらず口調は普通。
読了ありがとうございました。
管理AI達の口調ってこんな感じで良かったかな? 次回は掲示板会を予定(ハーメルンの二次ぐらいでしか見た事ないけど)