とある三兄妹のデンドロ記録:Re   作:貴司崎

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前回のあらすじ:妹「私にいい考えがある!」兄「何故か妙に不安になるな」末妹「MPが足りねぇ……」


<UBM>の正体

 □◾️ ??? 

 

「……ふむ、()()()()()になったから暫く王国に投下した<UBM(ユニーク・ボス・モンスター)>の定期的な観察を続けていたが、それが率いるゴブリンの群れと<マスター>・ティアンとの戦闘になっていたとは」

「あー、王国が定期的にやってる【墓標迷宮探索許可証】が報酬のクエスト参加者達だねー」

 

 暗い闇の中、とあるモニターを見ながらそんな会話をしているのは<Infinite Dendrogram>を管理する十三体の管理AIの一人<UBM>担当・管理AI四号“ジャバウォック”と、主に雑用担当の管理AI十三号の“チェシャ”である。

 そして彼等が見ているモニターには現在<サウダ山道>で起きている【ゴブリン・キング】に率いられたゴブリンの群れと、<マスター>とティアンの騎士で構成されたチームの戦いが映し出されていた。

 

「大軍勢を率いる“王”に対して仲間と協力して立ち向かう……うむ、これもまた英雄叙事詩(ヒロイック)であるのだろう。……スタートダッシュキャンペーンという事で、<マスター>達の<エンブリオ>の進化を促すカンフル剤として各国の初期開始地点周辺に現在の<マスター>でも倒せる可能性のある逸話級から伝説級下位の<UBM>を投下・発生させた甲斐があると言うものだ」

「まあ、今のところはこれと言ったやらかしが無いようで良かったよー。……この序盤で<UBM>が何か訳の分からない変異とかしてもらったら困るしねー」

 

 尚、チェシャがジャバウォックの担当区域にいるのは、この“序盤の<マスター>へのカンフル剤として初期開始地点への<UBM>投下”計画で何か異常が起きていないかを調べる為である。

 一応、まだデンドロが始まってから間も無い序盤なので念の為にジャバウォックが投下・発生させた<UBM>への監視を行いつつ、何かがあれば報告を上げる事になってはいる……のだが、管理AIの中でも“やらかす”率が高いジャバウォックの監視だと微妙に信用出来ないと思ったチェシャは、まだ序盤で演算容量にも余裕がある事もあってこの様に定期的な監査を行なっているのだ。

 

「……投下した<UBM>は逸話級から伝説級下位ぐらいで、かつ能力が出来るだけ(比較的)悪辣でないモノか、条件を満たせば序盤の<マスター>でも討伐し得る可能性があるモノを選別したのだがな。何か異変が起きる可能性は低い筈なのだが」

「その“可能性が低い”でこれまで僕やドーマウスやキャタピラーが何度も()()()をしてるからねー。……<Infinite Dendrogram>が始まって<マスター>を迎え入れた以上はこれまでみたいな“火消し”は出来ないから念の為だよー」

 

 ……そんなちょっと毒のある発言をしつつもチェシャはモニターに映る<UBM>について言及し始めた。

 

「……それよりー、()()()()()()()()】は大丈夫なのー? なんか妙な所に拾われているみたいだけど」

「ふむ、確かにこの【心触魔刃 ヴァルシオン】が“あの”【ゴブリン・キング】に拾われたのは多少予想外ではあったが、そこまで問題視する事もあるまい?」

 

 その<UBM>監視用モニターに映っていたのは【ヴァルシオン】という大剣を持つ【魔刃戦鬼 ゴブゾード】……では無く、大剣型の伝説級<UBM>【心触魔刃 ヴァルシオン】を持ち、最早その面影すらないレベルで()()された【ゴブリン・キング】の姿であった。

 ……そう、初めから【魔刃戦鬼 ゴブゾード】などという<UBM>は存在しておらず、その場に居る<マスター>やティアンが【ゴブゾード】だと思っていたのは【心触魔刃 ヴァルシオン】という大剣型<UBM>を装備……否、それに()()された【ゴブリン・キング】だったのである。

 

「対象一体を強力な【魅了】状態異常にして()()()()()()()()()()()()思う通りに操る《魂縛心触》、自身及び自身を装備した対象のステータス表記や頭上の名前表記を隠蔽・偽装する《偽装消剣》、自身を装備した対象のステータス・状態異常耐性を倍加させる《凶相魔刃》、戦闘中に装備した対象のHP・MP・SPを自動回復させる《強壮魔刃》、自身の形状を装備者に合わせて変形させる《剣状変形》、自身を使った戦闘の経験から得られたデータを元に装備者の肉体・スキルを改造・追加・強化する《刃体改造》と……序盤の敵にしては盛りだくさんじゃない?」

「その分、自分自身では動く事も出来ないただの頑丈な剣でしかないという欠点も有るがな。だからこそ伝説級のランクでこれだけのスキルを詰め込めたとも言うが。……後は【ヴァルシオン】を放って持ち主だけを倒すと、その際の持ち主の怨念を使って《魂縛心触》の効果範囲をその場に居る全員に広げた上で発動出来る《怨縛心触》というトラップもある」

 

 そのモニターに映し出された【心触魔刃 ヴァルシオン】のステータスを見てチェシャが軽く苦言を呈するが、ジャバウォックは特に気にせず【ヴァルシオン】の欠点を含んだ詳しい解説をしていった。

 ……自分の作品を解説したい製作者精神があったのか、或いは自分好みの英雄叙事詩(ヒロイック)を見れてご機嫌なのかジャバウォックの解説は更に続いていく。

 

「【ヴァルシオン】はこのスキルを使って持ち主を渡り歩きながら戦闘データを収集し、自身と装備者を強化していくコンセプトで作った<UBM>だからな。……まあ、<マスター>の精神保護は抜けないから“自害”で対応されてしまうが、それも含めて仕込みさえ見破れれば勝てる条件特化型に分類されるから序盤<マスター>の壁としては丁度いい相手だろう。……昔作ろうとした()S()U()B()M()()()()()()()()()()()()()の一つだったのだが、保管しておいて正解だったな」

「待って。なんか今物凄く厄い言葉が聞こえてきたんだけど」

 

 そんな上機嫌で自分の作品を語るジャバウォックがふと漏らした聞き捨てならない言葉にチェシャは反応するが、そんな事は特に気にする事も無く彼は解説を続けた。

 

「そこまで忌避する様なモノではないぞ。単に【ヴァルシオン】は私が昔<SUBM>を作ろうと試行錯誤していた時期に作った<UBM>の一体だというだけの話だからな。……ああ、その場合は“失敗作”では無く“試作品”と言うのが正しいのか」

「……とりあえず、この【ヴァルシオン】について詳しく解説してくれる?」

 

 ……ジャバウォックはそう言うが、この同僚が作った<UBM>がこれまで巻き起こした数々の“やらかし”を知っているチェシャからするとイマイチ信用出来ないのでそのまま詳しい解説を促した。

 

「ふむ、アレは<UBM>同士をキメラ化させる事によって<SUBM>を作ろうとしていた時だったな。その際の実験結果で<UBM>同士のキメラはその成功率が余りにも低く数少ない成功例もその殆どが寿命や耐久性などに欠陥を抱える事が分かっていたので、私は“キメラ化以外の方法で<UBM>同士を融合させられないか”と考えたのだ。……その際に考えたプランの一つに『<UBM>に<UBM>を装備させる』と言うものがあってな。その為に“三強時代”に作り出された【ヴァルシオン】という名の剣がモンスター化した【インテリジェンス・カースソード】を改造して生み出された<UBM>が【心触魔刃 ヴァルシオン】だった訳だ」

「あー、あの時代ならそんな武器が生み出されていても仕方ないかなー」

 

 ちなみに【ヴァルシオン】は腕は一流だったのだが世渡りが下手で作った剣がまともに売れなかったある鍛冶師が『自分の作った武器が他者に認められる様になりたい』と願って作り上げてしまった、その剣を見た者を強力に【魅了】してしまう剣だったらしい。

 更にステータスの偽装や装備した人間を強化する装備スキルを持っていた所為で【ヴァルシオン】を奪い合う為に殺し合いまで発生してしまい、その際の怨念によって【インテリジェンス・カースソード】へと成り果ててしまったのだった。

 ……尚、その鍛冶師はその【ヴァルシオン】を巡る争いに巻き込まれて死んでしまっている。

 

「その【インテリジェンス・カースソード】が元々持っていた魅了・偽装・強化の能力を強化し、更に装備した<UBM>を<SUBM>に進化させる為のスキルである《刃体改造》を始めとしたいくつかのスキルを追加して【心触魔刃 ヴァルシオン】を作り上げた訳だ。……が、肝心の《刃体改造》が<UBM>のスキルに対しては上手く干渉出来ず、また【ヴァルシオン】自体のモンスター改造へのセンスが低かった為に失敗作扱いとなって今まで保管されていたという訳だ」

「成る程ねー。……まあ、その手の生産系スキルはスキル強度よりも使用者のセンスがモノを言うしねー」

 

 ……そう言いながら、チェシャは目の前の同僚が生み出してきた数々の“アレ”な能力を持つ<UBM>達を思い浮かべていた。

 

「まあ【ヴァルシオン】の思考が『所持者を【魅了】して自身を上手く使える様にする』だけな所為で、モンスター改造も身体強化と剣技系スキル強化ぐらいしか行わないからな。【ゴブリン・キング】を強化するなら《ゴブリンキングダム》を始めとするゴブリンの使役・指揮能力を強化した方が面白くなると思うのだが。……やはりモンスター改造に於いてセンスは重要か。今回のイベントで3号が作ったモンスターも良く言えば無骨、悪く言えば単純だったしな。序盤<マスター>相手なら丁度いいと今回は認定したが、今後はもう少し判定を厳しく……」

「……それはクイーンには言わないであげてねー」

 

 そのジャバウォックが発した唐突な同僚へのディスりに対して、今回の<UBM>投下イベントで自分が考えたモンスターが選ばれた事を実は物凄く喜んでいたその同僚の事を知っていたチェシャは余り意味はないだろうと内心思いながらもそれだけは言っておいた。

 ……そうして考え事を終えたジャバウォックは再び<UBM>についての話を続けた。

 

「まあ、そういう事で今回のイベントの一環として【ヴァルシオン】をティアンの剣士系ジョブの山賊に拾われる様に投下したのだが、その【ヴァルシオン】を拾った山賊があの【ゴブリン・キング】に敗れたのだ。……そして【ヴァルシオン】が《怨縛心触》を発動させて【キング】を【魅了】して操った結果、今の【魔刃戦鬼 ゴブゾード】に見える奴が生まれたという訳だな」

「まあ、大体分かったよー」

 

 そんなジャバウォックの一通りの説明を理解したチェシャは、最後に【ヴァルシオン】が寄生している【ゴブリン・キング】の“とある情報”を見て質問を言い放った。

 

「ところで、この【ゴブリン・キング】は“かなり特殊な生まれ”みたいだけど大丈夫? ……こんな序盤で()()()()()()とかにはならないよね?」

「問題無かろう。【ヴァルシオン】とこの【ゴブリン・キング】の“特殊性”は両立しない様だし、そちらの方も王国に居る【天翔騎士】【天騎士】【大賢者】が出張れば特に問題無く対処されるだろう。……それより、向こうの状況が動く様だぞ」

 

 ……その様な不穏な会話をしつつ、二体の管理AIは<サウダ山道>で起きている戦いの趨勢を見守るのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □<サウダ山道>

 

 管理AIが見ているとはつゆ知らず、<サウダ山道>で戦っていた<マスター>の一人であるミカ・ウィステリアは自身の兄であるレント・ウィステリアに一つの提案をした。

 

「とりあえず、()()()()()()()()()()()()()()()()()! なんかそうした方がいい気がするし!」

「まあ、俺もあの大剣は怪しいと思ってたしそれで行くか。……と言うわけで、あの大剣を狙うぞ」

「いや、ちょっと待てレント。なんか二人だけで納得してるが、こっちにも詳しい事情を教えてほしいぞ」

 

 持ち前の“直感”であっさりと色々台無しになる感じな最適解を割り出したミカに対して、こちらも慣れているのかあっさりと納得したレントだった……が、流石に周りの人間はそういう訳にもいかず、代表してアット・ウィキがレントに説明を求めた。

 ……とは言え、その反応も予想の範囲内だったのかレントは即座に理由を説明し始めた。

 

「別に、あの【ゴブゾード】本体には攻撃が届かないからその武器を狙おうってだけの話だ。アイツは剣技メインみたいだし武器を奪えば戦闘能力は大きく下がるだろうからな。……それに、あの【ヴァルシオン】って大剣はアレだけ禍々しい邪気を放ってんのに鑑定したスキルにはそれらしいモノが無かったならな。それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈の鑑定、しかも俺の低レベルな《鑑定眼》で情報が全部見えたのもおかしい」

「な、成る程……」

「一応理には叶っとるねー。……で? どうやってあの剣を狙うん?」

 

 周囲の人間はレントのその説明に一応納得したが、そこで扶桑月夜が肝心の剣を狙う方法について問いただしてきた……が、それについて答えたのは彼では無くその妹のミカの方だった。

 

「それはアイツの動きを止めてから剣を殴るしかないんじゃない? ……どっちみちミュウちゃんの残り時間は後1分くらいだから時間は無いし、アイツの動きを止める必要はどっちみち生じると思うけど」

「まあそうだな。……リゼ、お前の【フェアリー】の切り札は残っているな。それで拘束魔法は行けるか?」

「はい! 大丈夫ですオーナー!」

「ま、身代わり効果持ち相手なら妥当な対応やしね。影やんいける?」

「お任せ下さい」

 

 そうして方針が決まった彼等は、手の空いている者達から【ゴブゾード】の身代わり効果を突破して拘束や攻撃が可能なメンバーを早急に選別して行った……現在【ゴブゾード】はミュウとリリィがどうにか足止めしているだけだという危機感もあって、これらのメンバーはどうにか捻出する事が出来たのは彼等にとって幸いだっただろう。

 ……尚、ティアンの騎士達は彼等の方がステータスが高いので他のゴブリン達の相手をせねばならず、捻出出来た協力者は<マスター>のみであった。

 

「それじゃあ、ミュウちゃんのスキルも残り1分も無いだろうし行くとするか。……まあ、どうせ初見の<マスター>同士でロクな連携など取れんだろうし、基本的には拘束して武器を奪うだけだがな」

「ああ」

「分かっとる。じゃ行こか」

 

 ……そんな簡単なレント・アット・月夜の会話を合図として、彼等は【ゴブゾード】を拘束してからその武器を奪う為に動き出したのだった。




あとがき・各種設定解説

【心触魔刃 ヴァルシオン】:伝説級<UBM>
・三兄妹が戦っている【ゴブゾード】の正体で、ステータスは剣としての耐久性(HP)強度(END)、そしてスキルを使うためのMPに特化している。
・《魂縛心触》は対象一体への強力な【魅了】スキルで【ヴァルシオン】を持っている間は永続的に【魅了】を持続させる効果もあるが、一度に複数の相手を【魅了】する事は出来ない仕様。
・《怨縛心触》は所有者が殺された時の怨念を利用して発動するスキルなので自殺では発動出来ない。
・《偽装消剣》はステータス表記や頭上の名前表記を偽装する能力で見破るには超級職のスキルが必要な程の効果がある……が、どの様に表記するかは任意なので使用者によっては雑な偽装になる事も。
・《凶相魔刃》《強壮魔刃》は自身を装備している対象に発動するパッシブスキルで、自分自身には効果を発揮しない。
・《刃体改造》は今までの所有者や戦って来た相手のデータをラーニングして、それに基づいて所有者の肉体・所有スキルを改造するスキル。
・【ゴブリン・キング】を【ゴブゾード】に改造した時には、前のティアン山賊から得た剣術系スキルや【フレイム・ドラゴン】【テンペスト・ウルフ】などから得た属性を纏う近接攻撃スキルなどを剣術に改造して習得させている。
・肉体も自身を振るう為に最適化させるなど改造出来る範囲は非常に広いのだが、【ヴァルシオン】の思考が“剣”である事に特化しすぎているのでその応用性をイマイチ活かしきれていない。
・伝説級としては高強度のスキルを数多く所有しているが、その分他の武器系モンスターが有する自立移動能力などが無く、更に単独で使えるスキルが制限付きの《魂縛心触》しか無い事が弱点。

【魔刃戦鬼 ゴブゾード】:実はただの【ゴブリン・キング】
・受けた改造は体型変化・ステータス強化・剣術系スキル追加・耐性・回復系パッシブスキル追加といった所で、元々持っていた《ゴブリンキングダム》を始めとすると指揮系スキルなどはそのまま。
・強者との戦いを好むのは《刃体改造》のデータ収集の為に操られているからで、元々は指揮官として後方で指示を出す事が多い個体だった。
・尚、管理AI視点では特殊な個体の様だが、元々のこいつ“自体”はただの【ゴブリン・キング】である。

ジャバウォック:投下した<UBM>が予定通り活躍していてご機嫌
・【ヴァルシオン】以降もいくつかの武器型<UBM>を作ったが、その多くが自立行動するタイプの武器型モンスターになってしまったので現在は<UBM>に<UBM>を装備させる計画は凍結中。
・これについては『唯一の存在である<UBM>は我が強く、他人に自らを装備させる事を是とする個体が少ないからでは無いか』と考えている。

チェシャ:<UBM>関係の苦労人
・まだ序盤なので念を入れて“やらかし”が多い同僚を見張っている。


読了ありがとうございました。
管理AI同士の掛け合い解説は書くのが楽しい。次回で<サウダ山道>での戦いに決着がつくと思います。

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