□<サウダ山道> 【
さて、リヒトさんが【ヤタガラス】の先導でゴブリン達を生み出していると思しき黒幕を探しに行ってからしばらく、俺達は回復を終えた後でこの近辺に例のゴブリン達がまだ残っていないかを調査していた……まあ、前回の戦闘の事を考慮して部隊を分けずに一かたまりになっての捜索だからそこまで広範囲を探せる訳ではないが。
……リヒトさんの報告を待つ意味でもが帰って来るまでは余り動かない方が良いのではと言う声が<マスター>から上がったりもしたが、部下であるリリィさんが『リヒト団長はマジックアイテムのお陰でこちらの位置が分かりますし、いざとなれば
「と言っても、ゴブリンどころか普通のモンスターも出てこないけどねー」
「まさか全てゴブリン達に狩り尽くされたのでしょうか?」
「それも一つの理由だろうが、多分危険を察知してゴブリン達から逃げたモンスターも相当数居るんじゃないか?」
このデンドロのモンスターは普通のゲームの敵キャラと違って一体一体に人格と知性があるからな、自分達が住んでいる場所が危険地帯になったと分かったら逃亡を考えるのは当然だろう。
これまで俺達が狩りをしていた時もモンスターは危機に陥ったら逃げようとする者ばかりだったからな……まあ、そういう連中は俺が容赦無く後ろから撃つか天災児二人に回り込まれてしまった事が殆どだったが。
……それに、これだけ数が多い人間達のパーティーを襲うにはモンスター側にも相応の実力や規模が必要だろうしな。普通なら関わらない様に避けるだろう。
「……あ、なんかヤタが目的地であるゴブリンの群れに着いたみたいですね。……んー、それで多分ヤタだけが引き返してリヒトさんが引き続きそのゴブリンの群れの後を追おうとしているのかな?」
「成る程、ありがとうございます久遠たむーさん。……リヒト団長がそう言った判断を下したのなら、おそらくそのゴブリンの群れに何か今回の黒幕に繋がる情報を見つけたのでしょう」
……と、そんな事を思っていたら久遠たむーさんとリリィさんがそんな話をしているのが聞こえてきた。どうやらリヒトさんが向こうで何か手掛かりを掴んだ感じか。
……それからしばらく調査を続けていると、南の空から久遠たむーさんの元に役目を終えた【ヤタガラス】が戻って来た。
「お疲れ様ー、ヤタ」
『ガンバッタゼー! ツカ、オレサマハタラキスギジャネー!』
「ええ、今回の事件では貴方達が居てくれて本当に助かりました。報酬の方も期待しておいて下さい」
「ほう、それは楽しみだな。一体どんな情報が手に入るのか……」
まあ、本当に今回の事件では<Wiki編集部>組は大活躍だからな……俺もミカが色々と無茶振りした事も合わせて特典武具含む<
……そう考えていたら近くにいたミカが顎に手をやって虚空を見ながら何かを思案している姿が見えた。これはミカが何かを感じ取っている時の表情だな。
「どうした、何か気になる事でも起きたのか? ……それともこれから“起きる”のか?」
「んー、いやそういう訳じゃないよ。私の“直感”だと今の所は、この事件に関しては順調に進んでいるし……あ、来たみたいだね」
ミカがリリィさんとアット達の方向を見ながらそんな事を言った次の瞬間、いきなり向こうにいたリリィさんの近くの空間が光り輝いたのだ……咄嗟に俺やミュウちゃん、アット、月夜さん達などの場慣れした<マスター>達が戦闘体勢をとったが、直後に光が消えると共にその場所には調査に行っていた筈のリヒトさんとデュラルが現れたのだ。
……よく見るとリリィさんを初めとする騎士達は光を見ても驚いていなかったし、これはリヒトさん達が何らかの方法で転移して戻って来たと見るべきなのか。
「お帰りなさいリヒト団長、どうでしたか?」
「ああ、状況はこちらが思っていた以上に不味い事になっていた。……全員を集めてくれ、これから王都への報告を合わせて詳しく説明する」
現れたリヒトさんの表情はかなり深刻なものであり、彼はそのまま全員を集めてマジックアイテムによる連絡の準備を整えながら自分が見て来た事を話し始めた。
ちなみにリヒトさんがいきなりこの場に現れて驚いていた<マスター>達に近くにいた騎士さんが説明してくれた事によると、アレはリヒトさんが有する転移能力を持った特典武具によるもので、彼は<UBM>と戦って窮地に陥ってもそれを使って撤退出来るからこそ団長なのに単騎で威力偵察を行っているのだとか。
……それはつまり今回の黒幕は、超級職のリヒトさんと物凄く強いであろう彼の愛馬デュラルを持ってしてでも窮地に陥る様なヤバい相手だったって事だよな。これから始まる話はしっかりと聞いておいた方が良さそうだ。
◇
「……以上が、私とデュラルが<ネクス平原>で見た<UBM>【鬼仔母身 クインバース】とその配下であるゴブリン達の情報の全てだ」
「「「「…………」」」」
そうしてリヒトさんが<ネクス平原>で戦った【クインバース】率いるゴブリン達の事を話し終えた後、その場に居る<マスター>・ティアン全員が口を噤んでしまった……そりゃあ上級モンスターを含む千を超えるゴブリンとそいつらを作り出せる<UBM>って言う時点でヤバいのに、超級職のリヒトさんですら防戦一方な戦力があるって分かってしまっているからなぁ。
……それに【ゴブリン・キング】率いる群れを自分の護衛では無く遠征させて居るって事は《ゴブリンキングダム》みたいな配下の経験値を獲得出来るスキルを持っていて、多分それでゴブリンを生産しているっぽいしな。倒したゴブリンがアイテムを落とさないのもその分を経験値に変換している可能性が高いし、下手をすると放置しておくだけで戦力がどんどん増えていく可能性が高いしな。
「……それでリヒト団長、今後私達はどう行動するべきでしょうか?」
「うむ、とりあえずは一旦王都に戻る事になるだろう。ここに居る戦力だけでは【クインバース】率いるゴブリンの群れ相手にはどうしようもないだろうし、クエストに参加した<マスター>達への報酬の話もあるからな」
その場を覆う沈黙を破ってリリィさんがリヒトさんに今後の方針を聞いた所、彼はひとまず王都への帰還を提案した……まあ、話を聞く限りの向こう側の戦力だとここに居る人間だけではどうしようも無さそうだからな……その後もリヒトさんは深刻な表情で話を進めていく。
「その後は王都で【クインバース】に対する対策を話し合う事になるだろう。流石にあの規模の相手だとグランドリア卿や【大賢者】殿が出て来る必要があるだろうしな。……ヤツらは私を迎撃する時に高度な連携を取れる程の高い知性があるし、その特性上【クインバース】は時間を置くと規模がドンドン拡大していくタイプの<UBM>だから、コイツだけでも可能な限り早く倒したいんだがな」
「……その【クインバース】だけを倒す方法なら無くは無いんだけどね」
「「「「えっ⁉︎」」」」
そのミカが発した言葉に対して、その場に居るミカの“直感”の事を知っていた俺とミュウちゃん以外の人間達が驚きの声を上げながら振り向いた。おそらくミカには既に【クインバース】を倒せる道筋が“視えて”いるんだろうな……早急に倒さないと被害が酷くなる事まで含めて。
……ミカは“直感”の所為か色々と説明を端折って話す癖があるから色々とフォローしてやらんと……。
「ミカ、それはお前の<エンブリオ>の防御・身代わり系スキル効果減衰を使って【クインバース】を倒すって事か?」
「そうだよお兄ちゃん。私の<エンブリオ>のスキルはさっき【ゴブリン・キング】の《ゴブリンキングダム》を抜いてダメージを与えられた事は確認済みだし」
「……ふむ、まあ確かにあの【クインバース】のステータスはSPに特化していて、それ以外のステータスはHPが多少高いぐらいの亜竜級程度だったが……」
俺がミカに詳しい話を聞きながらその場に居る人間に事情を説明して行くと、やはりと言うか真っ先にリヒトさんが反応してくれた……本当にこの人は<マスター>に対する偏見も少ない上に色々と話が早くて助かるよ。
……とは言え、例えミカの【ギガース】が【クインバース】にダメージを与えられたとしても
「だが、それでもミカ君のステータスでは一撃では倒しきれない程度の能力はあったし、それ以前にあのゴブリン達の守りを突破する事は出来ないだろう」
「それはそうなんだけどね。……と言うか、私のスキルは自分の攻撃力を基準としてスキル効果を減衰させるから、多分<UBM>である【クインバース】のスキルを抜くには今の私のステータスでは無理な気がするし」
そう、つまりミカ自身が弱すぎて超級職すら退ける戦力を持つ【クインバース】に太刀打ち出来ないという当たり前の事実があり、当然の事ながらリヒトさんにもそこを突っ込まれた。
……しかし、本当にどうするつもりなんだろうか? 正直なところ俺には【クインバース】をミカが倒せる道筋がちょっと思いつかないんだが。
「ではどうするのですか姉様? ……まあ、何か考えがあるのでしょうけど」
「うん、あるよ。……私だけだとどうしようもないからリヒトさんには協力して貰う必要があるけど」
「あの【クインバース】率いるゴブリン達からは人間に対する敵意の様なものがあったし、これ以上の戦力増加を防ぐ為に大元だけでも潰しておくのは賛成だからそれに関しては構わないが……具体的にどうするつもりなんだ?」
幸いリヒトさんは【クインバース】を早急に倒すというミカの提案には肯定的だから、後はちゃんとした方法を提示すれば協力してくれそうである。
……ミカが如何するのかは俺には分からないが、うちの妹の“直感”が外れた試しはないから多分俺には見えない最適な道筋が視えているんだろう。きっと俺には思いもつかない様な提案をしてくれる筈だ。
「それに関しては簡単な話だよ。今回必要な要素は私が【クインバース】を倒せる攻撃力を得る事と、ゴブリン達の防衛体制を抜いて不意打ちを可能にする事……つまり! 超超音速で飛べるリヒトさんが
「「「「「………………」」」」」
……ミカが物凄いドヤ顔で言い放ったその言葉によって、その場には先程リヒトさんの話を聞いたのとは別の意味の沈黙が包み込んだ……ワー、オレニハオモイモツカナカッタアイデアダナー(白目)
「……おいたわしや姉上……“直感”の使い過ぎでとうとう頭が残念な事に……」
「いやミュウちゃん、私の頭は正常だよ⁉︎ てかちょっと酷くない⁉︎」
「そりゃあいきなり『私自身が人間砲弾になる事だ』とか提案すればそうなるよ」
「お兄ちゃんまで⁉︎ ……いやこの方法が一番【クインバース】を倒せる確率が高いんだって! 私の【ギガース】は私自身の直接攻撃なら殴っても蹴っても体当たりしても減衰効果は発揮されるし、ヤツを守ってる結界もそのまま抜けるからね」
……まあ、お前がそう言うならそうなんだろうが……流石に人間砲弾戦術とか言ってもリヒトさんは協力してくれないと思うぞ。正直言って説得はかなり難しいと「……まあ、出来なくは無いな」…………えっ⁉︎
「俺とデュラルの能力なら人一人を超超音速で飛ばすぐらいなら可能だし、もう一度だけ【クインバース】に接近する事も出来なくは無いだろう。……だが、その方法だと君は高確率で死ぬ事になるぞ。いくら不死身の<マスター>とは言え……」
「んー、でもここで【クインバース】を放置したら後々王国のティアンに多大な被害が出ると思うけど?」
「ッ⁉︎」
そう言った上でリヒトさんが懸念を口にしたが、先程までとは打って変わって表情を消したミカの言葉に黙り込んでしまった……その上で更にミカは言葉を重ねる。
「所詮、私は死んでも三日後には蘇る<マスター>だからね、死んだらそこで終わりのティアンが犠牲になるよりは良い結果に終わると思うよ。……それに、これ以上【クインバース】が戦力を増強させれば確実にティアンとの大規模な戦争になりそうだからね。今の内に斬首戦術で親玉を始末出来るに越した事は無いよ。……それが分かっているからリヒトさんは私の提案を“出来る”って言ったんでしょう?」
「…………」
無表情のまま、ただし目だけは座っているミカの話をリヒトさんは何かを見極める様にミカを見ながら真剣な表情でただ聞いており、周りの人間達もいきなり変わったミカの雰囲気に呑まれたのか口を噤んでいた。
……ミカは“直感”関係になると雰囲気が身内でもちょっと怯むぐらいに変わるからな。それにデンドロでなら自分で先を変えられる所為か本気になってるからな。
「それに私が死なずに【クインバース】を撃破出来る可能性も十分にあるんでしょう? リヒトさんが“出来る”って言ったのはそれも理由だよね?」
「……確かに【救命のブローチ】と【身代わり竜鱗】辺りを使えばどうにかなるかもしれないが……分かった。見たところ君は本気で言っている様だし協力しよう。もし倒せなくとも手傷を与えればゴブリン達の戦力拡大を抑えられるかもしれないしな」
やがて根負けしたのかリヒトさんもミカの突拍子も無い作戦を了承してくれて、直ぐに配下の騎士達に指示を出したり王都へと連絡を行なったりして準備を進めていった……後、周りの<マスター>達が『ふーん、おもろい事考えるな、あの子』とか『人間砲弾戦術を躊躇無くやるとかガンギマリすぎだろ』とか『<マスター>が超音速で飛んだ時の検証とか出来ないかな』とか聞こえてくるが面倒なのでスルーで。
……しかし、こんな阿保な人間砲弾作戦があっさりと認められるなんて、ひょっとしてこの世界ではごく普通の戦術なのか?
「それでミカ、本当にこの作戦で大丈夫なんだよな。……お前がそう言うならそれが最適解なのかも知れないが」
「まあ、
「それは良かったのです。人間砲弾が趣味になった訳では無いのですね」
……俺達はそんな会話をしつつも俺達はリヒトさんの準備が整うのを待つのだった……まあ、ここは俺達<マスター>にとってはあくまで死んでも死なないただのゲームだから、自分のやりたい様にやればいいだろうさ。
あとがき・各種設定解説
妹:人間砲弾
・尚、内心はこれしか方法が無い事には文句がある模様。
リヒト・ローラン:凄く話が分かる人
・尚、妹の作戦に賛成したのは自分も《天躯翔》の反動軽減効果により突撃戦法をやった事があるからと、【クインバース】の様な条件特化型には相性の良い者を奇襲的にぶつけるのが有効であると経験則で知っているから。
・今回の妹との会話で<マスター>とティアンの間には“自分の命”についての価値観にかなり差があると知った。
【空天指輪 エスペーシャル】:リヒトが所有する逸話級特典武具
・外見は大きな半球の青い宝石がついた指輪で、装備補正は無いアクセサリー。
・固有スキルは《空陣天移》という自分(騎乗しているモンスター含む)を事前に登録しておいた人間・場所の内1カ所の近くに転移させるスキル一つだけ。
・登録しておける人間・場所は合計10カ所で一度登録すると二十四時間は変更出来ず、更に人間の場合には相手の許可が必要なのでリヒトは普段は同僚の騎士の何人かと王都を設定した上でいくつか空きを作っている。
・また、このスキル使用には宝石にMPを事前に蓄積しておく必要があり長距離を転移するなら数百万のMPが必要になる上、スキル使用後に宝石は壊れて再生には十日間程掛かる仕様。
・元となった<UBM>は【空天地転 エスペーシャル】という自身や他者を空間転移させる能力を持ったエレメンタルで、王国の南側でティアンを転移で誘拐する神隠し事件を起こしたのでリヒトを中心とした騎士団に討伐された。
・この特典武具があるからこそリヒトは第一騎士団団長という重要なポジションにありながら<UBM>への単騎威力偵察が許可されている。
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