THE IDOLM@STER Glitter of Platinum 作:織部よよ
要は対岸の火事。
あまりの一瞬の出来事に、カメラマンはおろか審査員や司会まで固まっている。あれ、私何かやっちゃいました?いややってるわ。令嬢にあるまじき“速度”見せつけちゃったわ。
「これは凄い!!織部百合選手、その見た目からは想像が付かないくらいの鋭い走りであっという間にフラッグを獲得――!!これは誰も予想出来なかったぞーー!!」
「ありがとうございます。基本的に自分からはあまり言いませんが、わたくしの身体能力は事務所の中でもトップクラスなのですわ」
「なななんと衝撃の事実!そういえば織部選手は纏うオーラが不思議だ!よく見れば織部選手の頭に付いている
キタ――(゚∀゚)――!!
自己紹介の時に言うタイミングを逃して結局今回は言えないままなんだろうなーと思ってたら今日のちょっとしたアレンジが、巡り巡ってこんなタイミングで言えるとは!やっぱ勝負事で手を抜いたらダメだな!(必殺音速手のひら返し)
ふふふ、聞かれたのなら仕方ない。答えてしんぜよう。
「よくぞ聞いていただきましたわ!今日のわたくしは、ガマガエルさんチームということでエプロンドレスを着用しています。ですがそれでは少し物足りない、そう考えたわたくしは_____この、大きなリボンを頭に乗せたのです。すればどうでしょう、ワンダーランドにいるアリスのように、とても可愛らしくなったではありませんか」
「なんという自信!オーラから分かるスペックの高さは伊達じゃない!」
すげえ褒めてくれるじゃん。この司会の人こんなに素直な物言いする人だっけ(バカ失礼)。
まあいいや、千早ちゃんには申し訳ないけど注目はとりあえずもらってくぜ。
「勝ったガマガエルさんチームには、なんとビックリ伊勢海老が贈られるぞ!それに対しアマガエルさんチームは……これはちょっと寂しい桜海老。ちっちゃ」
「あ………」
前言撤回。やっぱこのカエルえげつねえわ、改めて聞くと言葉の端々に煽りが滲むのなんの。よくこの台詞回し許可出たな。ローカルだからそんなもんかな。
あまり身が入らなかったものの、やっぱり敗北を味わったからか千早ちゃんは若干ショックを受けているように見える。
「千早ちゃん、次がんばろっ!」
そんな時に即座に立て直すのは、やはり私たちのリーダー足り得る人物、春香ちゃん。うちのアイドルの中でもっとも普通で、それでいて皆をまとめるだけの人望と才能を秘めた紛れもないトップ。
この頃から既に、その秘めたる力が顔を覗かせていたようだ。
「……流石ですわね、春香さん。ただの激励で流れを切るなんて」
「そこが天海春香としての、あいどるの武器なのでしょう。さあ、
「当然ですわ。やはり定番としては____」
さあ、こちらもこちらでこの大きなアドバンテージを最大限生かせる料理を考えよう。
……これからの向こうの異常なスカートの中撮影され率には、そっと心の中で敬礼をしておいた。
*************
結局、伊勢海老をまるっと使ったステーキにしよう、ということになった。そのための下ごしらえなんかを(エビの見た目の“圧”にビビりつつ)済ませていく。
あまり余裕がないためそちらを見やることは出来ないが、どうやらアマガエルの方で原作通りのことが起こっているらしい、というのは音声から読み取れた。具体的には春香ちゃんの奇声とかその他。
そして“例の時”がやって来た。
「______何が面白いんですか!?」
『…………』
____やだぁ、誰かこの絶対零度の空気なんとかしてえぇぇ……!生放送で一番やっちゃいけないやつぅぅ……!
身をもって実感するヤバい空気に冷や汗ダラダラ流しながら待つこと数秒。
「す、すみませ~ん!転んじゃいました!」
よっしゃ春香ちゃんキタ。これで勝つる。私はもう赤の他人モード入らせていただきますね!………だからシリアスな空気が苦手って言ったのに……。
とは言え場のコントロール能力の高いリーダーのおかげで、なんとか空気が持ち直す。そしてそのままつつがなく1品目の料理を作り終え、休憩となった。
「それじゃここで一旦CMだ!」
え、エビのステーキはどうなったかって?聞くな。お世辞にも上出来とは言えんわ。
*************
楽屋。
鞄の中に入れていた午後の紅茶(ミルクティー)を少しだけ口にして、のどの渇きを癒す。トイレに行きたくなったら面倒なので、本当に少しだけ。生放送で漏らすアイドルは流石に……ね。
「………ふぅ」
私の心は確かに休息を取っているのだが、その姿勢はいつもと変わらず背筋の綺麗さ。
私が“織部百合”であるための所作のうちの1つだ。これも昔からお嬢様っぽい振る舞いを志した名残で、こうして自然と背筋を伸ばして瀟洒な姿勢でいることがしっかりと身についてしまっていた。
楽屋には誰もいない。私だけ。
春香ちゃんの行方は知らないけど、その他2人+プロデューサーの行方は知っている_____
千早ちゃんの苦悩やもどかしさというのは、前世でアニメを見たときからなんとなくは知っていた。歌に強い執着があること、家族問題でいろいろあり過ぎたことなど。
けれど、私は声高に言いたい。
「自分が経験していないことは、結局知らないことと同じなんだよ」って。
だってそうじゃない?いくら内容として知ってるとか、字面で見たとか人から聞いたとかはあっても……結局「自分のこと」として経験していない___生の感情を伴っていない出来事っていうのは、
確かに、掛川さんとはよろしくさせてもらっている。同士としてこれ以上ないくらいに気が合う。
けれどそれは、「私に対して可愛い・魅力的と思っている」というのは共通の認識・感情の元に成り立っている結束。多少の差異はあれど、紛れもなく同類の感情だ。
それに対して、じゃあ例えば失恋をしたとしよう。
自分が誰かに振られたときに感じた無力感や拒絶感を他の人に話したとしても、その他の人が実際に振られた経験をしていなきゃイメージが付かない。だからそこで他の人が慰めの言葉をかけても「お前も経験してみたらわかる」もしくは「失恋したことのないお前に何がわかる」と失恋した側は答える……というのは、誰しも大概は通った道なのではないだろうか。
“同様の経験をし同様の感情を記憶したやつだけが、同類に対して共感し理解してやれる。それ以外は全て偽善である”
私が
「____百合、ここにいたんだな。もうすぐCM明けだから急ぎめにスタジオに戻ってくれ」
「……プロデューサーさん。千早さんは大丈夫そうですの?」
「……ああ、あいつのモチベーションが沸かないのは、ひとえに俺の実力不足が問題だからな。俺もお前たちに負けないように一層頑張っていくと真摯に伝えたよ」
「そうですの。ならここからは行けそうですわね」
バネPに呼ばれたので、飲み物を鞄にしまいすぐに楽屋を後にする。
他人の嫌な記憶や感情を理解し受け入れるなんて、ある特定の分野じゃない限り私には到底できそうにない。だから、私は重い空気が苦手なんだ。
*************
「さて、後半も頑張りますわよ………あら?千早さん、何だか気合が入っていませんこと?」
「言うなれば、一皮むけたと言ったところでしょうか。向こうは此処から更に手ごわくなります。こちらも負けていられませんよ」
「………そうですわね」
誰の目から見ても前半までと雰囲気が違っていた千早ちゃんに気が付かないのはおかしいと思ってそれとなく聞いてみれば、姫ちゃんからぼかされた答えが返ってきた。プライバシーは一応守る、と言ったところか。
とは言えこの様子ではしっかり原作通りに行ったみたいかな。良かった良かった。
「さて、ここからどうします?貴音さん」
「そうですね……食材の種類を見る限り、ごーやちゃんぷるーが作れそうです」
「……りょーかいですわ」
やっぱりゴーヤチャンプルー作るんじゃないか!しゃーない、ここは原作に従っていよう。
「まずはごーやを切ってください、百合」
「はーい」
*************
結局、私の容姿に合った料理は作れなかったな……とただ物思いにふけっていた。
料理覚えようかな……でもこの体に合う料理なんてそれこそおフランスのコース料理くらいしか思い浮かばねえ……。
そういえば、リトアニアかどこかの郷土料理が肉団子をじゃがいも生地で包む理性3ぐらいの旨そうなものあったな……食べてみたいな……。
「では、この切ったゴーヤとその他の野菜を炒めてください」
「り」
後やっぱり外せないのは冬の鍋料理。これは前の冬も何度か作ったね。ガスコンロと土鍋を買って、豆腐しらたき白菜豚肉……などなど。本当に私が好きな感じの鍋料理。〆はラーメンかうどん、その後に雑炊を作るまでが1セット。
思い出しただけで、今は夏だというのに鍋が食べたくなってくる。今の時期であれば辛い物系でもいいな。
「後数分くらい炒めればよいのですか?」
「そうですね」
「____さあ今から二回目の対決だ!今回は急に鳴らすぜ!よーい___」
「百合、準備を」
でもやっぱり店で食べるものってめちゃくちゃ美味しいよね。特にラーメンとか。
特に好きなのは天下〇品のこってりラーメン。あの独特の舌絡みするスープと打ちっぱなしのような麺は、私の心と舌をいとも容易く虜にしてくれる。このこの、替え玉追加だ!(お布施)
「____百合!」
「はえっ?」
急に大きな声で呼びかけられる。そこでようやく私は周りの状況を確認した。
すると、どうだ。私は棒立ち、姫ちゃんはこちらを見やっては叱咤するような目線を向けている。それに対しアマガエルの方は____千早ちゃんが、奥に用意されたフラッグへと既に走り出していた。
「____」
瞬間、それらの状況を条件反射気味にコンマ数秒で処理し、キッチンを飛び越えてその背を追いかける。
「あ」
とっさの判断でつい
そう思って体の力を急に抜いてしまったのが、良くなかったのかもしれない。
「_____ふにゃっ!?」
「百合!」
____こけたのである。
こけたのである。
力を急にゼロにした反動で、ものの見事につんのめったのである。
当然、つんのめったということは前に崩れ落ちたというわけで。それなら、そのとき一瞬無防備になるわけで。
「…………あ、今絶対スカートの中撮られていますわ……」
けど問題ない。
万が一を想定して&いつもの習慣で、スカートの中に見せパンを履いてきた。他人のパンチラを見るのはいいけど自分がされるのは嫌です(余裕の笑み)。
それを撮ってから察したのか、後ろのカメラマンの気配がすぐに離れていく。ガチガチの黒スパッツだからね、仕方ないね。
「千早ちゃん、アレだよアレ!」
「えっ………あ」
え?周りの状況がつかめてないんだけど、もしかしてここであのシーンが来ちゃうの?私こけたばっかなのに?本当に??(小混乱)
しかし現実は無情であった。
「____取ったゲロおおぉぉぉぉぉぉォぉ!!!」
はい。完全に私が完全に引き立て役ですね。
いいんだ、引き立て役くらいは流れでそうなるなら引き受けても全然いい。けれど、よりによってこけた後……こけてださい姿晒しちゃった後っていうのはさぁ……ねえ?
何はともあれ、これにてゲロゲロキッチンの必須イベントはクリア。後はマンゴーをもらってデザートを作って、審査タイムに突入するだけだぜ。
*************
今日の顛末を振り返ろうと思う。
結局原作通りの料理を作った私たちは、これまた原作通りガマガエルさんチームが………ではなく、なんとアマガエルさんチームが勝ってしまったのである。とは言え元々料理のあまり出来ない私がいたのだからある意味必然だったとも言えるのだが、仕方ないさ。今日の目的である「メディア露出の練習」「千早ちゃん成長イベ」をどっちとも遂行できたんだから。
やっぱり料理を作るだけで歌のコーナーは復活しないまま番組は終わってしまったが、千早ちゃんの顔はどこか晴れ晴れとしていたような気がする。
そうして後片づけや帰る準備をして、現在河川の沿道を5人で歩いていた。もう20時だ。
「皆、今日はお疲れ様。この後時間のある奴はいるか?スイーツ奢ってやるぞ」
「あら、随分と気前が良いですわね」
「みんな頑張ったからな、プロデューサーとしては当然だ」
こういう所だよね、バネさんがイケメンなの。はーほんと私が善良でまっとうで純粋な精神性だったら惚れポイントストップ高になってたのに。
私を
「ごめんなさい……私は、帰るから」
「そうか?遠慮しなくともいいんだぞ」
遠慮とかじゃないんだよなあ。だって言葉の端々から激重感情が見え隠れしてるもん。私にゃ関係ないけど。
てかこの頃の千早ちゃんほんっっとうに過去に囚われたクソ雑魚メンタルだよな!!(下衆野郎)
「あっ!」
「?どうかしましたか、天海春香」
「私………終電ないかもです……」
あ、そう言えばそんなのあったね。自宅が遠すぎて千早ちゃんの1人暮らし(笑)にお邪魔する事件。あの部屋よりかは私は充実した部屋を作れているので私は笑われる要素はない。ないったらないぞ。
「それは、困ったな……」
「……それなら、家に来るといいわ」
「え、でも親御さんとか……」
「プロデューサーさん、千早ちゃんは一人暮らしなので大丈夫なんですよ!じゃあ、お邪魔してもいいかな?」
「ええ……」
話はとんとん拍子に進んでいき、結局駅前でタクシーを呼んでもらったり交通費渡されたりして春香ちゃんはどうにか環境が整った。
そちらの方が優先すべきことだったので、それらを済ませてからようやくスイーツ店へと足を運ぶ手立てとなったのだ。
「……ここが、そうみたいだ」
「ですわね。早く行きましょう、両手に華でも頑張って視線に耐えてくださいまし」
「そういうことを言わないでくれ………」
なんやかんやありつつも、私たちの夜はまだ終わりそうにない。
もうちっとだけ今日の出来事は続くんじゃ。
CV.石川○依で高い声ってのが想像しづらいかもしれませんが、「アークナイツ」というソシャゲに出てくるキャラクターの1人”ナイチンゲール”の声を聴いていただければわかりやすいと思います。どちゃくそ好きなんですよね。