五条美城は転校生
「席に着け。今日は最初に転校生を紹介するぞ」
転校生。
それは安定した日常に突如として吹き荒れる嵐であり、学生達の淡い憧れである。
ここ秀知院学園という、外部入学の者を混院と呼んで疎む文化がある学校でもそれは変わらない。
「入りなさい」
教師がそう言うと、少しの澱みもなく扉が開く。秀知院学園の制服である学ランではなく、グレーのブレザー制服姿の生徒が入ってくると、彼らは目を疑った。
その人を見た瞬間、二年B組の生徒達は雪の精霊か、そうでなければ冬の女神が現れたと思って行儀悪くも口をポカンと開けていた。
まず目につくのは真っ白な髪。プラチナブロンドやアッシュブロンドと言う輝く銀髪ではなくて、白としか言いようのない髪を肩にかかるくらいまで伸ばしていた。
次いでその目である。くりくりと大きな目が人の良さそうな丸を描いて、その中の瞳は真っ赤に輝いていた。赤色以外の不純物の一原子すら混じっていないだろうと思わせるほどの、透き通るルビーのような目だ。
カッカッとチョークの子気味いい音を響かせながら、その人は丁寧な字で『五条美城』と書くと、そっと振り返り、ゆっくりと全員の顔を見渡して、微笑みながら言った。
「初めまして。今日からこの秀知院学園に通う事になりました五条美城です」
見た目の繊弱さとは裏腹に、少し低めの凛とした声は教室の隅から隅までよく響いた。
例えるなら宝塚の男役。もしくは少年を演じる女性声優のような声をしている。
「これから皆さんの仲間として学校生活を送れる事を嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします」
もう一度にこりと笑うと、小さく、優雅に五条美城は一礼した。
「ねえ聞いた?」
「聞いた聞いた。雪の妖精だって」
「えー何々?」
「転校生だよ、転校生」
進級してしばらく、平々凡々な日々に春の陽気も加わってあくびでもしたくなるような日常に、突如として現れた転校生という非日常の話題で持ちきりだった。
特権階級や、上級国民などと言われる子息息女が多く通う秀知院学園とはいえ、人は人。噂、ゴシップ、風説の流布、そういった物を好む人は多い。
(転校生ですか)
そんなざわめきを聞きながら、生徒会副会長四宮かぐやは一つの事を思い出していた。昨日の生徒会活動の折、教師陣から渡された資料の事である。外部からの転校生、という事で同じく外部入学の生徒会長白銀御行にフォロー役の御鉢が回って来たのだった。
負担をかけすぎでは?とかぐやは思わなくも無かったが、当の御行は新たな外部入学生にテンション高くなっていたので何も言わずにとりあえず微笑んでおいた。
「あ、かぐやさ~ん」
憧れと恐れを抱かれているかぐやに話しかける人物は多くない。ましてや物思いに耽っているともなればなおさらである。が、そんな事はお構いなしに話しかけてくる友人の方を、かぐやは振り返った。
「藤原さん。どうかしましたか?」
ゆるくウェーブのかかった髪のようにふわふわした性格の藤原千花が、いつもよりふわふわ二割増しで近づいてきた。
「もうかぐやさん、何で教えてくれなかったんですか」
「えっと、何でしょう?」
「とぼけ無いでくださいよ~」
藤原千花が突拍子もない事はいつもの事だが、今日は特に要領を得ない。まとわりつく彼女をとりあえず横に置いて落ち着かせた。
「何かありました?」
「ありました、何て物じゃありませんよ。知ってたら私もあんな大声を……」
「千花?」
廊下の角から、かぐやの全く知らない声が響いた。
秀知院学園は極端に人の流れが少ない学校である。クラスメートになるか選択授業で顔を合わすか。程度の差こそあれ、全く関わりのない人を意図して作ろうとしても不可能なほどだ。記憶力の良いかぐやが全く知らないなどあり得ない。
それこそ昨日今日来たでもない限りは。
「あ、シロちゃ~ん」
いるのだ、まさに今日きたばかりの人物が。
ひょこりと顔を出した真っ白な髪の持ち主が、気安い様子で千花に話しかけながら歩いてきた。
美醜で言えば圧倒的な美の持ち主であるかぐやも、目の前の人物の美貌には嘆息を漏らした。
神秘的な白さに、目に差したるは赤い色。すらりと長い手足も相まって、確かにこれは妖精だ。
千花が口にするシロちゃんとは、「美城」という名前と、その見た目から「白ちゃん」でもあり「城ちゃん」のダブルミーニングなあだ名なのだろう。例え名前が「黒子」だったとしてもあだ名は「シロちゃん」になった気がする。
その真っ白な人がかぐやの方へ視線を向けると、一礼して穏やかに話しかけて来た。
「初めまして。私、五条美城と申します。藤原千花とは幼少からの知り合いでございまして、かぐや様の御噂はかねがね伺っておりました。此度はこうして皆さまと轡を並べる事と相成りました事、誠に嬉しく思います」
慇懃無礼ともとれるような言葉を、かぐやはとりあえず気にしないことにした。ここは御曹司とも令嬢とも言われる子供が数多く通う学校である。礼を尽くして尽くし過ぎるという事は無い。と思っているのだろうという事情をくみ取って、尽くされた礼に素直に答える事にした。
「ご丁寧にありがとうございます。私は四宮かぐや。あなたのご友人である藤原千花さんと生徒会を共にする間柄です」
「二人とも固いですよー」
「ひゃっ!」
のらりくらりと掴みどころのないような会話をしている二人の均衡を、千花は『シロちゃん』に抱き着く事で破った。抱き着かれた美城はその真っ白な頬を赤らめて文句を言う。
見目麗しい二人のくんずほぐれつに、道行く生徒達はキマシタワーの波動を感じていた。
「シロちゃん相変わらず綺麗だねえー。女優さんにも負けてないよ」
「それって嫌味?」
「そんな訳ないじゃないですか」
美城の白雪のような髪を梳くい、頬っぺたをぷにぷにと突く千花。人との距離感が近い彼女ではあるが、その様子からかなり親しい間柄であろう事はかぐやにも分かった。
その様子を見守るギャラリーの中で、壁になって見守りたい派と間に挟まりたい派が発生していたのは余人の預かり知らぬ所である。
「おーい五条、次は移動教室だぞ……ああ、四宮もいたのか」
「あっ……会長」
さきほどと同じように角から白銀御行が顔を出した。思い人の登場に、かぐやは少しニヤケそうになるのを下唇を軽く噛みながらにこやかな表情を作る。
「こちら今日から秀知院に通う五条美城さんだ」
「はい。藤原さんから紹介してもらいました」
「紹介しちゃいましたー。それにしても二人とも酷いですよ。何で教えてくれなかったんですか」
冤罪である。さっさと帰ったのは千花のごくごく個人的な用事のせいで、この二人になんら瑕疵は無い。
「しょうがないだろ。まさか藤原書記が転校生と幼馴染だったなんて俺達が知る訳もない。そもそもさっさと帰ったのが悪いんだろ」
「じゃあぺスの散歩をほったらかしたら良かったって言うんですか!」
「そうは言ってないが」
知っている名前が飛び出した事に、美城は雪色の華を咲かせたような笑みを浮かべた。
「ぺス! 元気にしているの?」
「元気ですよ。またシロちゃんにお世話されたらぺスも喜びます」
「私の事忘れてないかな」
「大丈夫ですよ」
「かな?」
「そろそろ移動するぞ」
会話が丁度いい区切りを迎えた所で、白銀は廊下の窓から外の時計台に目を向けながら言う。彼以外の三人もそちらに目を向ければ、授業開始まで僅かであった。
「わ、急がないと。かぐやさんまた放課後に」
「はい」
「では失礼します」
千花は軽く手を振りながら、美城は折り目正しく一礼して白銀について行った。同じクラスの友人のように数少ない外部生という事もあってか、彼の口がよく回っているのをかぐやが認める。
(まあ彼女の事は心配ないでしょう。藤原さんと幼馴染なようですし、なにより会長が一緒ですから)
そう思案すると、何となく面白くなかった。そもそもクラスが違うのだからどうしようもないのだが。理解はしても納得は出来ないというやつである。
後日かぐやは使用人の早坂に、どう画策すれば三年生に進級するとき同じクラスになれるでしょうと相談して呆れられるのは別の話だ。
今日の秀知院学園は一人の話題で持ちきりだった。
もちろん転校生の五条美城の事である。
しかも外部生を『混院』などと呼んで下に見る文化が暗黙のうちに了解されているこの学園では珍しく、好意的な話題でもって。
まったく、見た目が良いからといって好意的になるなど単純すぎる、とかぐやなどは思うのだ。その優しさを会長の時にも分けてあげればよかったのに、とも思う。
「五条さんまたね」
「はい、また明日」
噂をすれば影とはよく言う物で、件の人がクラスメート達と話しているのが聞こえた。少々行儀が悪いとは思いつつも、かぐやはその様子を物陰からうかがう。
五条美城は空々しいほどに綺麗な顔をほころばせて一礼すると、優雅な足取りで立ち去っていく。彼女の不思議な所は、常に下手に出ているはずなのに、卑屈な所がなく、堂に入るような礼儀作法の前に、嘲る意思すら消え失せるような振る舞いだった。
これは仕える事が生き方そのものになっている従士家の者に見られる特徴だ。早坂家とか。
となると、どこか一角の家の生まれだろう。昨日かぐやが白銀と一緒に見た資料には名前と家族構成、前に公立高校に通っていた事くらいしか書かれていなかった。……そこまで思い出してから、簡易資料とはいえ簡易すぎる事に文句の一つでも言いたくなった。
「会長、御一緒してよろしいでしょうか?」
「五条か。構わないぞ」
などと考えていると先に白銀に声をかけられる破目に陥り、じろりと白い頭を睨みつけた。
それを見ていたとある生徒会会計は謎の腹痛により本日の活動はお休みである。
(浅ましい女……。会長の優しさに付け込んで……藤原さんと同じね。類は友を呼ぶとでもいうべきかしら?)
かぐやの中で藤原を引き込んでとんでもない巻き込み事故が発生していた。そんな事は知る由もない二人は楽しそうに会話をしている。にっこりとした顔に変わったかぐやの額あたりに青筋が浮かんでいた。
「どうだ? 少しは学校に慣れたか?」
「はい。皆さんにはとても優しくしていただきまして、楽しい学校生活を送れそうです」
「五条自身の努力もあるだろう。こう言っては失礼かもしれないが、話しかけにくい見た目をしているからな。そちらから話しかけてくれてほっとしてる奴も多いはずだ」
「冷たそうとか『やっちゃえバーサーカー』って言いそう、などとはよく言われます」
「……後者の意味はよく分からんが、すまない。失言だったな」
「いえ、事実ですから。こんな見た目ですので自分から『私はこういう人間です』と言わないと分かってもらえないよ、と昔知り合いに言われたんです」
「それが藤原書記か?」
「これは違う人からです」
「そうか。おっと、すまん、ちょっとトイレに」
「あ、私も行こうと思っていたんです」
足を止めて二人はトイレに入って行った。
同じ所に、である。
つまり男子トイレにである。
(えーーーーーーーーーー!!!!)
かぐやは内心で叫んだ。それはもう思い切り。
(いやいやまさかあり得ないでしょうそもそも私に恋い焦がれない男などいるはずもないのですから会長は私の事を憎からず思っている訳でそんな今日会ったばかりの女とあれやこれやの何それを……はっ!)
その時かぐやに電流走る……!
近くは夜中に行われる使用人との会議、古くは四宮の教育係から教わった保健体育の授業の内容。
『男は下半身で物を考えるケダモノです』
その言葉を思い出してもう一度この状況を見直してみよう。
純金の飾緒を身に着けた生徒会長が、美少女と言って差し支えない容貌の生徒を引き連れてトイレに入って行こうとしている。
…………
……
…
…………
「けだものーーーーーーーーー!!!」
かぐやは思わず叫んだ。それはもう思いっきり。
「四宮!?」
「ど、どうかされました?」
今まさに男子トイレに入ろうとしていた二人が、突然の大声に振り返った。
そこには目も口も限界まで開いて驚きに満ち満ちた表情なかぐやが立っている。人をして淑女と誉高い姿はどこへやら。
「会長、どういうおつもりですか?」
「どういうつもりって、ただトイレに行こうとしていた所だが……」
「それがおかしいんです!」
「……?」
「五条さんもどうしてそんな『何か問題でも?』みたいな顔をしているんですか!?」
あのかぐやも大きな声を出すと言う物である。
「どうかしたんですか~」
騒ぎを聞きつけた藤原千花が参戦してきた。そもそも今騒いでいるトイレは生徒会室に繋がる廊下にある物なので、通りすがらない訳がない。
「かぐやさんが大きな声出すなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
正直な所、かぐやの明瞭に冴えわたる頭脳をもってしてもこの事態をどう扱うのか悩んでいた。何か事情があるのか、そもそもどちらに責があるのか、カードとして懐に収めておけばいいのか。
という訳でここは五条美城の友人である藤原千花に追従する形を取ることにした。友人の事で怒るのは倫理的にも間違ってないのだから。
「藤原さん、どう思いますか?」
「どうって……」
と言って千花は、白銀と美城の二人が並んで立っている場所を見た。かぐやが叫んだ時から動いてないので、男子トイレの青色のゾーンに立っている状況は変わっていない。渡〇でなくても社会的制裁は免れ得ないような状況である。
「何がですか?」
にも関わらず千花はコテンと首を傾げながら言った。後ろの二人も同じ様に小首をかしげた。
「『?』 ではありません!」
「う~ん……あ、もしかしてシロちゃんの事ですか?」
「他に何がありますか?」
熱くなっていた事を自覚したかぐやは、一度息を吐くと自分は冷静だと思い込ませるように落ち着き払って言う。
あ、と二人は分からない問題が解けた時のような声を出して頷いた。そして、おかしそうに微笑む。
「またですよ」
「まただね」
などと分かったように話出したので、置いて行かれるかぐやとしては不気味でしょうがない。なぜか白銀が苦々しい顔をしているのも気になる。
「な……何ですか」
「かぐやさん。シロちゃんは白鷺城ってあだ名なんですよ」
「白鷺城……姫路城の別名ですね。確かに真っ白で綺麗な髪をお持ちの五条さんに相応しいあだ名だと思いますけど……。ですがそれはこの事態と関係ないでしょう?」
チッチッチ、と藤原は指を振りながら、面白そうな顔を崩さない。こういう顔をしている時は大抵ろくでもない事を考えているのを、かぐやは長い付き合いで知っていた。
知ってはいるが、ここは乗っかっておかないと話が進展しそうにないので、話の続きを促す。
「ふっふーん。たしかにそれもそうなんですけど、白鷺のお嬢様って意味もあってですね~」
「はい。それで?」
「それに白『詐欺』嬢、なんです」
言葉の一つ一つを丁寧に区切り、聞き間違いが起きないように『詐欺』の部分を強調した。
四宮かぐやは考える。
それは『白詐欺嬢』の詐欺という言葉がどこにかかっているかだ。
白、の一文字はこの転校生を示す最も単純な単語であろう。そこに嘘はないと確信を持てる。
では、何にかかってくるのかと言えば、残った嬢という単語。
嬢が『詐欺』であるならば、それはつまりどういう事かと言うと……。
それならば、今のこの状況を問題ないと言った藤原千花の言葉は……。
「あ、あの。もしかして……」
「お、気が付きましたねかぐやさん」
「……五条さん。簡単に自己紹介をお願いできますか?」
「はい。私、五条美城と申します」
これから言う言葉をかみ砕く余裕を与えるように、ゆっくりと雅な所作で、五条美城は雪のような髪を耳にかけた。
「五条家の長男です」
「はーーーーーーーーー!!??」
四宮かぐやの本日二度目の叫び声は広い校舎に、彼を見た誰もが過去同じように叫んだ時のように響いていったのだった。
本日の勝敗 かぐやの敗北
問 イリヤみたいな見た目をしてシノンみたいな声でしゃべる人物の性別を答えよ