早坂愛はモテる。
アイルランド人の血が濃く出た金髪碧眼に白い肌。胸部装甲はお可愛いかもしれないが持って生まれた長い手足もあって完璧と言って良いプロポーションである。
秀知院では頭の軽そうなギャルを演じている事もあって、手の速い男や同じようなカテゴリに属するチャラ男から告白を受ける事は少なくない。
もちろん早坂も暇ではないのでいつも断っていた。そして今回もそうなるだろう。早坂は五条美城と書かれた手紙をもう一度見てポケットにしまう。
早坂はあの男なのか女なのか分からない頓珍漢な容姿をした美城に、よもや女性と付き合いたいという感情があるなんて。というある種の感動めいた物すら抱いていた。
金髪の女の子に初恋をした、と彼を良く知る四条眞妃は言ったが、こればかりは藤原の珍しい物に興味を惹かれたという意見の方が頷けた。
「ここですか……」
手紙に指定された場所はあまり使われる事のない教室の中だった。
太陽と建物の重なり具合で少々日当たりの悪い部屋だ。その日照量の低さたるや大家さんと戦えば余裕の家賃下げ確実事故物件である。ベランダに出したプランターで育てようとした大豆がもやしになる。
なる(確定された敗北)。
カラカラと控えめに扉を引くと、教室内には手紙の送り主、五条美城が立っていた。
「お待ちしておりました」
ペコリと小さくお辞儀をして、早坂を真っすぐ見ながら五条美城は微笑んだ。
夕焼けを背景に誰もいない教室で佇む美城は、画工の描いた絵画めいた美しさがあった。白い髪に茜色が少し混じって、毛先が黄金色にキラキラ輝いている。
これが女でなくて良かったですね、かぐや様。
早坂はここ最近この転校生と白銀がつるんでいるのが面白くない主人の事を思うと少しやさしい気持ちになった。
「五条さ~ん。話ってなーに?」
イラストで表すと横に『キャハ☆』とか描かれてそうなテンションで早坂は話を切り出した。落ち着いた様子の美城とのコントラストが映えている。
しかし美城はそんな早坂の姿には興味がないように気安く一歩前へ進むと、ゆっくりと口を開いた。
「四宮の 覚えめでたき 早坂は」
「……っ!」
知っている詩だ。早坂は美城を見つめる目に険を込める。
早坂家の発展は四宮の助力があってこそと、四宮に取り込まれた時期に早坂家の当主だった男が詠んだとされる詩で、その存在は公にされていない四宮の資料に小さく載っているだけにすぎない。
それを知っているという事は……。
色濃い疑問が早坂の心中に渦巻くが、まだたまたま同じ苗字だったと誤魔化せる段階でもある。ポカンと困ったような表情を作って早坂は答えた。
「えーどしたしー? いきなり川柳?なんか詠んじゃって」
「ポーチ下、螺旋階段、飼育小屋」
もう一つ、美城は学内のとある場所を歌うように言った。
それは早坂がかぐやに学校で内密に報告をする際に使用した場所の羅列だ。この五条美城は知っていると見て間違いないだろう。そう結論付ける。
早坂はギャルモードの笑みを崩さないまま、相手の出方をうかがった。
「昔読ませて頂いた資料と姓が一緒なだけでは確信は持てませんでしたが、こうも内緒で会う場面に出くわせば分かろうものですよね。四宮侍従家早坂の愛さん」
「どうして」
早坂とて無能ではない。視線を切るような位置取り、一方から見ただけでは二人の存在を確認できないような障害物のある場の設定、もし生徒が来た場合に備え逃走ルートまで考えている。
だからこそ幼等部から今現在高等部でかぐやと早坂のラインを知る物は、元々四宮家の事情に詳しい四条家の眞妃くらいにしか知られていないのだ。
そんな思いから、素朴な疑問が早坂の口をついて出た。
「どうして、ですか? それは単純です。見ていたからですよ」
「死角を選んだつもりですが」
「学校とは教育施設であり、そして監視する場でもあります。死角が存在しないように色々と考えて造られているのですよ」
「詳しいですね。あなたは幼等部の一日しか秀知院に来た事が無い、と眞妃様が仰っていましたが?」
早坂は昼休みの事を思い出す。まさかあんな下らない諍いで得た情報がこんなすぐに役に立つ場面が来ようとは。
何だそんな事、と呆れたように美城は頬に手をやり、そしてその手をへその辺りへ下ろして両手の指を絡ませる。
「秀知院の校舎を造ったのは五条家で、私はそこの長男ですよ?」
事も無げに美城は言った。
早坂はぐっと奥歯を嚙む。これは五条美城を調べる際に、五条家の事を過去三十年程度調べるにとどめて満足してしまった自分の落ち度である。なまじ五条家が四条と繋がっているという大きな事実があったために起きた、精神的な盲点であった。
「では栄えある五条の美城様、私に何をお望みで?」
早坂は句を詠まれた意趣返しのように節をつけて答える。美城は口元に手をやってくすりと笑った。
「ここに呼ばれた時点で、あなたも何を言われるか薄々分かっているのではないですか?」
分かっている……つもりだった。
放課後に、一人で来るように、わざわざ靴箱に手紙まで入れての要求。普通に考えれば愛の告白である。
しかし待ち受けていたのは、どうしても隠しておきたい事実を握った男と二人きりというシチュエーションで、ここで愛の告白をされると思うほど早坂の脳内はピンク色ではない。
彼女の頭を巡るのは、どのようにこの場を主人の利益につながるように乗り切るかという点だ。しかし彼を消すにはリスクが高すぎる。金で釣るには五条の家は大きすぎる。権力で溺れさせるには、学生が持てる権力は彼が将来得る地位に比べれば浅すぎる。端的に言って詰みであった。彼の良心にゆだねるしかないが、四宮家的には唾棄すべき選択だ。
私はどうなっても、かぐや様は守らないと……。
早坂は覚悟を決めて美城の方を見る。そこには腹立たしい程にこやかな五条美城がいるだけだった。
「早坂さん」
四宮に繋がる情報を欲しがるだろうか。四条に近い彼の事を考えて、そうアタリを付ける。
これ以上あの子を裏切る訳にはいかない。
早坂は非道な要求だとしても、かぐやに類が及ばないよう事を済ませる覚悟を決め……。
「私達お付き合いしませんか?」
「ふっつう!」
愛の告白だった。
滅茶苦茶普通だった。
「え何だったんですかあの無駄に脅しかけてくる感じ」
「脅しなんて。酷い言い草ですね」
「ご自身の立場と物言いを振り返ってくれますか!?」
早坂はあの緊張からの緩和で口がゆるゆるになっていた。文句が溢れてとまらない。
「大体、そこまで理解しているなら私があなたの告白……と言っていいんですか?それに頷かない事はお分かりかと」
「落ち着いてください。これは非常に実利的な観点から見た打算まみれの提案なのですから」
実利。打算。
おおよそ愛の告白にはふさわしくない言葉だ。しかし人の心という物をあまり信頼しない四宮の教育を受けた早坂にとっては受け入れやすい言葉であった。
「続きを聞いていいですか」
「はい」
そう言うと美城は教室の後ろに片付けられた椅子を二つ引っ張ってきて、向かい合うように置いた。早坂を座らせ、美城も続く。
「まず私の目的から言いましょう。眞妃様とかぐや様の仲を取り持ちたいのです」
「本気ですか……?」
四条と四宮の不仲はその筋の者にとっては有名だ。
そもそも、四宮の手段を択ばないやり方に反発し、四宮から離脱した穏健派を中心にまとまったのが四条グループである。是として『反四宮』が上級役員の中にはあり、その一念あって四条の急成長ありという所だ。
その両家の令嬢が仲良くするなど、到底許せる物ではないという人物も多い。
「眞妃様は初めてかぐや様と出会った時、小父様の言葉をもってかぐや様を拒絶なさいました。その事を悔いておられるご様子ですので、どうにか仲直りの機会をと、私は思っています」
「今度はかぐや様から拒絶されるとは考えませんでしたか?」
人と交流すれば誰とでも仲良くなれるなどと、絵空事のような、綺麗事のような言葉を臆面もなく話す美城に嘲りめいたものを感じながら、早坂は聞き返す。
「その時は……」
その嘲りを平然と受け止めて美城は笑顔を返した。
牙をむくような笑みだ。
「その時は眞妃様も納得されるでしょう。やはり四宮は敵だと。あなた方はかぐや様と同じか、それ以上の才覚の持ち主を敵に回した事をもって無能の証明をなさればよろしいかと」
痛烈な物言いだった。戦えば必ず四条が勝つと、心の底から信じていなければこうは言えまい。
穏やかな所しか見せた事のない美城の攻撃性に、早坂は少々あっけにとられる。
「話が反れましたね」
ふと表に覗かせた苛烈な一面をさっさとしまい、通常営業の笑顔に戻って美城は話を続けた。
「たしかに突然仲良くしろなどと言われれば拒絶される事もあるかもしれません。そこで一つ緩衝材を挟むのです」
「それが私達……ですか」
「そうです。早坂さんは眞妃様に、私はかぐや様に、『恋人の事で相談がある』と相談を持ち掛けて……何でもかまいません、小難しくて相談相手が欲しくなる、そんな話題を持ちかけるのです」
「それが話す切っ掛けになれば……と言いたい訳ですか」
「その通りです」
「上手くいきますか?どうも都合のいい部分しか見えていないように感じますが」
「かぐや様の事を良く知る早坂さんと、眞妃様の事を良く知る私。二人で考えれば絶対にできます」
美城は言い切った。
固い意思。強い覇気。早坂はそれらに息を呑んだ。
こいつにはやると言ったらやる…………『スゴ味』があるッ!
といった所である。
「あなたの熱意は分かりました。しかしそれで得をするのは眞妃様だけじゃないですか。私やかぐや様にも利益が無ければ到底飲む事は出来ません」
四宮かぐやは機に聡く、利に篤い。それは姉妹のように育った早坂愛も同様だ。
四条眞妃と仲良くするのは、ともすれば害になりかねない。そんな提案をはいはいと受け取る訳には行かなかった。
これは五条美城が持って来た、こちらがどう利益を得るか、そちらにはどう利益を与えられるかというビジネスである。こちらにとってより良い条件を提示させるのは当然だ。
「そうですね。……早坂さんがかぐや様と無関係を装っているのは、四宮を良く思わないグループにも接近できるように、といった所でしょうか」
「当たらずとも遠からず、です」
「それは残念。正鵠を射るつもりで言ったのですが」
くすくす、と場を和ませるように美城は笑った。
「私から早坂さんに提案できる利は、私と交際しているフリをすれば五条に連なる人達に容易にアクセスできる事です。そこからどう利益を引き出すかはあなたの手腕による所になってしまいますが」
「あの手の人達の結束の固さはひとしおですから」
汗水流して、時には血を流して困難に立ち向かう土木業界の人達の繋がりという物は、当然の如く固い。ましてや五条建設は徳川の治世から続く老舗企業である。年月という槌は、鉄の絆をより固くしていった。早坂の演じるギャルのような奴が美味しい所だけ浚おうなど出来るはずもない。
だが頭の長男と懇ろな関係になってしまえば? その女は身内で、乱暴な言葉を使えば『姐さん』だ。
もちろん全てとはいかないが、ある程度心を許してくれるだろう。
「悪くは無いですね」
早坂は得られそうな利益を勘定した。
「次にかぐや様の利についてですが。私、部活を発足しようと思っておりまして」
「それが何の関係が……?」
「名前は『ボランティア部』。社会の一員としてこれからの社会に求められる奉仕精神を養うべく……」
「長くなります?」
「端折りましょう。名前の通りボランティア活動をしたりするつもりなのですが、たまに活動の前にこう言います。『会長、今度の清掃活動を申し訳ないのですが手伝ってくださいませんか……?かぐや様にも助力を乞うたのですが』」
「会長の話になっていますよ」
「おっと私とした事が。ですが同じ事でしょう?」
「何がですか」
「かぐや様は会長ともっとお近づきになりたいと思っている。もちろん会長も。これはAとBを変えても同じです。ですが素直になれずに困っている。ですから私達が一緒になれる大義名分を提供しましょう。触れ合う機会が多くなれば、きっとあの二人の関係は進むはずです」
それは早坂もじれったく思っている事だった。
かぐやは頑なに白銀の事を好きじゃないと言うが、分かっている、そんなはずがない。
映画一つ見に行くのに、迂回して迂回して迂回して。かぐやの色が見えないように策を弄する。どうでもいい相手にそんな事をするはずがない。
素直になりたいのに素直になれない。それは早坂が少しのめんどくささを感じつつも、彼女を可愛いと思う理由だ。
確かにそんな彼女の背中を押してやるのはやぶさかではない。
「いかがでしょうか。一つの嘘から得られるにしては割の良い提案とは思われませんか?」
美城は自社の商品を紹介するセールスマンかのように、自分の提案は素晴らしいでしょうと胸を張った。
紹介する物に実体があれば「見てくださいこのボディー↑」とか言ってくれたに違いない。
「ですが付き合う……付き合うですか……」
「もちろん肉体的な接触は極力避けましょう。……手を繋ぐ、くらいはして頂かないと設定に説得力が生まれませんが」
「いや、分かってはいるんですよ?」
早坂は可憐な容姿に生まれついているがバキバキ処女だった。
初交際が演技で嘘というのはどうしても抵抗がある。もう一声、自分に利益が欲しいところで……
「かぐや様にマウント取れますよ」
「やりましょう」
食い気味に答えた。
マウンティング愛ちゃんの誕生であった。
――
「早坂、戻ったの?」
「はいかぐや様。お待たせして申し訳ありません」
「それで、どうでした?」
「彼氏が出来ました」
「ファッ!?」
本日の勝敗 未来に持ち越し(五条美城と早坂愛の間で条約が締結)