「愛、ボランティア部の初仕事を取ってきました」
部活動!
秀知院には体育会系、文科系と大小合わせて数多くの部活が存在している。
多くの富裕層が通うこの学校では、部活にかけられる費用も普通の学校とはくらべものにならない。
しかしその設立基準は緩く、TG部のような部活や原作でのボランティア部も二人で始まった例を見ればそのゆるゆるさもお分かりいただけるだろう。
だからといって継続させる基準までゆるゆるな訳ではない。部活としての活動実績の報告が義務付けられている。TG部で言えば、某有名同人即売会にてボードゲームを販売するのがそうであるし、ボランティア部で言えば募金活動に参加した等を報告しなければならない。
つまり、参加できるような大会が無い部活の場合、営業マンの如く外から仕事を持ってきて実績をアピールしなければならないのだ。
「それは手が速いですね」
「三つ」
「三つ!? 決算が近いからと無理な仕事を取ってくるバカな営業ですかあなたは」
ボランティア部は生徒会、職員会議の承認を経て正式に部として発足され、活動を開始していた。
「まあそう言わないでください。もう二つは終わらせましたから」
「ちなみに何の仕事だったんですか?」
「はい。サッカー部とラグビー部の練習試合を取り付けてきましたよ」
「それボランティア部の活動ですか?」
「何を言ってるんですか! サッカーに命を懸けるタックン様の心意気を叶えてさし上げる。これも立派な奉仕の心です」
「その人、周りに誰かいましたか?」
「ええ。女の子がいましたけど」
「絶対それ彼女に見得張っただけですよ」
その活動実態とは、基本的に美城がよそから困りごとを貰ってきて解決に尽力する、という物だった。
「ボランティアと言えばその名の通り清掃などのボランティアに参加する物と思いましたが」
「え……ですがこれから日差しが強くなってきますし……」
「女子みたいな事言ってますね」
「日に焼けちゃいますし……」
「女子みたいな事言ってますね」
「火傷して水膨れできちゃいますし……」
「あなたが超特異体質という事を忘れてました」
ボランティアと言えば、という活動には美城の日光に極端に弱いというアルビノ体質もあって積極的には参加ができず、結果こういう形で部活動を運営する形となっている。
それにあまり積極的にボランティア活動を入れてしまうと、早坂本来の仕事である四宮かぐやのお世話に支障をきたす恐れがあった。
それは互いに都合のいい状況を提供するという契約恋人の話を反故にする形になってしまう。
美城は言い出した手前そんな事をさせる訳にはいかないと思っていたので、早坂の罪悪感(があるのかは知らないが)を晴らすように明るく言った。
「まあ、という訳で外には出ないのでそんなに時間は必要ありません。こちらは一人でも大丈夫ですよ」
「そういう事なら……。これから放課後は参加できない日が続きそうなので」
「愛。そう気にしないでください」
「みぃ……」
そっと優しく囁いた美城に、感謝と少し尊敬の入り混じった視線を早坂は向ける。
「アテにしてないので」
「みぃ……」
そっと優しく囁いた美城に、憤りと何なら敵意の入り混じった視線を早坂は向けた。
はなからアテにしていないと仮にも恋人に言われると、反抗したくなるのが乙女として四宮の一員としてプライドの高い早坂という生き物である。
「少しくらいは私だって手伝えるんですよ」
「えっ!? かぐや様のわがままを聞きながら部活を!?」
できらあ!!
威勢よく啖呵を切ろうとした丁度その時、早坂のスマホが震えた。
開きかけた口を何事も無かったかのように閉じて、かぐやからのメールを確認する。
【今日は生徒会が無いでしょうし、あってもすぐ終わりそうなので行動を開始なさい】
……
…
「で、出来そうですか?」
できねぇー!!
スン……となってスマホをポケットに入れなおした早坂を、さすがにいじめる気にもなれず、慰めてあげようとすら思った。
彼女の細い手をしっかりと握ると、じいっと青い瞳を見つめながら、労い……というのもおかしな話だが美城は言葉をかける。
「早坂、いつもありがとう。あなたの頑張りに一度だって感謝しなかった日はありません」
「何のつもりですか」
「え? かぐや様みたいな感じで私が愛にお礼を言っておこうかと」
「余計なお世話です」
「またまた。お礼を言われて嬉しくない人はいませんよ。私生まれてこの方褒められた事しかありませんが」
「すんごい自慢」
「褒められる度に舞い上がるような気持ちになりますよ。その気持ちを感じてもらおうかと」
「だから余計です。あと、手!」
「手?」
「何で普通な顔して握ってるんですか」
「え、手は握ってもいい事になったのではありませんか?」
早坂の言う事が理解できないかのように、美城は小首をかしげてきょとんとした表情を浮かべた。いつもの餌場に餌が無い猫くらいきょとんとしてる。
「今日は手を握るのはレギュレーション違反です」
「はい」
「全く……誰かに見られたらどうなる事か」
美城が手を離したのを確認してから、これ見よがしに手首の柔軟体操を始めると、カタン……とボランティア部の扉から小さな音がしたので二人はそちらを振り返る。
「失礼します」
「失礼するなら帰ってくださーい」
「え?はい、ごめんなさい……」
……
「ですがいつまでも手を握るのにも緊張する、では愛のキャラにもそぐわないのではないでしょうか。……そうですね、これを眞妃様とかぐや様に持ちかける相談第一号といたしましょうか。私はかぐや様に……」
「どうして何も無かったみたいに話せるんですか!」
「だよね!」
今度は扉をバン!と勢いよく開いた女子生徒が肩で息をしながら鋭い目つきで部屋の中に入って来た。何と鮮やかな切り返し。本場新喜劇でも通用するノリツッコミであった。
ボラ部の扉を再び開けた人物の登場で、早坂は一瞬でギャルモードに移行する。
逆にあれで帰られたらどうしようかと思ったほどだ。
「これはこれは。こんな辺鄙な所に足をお運びいただき恐縮です」
「当然です。校内のあらゆる所に秩序をもたらすのが風紀委員の役割ですから」
「それで、今日はどのようなご用向きでしょうか?
伊井野ミコさん。大仏こばちさん」
『風紀委員』の腕章が輝く女生徒二人、その中でも伊井野ミコと呼ばれた小柄な少女は、胸元に抱えたバインダーに一旦目を落として、ふっと大きく息を吐いた。
小さな体にみなぎる正義感の迸りのように言葉を発する。
「新しい部活が設立された、と聞いたので挨拶と調査にきました。まずはおめでとうございます」
「ありがとうございます。そうだ、お茶でもいかがですか?」
「結構です」
「あ、無いんでした」
「どうして無いのにそんな自信満々に言えたんですか!?」
「水でいいですか? 粗水ですけど」
「お茶から水の時点で結構な粗なのに更に粗水!? なお結構です!」
「愛に入れて来てもらいましょうか」
「人の問題ではありません!」
伊井野ミコは鋭い目つきを更に尖らせて呑気な風をまとう美城を睨みつけた。言う事言う事に一々噛み付く所は、大きな犬に吠えるチワワのような可愛らしさがあったが、本人にとってはそれどころではない。
「ミコちゃん落ち着いて」
「こばちゃん、この人のペースに飲まれたらダメだよ?それで何回も逃げられてるんだから」
睨みつけるに留まらず、グルルルル……と唸り声でもあげそうなほどに歯噛みしていた。飲まれてるのはミコちゃんだよと言わなかったのは大仏の優しさか。
「えーっと、ちょっといい?」
「何でしょう早坂先輩」
「何でみぃをそんな怖い目で見るの?」
「み……みぃ!? みぃって言ったよこばちゃん!」
「そうだねミコちゃん」
「驚かないんだね……」
「だってこの二人は付き合ってるんだよ? あだ名くらい」
「付き合ってるーー!?」
他の風紀委員が見たら節度を持ちなさいと怒られそうな程の大きな声を出して、伊井野は驚きを露わにする。
二人きり……人気のない教室……共同作業……
「それはあまりにスケベェです!」
伊井野ミコは思春期だった。
「あらあら、何をお考えになったんでしょうか?」
「えっ」
「酷い話ではありませんか、困っている生徒の方の支えになりたいと日々努力しておりますのに」
「えっと……」
「伊井野さん、どのあたりがスケベェなんでしょうか?」
「うう……」
ミコちゃんのザコっぷりを理解されている……。
大仏は新たなミコの天敵の誕生にやるせないため息を吐く。
「そうやっていつもウヤムヤにされてきましたが今日は違います!」
「ねーねーみぃ、どういう事なの?」
「それは転校初日まで遡らなければなりません」
初めて伊井野ミコと出会った日の事を説明する前に今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ。
「いやスッと話せだし」
――
その日は薄雲のかかった天気であった、と伊井野ミコは当日の日誌に記している。
学年が変わって一月近く経ち、最初は気を引き締めていた人達の中から怠惰の綻びが見え始めてくる時期である。細々とした注意をして、違反者の三人目に指導を行った頃だったといやにはっきり覚えていた。
正門の前に黒塗りの高級車が着けた。
それ自体は珍しい事ではない。ここは特権階級とも呼ばれる子息令嬢が多く通う学校だ。送り迎えの車が豪華な事は驚くに値しない。
驚くべきはそこから出て来た人物の姿だった。
薄雲のかかった、どこかどんよりとした空気を吹き飛ばすような鮮烈な白が、車の中から現れた。
真っ白な新雪の如き白髪を肩辺りまで伸ばしたボブカットが春風にふわりと揺れて、パッと咲いた黒い日傘の下に隠れてしまった。どこか物惜しいような気分でその人の事を見ていると、ようやく秀知院の制服を着ていない事に伊井野ミコと大仏こばちは気が付いた。
「ちょ……ちょっと待って下さい!」
学校関係者? 保護者? もしかしたら新しい先生?
制服を着ていなくてもおかしくない候補を頭の中でぐるぐる思い浮かべながら、得体の知れない人物に声をかける。
「はい。何でしょうか?」
それが伊井野ミコと五条美城が初めて顔を合わせた瞬間だった。
彼女は人の顔を見て初めて息を呑むという感覚を理解した。
この秀知院でも指折りの美少女である大仏こばちを見慣れている伊井野ミコは、いまさら美しい顔に驚きを覚えないだろうと思っていたがそれは間違いだと思った。
空を舞う雲のように白い髪と、同じように白い眉毛が細い流麗なカーブを描いていた。その人がそっとサングラスを外すと、雪に縁どられたような瞼の中には真っ赤なルビーの瞳が宿っている。
「あ……えっと……」
「風紀委員、ですか? 私、初めて見ました」
その白さから雪像のように冷たい印象を与える美貌がふと綻んで温かい笑顔に変わると、なぜかドキドキしてミコはまともに顔を見れそうになかった。
「あの……失礼ですが秀知院にどういった御用でしょうか?」
少し緊張しながらミコは目の前の人に問いかける。
「どういった……そうですね、私は今日からこちらに通う事になりました、二年B組への転校生の五条美城と言う者です。どうかお見知りおきを」
そう言って優雅に一礼すると、もう一度微笑んで美城は風紀委員二人の下を後にした。
その後ろ姿をポーっと見送っていた二人だが、重要な事を思い出して呼び止める。
「待ってください。えっと……五条先輩」
「はい。何でしょうか?」
振り返った美城はサングラスのつるを持って今まさにかけようとしている所だった。一息ついてミコは自分を落ち着かせると、努めて冷静に告げる。
「……申し訳ありませんがそのサングラスは校則違反です」
「そうなのですか?」
「はい。前の学校ではどうだったか知りませんが、秀知院では許可されていません」
「そうですか……これが無いと困るのですが」
「没収という形になります」
「分かりまし……あれ、風紀委員長ですか?」
「えっ? 風紀委員長?」
風紀委員長は彼女達の直属の上司であるが、今の時間は他の場所で清掃活動に勤めているはずだ。と、言うより五条美城は風紀委員長の顔を知らないはずである。
不思議に思って振り返ると、自転車で通学している生徒が駐輪場の方に曲がって行く所が見えた。
その生徒の襟には金色の飾緒が輝いている。
ああ、と二人は納得した。秀知院学園の生徒にとっては、純金飾緒は生徒会長の証であるというのは常識だが、外からの生徒にはそうではない。綺麗な物を身に着けているからとりあえず偉い立場の人なのか、と今目の前にいる風紀委員の長かと口をついて出たのだろう。
「違いますよ、あの金色の飾緒を付けているのは……」
…………
「いない!?」
少し目を離した隙に五条美城は姿かたちを消していた。
え、逃げた? 何で? というかどこに?
振り返ってからまた向き直るその間、わずか五秒の出来事だった。
慌てて二人は二手に分かれて目立つ白い髪を探すがどこにも見当たらず、予鈴が鳴るまで捜索を続行したがとんと消息を掴めずじまいであった。通りすがりの生徒に聞いたにも関わらず、である。
白い髪の人と言ったので歳をかなり召した先生の情報を掴まされた時には思わず床に崩れ落ちそうになったほどだ。
反省と敗北感から、きっちりと違反項目から逃げられた子細に至るまで記録に残した。ミコにとって耐えがたい屈辱と言って良いであろう。
「今日伊井野いないじゃんラッキー」
このように得した生徒会会計もいた事をここに記しておく。
――
「まさか逃げられるとは思っていませんでした。あと複雑な秀知院の敷地で転校初日の人に逃げきれられるとも思いませんでした」
「えーやばー」
いや無理でしょう。みぃより秀知院の校舎に詳しい人なんて五条の一族の中にしかいないんじゃ。
早坂は思ったが特に教えてあげる義理も無いので黙っておいた。
「けどさ、何でみぃ逃げちゃったの?」
「風紀委員に因縁つけられるのが私の夢だったんです」
「そんな理由で!?」
「私にとっては真剣な理由なんです。でもこんな可愛らしい風紀委員に目を付けられるなら悪くもな
「…………」
早坂は無言で美城の頬を摘まんだ。むにむにと餅のような白い肌を弄んでいると、自分の肌より綺麗なんじゃ……と思い、せめてもの抵抗として摘まむ力を強くする。
「
「今度余計な事言うと口を縫い合わせてあげるし」
パチンと乱暴に指を離すと、美城の白い頬に痛々しい赤色の痕が残った。頬をさすりながら怒っている少女のご機嫌伺いをする光景は、控えめに言ってカップルだった。
やはりスケベェでは? ミコは訝しんだ。
「それに! これだけじゃないんですよ先輩のやった事は!」
――
次の日、正門近くに立って仕事をしているミコ達は、盗み聞きをしている訳ではないが、通り過ぎていく人から『真っ白な転校生』が話題に上る事を何度も聞いていた。
「ねえこばちゃん、あの人ってどこか外国の人なのかな?」
「ロシアとかの北国の人は色素が薄いっていうけど」
「でも名前は日本人だったよ」
「お母さんが外国人の国際結婚かもね」
「だからって許される訳じゃないよ。今日は絶っ対に捕まえるから」
そんな話をしていると、昨日と同じ様に黒塗りの高級車が正門の前に停まった。
そして昨日と同じ様に妖精のように白い人が降りてくる。
昨日と違うのはこちらの覚悟が決まっている事だ。昨日の事も含めて五条美城に更生の意を表してもらわなければ、風紀委員の名折れである。
「これはこれは、五条のお姫様ではありませんか」
「あ、中沢君! こうして会うのはお久しぶりですね」
「新年の集まり以来だな」
確保に向けて動き出そうとした所、先に美城に声をかける男子が現れた。転校生相手というのに、なかなか親しそうに見えた。
しばらくどういう関係か考えて、実家の繋がりかと納得する。孤高の裁判官の父親と海外で人道支援を行う母親を持つ伊井野ミコと、片親の大仏こばちは親戚付き合いが広いほうでは無いのでイメージし辛いが、子供を秀知院に通わせるような親は大体において顔が広い。
それを知識として知っている二人は、転校生と男子生徒の会話を興味……というほどでもないし、執行猶予……というほど偉くなったつもりでもないが、何となく聞いていた。
「どうだ?秀知院は」
「そうですね……やはり私立の最高峰といった所でしょうか。校舎は広くて綺麗で機能的ですし」
「おいおい自画自賛か?」
「ふふ、そうですか?」
風紀委員の二人は『?』を浮かべてお互いの顔を見合わせた。
校舎を褒めて自画自賛? どういう事?
もちろん二人は五条美城の実家が建設業を営んでいる事も知らないし、その会社が秀知院の校舎を造った事も知らない。
「去年は公立にいたんだろ? 一年経ったらまた転校って事にはならないだろうな」
「特に何もない限りは卒業までこちらに通いますよ」
「それは良かった。お祝いのハグでもするか?」
「あ、いいですね」
中沢という男子生徒の方が大きく手を開いて胸を広げると、ぱっと五条美城という転校生の方も可愛らしく両手を突き出した。
これは不純異性交遊の決定的証拠!?
この時点では美城を男子と知らないミコと大仏の二人は固唾を呑んでその瞬間を目に焼き付けようとした。
美城が目の前の顔にそっと両手を添えると、すっと胸元の方まで下がって行き……
「はいここ離れ乳首双子小島」
「おっふ」
胸板の真ん中あたりを突っついた。クラスの体育会系の男子がやってる滅茶苦茶見覚えある光景であった。
名を乳首当てゲームという。
「ふふふ……胸板が厚くなったのは服の上からでも見て取れますよ。あとはそこから位置を予測すれば」
「くっ、やはり大した奴だお前は。乳輪カス当たりが精々だと思っていたぞ」
「予測は私の得意科目の一つですよ」
「よし、次は俺の番だ。お前をあひんあひん言わせて全男子生徒を前かがみにさせてやる」
「果たしてそう上手くいきますか?」
「さっきのおっふの借りを返させてもらおう。やられたらやり返す……倍」
「何やってるんですかーー!!」
ミコはたまらず飛び出した。
前倣えの形に突きだした手で見目麗しい美城の胸元を突こうなど、到底看過出来るものではない。いや不細工だったら許されるとかそういう話でもないが……。
「お二人の関係がどうかは知りませんが、白昼堂々何をしようとしてるんですか!!」
「見て分かりませんか。乳首当てゲームですよ」
「何でそんな堂々と言葉に出来るんですか!?」
「風紀委員さん、どうしてそんなに興奮しておられるのですか?」
「五条先輩! どうしてそんな落ち着いてられるんですか! 戯れにち……ち……を触られようとしてたんですよ!」
「そんな怒るような事ですか?」
「ええ……」
「それとも何ですか!私の乳首には当てる価値がないとでも言いたいのですか!?」
「私怒られてる!? 何で!?」
「あ! 会長、聞いてください! 風紀委員の方が酷いんです!」
「えっ、会長!?」
風紀委員会は生徒会からの指示を受けない独立した組織ではあるが、それでも一生徒として生徒会会長は敬うべき相手である。
そう言えば五条先輩の二年B組は白銀会長のクラスでもあったと思い出す。ミコと大仏は襟を正して振り返り、深々と先に一礼した。
「おはようございます会長。失礼ですが」
……
「誰もいない!?」
礼から顔を上げるとそこには誰もいなかった。
「はっ! まさか」
そのまさか、振り返ると中沢と美城の二人は忽然と姿を消している。後で目撃者に話を聞くと壁とフェンスの間をマリオのように三角飛びで登って二階の窓から侵入したそうである。ガチすぎて引く。
「もおおお! 何なのあの人――!!」
――――
「これが二日目の出来事です」
「ほんとさあ、何でみぃは逃げちゃうの?めちゃくちゃ事態ややこしくしてるじゃん」
「何か楽しくなってしまって……」
「もしかしてみぃって【お】で【ば】で【か】な人なの?」
「オリバー・カーン……?」
「お・ば・か、だし!」
早坂は契約恋人のボケにどこか既視感を感じながらツッコミをした。
「とにかくこの人は問題行動を起こしてばかりなんです!」
「あらまあ」
「みぃ自分がしてきた事の自覚あるの?」
美城は頬に手を当てながらミコに呑気な返事をした。
校則のギリギリを攻めたり時には破ったりしている早坂でも、さすがにミコに同情の念を抑えきれない。美城という人間は基本的に真面目で善良だが、悪ノリが酷い事が時たまある。白銀に対して下の毛発言だとか。
そしてこの場合殊更に質が悪いのが、
「ですが伊井野さん。違反と思われていた事はキチンと無実の証明をしたではありませんか。瞳を守る色素が無い私にとって、サングラスは近眼の人の眼鏡くらい必要な物と医師の証明書を提出しましたし、中沢君との乳首当てゲームも男同士なのですから何も問題は無いはずですが……」
「くっ……」
そう、美城がやった事は何一つとして違反行為にあたらないのだ。
例えば帽子を室内で被る事は禁止されているが、頭を怪我した際はそれを隠す為に帽子を被る事は禁止されていない。それと同じで、レンズに色のついた眼鏡は禁止されているが、それに医療的価値が付随するなら色付きの眼鏡すらも許容される。
不純異性交遊は禁止されているが、ちょっと行き過ぎたスキンシップも同性同士なら許されるのである。体育会系の奴らが肩パンしたりおんぶしたりされたりするのを咎める校則は、今の所秀知院には存在しない。
つまり、上記の事で五条美城を攻める事は不可能なのである!
それがミコの不機嫌に更に拍車をかける事になったのは想像に難くないだろう。
「ですが困りましたね……」
「何がですか?」
「いえ私ボランティア部の部長でしょう?」
「そうですね。甚だ遺憾な事に」
「愛、私仕事を三つ取って来たと言ったじゃないですか」
「あーそう言えば。えっとサッカー部とラグビー部の練習試合を取り付けたんだっけ? あれ? じゃああと一つって何だし?」
「それは……」
美城が口を開こうとすると、ボランティア部の扉がノックされたので三人はそちらを振り返る。
「どうもボランティア部さん。失礼するよ」
「風紀委員長!?」
入って来た人物はミコ達にとってなじみ深い顔だった。
眉毛の上で真っすぐに切りそろえられた前髪のおかっぱ頭。カラーの部分を開けたり、ボタンをはずして前を開ける事の無いピタリと閉じられた学ランは風紀の象徴である。風紀委員長その人であった。
「伊井野君達もいたのか」
「委員長こそどうしてここに?」
「協力してくれる相手に挨拶をと思ってね」
えっ……とミコは口をポカンと開いた。
協力……? 挨拶……?
ギギギ。さび付いた玩具のようにミコは美城の方を向くと、見られた本人は恨めしい程に美しい顔でにこにこと笑った。
「ボランティア部の仕事、三つ目は、風紀委員会のお忙しい時にお手伝いとして繰り出す事です。ですがこうも嫌われるとは弱りますね」
ミコはそれを聞いて、一拍、二拍、三拍目としっかり間を取ると、
「ええーー!!」
これでもかというほど叫んだ。
「嫌です! 委員長、どうして外部の人間に頼るんですか!?」
「そうは言っても風紀委員も人不足だからね」
「伊井野さん、そう邪険にしないでください」
美城は怒り心頭のミコの手を取ると、いつもの笑顔ではなくて、キッと眉根を寄せて凛々しい顔を作る。
こいつやってんな。
早坂は美城の行動を完璧に理解した。契約恋人開始史上もっとも美城を理解できた瞬間である。
演技が得意な早坂は、他人の演技を見破る事など造作もない。いい事を言って締めようとしている魂胆が見え見えだった。
「水は低きに流れる物。人は易きに流れる者。それを是正するため風紀委員は秩序の下に生徒達が規律正しき生活を送れるように日々奮闘しているのを知っています。ですがそれを疎ましく思う方がいるのも事実」
一旦言葉を切ると、ずいっと席から身を乗り出して、ミコの顔を真正面から見つめる。
動揺したミコは少しだけ顔を赤らめながら、落ち着かない視線を美城の顔と何もない壁の方へ交互にやった。
「伊井野さんのようにしっかりと決まりを守っている人が、疎まれる現状は宜しくないと私は思います。どうかお手伝いさせていただけませんか?」
「わわ私はそんなただの一風紀委員ですから決めるのは委員長です……」
堕ちろ! 堕ちたな(確信)
さっきまでの反抗の塊みたいだった伊井野ミコはどこへやら。目線はブレブレ体はぐにゃぐにゃ。もう『はい』と言っているに等しい答えを口にしてしまった。
「では書面を作っておこう。これもボランティア部の活動報告の一部にしてくれて構わないからね」
「ありがとうございます」
「もちろん、真面目にやってくれる事が大前提だよ」
「ええ、それは重々……」
美城は隣にいる早坂愛の校則ギリギリの姿を見ると、ため息を吐いて委員長へ向き直った。
「言い聞かせておきますので」
「ちょっと!?」
「では僕はこれで失礼しよう。何かあった時はよろしく頼むよ」
「委員長、私達も一緒に戻ります」
ぽわぽわして役に立ちそうにないミコに肩を貸した大仏が、風紀委員長と連れ立って部室を後にした。
騒がしかったボランティア部に一時の静寂が戻って、早坂は被っていた猫を脱ぎ捨てた。
「やっと行きましたか……」
「お疲れ様です」
美城は労いとしてコップを出した。
「いや水!」
粗水ですが……。
文句を言いつつ飲み干して、早坂は机の上に腰掛けた。風紀委員がいたら即咎められる行為である。白い太ももが何とも艶めかしく伸びるが、そんな事は意にも介さず美城は紙コップを丸めてゴミ箱に放り投げた。
「悪い人ですね、あなたは」
「何がですか?」
「かわいー風紀委員さんをメロメロにさせて。大して外に出れないくせに、協力するも無いでしょう」
「良いではありませんか。私だって人の役に立ちたいんです」
「まあ、みぃの好きにすればいいんじゃないでしょうか?」
「はい。好きにします」
美城は頬杖をつきながら机に座っている早坂の顔を見上げる。
その顔を見ていると今でも充分好き勝手しているくせに、なんて呆れると共に羨ましく
思ってしまい、鬱憤を晴らすように美城のゆで上がりの卵みたいな額を指で弾いた。
「痛いです。愛」
「それは良かった。みぃ」
本日の勝敗――
「こばちゃんやっぱりステラの人みたいに分かってくれる人はいるんだね……」ぽわぽわ
「はいはい。良かったねミコちゃん」
――伊井野ミコの勝利(理解者を得たため)