五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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勤労ギッチギチお兄さんユルシテ……ユルシテ……


早坂愛は五条の○○

「愛、別に休んでも良かったのですよ?」

「そういう訳にもいかないでしょう。まあ、今日は来客もありませんし、かぐや様の手伝いは普段からですし」

 

 日曜の朝の秀知院に、五条美城と早坂愛の姿はあった。

 明日に迫った秀知院学園フランス校との交流会、ボランティア部はその会場設営の手伝いの為に駆り出されていた。

 いや駆り出されていた、というのは正しくない。

 交流会の存在が明るみになった時に、美城は生徒会室を訪ねて、半ば無理やり協力するよう白銀と取り決めをしたのだ。

何でそんなに協力したがるのか白銀は不思議であったが、確かに人手が足りない事に間違いないので、部活の実績稼ぎに協力してあげると共に、手を貸してもらう事を確約した。それが今日である。

 

「おはようございます、五条さん、早坂さん」

 

 凛とした鈴を転がしたような声が二人に向けてかけられる。振り返って見ると、そこには生徒会副会長・四宮かぐやが立っていた。カラスの濡れ羽色の髪が朝日にキラキラと輝いて、赤みがかった瞳は何の衒いもなく真っすぐ相手に向けられている。その美貌だけで国を買ったと言われても信じるほどの美しさに普通の人は臆するものだ。

 

「かぐや様。どうされました? 今は周りに人がいないので普段通りで大丈夫ですよ」

 

 しかし美城はそう言った事はなく話しかけ、あまつさえ少しからかってみせた。美城というその美貌でかぐやの国の隣の国を買ったと言われても信じるほどの美しさの持ち主に、何を臆することがあるのか。

 

「そうですか? あなたには御付きのスナイパーかスポッターがいると早坂から聞いていますが」

「それは大いに誇張された表現です。あの子は気が向いたときにしか見てきませんし、私が止めろと言えばすぐに止めますのでどうかご安心ください」

「気まぐれというのはむしろ一番怖い所ですが、五条さんがそう言うのなら。早坂。だそうよ」

「言えば撤収してくれるなら、もっと早く言ってください」

 

 姿の見えない魔弾の射手もどきにやきもきしていても仕方がない。それに今の早坂はボランティア部員としてこの場に来ているのであって、依頼した生徒会の副会長が会っていても不自然ではない、とかぐやは結論付けて普段通りで接することにした。

 

「いらぬ煩わしさを覚えさせてしまった事、申し開きのしようもございません」

「私は気にしていませんよ。見られるのは慣れていますから」

「ありがとうございます。しかしご厚意に甘えてばかりもいられません。用向きがあればどうぞあの子をこき使ってやってください」

「その子は五条さんの従者なのですか?」

「いいえ、そうではありません。強いて言えば妹の、でしょうか」

「あら? 妹さんがいらっしゃるのですか」

「はい。三つ下に一人。会長の妹さんと同学年ですね。あと千花の妹の萌葉もでしょうか」

「それはそれは……」

 

 かぐやの目が遠くを射抜くかのようにすっと細められる。

 将を射んとする者はまず馬を射よ、という言葉もあるように、周りから攻めていくのは兵法の一種だ。白銀の“周り”といえば父親と妹の二人で、攻略の難易度が低いのは妹の方だろう。

 しかしかぐや自身は白銀の妹、圭と個人的な繋がりは全く無い。であるなら、美城という繋がりから、彼の妹というカードをストックしておいてもいいかもしれない。かぐやは美城の妹の利用価値をそのように定めた。

 よくない事を考えているなと早坂は気が付いた。

 

 会話をしながら倉庫の横を通り過ぎると、思い出したようにかぐやは改めて口にする。

 

「五条さんのおかげで早坂も準備に参加させる事が出来ました。改めて感謝します」

「四宮邸では愛がパーティーの準備等を取り仕切っているのですか?」

「そうですよ。早坂があの別邸では一番の古参ですからね」

「私の仕事は多岐にわたっていますから、会場設営なども当然請け負いますよ」

「そうだったのですか。愛って凄いんですね。さすがかぐや様の侍従を務めるほどの女性です」

 

 美城は照れるという感情を母のお腹に忘れて来たのかのようにべた褒めする。傍付きを褒めて、そんな人を従えている貴女は素晴らしい人だと、分かっていても躊躇するレベルの褒め言葉が美城の桜色の唇から紡がれた。

 

「そうでしょう?」

 

 かぐやを褒めるワンステップにされておきながら、誇らしげに頷いて、早坂はあえて言うなら『むふー』とでも評すべき顔をして、どうも扱いが雑になりがちな主人の方を見た。

 

「五条さん、あまり早坂を甘やかさないでくれますか」

「なぜですか? 実際に凄いのですから、凄いと言って何ら差し支えるとは思いませんが……」

「そうですかぐや様。実は私結構凄いんですよ」

「ほらそういう事言うじゃないですか。これは五条と四宮の教育方針の違いです。あまり口出しして欲しくありませんね」

 

 少し不機嫌な顔を見せながら、かぐやは美城に対して止めるよう釘を刺す。固い殻で覆ってはいるが、その奥底に隠れている早坂の甘えたがりは如何ともしがたく、いつか『私みぃの所の子になる』とか言い出しかねない。

 

「よしよし。愛は頑張り屋さんですね」

「聞いてました?」

「ママァ……」

(彼氏に母性を見出している!?)

 

 ママ(男子)にドチャクソ甘やかされる(早坂)という地獄のような光景がそこにはあった。

 

「駄目! 駄目です! 早坂から離れてください五条くん!」

「やーんみぃ、四宮さんがこわーい」

「この子は……!」

 

「あー……ゴホン……おはよう四宮。それにボランティア部の二人も」

「「おはようございます」」

「か、会長!?」

 

 声をかけられた瞬間、二人は真面目くさって挨拶を返し、一人気が付くのが遅れたかぐやだけが白銀の登場にうろたえていた。

 あまりに反応が良すぎる。この二人会長が来る事を分かっててあんな茶番を繰り広げたのか。かぐやは早坂が男の影響を如実に受けている事を確信し、許し難い気持ちになった。

 

「会長、違うんですよ……? あれはこの二人があんまり公序良俗に反した行動をするものだから」

 

 かぐやはまるっきり早坂と美城のせいにした。

 

「何となくだが分かるぞ」

 

 さしたる反論もなく美城が微笑んでいる所から、大体の流れを掴んだ白銀はかぐやの言う事を信じる。美城の持っている、からかい好きで悪戯好きの面をこの秀知院で一番と言って良い程知る羽目になった白銀は、ややこしそうな事態に出くわしたらとりあえず美城の反対にいれば何とかなる事を学習したのだ。あまり知りたくない事であったが。

 

「そういえば藤原さんはどちらに?」

「今さっき職員室に向かって……」

「会長、用具庫とか倉庫とかの鍵を一通り開けてきてもらいました。あ! シロちゃん! 今日はありがとね~」

 

 今まで姿の見えなかった藤原千花が、校舎の中から鍵をくるくる回しながら現れた。生徒会の面々に混じった真っ白い幼馴染を見つけると、大切なマスターキーをぞんざいにポケットに突っ込んで嬉しそうに美城の手を取った。

 

「いいんですよ、これくらい。私と千花の仲でしょう?」

「シロちゃん……」

 

「一回シメとくべきだし!」

「気持ちは分かるが落ち着け」

「ホント信じらんない!」

 

 本日の天気は若干の曇り空だが、そこから雷が落ちたみたいに早坂は怒りに唸っている。本人としては『あーまたか』くらいの気持ちだが、今はそういう反応が許されるキャラではないので、殊更に怒って見せた。

 どうどう。暴れ馬をなだめる御者のように白銀とかぐやは早坂の気をなだめる。

 

「さっさと終わらせよ!」

 

 怒り心頭……のフリをしながら早坂は袖をまくりつつ気合十分の様を見せつけた。事実として早坂が手腕を振るえばこの程度の規模のパーティーの準備など早々に終わるだろう。

 

「まずはテーブルやクロスを運ぼう。藤原書記、五条、いつまでそうしてるつもりだ」

 

 男女の友情というよりは同性の友人の距離感で話し込み始めた二人に、白銀は少しだけ強めに声をかけた。

 

「はい、会長。それで会場設営の図面などはございますか?」

 

 従う事には慣れた物な美城は物腰低くそう切り返した。それを受けて白銀は学ランのポケットから一枚の紙を取り出し、広げる。

 庶民の出である白銀にパーティーのあれこれは分からないので、かぐやと藤原が考えて教師陣にお墨付きをもらった図面である。

 美城はスマホで写真に残すと、一回二回操作を加えてからポケットにしまい、図面をきっちり折りたたんでから白銀に返した。

 

「男子と女子で分かれよう。俺と五条はテーブルの担当、四宮と藤原と早坂さんはテーブルクロスや飾りつけを運んでくれ」

「はい」

 

 かぐやが返事をしたのを皮切りに作業は始まった。

 

 

 最初に手を付けた細々した飾り付けは、大体段ボール箱に押し込まれてまとめられているので、最初の一時間は滞りなく作業は進んでいた。運ぶ物が決まっていて、その量が膨大な時、試されるのは個人の才覚ではなく単純な手の数だ。そういう意味では美城と早坂という手が増えたのは思っていたよりありがたい。

 

「ふー、飾り付けだって軽くありませんねー」

 

 大小さまざまな飾り付けが入った段ボール箱を床に下ろして、藤原は額にかいた汗を拭いながら椅子に座った。かぐやと早坂も近くの椅子に腰かける。

 

「そうですね。秀知院の威光にかけて安っぽい物は許されません。当然しっかりとした造りの物になりますし、その分重さが増えるのは仕方ないですね」

「次はテーブルクロスだし、これより重いよねー」

「愚痴を言っても始まりません。少し休んでから行きましょう」

 

 真面目さが足りない早坂をなだめるように、かぐやは落ち着いた佇まいで言う。

 

「飲み物買いにいきましょーかぐやさん」

「いいですよ。早坂さんは?」

「ウチはここで休んでるし」

 

実際の所、この中で一番疲れていないのは早坂であったが。

 

「じゃあ代わりに買ってきますね。何がいいですか?」

「え? んーっと……レモンティーかな」

「分かりました」

 

 立ち上がった藤原とかぐやの二人が財布を片手にホールを出て行くのと、テーブルを持った白銀と美城が入って来たのは同時だった。美城は軽く頭を下げて謝罪して、そんな彼等に藤原はついでに「何か買ってこようか?」と言う。緑茶で、と言葉短に応えると、白銀も何か言おうとしたが、藤原が「会長は荷物持ちです」と言って白銀の腕を引っ張るので、そのまま三人は自販機へと向かった。

 

「愛は行かなくていいんですか?」

「みぃに聞きたい事があるので残ってました」

「そうですか。あ、先に言っておきたいのですが、今からテーブルクロスを取りにいきますよね?」

「ですね」

「あそこにある物は古いので黄ばんだりシミがあったりするかもしれません。家庭科室にある物の方が新しいので、不備があればそちらを取りに行くよう覚えておいてください」

「分かりました。しかし備品の状態まで覚えてるんですか?」

「いえ、そういう訳では……。それで、聞きたい事とは何でしょう」

「そうでした」

 

 早坂はやおら立ち上がると美城について来るよう手招きしながらホールを出た。美城はその背中を追いかけて廊下まで出ると、窓辺に意味ありげに立つ早坂の隣に並ぶ。

 

「どうかしましたか?」

「気が付きませんか?」

 

 疑問文に疑問文で返すなとどこぞの手フェチみたいな事を言いそうになったが、美城はとりあえず一度周りを見渡してみる。

 

「見られてますね」

「でしょう?」

「何をしているんでしょうかあの子は……休みにわざわざ……」

「協力してくれますよね」

「それはもちろん」

「では少し……」

 

 

 早坂の金色の頭がそっと美城の耳元に寄っていく。

 肩に手を置いて、軽く背伸びをして、覆いかぶさるような形でしばらくそうしていた。

 

「ひゅ~、やるっすねえ」

 

 その光景を、違う棟の中から見ながら軽口を叩く人影があった。がじりとチョコを齧りながら、オペラグラス片手に覗きを慣行する様は、さながら物見遊山である。

 恋人二人がしばらくそうしている様子をドキドキしながら見ていると、そうっと早坂の方から離れた。どこか不安そうに周りをキョロキョロと見渡すその姿は、普段の刺々しい見た目とのギャップでなんとも可愛らしい。

 

「なるほど、美城様はああいう女の子が好みなんっすね」

 

 キリッと吊り上がった猫のような目元、ブルーの瞳が白い肌に映えて、流れる金髪は金糸のようで、暴力的ですらある美貌である。

 これが浮世離れした美城の見た目と並ぶと、もはや絵画のようであった。

 芸術を愛でてるだけだし、覗きの現状をその人は言い訳した。

 

「あ、戻っちゃった」

 

 そうこうしているうちに、早坂と美城の二人はホールへと戻っていく。どこか口惜しさみたいな物を感じながらも、それならそれで場所を移動すればいい話だ。そう思って見える位置に移ろうと足を向けると、またすぐに金色の頭が廊下に飛び出してきた。先ほどと同じように、何かを探すように頭を揺らしている。

 

「あはは、こっちっすよー」

 

 どこか楽しそうにその様子を見つめて、陽気な歌すら口ずさんでみていた。

 

「こっち見て愛ちゃん♪ブルーのロシにゃん♪」

 

 

 

 

「ロシアンじゃなくてアイリッシュなんですけど?」

 

 ぴたり、と時が止まった感覚に襲われた。

 ゆっくりと振り返ると、そこにはさっきまで瞳に収めていたはずの早坂愛が立っている。

 

「え何で……だってあそこに……」

 

 目の前にいる早坂愛と、窓の向こうにいる早坂愛を見比べて頭を抱えると、それに気が付いたかのように窓の向こうの早坂が振り返ったのが遠目に見えた。目の前の早坂が「見たらいいんじゃない?」と言うので首にかけたオペラグラスをのぞき込む。

 目の前の早坂と打って変わって穏やかな丸い目をしていて、からかう様に笑って見せた。その瞳は赤色に輝いていた。髪に手をかけると、するりと金髪が落ちて、その下から白髪が覗く。

 典型的な入れ替わりだった。

 ……入れ替わり?

 頬を自分で叩いて隣にいる早坂を見る。ブレザー制服を羽織ってズボンをはいている。

 頬を自分で抓って窓の向こうにいる美城を見る。襟のない改造セーラー服を着た彼がこちらに歩いて来ていた。

 秀知院学園のセーラー服はワンピースタイプなので必然的に美城はスカート姿という事になる。良い。

 しかし付き合っているとは言え、自分を追い詰めるために服を交換できるとは全く思いもしなかった。

 

「うぅ~やられたっす」

「こっちチラチラ見てくるからどんなヘンタイかと思ったけど、女の子だったんだ」

 

 早坂はうずくまっている女子を見てポツリと言葉を漏らした。

 その言葉が耳に入った少女は、顔を上げて上目遣いで早坂を見上げる。

 くりくりとした目にこげ茶色の瞳、背中まである綺麗な黒髪をまとめてポニーテールにしている。笑顔に馴れきったような口角上がり気味の口元が朗らかで、少し間抜けにも見えた。その顔の造りはおバカな柴犬とちょうど同じだった。

 

「ヘンタイじゃないっすよ。私には鹿苑(ろくおん)こがねという名前があるんすから」

「バレないように遠くからこっそり見てくる奴がヘンタイじゃなかったら何なんだし」

 

 じとーっとした目で早坂は目の前の少女を見つめる。

 

「つかまりましたか?」

「あ、みぃ」

「美城様」

 

 そこに美城が合流してきた。セーラー服を身に纏った、である。スカートを翻した、である。恐ろしい事に制服の黒と、美城の髪の白のコントラストが効いて非常に映えであった。少女は神を見た。

 こがねは助けを求めるように女神(男)に縋りつく。

 

「美城様! 助けて下さいっす!」

「諦めなさい。それよりも、ほら、愛に何か言う事があるんじゃないですか?」

「むぅぅ……早坂先輩、申し訳ありませんでした」

 

 美城に促されてこがねは頭を下げた。いかにも不承不承といった感じで、自分が悪いからというよりは目上の人に言われたからという風を隠そうともしない。

 

「まあいいけど……」

 

 反省が足りてないのでは?とゆすっても良かったが、それは後でも良いだろう。今自分のキャラを損なう事は、後々の自分の利を損なう事に繋がりかねない。美城と二人きりの時に言えば良い話だ。

 ……二人きり、という状況を当たり前のように受け入れている自分が恐ろしい。早坂は思った。

 

「愛、どうしますか?」

「どうしよっかー」

 

――

 

「藤原先輩! それは第二倉庫の方にあるっす! 行きましょう」

「は、はいー」

 

「藤原先輩! 次は料理部の準備室に行くっすよ!」

「は、はひー……」

 

「藤原先輩! 次は……」

「もう勘弁してくださいー」

 

 早坂が出した結論とは、この鹿苑こがねという少女に手伝いをさせる事だった。

 今回のフランス姉妹校とのパーティーは、幸いにと言うかそれほど規模は大きくない。早坂が陣頭に立って指揮すれば、真面目に動く“手足”があればそこそこの速さで終わるだろう。

 それに不躾にもこちらを覗き見する輩だ。良心の呵責なく使い倒せる。

 そう思っていたのだが。

 

「先輩! 何なんすかこのリストは! せっかく事務員がきちんと備品については把握しているのに反映されてないじゃないすか。こんな指示書じゃ日が暮れても終わらないっす!」

 

 存外、役に立ちそうである。

 秀知院学園事務長、鹿苑莞爾を父に持つからか、こがねは備品の状況が頭の棚にきっちりと収まっているようだ。後はそこから引っ張り出すだけ……なのに、備品保管リストは改訂される前の物。それが何とも彼女をいらだたせるみたいだった。飾り付け君は今演劇部にいるはずなのに、どうして手芸部にいるってメールがあるの?みたいな感じである。

 

「何で私ばっかり引っ張るんですか~」

「いやマスターキーを持ってるのは藤原書記だからだろ」

 

 さんざん引き回された藤原が椅子にぐったりと座った。こがねがリストにある備品が本当に収められている部屋の鍵を開けろ開けろとせっつくので、藤原はあっちに走って鍵を開け、こっちに走って鍵を閉め、またまたあっちで鍵を開け、この広い秀知院中を駆けずりまわったので疲労困憊の様子だ。

 

「まあ後は並べていこう。鹿苑さんは……」

「もちろん最後までお付き合いするっすよ」

 

 白銀の言葉にこがねは笑顔で頷くと、早坂の方を意味深に見た。

 私はこれだけ役に立ちましたけど、あなたはどうですか?とでも言いたげだ。

 それは早坂のプライドをいたくくすぐる行為だった。舐められたらやり返すのが四宮流だ。自分のお役立ちさでぶん殴り返してやらないと気が済まない。

 

「かぐや様、私が指示出しをしていいんですね?」

「ええ。あなたが一番こういう設営に詳しいでしょうし」

「ありがとうございます」

 

 早坂はひそひそと主人に話しかけると、かぐやは了承して侍従に全てを任せる事にした。かぐやも自分の従者が軽んじられて笑顔でいられるほど優しい性格はしていない。あの自分の尻尾を追いかけまわすようなアホな柴犬みたいな顔した下級生の頬面を有能さでひっぱたくべきという点は二人に共通していた。

 だが自分で言うのもおかしな話なので、美城を一回挟んで伝える事にする。

 

「みぃ、会長に言ってください」

「いいんですか? かぐや様も」

「はい」

「では……会長!」

「五条、どうした?」

「これから会場の設営ですが、指示役を愛に任せていただけませんか?」

「早坂さんに?」

「ウチ、家でパーティーとかよくしてるから役に立つよかいちょー。あ、真面目なやつだからね」

 

 白銀にパーティーの事は分からぬ。設営の大まかな所は図面の通り行って、あとの所は政治一家の娘である藤原か大財閥の娘であるかぐやに見てもらえばいいと思っていた男だ。

 

「どう?」

 

 青色のネイルが煌めく爪先を拝むように合わせながら、友人の恋人が尋ねるのでどうした物かと考えるが、隣にいる美城が何も言わないので問題なかろうと結論付ける。

 

「よし任せよう。こういうのは素人じゃ分からない部分もあるだろうしな」

「やった! じゃあ先に紙見せて」

「これか」

 

 白銀は図面の紙をぱっと広げると、早坂はそれを横から覗き込む。肩に手をかけ、寄りかかってくるような仕草に白銀は戸惑っていた。

 

近くない? こんな事してたら五条さんが怒るんじゃないかしら。

 かぐやは思った。

 

「美城様、早坂先輩が会長とベタベタしてますよ? いいんすか?」

 

 こがねも同じ事を思った。思うだけでは足りず、近くの美城に小声で話していた。

 

「私だって普通に千花と接しているつもりなのに、近すぎとかベタベタしすぎとかよく言われますから、外から見たらそう見えるだけでしょう」

 

 あ、いいんだ。

 この時ばかりはかぐや、こがねの二人は同じ事を思った。

 

「さ、いつまでもそんな顔してないで始めますよ、こがね」

「うっす」

 

 美城が言うとこがねは頷いて大人しく付いて行った。かぐやはそれを見ると、まさに飼い主だけに懐いている犬のようだと思う。

 

「じゃあまずテーブルを運んで欲しいんだけど。私が置く場所にしるし付けるから」

 

 ギャルモードを崩さないまま仕事モードに突入した早坂は、簡素で明確にするべき事を伝えた。過剰にキャピキャピした所が無いので白銀などはむしろこの方が助かる程だ。

 早坂はテーブルを置く場所の赤絨毯を足で軽く逆立てる。そうやって部屋中歩いてから先にしるしを付けて、ここに運んでくるよう指示を出した。

 

「じゃあー、みぃと鹿苑さん、会長と四宮さんでペア組んでテーブル運んでー」

 

 あんまり楽しくない作業に、これくらいの役得はあっても良いだろう。早坂は少しばかり気を遣ってかぐやに目配せした。あざっす。こがねはお辞儀した。違うお前じゃない。

 

「書記ちゃんいける?」

「ちょっと待って下さい。何であの子あんなに元気なんですか~?」

「運動部だからじゃない?」

 

 あと手の空いているのは藤原だが、どうやら駆けずり回ったせいでグロッキーなようだ。しばらく休ませておかないと動きそうにない。

 しかしこうなると困った。今回のパーテーで使うテーブルはクロスを引いて中央に重しのインテリアを据えた上で軽食の乗った皿を置いても充分な広さがある。重さも相当な物だろう。

 

「まあ出来ない訳ではありませんが」

 

 自分に言い聞かせるように囁くと、早坂はテーブルの下に潜り込んで天板を背負うように立ち上がった。支柱を軽く肩にかけるようにして前の視覚を確保しながら、自分でつけたしるしの所まで歩いて行く。

 

「ふう……」

 

 テーブルを置いて下からのそのそと這い出て、息を吐きながら少し乱れた金髪を整えていると、何か良いたそうな瞳が八つ向けられていた。理由は分かっている。重い物を汗くせ動いて持っていくというのは、ギャルな早坂のキャラではない。

 

「どしたし?」

「どしたし? じゃありませんよ愛。危ないじゃないですか」

「ヘーキヘーキ。ウチけっこう力持ちだし」

「藤原さん。お手伝いにこんなに頑張らせていいのかしら?」

「うぅー、かぐやさんが良心を苛んでくる……。分かりました!早坂さんにばかり苦労かけられません!」

「別にいーのに」

 

 へとへとになっていた藤原も気を奮い立たせて怠惰の椅子から降りた。女の子一人に一抱え以上の大きさの天板が乗ったテーブルを運ばせるには、藤原千花という少女は優しすぎた。

 全員が作業を開始した事で、設営の効率はグンと上がった。きちんとパーテー会場の完成図を描ける早坂が頭になって、無能ではない人物が手足となっているのだから当たり前と言えばそうかもしれないが。

 とにかく何事もなく順調に作業は進んでいた。

 

「早坂さん。このスタッフ用の机、壁に近すぎじゃありません?」

「そう……かも。ちょっとすれ違ってみて」

「かぐやさん、私あっちから来るのでこっちから行ってください」

「分かりました」

「よいしょ……(ふよん)ひゃっ! ほらやっぱりー。体ひねっても胸の所がつっかえちゃいますよ」                <●><●>ジッ……

「う……うん。もうちょっと机離そうか……」

 

 順調に作業は進んでいた!

 

 

「よし。これで今日できる作業は一通り終わっただろう」

 

 華を飾り付けた『フランス交換留学生歓迎会』と書かれた看板が吊り上げられていく様子を見ながら、白銀はようやく人心地ついた気分になった。

今日の苦労の一端を思い出す。ガバガバの備品リスト、単純に多い物量、ノウハウの無い会場設営……。

 実際これ鹿苑や早坂さんを五条が引っ張って来てくれなかったらギリギリまで時間かかってただろうなぁ……。

 看板が丁度いい所で止まったのを楽しそうに見ている美城の白い頭を見ながら、白銀はそんな事を思った。金髪の彼女と、黒髪の後輩を引き連れて美城が来たのでこちらから声をかける。

 

「今日は助かった。ありがとう、ボランティア部の皆。お疲れ様」

「会長こそお疲れ様です。生徒会も大変ですね」

「まあ慣れたさ」

「また忙しい時は頼ってください」

「すまないな。三人はこれから帰りか?」

「はい」

「そうか。では改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」

「どういたしまして……ふふっ。会長、成功を祈ってますよ」

「そこは任せてくれ。手伝ってもらって大失敗でした、では笑い話にもならん」

「まあ千花はフランス語も話せますし、困ったときに頼ってみてはいかがでしょう?」

「……考えておこう」

「では会長。また明日」

「おう」

 

 美城は軽く手を振りながらさようならと告げて、かぐやと藤原の二人と少し話をしてからホールを後にした。

 

 

 

 

「鹿苑ちゃんどしたし? さっきからあんま喋んないじゃん」

 

 早坂は廊下を少し歩いて、人気のない所でめっきり口数が少なくなってしまった後輩に尋ねた。口数が少ないどころか元気も少なくなってきたように思われる。難しそうな面持をして、顔をうつむき加減にしていた。

 

「あ……」

 

 こがねはぱっと顔を上げると、口を開けて閉めて、何かを言いたそうだが言えない、みたいな雰囲気で早坂の事を見つめている。

 

「こがね、ゆっくりでいいですよ」

 

 美城は気を遣って優しくそう言うと、ぽんと肩を叩いた。隣の美城と、目の前の早坂に何度か視線を行き来させると、ようやく意を決したようで息を大きく吸った。

 早坂の目を真っすぐ見ながら、

 

 

(あね)さん!」

「……は?」

 

 彼女の事を滅茶苦茶困惑させた。

 

「自分、姐さんの事を誤解してたっす!」

「いや待って待って。どゆこと?」

「最初見た時はチャラチャラして不真面目な人なのかと思いこんでいたっすけど、今日の仕事ぶりを見て自分の見る目の無さが骨身に沁みたっす!」

 

 こがねは瞳をキラッキラさせて早坂の青い目をのぞき込む。

 早坂も役に立つ所を見せつけてあの余裕の顔を歪めてやろうくらいには思っていたが、まさかこんな事になるとは……。

 

「……ちなみにどういうとこ?」

「一番はアレっす、あの重たいテーブルを一人で持って行った所っすね。文句も言わず重い物を背負う姿に現場の魂を見たっす」

 

 重い物もったから偉いとか蛮族かな?

 

「そして内装を整える時のあの流れるような手付き、細やかな気遣い。僭越ながら言わせていただくっすが、この人なら五条の家の事を任せても大丈夫と思ったっす! だから姐さんを姐さんと呼ばせていただくっす!」

「え、ちょっと意味わからないんだけど。みぃ、みぃからも何か言ってよ」

 

 ずずいっとにじり寄ってくるこがねを手で制しながら、早坂は美城へ助けを求めた。この鹿苑こがねという少女は早坂より若干身長が高いので、圧迫感が凄い。

 その様子を『あらー』と他人事のように眺めていた美城は契約恋人の一言で当事者意識を取り戻した。

 

「こがね」

「はいっす」

 

 五条家の長男は、長年尽くしてくれている鹿苑家の末娘を見つめる。黒柴のようなくりくりした目が、じいっと見つめてくるのを受け止めながら少し考えて……諦めたように早坂の方を見て言った。

 

「懐かれちゃいましたね、愛」

「ちょっと!?」

「わーい! 姐さんっす!」

「くっつくなしー!」

 

 

 本日の勝敗 鹿苑こがねの勝利(姐さんをゲット)

 

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