五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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扉絵的な小話
 会計君と転校生①

石上「全く……生徒会だからって図書室にプリントを持っていけなんて……」

美城「……」キラキラ

石上(うわっ、あれが噂の転校生か。マジで真っ白なんだな。それに男の娘……)
美城「……」ジー
石上(住む世界が違うってこういう事を言うんだろうな。まあ僕には関係な……)

美城「石上君」

石上「はいっ!?」(話しかけられた? 何で僕の名前を……)
美城「生徒会会計の石上君ですよね。私、会長と同じクラスで話を聞いていたもので。すみません、驚かせてしまいましたね」

石上「ああ……会長と同じクラス」
美城「それで……少し聞きたい事があるんですけれど……」
石上「えっと、何でしょう」(何かとんでもない本でも探してるのかな?ユーゴスラビアの作家とか言われたら分からないぞ……)

美城「はだしのゲンを探してるのですが……」
石上「いや小学生か!」

 ―完―


五条美城は仲直りしたい

「おはようございます眞妃様、かぐや様」

 

 その日は雷雨が降りしきる悪天候であった。

 ざあざあと会話がかき消されそうなほどの水音に、時折轟く雷。愚痴をこぼしながら行き交う人々の中にあっても、いささかも陰りも見えないような真っ白さで五条美城は主人に挨拶をする。

 返って来たのは本日の雷のような鋭い目線だった。

 

「眞妃さん、あなたの所の女の敵が挨拶なさってますよ」

「何よ女の敵。期待させるだけさせといて最後に梯子を外す女の敵」

「ええと……」

「四条ではこんな風に女を扱えと教えているのですか?」

「美城、ほんっとこれだけは擁護できないわ」

 

 四条眞妃と四宮かぐやは、双方冷たい美貌の目元を更に尖らせて美城の方を見て言った。

 どうしたものか、と彼が考えているうちに、二人はこれ以上話す事は無いとでも言いたげに背中を向けて歩き去った。

 

「そもそも五条くんは優しさという物を……」

「美城の対人経験の少なさが……」

 

……

 

「ヨシ!(現場猫)」

「何が『ヨシ!』なんですか」

「あ、おはようございます。愛」

 

 指さし確認をしていると後ろから馴染みの声が聞こえてくる。美城は振り返って契約恋人の金髪を確かめると、いつものように挨拶をかわした。

 早坂の方が返そうとすると、遠雷が響いてきてその声がかき消された。

「っ!」とびっくりして肩を竦めた自分を恥じるように息を吐く。そして挨拶は諦めて早速本題に入った。

 

「切り替えが早いんですよ。もうちょっと主人に嫌われたなら落ち込む殊勝な心掛けを見せてはどうですか」

「雷にびっくりする所も可愛くていいと思いますよ?」

「話をそらさないでください」

「はい。……と言われましても、あちらを見てください」

 

 そう言われると指さしの形のままでいる美城の指のその先に早坂は視線を送った。

 四条眞妃と四宮かぐやが二人並んで歩いている様子が見える。今角を曲がった。

 

「あれがどうかしましたか?」

「私が愛に近づいた理由の一つですよ」

「ええと、眞妃様とかぐや様の仲を改善させる、でしたっけ」

「見ましたよね、あのお二人のご様子」

 

 人気のない廊下から美城の方に視線を戻すと、何だかウキウキした彼がそこにいた。

 

「愚痴をこぼしあうなんていかにも友人ではありませんか。こういう、ぽい所から本当になっていくんですよ」

「あなたの悪口で、でもですか」

「それになんの問題がありますか? ……まあ想定と違ったのは認めますけど……」

 

 二人が仲良くしているのは喜ばしい。それも嘘ではないのだろうが、反面自分に厳しい態度が向けられるのは、それはそれで辛いようで美城は少し俯いて指先を遊ばせた。

 

「対立部族が蛮族を追い払うために一致団結したヨーロッパの歴史ですか? では挙国一致のためにフン族であり続けてください。女の敵さん」

「一つ言いたいのですけど」

「何でしょう?」

「あのお二方が怒るのは分かりますよ? 私達が本当に付き合っていると思っているのですから。ですが、どうして愛も怒っているのですか?」

「フリですよ。この状況、一番怒っていないとおかしいのは私でしょう」

「それにしては今もどこか怒った様子……」

「気のせいです」

 

しげしげと早坂に無遠慮な視線が美城から放たれた。

 どこかいかり肩な気もするし、眉が吊り上がっている様にも見える。いつものすまし顔と言われればそうかもしれないが、幸か不幸か、彼は記憶力がいいのでそうではないとはっきり言う事が出来た。

 

「おはよーう愛ちゃん」

「お、朝から見つめ合ってラブいねー」

 

 表情の鑑定をしている二人の下に乱入者が飛び込んできた。早坂の友人、駿河すばると火ノ口三鈴だった。

 「雨やばー」と軽い話題を二三交わして、顎に手を当てて考え込む美城を不思議そうに見返した。

 

「ねえ何してんの?」

「睨めっこ? ファッションチェック?」

「いえ。確かに今日の愛はスカートの裾が濡れるのを嫌がったのかいつもより短いですし、まとまらなかったのか髪がくりんくりんですし、ネイルが彩度高めですけど、そういう話ではありません」

「すご」

「恐怖すら覚えるよ~……」

「じゃあ愛ちゃん何かあったの? 怒ってる?」

 

 怒ってる、は禁句だったのだろうか。美城に向けていた相貌を閉じると、首をわずかに傾けて考え込んだ。

 同じように二人も小首をかしげると、早坂と美城へ交互に視線を配った。

 

「いーや。なんでもないし。行こ、二人とも」

 

 ぱっといきなり目を見開いた早坂に一瞬あっけにとられた二人は、そのまま腕をとられて引っ張られて歩き出した。歩かされた、というべきか。

 

「愛、どうしたんですか?」

「その学年二位の頭で考えたら?」

 

 べー。

 からかうように舌を出してぷいっと顔を背けると、そこから振り返る事なく歩き去って行った。

 金髪のテールがふりふりと揺れている。

 猫が尻尾を振る時は不機嫌な証だそうだが、はてさて。

 

 

 

「という事があったんですけど」

「死ねって感じですね」

「言い方」

 

 昼休みの生徒会室で、美城は白銀御行と石上優に話を持ち込んでいた。

 さっそく石上の青春ヘイト先制攻撃がさく裂したが、柳のように受け止める。

 本来であるなら役員の二人は目前に迫った部活連の会合に向けて打ち合わせをしている時期なのだが、ある事情ですっかり余裕ができてしまい、こうしてお喋りに興じているという訳だった。

 

「五条の家が、長男が通うからって寄付金を増やしてくれたから今楽出来てるだろ。悩みくらい付き合ってもバチは当たらんだろ」

「それはそうですが……札束で頬をぶん殴られた気分を味わいましたよ、アレは」

 

 部活連の会合で一番頭を悩ませるのは『予算が足りない』という事だったが、この度転校してきたスーパーゼネコンの息子のおかげで労せず予算を引っ張ってこれたので、悠々とした時間を過ごせている。金の偉大さを理解させられた。

 

「で、どうしたらいいと思いますか?」

(っしゃオラざまぁみろ!と思ってます」

「石上声に出てるぞ」

 

 石上のヘイトの嵐吹き荒れる中、美城は気にした風でもなく紅茶を一口含んだ。喉を温めた所でゆっくりと話し出す。

 

「愛って秀知院の生徒には珍しくバイトをしっかり入れる子なんです。ですから、せっかくのお休みを貰えたなら、自分の好きなようにしたら良いんじゃないでしょうか?と言っただけなのですけど……」

 

 早坂家は四宮家の従者であるという事と、かぐやに勝ったら愛の休みをもらうという勝負の事を隠してざっくりと二人に伝える。嘘は吐いてないので良心は傷まなかった。

 

「それは簡単な問題だろう」

 

 白銀は少し安堵しながら美城の悩みに答えた。ゴリゴリの童貞である白銀でも、恋のABCに至る前の段階であるなら想像の範疇だ。

 

「休みがあるんだからデートに誘え、という事じゃないのか」

 

 確信めいた物を抱きながらはっきりと言い切った。

 傍から見れば五条―早坂カップルは仲良くしているように見える。これまで一度もデートに行った事がないという事実に驚いたほどだ。

 だったらもうデートしかないだろ、いい加減にしろ。

 

「ですが私とデートしたいかと聞いたら『怒るよ』と言ってきたんです。ですから友達とどこかに行ったり、ゴロゴロしてください、と言ったんですけど」

「ふむ……」

「僕答えていいですか」

「分かりますか? 優君」

「優君……?」

「ええ。一つ確認しますけど、早坂先輩には美城君から告白したんですよね?」

「そうですよ」

「美城君!? いつの間にそんな仲良くなったんだ!?」

「会長。話の趣旨がぶれるので」

「アッハイ……。怒られちゃった……」

 

 白銀は後輩に冷たくあしらわれてシュンとした。こんなにもしょんぼり。

 

「まあ会長の答えに付け加えるだけですけど。バイトが休みだと告白してきた彼氏に教えている。デートに誘うと怒ると言ったくせに今の方が怒ってる。だったら早坂先輩が怒っている理由は、【あなたの方が私の事好きなんだから、もっとそっちからガンガン誘ってきなさいよ】ですね、きっと」

「それ……いえ、うーん、そうなんでしょうか……?」

 

 優れた発想力を発揮した石上の答えに頷きかけるが、いやいやと頭を振った。

 普通の恋人関係ならそれで正解かもしれないが、生憎と五条美城と早坂愛は普通の恋人ではないので恐らく違うだろう。美城はそう思った。

 

「じゃあ聞きますけど、女性が『何でもない』と言ってたらどう思います?」

「女性の心理問題の初歩だろう。それは何かある、という事だろうな」

「では『怒るよ』と言っている女性は?」

「怒らないという事ですか……?」

「私の事は気にしないでー」

「それ絶対気にしろって事じゃん」

「乙女心という罠ですね、これは」

 

 そう言われると頷ける物があった。

 四宮家の人間とは言え早坂も女性は女性。デートに行きたいかどうかは置いておくとしても、デートに誘われなかったという事に怒ってはいるかもしれない。

 

「ありがとうございます優君。放課後に愛と話してみますね」

「頑張ってください。あ、悪い報告だけくださいね」

「石上ぃ!」

「会長には分からないんですよ……僕の気持ちが……! 見てくださいよこの美城君と言う男を。女と見まがう男の娘。天然物の白髪に赤い目。さらには超大型ゼネコンの長男。おまけに可愛い彼女までいる!

 

……僕には何もないのに……」

 

「げ……元気だしてください?」

 

 青春ヘイトと美城への個人的なヘイトが募りに募って石上は思わず涙を流した。美城と白銀が二人がかりで彼の背中をなでてあげたほどである。

 自覚無き陽による陰への“理解(わか)らせ”だった。

 人の幸せがこうも他人を傷つける刃になると美城は初めて知った。

 

 

 

本日の勝敗 石上の敗北

 

 

 

 

―――

 

 優君もああ言ってましたし、誘うだけ誘ってみましょうか。

 

 授業が全て終わった後のホームルームで、美城は彼にしては珍しく頬杖をつきながら、いまだ雨の降りしきる窓の外を見てそう思った。

 

 考えてみれば私と愛の関係性から、恋人らしい事をするのは迷惑かもしれませんけど、友人として遊びのお誘いの一つや二つしてもよかったのでは?

 ……まあ愛がこちらの事を友人と思ってくれているかは疑問符がつく所ですが。

 

担任の話を聞きながら、頭の片隅で考え事をする。ここ一月ほど同じ部活の仲間として方々駆けまわったり、普通に話に興じたり。彼の評価基準に合わせても、恐らく世間一般の評価基準に合わせても友人と呼んでいい親密さのラインは超えているだろう。

 だとすると、石上の言葉が俄然説得力を帯びて彼の中で存在感を放つ。

 確かに遊びに誘われないというのはかなり寂しい物がある。彼は晴れの日にはほとんど外に出る事が叶わない体であるが、一声もかけられないのはそれはそれで寂しい、という思いを何度もしてきた。

 

 では誘うとしてどこに行きましょう?

 

 美城は動けない場合が多い人物なので、いざ動ける時のフットワークが軽い人間だった。頭の中で出かける先の候補を一つ一つ上げていき、もし早坂愛が是として頷いてくれるなら、予約なり何なりをする算段をすでに立て始めた。

 

「……ではこちらからは以上だ。ホームルームを終わる。今日は雨風が強いから気を付けて帰るように」

 

 聞き流していた担任の連絡と諸注意が終わったようだ。委員長の号令によって礼をすると、教室はにわかに騒がしくなる。

 他のクラスはまだホームルームが終わっていないような静けさなので、美城は終わるまでクラスで待っておく事にした。

 これから部活に行く友人と、生徒会に行く幼馴染と会長にそれぞれさよならを言うと、ブルーライトカットメガネをかけてスマホを取り出した。短い時間見る程度だったら彼もこんな物はかけないのだが、今は他のクラスがどれくらい長引くのか分からないので、長丁場も覚悟で鼻っ柱に乗せるようにメガネをかけた。

 画面を眺めるのと、そのメッセージを受信したのは運命を感じるほど同時だった。思わず取り落としそうになった手を慌てて押さえて、落ち着いてメッセージを表示する。

 

「母さん……?」

 

 

―――

 

 

 二年B組に遅れること五分。A組でもホームルームが終わり、授業から解放された生徒達は銘々がこの大雨で狂った予定をどうしようかと話し合っている。

 早坂はもともと主人と同じ車に乗って帰るのだから、予定が狂うも何もない。ただこうも雨が降ると明日の庭掃除をするのもさせるのも面倒臭そうだ、くらいは思うが。

 その面倒そうな顔を変に受け止めたのか、すばると三鈴がニヤケ面を引っ提げて、早坂の席にするりとやって来た。

 

「愛ちゃん今日やっぱ機嫌悪いよねー」

「やっぱ愛しのみぃと何かあったんじゃなーい?」

「だから何もないし」

 

 やっぱり。予想通りの言葉に早坂は呆れる物を抱えながら、少し不機嫌そうに『ふんっ』と息を漏らす。

 怖い怖い、とそれ以上口を挟まないように二人はアイコンタクトを交わした。可愛い愛ちゃんが見られればそれでいいのだ。本気で怒らせたいなどとは思っていない。

 ……という生暖かい目で見られているだろう。早坂は優れた頭脳から友人二人の思考パターンを予測し、もう一度不機嫌な様子を見せようかと思う心を抑えた。

 

「私達さ、親が早く帰って来いって車出したからもう帰んなきゃいけないんだー」

「愛ちゃん送ってってあげようか? 一緒に帰ろうよ」

「はい残念、早坂はこっちに乗って帰りまーす」

「えーズルだズルだー」

 

 キャッキャと二人はスマホを片手にはしゃぎ合う。楽しそうな二人を見ると一緒には帰れない自分に申し訳なさも立つが、かといってかぐやを放っておく訳にもいかないのだ。従者の辛い所である。

 

「ごめ~ん。どうせ大した事無いんだろうけどー、一応ボラ部に顔だしときたいしー」

 

 こういう時に部活はいい名目になってくれる。

 顔を合わせなければならない契約恋人の事を思うと、昨日から胃の中に悪いバターを使ったトーストを食べた後のようなムカつきを覚えるが。ヤギ乳のバターみたいな色の髪しやがって。

 何かを言いたそうな二人は口を開きかけて、スマホがやかましく鳴り響いたので、やめた。

 お迎えが来たようだった。

 

「じゃあ私達帰るけど、今日の内にみぃ君と仲直りするんだよ~」

「うっさいし!」

「えへへー。じゃーね」

 

 最後に言いたい事だけ言い放って、ぱたぱたと慌ただしく二人は駆けて行った。

 しかし、三鈴は仲直りしろと言ったが、そう言われてもどうすればいいのか分からないのが早坂の正直な所だ。

 そもそも、事の発端はかぐやが実状はどうあれ美城の為にあげた早坂の一日を、あろう事かそのまま早坂に返して好きにしてくださいと言った事にある。

 何だやっぱり私悪くないじゃないですか。

 謝るべきは向こうである。うんうんと一人納得しながら彼女はボランティア部の部室に足を運んだ。

 電気が付いていない。おかしい、と思いながら扉を開けると、前の授業で使った痕跡の残っている室内の様子が目に映る。美城は来ていない。

 何かあったのでしょうか?

 早坂はすぐにスマホを取り出すと、美城からラインが来ている事にいまさら気が付いて、急いで開いた。

 

『今日、父が出張から帰って来るので母と迎えに行ってきます』

 

 ……心配した自分が馬鹿らしかった。

 親元に住んでいるのだから、親と何か一緒の用事があるというのは当然だ、仕方のない事である。自分やかぐやと違って親子仲が良いのは素晴らしい事だ。

 

 早坂は真ん中の冷たい席にそっと腰を下ろした。

 教室には少しの湿っぽい空気に乗って、チョークの石灰臭さが漂っているような気がした。

 すん、と鼻で息を吸い込むとそれがより感じられて、掃除担当を心の中で叱りつけた。

 四宮家であったなら首が飛んでいるに違いない。

 そんな得にも何にもならない事を考えながら、机に寝るように体を倒した。窓から時折稲光が走る鉛色の空を見上げる。

 ぱっと閃いて消えた光に数瞬遅れて『ピシャァ!!』と雷鳴が轟くと、分かっていたはずなのに驚いて肩を震わせた。

 

「可愛いと思いますよ?」

 

 と、誰かさんに笑われたような気がして、思わず顔を上げる。

 もちろん錯覚だ。今頃彼は母親と一緒の車で父親を迎えに行っているはずなのだから。

 羨ましくない、と言えば嘘になる。彼女の両親は今も京都の四宮本邸で働き詰めで、年に数えるほどしか会う事が出来ないから、悪天候の日に迎えに来てくれるという普通の事も遠い出来事に感じられるからだ。

 一人はつまらないと思った事はさほど無い早坂でも、雷鳴に一人震えている状況は、つまらないというか、侘しさのような物を感じざるを得ない。

 

 こういう時、いつもはどう暇を潰していましたっけ?

 

 分かり切った事のようにスマホを取り出すと、秀知院裏サイトにアクセスして、何か役に立つような噂話が無いか探してみる。

 数分眺めてみるが、分かる人にだけ伝わるように書いてあるのだから当然だが、どうにも散文的で脈絡のないような文ばかりが続くので、早坂はあくびをした。

 いつもなら『tとmというアルファベットは、前後の文脈を見るに一年の竹中君と三奈さんの事ではないでしょうか?』とどこから仕入れたのか分からない情報を補足してくれる人がいるのだが。多分こがね辺りが口を滑らしているのだと思う。

 

 タブを消して、彼女自身が一番興味のある電気機器のページを開いた。数か月後に迫った最新機種予約のニュースから、四宮の半導体関連企業が新しいCPUを開発したという身近な事までを一通り見て、他企業との比較をしながらその性能差にご満悦の表情を浮かべる。

 しかし……

 

『……という訳で、国内スマホも捨てた物ではないですよ』

『愛ってものしりですね』

 

 披露した蘊蓄にそう言ってニコニコ笑顔を向けてくる人がいないのは、やはりどこかつまらない物だった。

 オタクというのは話したがりなのだ。主人のかぐやはこういった事に興味がないし、友人二人にこういう話をすると引かれそうで、そうなると話せる相手というのは美城になってしまう。

 何でしょう、既視感が……。

 さきほど思った事と似たような事が過去にあったような気がして、動画サイトを開きながらワイヤレスイヤホンを同期させて耳に入れ、物が破砕されて行く様子や動物が大暴れするやたらバイオレンスな動画を見ながら記憶を辿った。

 煌びやかな飾り羽を持った鳥のオス同士がメスを巡って争っている動画を見ていた所で、ようやく思い出す。

 

『しょせん男は下半身で動く生物なのです』

『早坂ものしり!』

 

 まだ小さかった頃に、かぐやが頼ってくれるのが嬉しくて、ついつい口走ってしまう過去の自分と同じなのだ。

 はぁぁ……と早坂は進歩の無さに嘆きの吐息を漏らした。

 仲良くなりたい相手に、同じような事しか出来ないのは、恐らく正しい意味での友情を育んでこなかった自分のせいである。

 

 ……友情。

 友情か……。

 

 何て軟弱なと思いながら、殊更に否定する気も起きないのは、早坂愛は五条美城に奇妙な友情を抱いている証に他ならなかった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「みー君、早坂の娘とは別れなさい」

 

 穏やかなクラシックが流れる広い車内で、五条美城の目の前に座る女性はそんな穏やかでない事を言い放った。美城によく似た顔立ちの、黒い髪に黒い目をした人だった

 

「母さん、どうしたんですかいきなり」

 

 突拍子もなく感じる言葉に、美城はそう応える。

 美城が母と呼んだ女性、五条静花(しずか)は可愛らしく小首をかしげた妖精のような長男に、少々の後ろめたさを感じながらも、もう一度同じ事を言った。

 

「早坂愛……でしたっけ? その子とは別れなさいと言ったの」

「要が何か言いましたか」

「カナちゃんが何を言ったかは関係ないわよ?」

 

 疑問をぶつけてきた長男に、静花はお返しとばかりに小首をかしげ返す。

 

 五条静花。五条建設、前当主・五条健三(けんぞう)の長女であり、現当主・五条彰男(あきお)の妻である。

 幼・小・中・高・大とすべてを秀知院で過ごした、生粋の箱入り娘であった。少々世間知らずな所はあるが、かつては生徒会の役員を務めた事もある才女である。

 

 夫の五条彰男は旧姓を恒村といい、他企業で企業再建に従事していた人物だった。

 五条の苦しい折、健三にその才能を買われて引き抜かれ、しがらみのない外部の人間らしく不良債権を剛毅果断にも切り捨て、財務の健全化をもたらした優秀な男である。当時秘書課に勤めていた五条静花にも気に入られ交際し、婿養子として五条家の一員になる事を選んだ、義理の固い男でもあった。

 ちなみに彰男と静花の歳は十八離れている。妻の方が年下だ。

 

 

「それでは母さん。どうしてそんな事を言うのか教えてくれますか?」

 

 静花は十七年経っても相も変わらず綺麗で可憐で美の化身みたいな真っ白な長男が、少し眉を顰めながら言う言葉を胸を弾ませながら聞いていた。

 

 反抗期よ反抗期! かわいー!

 

 彼女は親バカだった。

 

「コホン……それはみー君も分かってるでしょう? 早坂は四宮の一員だからよ」

「分かりかねます」

「そう。じゃあ一つ、昔話をしましょうか。

 

  昔々、ある所に財閥の息子と御付きの女の子がいました。

  息子は冷たくて冷酷な人で周りの人を道具として見るような男でしたが

 唯一御付きの女の子とは道具ではなく、人としてお互いに信頼関係を築いていました。  

 ていました。

  二人はどんな時も仲良しでした。

  しかし、ある日の事です。

  息子は自分と御付きの女の子しか知らないはずの出来事が外に漏れている事に気が付きました。

 気が付きました。

  息子はどこかにいるはずの犯人を捜しました。

  ですが探しても探しても裏切り者は見つかりません。

  それもそのはずです。

 

  だって、裏切り者はずっと一緒にいた女の子なのですから。

 

  信頼していた人に裏切られた息子は心を閉ざしてしまいました。

  冷たい心にもあった、人を信じる心。

  それをなくした息子は、立派な“四宮”になりましたとさ」

 

 ちゃんちゃん。

 朗々とした語り口で『昔話』を話し終えると、真剣な眼差しをしている美城に付け加えるように言った。

 

「女の子の名前は、早坂奈央って言うの」

「もしかして……」

「そう。あなたの愛ちゃんのお母さんね。同級生だったのよ?」

 

 言うべき事は言った、そう思いながら五条静花は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一口飲んだ。

 

「同じ事が起こる、と母さんはお思いですか?」

「そうね。今学校に通ってる四宮……」

「四宮かぐや」

「そう、かぐやちゃんね。その子はみー君から見てどう?」

「どうとは? 勉強にも運動にも非常に優れた才覚を発揮される方と思いますけど」

「そうじゃなくて、性格とか振る舞いはどんな感じ?」

「性格ですか……? 中等部から高等部の一年までは『氷のかぐや姫』と呼ばれていたそうですが、私が見るかぎりは優しい人に見えますけど。毅然とした振る舞いに憧れている女生徒も多いですし」

 

 色々な噂を聞いた事があったが、良い人なのだと思う。そうでなければ色々言われるが性根は善人の藤原千花が懐く訳が無い。それに紀かれんと巨瀬エリカもただ美しいだけの女に憧れるほど、審美眼の無い人に美城には思えないのだ。

 しかしその言葉を聞くと、静花は非常に気の毒そうな表情をして天を仰ぐ。

 

「可哀そうに……」

「優しいのはいい事ではありませんか?」

「四宮じゃなければね。……いい? 四宮の子供達だって何も全員が最初から“四宮”らしくあった訳じゃないのよ。優しい人であるなら潰し、慈悲深い人であるなら踏みにじり、逆に不合理なほどの合理主義者に仕立て上げる。それが四宮の教育なの。そのために甘さとか優しさはいらない。優しいなら優しいできっとそれを奪われる。……そんな人達に近づいて欲しくないの、お母さんは。だから変な影響を受ける前にその子とは別れてちょうだい」

 

 単純な好き嫌いで言っている訳では無い事はすぐに理解できた。

 美城は基本的に甘やかされて育った人間である。親にこうしろああしろと言われた事はほとんど無い。そんな母親が自分にこうしろああしろと言ってくる。それだけで事態の深刻さは分かった。

 

「愛も将来かぐや様を裏切ると?」

「『将来』じゃない。今もその子は裏切っているわよ。早坂家か、四宮兄弟の誰の指示かは知らないけどね」

「そんなはずは……。愛は主人(かぐや)と良好な関係で、とても裏切るとは思えません」

 

 それは素直に出て来た言葉だった。少なくとも美城が今まで見て来た早坂愛という少女は、主人たるかぐやのためにあらゆる労を惜しまない人物である。ちょっと会話に寸鉄を忍ばせてちくりと刺す事はあるが、それは仲の良い証左ではないか。

 そう思っていると、静花は母親らしく慈愛に満ちた瞳をしながら、そっと美城の真っ白い頭を撫でた。

 

「みー君。どんなに可愛くても、やっぱりあなたは男の子なのね」

「どういう事でしょう?」

「女の事を一面だけ見て決めつけるのは危ない事よ。あなたに良い所だけ見せ続けるなんて、簡単な事なんだから。ましてや四宮の女なら、なおさらね」

 

 それを言い終わると同時に、図ったかのように車が停まった。東京駅に着いたのである。

 美城は何かしら反論を述べようかと思ったが、何でも言ってごらんなさい、とばかりに余裕の笑みを浮かべた母親に勝てる術が思いつかず、傘を手に取って席を立った。

 個人的な嫌悪と、家としての嫌悪。二つの晴らし方は、美城でも分からなかった。

 

 五条が四宮を嫌うのは、何も四条の傘下であるからだけではない。

 五条建設は、四宮の土木建設部門とは大型公共事業の入札の札を取り合う仲であり、幾度となく四宮の妨害に晒された事もある。不倶戴天の仇と言っても過言ではなかった。建設業界でこれほど不仲な事も珍しい。

 建設業界は大手であっても構造物(橋、トンネル、ダムなど)の得手不得手が生じる事が多く、各分野に秀でた企業と協力するJoint Venture、略してJVと呼ばれる組織を組む事も多い業界である。例えば横浜スタジアム建設の際は、早期完成を図るため十一社のJVが結成されたと言われている。

 だが五条は少なくとも1951年にJVという制度が出来てから四宮と手を結んだ事は一度も無かった。

 ある意味、四条よりも年季の入った四宮嫌いである。そして静花はその五条の前当主の長女なのだ。その心中は推して測るべしと言うべきか。

 母親の半分も生きてない自分が、どうして偉そうな事を言えよう。

 早坂愛は、たかだか契約で結びついた恋人である。

 本気になる必要がどこに……

 

「母さん……」

 

 深紅の傘を広げて前を行く母に、美城は力なく呟いた。

 

 けど……

 それでも……

 何か、彼女の為に言い返したい気持ちは嘘では無い。

 それは、五条美城は早坂愛に対して奇妙な友情を感じている証に他ならなかった。

 

 

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