五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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冬はそんな好きじゃないけど冬優子はすこ


四宮かぐやは掴みたい

 東京都は世田谷区。いわゆる都心と呼ばれる三区から少し離れたこの地の、それも安アパートの立ち並ぶ地区を似つかわしくない高級車が走っている。

 

(ここが会長が育った町……)

 

 その車内で窓の外を感慨深そうに見つめる少女がいた。

 四宮かぐや、その人である。

 彼女は今日、神奈川県で行われる海岸清掃のボランティアに参加する為に、白銀御行を迎えに行く真っ只中であった。

 そんな直接的な行動に移れるのなら、最初からそうしろと言われるかもしれないが、こうなるにあたって、彼女の侍従・早坂愛の尽力が無ければ、ここを走っているのは五条の車だったであろう。

 

 それは今から二日前――

 

「私が会長を迎えに行けですって!? 早坂、本気で言ってるの?」

 

 間近に迫った海行きを前に、早坂が『お車には一人で乗って、会長を迎えに行ってください』と言った事に端を発する。

 一人で行く、つまり車中は二人きりという事で(運転手は含めない)、これは風邪を引く羽目にあった一幕のリベンジとも言えた。しかし、当然それに易々と頷くようなかぐやではない。

 また始まった。

 早坂はいつもの屁理屈をこねだした主人にどうしようもないと呆れながら、自分の提案した事についての説明を始める。

 

「冗談でこんな事言いませんよ。いいじゃないですか迎えに行ってさし上げれば」

「朝から車を出してわざわざ世田谷区まで行くなんて……そんなの私が一緒に行きたいみたいじゃない!」

「違うんですかー」

「違います。あくまで今度のボランティアは地域の環境の改善する事を目的とした物でしょう? そんな浮ついた気持ちで行くなんて、不純よ!」

「そうですか。一時間一緒の車内にいられるのに」

「うっ……」

「雑談をするでしょう。夏の予定はどうですか?と自然な流れで聞きながら、そのお得意の頭脳戦で会長の予定を丸裸にしてしまえばいいじゃないですか。丸裸に」

「裸裸言わないで! ……そうよ、マイクロバスでも出せばいいんだわ。そうして隣に座れば自然な成り行きでしょう? あなたはどうせ五条くんと座るのだから、必然的に会長の隣に座るのは私になるのだし」

 

 瞬時にここまで考え付いたかぐやの計画性に、早坂は舌を巻きそうになる。いらぬ所で天才を発揮しないで欲しい物だ。

 天はこの少女に二物も三物も与えたが、この小賢しさは無用の長物ではなかろうか。

 一緒に乗れば……とさらに付け加えようとした早坂だったが、このまま言い続けても頑なになってしまったかぐやには通用しないだろうと、長年の経験から分かっているので手法を変える事にした。

 

「いいんですか、かぐや様?」

「何がですか? 何も問題はないでしょう。余裕のある家が車を出す、そんなのどこの世界でもやっている事じゃない」

「それはそうですが、ではいいんですよね?」

「なんですか、そのもったいぶった言い方は」

「私とみぃが一緒に座っても良いんですよね」

「そんなの当然でしょう? 当たり前の事聞かないで」

 

 そもそもかぐやのマイクロバス案は早坂と美城の恋人が隣に座り合う事を前提とした作戦だ。それを覆されては困る。

 

「良かった。今日のお客様にこの石を褒められたから、早いうちに顔を見てお礼を言っておきたかったんです」

 

 そう言うと感慨深げに目線を下におろして、襟元に輝く蒼い石を見つめた。

 今日四宮別邸に来た客人はファッション会社を経営する女社長で、多少のおべっかはありそうだが、早坂の凛とした立ち姿に涼やかな青のサファイアは良く似合うと褒めた一幕があったのだ。

 その石の送り主と同じ様な手法をとっている、とかぐやは表に出さないが少しばかり愉快な気持ちになり、いつもより楽しく事が済んだというこちら側の事情があった。

 

「私自身も利用するブランドの社長に褒められて、顔には出しませんでしたが嬉しかったですよ。みぃに喜びの報告ついでに……」

 

 早坂は、右の人差し指で唇をそっとなぞる。

 派手ではないが、艶やかなグロスが妖しく光った。

 

「キッスでもしてしまうかもしれませんね」

 

 くすくす、悪戯っぽく早坂は笑うと、少しだけ首を傾げて豪奢な金髪のサイドテールを揺らした。

 女のかぐやでも少々どきりとさせられる、艶姿といっていいような不思議な色気を放っていた。

 これは、やるかもしれない。

 

(これが私と会長が乗るバスの前だか後ろだかの席にいる? 事情を知らない会長がいるからギャルモードの高い声で、あの甘やかし放題の五条くんにべったりする早坂が?

 もし本当にキッスでもしよう物なら……)

 

 ……居た堪れない。

 非常に居心地が悪い。

 慎みが無いと叱るのは簡単だが、それは何とも僻みっぽい。

 

「さあ、バスの準備でも致しましょうか。かぐや様と会長、私とみぃが乗れる六人乗りの……バスというよりバンですね。用意させておきます」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 着々と準備を進める早坂に、かぐやは待ったをかける。

 

「はい。何でしょう?」

 

 知り合いのイチャ付きを傍に、永遠にも感じられそうな一時間を過ごすか。

 気になる人を傍に、一瞬にしか感じられないような一時間を過ごすか。

 これはそういう二択を迫る、早坂の最終定理であった。

 

「……あなたは五条くんの車に乗って行きなさい。私が会長を送っていきます」

「かしこまりました。みぃから会長を説得してもらうので、そちらの方は心配しないでください」

 

 かぐやが選んだのは一瞬にしか感じられない一時間の方であった。

 その言葉に早坂はカーディーラーに車を用意させようと考えていたメールの文面を消去して、すぐさまスマホを美城につないだ。

 あまりの切り替えの早さに、最初からこの事態を念頭に置いて話していたのではないか、とかぐやは侍従に疑いの目を向けるのだった。

 

――という事があり、かぐやは今こうして白銀の住所に向かって車を走らせている。

 

 それでも抵抗がないと言えば嘘であったが、これはカップルと相乗りして気まずい移動時間を過ごす事になりそうな彼を助けるためと思えば、飲み込める程度の物だった。

 

「止めて」

 

 とある公園を横切るという所で、かぐやは運転手に指示を出した。すぐさま首肯を返すと、慌ただしくも、反動を感じさせないブレーキ捌きで公園の出入り口に停車させた。さすが四宮の運転手といった所だ。

 

「ここで待ってなさい」

「かしこまりましたかぐや様」

 

 白銀の家まではもう少し距離があるが、ここは彼が選んだ待ち合わせ場所である。それは、家の前まで来る道は狭いからという彼の気遣いもある事は間違いないが、本当の所はかぐやにあのボロアパートを見られたくないという見栄でもあった。

 

「四宮」

 

 声が聞こえる。

 気安く自分を呼ぶその声に振り返ると、いつもの学ランに身を包んだ白銀御行の姿があった。暑そう。暑い(確信)。

 妹の圭に『海に行くのにその恰好は無い』と何度も言われたものの、秀知院の生徒として奉仕活動に参加する表明だと突っぱねて出て来た結果の、威厳ある黒の出で立ちだった。

 夏休みに会えた嬉しさをそのままに、かぐやはふんわりと微笑んで、

 

「会長、おはようございます。今日は頑張りましょう」

「おはよう。今日は真夏日に迫るそうだ。気を引き締めていこう」

「ふふふ、会長、気合十分ですね」

「そうか? ……恥ずかしい話だがボランティア活動なんてのは近所のアーケード街のゴミ拾いくらいしかした事が無くてな……」

「あら。立派なことですよ」

 

 いつものような……というには少し地に足が付かないような心地で会話を楽しんでいた。

 

「さあ行きましょうか。車を待たせてあります」

「すまないな、わざわざ」

「いえ、これくらい大した事ではありません」

「とは言ってもだな」

「では会長、五条くんと早坂さんの間に挟まれて一時間過ごす自信が御有りですか?」

「勘弁願いたいなそれは……」

「早坂さんは五条くんから最近プレゼントを貰ってご機嫌なようですけど」

 

 馬に蹴られそうだな……と白銀は小さく呟く。それにふっと息を漏らして笑うかぐや。

 

「行くか」

「ええ」

 

 あまり待たせては悪いと二人に共通認識が芽生えたからか、驚くほどすっとその言葉が出て来た。

 

(ドライブデート……と言っていいんだろうか)

(会長と二人きり!? いえこれは真面目な……ボランティア活動ですからね。そういうのは違いますからね!)

 

 空は晴れて風は無く、今日の海は穏やからしい。

 それとは裏腹に大しけの心模様を抱えた二人を乗せて、四宮家の車はゆっくりと走り出した。

 

――*

 

 白銀は若干の気負いをその肩に乗せたまま段々近づいて来る海に想いを馳せていたが、どうやら杞憂だったようだと肩の荷を下ろす。

 同じように海岸清掃のボランティアに参加している人達は、子供を連れた家族や自分達のような友人同士、年配の方々のグループもあれば、一人で来ている若い人の姿もあった。

 かなりカジュアルに参加できるボランティア活動のようで、手ぶらで参加している人の姿も見受けられる。

 

「実は私、ボランティア活動に参加するのって初めてなのよ」

「そうだったんだ」

「翼君は?」

「僕は少しだけ。って威張るような事じゃないね」

「ううん。立派だと思うわ」

「ありがとうマキちゃん」

 

 このようにカップルも来ているようだし、参加する意思以外はハードルの低い良心的なボランティアで……ん?

 

「眞妃さん? どうしてあなたがここに」

「げ、おば様……」

 

 かぐやは既視感があるというか、つい最近聞いたような声がするので振り返って見ると、やはりというか四条眞妃が、彼氏の田沼翼と連れ立って歩いていた。

 むっとするような夏の午前、ここだけピリッと肌を刺すような空気が生まれる。

 

「あ、会長おはようございます」

「お前も来てたのか」

 

 そのようなしがらみが何もない男子は能天気な挨拶を交わしているだけであった。

 

「げ、だなんて四条は挨拶をそのようにするよう躾けているのですか?」

「まさか。おはようございます“おば様”、今日の良き日に会えて嬉しく思いますわ」

 

 眞妃は友人の紀かれんのような穏やかさを纏ってみせて、かぐやに丁寧なお辞儀をした。

 闇の帝王がするような形式ばったお辞儀だが。数歩下がったのちに何らかの呪詛を唱えそう。

 

「それで、どのようなご用向きで今日こちらに?」

「見れば分かるでしょ? ボランティアよ。人がいないからって言うからわざわざ湘南くんだりまで来たんだから」

「……五条くんが?」

「何? 文句が……今、五条くんって言ったわよね」

「ええ」

「あの子……!」

 

 眞妃は自分を呼んだ美城の事と、そしてかぐやから出て来た『五条くん』という言葉で、何となく……いや、確信に近い物を抱いて彼の画策している事を思い描いた。

 ごくごく小さい頃、まだ四宮という物が分かっていなかった時に、眞妃は幼く素直で純粋な気持ちのまま、かぐやという少女と仲良くなりたかった。相手だってそう思って手を伸ばしたかもしれないのに、事もあろうにそれを自分から振り払ってしまった過去が、小さい棘のように突き刺さっている。

 当然それは、美城に話した事でもある。その不満を解決しようと彼なりに考えてこの場を用意したのだろう。

 

「余計な事を……」

 

 そんな小さい頃の話を持ちだして、わざわざ神奈川まで来るバカがいるか。しかも彼自身は今日のような太陽の光が大の苦手というのに。

 

「お待たせしました」

「遅いわよ美城! 今日はどういう……つもり……」

 

 

 /▼益▼\ <コーホー

 

…………

……

 

「……?」

 

 振り返ると、そこに現れたのは真っ黒な兜、真っ黒なマント、真っ黒な上着に真っ黒なズボン、真っ黒な小手に、とどめに真っ黒なブーツ。

 という、とにかく真っ黒ずくめな衣装に身を包んだ人物だ。オタクでももうちょっと他色を混ぜるぞ。

 眞妃はこの人物が美城である事を声と背格好から疑ってはいなかったが、それでも首を傾げるに充分すぎる恰好をしていた。

 というか他人であって欲しかった。

 昔からの友人がこんな珍妙な服を着てボランティアに参加するはずが無い、と思いたかったからだ。

 すっ、とその重厚な小手に覆われた右手を目の前の人があげると、男子二人がゴクリと固唾を呑んだ。何故……?

 

 

/▼益▼\<May the force be with you.

 

「「う、うわあぁぁぁぁダースベイダーだぁぁ!!」」

 

 男どもは大はしゃぎで目の前に現れた黒の騎士に飛びつく。

 目を覚ませそいつが共にあるフォースは暗黒面だぞ。

 

 かぐや、眞妃は真顔になった。

 かぐやは映画なんて物は、超の付くそれも芸術性の高い映画しか見た事が無いので、コテコテのエンタメ映画は守備範囲外である。

 眞妃は普通に知っているが、知っているからこそ真顔になっているのだ。

 男女のギャップに苦しむ一幕であった。

 

/▼益▼\「今日は遠路はるばるお越しいただき感謝します。マキマキーン様」

 

「マキマキーンって何!?」

 

 マキマキーンは叫ぶ。訳も分からずいきなり暗黒卿の立場に立たされていた。

 後日、翼と一緒にSWを通し見した時に『絶対私の方がライトサイドの人間でしょ!』と憤慨した事をここに記しておく。

 

「ちょっと愛!? 愛! いるんでしょ出てきなさい!」

 

 眞妃はコーホー呼吸音がやかましい幼馴染を無視して、そばにいるはずの彼の恋人を探した。

 恐る恐ると言った感じで黒の後ろから早坂愛がそっと顔を出す。申し訳ないというか、恥じ入るような顔をしている。美城がこの恰好をしようとしている所に立ち会いながら、止められなかった自分に思う所がありそうだ。

 

「や、やっほー皆。今日はありがとー」

 

 真っ黒の出で立ちの後ろから、金髪碧眼の美少女が出てくる絵面はまさに悪役ここに極まれりといった風情があった。

 

「おいやべーよベイダー卿自らレイア姫を送ってるじゃねーか」

「ここはタトゥーインだった……?」

「行くぞクロ銀トル行」

「いや誰がクローントルーパだよ、せめてストームトルーパーにしてくれ」

「フォース(浜辺)にバランスをもたらすのだ」

「ベイダー卿昔のこと忘れられてないんですね」

 

 男どもは遠い昔、遥か銀河の彼方で起こったはずの物語の設定から抜け出せないようだ。無視する事にした。

 

「何なの美城のあの恰好は? あなたと言うものがありながら」

「申し訳ありません眞妃様。ですがアレは夏の日差しに負けない防護服だと言われると、みぃの体質の手前強くも言えなくて……」

「それを言われると私も弱いけど……」

「ですがあんな恰好だと余計熱いでしょう?」

「いえかぐや様、あれはファンが付いている空調服ですから、中の気温は快適に保たれてるんです」

「あのコスプレにそんな機能が!?」

 

 最新技術の粋が、あんなコスプレ衣装に用いられているとは驚きだ。正しく技術の無駄遣いといった所である。

 空調服は屋外での作業が多い建設業界でよく使われていると、そう聞いた事が女性陣にもあったが、

 

「あ! 二人とも、鎌倉武士の恰好した人達も来てますよ!」

「時代劇とジェダイ劇が混じり合って訳分からん事になるから止めとけ」

 

 あんな喜ばれ方は本来の目的から大きく逸脱しているに違いなく、眞妃かぐや早坂の三人は氷の三連星になって男連中に冷たい視線を送っていた。

 帰って来た男連中がその白けた目線に気が付くと、一番に白銀が口を開く。

 

「おいおいここはいつから氷の惑星ホスになったんだ?」

 

 何だこいつら無敵か?

 女子の心は一つになった。

 

 ☆

 

 ボランティアを主催するNPO団体の会長が、子供達の興味が他に移らない程度の短い挨拶をすると、参加者全員にゴミ袋が配られ海岸清掃は始まった。

 ぱっと見た限りではゴミが散見されない綺麗な浜辺であったが、少し砂を掘ってみるとビニールゴミに煙草のフィルター、持ち帰られなかった花火の残骸などがわんさか出てくる。

 そもそもここは花火禁止の浜のはずなのに、どうしてこんな事が平気で出来るのだろうか? と、白銀や素朴な翼は自然と強い憤りを感じていた。

 

「という事を感じさせるためにも、こう言った活動は行われているのだろうな」

「ええ。参加してみないと分からない事もありますね」

 

 白銀の感想に、かぐやは深く頷いた。

 本音の所では清掃員を雇えば雇用も生まれて海岸も綺麗になるのでは、と考えていたのは彼には絶対に内緒である。

 そんなバツの悪さを誤魔化すように、かぐやは精神的な物ではなく、もっと即物的な利益の方に白銀の目を向けさせた。

 

「会長、もう一つの方は忘れてはいませんか?」

「流木拾いだろう。忘れてないさ」

 

 今日入っていたバイトを休むに至らせた二つの利益の内の一つを、彼は煙草のフィルターをゴミ袋に入れながら確認する。もう一つはもちろん四宮かぐやと出かける事だ

 

「五条はつまらん嘘を吐く奴じゃないのは知ってるが……これがそんなに売れるのか?」

 

 ひょいと波打ち際に寄せていた片手で握れるくらいの大きさの流木を拾い上げながら、疑わしい目線をその棒きれに向けた。

 

「私の家にある熱帯魚の水槽には、それくらいの木を入れて景観を作り出していますよ。売値で二千円程度……ですから買値は五百円ほどでしょうか?」

「マジで!? これがそんなにするのか……」

 

 その話を聞くとぞんざいに握っていた流木を丁寧に握りなおした。

 これが売れれば白銀の一日分の食費が余裕で賄える事に戦慄すら覚える。木が高いのか白銀の食費が安いのか。

 

「もう少し大きければそう言った置物だけでなく、芸術家の作品の材料として買い取ってくれるそうですから、買取額が増えていくでしょうね。十万を超える物は無いと五条くんは言っていましたが」

「いや充分すぎるだろう」

 

 そんなとんでもない木がこんな海水浴場に流れついてたまるか。ゴミ袋とは別に美城から借りている背負子に流木を入れながらそんな事を思った。

 

「そうですね。十万は言いすぎですけど、どうせなら価値のある物を拾いたいですね。勝負しましょうと言われてしまったからには、やはり負けたくないですし」

 

 かぐやは先ほど白銀が拾った物よりも若干大き目の木を拾い上げて、笑顔でそう言った。

 

 ボランティアが始まる直前に、三組に分かれてゴミ拾いをしようと提案してきたのは美城だった。流木の買取価格で勝負しましょう、とも言ったのは彼である。

 固まっていると効率が悪いとか、眞妃と翼組とかぐや白銀組は二人きりになりたかった事もあり、三組はめいめい別の所へ向かった。

 美城がそれを言った一番の理由はあまりにも美城が目立ってしょうがないからという100%自分に寄る所であった。今もゴミ拾いの傍ら写真を求められている。早坂なんてカメラ役をやらされていた。

 アレを見ると早坂と美城組は最初から勝負の舞台に立っていないので、眞妃と翼組との一対一になるだろう。

 負けてもいい、とはかぐやの処世術であるが、勝敗が白銀の利益につながるならそんな術はかなぐり捨てても構わない。

 とはいえ流木拾いなんて一にも二にも運が物を言う事柄だが。

 

「会長、あちらに行ってみましょう。河口に近い方がより多くの木が流れ着いているかもしれません」

「そうだな。ゴミも流木も川の流れに乗ってここまでくるだろうし、一緒にゴミも拾えるか」

 

 会長ったら自分の利益を横に置いてボランティアに夢中になるなんて……そう言う所が好……コホン……好感が持てるんですよね。

 

 危なかった。

 好きの垂れ流しが行われる所だった。

 キラキラの初恋が河川に流されて土壌と水を汚染し生態系に悪影響を及ぼしかねなかった。メスが求愛を受け入れるまでに一年くらいかかりそう。

 かぐやは先導する形で浜辺の河口寄り側に歩いていく。道中落ちているゴミを拾う事も忘れない。

 

 先ほど流木拾いはしょせん運が物を言うと書いた。

 しかし、四宮かぐやという少女が、運否天賦に身を任せる事を良しとする人物だろうか?

 答えは否である。

 

「これは酷いな……」

 

 浜を横切って岩を乗り越えた先、人がほとんど寄り付かないここには、目を引くゴミが散乱していた。ボロボロのブルーシートが、何か大きな物に引っかかっている。傘が飛び出した中身が詰まったゴミ袋がいくつか転がっていた。

 

「本当に……ですがお手柄ですね会長」

「いや、四宮がここに行こうと言ってくれたからだ」

「たまたまですよ」

 

 嘘である!

 この女、前日に現地入りしてこの状況を作り出した張本人である。

 わざわざ別邸から持って来たゴミを置いておき(海に流されないように配慮しながら)、人が入らないように別邸の人間をうろうろさせていたのだ。

 もちろん早坂も加担している。

 加担しているし何ならゴミの散乱具合までプロデュースしている。プレス機の動画を見続けていた成果がこんな所で出てくるとは彼女自身予想だにしていなかった。チャンネル登録をダブルクリックしたほどである。

 

「まずこのブルーシートからどかすか」

「反対側を持ちますね」

「気をつけろよ。古い廃材とかで尖った部分があるかもしれないからな」

「分かりました」

 

 配布された軍手を気を付けて嵌めなおすと、ボロボロに解れたブルーシートの端を持ってゆっくりとはがしていく。

 

「これは……」

 

 シートをはがした後に露わになったのは、白銀の胸の辺りまである大きさの、枝ぶりの立派な流木であった。

 

「やりましたね会長。これで勝負は貰ったも同然です。運が良いとしか言いようがありませんね」

 

 嘘である!

 当然、この流木もかぐやの差し金に寄る所である!

 四宮別邸で大規模な剪定を行った際にでた木の先端部を持ってきて、切り口から海水が入らないように気を付けながらこの場に置くよう指示を出したのだ。

 かかった費用、総額七万円なり。

 

「さあ五条くんを呼んできましょう。これだけ大きいと二人でも運べませんし」

 

 かぐやはさっと近場に転がっているごみ袋を拾うと、岩場の奥から出て美城を呼びに行った。状況の不自然さに白銀が思い至る前に状況を確定させてしまう腹積もりである。

 

「会長?」

「ああ、すまん。そうだな、来てもらっている業者に頼むか」

 

 思案する顔になった白銀に呼び掛けて、考えている所を打ち切らせた。

 あとはこのまましれっと現金化して彼に懐に収めてしまえばいい話だ。

 

 私は喜ぶ会長が見れて嬉しい。会長は大きな現金収入があって嬉しい。ウィンウィンの関係ではありませんか。

 

 かぐやは自分の権力と財力を正しく使えたような気がして上機嫌になった。

 そのホクホク顔のまま入り組んだ岩場から出ると、美城から離れて一人で歩いている早坂が目についたので声をかけた。

 

「早坂さん、五条くんはどちらですか? 業者の方を呼んで来て欲しいのですが……」

「かぐ……四宮さん、えっとね……」

 

 しかし、何とも浮かない顔をしている。いや、浮かないというよりももっと深刻な顔で、それはミスをした四宮別邸の人間が沙汰を待つような顔だった。けれどもどこか『私は悪くない』と言いたげな言い訳がましさを鋭い目元から感じる。

 

「どうかしたのか? 顔色が悪いぞ」

「早坂さん、熱いですから体調を崩されたのではないですか? 無理をせず休んで……」

「いやいや! そんなことないし!」

 

 白銀にも気が付かれるほどの曇り顔をぶんぶんと振って晴らすと、いつものお調子者のギャルの顔を張り付ける。

 ちらっと主人の顔を見ると、少しだけ悲しそうな伏目になっていたのは、非常にかぐやの気にはなったが。

 

「四条さんがすっごいんだよー。二人とも早く来て!」

 

 綺麗なサンダルで砂を巻き上げながら、早坂は走り出した。半ばやけになっているようにすら感じる。

 白銀とかぐやは互いの顔を見合わせて、鏡映しのように首を傾げた後に早坂の駆けて行く姿を追いかけた。

 

……

……

 

 早坂の後を追いかけて行った先は、何のことはない駐車場である。四宮家の車はここで停まってかぐやと白銀を降ろしたし、恐らく四条家も五条家も同じだろう。

 それに加えてもう一つ、白銀は材木店のトラックが停まっていた事を覚えていた。軽ではなく。

 

「どう? これっていくらくらいになるのかしら?」

「これだけ立派な木はそうそうお目にかかれません。さすがは眞妃様、いやマキマキーン様」

「ぶっとばすわよ」

「まあまあマキちゃん」

 

 そのトラックの上に、相変わらずコーホー言ってる美城が感嘆するのも頷ける大木が乗っかっていた。

 その大きさたるや白銀の上背をゆうに超えて、二メートルに差し掛かろうかと言う所である。

 

「ね? 凄いっしょ」

 

 早坂は驚いた様子の二人にケラケラと笑いながら、波の穏やかなこの浜辺にどうやって来たのか謎な程に大きな流木を指さした。彼女の心境を正しく言えば、もう笑うしかないという境地だったが。

 それもそのはず、不自然にならない程度、しかし高値が付く木を、というオーダーを自分達はこなしたはずなのに、あざ笑うかのように大木が浜辺をゴロゴロしていたのだから。

 眞妃がこれを見つけた瞬間、早坂はこの世の不条理を呪ったくらいである。眞妃の勝ちたいというファーストオーダーに対してフォースがなんやかんやで応えてくれたとしか思えなかった。だからダースベイダー? 早坂は美城に許し難い気持ちを抱いた。

 

「あら、おば様。どちらに行っておられたのかしら。私はゴミ袋を二袋ほどいっぱいにして更にこの木まで見つけましたけど。今日の勝負は私の勝ちね」

 

 バシャーン!

 かぐやは手に持っていたゴミ袋を盛大に落とした。

 口が結んであったので大惨事にはならなかったし、そのやかましさが膝を折りそうな彼女の心を何とか持ちこたえさせてくれた。だが生まれたてのオカピのように震えている。もしくは反乱軍に膝をやられたAT-ATである。

 

「ど……どうでしょうか? 私も向こうの岩場に背丈ほどの木を見つけましたけど」

 

 まだ負けてない。大きさは勝てなくても、形の独特さや加工のしやすさなどではまだ勝機はある。

 

「四条さんですか? こちらの木ですが、七万円で買い取りさせていただきます」

 

 カラン……

 材木店員の言葉に全ての敗北を悟ったように、早坂の持っていた火ばさみが悲し気な音をたてて彼女の手から滑り落ちた。

 剪定作業と合わせて岩場に置くまでにかかった諸経費と全く同じであったからだ。

 顔で笑って心で泣いている。

 白銀はそんな高値が付いた木はどんな物なのか興味深そうな顔をしながらトラックの荷台に歩いて行った。翼と一緒にスゲースゲー言い合っている。

 

「まあ私にかかればこんな物……って何でそんな悲しい顔してるのよ。わ……悪かったわよ……ごめんね、ちょっと調子に乗り過ぎたわ……」

 

 もっと刺々しい言葉の応酬を期待していたのだろうが、返って来たのは膝オカピと笑顔のペルソナを被った悲しい女子二人の反応だった。

 となると調子に乗っていられないのが眞妃という少女である。

 

「ほら、結局の所流木拾いなんて運なんだから、今回はたまたま私の歩いていた方に木が転がって来ただけで……別に本気で勝った負けたを言ってる訳じゃないんだし」

 

 かぐやは膝から崩れ落ちた。20××年7月30日、ライトサイドからの悪気無い口撃に耐えかねての事だった。

 流木拾いを運では無く確実な物にして、わざわざあの場所まで歩いて行ったかぐやには、眞妃の言葉が当てつけのようにしか聞こえない。

 今のかぐやはオビワンにやられた時のアナキンと同じ気持ちである。貴女が憎い!

 せっかくの事前準備を『運』の一文字で台無しにしてくれた眞妃をどうしてくれようか。それは色んな事を『天然』の二文字で薙ぎ払っていく藤原に対する怒りに近い物があった。

 

「ほら、せっかく臨時収入があったし、今日のお昼ごはんは私が奢るから、ね?」

 

 目つきがより一層鋭くなったかぐやに『なんで私がこんなに譲歩してるのかしら?』と思うほど眞妃は相手に都合の良い提案をしだした。ツンケンしていても最後の所は優しいのだ。眞妃ちゃんをすこれ。

 字面だけ見れば情けないのは四条だが、実際は膝を屈した四宮に四条が譲歩しているクッソ情けない絵面が広がっている。早坂はそっとかぐやを立たせた。

 萎えていた気を何とか奮い立たせ、かぐやは眞妃に食ってかかる。

 

「パエリアがいいです」

「……分かったわよ」

 

 勝った……。

 かぐやは敗北の中にあっても、最後の最後に確かに輝く勝利の一要素をその手に掴めたのである。

 それは夏に入ってから素ソーメンしか食べてない白銀の為に米を食わせてあげる事であった。

 素と素麺で素の字が被っている、あまりにも簡素過ぎる会長の食事の運命を変えることが出来た。と、当の本人はちょっと誇らし気であった。

 

 

本日の勝敗 四条眞妃の勝利(プラス七万円。なお白銀も二万二千円のプラス)

 




夏に女の子と海行きたいだけの人生だった……
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