早坂愛は避けたくない
新学期!
誰もが憂鬱と期待を胸に日常へと舞い戻る。
何事も起きない……否、起こさせてもらえなかった長い長い夏休みの末。
早坂愛という少女に訪れた一筋の光のような救いの物語。
彼女はそれらを振り返り――――
「うわああああああああああああああ!!」
――恥ずかしさで死にそうであった!!
それは同時刻、生徒会室で掃除をしながら花火大会でテンションが上がっていた自身の言動を振り返る白銀と同じ感じである。
早坂は自己憐憫気味のセリフで秘密にしていた内面をポロポロ零してしまった事にとてつもない恥ずかしさを感じていた。
おかげで今日はもう放課後になろうかというのに一度も五条美城と顔を合わせていない。いや合わせられない。
―――――「怖かったです」
―――――「辛かったです」
くらいならまだしも……。
――――彼が他人に向けている愛と献身の全てを、自分の物にしたいと思ってしまった。
って何!?
好きじゃん!
独占欲がダダ漏れじゃん!
……いや、違っ……私はそんなつもりじゃ……。
早坂は中庭の誰も来ない所で一人頭を抱えていた。
明るいギャル子ちゃんで通っている早坂のそんな姿をもし見られたら、次の日から生温かい目線に晒され続ける事必至である。
(*^^*)←こんな感じの。
(いやでもそれを言ったら……)
早坂は血の魔人並の責任転嫁を始めた。ウヌの言葉じゃ、ワシのせいじゃない。その戦法でこの危機を乗り越えようと……
(美城の『私が愛の味方でい続けます。あなたの苦しみを少しでも分かち合います』も相当な恥ずかしさ……ぁぅ……)
自爆!
早坂愛は尽くす事に慣れていても尽くされる事に慣れていない!
本来甘えたガールの彼女にとって美城の献身さは効果抜群だった。
ペガサスユニットに対しての弓。水・飛行タイプに対しての雷タイプ。待ってそのパーティ、ラグで詰まないか?
このままだとラグで詰みかねない早坂は一旦体制を立て直す必要があった。金ネジキはそんな綻びを許してはくれないし、白美城もそんな緩みを見逃さないだろう。
幸いにも今日の生徒会活動は部屋の掃除だけだそうなので、二三十分もすれば終わってかぐやは帰路につくはずだった。
それまでどうにか時間を潰して……。
……
美城がいた。
廊下の端っこで跪いてすみっコぐらししていた。
何して……いや本当に何してるの?
白い髪がキラキラ輝いて、そこだけ宗教画にでも差し替えられた様な異彩を放っている。そう言う時に限って大抵ろくでもない事を考えているのが彼と言う人物だ。
四宮かぐやも真剣な顔をしているかと思えば、考えている事はしょうもないという事態に何度も立ち会ってきた早坂だから分かる感覚だった。
そんな確信めいた予感を抱いて、呆れのような目線で美城を見ていたのだが……
「綺麗だなぁ……」
ポーっと熱に浮かされたような物に変わって彼の佇まいを見つめていた。
「美城さまー、何してるんすか?」
「腹でも痛いのか?」
話しかけようか、いや止めておこうかと早坂が二の足を踏んでいると、他の生徒達に先を取られた。美城の幼馴染で早坂を姐さんと呼び慕う鹿苑こがねと、確か剣道部だったようなと早坂の記憶に定かでない中沢直樹が立っていた。
「二人とも……」
「な、なんすか?」
「こんにち殺法!」
五条美城がダブルこんこんポーズを取って二人に向かって叫ぶ。彼がこの夏身に着けた技ベスト3の内の一つ、こんにち殺法であった。
こがねに492のダメージ。その威力はよっこらふぉっくすこんこんこん♪に匹敵する。
「ぐふっ……」
彼女は安らかに息を引き取った。なお明日の試合には間に合う模様。
鹿苑こがねがやられた。あいつは四天王の中でも最弱である事は確かだったがこんな所でやられていい奴ではない。
中沢はいまだ殺法を解かない美城に相対して、
「やられたらやり返す……」
力強く言い放った。
「こんにち殺法返しだ!」
剣道で鍛えた振りの鋭さ。それから来るこんにち殺法は正に殺法。
残心を解かないまま睨み合うと、美城の方からダブルツインフォックスmk-Ⅱ2ndを解いた。
「完璧です……」
「あ、正解だったんすね」
何か良く分からないが正解だったようで、美城は中沢と感激の抱擁を交わしていた。
「それで、結局何してるんだ?」
「見て分かりませんか?」
「跪いていたようには見えるが……」
「今の私は予言の天使です」
「ガブリエルっす」
「明日は夏休み明けの小テスト群があるでしょう? ですから試験対策の押し売りしてるんです」
「押し売り?」
「そうです。通りすがる二年生に、『おめでとう幸福な人よ。テスト対策があなたと共におられる』という……」
「止めろー! その休日の朝に玄関先で待ってるおばさんみたいなのは!」
「中沢くん何怒ってるっすか?」
むしろ何で怒らないの。
中庭を挟んで反対側の廊下に逃げた早坂はそう思った。
完全にマタイによる福音書が始まる所だった。読者には休日に約束してない時間のチャイムは出ない方が良いと伝えておきたい。聖書の話を聞かされる(三敗)。
「そこまで言うなら止めておきましょうか」
「そうしてくれ」
「ではでは! 美城様、今日はボランティア部は活動されるっすか?」
跪いていた美城が立ち上がると、鹿苑こがねは散歩に連れて行って欲しい犬のように元気よく声をあげる。
ボランティア部という言葉に早坂の肩がピクッと反応した。
美城と二人きりで顔を突き合わせる状況に、どう対処すればいいか未だ答えを見つけられていないのだ。
「応援された甲斐もあり、この前の大会はいいとこまでいけたっすから、何もないならお礼に奢るのでどこかカフェにでも行かないっすか?」
「おいおい。早坂は……『姐さん』はいいのか?」
「姐さんは生徒会が無い時は何故かいつも早く帰ってるっす。だから今日は帰ってるんじゃないっすか?」
は?(威圧)
「殺気!?」
「楽しそーな話してんじゃん?」
このままでは『ふふっ……ブチギレそうでございます』になりそうだった早坂はとりあえず飛び出した。
私がこんなに悩んでいるのに、何のうのうとお茶しようとしてるんですか。
許せん! 理不尽! とにかく早坂は怒っている。
そんな四宮仕込みの闇の炎に突如包まれたこがねは恐怖に慄いた。
「ひ、ひぃぃ……姐さん、いたんすね……」
「いちゃ悪いの?」
「滅相もないっす!」
「でさ、何だっけ? 私が帰ってるからみぃとお茶しよっかなーみたいな話が聞こえてきたんだけどー」
「いや誰っすかそんな姐さんを蔑ろにするような事を言った奴は! 中沢君最低っす!」
こがねはチャージマン研がとりあえずジュラル星人のせいにしておくような責任転嫁を始めた。早坂博士お許しください!
「いやまあ? 幼馴染だから出かけるのを止めろって言うのも違うと思うしー。いいんじゃないの? 一緒にお出かけして来れば……」
まずい。このままでは消される。
本能的に危機を察知したこがねは前に進むしかない。引けば老いるし臆せば死あるのみである。
「もしかして姐さん嫉妬してるっすか?」
こがねはとんでもない開き直りをした。彼女がいる男子をカフェに誘っておきながら、彼女に見咎められたら『嫉妬してんの(笑)』という……。
何だこのクソ女!?(驚愕)
「ふえ……?」
早坂は思わず変な声をあげた。
かわいい(かわいい)。
「いや、だってなんか姐さんの美城様を見つめる目線がちょっと違うっす! なんというかお熱というか」
「はー? はー!? ちょっと何言ってるか分かんないし!」
「ほら美城様の目をちゃんと見て言うっす。私以外の子と出かけるのは控えてって」
「はあ!? 何でそんな事」
早坂は気が付いていないが攻守がまるっと逆転していた。こがねは鼻が利くので隙の糸を見逃さなかった。いくならここで行くしかない。
美城に対して普段と違う見つめ方をしていた姐さんが悪いのである。
「ちょっとみぃからも何か……言って…………」
この状況にだんまりな美城に顔を向けて早坂は言葉を求めたが、彼を見た瞬間から言葉尻がどんどん小さくなっていった。
美城の真っ白な髪が煌めいて、真っ赤な目が早坂を射抜く。
それだけで彼女は何故か胸に何かがつかえたように喋れなくなってしまった。
「えっと……その……ぅぅ……」
早坂の綺麗な白磁の肌にほんのり朱が差して、それを恥ずかしがったのか、俯いて金色の髪で顔を隠す。
「姐さんは可愛いなあ!」
早坂は可愛いなあ!!!
「もう……ちょっとほんとに……」
「ほら可愛い! かーわーいーいー!」
こがねは雑に盛り上げ始めた。
「かーわーいい! かーわーいい!」
雑なシュプレヒコールが廊下に響き渡る。
雑ではあっても可愛いは可愛いに違いはない。
どちらかと言うと綺麗と言われる方が多い早坂は、普段とは逆の褒め言葉の奔流に呑まれそうになる。
「ちょっとみぃ、何とか言ってよ」
「素直に受け取っておけばいいじゃないですか。それに、愛が可愛いのは本当の事ですし」
「そういう……うぅ~……」
ダッ……
早坂は逃げ出した。
いつもの私はこんなんじゃない……と、自分で被っていた仮面が美城の前だとゆるゆるになって素の自分が出てしまう事が心許なくて、気が付いたら駈け出していた。
「あっ! 愛どこに行くんですか」
美城としては普段通りに接していたつもりなのに、急に恋人に逃げられて何か気に障る事でもしたのかと不安になる。幼馴染二人に断ってから彼は校舎に消えて行った早坂を追いかけて行った。
――
「恋愛相談?」
「はい会長」
後日、五条美城の姿は生徒会室にあった。
何やら不審そうな顔で美城を見てくる白銀御行だが、それはお構いなしで話を始めようとする。
あれから早坂と顔を合わせる度に逃げれられ避けられ顔を合わせられない日々が続いていた。
周りの人に相談しようものなら『あなたが何かしたんでしょ』となじられ『あなたに早坂を任せるのは荷が重かったでしょうか?』と貶され『あ……みぃ、えっと……』と敷地の彼方に逃避行される、そんな感じで解決の糸口さえ見せてはくれそうにない。
彼の内心は疑問で一杯である。心当たりが無いと言えば嘘だが。
確かに選択授業で『かぐや様は美術を選択されるそうだけど……ね? あの……ね?』という早坂の言葉を、既に四条眞妃が選択した音楽の授業を取っていたのでお断りし、いざ歌ってみれば睡眠不足の生徒達をバッタバッタと眠りの淵に突き落として【秀知院のローレライ】のあだ名を欲しいままにしたが。
音楽教師は授業にならないと再度授業を選択させ、結局美城は早坂のいる美術を選択したのだが、きっとそれは関係ないはずだった。
何か凄い顔で睨まれた。
こわかった(小学生並の感想)。
「相談なら僕席を外しましょうか?」
生徒会室内で資料のチェックをしていた石上はそのプリントをバインダーに挟むと席を立とうとする。
簡単な連想ゲームだ。
恋愛相談、つまりはかなりパーソナルな質問が飛び交うはずで、それは当然美城の恋人の早坂愛についての事だが、恋人の事をべらべら他人に話したくはないはずだ。
少なくとも自分ならそう思う。恋人いた事ないけど。……死ねばいいのに……。
石上のアンチ青春エンジンにヘイトが注がれ、アフターバーナーでカッ飛んで行きそうだった。
彼は青春と言う物を嫌悪している。
「いえ、優くんにはデートの事でお世話になりましたから、宜しければお話聞いてくれませんか?」
「そう言う事なら……はっ!」
「どうした石上」
「い、いえ。何でもありません」
石上は自分がこのキラキラしたアルビノの男の娘の、キラキラした青春のために骨を折るという自己矛盾に気が付いて胸を押さえた。
守る事と戦う事の終わらないジレンマに悩む仮面ライダー555と丁度同じだった。
「それで、悩みというのは何だ? お前らはいつも仲良さそうにしてるじゃないか」
「そうですよ」
その仲良しというのが『女友達みたいだね』と言われているのは言葉にする必要を感じなかった。
というか言われている言葉が多すぎて把握しきれていない。
『玉串料(建築の際、土地に祈りを捧げるためのお金)を払う方の五条』だの『無邪気とあざとさとをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、こいつは五条家のゴモラ』だの散々な言われようである。
それに乗じてか早坂もコソコソあだ名されているようだ。
『膝がナッパじゃない方の五条の女』とか。
とにかくロクでもない。この事は聞かれない限りはお口ミッフィーでいる決意を二人は固めていた。
「そうだと思っていたんですけど、夏休み開けてから顔を合わせると逃げられるんです」
「それは妙だな」
「何かしたんですか?」
「何かだなんて……。夏休みの最後に会えた時に、もっと仲良くなれたと思ったのに」
「なるほど。仲良く……ですか」
石上の額に青筋が浮かんだ。怒髪が天を衝くかというギリギリの所で堪えている。
(会長。もしかしてこの人相談風自慢をしに来てるんじゃないですか!?)
(いや、まさか五条に限ってそんな浅ましい事をしないだろう……たぶん)
白銀は自信が無かった。彼は美城の事を慎みのある人物だと思っているが、頓珍漢な事も疑っていない。
今とは百八十度違う意味で麦わら帽子が似合う人物みたいな性格になったとしても驚かない自信の方がある。
「ちなみにですけど、仲良くって何があったんですか?」
石上、ここで果敢に切り込んだ。
「何が……えっと……。すみません。言えません」
「え?何があったんだよ」
「ひ・み・つ・です♪」
美城はにこやかに指を振り振り微笑みながら、誤魔化すように小首を傾げる。あざとい。そして可愛らしい。攻守において最強だった。
(会長―! 僕は人間を止めますよ!)
(待て石上ぃ! そのトイレットペーパーで何をするつもりだ!)
備品のトイレットペーパーを掴んでビーンした。必殺仕事人か石上優にしか出来ない神業である。……悪ぃ、今俺テキトーな事言ったわ。
「まあその夏休み最後に会った時に原因を求めるのが早いだろうな」
「そうですけど……」
「心当たりはありますか?」
「えっと、嬉しそうな顔してくれて分かれたと思うんですけど」
(やっぱり自慢じゃないですか! どうします会長?処す?処す?)ググ……!
(物騒な事を言うんじゃない! そのトイレットペーパーで何が出来るって言うんだ!)
「ゴホン……それなのに早坂に避けられている現状が理解できないと」
「そう言う事になります」
ソファにちょこんと座り直した美城を見て、石上の頭にとある想像が駆け巡る。
いや……まさかそんな……。
そう思いながら彼は隣の白銀に耳打ちした。
(会長! もしかしたら僕達はとんでもない茶番に付き合わされてる可能性がありますよ)
(茶番? どういう事だ)
(俗に言う好き避けです。避けちゃうくらい好き好きになるのは、もう彼等は行くとこまで行ってるからじゃないですか?)
(いやいやまさか……。滅多な事を言うもんじゃないぞ石上。まだ付き合い始めて三か月くらいでそんな神聖な行いを……)
(いや神ってる……。もう神ってても可笑しくないんです……!)
(いやいや、まだ神ってないでしょ……)
恋のABC!
恋人達がCに至るまで、成人であれば一か月程、高校生であれば三か月~半年の間が一般的と言われている!
五条美城と早坂愛が表向きに付き合い始めたのは五月の下旬。そして現在は九月の上旬と交際期間三か月はクリアしており、更に夏休みというイベントもあった。
周りの人間が神ってると疑うには充分の材料がある! (なお
石上の疑心暗鬼の深まりはとどまる所を知らず、これは神の深淵なのではないかと美城を見つめる目線がまともでは無くなった。
「どうかしましたか優くん?」
「なんでもありませんよ」
しかしそうなってくると一つ問題が。大いなる問題が生じる事になる。
神ってるという事はイザナギとイザナミの国生みの伝説の如く、凸ってるのを凹ってるほうに……そぉい! する事だ。
つまりどちらかには凸ってる物、おちんちんが必要になってくる。
……おちんちん?
この綺麗な白髪にルビーの真ん丸お目目で、すんなり通った鼻筋に薄い桜色の唇、可憐な容姿をした女の子にしか見えない美城におちんちん?
(ちんちんを生やすなァッッッッ!!!)
(ガ……ガイアッッッッ……!!)
おちんちんを確認するまでは男の娘は実質女の子。
そんなおちんちんのパラドックスに囚われた男、石上優はまだワンチャン美城は女の子ではないかと疑っていた。
百合の花のような美城と早坂の正しく百合ップルと思っていた所が少しある。
この報告は石上にとってショックだった。
コンコン……
怒りの悪魔になる一歩手前の石上が潜んでいる伏魔殿と化した生徒会室に来客を知らせるノックが響いた。
こういう時は絶対にヤバイのが来る。白銀は北条時行のように逃げ出してしまいたかったが、逃げた所で石上からの評価を下げるだけなのでそれは出来ない。
頼む……普通の……全然名前も知らないような奴来てくれ!
「あっ、みぃってばやっぱりここに居たんだ~」
「愛?」
駄目みたいですね……(諦観)。
白銀の祈りも空しく、入って来たのは金髪碧眼の美少女、話しの中心である早坂愛だった。今日も白いおみ足が美しい。
石上はギャルの登場にビビり散らしていた。ギャル、オタクに優しい説に真っ向から異を唱える男・石上にとって陽キャの化身は恐怖の対象でしかない。
「生徒会に用事ですか?」
「えっと……別にそういうんじゃなくて……」
「みぃを探してただけだから……」
(なんかエロい!)
(ばか! そう言う目で見るからそう見えるんだ! もっとフラットな目線で見ろ!)
とは言った物の、白銀に石上の二人は二又に分かれた木の枝にもエロスを見出すような思春期の真っ盛りである。
カップルの姿を見て何も思わない程、感性は死んでいない。神ってる疑惑の二人に厳しい追及の目が向けられるのは、これは仕方のない事であった。
「そうですか? 避けられていたように思いましたけど」
「えへっ♪ ごめんごめん」
(だったら調べてみましょう)
(な……どうやって?)
目の前でむずがゆい会話が繰り広げられ始めたので、石上はキレそうになりながらも冷静に頭を回した。
「会長、優くん。こうして愛が仲直りしてくれたのでサクッと用事を終わらせて帰りますね」
「あ、ちょっと待ってください」
「はい?」
「僕ら少し部屋を空けるので留守を預かってくれませんか」
「それくらいなら……愛は?」
「ウチも構わないけど~」
「ありがとうございます。ではすぐに戻ってきますので」
生徒会役員の二人は扉から出て、完全に締め切らずに開けておき視界を確保する。
(いいですか会長。神ってるカップルって言うのはですね、二人きりにすればそれなりにアホな行動を取るんです)
(そう上手くいくか? 五条はあれで意外と兎みたいに察知するぞ)
(兎って年中発情期なんですよね)
(例えだろーが! そんなん言ったら人間だってそうだろ!)
(彼らを監視するには部屋の前で待つのがベストです……。その間……隙間に目を近づけるのは、いけないことでしょおーーか~~~!?)
(いけないに決まってんだろうが!)
アンチ青春フルスロットルになった石上は絶好調だった。二代目ジョジョみたいな事を言って覗く事に全く罪悪感がない。
「あの? 何をしているんですか二人とも。そこ通してもらえますか?」
「し……四宮!」
所用で少し遅れていた四宮かぐやと藤原千花が合流してきた。不審な男達に不審感マシマシの目を向けている。
「ちょっと今は駄目だ!」
「何が駄目なんですか~?」
「あの二人が神ってるかどうか確かめている所だからです」
「え!? あの二人そこまで!?」
(何で伝わる!)
「皆さん何の話をしてるんですか? 神ってる……?」
「かぐやさんかぐやさん。この場合は神聖なる行いの事を指していて……」
「セッ……!?」
(何でこういう時だけ察しの良さ完璧なんだよ!)
「ねえ、愛。どうしてここ最近は私を避けていたんですか?」
「ごめんって。もしかして怒ってる?」
「別に怒ってはいませんけど……」
「だったらこれで仲直り。ね?」
早坂はそろりと手を伸ばすと、美城の真っ白な手にそっと自分のそれを添えた。
今まで美城からは手を繋ごうとしてお叱りを受けていたが、どうやら解禁されたようだ。くすくすと笑って早坂は添えた指を折り曲げて彼の手に絡ませた。
「あ! 恋人繋ぎ! これはどうですか!」
「いや……恋人繋ぎくらい最初のデートでするだろう。まだ神認定は早い」
(会長……初デートで恋人繋ぎするんだ……。というか早坂も今までそんな事してなかったのに……。まさか本当に神って……)
かぐやは従者に疑いの目を向けた。
「みぃは何しに生徒会室に来てたし? やっぱウチの事?」
「それもそうですけど、ボランティア部の活動報告を上げに」
「ふうん」
「ちょっと形式を整えますので少し待っててください」
美城はそう言うと鞄からファイルを取り出そうとした。繋がっている右手をポンポンと叩いて離してもらおうとする。
「愛?」
「なに?」
しばらく待っていたが、早坂は一向に手を離してくれそうになかった。それどころか緩急をつけて握りこみ、楽しんでいる様子ですらあった。
「もう、なんですかこの手は?」
「えー知らなーい」
早坂は明後日の方向に目線を向けてしらばっくれる。美城はそれをじーっと見て、おかしそうに微笑んだ。
「何ですかあのイチャイチャは! これは神じゃないですか!?」
隙間から覗いていた藤原が叫ぶ。
「いや、まだだ! あれくらい付き合うようになったら誰だってするだろう。まだ神じゃない!」
(会長……付き合ったらあんな感じなの!? でもそれいい……)
「そうですか。ふふっ、愛も知らないとなると、どうしましょうか」
ゆっくりと歌う様に美城は早坂に語り掛けると、空いた方の左手で重ねられた手をそっと爪弾いた。
「きゃっ」
「あれ? どうしました? 愛はこの手の事知らないんですよね」
「だ、だからそう言ってるし……ひぅ……」
美城はそうっと早坂の白磁のように白くて滑らかな肌に、彼の真珠のような爪を軽く立てると、恋人の口から喘ぐようなくすぐったい声を出させる。
控えめに言ってえっちだった。
「これは! これはどうなんですか!?」
「ヤってますね間違いない……」
「石上! 何を根拠に……!」
「肉体関係を持つと精神の距離も縮まる……だってこんな感じの映画僕見た事ありますもん! あれですよ、ターミネーター一作目でサラ・コナーが未来から来たカイル・リースと一晩過ごしたあと滅茶苦茶仲良いみたいなやつ! あの距離感に二人は酷似しています! 地上波放送だとそこカットされてて『何で急に仲良くなってんだ?』って思いましたよ!」
「映画の話じゃねーか!」
「そうです。でもそれは悪い事でしょうか?」
「急に落ち着くなよびっくりするわ」
「反論ないなら僕の勝ちですよ」
石上がネットの荒らしと同レベルの言動を見せている中、かぐやは隙間から部屋を食い入るように状況を見つめていた。
(まさか……そんな……早坂は私にも内緒でそんな事を……?)
もしかして自分を差し置いてオトナになってしまったのか……?
かぐやはまさかと思いながら、早坂がおかしくなる前の最後に美城と会ったのがいつだったか思い返す。
(いつ、どこで? 確か夏休みの花火大会の時に五条くんが『立花祐実』と名乗って家に来たみたいだけど……。はっ! まさかその時!?)
花火大会から帰って来た後、別邸に来客があった話を聞かされたが……そう言えばその時から早坂の様子がおかしかった気がする。
若干ぼんやりして、暗くてよく分からなかったが目も赤かった事を、かぐやはその優れた記憶能力で当時の状況を思い出す事が出来た。
そして彼女は恐ろしい事実(と思いこんでいる)にたどり着く。
(そうなると、セッ……は私のベッドの上で行われた事に……!! もしかして私は早坂と五条くんがセッ……した残滓の残る所で寝ていたの!?)
あまりに残酷すぎる天使のテーゼを解き明かした事で悲しみがそして始まり、かぐやの精神は限界に行きついた。
どてーん!
「かぐやさん!?」
「四宮!?」
かぐやは顔から床に倒れた。幸いにも生徒会室の有る棟は絨毯が敷き詰められているので怪我は無かったが。
三人は心配しながら駆け寄り、藤原がかぐやを背負って保健室に行く事に決めた面々はちらりと一回部屋を振り返って、神の領域へ行ってしまった友人を思った。
本日の勝敗 生徒会の完敗(勘違い)
「……少しは懲りたでしょうか?」
もちろんそんな様子は中には筒抜けで、早坂は主人が倒れた事に多少の心配はありつつも、やりこめた事にたしかな満足を覚えていた。
「愛ったら人が悪いんですから」
「偶には痛い目見るのもいい薬ですよ」
「愛も……」
「私は普段大変な目に会ってるからいいんです」
「いえそうではなくて。愛もようやく完全復活といった所ですか? ここ最近はずっと変でしたから、心配していたんですよ?」
「はい。ご心配なく。あの日みたいな事を言ってくれる人は初めてでしたので戸惑いましたが、あなたがいつも通り過ぎるので気負うのは止めにしました」
「そうですか」
「これからはいつも通りでいきましょう」
嘘である!
この女、今も心臓バクバク頭はクラクラである!
それでも誤魔化せているのはエグイくらい塗ったファンデーションが照れて赤く染まった頬を覆い隠してあるからであって、彼女の勝利ではなく科学の勝利と言って過言ではない。
緊張で汗が出そうになる所を意志の力でねじ伏せるという、プリ〇セス天功か美〇ひばりの逸話くらいでしか聞いた事の無い様な技術まで用いている。
おまけに夏休みで浮かれている女生徒の話を聞き込み、男子と一歩親密になった人という仮面を何枚も作り出し状況ごとに変える事でなんとか『早坂愛』の面目を保っている始末だった。
「よかった……私、あんな事を言って愛の本音を聞き出したでしょう? だから嫌われてしまったのではないかと心配していたんです」
「そうですか。それはすみませんでした」
「はい。安心しました。これからもかぐや様をお支えしてあげてくださいね」
「あなたに言われるまでもありませんよ」
「ふふっ、そうですね」
美城は穏やかに微笑み、いまだ握っている右手を手繰り寄せて左手を早坂の手を包み込むように握った。
「では帰りましょうか?」
早坂はふっと笑って握り返すとそろそろ……と左手を解いて恋人繋ぎから手を離した。
正直ギリギリの戦いであった。かぐやが気絶するのがあと一分遅かったら床に倒れ伏す未来は早坂の物となっていただろう。
「うーん……やっぱりまだ本調子ではないんですね」
「何がです?」
「ボランティア部の書類」
「あ」
「それに……」
ふわふわとタンポポの綿毛のような柔らかな白い笑みを浮かべていた美城の顔が、急に真面目になって早坂の瞳を見つめた。
ドキッとして彼女の心臓が早鐘を打つ。
「これを見せられたら、もう今までの関係ではいられませんよ?」
美城の目線が落ちる。早坂はそれについて行く。
体を通って、早坂の惜しげもなく晒した太ももにそれは落ちた。
(ちょっと! え? まさか美城って足フェチだったの!?)
普段から白い生足を晒してはいるが、それをこんな風に真剣な眼差しで見られる事はない。それなら大抵の男子のように、情欲にまみれた粘つく視線を投げかけられる方がいくらか理解できると言う物で……。
「愛」
美城は早坂の右もものそばに左手をつく。
彼女はもじもじと太ももをすり合わせて、自分のスカートがこんなに短い事に過去の自分を恨んだ。
「見えてますよ?」
その言葉を聞いて早坂は、もし過去に戻れたらスカート短いキャラで行く事を決めた過去の自分を殺す事を決めた。まさかそんな……座ったくらいでパンツが見えるくらいスカートを折らなくてもいいのに。
バッとスカートを押さえて足の間をガードして、恨みがましく美城を睨みつけた。
(見えそうなくらい短かったとしても、見るのはルール違反でしょう!)
煮えたぎる羞恥と怒りの色に染まった、今は青い炎のような瞳を……しかし美城は全く別の所に関心をむけて言葉を続けた。
「これナイフですよね」
……。
……は?
「いえ、愛が荒事を時にはするかもしれないから、と隠し武器を持つのはどうこう言うつもりは無いのですが、それでしたら見えないように持たないと」
何と言うか……呆れてしまう事実だった。
彼の目が真剣なのも当然である。
それは短いが確かに切れる
「秀知院に通う人達はこういう物騒な物に耐性がないでしょうし、こんな物を太ももに括り付けていると知られたら、今までみたいな頭の軽そうなギャルではいられませんよ?」
そこまで言い切ると、太ももに結んでいたバンドからあっさりと視線を離して、心配そうな目で早坂を気遣った。
「愛、やはり仕事は大変ですか? 普段のあなたならこんなミスはしないでしょう? かぐや様に私からお願いしましょうか?」
真っすぐに見据えられた、本当の気遣い。
「か……」
「か?」
ドンッと早坂は美城をつき飛ばした。
「かぐや様の様子を見てきます!!」
脅威のボディバランスによってギリギリの所で倒れこんでいない美城を見下ろしながら、早坂はそんな叫びをあげると一目散に駈け出した。
そのまま扉を乱暴に開けて外に出ると、彼女はそのまま短距離走者のフォームで廊下を駆け抜けて行った。
「ちょっと愛―!」
美城の叫びは、空しく誰もいない生徒会棟に響きわたっていった。
本日の勝敗 生徒会の完敗……+早坂愛の敗北
気力によって抑えていた汗腺が我慢の限界と汗を流し始め、分厚いファンデーションの下で不快に流れる。途中の御手洗いに飛び込んだ早坂は、頬に化粧落としのコットンを当てると、仮面のように張り付いたそれを拭い去った。
「はぁ……はぁ……」
見つめ返してくる鏡の中の少女が、青い瞳のすぐ下を真っ赤に染めてこちらを見つめていた。
この仮面じゃ駄目だ。
早坂はそんな事を思いながら化粧を含んだコットンをゴミ箱に放り投げる。
自分の防御が弱いのに、一旦攻撃を受ける型では彼に太刀打ちできない。
「ほんと……かぐや様を笑えない……」
自嘲の笑みを浮かべながら、早坂は荒れ狂う内心を押さえる。
「私は――――」
『ちょっと積極的な女の子』の仮面を脱ぎ捨てた彼女は、もう一度自分の内面を見つめなおした。心にぴたりと合う仮面を作らなければ、端からポロポロとボロを出すのが目に見えている。
もっと自分は上手くできると思っていた。
もっと自分は論理的に動く人間だと思っていた。
でも、それは間違いだったようだ。
「――――美城、あなたの事が好きかもしれません」
こんな事に思い悩むようでは。