このssの早坂より本編のかぐや様の方が先にセッ……しそう……しそうじゃない?
九月九日!!
白銀御行の誕生日である!
そんなめでたい日の放課後、彼の居城である生徒会棟最奥の生徒会室に三つの人影がいた。生徒会副会長と、彼女の従者とその恋人である。
三人は机の上に乗ったある物を見つめながら、それを準備した人は朗々と語り始める。
「どうでしょう? 会長のために特別に発注して用意してもらったケーキですよ。会長ケーキ食べたがってる感じでしたからとっても喜ぶに違いないわ♪」
四宮かぐやは声を弾ませて嬉しそうに、自分が白銀のために用意したケーキについて説明をしていた。
それは見事な芸術品のような装いをしている。
滑らかな絹のような真っ白いクリームが均一に塗られて、真っ赤な苺がその上で存在感を放っていた。
「苺も買い付けから行って、糖度17で苺の味が濃厚な物を運よく見つけられてですね」
綺麗につんと尖った苺の先を指さしながら、かぐやは自慢げに言葉を続ける。今は苺のシーズンから外れており、それでも購入しようと思うならある程度の妥協をせざるを得ないだろう。
だがそうはならならかった。かぐやの言った通り運が良かったとしか言えない。僥倖とはこの事である。彼女はカイジか最年少二冠以来の僥倖の使い手であった。
「このスポンジにも秘密があって……」
このまま放っておくとお花でも生えてきそうなほんわりした声で、かぐやはなおも続ける。なんでもしっとりしつつもふんわりな触感を両立させるための技術の粋が詰まっているそうで……
(重い
超引く
超恥ずかしい……)
だがそんな事知ったこっちゃあない。
早坂愛は主人の狂気ともいえる妄執の塊が形となってこの世に顕現したかのようなケーキに目をやった。
あえて文字で表現するなら、
お誕生日おめでとう
ケ――――――――――キ
みたいな感じである。まさかの三段だった。
はえー……すっごいおっきい……。
呆れて物も言えないどころか主人の脳が破壊されていないか疑う必要があった。
「どうかしたの早坂?」
四宮の姿か? これが……
思慮を落とされ、客観性も失い、アホを認めぬ醜さ
(十二話ぶり二度目)
「いえ……かぐや様が良いなら私は特に口出ししませんが……」
「何よ歯切れが悪いわねー。五条くんはどう思いますか?」
色よい返事がもらえなかった事に対してちょっとだけ不満そうに唇を尖らせると、早坂の隣に控えていた五条美城に話を振った。
警察が見たら事件と事故両方の線から調査を始めそうな、あるいは麻薬犬と共に家宅捜索でも始められそうなトンデモケーキを目の前に、美城はいつもの笑みを崩さないままかぐやに答える。
「とても素晴らしいと思います。かぐや様」
「ほら! 早坂これが分かっている人の言葉よ」
「ほんともう甘やかさないでください」
感心感心みたいな感じで首を縦に振る美城に、さすがの早坂も食ってかかった。これを認めていては四宮の明日を疑われかねない。
「ですが白銀家は今までほとんど誕生日らしい事をしていないそうではありませんか」
「そうよ早坂」
「こんな立派なケーキを……確かに量は多いですけど、貰えるのは幸せだと思いますよ。持って帰って家族と一緒に食べても良い訳ですし」
「んん?」
かぐやは小首を傾げた。
「これだけの量ですから、むこう何日かは食べるに困りませんね。ですよね? かぐや様」
うんうんともう一度頷いてから、美城はかぐやの方を向いた。
最近彼は早坂から『私の天才ご主人が恋をしてからアホすぎる件について』というラノベみたいな相談を受けているが、まだかぐやの天才さを信じている美城はそんな感じの深慮がこのケーキに宿っていると本気で信じているのだ。
「何を言っているの五条くん。何日も経ったら駄目になってしまうじゃないですか」
「えっ……」
が……駄目……っ!(CVマジでダンディなおっさん略してマダオ)
今のかぐやは頭からアプリコットのパンジー*1が生えている。
彼女の天才の部分はかぐやの頭を離れてきらめく紫のパンジー*2さんとなってそこら辺を駆けまわっているはずだ。
「か、かぐや様……」
それは美城の声も震えようというものだ。
まさかこの人は一日二日でこの量を食べきらせようと……?
「まさかとは思いますが、このケーキには保存料などは入っていないのでしょうか?」
「なに当たり前の事を言ってるの? そんな事したら味が落ちてしまうでしょう。会長にはとびっきりのケーキを味わっていただかないと」
「は、はわわ……」
ガタガタと戦慄しながら美城は早坂を見た。早坂はそれにしっかり頷く。
どうやら彼も気が付いたようだ。
今のかぐやは常軌を逸しているという事に。
「それに皆と言っていましたね。それだと会長の私一人に祝って欲しいという願いも聞き届けられないじゃないですか」
「愛……愛!」
「分かってます。耐えてください」
正気ではない。
美城はそんな不敬に当たりそうな言葉を思い浮かべて奥歯を噛みしめた。尊敬すべき上の立場の人間にこんな事を思ったのは初めてだった。
あり得ない……この私が……。眞妃様が田沼くんにチョコを渡さなくても分かってくれるわと世迷い事をお話になられた時にも、帝様が本気でサッカーやるからと言っておきながら全国出場経験すらないような公立校に行こうとされていた時でも、こんな気持ちになったことは無かったのに……。
その二点のここマシポイントは一応前もって話してくれていた事であろうか。
かぐやのこれは、早坂にすら内緒で行われたので客観性が皆無である。
「せっかく会長がそんな事を言ってくれたのですから、それを無碍にするのは可哀そうでしょう?」
ほわほわ~んとした口調でかぐやは、しかし一切の迷いがない思いを口にした。
「そ……そうですね……かぐや様の仰る通りです」
美城は低頭しながら肯定の意を示す。その下でちらちらと早坂の方を見た。
つり目とたれ目。碧眼に灼眼。月夜の枝垂れる光の髪に、白夜の闇を知らぬ雲の髪といったような対照的な特徴を持っている二人には珍しく、まるっきり同じような表情を浮かべていた。
ため息の似合いそうな困った顔である。
「昔はこんなアホじゃなかったのに……」
「アホ!?」
おっと、と早坂は口元に手を添える。聞こえてしまったようだ。
しかしこの時ばかりは謝罪の言葉を述べる気にもならなかった。
というか、『は? 謝罪したいのにそちらの受け取り手順の不備で私は謝罪が出来ないんですけど?』みたいな開き直りをしたいほどだった。
いつものかぐやなら『何を言ってるの早坂!』と食ってかかったのだろうが、
「あ、そろそろ会長達が来ますね。五条くんも特に用はないのでしょう? でしたら下がっても大丈夫ですよ」
だが今のかぐやはいつもの鋭利さ十分の一しかない。なあなあで早坂を許して下がらせる事にした。彼女の頭は白銀がどんな顔で喜んでくれるかという事で一杯だった。
乙女としては圧倒的に正しいこの状況、素直になったと喜んでもいいのかもしれないが、どうも首を縦に振るのは憚られた。
だってこんなケーキ貰ったらドン引きでしょ……。
――
「ううっ……あと早坂食べて」
「え!?」
ほらこうなる。
早坂は主人の考え無しの……いや、考えすぎて逆に考えない方がマシな思考の結実を口にしながら、目の前に未だそびえたつケーキの山に絶望していた。
結局あの後白銀にはその場で食べた物とは別に、箱に詰めた三切れ、つまり帰ってもう一度食べる用と妹の圭の分と御行パパの分しか渡せず、ケーキの実に95%を残して四宮別邸に持ち帰ってきている。
勇気を出してプレゼントを渡せたのは非常に良い。早坂もかぐやをよしよししてあげたほどだ。
だがケーキ処理問題は今こうして彼女達の胃袋の上に重くのしかかってきているのだった。食べれば美味いのが質が悪い。
最も高価なワンマンケーキー。といった感じで、高いのもあって言葉を飾らずに言えば捨てる事も気が咎めるのだ。
「あなたが駄目でも、五条くんは男の子ですからいっぱい食べるでしょう?」
「あれがいっぱい食べる男の体に見えますか?」
「ちょ……! いきなり男の体とか、何を言ってるの早坂! このはれんち!」
「えぇ……」
何が何だかわからない……。
いきなりはれんち呼ばわりされた事もそうだが、男の体というワードに過剰にしている所なんかも、かぐやの良くない変節の兆しを感じる。
なおそこに過剰反応するのは早坂のせいだが。
早坂愛は主人のベッドでセッ……するド淫乱の性欲魔人というレッテルを(かぐやの中で)貼られている……。
もちろんそんなデリケートな所にずかずか踏み入れるかぐやでもないので、二人の間には致命的なすれ違いが生じていた。全盛期のアンジャッシュもかくやというすれ違いだ。
「とにかく……このケーキの処理は一任します……」
高カロリーを一気に取り入れた弊害か、調子悪そうにかぐやは口なおしのお茶のポットがあるテーブルへと足を運んだ。
一任されてしまった早坂はまだ
お誕生日おめでとう
ケー―――――――――――キ
くらい残っているカロリーの禁忌の塔を見上げる。略してカリン塔。
全ての試練を乗り越えた先、早坂は立派なヤジロベーになっているに違いない。
この糖質脂質のカロリーがマラソン何百キロ分に、あるいは水泳何キロ分に相当するのか甚だ疑問であった。一日に一万キロカロリーを摂取する水の怪物マイケル・フェル〇スでも『さすがにこの量は俺も引くわ……』と言ってくるだろう。
走っても走っても終わらないカロリーの無間地獄。爆走兄弟
☆
「何これ?」
「苺のショートケーキでございます、眞妃様」
次の日。
早坂は一日一個、感謝のショートケーキを食す事を自分に定めた。
摂取カロリーにケーキという縛りを与える事で、縛りを与えて術式の強度を上げる呪術師と同じように一日のかぐやへの貢献の強度を上げるのである。
それはそれとして一人で処理できる量でもないので、こうして助っ人として誰かにケーキを食べてもらう腹づもりであった。
本日の被害者は四条眞妃さんです。放課後には紀かれんと巨瀬エリカにも手伝ってもらう模様。
「ふうん。でもこの時期に良い物が仕入れられているのかしら? 私はケーキにはうるさいわよ」
「ご心配には及びません。私も美城も食べていますから、味は保証しますよ」
「そう。ならいいわ。アイスコーヒー、ミルクダブルで」
ヒューッ!
真っ赤な宇宙海賊みたいな注文を眞妃はした。
「それにしてもあなたからお茶のお誘いだなんて」
「いけませんか? 美城が私の主人に敬意を持ってくれるように、私も彼の主人に敬意を持って接しようと思っているのですが」
「主人なんていうけど……お給料が出てるあなたと違って美城のはただの趣味よ?」
「では、趣味を尊重してあげているという事で」
「へえ、五条の女が板についてきたんじゃないの?」
「……それ今だと五条悟のファンの女性の事を指すのでやめてください」
コーヒーの用意をしながら、早坂は眞妃の軽口にも軽快に返して会話を弾ませていた。
「ところで美城はどうしたのよ? 当然あの子もいる物だと思って来たんだけど」
「何でもボディービルディング部の知り合いを訪ねるとか何とか言ってましたが」
「げ……オイルでテカテカの男どもに白雪みたいな美城を添えるの? 犯罪の絵面だわ」
早坂は深く頷いた。
「さあ準備が出来ました。どうぞお召し上がりください」
「じゃ、遠慮なく」
眞妃は先にコーヒーを一口飲んでからケーキ用のフォークを手に取った。先に苦みを入れる事で甘みを引き出すという意図がある。
ぱくりと一口ショートケーキを含むと、もぐもぐと可愛らしく口を動かして丁寧に味の全ての要素をなぞるように味わうと、満足そうな笑みを浮かべてこくりと飲み込んだ。
「確かにあなたが言うだけあるわね。滑らかなクリームと甘みの強い苺、その二つを受け止める重厚だけど軽やかなスポンジ……私でもそうそう口に出来ない代物だわ」
「お褒めに預かり光栄です」
「四宮お抱えのパティシエくらいの腕がないと、こうはいかないでしょうね」
くつくつと少し意地悪そうに眞妃は笑うと、早坂は内心焦りながら表面上は平然として言った。
「それは少し邪推という物ではありませんか?」
「何でよ? 昨日は白銀の誕生日。おば様がわざわざパティシエにケーキを用意させる動機は充分だわ」
「よくご存知で」
「あなたがどれくらいからおば様の白銀への好意に気が付いてたかは知らないけど、私だって去年の秋ごろからおば様が白銀にホの字なのは気が付いていたんだから。だったら誕生日に何かすると考えるのは自然でしょう?」
ホの字って……。
早坂はちょっと古めかしい表現に笑いそうになりながら、そんな事はおくびにも出さずに眞妃の言葉を聞く。
「で、用意したはいいものの張り切り過ぎちゃったのかしら。だからこうしておすそ分けしてるって訳」
「ご明察恐れ入ります」
ここまでピタリと当てられては誤魔化しようもない。魂が双子レベルで同じな四条家の令嬢に隠し事はできないのだ。ただし逆もまた真なり。かぐやが眞妃の事を推察すればほぼ確実に当てられるだろう。
「ちなみにこの事は……」
「誰にも言ってないから安心しなさい。ただでさえ私の周りにはそういうのに敏感な二人がいるんだから……」
「まあ……そうですね」
それは早坂も骨身に沁みて分かっている。紀かれんと巨瀬エリカの事は彼女の頭を悩ませる事項の一つだった。
ここにおいては美城も役に立ってくれない。なぜなら三人が合流すると仁義なき推し頂上決戦が始まるからだ。
スーパー推しっ子対戦は銀河決戦編がようやく終わりを迎え、小康状態が続いている。
今の所それぞれが平等に勝ち星を分け合う完全な三国志状態であった。早坂はその場に出くわしたらダッシュで逃げる事にしている。
「……ってこんな事を話すつもりで来たんじゃないの!」
「何か眞妃様からお話が? そういえば田沼様のお姿が見えませんね」
「翼くんはあなたが四宮の従者だって事知らないから、呼ばないでおいたわ」
「お気遣いに感謝いたします」
「まああなたでもいいわ。言いたい事があるんだけど」
「私で答えられる事なら、何なりと」
「私とおば様を無理に仲良くさせようとするのは止めなさい」
と言って眞妃は一口ケーキを食べると、甘さに口をほころばせながら、目だけは器用に早坂を睨みつけた。
「どうせ美城が言い出した事なんでしょう? あなたがおば様と私を引き合わせる必要なんて持ってないものね。だからあの子に会って話したかったんだけど……」
早坂は普段の会話の中でも、相手が何を言ってくるかと考える質なのでこの言葉にはさして驚きもしない。
確かに夏休みに一緒に出掛けて微妙な間柄の人が付いて来る状況に会えば、聡明な眞妃の事なので、そこにある意図が見えない訳がなかったからだ。
「あなたから適当な時に言っておいて頂戴」
そう言って言葉を切るのと同時に眞妃はコーヒーを飲み干した。口の中に残った甘ったるさを断ち切るような、美城の甘さはいらないと言わんばかりの行動だ。
「ケーキは美味しかったわ。ありがとう。でも、それはそれ、これはこれ。いくら一番の幼馴染のしてくれる事とは言え、誰に押し付けられるまでもなく私は私の友達を作るわ。美城も分かっているはずよ。四条眞妃は、現れた困難をほぼ全て一人で乗り越えた人間だってこと」
ふん、と誇らしげに眞妃は胸を張ってみせた。成功体験を重ねて来た人間が持つ事の出来る、真の意味でのプライドを覗かせていた。
「まあ、あなた達がしてくる事が鬱陶しかったとしても、二人が付き合ってるのを邪魔しようなんてつまらない事は言わないから。私達に使う時間を自分達の事に使いなさい」
眞妃は厳しい物言いをして美城の行動を封じようとした。……まあこれで止まるような彼ではない、という事も十二分に理解しているのは眞妃だが。
とにかく美城は鉄華団の団長くらい止まるんじゃねえぞ……な男だからである。
「ではもうみぃの手助けはいらないと?」
「そうね」
「彼がしてくれた事は不必要だったと?」
「そこまでは言ってないでしょ……。私は帝と違って別にスポーツとかに時間を取られてるわけでもないし、自分の事に余裕があるから大丈夫なの」
「畏まりました。私から伝えておきます」
「ん。よろしくね」
ぺこりと頭を下げた早坂に念押しするように一言添えてからボランティア部の部室を後にした。
「自分の為に使え、ですか」
「ただいま戻りましたー……って、あれ? 愛、誰か来ていましたか?」
眞妃が去った後の部室で、何かを考えるように開いたままの扉を見ていた早坂だったが、その開いた扉から美城が飛び出してきて思考を一時中断した。
声変わりすらしていなさそうな美城の中性的な声に呼び掛けられると、どうにも頭がぼうっとして考えがまとまらない早坂である。
「愛?」
「あ……はい。先ほどまで眞妃様がいらしてました」
「えー! 何で言ってくれないんですか!」
「だって、みぃボディビル部に行くって言ってたじゃないですか」
「言ってましたね……。私がご奉仕の方させていただきたかったのに……」
「残念でしたね」
むっと美城は膨れると、せめてもの献身とばかりに机の上に載っているケーキ皿とフォークを片付けた。
「愛、他に予定はありますか?」
「そうですね……いえ、特には」
「では私に愛へお茶を注ぐ名誉に浸らせてはいただけないでしょうか?」
まとめて置いておく机に、洗い物を片付ける時に沸いたお湯の入ったポットを見つけると、にこりと笑ってそう提案してきた。
早坂からしてみれば断る理由が地球上どこを探してもないので、素直に頷いて眞妃の座っていた席に座る。少しくらいお嬢様気分を味わいたいお年頃だった。
「ラ~ララ~♪」
お湯を適切な温度に沸かしなおしながら、美城は歌を口ずさんで楽しそうに給仕の準備を進める。
その『秀知院のローレライ』と一部界隈で呼ばれた歌声に、睡眠時間を削ってまで四宮家に仕えている早坂はうつらうつらと夢と現実の間を心地よく揺蕩う。
これは……音楽の授業を追い出されるのも……納得……
……
……ぃ
……ぁい
「愛」
「ハッ!」
次に早坂が目を開けた瞬間目の前にはかぐわしい香りを放つ紅茶が置かれていた。彼女の感覚でいえば瞬きしたくらいの気持ちだが、少し眠っていたようだ。
「どれくらい寝てました?」
「十分くらいですかね」
常に常在戦場の意気込みで生きている早坂にとって十分は看過出来る時間ではない。
十分あればカップ麺が三つ出来るぜイエーイとかいうバカな中学生の冗談レベルではなく、一人の人生を恐怖のズンドコに突き落とす事だって可能なのだ。やらないけど。
眉間をぐりぐりと押さえて瞼にのしかかった眠気を払おうと、ついでに声も出してみた。
「すみません……」
「いえいえ。可愛らしい寝顔でしたよ」
「なっ……ほんと……もう……」
いつもの事だがこの男に羞恥心と言う物は無いのだろうか。……無いんだろうな。
早坂は諦めにも似た境地に至った。
というより今までもそうだったのに、やけに気になってしまうのも可笑しな話であって。美城は変わっていない。なら、変わってしまったのはわた……。
「あー、えっと、眞妃様からお言葉を頂いていたんでした」
「本当ですか? 何でしょう、気になります」
誤魔化すように話題を強引に変えると、やはり眞妃の事なので食いついてきた。多少面白くない物を感じながら、さっき眞妃が言っていた事を伝えようとして、
……あれ?
早坂はとても引っかかる所を感じて口が固まった。
「……愛?」
美城が気遣わしげに彼女の事を窺いながら心配そうな声を出しているのも気にならないくらい、早坂は集中の最中にいた。
そもそも私達が付き合っているのは、『互いに利する所を求めて』というのが始まりですけど……美城の利と言えば、眞妃様とかぐや様を仲良くさせたいという所ですよね。
そして眞妃様が先ほど伝えるように言われた言葉は、それは止めなさい、でしたけど。
……だとすると、美城にとってこの関係の形はもう必要ないのでは?
いやでも味方でい続けると…………美城の事だから『恋人の体裁が無くなったとしても、味方である事には変わり有りません』とか言いそう。いや絶対言う。
鹿苑こがねっていう多分今秀知院にいる中では五条に一番太いパイプを持ってる人も紹介してもらった事だし、私の利も充分満たしていると言っても過言ではないから、いよいよこの関係を解消しても良い所に来ている……。
もし解消すると言われて、私が食い下がって……、
『どうしてですか? もしかして私とそんなに離れたくないですか? ふふっ、可愛いですね、愛は』
とか言われたらどうすれば。でも美城に利が無いのにこの関係を続ける動機がない……。あるとすれば、私と個人的に一緒にいたい、っていう気持ちがある場合だけ。
もしそうなら、……嬉しい……でも、そうじゃなかったら。
「嫌だ」
どれだけ自惚れても、美城がこのまま恋人という仮初を纏い続けてくれる保障はない。
だったら
そうすれば、彼自身が誓った言葉を元に、私のそばにいてくれるはずだ。
早坂愛には無防備になる状況が二つある。
一つは、母親のような甘えられる人がいる時。
もう一つは、寝起きの時である。
今はその二つの契機により、イノセント愛ちゃんが爆誕していた。
無防備という事は、内心に被った仮面が剥がれ落ちて素直な気持ちが出やすいという事で、抑えきれない恋心が、冷静な普段の彼女を踏み荒らしていた。
美城を独り占めできるこの状況を手放したくない。このままこの関係を続けていたら、彼が本当に自分を好きになってくれるのではないか。
この時ばかりは我欲の命じるままに、自分に都合のいいように事実を一部だけ伝える。
「いえ、ケーキがとても美味しかったと。ただ、かぐや様が会長の為に用意した物である事はお見通しでしたけど」
「あはは、さすが眞妃様」
早坂は眞妃からの言葉をすっとぼける事にした。
伝えておくとは言った。
伝える……! 伝えるが、今回はまだその時の指定まではしていない。つまり私がその気になれば伝えるのは十年後二十年後ということも可能だろう……ということ……!
悪辣さでは四宮家に負けていない帝愛グループの幹部みたいな事を考え始めた彼女だった。というか帝愛グループって四条帝と早坂愛のカップリング名みたい。
…………NTRやんけ!
「私達もいただきましょうか」
ほんのりと後ろ暗い事が平然と彼女によって行われた事に気が付かない美城は、そのまま呑気な笑顔でケーキの詰まった箱を取り出した。
中から出て来たのはそろそろうんざりし始めて来た苺のショートケーキ。
こちらの気も知らないで、とどうしようもない事を早坂は考えながら美味しそうにつやつやしている苺を睨みつけた。
「そういえばボディビル部に何の用事があったんですか?」
「それですか? 今日はチートデイだと知り合いが言っていたので、思う存分チートしていただこうかと思っておすそ分けしてきたんです」
「チートデイ?」
「一週間に一回、食事制限を無視して沢山食べてもいい日の事です。体重の落ちない停滞期に行うと効果があると言われているらしいですよ」
「なるほど」
だから傍から見れば犯罪的な絵面が完成しそうな部に飛び込んで行ったのか。
「皆さんに喜んでいただけました」
美城がそう言って笑うと、早坂もそれに応えるように少しだけ口角を上げた笑顔で返した。
嘘をついて彼がこの笑みを向けてくれるなら安い物だ。
早坂はそんな事を考えながら、自分の為だけに吐いた嘘の味を噛みしめていた。
早坂愛は、最も恐れた形でこの嘘を贖うだろう。