五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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キタサンブラックってメチャクチャデカくてほぼ黒王号なんだって……。
また週一を守れなくてすみません……投稿します。


五条美城達は手を結ぶ

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 早坂愛は目の前に起きている事象の原因を過去と現在のあらゆる事に求めたが、そこには役に立ちそうな答えは導き出せなかった。

 彼女の前に突如として現れた四人の人影の目的に、論理的に推論を導き出せる人間など、星の光を星座として繋げた輩並のこじつけ力を必要とされるに違いなかった。いやあの星の数でてんびん座は無理でしょ……。

 

「愛……ごめんなさい」

 

 目の前にいる五条美城は申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。

 頭を下げた美城に戸惑いながら、早坂は現れた四人の内のもう二人に目をやる。

 

「ちょ、ちょっとどういう事なの? 紀ちん。巨瀬ちん」

 

 紀かれんと巨瀬エリカに声をかけた。

 ここまでは分からなくもないのだ。何しろ五条美城とこの二人は友人であるし、つい最近スーパー推しっ子大戦Z破界篇が宣戦布告され戦いの火蓋が切って落とされた事は、かぐやファンガールで白かぐ信者という事になっている早坂も紀かれんから聞き及んでいる。

 

「申し訳ありませんわ、早坂さん」

「でもこれもかぐや様にお近づきになる為の必要な犠牲なの……」

 

 そう言って鎮痛な面持を浮かべるお嬢様二人だが、その瞳には隠しきれないワクワクが煌めいていて、今にもどこか駈け出して行きそうなくらいだった。

 この三人だけなら早坂も『ああ、今までのアレか』と楽観的に受け取っていたのだが、残る一人の存在で一気に分からなくなっている。

 残り一人、は早坂の方に一歩前に出ると美城の隣に並んだ。

 一分の隙もなく染められた明るい髪色に、今すぐヘアーモデルの撮影を開始できそうなほど整えられた髪形。たれ目気味の二重が人の良さそうにこちらを見つめて、ややあって口を開いた。喋り慣れた人の持つ、明るい声色だった。

 

「これからの事で、君に一言挨拶をと思ってね」

 

「本郷勇人……」

 

 早坂は顔に出さないまま、口の中でそう独り言ちた。

 

 

 ♠

 

 

「女心と大衆(マス)の空ですわ」

「どうしたの急に」

 

 マスメディア部の問題児、紀かれんは突如としてそんな事を言いだした。季節は秋の、中間試験が終わって学園に一つ荷を下ろしたような弛緩した空気の中の事である。

 蔑ろにされた秋の空ちゃんが泣き出しそうな微妙な空模様の下、隣を歩く同じくマスメディア部の幼馴染で同級生の不可解な言葉に、巨瀬エリカは首を傾げて聞き返す。

 

「いえ、白銀会長が選挙へ出馬されましたでしょう?」

「それがどうかしたの?」

 

 何を当たり前の事を、と言いたげな顔でエリカは相槌を打った。マスメディア部は秀知院中に根を伸ばしているので、当然の如く直近に迫ったイベントの生徒会選挙の情報を仕入れている。今年の候補は三人という事も。

 そんな三人の選挙予測速報をこれから見に行くという所でかれんが変な事を言いだしたので、エリカとしては首を傾げざるを得ないという訳だ。

 

 大丈夫? 味噌舐める? 味噌を摂取した人は胃がん死亡率が低くなるという調査結果があるし肺癌、胃癌、乳癌、肝臓癌、大腸癌の抑制効果が認められているし肌の保湿やきめを改善する効果のあることが発見されているらしい。

 ……やっぱ味噌って神だわ。エリカはマルコセくんへの尊敬を5深めた。ちなみにかぐやへの尊敬値は二兆。

 懐から味噌飴を取り出そうとしているエリカをかれんは手で制して話の続きを話し始める。

 

「二期連続当選というのは白銀会長の実績から言いまして到達可能な目標とは思いますが、外部入学の生徒という事を持ち出してくる器量の狭い人が出ないとも限りませんし」

「何だ、そんな事を心配してたの」

「心配というほどの事でもありませんが、少しだけ」

 

 そんな会話を繰り広げながら、二人は選挙速報が張り出された掲示板の下まで行った。

 同じ部室で書かれた記事をわざわざ見に行くのかと言えば、部長じきじきに部活動から放りだされたからであり、何故そんな事になったかと言えば、それは二人が白銀陣営に過剰に肩入れするバイアスの塊みたいな存在だからである……という事は、読者諸兄に周知の事実と思われる。

 

 

 選挙予想速報

  伊井野ミコ(一年)30%

 

  白銀御行(二年)58%

 

  本郷勇人(二年)12%

 

 

 

「さすが会長! 圧倒的ですわっ」

 

 白銀に対して全力応援の構えを決めていたかれんもこれにはニッコリ。立候補者三人の三つ巴の争いであるはずだが、例え二人が連立したとしても白銀の優勢は如何ともしがたく『勝ったな風呂入ってくる』の心境に行きつきつつあった。

 圧倒的な有利状況からの、この速報。きっとサイレンススズカのような逃げ展開でそのまま勝つだろう。かれんは最近編集者の石上が某サラブレッドのアプリにハマりつつある現状から競馬で例えた。彼女にとって馬とは見る物ではなく乗る物なのだが。

 

「伊井野さんも健闘してるわね」

「ええ。ですが御行様の勝利する所に疑いなしという所ではないでしょうか?」

 

 並んで立っている二人の会話に、割って入るような声がかけられた。雨の前の少し重たい空気も真っすぐ突き抜けるような澄んだ声で、確信をもって二人は声の方を振り向く。というよりも『様』付けで人を呼ぶような人間は一人しか知らない。

 

「五条くんもそう思う?」

 

 最近は白い髪にすっかり周りも慣れ始めて、その白さを写真を撮る時のレフ版替わりにされつつある五条美城がそこにはいた。

 視線の先に思い描いた通りの人物がいた事に、さしたる驚きもないまま張り出された速報を指さして会話を続けた。

 

「ですわよねっ。会長の勝利は疑う所なしですわ!」

「はい」

 

 興奮した様子のかれんと対照的に、落ち着いて微笑み返す美城はもう一歩掲示板へ近づいて二人の横に並ぶ。

 じっと掲示物を眺める彼の、表向きは落ち着いているが心情が赤い瞳にゆらゆらと興味として現れている事に気が付いたのは、かれんが先だった。

 

「興味がおありですか?」

「そうですね。こういう選挙は初めてですから」

「初めて? 前の学校だって生徒会選挙はあったのではありませんか?」

「そこは公立と私立の違いなのでしょうか。秀知院ほど生徒会に権力はありませんから、どこか緩い雰囲気はありましたね」

「そういう物なの? 私達は秀知院の選挙しか知らないからこれが当たり前だけど」

 

 軽いカルチャーショックをお互いに受けながら、三人の興味は圧倒的不利に立たされている2.5次元俳優と巨人のショートの名前を足して2で割ったみたいな男子の事に移っていく。

 

「本郷くんはちょっと分が悪そうね。ここからの巻き返しは厳しいんじゃない?」

「御行様には前生徒会長という実績、伊井野さんにも風紀委員を務めているという実績がありますけど……」

「酷いなあ。もう少しクラスメイトを労わってくれてもいいんじゃないか? それに五条くんも」

「噂をすればですわね。生徒会選挙予測最下位の本郷くん」

「そんなにはっきり言ってくれるなよ。傷つくなあ」

 

 本郷くん、とエリカに呼ばれた本郷勇人は茶髪の髪を困ったようにかき上げて、どうにも芳しくない自分の評価に苦笑いした。

 彼は紀かれんと巨瀬エリカと同じ2年C組の生徒で、いわゆる陽キャのグループに属している男子生徒だ。そのカーストに相応しく広い交友関係を持ち、人望もそこそこあるのだが。

 あれだろ? Clubhouseとかやってるんだろ?(偏見)

 ともかく結果が速報値12%となって表れるのだから、

 

「確かに事実だから仕方ないけどね。挽回してみせるさ」

 

 と今現在の彼は言うしかない。

 クッソ負けている状況をどう卍解するか、彼の腕の見せ所と言って良いかもしれなかった。卍解の能力の上がり幅は最低でも五倍からなので12の五倍で60になりギリギリ白銀に勝つことが出来る。早く卍解してホラホラ。

 

「二年生の票の大多数が取られているのが痛いな。ここを切り崩さないと勝てないだろう。そのために今白銀くんの票を切り取る準備を進めている所なんだ。気になるかい?」

「え……別に……」

「そんな……もっと食いつくと思ったのに。君達マスメディア部だよね……?」

 

 マスメディア部なら情報に目が無いというナイーブな考えは捨てろ。

 彼女達はスクープを目の前にしても『かぐや様が生きておられる事実より特筆すべき事は無し』とか平然と言い放てる女だ。パンとサーカスに生きるにあらず、人はかぐやに生きるにある。

 

「伊井野さんの公約は読んだかい? あれは放っておいても自滅するだろう」

「かれん、見た?」

「後で貰いにいきますわ」

「さっきほど沢山貰ってきましたので、どうぞ」

「さすが五条くん。気が利くわね」

「君は伊井野さんの回し者か何かかな? まあいい。それで白銀くんの事だけど、君達にはどう映る? 報道側からと外部からの公平な目で見た意見が聞きたい」

「我々凡人を導くのは尊きカリスマ白銀御行ただ一人と考えます」

「なるほど?」

「かぐや様という女神が付いている時点で勝ち確定」

「公平な目なんて一ミリも持ち合わせてないってワケだ?」

「御行様はつつがなく生徒会業務を遂行されており、会長になってからの定期テストは常に一位。その傍にテスト二位で入学の頃より恐れにも似た憧れを抱かれているかぐや様が控えているのですから、圧倒的に票を集めるのは仕方のない事ではないでしょうか」

「この流れで最後にガチの批評はやめてくれ」

 

 その術は俺に利く。

 

「ゴホン……それにしたっておかしいとは思わないか? 白銀くんは確かに優秀だが、たかが混院の生徒が二年連続でここまで支持を集めると思う?」

「混院ってそんなに白眼視される物でしょうか? 私はそんなにやいのやいの言われませんでしたけど」

「秀知院生九割の邸宅なりマンションを造っている大ゼネコンの息子は黙っててくれるかな」

 

美城はシュンとしながら指で口元にバッテンをつくってお口ミッフィーにした。

(・×・)<……

 きょとんと開いた赤い目に、白い毛並みの美少女っぽい男が口元でもごもごしているのは非常に倒錯的な物を感じるに十分だったが、本郷は意思の力で無理やり女子二人の方に話を向けた。

 

「……結局何が言いたいの?」

「少し考えれば分かるだろ? 何か裏があるんじゃないかって。その裏を探って記事にすれば大スクープだと思わないか? マスメディア部さん」

 

 本郷は整った顔を少しあくどい表情に染めて、二人が興味をそそられそうな事を口にする。巨大な権力とその裏というのはジャーナリズムをくすぐられる事だと、彼は思っているのだ。

 

「失楽園……」

「ぎゃー!」

 

 が……駄目……っ!

 かれんは地の底から呻くような震える声で物騒な事を呟いたかと思えば、抜き身の包丁を取り出した。

 刃先には赤い物がべっとりとついており、白銀とかぐやの通う学園から永久に追放してやろうという意志が恐るべきビジョンを持って襲い掛かってくる。

 

「こ、殺される!? 二人ともどうにかしてくれないか!?」

(・×・)<……

(・×・)<……

「何でそこで口を噤むんだ!巨瀬さんまで! もう黙ってなくていいから助けてくれよ!」

「仕方ないわね。かれん、止めなさい」

「あっ」

 

 お口ミッフィーの構えを解くと、まずエリカが刑事事件一歩手前の親友の肩を押さえてその隙に美城が包丁を取り上げた。

 刃渡りの部位をぐっと握って。

 

「ひぃっ」

「ご安心ください本郷くん。これは作り物ですよ」

 

 ぐにっとゴム製の刃先を弄ぶと、安心したようで本郷は息を吐いた。

 

「何だ……。でもなんだって紀さんはそんな物を」

「そんな、なんて酷い言い草ですわ」

「そうよ。これは演劇部と交渉に交渉を重ねてようやく譲りうけたかぐや様ご使用の神器(こどうぐ)よ」

「意味が分からない!」

 

 本郷は作り物の包丁を手にうっとりし始めたエリカを恐怖の目で見つめた。言葉は通じるのに話が通じないという……これは奇妙な恐ろしさだった。初めてミノタウロスの皿を読んだ時と同じ感覚に彼は襲われている。

 

「本郷くん」

「何だい?」

 

 頬が引きつり始めた本郷に、美城はゆっくりと諭すような口ぶりで語り始めた。

 

「このようなかぐや様を慕う人がそのまま会長の票田ですよ。それはこれだけの圧倒的な差もつくと言う物です」

「もう……何かすごい身をもって理解したよ」

「そもそも知名度の差ではないでしょうか。優君に聞くと『ほ、本郷? 誰ですかそれ?』みたいな反応でしたし」

「優……? 会計の? まあそう言われると弱いな……」

「まだやるべき事は沢山あるのに、そういう小知恵を使おうというのが間違いなんです!」

「あれ? 急に俺怒られてる?」

 

 始めはゆっくりとした語り口調だったのが、段々とアップテンポになっていき最後に弾けた。急に怒られだした本郷は戸惑いの色を隠せない。

 

「そんな事よりもすべき事があります!」

「それは?」

「まず天に恥じない努力を重ね、真っすぐ立ち向かいます。そして頭を垂れると……」

「負けてる!?」

「なんなら腹も見せると」

「そこまでいくと服従だろ!」

「かぐや様に服従……いい……」

「会長とかぐや様の明るい未来の礎になれるのなら……」

「良くない! 君達は自分の感性がマジョリティだと思うなよ!?」

「そんな感じでどうでしょう」

「良い要素一つもなかったんだが!」

 

 むしろ裏工作をもっと推し進めようという思いが本郷の中に生まれつつあった。彼にもプライドがあって、頭を下げるなどごめんこうむるのだ。そんな事をするくらいなら、多少汚くても実を取る方がいい。

 

「まあ今のはふざけましたけど」

「こっちもそれなりに必死なのにふざけないでくれよ」

「申し訳ございません。ですが友人として一つ言いたいのは、そのような裏工作まがいの事は止めておいた方が良いという事です」

「何を分かったような事を……君は秀知院の生徒会選挙は初めてだろう?」

 

 けれど分かる事はある。

 裏工作であったり、白銀御行の醜聞をばらまこうなどと考えれば、早坂愛が黙ってない、という事だ。正確に言えば四宮かぐやに指示を出された早坂が手を下すのだろうが。

 それこそ学生の猿知恵の及びの付かない手段を用いて、やられたらやり返す……倍返しだ!してくる事なんて美城には分かり切っているのだ。

 

「俗に言う、銃を向けた人間は銃で撃たれても文句は言えない理論です。やれば、やり返されるでしょう。本郷くんが四宮家と裏工作合戦して必ず勝てるというのなら止めませんけど」

「それは……無理だな」

 

 本郷もそれなりに大きな家の息子である。四宮家という家がどういう物でどのような手段を用いてくるか、親からも口を酸っぱくして言われていた。率直に言うと関わるなと言う物だ。

 

「でしょう? ですから、そういった後ろ暗い事は止めて伊井野さんの様に正面から戦う方がむしろ堅実だと思いますよ」

「ハァ……ご忠告どうも。じゃあ俺は行くよ」

 

 彼は最初に会った時より小さくなったように感じる背中を向けながら、美城とかれんとエリカに言葉少なく別れを告げると、頭を掻きながらその場を後にした。

 その後ろ姿を見た三人は自信を無くしたような本郷を、少しばかり慰めてあげたくなる。

 慌てたように三人は悩み多く頭を抱えた本郷に歩み寄ってめいめいに語りかけた。

 

「本郷くん、そんなに落ち込まないでください」

「そうよ。というよりもかぐや様がいる陣営に勝てる訳ないんだから、落ち込む必要なんてこの銀河には存在しないのよ」

「ハァ……」

 

 本郷は落ち込んだ。

 

「ちょっとエリカ! 事実だとしても言って良い事と悪い事がありますわ!」

「ハァ……事実か……ハァ……」

 

 人によっては胡散臭いと言われそうな彼の笑みが、誰が見ても疲れていると言いそうな笑みに変わった。かわいそう。今なら陽キャに屈折した思いを抱える石上ですら優しく接してくれるはずだ。

 

「ほら……クラスメイトのよしみで相談にのりますから」

「仮に俺が白銀くんのスクープを売り込んだら記事にしてくれるか?」

「私達会長贔屓が過ぎて部室を追い出されているので」

「はぁ~つっかえ……辞めたらこの仕事?」

「つ、つかえない……?」

 

 マスメディア部コンビは落ち込んだ。

 

「だってそうだろ。生徒会に関する記事と言えば部長の朝日先輩の名前が主で、二人の名前は見た事ないからな。君達に頼ったのが間違いだったな」

「「うぐぅ……」」

 

 人によってはナマモノ夢女子とか思慮の代わりに味噌が深いとか言われている二人の顔が歪む。彼女達にとって尊敬して止まない生徒会の記事を書けなかった事実は、まだ新しくて色濃い傷跡として胸の内に残っているのだから。

 

「本郷くん! 人の痛い所を突くのは止めてください」

「ごめん……」

「謝らないでくれない!?」

「大好きな物を表に出来ない苦しさを味わっている人に、その言い方はあんまりです!」

「うわあああん」

 

 大好きな物を形にしているが、表沙汰に出来ない事もある。かれんは改めて自分の業の深さに絶望し、加えてエリカもかぐやと話しをしただけで失神する自分に絶望した。

 

「何よ! 五条くんは節操なしの癖に!」

「幼馴染の眞妃さんの事を『眞妃様』と呼ぶのは構いませんし、かぐや様はかぐや様なので良いのですが、今会長職ではないからと言って『御行様』と呼ぶのは、尻軽などの誹りを免れませんわ!」

「うぅ……」

 

 いつも余裕の笑みを浮かべる美城の顔が辛そうにしかめられた。

 辛いです……自分より能力の有る人が好きだから……。

 

「眞妃さんに聞けば、弟君の帝くんの事も『帝様』と呼んでいるらしいですわね」

「同級生四人も様付けで呼んで、忠臣は二君に仕えずなんて言葉があるけど、そんなんじゃ奸臣じゃない!」

「うわあああ申し訳ありません眞妃様ぁぁ!」

 

 天を貫く慟哭が響き渡った。

 美城としては四条の姉弟に対して忠を怠った事はないつもりだったのだが、大体同じくらい(能力で帝の方が、人として眞妃の方が)好きなので二君に仕えている状態からスタートという忠臣とは程遠い現実に泣いた。

 絶対英雄になれない条件を聞いたライダーくらい動揺している。

 

 美城とかれんとエリカの三人は本郷を、本郷はマスメディア部二人を、その二人は美城を責める誰も幸せになれない地獄のような空間がそこには確かにあった。

 

「ふー……。止めよう」

「あまりにも不毛ですわ……」

「何でこんな責め合ってるのかしら……?」

「私達は敵ではありません」

 

 地獄のような炎に一しきり身を焼かれた後、四人は顔を見合わせて頷き合う。どうしようもない汚濁の泥の中からも煌びやかな蓮の花が咲くように、どうしようもない僕達の間にも友情の花が咲く、というJポップの歌詞みたいな思いがその場にいた皆の胸を満たした。

 固く手を握り合い、ここに同盟が組まれたのである。何に対抗するのか分からないが。

 

「実際どうすればいいと思う?」

 

 問題が一番目の前に迫っている本郷が切り出した。それは案を求めると言うよりもただの世間話と言った体だ。

 

「地道に選挙活動をするしかないと思いますが……」

「そうそう。伊井野さんみたいにね」

「あら? そう言えば本郷くん、応援演説人の方はどちらに? 大仏さんのように一緒にいると思っていましたのに」

「いや、いるにはいるんだけどね。負け戦はしたくないって、優勢になるまで出てこないつもりらしい」

「えー、酷いわね」

「そうです。苦しい時こそ応援するのが友人と言う物ではありませんか」

「そのお方は一生出てこないつもりでは?」

「そうだろ、酷いよな」

 

 世間話というよりおばちゃんの井戸端会議染みてきていた。

 

「救いはないんですか?」

 

 今の状況を少しばかり大仰に話した美城の言葉に、エリカが何か気が付いたような顔で悩み多き本郷の方を向いて口を開いた。

 

「ボランティア部に依頼すれば?」

「は……?」

 

 いきなり活動内容の珍妙な部活の話を持ちだされて、本郷はポカンと鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしてクラスメイトを見る。

 ボランティア部という物が創立された事は、五条美城という耳目を集める人物の事なので生徒の間で知れ渡っているが、それが今の状況を跳ね返すのにどう関係があるのか。

 

「だって五条くん学内の事なら大体何でもやってるでしょ?」

「そうですね。基本的にはこちらからの押し売りですが、たまに頼まれごとを請け負いますよ。以前の話ですが人手の足り無さそうな生徒会に無理を言って協力させていただいた事もありますし」

「は?」

「エリカ……ッ、ステイ!」

 

 かれんが豹変したエリカの肩を押さえた。

 かぐやの手伝い……? そんな金を払ってでも参加したい行事が行われていたなんて。

 

「ああ。言いたい事は分かったよ。別に応援演説人と二人で活動しないといけないってルールは無いからな。白銀くんだって前生徒会のメンバーでチームを組んで選挙活動してる訳だし」

「それは……私個人としては構いませんが」

「本郷くん。五条くんは知名度がありますからきっと心強い味方になってくれますわ」

「ちょっとだけ待ってくださいませんか? 眞妃様にお伺いを立てないと……」

「眞妃さんに?」

「その前に会長とかぐや様の二君にも忠を尽くしてるお伺いを立てるべきじゃ?」

「ゥッ……(死亡)」

「エリカ! どの立場から物を申してるのか分かりませんわ」

「いえ……大丈夫です。では行ってきます……」

 

 

――

 

「……という事があって、彼を借りる事になったから」

「へ……へ~。そうなんだ~。知らなかったし~」

 

 事の次第を聞いた早坂は、上手く笑えている自信がないまま愛想笑いで誤魔化した。

 非常にまずい。

 この度の生徒会選挙は、かぐやが白銀に告白まがいの事を言って出馬してもらったという経緯から主人のやる気も一塩なのだ。色々と動き回っている事は傍目にも分かるくらいなのに、その横でボランティア部として本郷を味方するなど、こんなに分かりやすい背信行為もない。

 

「愛はかぐや様を応援されていますよね。私の方は手伝わなくていいですよ」

「あっ、そうなんだ」

 

 どうやら背信行為は免れたようだ。

 だがそれはそれで自分を蔑ろにされているようで気に食わない。無駄な事だと、茶番だとしても『愛、協力してくれませんか?』『ごめんなさい』の一幕はあって然るべきでは?

 自然と面倒くさい彼女ムーブを内心で決める早坂だった。

 

「でもさ、紀ちんと巨瀬ちんがそっちに着くのは何で?」

「早坂さん。これは損して得を取れという深遠なる計画ですわ」

「私達は本郷陣営特派員なのよ!」

「……とくはいん?」

 

 もちろん特派員という言葉は知っているが、生徒会選挙くらいでそんな例が過去にあったとは早坂の耳をもってしても知らない事だった。

 

「私達は選挙期間中に部室に入る事を禁止されてまして」

「どうしてそんなに堂々としてられるし~」

「部室には入れないけど取材は出来るから。一つの陣営に張り付いてれば討論会とかした時にかぐや様に取材出来るかもしれないでしょ?」

「え~何そのへこたれない精神」

 

 早坂は二人に心の強さを垣間見ていた。

 

「もちろん記事は選挙が終わってから出しますわ。会長のご迷惑になってはいけませんから」

「会長って俺の事?」

「失楽園……」

「ぎゃー!!」

 

 今度はエリカが包丁を取り出した。かれんと異なるのは逆手に持って殺意マシマシな点である。

 

「かぐや様のいる生徒会は絶対条件なんだから!」

「分かったからそれをしまってくれ! 作り物って分かってても怖いんだよ!」

「エリカ、落ち着いてください」

「よかった……。さっきは君に突きつけられてたんだけど」

「ここで本郷くんが倒れたら対談取材は夢のまた夢ですわ」

「そうね……。かぐや様に会うためだものね」

「俺の心配は!?」

 

 残念ながら……。

 

「そういう訳なのでしばらくボランティア部の方に顔を出せそうにありません」

「まあそれは良いんだけど……」

 

 全然よくないが形式的にそう言った。ここで駄々をこねてもいい事は一つもないし、言ったら言ったで好き好きが過ぎると思ったからだ。

 

「じゃあ選挙終わるまで部活無し? 寂しーなー」

「そうなりますね」

 

 わざとらしくいじけてみると、美城は早坂の手を包み込むように握って、真っすぐ青い目を見ながら、

 

「申し訳ありません。愛」

 

 と言った。

 その言葉に、いつもは感じない裏を感じて、湧き上がる照れくささを押し殺しながら早坂は赤い目を見つめかえした。目の前の、普段は真っすぐな光を湛えたルビーのような瞳が揺れている。

 言葉以上に申し訳なさがそこには彩られていて、早坂は彼のそんな態度に首を傾げた。

 廊下の真ん中でイチャつきだしたと勘違いした本郷は、空咳をして二人の意識をこちらに呼び戻す。

 

「早坂さんに義理立ても済んだ所で選挙対策会議に移ろうか。美城」

「美城!?」

 

 急に馴れ馴れしかった。

 まさかこの男が美城を下の名前で呼び出すとは……。

 

「そうですね、勇人」

「勇人!?」

 

 そしてこちらは無駄に親し気だった。

 ぱっと離された手に早坂は若干の名残惜しさを感じながら、少なくとも今まで会った秀知院のどの生徒よりも近い距離感で話し始めた美城に驚愕の目線を贈る。

 

「選挙対策室は二年C組という事でいいかな」

「もちろん構いませんよ。あなたがいる場所が私のいるべき所ですから」

「他の人にもこういう事言ってるんだろ。悪い奴だな美城は。やっぱこいつ奸臣か何かじゃないか?」

「もう、勇人ったら」

 

 いつものようなへりくだった美城の言葉に、本郷はぐいっと肩を組んでからかった。それに対して嫌そうでもなく、むしろ嬉しそうに笑顔を返す美城には距離感のバグが起きているのだろうか。もう馴れ馴れしいとかを通り越して親友か恋人の距離である。

 

 私だってそこまでしないのに……。

 

 早坂は非常に許し難い気持ちを抱いた。何故このぽっと出の男に彼氏の横を取られて指をくわえていなければならないのか。どうすべきかと思案する。

 彼女は勝ち取りたい物がある強欲な傑物であるので、本郷をクズではなく星クズにして願い事を託されて生きさせる準備がある。

 かぐやの邪魔をこれからするに飽き足らず、自分の恋人との貴重な時間をも奪い取ろうというのか。彼女は強い決意を抱いて遠ざかっていく茶髪の頭を見送った。

 

 

 潰す……!

 

 

生徒会選挙 開幕!

 

 

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