五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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選挙編はもう二~三話ほど続きます


選挙戦線異状あり

「あなたと白銀元会長……本当にお似合いですね!!」

「えっ……おにあい……?」

「ええお似合いですよ! 似た者同士! 相性ピッタリ!!」

「私たちそんなに相性良いかしら」

「もう結婚すればって位ですよ!」

「けっ結婚だなんて……!」

 

 前日の本郷勇人の件のように、四宮かぐやの暗躍が上手く行っていない今日この頃、いかがお過ごしだろうか。

戦略、戦術、帝王学を叩きこまれた彼女は結構な策謀フリーカーであり、戦わずして勝つという孔子の説いた教えを実践しているのだが、いまいちといった所で状況は膠着している。

 

 

「まず最初に言っておきたいのですが、今回の選挙で勝てる道筋はほとんどありません」

 

 所変わって2年C組では、普通の選挙で言う所の運動員に収まった五条美城が、丁寧に髪の毛を尖がらせた本郷に向かって丁寧に言葉を尽くしていた。ただ、丁寧であっても非常に鋭い刃物のような言葉を突きつけた事に変わりはなかったが。

 

「いやいや、それじゃ困るよ」

 

 本郷はちらりと横にカメラを持って控える特派員の紀かれんと巨瀬エリカを見ながら、こともなげに厳しい現実をぶつけてきた真っ白頭を睨みつけた。別に彼女らの事を好きとかそういうのではないが、女子の前で恰好悪い所を見せたくない男心というものだった。

 

「しょうがないわよ本郷くん。相手にかぐや様がいる時点で負け確定なんだから」

「ねえ本当君さぁ……起死回生の案を出せとは言わないけど、もうちょっと親身になってくれてもバチは当たらないだろう? このままじゃ君達の記事は俺がただ何のドラマも無く白銀陣営に負けたって内容になるよ」

「む……それは困りますわ」

「そうだろ?」

「せめて候補者対談をして頂かないと、近くでお姿を拝見できませんから」

「俺の心配よりそっち!?」

 

 そっち。

 

「まあまあ、二人の記事が凡戦を伝える記事になるか、接戦を伝える記事になるかは私達の努力にかかっていますよ? 分かっていますか、勇人」

「さっき勝ち筋がないと言ってた口と取り換えたのか?」

「そうおっしゃらずに」

「じゃあ接戦になる為に必要な努力ってのは何だ」

 

 人は良い方の本郷ではあるが、ぶっきらぼうな物言いで美城の意見を求めた。それはもちろん当初の作戦を止めるよう言って来た人間が、そんなのでは困るからだ。

 

「それは、いかに浮動票を獲得するかという事です」

「だけど浮動票は組織票があってこそ効果を発揮するものだろう。白銀くんの切り崩しを行わずに勝てるほどの票が浮かんでいるか?」

「います。御行くんは非常に公明正大を心がけた政策で、特定の集まりを贔屓した事はありません」

 

 美城は真っすぐ本郷を見据えながら私見を述べていく。

 彼に協力する事を決めてから白銀とかぐやを『様』付けで呼ぶことを止めていた。ストレスで胃が荒れかけている。だが対立候補を敬称を付けて呼ぶのに、擁立候補は呼び捨てとなると、いよいよ奸臣の誹りを秀知院の全員から受けるに違いない。それは美城的にはノーであった。

 

「さすが会長ですわ」

「ですが、それが票が固まらない理由です。贔屓してくれない相手を必死になって応援する必要はありませんから」

「確かに道理ではあるな」

「そこに付け入る隙があります。御行くんが元生徒会長だから、という消極的理由で票を入れようと思っている人は、積極的理由でこちらの票にする事が可能だと、私は考えていますが」

「かぐや様という積極的理由が私にはあるけど!」

「ほんと今からでも更迭できないかな?」

「いいではありませんか。第三者の目が常にあるというのは、やましい所は何もないという何よりの証拠になりますよ」

「本当に美城は他人に甘いんだな。四条さんの言う通りだよ」

「いやあ、それほどでも……」

「褒めて……はいるな。半分だけど」

 

照れながら頬を掻いた美城へ、やっている事は完全に春日部の五歳児だったが不思議な色気を感じてしまった自分に落ち込みながら本郷は続きを促した。

 

「それで、積極的理由とは何だろう」

「今、勇人を支持してくれている人はどういう人でしょうか?」

「そんなの、俺の友達だよ」

「そうです! 勇人と親しいご友人があなたに票を入れてくれています。つまり」

「おいおい、待ってくれ。じゃあ何だ? 美城が言いたいのは」

 

「なってしまえばいいじゃないですか。全員と友人に」

 

 美城は宇宙が来たり来なかったりするヒーローみたいな事を言いだした。俺は秀知院の全員と友達になる男だ! というマインドにさせたいのだろうか。

 あまりにも都合のいいと言うか、それとも彼が並外れて大胆なのか、さらりと言ってのけた美城に一緒にいる三人はポカンと間の抜けた顔を向ける。エリカは笑顔で変な事を言いだした美城を一応写真に収めておいた。

 

「そうと決まればこんな所でのんびり作戦会議をしている場合ではありません。急ぎましょう勇人」

「ちょ、ちょっと待てよ」

「私は待っても時間は待ってくれませんよ?」

 

 鬼かな? とマスメディア部の二人は思った。本郷には取れる戦術が少ないというのに、そんな提案をされては乗る以外の選択肢を取りようがないんじゃないの、といった感じで。

 

「分かったよ……」

 

 分かったんだ……。

 

「では行きましょう。まだ校内に残っている生徒は多いですから、一人でも多く声をかけていきましょうか」

 

 まだ不承不承といった雰囲気の本郷とは対照的に、というか自分で言った言葉だからか、楽しそうな笑みを浮かべながら美城は軽やかに立ち上がった。何がそんなに彼をウキウキにさせるのか分からない本郷だった。こちとら敗色濃厚な戦況に思い悩んでいるというのに。

 美城が使用人の如く教室のドアを開けてくれたので、どうすればいいかと考えながら外に出ると、

「こんにちは本郷くん」

「……君は」

 

 2年C組を出てすぐに、本郷は今一番顔を合わせたくない人物と相まみえた。

 

「か、かかかぐやしゃま……!」

 

 そう呼んだエリカの声からお察しの通り、四宮かぐやが凛然と立っていた

 間近で受けるかぐやの声に女子二人は痙攣に近い何かを始めた。本郷の横で死人が出かかっている。かぐフィラキシーショックという病名が医学の一ページに刻まれるかという瀬戸際だった。

 

「……大丈夫ですか? そちらの二人は何だか震えてますけど……」

「いや、これは大丈夫な方の震えだから気にしないでくれ」

「大丈夫な方の震え……?」

 

 何とも奇々怪々な答えであったが、かぐやはとりあえず頷いておくことにした。そういえば夏休み明けに『花火を見ましたか?』と聞いてきて廊下に倒れ伏した女生徒はこの二人だった、と言う事を思い出して、ついでに眞妃の『これ大丈夫なやつだから』という言葉も合わせて思い出す。

 

「かぐやさん、今日はどうしてこちらに?」

「まさか偵察なんて物にでも来たのかな」

「いいえ。本日こちらに来たのは取り次ぎのためですよ」

「取り次ぎ? 誰の」

 

 本郷がもっともな疑問を呈すると、かぐやの後ろからひょこりと目立つ金色の頭が出て来た。恋人と対照的だねとよく言われる青い瞳が、文句を言いたそうな恨みがましさを纏って美城を見ている姿で彼は全てを察した気になった。

 恐らく今秀知院で一番有名なカップルの片割れ、早坂愛がそこにいる。

 本郷は何も言わずその場を去りたくなった。

 

「早坂さん。取り次いであげましたよ。後は自分でどうにかしてください」

「ありがと四宮さん」

 

 学園で一二を争うギャルである早坂は、いつものようにアルミかカーボンかその他の何かで出来ているような軽い感謝を短く捧げると、本郷の横に一歩下がって控えている美城の正面へと回った。

 エリカがシャッターを切っている。飛び切りの美少女二人に挟まれて居心地が悪いチャラそうな男は絵面のパワーが中々であった。……いや片方は男だろ偏向報道やめろ。

 

「ホントにボランティア部に来ないんだね」

 

 ウッ……(死亡)

 本郷は早坂の言った言葉で急にお腹が痛くなってこの場から一刻も早く立ち去りたくなった。いや立ち去ろう。

 立ち去る(鋼の意思)

 

「えっと……じゃあ俺らは先に外にいるから。どうぞごゆっくり……」

 

 彼は踵を返して風紀委員に怒られないギリギリの速度で駈け出した。その姿は友人の面倒くさい事態に寄り添ってあげない卑怯者のようにも見えたし、引き際をわきまえた名将のようでもあった。

 残されてしまったかれんとエリカの二人は、一拍置いて会長候補の背中を追いかけて行った。推しに近い位置にいる喜びを全身で感じていたかったが、体の奥底からくる歓喜と信仰に近い憧れによって引き起こされている震えをこれ以上続けると絶命の途に就きかねないからだ。

 好物なのにアレルギー反応が出てしまった人のような、そんないたたまれなさを感じる事ができる二人である。

 

 邪魔者は消えた、と早坂は校内で被っているギャルの仮面を小脇に抱えでもしたかのように落ち着いた表情になると、どういう気持ちでその顔なのか、笑顔の恋人を見据える。

早坂は、これが彼のいつもどおりな顔である事を重々承知した上で、こう聞かなければならない。

 

「みぃ、本当に勝てると思っているんですか?」

 

 こんな事は今更言葉にするまでも無く、誰もが思っている事だ。

 天上のかぐや姫と、その姫を傍におく才気煥発の輝きをこの一年余す所なく見せつけてきた白銀。彼にある不満と言えば外部生の【混院】であると言う、彼自身に求める事が出来ない原因くらいしかない。

 

「勝てる……と言えないのが辛い所ですが、だからと言って座して死を待つつもりもありません」

「五条くん、貴方ほどの人が知らないはず無いでしょうけど、選挙速報の結果を受けて票はよりこちらに動きますよ。なぜだか分かりますか?」

 

 かぐやは以前石上に勉強を教えてあげた時のような口ぶりで、美城に質問をした。つまり答えられなかったらとんでも無いスパルタが待っていると言う事だが。

石上「素晴らしい先輩」

 

「はい、かぐやさん。それはつまり、有権者は自分の票が死ぬような人に投票したく無いと思い、一番有力候補に入れてしまうバンドワゴン効果が働くからですよね」

「その通りです」

 

 バンドワゴンとは集団の先頭を行く音楽隊のことで、つまり派手で目立つ行動に(今回で言えば候補に)ついていく心理の事である。

 彼の敬意の払い方に毒されてしまっているのだろうか、様付けで目の前の白髪の美少女のような少年がこちらを呼んでこない事に酷い違和感を覚えながらも、頷きを返した。

 

「分かっていながら、どうして戦うのですか。眞妃さんに頼まれでもしましたか?」

 

「眞妃様は関係ありません」

 

 かぐやは気が付かなかったが、それは彼らしからぬ冷たい声だった。

 幼馴染達を除けばこの学園で一番彼と接している早坂だから分かる程度の僅かな振れ幅でしか無いが。

 喧嘩でもしたのでしょうか? と、彼女は思う。

 

「では、あなたはなぜ本郷くんに協力しているのですか? 彼に特別優れた所があるとは思えませんが」

「私はそうは思いません」

「理由を聞いてもいいですか?」

 

 美城が並外れて献身したがりなのは今に始まった事ではないが、それでもなぜ雑草の如き有象無象に目をかけるのか分からない。

 

「かぐやさん、秀知院学園難題女子と言う言葉をご存知でしょうか?」

「知りませんね。早坂、知ってる?」

「はい。本郷勇人のアプローチを歯牙にもかけなかった女子の事を指します。具体的に言いますと、子安つばめ、龍珠桃、不知火ころも、大仏こばち、の四人です」

「……で、それがどう彼が優れていると言う話に繋がるのでしょうか」

 

 その話を聞くだけだと、ただの節操無しにしか聞こえないが彼にはそうは映らなかったようだ。

 

「かぐやさんもご承知の通り、桃ちゃんは極道の娘という事で周りから避けられているという難しい立場です。しかし、そんな彼女にも関わらず勇人はアプローチをかけたのですよ? 中々できる事ではありません。程度の差こそあれ、他の三人も難しい所を抱えているのに、声をかけるなんて」

「ただのバカではありませんか?」

「ええ。そうですね。ですが、もしかしたら大物かもしれませんよ?」

 

 くすくす、と美城は面白そうに笑って二人に視線を送った。

 

「あなたが言うならそれで結構ですけど、選挙は基本的に現職有利ですよ」

「確かに。争う点が無ければ現職は無敵です。何しろそのまま続投させれば争点が無いのですから」

「でしたら……」

「しかし御行くんには欠点があります。微々たる物ですが」

「それは何かしら? 混院なんて言い出したらあなたの事を軽蔑しますけど」

「いえ、そうではありません」

「では何が欠点と言うんですか?」

 

「御行くんって顔怖いじゃないですか」

 

 ……

 ……?

 ……は?

 意味が分からなかった。

 

「五条くん、何を言っているんですか」

「そうではありませんか。いえ、私はもっと厳つい現場の方とお会いする機会もあるのでそうは思いませんけど、あの鋭い目つきで睨まれると黙ってしまうという人は少なくないそうですよ」

「はーーーーー? 分かってないんですねその方は」

「かぐや様」

 

 早坂はかぐやを窘めた。もう遅いかもしれない。

 

「あの鋭い目つきは会長が幾重にも努力を積み上げた証そのものです! それなのに何ですか怖いとか! そんな事を言う人の精神面の方が私は怖いですけどね!」

「かぐや様」

 

 やはりまずい。今の主人は好きな人を貶された怒りで著しく客観性を失っている。

 

「その通りですかぐやさん。あの鋭い目つきはどんな困難も切り伏せんと立ち向かった彼の挑戦の刻印です」

「よくわかってるじゃない!」

「かぐや様」

 

 この主人は警戒心が強くて趣味趣向を共有する話で盛り上がる経験が薄いのに、そこにこの全肯定の鬼を添えてしまっては深みにハマってしまうのではないかと、早坂は男がキャバ嬢にハマってしまう心理に近しい物を感じてリアルな危機感を抱いた。あるいはホストに狂う女性か。どちらでも非常にまずい事に変わりはないが。

 

「ですがそんな御行くんだからこそ、そこが弱点だと私は考えます」

「つまり?」

「厳しい人の次には、優しい人が立って欲しくはありませんか?」

 

 甘い物を食べたらしょっぱい物が食べたくなる、くらいの気安さで美城は言った。

 くだらない。そうかぐやは切り捨てようと思ったが、彼女が戦っているのはそんなくだらない大衆の心理となのである。個人として優秀な人でも、集団になると愚かな選択をしてしまうのは、歴史を紐解けばいくらでも例が転がっている。

 

「それだけであんな人を推すのですか?」

「少なくとも、勇人は部活や委員会は特に何もしていないのに七十人弱の指示を集めるくらいには人望があります。かぐやさんが言うほど、私は彼が会長職の不適格者とは思えません。むしろ、開かれた生徒会を心がけるなら、彼の方が相応しいとすら見方によってはあり得ます」

「そんなのは詭弁です。会長の積み上げて来た実績と努力を前にすれば、他のどんな人間も相応しくないと思いますけど」

「良いではありませんか。港区の裾野に生まれた人と、世田谷区の平原に生まれた人が同じ夢で心を満たしても」

 

 そこまで言うと、美城は今自分が言ったセリフが少しばかり詩的だった事に恥じ入るように頬を赤く染め、丁寧に頭を下げてから本郷達が出て行った通路をなぞる様に外に出て行った。

 白髪の後姿が角に消えて行った所で早坂は息を吐く。思ったよりも彼は本郷を買っているらしい。

 

「……はあ。かぐや様、結局みぃは動くのを止めてはくれませんでしたね」

「……」

 

 けれど、最後にはかぐや様が勝つ。そう思っている早坂は、恋人の立ち向かう姿に少しの微笑ましさを感じながら隣の主人に話しかける。彼が言った通り、争点が無ければ現職が圧倒的に有利なのは、安定した地方の市長が何期と続けて当選する事例を見るに明らかだ。

 だから、油断はしていないだろうが、張りつめた糸に少しくらいの遊びが生まれるだろう、と早坂は少し気楽に考えていたのだが……。

 

「デトロイトの裾野で生まれようが、ネブラスカの平原で生まれようが、同じ夜空を見上げた子供は、同じ夢で心を満たし……」

 

 かぐやは突如としてそんな事を言いだした。

 

「かぐや様?」

「現職は基本有利ですが、再選は百パーセントではありません」

「それは当然です。現にアメリカ大統領選も……あ」

 

 早坂は世界最大の選挙を例にして話出そうと思うと、美城の言った言葉に大胆な宣戦布告が混じっている事へ気が付いてしまった。

美城の言った『港区の裾野に生まれた人と、世田谷区の平原に生まれた人が同じ夢で心を満たしても』という言葉は、かぐやが今言ったトランプ大統領の就任演説にある一節をもじった物で、そしてそのトランプ大統領は再選敵わず敗北を喫している。

 

 つまり美城が最後に言った言葉は、再選させないという痛烈なメッセージなのだ。

 

「早坂、五条くんの不可解な習性は何でしたっけ?」

「……負ける事に喜びを覚える事です。それも、全力を出して」

「ではそれを贈ってさし上げましょう。きっと感激に打ち震えてくれますよね」

 

 かぐやは言った。それはにこやかであるのに……いや、にこやかであるからこそどこか恐ろしい物に感じられた。

 こんな人に勝つつもりですか?

 早坂はお節介ながらそんな風に思った。

 

 

 ◇

 

 

 石上優は会長候補の一角である本郷勇人の事をあまり快く思っていない。

 それは彼の行動とか、性格に問題があるからという訳でもなく、ただ単純に自分の応援する白銀御行の敵であるからというだけに過ぎないが。

 では伊井野ミコは良いのかと言われるとそうでもない。しかし石上は彼女は過去何度も出馬した時のように、大勢の目に緊張して自滅するだろうと予測を立てていたし、実際にその予測は正しい物になる。

 

「会長、演説に使う映像が出来ました。確認しておいてください」

 

 選挙期間中、石上は一年生から嫌われている事もあって表には出てこないが、このように映像資料の作成などなどを裏で行っていた。

 

「すまないな石上」

「いえ、大した事じゃないですよ。それよりどうですか? 表の方は」

 

 いわゆる街頭演説やビラ配りの事である。

 

「それなりの成果、といった所だな」

「まあ会長には一年職務を全うした実績があるのでそれで十分でしょうけど。そう言えば、前目つきの悪さが取れた時あったじゃないですか?」

「あったなーそんな事」

 

 前生徒会が終わってから次期生徒会選挙が始まるまでの僅かな間、白銀は生徒会活動に費やしていた時間を睡眠時間に当てて健康優良児になっていた事があった。目の隈が取れてどこか優しい目つきになった彼に、普段は話しかけてこない人からも話しかけられたという事態が起きたのは、彼等の記憶に新しい。

 

「もっかいアレになれませんか? そうなれば完璧ですよ」

「早々なれないんだよアレに」

「時間が必要なんでしたっけ。まあ会長は忙しい人ですからね。それに今更顔を売らなくても、相手はあの伊井野と本郷先輩ですし」

 

 見下している訳では無いが、石上の口ぶりにはどこか勝利を当然の物として扱っている風はあった。

 何しろ相手は、昨今野球部ですら坊主頭を強制する事は止めようという流れになっている世相に反して男子は全員坊主にするなどと言う伊井野ミコと、一人一人に寄り添う生徒会という目標を掲げているは良いが、今やっている事は道行く人とおしゃべりしているくらいの本郷勇人だ。

 特に彼の集まりは、美人の多い秀知院でも群を抜いて顔がいい五条美城を侍らして、さらに見た目は生粋のお嬢様然としたナマモノ先輩が特派員として付いているので、どこか貴族のサロンめいた煌びやかさがあった。

 それが石上が本郷を更に苦手とする一因でもある。

 

「石上、そういう言い方は良くないぞ。選挙というのはナマモノだからな」

(やっぱそう思うよな石上!!)

 

 外面との差が激しくて耳キーンなりそうな内心であった。

 

「そうですよ石上くん。仮に優勢だったとしても気を抜いては足元を掬われるかもしれませんよ」

 

 その凛とした声に石上は一瞬身をこわばらせる。振り返ると四宮かぐやが藤原千花と一緒に立っていた。

 

「四宮先輩。ですが見たでしょう? 前の六割近くの指示を集めて圧倒的優勢の選挙速報」

「確かに見ましたけど、だからといって……」

「まあまあ二人とも~、喧嘩はこの中間速報を見てからでも遅くありませんよ」

 

 空気を和ませるように藤原はかぐやと石上の間に割って入った。パシッと机の上に一枚の紙を置くと、誇らしげに大きな胸を張る。

 

「本当は明日の朝に掲示板に貼る予定らしいんですけど~、友達が特別に白銀陣営だという事で先出ししてくれたんです。他の人に漏らしちゃ駄目ですからね」

「しませんよ。リークするような相手もいない僕に言わないでください」

 

 若干悲しい気持ちになったので藤原は明日から石上に優しくしてあげようと思った。今日からではない所がアレである。恐らく明日の朝目覚めた時にはそんな事忘れているに違いない。

 

「まあ、大体予想はできますけど。伊井野が落ちて、その票を会長と本郷先輩で分け合う形でしょう」

「そうですね」

 

 思考がネガティブ寄りな石上にしては楽観的な予想であったが、その事に誰も反論しなかった。

 

「では友達に感謝して……」

 

 藤原が中間速報の紙に向かって一度合掌をしてから、裏返しのそれをひっくり返す。

 

「これは……」

「思ったより……」

 

 そこに記されていたのは、楽観的な予想を少し下回る物だった。

 

 

☆生徒会選挙予測 中間速報

 

  伊井野ミコ 22%

 

  白銀御行  50%

 

  本郷勇人  28%

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