五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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近所のコンビニでかぐ告の一番くじやってたけど早坂のグッズ全部無かった……
一番くじのシステムよく知らないけど良くある現象なのこれ?


生徒会選挙はただでは終わらない

 勝てない。

 

 伊井野ミコという女の子が置かれる状況は、これまでほとんど逆境と言って差し支えない物だったけど、今回のそれはとびきりだと思う。

 

「ミコちゃん……」

「大丈夫、こばちゃん。去年の白銀前会長だって直前まで泡沫候補の一人だったんだから」

 

 白銀、十年ぶりの二期連続当選なるか!? 追い上げる本郷、阻むか!?

 

 マスメディア部が大々的に貼り連ねた選挙直前会報ではそんな見出しが躍っている。

 伊井野ミコという名前はどこにもない。

 けど、それも仕方がないような気さえしてくるのは、派手さは無いけど堅実な白銀さんと、派手に皆と交流をしていた本郷さんの二人がこの選挙の主役であった事に、ミコちゃん陣営の私でさえ疑う余地はないからだ。

 ……いや。もっと正確に言うと、本郷陣営に一運動員として参加した五条さんが、今回の中心だったように思う。

 本郷さんの隣にいつも付き従う彼は、見た目の神秘性とは裏腹に気さくに声をかけてくれる事は周知の事実になって新しい。何故かは知らないけどこっちの事を知ってくれているのは、有名人になった気がして少しばかり自尊心を満たしてくれる。そんな二つの事もあって、生徒から選挙の話題が出てくる時は大抵五条さんの名前が出てきていた。

 

「こんにちは。大仏さん。伊井野さん。今日は良い一日にしましょうね」

 

 そんな間違いなく選挙の中心な五条さんは、いつものように朗らかで見ているこちらも嬉しくなるような笑顔を見せながら私達に挨拶してきた。まだ暑いけど、秋の模様になっている空からの射光で金色混じりにキラキラと輝く白い髪がどう言いつくろっても注目を集める。見とれていた男子が彼女に横腹を突かれた。

 

「おはようございます、五条先輩。活動停止命令が解除されたのは私としても良かったですが、復帰早々応援演説人のお株を奪うのはどうかと思いますよ」

「やっぱりそう思いますよねぇ……」

 

 明るい顔に少し影を落としたような表情で五条さんはミコちゃんの言葉に頷き返した。

 二十一年ぶりの珍事として学園に話題を提供した『応援演説人の変更』は、どうやら彼の本意ではないみたい。本当ならそのまま坂木さんがこの場に立っていたのだろう。

 というよりも、今回の選挙は周りの方が熱くなっている気がする。

 あまり詳しくは教えてくれなかったけど、ミコちゃんは四宮さんに高度な盤外戦術を仕掛けられたみたいだし。

 そして五条さんの事といえば、

 

『横暴! これは美城様を阻む大いなる陰謀っす!』

 

 同じクラスの友達、鹿苑こがねちゃんがそんな風に騒ぎ立てて停止令を撤回するよう署名を集めた事実が、あらゆる会報に事細かに書されている。

 百を超える名前に事態を重く見たのか、選挙管理委員会も処罰を軽くして一週間の停止令を五日間の停止に改めたそうだ。……そうだ、っていうか、だから本郷さんは彼を応援演説人に変更できたんだけど。

 

「仕方ないだろう? 道行く皆から『えっ!? 応援演説人って五条くんじゃなかったの?』って言われるんだから。奏太も自分のせいで負けたとなる方が嫌だって奴だから、恥を忍んで美城に頼む事にしたんだよ」

 

 横の方からすっと本郷さんが出て来て手短に話してくれた。本日の主役の一人だからか少し落ち着かない様子なのを五条さんがなだめている。二年A組の辺りから殺気を感じた。感覚的に言えば金色から放たれる青い視線のレーザービームだと思う。

 

「本郷先輩。こんにちは。ですが最初に受けてくれた坂木先輩に不義理ではないでしょうか」

「義理不義理の話をするなら、選挙活動に最初参加してくれなかったアイツの方が不義理じゃないか? 最初一割しかなかった支持率の頃から助けてくれた美城を粋に感じるのは当然だろう」

「それは……まあ、そうですね」

 

 ミコちゃんは納得いかなそうな顔をしていたけど、喉に引っかかった薬を飲むみたいな渋い顔をして頷いた。

 応援演説人の変更はとてもマイナーだけどきちんとあるルールの一つだから、己を律してルールとマナーを守る事を愛するミコちゃんも強くは言えない。

 美意識として、最初にお願いした人と最後まで一緒に頑張る方が好きだという点でしか本郷さんを糾弾する事は出来ないから、『それってあなたの感想ですよね?』って言われるとその通り。だから苦虫を嚙み潰したような顔をしてる。

 

「俺の事はいいだろう。それよりも……」

 

 軽い調子で話していた本郷さんはある方向を見ると、軽薄とかチャラいとか好き勝手言われがちな……そんなに親しくないのに私に告白してきたから間違いじゃないけど……顔を真剣な物に変えた。

 目線の先にいたのは白銀さんを筆頭に、四宮さん、藤原さん、そして一年生ながら役職付きに大抜擢された石上。

 ずらりと並んだ顔つきは、この一年生徒会を運営してきた自負のような物に溢れて、この前初めて白銀さん達と顔を合わせた時みたいな愉快さはどこにもなかった。

 ……何? こないだまでとは全然違うこの真剣さ。

 

「見てください勇人。あの真剣な御行くんの顔」

「強敵の登場にワクワクできるのお前かサイヤ人くらいだからな?」

 

「あの人に緊張って言葉は無いのかな?」

「……さあ」

 

 役者はそろって、戦いの幕が上がる。

 

 

 ◇

 

 

「――伊井野ミコはとても真っ直ぐな女の子です。心が綺麗で純粋で誰よりも正しくあろうとする女の子です」

 

 

 応援演説は公平を期すため五十音順から始まる。一年であろうが二年であろうが、名家であろうが極貧の家であろうが、遠い昔の話をすればどの藩の出身であろうが変わらない決まりだ。

 今回の選挙演説は伊井野ミコ、白銀御行、本郷勇人の順で演説が行われる。

 伊井野ミコの応援、大仏こばちによる演説が耳に心地よく響いていた。

 

「澱みがない。相当練習しているな」

「だけど会場の意識が散漫です。真面目に聞いている奴は半分もいない」

 

 白銀はそれを聞いて素直に感心を示したが、石上は否定的な事を付け加える。人を腐すような事を良しとしない白銀だが、ざわざわとやかましい体育館の現状を間近で聞いている彼はそれを注意しなかった。

 選挙における最大の敵とは無関心だ。

 秀知院の生徒が選挙をどうでもいいと思っている、のではなく、伊井野ミコという生徒の口に上る話題からも、マスメディア部の出す新聞からも消えてしまいそうな候補の事がどうでもいいと思っているのだ。

 もちろん騒いでいる生徒が悪いが、それを払しょくできなかった彼女にこの喧騒の責が幾ばくかあると言う乱暴な理論がこの場では成立する。

 

「ご清聴ありがとうございました」

 

 まばらな拍手が起こると、大仏は肩を落としながら降壇してため息を吐いた。

 すれ違うかぐやとは対照的な姿に何人かが目を止めたが、すぐに壇に上がった四宮家の令嬢にその視線は吸い寄せられていった。

 スラっと伸びた肢体の上に艶めく黒髪が目を引く“かぐや姫”が光を浴びると、先ほどまでの無関心からくる喧騒とは別の喧騒が生まれる。

 

「かぐやさまっ」「今日も美しい……」

「頑張ってくださーい」

 

 

 キィィィィン……!

 

 

 かぐやは、そんな煩わしさを指先一つで払いのけた。

 スピーカーから放たれる、強烈な不協和音が会話の音を全てかき消す。

 

「白銀御行会長候補の応援演説を務める四宮かぐやです。こんにちは」

 

 全ての音が拭い去られた後で、かぐやはゆっくりと語り始めた。

 

 

(今のハウリング、わざとだ)

 

 無関心に晒された大仏は、今の一瞬でこの会場にいる全ての人間が壇上のかぐやに意識を向けた事がはっきりと分かった。

 

「わが校の生徒会はOB会の管理の元、寄付金によって運営されており――」

 

 から始まるかぐやの演説は、場を掌握した事と白銀が会長時期に行われた出来事を実績としてまとめた映像と、加えて小さくはあるが早坂が周りに実績を首肯するように囁いた事、その全てが合わさり聴衆を捉えて離さなかった。

 

「ご清聴ありがとうございました」

 

 修学旅行の行き先を生徒の投票によって決めるという政策と、文化祭を二日開催にする政策の大いなる二つを約束して、大盛況のうちにかぐやの応援演説は幕を閉じた。

 

「盛り上がってるじゃないか」

「会長の成果をそれっぽく演出して見せただけですよ。どうも皆は会長の事を軽視しているみたいですが、こうやって積み重ねをちゃんと伝えれば秀知院の上に立つのは会長を於いて他にいないって事に気が付くはずです。……それに」

「それに?」

「伊井野に徹底的に勝つ。誰が相手だったとしても『白銀会長が相手なら仕方ない』と周りが諦めるくらいの勝ち方をすれば」

 

 いつになく熱い口ぶりに白銀は一瞬面食らったが、すぐいつもの調子を取り戻して、今壇上に立とうとしている最後の応援演説人に顔を向けながら言う。

 

「伊井野ミコに目を向けるのももちろん大事だが、油断するなよ。五条の奴が何をしでかすか、きっとこの場の誰も分からないからな」

「……そうですね。と言っても、完全に空気は四宮先輩が作ってくれましたけど。ここからどうするんでしょうか」

 

 石上の素朴な疑問はもっともだった。今や生徒達の話題は二日開催になった文化祭の事や、自分達で行き先を決められる修学旅行の事で持ち切りなのだから。

 

「こんにちは」

 

 壇上に上がった美城はいつものように朗らかに、それに加えて良く通るように張った声で皆に向かって挨拶をした。

 

『二日もあったら何出来る?』

『私バリに行きたい』

『セットをもっと大がかりに』

『中等部の時は沖縄だったからさ』

『他校の友達全員呼んでも余裕じゃん』

 

 いつもなら耳を傾ける美城の言葉を、この時ばかりは聞いていない者の方が圧倒的に多かった。

 

(これは、五条さんでも厳しいかな……?)

 

 さっきまで同じような立場に立たされていた大仏はそう思う。いつもなら通る彼の声が届かない。意識を向かせるにしても、同じようにハウリングで注意を引けば芸がない。むしろうるさいと反感すら買うかもしれない。

 どうすればいいか。少なくとも大仏には解決策が思いつかないこの難局をどう乗り切るのか。しかし後ろ向きなお願いではあるが、伊井野の前に熱狂を冷ましておいて欲しいと思いながらもう一度マイクに近づいた美城の事を彼女は見つめていた。

 

「私がお話させていただく前に……」

 

 ほとんどが聞いていない状況を楽しんですらいるかのように、微笑みながらマイクに向かって囁くと、くるりと一度体育館を見渡してゆっくりと語り掛ける様に、

 

「秋山さん、少しだけ私の話を聞いてください?」

 

 演説を開始した。

 

 どんな雑踏にあっても聞こえる音とは何だろう。ざわめきの音よりオクターブが上に、あるいは下に大きく振れた音か。単純に大きな音か。

 しかしそれよりも、相手が人であるならば確実に聞こえる音が存在する。

 

「三上くん

 牧さん

 相生さん

 塩見さん」

 

 自分の名前だ。

 

 多くの人が会話をしているなかでも、自分の興味のある人の会話や自分の名前を聞き取る事が出来る働きを、カクテルパーティー効果と読んだりするが、興奮のるつぼにあるこの体育館でもその効果は絶大だった。

 

 それまで誰が壇上に上がろうと雑談を続けていた生徒も、壇上から名前を呼ばれると驚いて肩を震わせ、呼んだ五条美城へと向き直らざるを得なかったからだ。

 

「白井さん

 山谷くん

 高田くん

 南くん

 園田さん」

 

 壇上の美城は、さも隣に座っていて少し注意するかのような口ぶりで次々と名前を呼び掛けていく。

 否応がなしに全ての生徒の注目は、今体育館でただ一人光を浴びて輝くばかりの美城の下に集まって行った。

 

(全員の注目が五条さんに向いた……けど、これは悪手かも)

 

 壁際に伊井野ミコと並んで見上げていた大仏はこう思う。

 かぐやも似たような事を思って、策士策に溺れる、と暗がりの中でほくそ笑んだ。

 

(皆の事を知っているというのは確かに五条さんのアドバンテージだけど、それは一対一だと優位に働くのに、大衆の中にある人が一人切り出されると、どこか怖い感じがする。匿名掲示板で〇〇さんですねと言われるみたいな怖さだ)

 

 事実、先ほどまでの熱気の館内に比べると、居住まいをただした生徒達の隙間に風が吹き抜けるような涼しさが漂っている。次は誰が呼ばれるのか、という少しの恐怖からだった。

 

「愛」

 

 静かになった体育館に、美城は最後、一人の名前を呼んだ。

 彼に興味が少しでもあるなら知っている名前だった。そして並外れた美貌の持ち主で、特異体質な彼に興味のない人はいない。

 彼の恋人の名前という事は誰でもすぐに理解した。

 

「お喋りしない。ね?」

 

 温かい言葉と、語尾に『ね♡』みたいにハートマークでも付きそうな柔らかな言葉に、聞いてた全員の毒気が抜かれてこわ張っていた空気が和んでいく。

 

『ふふっ』『あはは』

 

 そんな微笑ましさがおかしくなった忍び笑いになって僅かに聞こえてくる。

 

(上手い。自分を出した事で一方的に知られている不公平感と怖さを払しょくした。おまけに皆大好き恋愛の話題まで添えて)

 

 急に壇上でイチャつきだしたとは当然思わない大仏は、かぐやがハウリングを起こした時のように冷静に美城の行動を分析した。

 やはり同じように考えたかぐやは、早坂には彼と別れさせておくべきだったと後悔し、くしゃみをこぼした従者が周りに『誰かが愛ちゃんの噂してるね』とからかわれていた。

 石上は『ケッ』となっていたが。

 

「さて、話しがそれてしまいましたが、これから応援演説を始めさせていただきます」

 

 ほどよく緊張感があり、それと矛盾しない程度に弛緩した空気の中で、五条美城はようやく登壇した理由を果たし始める。とは言っても彼が言った言葉は平々凡々な物だった。

 しかし言葉は誰が言ったかによって色を変える物である。

 美城の言う、

 

「皆さま一人一人に寄り添った生徒会を」

 

 という言葉には、ありふれた文言だが虚言ではないと確信させるに十分の“これまで“があった。ある人はにこやかに挨拶された事を思い出し、ある人はお願い事をしたら嫌な顔一つせず聞いてくれた事を思い出す。

 一年生徒会長を務めあげた白銀の積み重ねと、中等部から長らく風紀委員に所属してきた伊井野の積み重ねに対抗するために、本郷がこの選挙期間の間で築いた積み重ねが効果を発揮した場面だった。

 

「ご清聴ありがとうございました」

 

 美城がそう言ってペコリと頭を下げると、会場からは大きな拍手が上がった。応えるように小さく手を振りながら降壇しようと……

 

「ああ、すみません。ちょっとだけ時間がありますので、最後に一つ」

 

 した所で急にマイクの元に戻ると、彼にしては珍しく早口で語りかけた。もう終わるものと思っていた所で、急な動きを見せるので見ていた生徒達も驚きながら最後とやらに耳を澄ます。

 

「文化祭の二日開催は、とても素敵な案ですね」

 

 声変わりしていない少年と言うより、少年の声を出す女性声優のような声を響かせながら、それだけ言って美城は今度こそステージから降りた。

 困惑気味の会場が、少しして再び大きな拍手に包まれる。

 

「盗人猛々しい……」

 

 涼しい顔して降りて来た美城を見ながら、かぐやははっきりと口にした。

 

 彼は言った。皆さま一人一人に寄り添うと。

 朧げにすらなかった文化祭二日開催という未来が皆の心に生まれて、それにすら寄り添うのなら、つまり本郷生徒会長も皆が望むなら文化祭を二日開催するという、正しく後出しじゃんけんを堂々と口にしたのだ。

 これにかぐやが怒らないはずが無い。

 しかし怒ることは出来ない。アイディアに権利はないからだ。

 だからこそ、こうも悪態が口を付いて出て来てしまうのであって。

 ライバルの案さえ飲み込んでしまえば良いと考えた彼の勝負勘を、卑怯と謗るか豪胆と評するか意見の分かれる所ではあるが、少なくとも美城はかぐやに負けず劣らずのインパクトを残して降壇した事だけは事実であった。

 

『続きまして伊井野ミコさんの立候補演説です』

 

 かぐやと美城、二人の演説に完全に持っていかれた空気をはっきりと感じていた大仏は、司会の呼びかけに応じて登壇を始めたミコの顔が俯いている事も、またはっきり感じてしまう。

 

 

「私の名前は……」

 

「えっ」

「何?」

 

 先ほどまでの、堂々たる演説に耳が慣れていた聴衆たちは伊井野ミコの蚊の鳴くような声に、思わず声をあげた。

 

「伊井野ミコです」

 

 

 生徒会選挙は、ひそひそと囁く群衆にすら負けそうなか細い演説の下に、最終局面へと向かう。

 




次回、長らく続いた選挙編終了!
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