五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

45 / 73
ウオッカとダイワスカーレットの間にディープスカイ挟んだら売れたわ(天皇賞秋)

……はいすみません久しぶりの更新です。


早坂愛は求めたい

 運命という言葉があるなら、それは早坂愛と五条美城の二人の事を指さない。

 交差点ですれ違っただけの人を、運命の相手と言わないように。ただクラスが同じになっただけの人をそうとは言わないように。

 運命と言う物はありふれていない。だから皆そんな言葉に憧れを抱く。

 

(私もそんな一人だった、というだけの事でしょうか)

 

 本当ならきびきび立ち上がって学園中の情報を集めなければならないはずの早坂は、今日ばかりは何もする気が起きず、机に突っ伏したまま考え事をしていた。

 

 お察しの通り、五条美城に恋人関係の解消を告げられたからである。

 地に足のついた性格の彼女であるが、かと言って甘く絡まる運命の赤い糸のような物にふわふわした憧れを持たないというのも嘘だろう。

 だからこそ、始まりはあんな物だったとしても、こんな自分でも気にかけてくれる美城という人間がいれば、もしかして、と思うのも無理はないかもしれない。知らず知らずのうちに彼が優しいのは、十年前に会った運命の相手だからという都合のいい『設定』が本物に彼女の中でなってしまっていた事を責められる人間がいるだろうか。

 

 ただ酷な事を言えば、早坂愛は十年前に五条美城に会った事も無ければ、美城は四条眞妃が世界で一番素敵な女性だと思っているので一目惚れする事もありえない。それが目の前に立ちはだかる現実だ。

 後者の方を早坂が知る術はないが、少なくとも前者一つだけの根拠でも、早坂愛は運命から最も遠い人間であると察するに余りある現実だった。

 

「君の、運命の人は僕じゃない」

 

 自嘲気味に彼女の口から流行りのバンドの曲が零れだして、ああ自分は相当まいってるなと自覚するには十分だったが、だからといってすぐにシャンとなれるかと言うと、それは別の問題である。

 

 

「はわわ……」

「愛ちゃんが悲しそうに髭ダンを口ずさんでる……」

「あんな物悲し気に歌うバンド違うでしょ……」

 

 周りの友人から完全に壊れたと思われていたが。

 

 

 

 女心と秋の空。

 変わりやすい物の例えだが、早坂の心は上の空のまま中々変わってくれそうにもなかった。というよりも、夢の中にいるような現実味のない心持ちで目の前の出来事が上滑りしていくような感じだった。

 何しろフラれた……はずなのだが、五条美城本人は療養中で学園内に影もなく、他人に吹聴している訳でもないようなので、周りが(親しい駿河や火ノ口を除いて)いつも通りに接してくるので、恐ろしいほどいつも通りに日常が流れて行く。

 

「おー早坂。昨日五条のお見舞いに行っただろ、どうだった?」

 

 こんな風に、何も知らない同級生から、まさに何の気なしに尋ねられるくらいには。

 

「どうだったって、みぃが?」

「他に何があるんだよ?」

 

 言われてみればそうである。

 そういえばこの男子は昨日の昼休みに美城への伝言を頼んできた生徒と同じだった。早坂はチェーンが錆びついた自転車のタイヤのように回りにくい頭を回転させてその事を思い出した。確か野球部の大原という、美城にバッティングピッチャーを頼んできたベンチ要員である。

 

「えっと、いや、そうだよねー。まあ元気そう……って言うと嘘になっちゃうかな」

「そもそもなんだけど、なんで五条って休んでんの? 風邪?」

「風邪じゃなくて……ヤケドって感じ? しかも火の傷って書いて火傷じゃなくて日光の傷って書いて日傷だし。あれじゃ」

「へー。こっわ。日に弱いってガチじゃん」

「ガチのマジ。部屋行ったけど電気一個も付いてなかったくらいだし」

「ふーん。……ん? あっ……(察し)」

 

 何を察したんですかねぇ……。

 彼は『電気の付いてない部屋』『二人っきり』というシチュにドキドキするくらいには思春期だった。実際はドキドキとは全くの無縁な現場である。負の意味でドキドキする出来事はあったが。

 

「そんなんじゃもう一回ピッチャーやってくれなんて無理だな」

「当たり前じゃん! ウチがさせないし!」

 

 彼自身に悪気があってした発言ではないだろうが、それに噛みつくように早坂は大きな声を出して反論した。

 確かに人助けをするのは美城の美徳ではあるが、それにかまけて倒れられてはこちらの心臓が持たない。日の下に出る野球のようなスポーツなんてもってのほかだ。

 

「あー……すまん。頭が足りんかったな。だからお姫様に打ち取られるんじゃないのって話だよ」

「そのあだ名きらい」

「え、はい。ごめんなさい……?」

 

 彼から出て来た『お姫様』という言葉に早坂は口を尖らせて更に反論した。反論と言うよりはわがままに近い物である。

 しかし男子生徒も、人様の彼氏を姫様呼ばわりした事を咎められて平気なほど面の皮が厚い人間でもないので大人しく謝罪した。

 

「えーっと、じゃあ俺行くわ。早坂も元気出せよ。そんなんじゃ戻って来た五条も心配するぞ」

 

 あはは、と少しぎこちない愛想笑いを浮かべながら、頭を掻いて彼は小走りに立ち去って行った。いつもはノリのいい早坂が、いつもとは明らかに異なっている様子に面倒くさい物を感じたからだ。

 

 遠くに消えていく坊主頭を見ながら、早坂は呟いてみる。

 

「心配……ね」

 

(そんな事、いまさら美城がしてくれるかどうか。何しろもう別れて……)

 

 そうは思うのだが、しかし、五条美城という人間が人を嫌うとか言う事柄から最も遠い人物だと理解している、少なくともそのつもりである早坂は、上手く事を受け止めきれない。

 恋人をフッたなど、その人が嫌いになったか愛想を尽かしたから起きる現象ではないか。

 もしかしたら、フラれたのは突如として脳内に溢れ出した存在しない記憶だったんじゃ……。

 

「愛」

 

 美城が呪物である可能性を考慮し始めた金色頭に、遠慮なしに名前を呼ぶ声がかかったので早坂は振り返る。

 少しの期待混じりで。

 何しろ早坂の事を『愛』と呼ぶのはやけに馴れ馴れしいチャラ男以外には美城くらいしかいないからだ。そして呼びかけられた声はむさくるしい声ではない。とくれば……。

 

「……なんかやけに期待を込められた目で見られても困るんだけど」

「なんだ、眞妃様でしたか」

 

 くらい、の中に含まれる眞妃を振り返って確認した早坂のテンションはダダ下がりした。

 しかし美城は休んでいるのだから『愛』と呼び掛けてくるはず無い事は考えなくても分かろう物なのに、都合よくそんな事象が起きるのではと思うのは、完全に判断力の欠如と謗られても仕方がないだろう。

 

「なによ。ずいぶんなご挨拶じゃない」

「いえ。そのような事はありません」

「あなたくらいの人が何もなかったらこっちは何にも感じないの。気付いてる? 朝からグダグダした感じ振りまいてるわよ」

「そうでしょうか」

 

 とぼけている訳では無いが、少しお茶を濁すような物言いで眞妃に相対した。はっきりした物言いで彼女の言葉に頷けば、自分は傷ついていますと公言しているようなもの、そればかりは早坂の見栄と言おうか、つまり虚栄心が許さない。

 

「何かあったんでしょ美城と」

 

 しかし相手は虚栄なんて物に惑わされない壮麗たる家系のお嬢様である。うわべの誤魔化しに騙されない理性と教養を備えた選ばれし人間で、その目は人に対しても遺憾なく発揮される。

 

「眞妃様にしては随分と要領を得ない発言ですね。例えば挨拶を交わしただけでも、それは『何か』ですけど」

「くだらない屁理屈ね。それ、自分で『みぃと何かありましたー』って言ってるような物じゃない。誰だってそうだけど、誤魔化す時にはくだらない論理を広げがちなの」

 

 見透かすように片目を閉じながら、どこか小生意気に歯を見せて眞妃は笑った。こんなにも四宮の人間が分かりやすくていいのだろうか、という危機感すら覚える。

 四条としては好機かもしれないが、それは悪い大人が考えればいい事だ。

 

「で? 何したのよ」

「私がやらかした前提ですか」

「それはそうでしょ。美城が何かやらかすなんて考えられないし。……あ、普段のおふざけは別よ?」

 

 眞妃の言った言葉に、基本的に早坂も同意見だった。美城は下から物を言うタイプなので人間関係のトラブルはほとんど無い。あったとしても芽のうちに摘み取る手間を惜しむ人間では無いので、やはり無いと言って差し支えない。

 だが、

 

「私は何もしていません」

 

 しかし毅然とした早坂の声は、ほんのわずかに震えた。

 一瞬ほど眞妃は考えると、震えた声にどんな思いが込められているのか考え、少々の話し合いでは収まりそうにない事を察してこのあたりで一端切り上げる事にした。

 

「そう。じゃあ後で話を聞きましょうか。もう休み終わっちゃうし。放課後はどう? 愛の予定に合わせてあげるけど」

「ですが眞妃様、放課後は田沼さんと遊びに出かけになられるのでは?」

「う……。い、いいのよ一日くらい! 私の友達に何かあったのに放っておく事なんて出来ないんだから。それに翼くんならいいよって言ってくれるはずだもん……」

「何ですかこの可愛い生き物」

 

 四条家の長女はお嬢さまらしく居丈高な物言いをしたかと思えば、頬を赤らめて恋人への信を露わに語尾ちっちゃくなりながら言う。

 強気な所から一気にいじらしい弱気になる眞妃の可愛い所が出ていた。眞妃ちゃんをすこれ。

 

「とにかく、文句がないなら放課後にね」

「はい。それで眞妃様の気が収まるなら」

 

 眞妃が可愛い事が改めて明らかになった一幕でありつつ、どうやら放課後の予定がいつの間にか埋まってしまったようだ。

 今の時期、新生徒会は引き継ぎや目前に迫る体育祭の事で忙しいのだが、二期目の白銀生徒会は経験からさほど忙しくはしていない。つまり副会長のかぐやも忙しくないという事であり、ひいては早坂も特に忙しくなかった。

 生徒会書記やマスメディア部の二人の動向によるが、藤原は伊井野ミコと接する(新しいおもちゃで遊ぶ)のに忙しそうで、かれんとエリカの二人も本郷陣営特派員としての記録を記事にまとめているので、早坂の心を動かす存在は今の所いない。

 

「ボランティア部の部室でいいでしょ? じゃあまたね」

 

 さらりと眞妃の口から出た言葉に早坂の心臓はキュっとなった。

 照らすべき主を失った部屋にあえて向かわなければならない、そんな侘しさにも似た悲しみが胸を突くのだ。

 心を動かす存在がいない事が心を動かされるという、度し難い状況に彼女はいた。

 

 

 ◇

 

 

 空の雲が穏やかに差す陽光で金色に染まり出したくらいの時間帯に、ふんわりとサイドにまとめた金髪を揺らす早坂は校舎の片隅にある空き教室の扉を開けた。

 

「……来たわね」

 

 扉の開く音に振り向いた鳶色の髪の眞妃は、絞り出すような声で答えた。どこかほっとしたようにも見える。

 

「お待たせして申し訳ありません」

「いい。もう来てくれただけいいわ……」

「?」

 

 何故か死地に赴いた子供を迎える母親のような事を言いだした眞妃に、ちょっとどころではない疑問符が浮かんだが恐らく本題ではないだろうと、早坂は彼女の正面に立った。

 

「座りなさい。どれくらい長い話になるかはあなた次第だけど、立ち話でするような話題でもないでしょうし」

「いえ。お気になさらず」

「私が気にするの」

 

 従者にとって立ってする話の方こそ少ないが、眞妃ほどの人物に直々に言われてはねのけるほど強情でもない。

 いつもと違う並べられ方をされている机と椅子に、何とも言えない寂寥感を覚えながら眞妃の後に座った。

 

「さてと……」

 

 ピンと伸ばした背筋に、刃物のような鋭い美貌を載せた少女二人が相対すると、まずは眞妃の方から鯉口を切ってはばきが鳴るかの如く、小さく声をかけた。

 

「美城には利用価値がなくなっちゃったかしら?」

 

 単刀直入に、と言うにはあまりにも大上段に振りかぶった言葉の刃はものの見事に早坂の心を真っ二つ、そんな所であった。

 余りにも端的過ぎる言葉で、眞妃でなければ今ごろ早坂はキレていたに違いない。

 

「何故そのように思われるのでしょうか」

「まず前提として、早坂愛という人間がなぜ秀知院に通っているかと言えば、おば様のためよね」

「まあそこを否定するつもりはありませんけど」

「そんなあなたがどうして美城なんか……いや、なんかって言うとあの子に悪いわね……とにかく、あの子と恋人付き合いを始めたのかしら」

「それは眞妃様も彼から聞き及んでいるでしょう。幼稚舎の頃に会った金髪の女の子、と運命的な再会があった事を」

「確かにあなたが合理主義者でありながら、そんな話に心動くロマンチストである可能性は否定しないけどね。それはあり得ないわ」

「いかなる理由で」

「この事情なら美城は早坂愛という女の子にご執着じゃないと可笑しいでしょう? けどあの子は愛の事、異性として好きじゃないもの」

 

 鼻で笑ってもいいような個人の所感による推理は、しかし早坂の所感にも恐ろしく合致した物であり、反論を言うよりもその話の結末がどうか、が気になるほどだった。これはこれで藤原とは異なった趣の幼馴染マウントであり、若干だが腹が立つ。

 

「美城が過去に女の子と付き合った出来事は知ってるわね?」

「はい。確か一回目のデートで分かれたとか」

「そこはどうでも良いわ。問題は、それが五回あった事」

「尻軽と呼ぶかヤリチ〇と呼ぶか議論の的になりそうですね」

「……ヤリ〇ンって何?」

(そう言えばこの人かぐや様に負けず劣らず箱入り娘でした……)

 

 ペースを完全に握られつつあった状況を少しだけ変えようと冗談を飛ばした早坂だったが、純真なマジレスに企ては失敗に終わる。良く分からない変な空気になっただけで状況は変わらないまま、眞妃は話を進めて行った。

 

「とにかく、あの子にとって付き合うって『私と付き合いたいと言うこの人に応えてあげたい』みたいな所が主目的なの。今やってるボランティア部で頼みを聞いてあげる事と何にも変わらない奉仕精神みたいな?」

「フラれたらフラれたでその事は悲しそうに話してましたけど」

「そりゃそうでしょ。無敵みたいなメンタル持ってるあの子だって傷つく時は傷つくわ」

「ん? ……んー……そうですね」

 

 そんな殊勝な心であっただろうか。非常に言葉に詰まりながら頷くが、そんな彼女をさして気にした様子もなく話の区切りと知らせるように片目を閉じながら眞妃は問いかけた。

 

「ここまで言えば私の言いたい事がわかるわよね?」

「私の方から頼んだから、美城は恋人づきあいをしていた」

「そ。美城は五条の跡取りだし、あなたが近づくには十分の資質があるでしょうから」

「……あ」

 

 早坂はふと、美城が誠意の証として教えてくれた言葉を思い出した。

 

『私が五条家の跡取りではないからです』

 

 彼の耳触りのいい声から少なくない衝撃を持って放たれたこの事実は、どうやら眞妃でさえ知らない事実のようだ。

 付き合いの長さからくる洞察にはかなわないにしても、この事実一つだけで、優越感を持ってしまう事を早坂は後ろ向きな喜びと共に自覚した。

 

「それで、どうして今ごろになって別れるなんて事になったのよ? おば様から……いえ、さすがのおば様もそんな事言うような人じゃないわね」

「それ言い切ってたら眞妃様でも叩きましたよ」

「分かってるわよ。それにあの人は自分の恋路で精一杯でしょうし」

 

 ご存知でしたか、と聞くのさえ愚問である。

 

「おば様の事は置いといて、問題はあなたの方よ」

「眞妃様ほどの目をもってしても分かりませんか?」

「分からないのよ」

 

 

「だってあなた、美城が好きでしょう?」

 

……

……

 

「……はい?」

「美城の事を横目で追いかける姿とか、クラスを通る時に鬱陶しいくらいあの子を探してる目つきとか。一緒に生活してきたからかしら。おば様とそっくりよ、愛」

 

 呆れたように淡々と自分について述べる眞妃を目の前に、早坂は閉口した。

 彼の事を好いている自覚はあったが、そこはプロの従者として、あるいは冷徹な四宮の者として、自らの掌の上に収まる程度にしか表に現れないよう努めていたつもりだが、傍から見るとそうではないようだ。

 そこも眞妃が言うように、まるっきり四宮かぐやと同じである。

 

「なのにどうして別れたのって思うのは、そんなに不思議な事かしら」

 

 聞かされてみると、確かに不思議でもなんでもない言い分であった。

 早坂が美城を利用しているのなら、そしてその過程で彼を好きになったのなら彼女に何ら別れる理由はないはずである。

 論理の土台が正しければ、百の力で頷いてもいいのだが。

 

「眞妃様の言い分が全て正しければその通りですが、まず前提が違います」

「前提が?」

「はい。この話を持ちだしてきたのは美城の方が先です」

「はあ!? あの子が? テキトー言ってたら許さないわよ」

「疑いになるなら本人に聞いてみればよろしいかと」

「……嘘じゃなさそうね」

 

 早坂はそもそもの話を持ちだした。

 

「私が彼に協力し、彼が私に協力する。それを円滑に行うために『恋人』というガワを用意して過ごしませんかという話です。どちらが上とか下とかは無い約束でしたので、彼の方から解消を持ち出してきました」

「聞いてるだけだと信じられない……。ホントに美城がそんな事言ったの? というか何の為にそんな事したのかしら」

「それは……」

 

 眞妃は美城の一番の友人と自負しているが、なぜ彼がそんな事をしたのか分からないようだ。分かれという方が無理というものだが。

 早坂はそれが何故か気に障った。

 どうして四条が反目する四宮に一番近い人間を巻き込んで行動を起こす必要があるのか。獅子身中の虫をわざわざ体に入れる必要とは何か。

 その二つを結ぶ利益とは。

 

 かぐやと仲良くしたいと少なからず思っている眞妃のためだ。

 だから彼はかぐやに一番近い早坂に近づいたのである。

 

 五条美城にとって眞妃が成したい事は全て自分の成したい事であり、そのためには親友でさえ信じられないと口にするような事さえやってのける。

 彼の限りない献身の、これですら一つの現れにしか過ぎない。本人から聞いた話の限りでしかないが、サッカーをしたいと言った彼女の弟・帝の為にフィールドに立ったのもそうだろう。

 美城は四条姉弟の為なら何だってする。けれど、姉の方は『何でも』が本当に何でもという事を理解していないようだ。

 いい様に使われている気がして早坂は良い気はしない。

 

「けど、何したかったのか知らないけど、女の子を振り回すのは許せないわ」

 

 とはいえ彼女の怒りはもっともだ。

 何かの為に誰かを利用するのはおおよそ許される事ではない。

 けど、美城が眞妃を思ってした事は否定してほしくない、と早坂は怒りと共に悲しみともつかない胸のざわめきを感じるのだ。

 

「悪かったわね。あの子には私から言っておくわ。それともあなたから何かしたい?」

「私は……」

「利用してきたくせに最後はポイだなんて。罪な男の一面があの子にもあったのね。何か仕返ししたいなら協力してあげるけど」

「したい事は……」

「何かしら?」

 

 そっと金色の髪の一房をとって弄びながら考えた。

 したい事は決まっている。だが、仕返したい事は無い。

 ただただ単純な事であって、自分のせいで好きな人に不幸が及ぶなどといった事は考えたくも無いからだ。

 

「……眞妃様は何もしないでください。あなたに責められたとあっては美城が可哀そうですし」

「え、かわいい。なによその健気な頼み事……。あなたが言うならそれでいいけど」

 

 仮に眞妃の言うように仕返ししたとして、もしくは美城本人が言っていたように彼を悪者にしたとしても、いつものように微笑んでいる光景が早坂の目には容易に浮かび上がる。

 だから仕返ししてもつまらない、とかそういう話ではなく、貶められてなお彼から向けられるであろう慈愛に対して自分がどう思うか。

 優しい彼が好きなのだから、そんな様を見せられたら益々好きになるだろう。未来の自分が瞼の裏に住んでいるかのように、ありありと想像できた。

 そこまで想像したついでに彼が帰って来てからの学園生活に思いを馳せる。人間性というのは早々変わる物でもないので、美城はこれまでのように誰にでも優しくするだろう。それを見て上記のように思うだろう。

 ……地獄かな?

 早坂は予想もしていなかった所から学園生活に暗雲が立ち込めそうな事に愕然とした。

 

 ……と言う様な事を考えている四宮の従者を見ながら、眞妃は聞かれないように少しため息漏らす。

 

「約束を破るような子じゃなかったのに」

 

 眞妃の考える付き合うとは結婚への道一直線なので、好きだから付き合ってください幸せにしますと約束したのに、それを反故にするなんて信じられないと考え……

 

「あ、そっか。違うんだっけ」

 

 早坂の言葉を信じるなら、好きだから付き合う、のではなくて、利用し合う価値があるから付き合う形を取りましょうという事だから価値が無くなれば止めてしまってもおかしくはない。

 損切り、見切りを否定するつもりはないけど。眞妃は美城の合理性を否定したくはなかったが、こと人の心の問題にあってはこれを否定したい気持ちに駆られた。

 

「眞妃様」

 

 もう一度ため息でも、と思った所に少し黙り込んでいた早坂が声をかけてきたので、息を変な風に飲み込んだ。こほっと咳をして落ち着くと向かいの人物に視線を合わせる。

 

「約束を破るような人ではないというのは本当ですね?」

 

 そこにいたのはフラれて意気消沈しているように見えた少女ではなかった。死中に活を見出したように、その目に生気が灯っているように見える。

 

「ええ、そうね。あの子が破った約束なんて、『いつか外で一緒に遊びましょう』って事くらいじゃないかしら」

「そう……、そうですよね。口に出した事を反故にするような人じゃ……」

「はあ」

 

 好意を無下にはされてると思うけど……。

 そんな事を思わなくもない眞妃だったが口にはしない。

 

「分かりました」

「うん、何が?」

「ありがとうございました眞妃様。これでお暇させていただきます」

 

 いきなり元気になられて意味が分からなかった。そんなありがたがられるような事を言ったかしら、と眞妃は思う。

 疑問に逡巡する合間に、早坂はさっさと鞄をとってこの部屋から飛び出そうとしていた。

 

「え? いやちょっとどこ行くのよ!」

 

 叫びのような問いかけに、纏う金髪すら鬱陶しそうに振り向くと、決意のこもった星の光を輝かせる目で、確かに早坂は言った。

 

 

「もちろん、美城の家ですよ」

 

 

 ◇

 

 

 そうと決めてから早坂の行動は素早かった。

 真っすぐ秀知院を飛び出して、最寄りの駅に走りながら道中タクシーを捕まえ白金に向かい、一切の躊躇なく五条家のインターホンを押し、赤のダリアが彩る庭を抜けては、夜という例えも生易しい闇のような美城の部屋にその身を滑り込ませていた。

 玄関入って案内してくれた、少し前は身内になるからとナメた口利いてたメイドがやけに畏まっていたがそんな事は今日の彼女にとって重要ではない。

 

「こんにちは早坂さん」

 

 ただ一つ大切な事はここに五条美城がいるという事だ。

 呼び方は変わっても声色に籠った優しさはどうしようもなく早坂を落ち着かなくさせる。

 

「今日はいい天気だったみたいですね。私はと言えばそんな事すら伝聞で知る今日を過ごしていましたけど。ですが来週には学校に戻れそうです」

 

 ゆったりとした口調で話しながら、以前もそうしたように美城が電気を点けた。

 他愛もない世間話を変わらずしてくれるのは、やはり彼にとって早坂と付き合う別れるの二つはビジネスライクな物事だと痛感させられるが、かと言って落ち込んでいる暇は、今の早坂には無い。

 飛び出してきたのだってまるっきり衝動的な物でもないからだ。

 彼女の仕事については、忙しい訳ではないが仕事が無い訳でもない生徒会で仕事をする主人が今日は遅くなる事を知っていて、加えて今日は習い事も無い日である。これほどの好条件は中々無かった。

 

「それはよかったです。早く戻ってきてくださいね」

「ありがとうございます。……そういえば早坂さんは今日どうしてこちらに? 私といたしましては嬉しい限りですけど」

 

 相も変わらず裁判所などにある審判の女神像みたいな目隠しをした美城は、小首を傾げて聞いてきた。

 きっと彼にとっては何の気なしの質問。

 

「えっと……ですね……」

 

 だが早坂にとっては一世一代の勝負の、勇気ある返答だった。

 

「……前、言ってたじゃないですか」

「どれの事でしょう。私を悪者にしていいですよという話ですか? それとも早坂さんが誰か恋人が欲しいなら、友人として協力は惜しみませんという話ですか?」

「後者の方です」

「はい。言いましたね」

「その権利を行使したいと思って」

「ふふっ、もちろん構いませんよ。……ただ、私は今こんな有り様ですから、学内の友人に協力を仰ぐ必要があります。後輩ですか? ならこがねを頼りましょうか。同輩ですか? なら中沢君に手伝って貰いましょうか。先輩ですか? なら……」

「いりません」

「ですが」

「あなた以上に、その人に近い人はいませんから」

 

「まさか、帝様の事ですか?」

 

 普段優しい美城の声色が急に固くなって、少し吹き出しそうになる。

 自分の声が平坦なせいでしょうか、と冷静に考える余裕すらあった。

 

 その冷静さからだろうか、続く言葉は自分でも驚くほどするりと零れ落ちてきて、形になって世界に響く。

 

「違いますよ」

 

 

「私はですね、五条美城という人が恋人に欲しいんです」

 

 

 

 

 五条美城は約束を破るような人ではない。

 そうですね。私もそれを疑った事はありません。

 だから卑怯な事をしている自覚はあります。

 それでもあなたが欲しいんです。

 

 

 

 ねえ、美城。

 また私の事を愛って呼んで?

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。