五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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今回の話は時系列が分かりにくいので先に書いておきますと

冒頭は【五条美城は天使と呼ばれて】の後で、「昨日」と言っているのはこの事です。

かぐやと眞妃が回想してるのは【早坂愛は求めたい】の話で眞妃と早坂が相対したより少し前の事になります。






ご主人様は心配したい

「眞妃様眞妃様」

 

 駆けだしそうに軽やかな、猫の毛のように柔らかな、蜂蜜のように甘やかな、そんな声が一人廊下を歩いている四条眞妃の耳朶を打った。

 声のした方に振り向けば、人目を気にするように柱に隠れた早坂愛が、敬意をこめてこちらを見ている。

 

「愛じゃない。どうかしたの?」

 

 金髪を横で纏めたサイドポニーの少女につかつかと歩み寄ると、ぴたりとそろった足に手で完璧に一礼された。角度九十度、地面と平行になるほどの最敬礼だった。あまりに完璧すぎて机かと思ったくらいだ。

 謙虚な眞妃は、自分は頭を下げられるべき人間ランキングに水戸黄門と四宮かぐやに次いで三位くらいに入っていると考える謙遜乙女なのでこれにはビビる。ビビった。

 敬意を超えて畏敬の域に達している気がする。そんな同級生は一人で十分だ。

 

「ちょ……何よ。別にあなたは私の従者でも何でもないんだから止めなさい! なに今更そんな所が美城みたいになりだしたのよ!」

「え……美城みたいでした?」

「そりゃ私に頭を下げてくる人なんていくらでもいるけど。学校でそんな態度取るのはあの子だけよ」

「やめてください眞妃様。そんな……美城みたいだなんて、えへへ」

 

 ぐでんぐでんになっている冷徹で忠実な氷の……はずの近従を『うへえ』という感じで眞妃は見ていた。

 良かった事がめちゃくちゃありそうである。それはちらりと出た自分の幼馴染のせいらしく、昨日の出来事と合わせて聞いてほしそうな事を口にしてあげた。

 

「……どうやら美城と上手くいったみたいね」

「分かっちゃいますか?」

「いやその態度で分からない方が無理あるでしょ。なーに、もっかい付き合う事になったの?」

「……実はそうなんです……ふぁ……」

「え何急に」

「申し訳ありません。思いだすと胸がキュンってなってフワッてなるものでして」

「分かる~」

 

 キュンてなってフワッてなった経験者は語る。しゅきぃ……とヤバい方のアグネスみたいになるのだ。

 

「改めてありがとうございました。眞妃様」

「何かしたかしら?」

「恐れ多くも私を心配してくださったことです。眞妃様のあの話がなければ昨日美城の家に押しかけようなど思いもしませんでしたから」

「ま、大した事はしてないけど、あなたがそこまで言うなら受け取っておくわ」

 

 謙遜ではなく眞妃の認識では本当に大した事はしてない。自分の幼馴染と付き合っていたフリをしていた女を問い詰めるような物言いをして、フリの首謀者であった美城に対して愚痴っていたら何故か意気揚々と愛が飛び出して行っただけだ。

 

 ……本当に何で感謝されてるの?

 

 身に覚えがありか無しかで言えば、無し寄りの無しである。

 早坂が立ち去った後でも眞妃の分かりそうで分からない、けどちょっとだけ分かるモヤモヤは今日も続く……。

 

「何をしているんですか?」

「きゃっ……ってなんだ、おばさまかぁ」

 

 某少年探偵に眠らされた人みたいに柱に身を預けていると、思考の流れを乱すように不意に話しかけられた。きゃっ、とか言っていた。かわいいだった。

 

「だからその呼び方はやめてくださいとあれほど……」

「愛の調子が戻ったみたいじゃない」

「ええ、本当に……もしあのままだと……はあ……」

「ご、ごめんね? 大変だったのはおばさまだもんね?」

 

 いつもの調子で嫌味っぽく言うと、それが堪えた訳でもあるまいが鎮痛な面持ちをかぐやは浮かべる。

 いやごめんて……。

 四条眞妃が気を遣い始めていた。それでいいのか四宮かぐや。もっと余裕をもって優雅であれ。ダークシグナムだったころのお前はもっと輝いていたぞ。

 眞妃は遠縁の同級生を労し気に慰めていた。

 

「あれだけ人を振り回しておいていい気な物ですね」

「まあ一回くらいそんな時があってもいいでしょ。あの子だって人間よ」

「本当に! これっきりにしてほしいですね」

 

 

 今回の主題は、五条美城に別れを告げられて不調に陥っていた早坂愛を取り巻くご主人の苦悩である!

 

 

 

 

 時は美城が愛に契約の解消を告げた頃までさかのぼる。

 

「突然ですが、眞妃さんに動物クイズです」

 

 その日の朝、眞妃が一番に聞いた声は親友の渚の物でもなく、ましてかれんやエリカでもなく、四宮かぐやの物であった。

 振り返る間もなくはあ?であり、自分とこの人の緊張の関係にふさわしくなさすぎる弛緩しきった言葉だ。何が悲しくて『わんわん』とか『にゃーにゃー』を聞かなくてはならないのか。

 正眼の構えでかぐやに相対すると、見つめてくる目は鋭くもしょんぼりな感が漂っている。

 

「何よおばさま。いきなりご挨拶じゃ……」

「私がある動物の鳴き声を真似します」

「待って待って展開が雑で急!」

「ではいきます」

「あーもう! 何が起きてるのよ!」

 

 かれんにエリカに美城と自分を振り回してくる友人には事欠かない眞妃だが、かぐやはそうではないと思っていただけに余計訳が分からなかった。腐女子の飛影に対する信頼くらい『かぐやはそんな事言わない』と思っていたのに。

 

「よく聞いてください。『……みぃー……みぃー』」

「……猫?」

「違います」

「いや絶対猫でしょ」

「ですから違います。良く考えてください」

「えぇ……。じゃあ猫は猫でも実はライオンとか?」

「違います」

「じゃあ分かんないわよ。……というか何の意味があるのよこれに!」

「そんなことを言ってしまうんですか。四条家は無責任な子を育てる教育を施しているのですね」

「ちょっと言いすぎじゃないの。大体、みぃーみぃーなんて鳴き声でそんな事言われなくちゃいけないわけ?」

「はあ。分かりませんか」

「分からないわ。これで納得できる答えが出たら頭下げてあげていいわよ」

「正解は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちの早坂の鳴き声でした……」

 

「う、うん。ごめんね……」

 

 眞妃は納得したし頭を下げた。

 早坂の彼氏である美城の事で文句を言いたいのだろう。今はいない彼に代わって謝罪を述べておいた。

 

……

 

 

「それで、みぃみぃ鳴きだした愛はどんな感じなのか教えてくれるかしら?」

 

 朝とは言え人通りの多い廊下でする話でもないと思った眞妃は、かぐやを連れて中庭のベンチに二人して腰かけていた。見晴らしが良いこの場所なら盗み聞きの心配はないと思ったからだ。

 寄るついでに通り過ぎた自販機で買ったミネラルウォーターを手渡して、重い話になりそうな、かぐやの口が開くのを待つ。

 

「それが早坂に色々聞いたんですけど分からないんです」

「何が分からないのよ。しょうがないわね。じゃあ私が一緒に考えてあげるから。愛がどんな様子だったか教えてくれる?」

 

「ショックを受けた様子でしたね。物事が何も手につかないといった感じでしょうか」

「それは……失恋じゃないかしら? だって美城のあだ名をみぃみぃって呼んでたんでしょ? どんなに気丈に見えても愛だって女の子ってことね。きっと失恋したのよ」

 

「ですが、分からないんです」

「何が分からないのよ」

「早坂が言うには、五条くんが早坂に尽くすと改めて約束してくれたそうでして」

「じゃあ失恋とは違うんじゃないの? 美城も別れた女の子にわざわざそんな事を言う人じゃないと思うけど……。だったら本当に分からないじゃない。他にどんな様子だった?」

 

「何故だかやたらと歌詞を引用して喋るんです」

「それ失恋なのよ。失恋による脳へのダメージでたぶん言語野あたりがバカになって自分の言葉で喋れないんだから。それなら失恋で決まりじゃない」

「ですが、早坂が言うには」

「愛が?」

「西〇カナの曲だと」

「じゃあ失恋じゃないわね……。西〇カナを聞いて引用するのは恋する女子か、逆におじさんなのよ。伊達にラブソングの皇帝……じゃなくて女王やってないのよ。本当に分からないじゃない。他に何か言ってなかった?」

 

「やたらとネガティブな物言いが気になりましたね」

「それが失恋っていう物なのよ。……さっきから何なの? もう心身にそこまで変調きたしてたら重度の失恋に決まってるでしょ!」

「でも〇野カナ聞いてるんですよ?」

「……じゃあ失恋じゃないわね……。〇野カナの歌聞く99パーセントの人は楽しい恋の応援歌として聞いてるんだから。いよいよ分からないじゃない。どんな様子でもいいから教えなさいよ」

 

「早坂らしい機転が利いた仕事ぶりがここ最近は見られません」

「絶対失恋で集中できてないんでしょそれ。恋を失った時と麻薬の離脱症状に襲われた時の脳の活動領域はほぼ同じなんだから!」

「ですが西野〇ナ聞いてるんですよ?」

「三回目の西野〇ナはもう失恋なの! 一回目は『トリセツ』で二回目が『このままで』だとしても三回目は『会いたくて 会いたくて』に移行してるわよ震えてるの! だからもう決まり! 愛が悩んでるのは失!恋!」

「ですが早坂が言うには」

「何よ」

 

「失恋ではないと」

 

「……じゃあ失恋じゃないじゃない! なんだったの今までの時間! どーしてくれるのよ無駄に熱弁しちゃった西野カ〇の話」

「本当に申し訳ありません。使用人のセバスチャンが言うには」

「あの別邸そんなコッテコテの執事いるの? で、その人はなんて?」

「痛風じゃないかと」

「いやそんな訳ないでしょ! いい加減にしなさい!」

 

 

――パチパチ

 

 

「え?」

「何?」

 

 かぐやと眞妃の一問答が終わったころ合いに、一つ拍手が起こった。二人は何事かと周りを見渡して……すぐ見つけた。

 

「石上くん?」

「石上……って『優くん』の事かしら」

 

 かぐやが石上と呼び、眞妃は自分の幼馴染が口にしていた名前を呼んだように、そこに立っていたのは生徒会会計・石上優だった。

 

「おはようございます四宮先輩。あと眞妃様先輩でしたっけ」

「ああもうあなたが誰の影響を受けたかその一言で全て分かったわ」

「おはよう石上くん。早々で悪いですが、何故拍手なんてしてるんですか?」

 

「え、だって漫才の練習してたじゃないですか。文化祭あたりで披露するんですか?」

 

「はあ……何を言っているの石上くん」

「そうよ。女の子の一大事がかかった真剣な話し合いに変な事を言うんじゃないわよ。いくら美城の友達でも許せない事ってあるんだからね」

「漫才じゃなかったんですか!? 完全にミル〇ボーイのネタでしたよ!?」

「当たり前でしょう。それに……何ですか、そのミ〇クボーイというのは? やたらと物を牛乳で溶かす人を揶揄したスラングか何かでしょうか」

「やたらとって何よ。例えば?」

「甘くて、カリカリしてて、牛乳をかけて食べる物とかですよ」

 

「いやコーンフレークやないかい!」

 

 石上一世一代のツッコミが朝の秀知院に響き渡った。

 並大抵の物ではない。日本の頂に立ったツッコミであった。

 

「その特徴は完全にコーンフレークやがな!」

「うるさいですよ石上くん」

「ハチャメチャな所を美城から学んでもいいけど……いや良くないけど、あの子は大声出したりなんてはしたない事はしないわよ」

「いやいや嘘ですよね先輩。その話始めで知らないって事あります?」

「ですから、それは何ですかと聞いているでしょう?」

「破廉恥な事だったりしないでしょうね」

 

(ウッソだろこの人達。会話の流れでM1史上最高得点のフォーマットと同じ物を生み出したのか……? 天才か? ……天才じゃったか!)

 

 汝、皇帝の神威を見よ、と言うまでもなくかぐやが天才である事は小学校の頃から広く万民に知られる所である。『一ミリのユダ』に認められるまでもなく完璧な才女。秀知院学園の小松なのだ。だが思いやりがないので薬膳餅を一手間かけて美味しく作らないだろう。

 じゃあ『天才じゃったか!』って言われないじゃん……。

 やーいお前の天性小松以下――(日記はここで途切れている)。

 

――キーンコーンカーンコーン

 

 

「ああもう、石上が変な事言うからもうこんな時間じゃない」

「反省してください石上くん」

「はあ……すみません……」

 

 鳴り始めた予鈴に対して女性陣は言いたい放題で、釈然としないまま石上は頷いた。

 だって中庭のど真ん中で漫才やってる人たちがそんな真剣な話してるって思わないでしょうが!切にそう叫びたい。

 しかし我慢できる子石上、先輩であり混院であり男の娘でありアルビノであり石上の自宅を建てた会社の社長の息子である友達の五条美城に教えてもらったお口ミッフィーの術で何とか耐える事が出来た。

 彼は次男なので我慢できない所だったがこの術のおかげで我慢できた。ありがとうナインチェ・プラウス(ミッフィーの蘭語での呼び方)。ちなみにミッフィーは長女なので我慢できる。

 

「じゃあおばさま、この話は一旦私に預けてくれるという事で良いかしら?」

「ええ。業腹ではありますが、あの子も同じように恋人がいる人の方が話しやすいかもしれませんからね」

「ちょっ……何言ってるのおばさま。そんなお似合いの恋人がいるなんてそんな……」

「言ってません」

「私はおだてられて木に登るようなバカじゃないけど? そこまで言われて何もしなかったら四条の名が泣くものね?」

「言ってません」

 

 石上が(・×・)の間にどうやら話はまとまったようだ。

 過剰に眞妃がくねくねしているが大勢には影響しないし西部戦線も異常なしである。

石上はそれを見て、生徒会の面々で誕生日占いをした時にもかぐやがくねくねしていた時の記憶を思い出した。端的に言って根源的恐怖だった。悪魔が見せた天使の笑みと言ってもいい。石上戦線に異常が発生しだした。

 

「放課後少し時間もらうから」

「分かっています」

 

 後輩の内心が凄惨を極めているとはつゆ知らず、かぐやは眞妃の言葉を了解する。四条に頼むのは気が引けるが、しかし彼氏持ちという丁度いい人材は彼女以外に存在しないので苦肉の策であった。しかしこれで早坂の気が晴れるなら、と思うかぐやである。

 事あるごとに『私彼氏持ちですよ』とマウントを取ってくるのは気に食わないが、それでも元気を無くされるよりマシだ。

 それにどうせ同じ彼氏持ちのステージに立ったら立場が上である自分が情け容赦なくマウントを取り返せるのだから、せいぜい短い天下を楽しんでおくがいい。美城と共にわからせてやろう。

 今男の娘を“わからせ”とかいういかがわしい響きが見えたが、かぐやにそんな知識はない。

 

 ともかく眞妃とかぐやは様子のおかしい早坂のために行動する事を誓い、放課後に動き始めるべく今は教室に向かうのだった。

 

 

――キーンコーンカーンコーン

 

「あ」

 

 石上は遅刻した。

 

 




次回に続く!
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