五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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前の話で美城は「父親の田沼医師は世界で十本の指に入る名医」と言いましたが、正しくは田沼医師は翼くんのお祖父さんでした。
お詫びして訂正します。


五条美城は神算をなめる

「さすが秀知院の生徒会室。上質なお茶が取り揃えられておりますね」

 

 秀知院学園生徒会の扉は誰に対しても開かれているが、かといってその扉が軽いかと言うとそうではない。偏差値77を叩き出す天才達が集う学園の、その頂点に立つ者が凡人であるはずがない。会長が身に着ける純金飾緒の重みは、相対する人にも重くのしかかってくる気分にさせる。

 はずなのだが。

 

「コーヒーは……少しの良い物と他はインスタントですね」

 

 外から来た生徒には効き目がないのか?白銀は友達の家に来たかのように棚を見て回る五条美城にそんな事を思った。

 恋愛相談があると言って生徒会室を訪ねて来た五条美城だったが、すぐには話しを斬り出さずにこうして軽い話題から入って、何とも白銀をヤキモキさせていた。

 

「ああ。良い物は四宮や藤原書記が持って来てくれている物で、基本的に四宮が紅茶担当でコーヒーは藤原担当だからな」

「まあ千花はマメな性格という訳でもないですからね。そうだ、相談前に淹れさせてはいただけないでしょうか? 会長は紅茶とコーヒー、どちらがお好みですか?」

「俺はコーヒーの方が好みだが」

「分かりまし……あ! フレールじゃないですか! こっちを淹れますね」

「紅茶じゃねーか! 俺に聞いた意味!」

「ふふふ、冗談です」

 

 どうも調子が狂うな。秀知院の生徒は大体会長の事を怖がってくるんだが……。

 いたずらっぽく笑う転校生を見ながら、白銀は髪をかき上げる。

実の所、五条家は名家なので秀知院学園生徒会長の威光の轟く所を十二分に知ってはいた。知った上で美城はこうなのだという事を知れば、白銀はそれはそれは複雑な心境になったであろうが。

 

「それで相談とは? 何でも告白させたい相手がいるとか言っていたが」

 

 美城が淹れたコーヒーを飲みながら白銀は相談内容を口にした。

 この転校生が何やら思いつめた顔をしてやって来たかと思えば、『告らせたい』などと他人事とは思えないような事を言ったのだ。心根が優しく大体の事において蔑ろにしない質の白銀ではあるが、これに少々前のめりなのは自覚していた。

 たっぷりのミルクと少しの砂糖を入れた、自分好みのコーヒーを美城は飲んで、かしこまってはいるがどこか気安い口調で話し始めた。

 

「はい。先ほど言った通り、ある人に告白させたいのです」

「告白させたいって事はもう好きになった相手がいるのか? お前、意外と恋多き男か?」

 

 五条美城が入学してきて三日程度とまだ間もない。日程の兼ね合いの割合が多いとは言えまだ秀知院の制服に袖を通してすらいないくらいに間もない。

 白銀御行が四宮かぐやに惚れたのは入学して一週間ちょっとなので、それよりも短い。

 

「させたい、というの……あ、でも恋多き男と言うのは一面では合っていますね」

「一面では?」

「私去年だけで五人の女性から告白されました」

「え!! マジで!!??」

 

 マジである。

 この男、見た目の珍しさもあって告白される事は多々あったのである。

 白銀は身を乗り出す程に驚いて美城に食ってかかった。

 

「ええ。デートに行った時に同じ文言でフラれましたが」

「ちなみに何て?」

「『私より可愛い男と付き合うのヤダわ』と……。うぅっ……私だって好きでこんな姿に生まれた訳じゃないのに……」

「あー……お前も難儀してるんだな。コーヒーのおかわりいる?」

「あまり飲みすぎるとお腹が緩くなるのでいらないです……」

「ほんと難儀な体してんなー」

 

 コーヒーは覚醒作用があり、これがコーヒーの効果として良く言われる『眠気が覚める』という物だ。多忙を極める白銀が睡眠時間を削って生活していても、何とか起きていられるのはコーヒーの、ひいてはカフェインの効果である。

 しかしこのことで交感神経優位になり、胃腸のサイクルが乱れるので、人によってはお腹が緩くなる、という事が起こりうる。

 眠気覚ましとしても、嗜好品としてもコーヒーを好んでいる白銀としては好きに飲めないというのは同情の念を抑えきれなかった。

 

「俺でよければ話を聞くぞ」

「ありがとうございます」

「それで、誰を告らせたいんだ?」

 

「同じクラスの田沼翼くんです」

 

(えーーーー!! そっちーーーー!!??)

 

 白銀は戦慄した。

 もしかしたら初めて見た同性愛者かもしれん……。

 そう言った感情でピリついた内心を飲み込むようにコーヒーを飲み込んだ。

 

「どうかしましたか?」

「いいいいや、ななな何でもないぞ」カタカタカタカタ

「そうですか。では話を続けさせていただきますけど、彼は恐れ多くも眞妃様の思慕の念を一身に集められている訳ですが……」

「えちょっと待って『眞妃様』って言った?」

「はい。四条家のご令嬢、眞妃様です。姉弟ともども私が尊敬するお方なので、微力ながらお望みを叶えて差し上げたいのです」

「そうかそうか。あーそうか!」

「……? 会長、どうかしましたか?」

「いや何でもないぞ! そうか友人の為に何かをしてあげたいのか。五条は友情に篤い奴だな」

 

 白銀は同性愛に差別的な感情がある訳ではなかったが、分からないというのが正直な感想だった。なので友情という自分にも理解できる範囲の話題だった事に安堵した。

 コテンと小首をかしげて『変な会長』と思いながら、美城は言葉を続ける。

 

「私としては早くに眞妃様に告白していただきたいのですが。あれこれこねくり回してもロクな事にはならないでしょうし」

 

 白銀は傷ついた。

 

「し、しかしそうは言っても相手の気持ちもあるだろう。軽々に告白して断られでもしたら」

 

 自分に弁明するように白銀は繋ぐ。というより田沼翼という生徒は存在感の希薄な生徒だったので具体的な事を言う事が出来なかった。

 ていうかえ?マジでどんな奴だったっけ?

 白銀はクラスメートを頭から順に思い出していると、美城の顔がみるみる内に怒りに赤く染まった。

 ヤバイ生徒の顔も覚えてない情けない会長と思われてる!?

 

「は? 眞妃様に告白されておきながらそれを断る人間などこの世に存在するのですか? 私はその人を同じホモサピエンスとして認識できない自信がありますけど」

 

「お前もアレな事言ってるな」

 

 怒っているのは非常に個人的な事だった。正直友人の為に告白させたいという心理より度し難かった。

 

「こほん……眞妃様から勇気が出ないようなので、相手の方から告白させよう、そういう次第でございます」

「ちなみに田沼翼は四条の事をどう思ってるのか分かるか?」

「仲の良い女友達と思っている事は間違いないと思うのですが。浮いた噂もないので……どうでしょう?」

「つまり肉体的にも精神的にもフリーという事か。……他の交友関係から糸口を見つけていくか?」

「私が把握している限りだと」

「いや知ってるんかい」

 

 この情報収集能力にはちょっと引く。

 

「眞妃様のご友人、柏木渚さん、他のクラスの紀かれんさん、古瀬エリカさんが女友達と言っていいでしょう。男友達はいますが、この場合無視して構わないと思われます」

「それは何故だ?」

「彼らはいわゆる陰キャです。アドバイスできる下地を持っていない人間にどうして相談など出来ましょう?」

「何その陰キャに対する当たりの強さ」

 

 失礼かもしれないが白銀は会計の石上優の事を思い出した。決して出会わせてはいけない二人かもしれない。陰と陽。陰陽道では二つ合わせて真理を表すのだが。

 

「友人は頼れない。女子に相談するのは最後の手段。そうなると」

「俺の所に来る、という訳か。だが俺は大して交流が無いぞ?」

「そこが良いのではありませんか。交流が無いという事は、話しても会長が言いふらさない限り友人に知られる事はないのですから。これほど都合のいい相談相手もそうはいません」

「なるほど」

 

 確かに話を聞けば白銀に提案を持って来た理由は良く理解できた。

 しかし……

 

「で、どうやって告らせるんだ? 相談を持って来られたら四条と交際する事を薦めるのは別にいいんだが」

「それだけで構いません」

 

 肝心要の田沼翼をどうやってここに持ってくるか。という話をするのだろう、そう思っていたのに美城の口から出て来たのは短い言葉だった。

 

「は? そんだけでいいの?」

「はい。会長に何か含ませておかないと彼に余計な知恵を吹き込みそうですから」

「人をお節介なおばさんみたいに言うなよ」

「それは申し訳ありません。ですが今まであまり話した事のない会長がいきなり話しかけると怪しいでしょう?」

「それはまあ……」

「会長。実は私、料理が得意なのです」

 

 カチャリ。

 美城は空になったコーヒーカップ二つを手元に寄せて、そのふちをなぞった。

 今何でそんな話を?と訝し気に白銀は無駄に可憐な転校生を見つめる。

 上質なカップの釉薬に輝く白磁の上を、白磁のような指が滑って、桜貝のような爪がカチンとその薄いカップを弾いた。

 

「下ごしらえはお任せください」

 

 そう言って笑う顔は、策を思い浮かんだ時の天才達によく似ていた。

 

――――――――――――――

 

 

「田沼君、次は移動教室ですよ。一緒に行きませんか?」

 

 五条美城の行動は早かった。

 次の授業の休み時間も移動の時間も惜しまず田沼翼に話しかけている。

 

「あ、眞妃様、御一緒させてください」

 

 このように四条眞妃と彼を傍に置くことも忘れずに。

 確かにこれは俺がやると不自然すぎる。そう白銀に思わせるほどに美城の行動は一つの理念の下に徹底されていた。

 

 全ては四条眞妃の恋心を成就させるため。

 

 そつなく、無駄なく、遠慮なく。

 眞妃いわく、良い感じに距離をつめてた、という時を早回しするようにガンガン攻めの手を繰り出し続けていた。

 

「五月に入ったら中間テストがありますよね? 秀知院のテストは厳しいと聞きますが、どういった物なのでしょう?」

「えっと……僕より」

「あ、眞妃様! 今ですね、田沼くんテストの事を聞いていた所でして、良ければ眞妃様のお力添えもいただけないでしょうか?」

「え……っと、翼くんと一緒に?」

「はい!」

 

 にこっと笑って幼馴染特有の距離感から眞妃の手を握った。有無を言わせないような光の笑顔であった。

言葉にトゲトゲしい所あれど、基本的に善良であり優しい眞妃を『幼馴染が言うんじゃしょうがないわね』という気分にさせるには十分だ。

 

「かいちょ~、フラれちゃいましたか?」

 

 白銀がそんな光景を遠巻きに見ていると、藤原千花がニマニマしながら隣の席に座って来た。見つめてくる目線にどこか邪なものが含まれている気がしたが……。

 こいつ、俺と五条の絡みをどこか嬉しそうに見ていたような……。もしかしてこいつは腐女……いや、よそう、俺の勝手な推測でみんなを混乱させたくない。

 

「馬鹿を言うな。俺より幼馴染と過ごす方が良かったという単純な論理の帰結だ」

「そうですね。……あれ? じゃあなんで私の所には来てくれないんですか。私も五歳からの幼馴染なのに~」

「知らん。まあ何か考えでもあるんじゃないか?」

 

 単純な論理の帰結と言うならば、藤原に真面目な相談を持ち掛けないというのも当然な帰結であると言えるだろう。人の嫌がる事はしないと言って憚らない藤原だが、カオスをばらまかないとは言っていない。事恋愛という繊細な物事にカオスを混ぜてもんじゃ焼きのようにぐちゃぐちゃにする必要は全く無いのだ。

 

「……」

 

 一瞬、白銀と美城の目が合うと、美城の方がその赤い目をパチパチとウィンクして何かしらのサインを送って来た。恐らく、そろそろ期は熟すであろうと言う事を言いたいのではなかろうか。相談のパターンを考えた上で田沼翼を迎えるとしよう、そう思いながら美城に小さく手を振って了解の合図を送る。

 

「さて次の授業の準備に……何してんだ藤原」

 

 美城に向けていた視線を隣に戻すと、そこにはぴしっと最敬礼をしている藤原がいた。

 

「会長、あれは初等部に入る前にシロちゃんと考えた暗号です」

「……で、何て?」

「『諸君の奮戦に敬意を表す。再会の日まで壮健なれ』と」

「そんな宇宙を統べる黄金の覇者みたいな事言ってたか……?」

 

 絶対に違う。

 根拠は無いが白銀はそう思った。

 

――――――――

 

「恋愛相談?」

「はい。僕もうどうしたらいいのか分からなくて……」

 

 その日、生徒会室に来訪者があった。

 黒髪の短髪、優しそうな印象を与えるたれ目はキョロキョロと辺りを見渡して少し臆病にも見える。

 対照的な自信に満ち溢れたつり目を来訪者に向けながら、白銀は口を開いた。

 

「とりあえず立ち話もアレだから中に入って話を聞こう。田沼翼」

 

 美城の予感はどんぴしゃり。

 生徒会室に現れたのは美城が四条眞妃に告らせたい相手、田沼翼だった。

 今か今かと待ち受けていた白銀の準備は万端。お湯まで沸かしてもてなしの用意だって出来ている。

 

『何か淹れようか。コーヒーと紅茶どちらが良い? ああ、四条は紅茶の方が好みらしいぞ。ははは』

 

 完璧だ。

 カップルが一組出来、応援する友人も喜ぶ。三方一両損ならぬ三方一両特である。

 さあ来い。四条眞妃さんが気になるんですと言え。

 

 

「同じクラスの五条美城さんの事が気になるんです!」

 

 オイイイイイ!! 五条お前のせいでややこしい事になってんじゃねーかァァァ!!

 

 

 

本日の勝敗 次回に続く!

 

 

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