五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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体育祭って時期を完全に通り過ぎた……


踊りの準備はてんてこ舞い

 お願いのコツは“これを聞き入れたら自分にも得がある”と思われる事にある。

 

 例えば教員からの頼み事を聞くのは、心証を良くして内申点を付けてもらおうという得を取る目的の人間もいるだろう。人気者の言葉が受け入れられやすいのも、人気者に好かれたら得だと意識的にせよ無意識的にせよ皆が思うからだ。

 別の例で言えば役員の座を用意してやるから会社を裏切れ、という物もある。これは四宮が仕掛ける離間工作の一つで、早坂家の私にとっては身近な例とも言えるかもしれない。

 

 絢爛ではあるけど極々俗人的な例を言えば、夜の街の女がブランド物を送られるのも、女に気に入られればセックスできるかも、という損得の駆け引きから生まれる物だろう。綺麗な女であればあるほどその価値は高まり、より高価なおねだりを聞いてもらえるのかもしれない。

 仮に私がやれば相当な物を買ってもらえるかも。絶対にそんな事はしないけど。美城とこの前分不相応なおしゃれのためにパパ活する少女なんてニュースを一緒に見た時に、高々数十万のために自分を切り売りするなんて、と怒ってたくらいだし。あの美城がだよ?

 ふざけて『ねえみぃ、愛にバーキン買ってぇ』とか言ったら、『いいですよ。ただ、明日から売春婦と呼ばれるのと、三十年後に素敵なご婦人ですねと言われるのと、どちらのタイミングで買ってあげたらいいでしょうか?』なんて言い返されたんだけど。……そんな怒らなくてもいいじゃん……。……というかその口ぶり、美城は買えるって事?

 

 ……だいぶ話が逸れた。長々とこんな話をしたのは今から他の人にお願いをしに行くからだ。

 昨日美城に『主役にしてあげるから』と言ったけど、主役になるには脇役が必要になる。私は彼の交流の上澄みをさらって人数集めをするつもりだった。ただ、この体育祭を前に小忙しい時期、昼休みあたり集まってくれる人がどれくらいいるかどうか。

 集まりそうになかったら……、私はカースト上位のギャルで通ってるから、上に書いた『人気者の~』の項をちらつかせるやむを得ない状況が生まれるかもしれない。

 

 

「シロちゃんのためにソーラン節を皆で踊る映像を撮りたいんですか? いいですね! やりましょう早坂さん!」

 

「体育祭の思い出として皆で踊る映像が欲しいですって? ふふっ。愛、あなた中々可愛らしい事考えるじゃない。もちろん協力してあげるわ」

 

「美城のために協力しろって? ……まああいつには選挙で借りがあるから、いいよ」

 

「手伝う? 分かった。いいぜ。五条にバッティングピッチャーしてもらってから調子よくてさあ。早坂知ってる?俺この前の秋季大会はレギュラーで出たんだぜ。やっぱもう一回緊急登板……あ、ダメですか。はい」

 

「五条くんのために……ね」

「タックン……」

「いいよ。彼には練習試合とか世話になったし。それに、命懸けてるサッカーで世話になったのに、そっちのお願い無視するとかダセーじゃんッて」

「タックン……!」

 

 

 速攻で人数が確保できてしまった。

 私とか周りの女の子とかをチラつかせるまでもなく、美城の名前を出した瞬間に快諾といった感じでいささか肩透かしなほどに。

 お願いを聞いてもらうには得が必要、と声高々に言っておいて、何事もなくお願いを聞いてもらえた私を笑う前に考えて欲しい。相手に支払う得は関係性によって割り引かれる事があって、差し引き損の状況でも気にせず願いを聞き届ける人はいるだろう。その損得の差を埋める物を、友情と呼ぶのかもしれない。

 私が一番苦手な事だ。

 えっ、なおさら笑う?

 ……人の心とかないんですか?

 

「……センセーに舞踏館借りれますかって聞きに行こ」

 

 書記ちゃんに声をかけたからB組の半分は参加してくれるだろう。眞妃様で残りの半分くらい確保できて、本郷は選挙戦での不利状況下でも付いてきてくれた人がいるので何人か引っ張ってきてくれそうだ。あとは野球部の原田とサッカー部のタックンの二人で運動部から何人か……。

 

 ささやかかもしれないが、美城に少しでも良い思い出を残してもらうためだと思うと、傍から見ると面倒な事も気にならなかった。むしろ楽しいくらいで、私にはしっかりと従者の血と教育が通っているんだなあ、と苦笑してしまう。

 

 

 ◇

 

「早坂さんがシロちゃんのためにソーラン節踊ってる所をカメラに収めたいそうですよ」

 

 ソーラン♪ ソーラン♪

 

「もちろん会長も参加しますよね。こっちで出来た最初の友達ですから」

 

 ドッコイショードッコイショ

 

「うちのクラス以外からも参加するそうです。選挙の時戦った本郷くんとかがそうですね」

 

 ソーラン♪ソーラン♪

 

「ハッ!」

 

「……ふぅ。良い仕上がりだろ?」

 

「うそつき!」

 

 秋空の下、早坂愛が恋人のために戦っているとするならば、藤原千花もまた白銀御行の名誉を守るために戦っていた。

 早坂に「みぃのために書記ちゃんの力かして~」と声をかけられた藤原はそのお願いを快諾。まず身近なクラスメート達に声をかけていく中で、当然同じクラスの生徒会長・白銀御行にも声を……

 

 しかし、藤原に電流走る――!

 

 普段は威厳ある生徒会長を演出しているが、その実ポンコツである白銀がソーラン節を踊れるわけがないッ!

 だいぶ酷い推理とも呼べない決めつけに突き動かされるように藤原は白銀を、放課後の誰もいない場所で躍らせたのである。

 

 結果悪夢であった。

 

「また私に嘘を! 嘘を吐きましたねっ!!」

「嘘って何だよ……」

「この体たらくでよく早坂さんに『踊りに苦手意識は無い』なんて言えましたね!」

「苦手意識なんて無いけど……」

「いい所見せたい女の子に対してならまだしも、彼氏持ちの女の子に本気で言ってるなら虚言癖を疑いますよ! こんなのコンプレックスであるべきでしょ!? ちゃんと劣等感感じてくださいよ! 何のうのうと生きて来てるんですか!!」

 

 藤原の裂帛の声も響きたり、といった所である。とても人様に見せられるような動きをしていない白銀の踊りを見ればこうもなるだろう。人類の尊厳を貶める悪魔がさせたと言われた方がまだ納得出来た。

 

「とにかくこれから特訓です! シロちゃんの思い出ムービーを悪魔が異形な踊りをしている神への冒涜ムービーとしてバチカンに封印される事にならないように!!」

「苦手意識ないのに……」

「黙ってくださいイスカリオテのユダ!」

 

 人類史史上最も神への裏切りを働いた男と並び称されて白銀はしょんぼりした。

 かくして毎度の如く苦手克服の特訓と相成った訳である。

 

 

 ◇

 

 

 

「早坂さん。舞踏館の使用申請を出しているそうですが、もっと大きな部屋を取っておいた方がいいんじゃないかしら?」

 

 体育教師のその一言は、今私に降りかかる問題をとても端的に言い表していた。

 人数集めチョッロ……とか思っていた私に降りかかって来たのは人数集まりすぎヤッバ……という問題だった。

 私の見通しとしては一クラスと少し分の人数が集まってくれたらヨシだったのに……。

しかし予想を超えて確保しようとしていたレッスンルームのキャパ人数を越えてしまったのは責められるべき所だ。私の不徳といたす所、とか何とか謝らないといけない。

 これは人数を集めようと彼の交友関係の上澄みをすくった影響を甘く見ていた自分のせいだから、だった。

 

 美城がどう思っているかはともかく、私の価値観で上澄みと言ったら大体体育会系の陽キャの事を指す。そして陽キャというのはとにかく縦にも横にもつながりが強い生き物だ。誰々と付き合った・別れたという話題が一瞬で輪に広がるのもこの習性があるからだけど、今回もその習性は遺憾なく発揮されてしまったから、こんな事態になっている。

 私が声をかけた最初の数人は期待通りの役割を果たしてくれたけど、声をかけられた人が事をまた別の人に話し、それを聞いた人が……と噂がどんどん広がってしまったと言う訳。

 

 そうなると当然この人が気が付かない訳がない。

 

「愛。何と言うか……大変な事になっているそうですね」

 

 私を間接的に大変な目に合わせている美城の事だ。私が勝手にやってる事だから文句や愚痴なんか当然言うつもりは無いけれど。

 

「んー? 別にそうでもないよ。美城は待ってたらいいから」

「そう言われてもですね……。」

「例えばだけど、誕生日の子に準備とかさせないでしょ? そんなのだよ。私がしてる事って」

「愛がそう言うなら私からは何も言いません」

「うん」

「ただ、何か困った事があったらすぐに言ってください」

「ありがとう」

 

 切りよく会話を終わらせて、私達は食堂の席に向かい合うように座った。この前のように弁当を用意してあげたかったのに、昨日は来客があったので私もそれどころじゃなくて、こうして食堂で一緒にランチを囲む事で妥協したのだった。

 妥協と言うほどの食事は秀知院の食堂が提供するはずもないけれど、周りにいる人の好奇の目をどうしても集めてしまう状況は少し癪に障るというか。あなた達の見世物になったつもりはありませんけど?

 それに人が集まる所にいると、いつどこで話したのか私も知らない人がひょっこり話しかけてくる恐れがある。それが嫌だ。というか気を遣え。

 

「やあどーもこんにちは五条さん」

 

 ほら来たじゃん。せっかく人が楽しくお昼しようとしてる時に水差す輩が。

 美城の隣に立った気配にすっと視線を向けた。どこの誰だろうと値踏みするような気持ちでありつつ、でもカースト上位勢だったときのための愛想笑いを張り付けるのも忘れずに。

 上げた視線の先にいた顔は一年でも二年でもなく、つまり三年生か、スポーツ刈りが少しだけ伸びたような短髪で顔や首回りがよく日に焼けていた。やけに眩しい白い歯の下に繋がる首回りは非常に鍛え上げられている。ラグビー部だかアメフト部だろうか。そういえば美城がボランティア部を立ち上げたばかりのころ、サッカー部とラグビー部の練習試合を取って来たとか言っていた気がする。その縁?

 

「こんにちは。最近は忙しかったんじゃないですか? 今日はやけに元気ですね」

「ええ。もう本当大変でしてね僕の方も。ですが無事終わりましたので、まず五条さんの所に報告いかないとな、と」

「え! 本当ですか!?」

「はい。僕は正直な事をモットーに生きてますから。どれくらい正直かと言うと、正直のためなら……嘘を吐いてもいい!」

「正直さゼロじゃん」

「おっとこれは彼女さんからの手厳しいツッコミ」

「そうでしょう? 自慢の恋人です」

「ウチそこ一番褒められてんだ~ウケる~」

 

 ……いやなにわろてんねん。

 人をツッコミマシーンみたいに言うなし。このボケのAI二回行動アド取り侍め。

 

「では僕はこれで……おや?」

 

 暑苦しいビジュアルのラグビー部(?)先輩は本当に挨拶のためだけに来たのだろう、さっさと退散しようと美城と私に会釈した。ところで何かに気が付いたようだ。

 テーブルの上に載っている美城のA学食を見ながら怪訝そうな声を出す。

 

「五条さんのお昼はそれだけですか?」

「定食ですから」

「いけません。五条さんはもう少しタンパク質を摂らないと」

 

 そう言うと先輩はポケットから緑色の筒を取り出した。よくスーパーなどで売られているパルメザンチーズの入れ物だった。パスタとかによくかける粉末タイプのあれの事だ。

 

「いいですかこのままでは普通の定食。……ここからがマグマなんです」

「ちょっ、みぃのご飯に何する気だし!?」

「ミュージックスタート!!」

 

 デーンデーン・テレレレン・テン♪

 

 彼が天高々と片手を上げると、どこからか音楽が鳴り響いてきた。何だこの先輩自分の流れへの持って行き方が強引すぎる。つよい。

 しかし、こうなると困るのは美城の方だと思う。粉チーズと、鍛えてる輩がちょっとザワザワするあの音楽に合わせてポージングしてる人……。

 

 ウチ(の彼氏)は今からマグマにされる

 

【It‘s my「ヤーーーーー!!!!!!!」

 

 サッサッ……

 

「怒涛のようなヤー!からの繊細な二振り!?」

「タンパク質の摂取量は個人の体格差によって大きく関わりますから、自分に合った量を摂取してください。五条さんは細身ですから少しで大丈夫です」

「すんごいマトモな事言ってるし……」

 

 粗雑っぽそうな見た目とは裏腹に、意外と繊細な事を言っていた。き〇に君エミュが過ぎる、この人。

 

「そういえば自己紹介がまだでした。僕の名前は~……中山商事の、中山欽二君です!

 ……ハッ!(笑顔)」

 

「ヒュー!」

「みぃ、雑に盛り上げない」

「すみません……」

 

 すみません成分8%くらいのすみませんだった。

 

「こほん、改めましてこちらは五条家もお世話になっている建材屋さんの、中山商事の中山欽二くんです。ボディビル部部長で、高学歴系ボディビルダーとして一部で有名なんですよ」

「高学歴系ボディビルダーって単語を生まれて初めて聞いたし!?」

「そうでしょうそうでしょう?」

「褒めの意味じゃないからね。でもそっかー。こんな感じが有名なんだし? 世の中ってちょろちょろじゃん?」

「欽二くんに何て事を……。欽二くん、愛にピシッと言ってあげてください!」

「だって名前が似てるからって芸人のインパクト借りちゃうとか、キャラパクっぽくて流行りのっかりみたいな……」

「僕の進学先スタンフォード大学ですよ」

「舐めたクチ利いてスンマセンでした」

 

 超進学校の秀知院の生徒が選ぶ進学先の中でも一二を争う進学先じゃないですか!

 

「今回、僕はありがたい事に応援団団長をさせていただく事になりまして」

「本当ですか? では愛も体育祭では多いにお世話になりますね」

「ははは……」

 

 美城が誘蛾灯みたいに白組応援団長を引き付けて来た事実に、私の愛想笑いも乾き気味だった。何でこう問題を大きくしがちなんでしょうかこの人は。

 

「そうだ、早坂さんは今五条さんのためにソーラン節を踊ってくれる人手を集めているそうですね」

「えっと……そうだし~」

「僕も応援団長として加わってもよろしいでしょうか」

「えぇ!?」

 

 今日会ったばかりの人が頭を下げながらしてきた頼み事に、驚きながら意味を持たない呻きをあげた。美城の知り合いで白組応援団長の彼にしてみれば、どうして参加させないのかと言いたいのだろうか。

 でも人はもう一杯なんだよね……。

 

「あの~、センパイの気持ちは分かったって言うか~、でもやっぱり……」

「おー欽二。もう海外の受験は終わったのか?」

 

 丁重にお断りしようとした所に、また新しい男の声が加わってきた。似たような体系で似たような暑苦しさを持った、そして似たように三年生の生徒だった。

 

「風野さん。久しぶりに話す感じしますね」

 

 そうそう。ラグビー部の風野、三年生だ。確か赤組の応援団長になった話が女子のネットワークに上がっていた気がする。

『赤組と白組の団長のキャラ差唐揚げと竜田揚げくらいしかなくて草』とは誰の弁か忘れたけど、二人並ぶと分かる気がする。

 

「そうだろな。死人みたいな顔して話聞いてたから勉強以外の記憶ゼロなんだろ」

「申し訳ない。その恩は応援団長として白組を勝利に導く形であらわしてみせます」

「いうじゃねーか」

 

 バチバチと二人の間で火花が散ると、不意に中山先輩がこっちを向いた。

 

「早坂さん。白組の一員として応援団に応援する機会をいただけませんか。きっと本番でも役に立ちますよ」

「俺もその噂聞いてるぜ。だがメインはこの五条なんだろ? だったら俺率いる赤組応援団の方が適任じゃないか」

 

 二人の火花が今度は私を挟んで飛び交う羽目に会う。

 ……だからもう人手はいらないんですけど!

 

「白組は本番と同じハッピを用意する準備があります」

「赤組は本番と同じ和太鼓の叩き手がいるぜ」

「この案の発起人は白組の早坂さんです。白組が応援するべきじゃあないでしょうか」

「それは体育祭に参加できない赤組の五条のためだろう。こいつが応援される色の方がいいに決まってる」

 

 いつ口を挟もう、と悩んでいる間に状況はちゃくちゃくと進行している気がしてならない。あの一度本人の話を聞きませんか?

 

「ちょっと白組の用事を思いだしたので失礼します」

「おう……。ってお前! 先に体育館おさえる気だな! クソッ待て!」

 

 結局最後まで人の話を聞くことなく二人の団長は立ち去って……というよりも走り去っていった。

 

「……愛?」

「どしたの」

「二人のあの様子ですと、体育館おさえた上で応援団も引き連れてきますよ?」

「……えっ!」

 

 そういえば体育館がどうのこうの言ってたような……。

 

「応援団の方々も顔が広い人が多いですから、下手するともっと人が増える可能性だってあるのではないでしょうか」

「……」

「やはり私もお手伝いを……」

「それはいらない」

「ですが、愛が大変な目にあっているのに」

「いらない!」

 

 もうここまでくると意地の話になってくる。

 なら私はどんなハプニングがあろうとも、涼しい顔をして美城の前に完璧な状況を揃えてあげないと、従者の矜持が泣くというものだ。

 待っててくださいよ本番め。

 

 

 ◇

 

「会長、なんか両組応援団長も参加するそうですよ」

 

 ソーラン♪ ソーラン♪

 

「それに伴って人数も増えたみたいです。体育館でやるって早坂さんは言ってました」

 

 ドッコイショードッコイショ。

 

「主役はシロちゃんですけど、近くで無様な姿見せられませんね」

 

 ソーラン♪ ソーラン♪

 

「ハッ!!」

 

「どう……? 俺的には及第点かなって思うんだけど」

「まだまだです! 一応悪魔じみた下手さは無くなりましたが、点数を付けるなら33.4点といった所です!」

「細かっ!? 藤原音楽絡むと厳しいよな……」

 

 早坂の周りで急展開が起こっている頃、白銀と藤原の師弟にも一つ展開があった。白銀が自らの身の内に潜む悪魔を追い払ったのである。

 リズムに乗るという運動野の機能にかかっていた一部のもやが消滅した事により、晴れて白銀は人並に下手の領域に到達していた。

 

「会長の踊りはまだまだ表現の域に達していないんです。いいですか? ソーラン節はニシン漁の鰊場作業唄や沖上げの動作が元となっています。その中に込めた大漁の願い……、海に生きる男たちの美しさ、そういうのを動きで表現しなきゃならないんです!」

 

 芸術人気質の藤原に言わせれば不満の残る出来と言わざるを得ない訳であるが。

 

「会長は網を引いてる男ではありません! いいとこ段ボールのテープ剥いでる人です! 網になってください!」

「網になってください!? ……表現って言うけどな、別に俺はそこまで求めてないんだって。ただ恥かかないくらいに踊れたら十分なワケ」

 

 ただそんな不満も一般的な感性の白銀にとっては少々うるさく聞こえた。彼自身言っている通り普通に、点数で言えば五十か六十点程度の踊りで構わないのだから。

 

「あーもう限界です!!」

 

 これには藤原も大激怒。

 ムウウウと膨れた後に、風船を針で刺した時のように爆発した。

 

「毎度毎度何で私が会長みたいなポンコツのお世話しなきゃならないんですか! もー知りませんから! 二十年後くらいに映像を子供と見て『パパへたっぴ~』って言われればいいんです!」

 

 妙なリアリティのある言葉を残して藤原は部屋を去って行った。十年後の二十八歳に物心ついたくらいの三・四歳の子供がいると考えるより、三十八歳時にそういう未来がある方がありえそう、と思ったのだろうか。

 ただ切羽詰まった状況に陥らなければ四十超えても白銀とかぐやは”こうどなじょうほうせん”を仕掛け合っているかもしれない事を彼女は失念している。

 

(はぁ……怒らせてしまった)

 

 白銀は、藤原が立ち去ってしまった音楽室をひとまず後にした。ここは天才ピアニストとして鳴らした彼女が、『練習したいんです』と言って音楽教師に忖度させた結果取れた練習場所なので、藤原がいないと追い出されてしまうのだ。ピアノコンペの威光にひれ伏しやがってそれがお前らのやり方かぁ~!

 

(まあ毎回藤原に頼って大分負担をかけていたからな。やっぱ迷惑に感じていたんだろうな)

 

 白銀が大人たちの忖度を逃れて向かった安住の地は彼の城とも言える生徒会室だった。藤原はどこかに行き、かぐやもどこへやら、石上は応援団の練習に向かい、伊井野は風紀委員の仕事で校内の見回りをしてるのを先ほど見たばかりだ。いつものように早坂愛を追いかけていた。

 つまり一人で邪魔されず練習するのにうってつけの場所である。

 

(網を引いてる男の気持ち……網になれか)

 

 ただ藤原が最後に言い残した言葉が楔のように白銀の心に残っていた。何度も世話になっている相手なだけあって、その言葉を軽々に無視できないのだ。

 

「会長、ソーラン節の練習ですか?」

「四宮……!」

 

 悩んでいたせいか白銀は背後に迫るかぐやの存在に気が付かず、不意にかけられた声に驚いた。かぐやはただ白銀と話す機をうかがっていただけだが、知らぬは男ばかり也。

 

「まだまだ練習が必要だと思いますけど、この時期なら十分ではありませんか?」

「そういわれるとそうなんだが、五条のムービーを撮るって話に俺も一枚噛んでいるからな。もう少し完成度をあげておこうかって所だ」

「ああ……。あの」

「そういえば四宮は参加しないのか? 早坂は同じA組の友達じゃなかったか?」

 

 一瞬かぐやの顔が『私達の関係が漏れた?』と厳しい物に変わったが、そういえば夏休みも一緒に過ごした事を思い出す。

 

「そんな綺麗な関係ではありませんよ」

「四宮」

「とにかく、私は結構です。早坂さんを更に忙しくさせる趣味はありませんし」

 

 正気か? 早坂がかぐやの言葉を聞けたら我が主人の乱心を疑った事だろう。ただ仮に早坂が主人に問いただしたとしても『黙りなさい。乱心とは心を乱す事。私は何も間違えないわ』とか最強のパワハラ上司みたいな言葉を発したかもしれない。

 

「単純に一人増えるからか」

「それもありますし、何て言いましょう。……立ち順、みたいな物を考えさせるのもばからしいではありませんか」

「立ち順?」

「上座下座みたいな物ですね。例えば会長、五条くんを中心にムービーを撮ります、何人か配置してください。と言われればどうします?」

 

 〇KBの総選挙の話でもしてるのかと思った。確かに五条美城がアイドル界に殴り込みをかければ空前絶後の超絶怒涛の投票権が集まってどセンターにぶち上がる事は想像に難くない。

 

「まあ並びが綺麗なのは三人だな。センター五条、取り敢えず早坂は五条の隣に置くとして、反対側には四条を置くか」

「私もそれが正解だと思います。そこに私が入ったらどうしますか」

「どうもこうも、四条か早坂の隣に立てばいいだろ。反対側には藤原か俺でも立たせておけばバランスは悪くないと思うぞ」

 

 私欲を混ぜた物言いである。

 白銀はどうせ映像に残されるなら目立つ所にかぐやを置いておきたい少しのスケベ心があった。

 

「残念、不正解です。四宮と四条を同じ画角に収めたいなら、全く同じ立ち位置に置かないと面倒な事になります」

 

 つまり無理と言う事だ。

 

「そんなアホな」

「そんなアホな事があるんですよ。特に四条は四宮から喧嘩別れして出来た一族ですから、どちらかが下に置かれるのはメンツが立たないんです」

「まるでヤクザだな」

「ヤクザの方が優しいかもしれませんよ?」

「四宮なら大丈夫だろ。龍珠より怖くないし」

「あの子に言いますよ?」

 

 登場人物の剣呑さとは裏腹に二人は呑気な口ぶりだった。白銀にとっては元生徒会の同僚で、かぐやにとっては同じ秘密のVIP会の一員であるから怯えろと言うのが無理な話かもしれないが。

 

 

「……か、会長……あなたって人はー!!」

 

 会話の両輪が珍しくすんなり回り出しそうな所で、それをぶち破るけたたましい声が生徒会の入り口から響いた。

 藤原千花である。

 出口に陣取った彼女は、普段のゆるふわ巨乳美少女に相応しくない激怒の表情を浮かべて仁王立ちしていた。さすが芸術人間、国宝級の立ち姿である。阿でも吽でもどちらでもいいが隣に金剛力士像がいないのが悔やまれた。

 

「うお! 藤原? どうしたんだ急に叫びだして」

「会長の事見損ないましたよ! 『ちょっと私も言い過ぎたな』って思って会長の事捜したのに生徒会室でかぐやさんとイチャイチャしてるんですか! 会長のおバカー、アホ―。女の子の『やっ……』を聞いて本当に止める童貞! 『帰れ』って言われてすぐ帰るゆとりー!」

「どどど童貞じゃねーし! 言い過ぎだろ! というかお前もゆとりじゃねーか!」

「やっぱり教育には諦めない心と厳しさが必要なんですね。さあ会長キリキリ踊りましょー!」

 

 憤怒の相を浮かべた藤原は腰を落としたすり足で、じりじりと白銀を壁に追い詰めていく。さながら相撲の取り組みであった。表現の楽しさを知らずイヤイヤ踊るなんて……そんなの踊りがかわいそうだよねぇ……!とどこかの横綱みたいな心境だ。もはや神と言って差し支えない。

 

「藤原さん。ずいぶんと勝手な言い草ではありませんか? 練習に付き合うとか付き合わないとか、勝手を言って振り回すのはいただけませんね。会長の練習は私が見ます」

「あなたにうちの御行ちゃんの何が分かるんですか!!」

「母!?」

 

 成績が上がらない子供の母が教師に言うセリフみたいな事を言っていた。モンペ一歩手前と位置付ける事が出来るだろう。だが質の悪い事に彼女の息子(白銀)は手間をかければ伸びるのも事実であった。

 

「と、とにかく! 訳の分からない事を言わないでください。会長は私と練習をするんです!!」

「いーや私が会長を育てます! 取らないでー!!」

 

 かぐやが白銀の腕を掴み、反対を藤原が掴む。微妙に相反する女の情念が、白銀を通じて戦いの形を取り綱取り大一番が急遽開幕した。

 リピート再生に設定されている白銀のスマホから流れるソーラン節に合わせてドッコイショードッコイショ、互いに譲らぬ強引な引き合いである。

 

「痛い痛い! 離してーー!!」

 

(ハッ! これが引っ張られる網の気持ち!?)

 

 その時、ふと閃いた!

 このアイディアは俺のトレーニングに活かせるかもしれない!

 

 猛烈な痛みの中、白銀は謎の電波を受信して自身の成長につなげていた。たぶんソーラン節のコツレベル3貰ったんだと思う(適当)。

 

 

 壮大に何も始まらず、引っ張りつかれたというしょうもない理由で白銀引きは終了した。

 ただ疲れただけの価値は確かにあったようである。

 

ビシィ!

 

「何て見事なソーラン節」

「会長、掴んだんですね!」

 

 なんという事でしょう。そこには地獄の悪魔が躍らせたソーラン節を踊っていた白銀はどこにもなく、見事なキレを見せる踊り手が一人いるではありませんか。

 

「ああ。これで本番の心配はいらないな」

 

 白銀はなんとかソーラン節を間に合わす事に成功した。

 

 

 

 ◇

 

「ええと、こっからやっぱ前の方にB組でその後ろは左詰めでA組から……はっ!」

「どうかしましたか? 愛」

「今私の心労が一つ減った気がする」

 

 恋人にいい恰好をさせてあげたいという軽い思いつきで始まった事前練習会は、ますます勢いを増したまま目前に迫ろうとしていた。

 

 

 本日の勝敗 白銀の勝利

 

 

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