こうも早坂の事好きになりきらない主人公書いてると『何だこいつ!?』ってジョイマンみたいになります。
皆はどの早坂好き?
「おはようございます」
朝。肌をなぜる秋の涼しい風の流れる中で、五条美城はいつものように丁寧なあいさつを、節操無しと言われそうな程していた。目を細めるばかりの白く美しい見た目は今日も健在で、誰かとすれ違う度に軽い会話が交わされている。
「はよー、五条くん」
「おはよー」
「……」
二年生の教室があるフロアに上がると、いかにもチャラチャラした女子が軽く挨拶してきた。
「おはようございます」
駿河すばると火ノ口三鈴と早坂愛を前に、同じように美城は挨拶を返した。
秀知院の中でもとりわけチャラさと明るさで通っているギャル三人組であっても、全く物怖じする事はない。というよりも、その三人組の中に自分の恋人がいるのだから怖気づく理由など無いのである。
「愛。昨日は忙しそうでしたが大丈夫でしたか? ラインしても返ってこないので心配していました」
「……」
「愛?」
返事をくれると思って声をかけた美城の期待は、何故かむっつりと黙ってしまった早坂によって裏切られた。
しかし黙ってはいるのだが、じっと美城の方を見るので彼としてはどういった理由があるのか聞きたい所だ。怒っているのだろうか? だが別に睨みつけられた訳でもないし、口を尖らせているという様子でもない。それがかえって不気味である。
「愛ちゃ~ん。五条くんが挨拶してんのに無視はなくなーい?」
「ほら傷ついてるよ」
先ほどまで楽しくお喋りに興じていた駿河と火ノ口の友人二人が、早坂らしくない……少なくともギャルモードの早坂らしくない様子を突っついた。精神的にも物理的にも。駿河が脇腹をえいえいっと突いている。
「……」
「無視!?」
「そんな鋼のお腹してたの!?」
そんな事どこ吹く風とばかりに、早坂は噤んだ口を一向に開こうとはしなかった。彼女の鋼の意思が垣間見える。
鋼の意思はいらない(鋼の意思)。
「どうかしましたか? どこか体調でも……」
もはや彫像と化した早坂をさすがに心配した美城は、熱でもあるのかと彼女の額に手を伸ばした。
細い絹糸のような金髪をさらりとかき分けて、湯上りの卵みたいなおでこに触れようとする寸前に――
「大丈夫ですから!」
やっと言葉を発したかと思うと、それはキッパリと短い拒絶の言葉であった。
言い放った早坂は、一瞬やってしまった顔をすると踵を返してどこかへ立ち去ってしまう。もうやってしまったのだから最後までやってしまえと言う様な開き直りが垣間見えた。
「愛?」
彼女が走り去った後を、空に金色の残照を見るように目を細めて見ると同時に、名前が口をついて出て来る。自分が何かしてしまっただろうか、だとしたらそれは何か、一人反省を開始し始めた。
「ご・じょ・う・くーん」
「これは一体どういう事なのかなぁ~」
そんな傍目には呑気に考え事しているように見える彼を、彼女の友人が見逃すはずもなかったが。威圧を放って一歩二歩、歴戦の猛者のように詰めてきた彼女たちは美城の目の前で腕を組んで『さあ話せ』と言いたげだ。
「どういう、と言われましても……」
「心当たりが無いとか言わせないからね!」
「五条くんの口癖移ってんじゃん! ウチらの愛ちゃんを返して!」
若干一名違う思いが錯綜していそうだった。取られて悔しい感じが出ている。……いまさら?
彼女たちに何と返そうか、何しろ自分もよく分かっていないのだから返事は苦心する物となって美城に襲い掛かる。
チラッと視界の端に見知った金髪のサイドテールが階下を走っているのが見えると、やっと美城は返事をすることが出来た。
「やはり愛に話を聞いてみない事には分かりません」
とても平凡な、というよりも凡愚とすら言われそうな単純な事を彼は答える。
「そんな事言って逃げるんじゃないの」
「そーだそーだ」
推察する事も出来たかもしれないが、それが一番誠意ある行動だと思って二人に言うもののお気に召さなかったらしい。結託して否定のシュプレヒコールを上げるのである。
かつて日本に跋扈したアカの手口に近い物があった。もちろん赤坂な漫画家ではなく共産主義者の事だ。
「すみません。少し愛の所に行ってきます」
「待った! ちゃんと話を聞くまで行かせないよ~」
ひらりひらりとアゲハ蝶のように美城の前に出たのは火ノ口三鈴の方である。最近になって名前の読みが『みすず』ではなく『みりん』だった事に筆者が気づいたデコ出し娘の方だった。
「今日だけは無視させてもらいますよ!」
「ふっふーん。どうするのかな?」
「なおきインターセプト!」
ここ物語シリーズのサブタイトルみたいですき(自画自賛)。
美城が取った手段はそこら辺を歩いていた、久しぶりの登場になる同輩の中沢直樹を召喚して盾にする事であった。
「うお! 何だ何だ!?」
「中沢くん、何かいい感じに足止めしてください」
「展開が急!」
優雅な朝を過ごしていた彼は突然の事態に目を白黒させるが、それは急に無関係の人を放り込まれたギャル二人も同じである。
美城はその隙をついて早坂が逃げ出した方向に向かって走り出した。
「おっと、忘れてもらっちゃ困るよ」
しかし、行く手を遮るもう一つの影、駿河すばるが立ちふさがった。
「きんじディフェンス!」
ここ物語シリー(ry
次に美城が取った行動は、アーリーのために他の三年より一足先に受験が終わって気分よく廊下を歩いている先輩の中山欽二を盾にする事であった。
「どうしました五条さん」
「欽二くん私をどうか助けてください!」
「……なるほど。
おい俺の筋肉。五条さんを守るのかい? 守らないのかい? どっちなんだい!」
まーもーる!!
……
マッチョなお笑い芸人の定型文が見事に決まって彼をリスペクトする欽二は満足な気分になった。傍で見ていたN〇K志望の放送部員がツボに入ったようで笑い転げている。この満足感たるや、もう帰ってもいいかもしれない。
あっけに取られてギャルの足が止まるパート2を起こした所で美城の足を止める物は何もなくなった訳だ。健脚と人脈を生かして逃げた恋人を追いかけようとする。
早坂がチラッと見えた方向へ降りる階段に向かおうと角を曲がった。ここまで来れば彼女たちも諦めただろう。失礼な事をしたのは後で謝るとして……
「なーんで逃げるのかな~」
「五条くんは他の男子とは違うって思ってたのに」
曲がった先、聞こえて来たのは耳に残る甘ったるくてチャラ付いた声。
間違いなくそこにいたのは、火ノ口三鈴と駿河すばるだった。
「ど……どうして?」
「どうして? あんな二人じゃダメだよ~五条くん」
「この世の真理を教えてあげる」
「「JKは最強!」」
「DKがいくら束になってかかって来ても敵う訳ないんだから」
確かに体デカすぎてシールドから漏れた体に飛び道具当たりそうだったり、復帰が限られているのでメテオくらい易そうだったりするが……。
しかし彼らはドンキーコングではなく男子高校生なのだから、少々は対抗してくれそうなものなのに……。
それは男子でありながら限りなく女子に近い位置にいる美城だから思う事なのだが。大体の男は女子高生に弱い。腕力とかそういう次元ではないのだ。
「逃げちゃう五条くんはちょっとお仕置きしないと」
「ちょっとね。ちょっとだけ」
そう言う彼女達の目は狩人のそれであった。ちょっと、がどこまでの範囲を指しているのか皆目見当もつかない。エッチな漫画で言う『先っちょだけ。先っちょだけだから!』が信用できない理屈と同じである。
それは先っちょだけでは済まない前振りであり、……つまり美城に向かうお仕置きがちょっとだけではない事は「押すなよ」と言ったダチョウ俱楽部を見るより明らかだった。
「や……優しくしてくださいね……?」
美城は白くて肩にかかるくらいのボブカットをなびかせながら、大きな赤色の瞳を潤ませて上目遣いに二人にお願いした。
媚びである。
「可愛く言ってもダメー!」
ダメだった。
……
「それでどうして早坂は逃げ出したの?」
数分後、そこには綺麗に正座した美城が二人に問い詰められる姿があった。
道行く人は一瞬女子同士の苛烈ないじめ現場と見紛うが、真ん中にいるのが美城だと気づくと『あっ……(察し)』となって通り過ぎていく。彼はカテゴリとしては藤原千花に非常に近い場所に置かれているのだ。多少雑に扱ってもよし。ただ彼の美貌を前に雑に扱える人はそういないだろう。そこも藤原千花に似ていた。
「それが本当に分からないのです……」
「じゃあ全部吐くの!」
「そうそう。黙っててもいい事ないよ?」
二人の意図したところではないだろうが、問い詰める段になって自然と良い警官・悪い警官役をロールプレイしていた。取り調べのテクニックの一つで、悪い警官役に詰めさせた後良い警官役が優しく聞き出そうとする硬軟併せ持つ高度な技術である。
「昨日最後に会った時はどうだった? 話してみて?」
放っておいたらかつ丼でも出てきそうなあったけえ取り調べが秀知院の廊下のど真ん中で繰り広げられていた。偏差値77ではなく年代77の刑事ドラマの様相を呈している。
「最後に会った時は……あ」
「何?」
「いえ。でも……?」
「キリキリ話す!」
「は、はい!」
コンプラギリギリの恫喝が飛ぶ中、美城はふと思い出した事を容赦なく吐き出さされた。
「えっとですね、昨日体育館を借りてソーラン節を踊る場面を動画に撮ったのですが」
「知ってる」
「うちらも出たしねえ」
「その節はお世話になりました」
「いえいえ~。……で、それがどしたの?」
「はい。愛が始めてくれた事ですし、放課後に当然その話をしますよね?」
「うんうん」
「その時に感謝の気持ちを込めて頬にキスしたのですが」
「そんなの!
…………
……
え何で怒ってんの?」
キスという言葉に一瞬カッとなったが、わずかな逡巡の後に大したことじゃないと思った火ノ口は怒声を急激にトーンダウンさせた。よくよく考えれば早坂と美城の二人は半年近く付き合っている(少なくとも表向きには)カップルなのだから、今更ほっぺにキスの一つ二つ……。
「はいサイバンチョー。被告人に質問があります」
情報を得た事で逆によく分からなくなってしまった火ノ口に、元気に手をあげて駿河が発言した。
「検察の質問を却下します」
「なんで!?」
「いやウソだって。で、何なの?」
「ずばり五条くんのサンックスの場所が悪かったのではないでしょうか。それどこでやったの?」
「……何でしょうか? そのサンックスとは?」
新単語の登場によりまたまた分からなくなった火ノ口に変わり、不可解な言語の解説を美城は求める。
「ありがとうのイチャイチャから発展したセックスの事だよ」
「言葉を作んな言葉を」
「異議あり!」
「はい五条くん」
「その状況は既に『ありがとックス』という言葉が存在しています。検察側の言葉はむやみな混乱を引き起こす物として撤回を要求します」
「反論そこ!?」
「だけど何にも掛かってない『ありがとックス』よりツを一つ挟むだけでセックスな『サンックス』の方がスマートだよ」
「ですがそのスマートさが、やさしいからやらしいに変化した感じをありがとックスより失わせているのではないでしょうか」
「くそう……完璧な反証だあ……」
「裁判長いかかでしょうか」
「サイバンチョー!」
「うるさああああい!」
この場の裁判長、火ノ口は文字通り口から火を噴くほどに怒って親友の駿河を叱りつける。結果、廊下に正座する人が一人増えた。
「でもエッチするなら場所にこだわらないとダメだと思いまーす」
「まだ言うのこの子」
スラックスの美城より、スカートでローソックスな駿河に廊下で正座は地肌が触れて辛いはずだが、本人は変わらず元気な様子で挙手を続けるのだった。もうこれ逆に大物だろ。
「だって……ププッ、多目的トイレとかでヤられたらダメに決まってるじゃん。そっちのお店はこだわるのにアッチのお店はこだわらなかったんですねぇ」
「もう渡〇は許してあげたら? 有吉は許す構えじゃんか」
「あの……その現場はボランティア部室なんですけど」
「ぶぶ部室!? 放課後の!? 有識者のすばるさんこれはどうなんですか!?」
「んー……放課後の教室は逆にアリ!」
「だそうです。では被告人に判決を言い渡します」
無 罪 !
「本日はこれにて閉廷!」
検察的立場にある駿河の発言によって美城は急に立場が良くなった。まるで逆転裁判みたいだぁ……(直喩)。
火ノ口裁判長から告げられた答えによって、美城は晴れて無罪の身になり、廊下正座の刑から解放されたのである。
本日の勝敗 五条美城の……
「待ってください」
「何?」
とりあえず一幕やりきったような満足感を覚えていたギャル二人は怪訝な表情で美城を見た。
「結局愛が何故怒っているのか分からず仕舞いではないですか」
「「……あ」」
そういえば。
二人はそもそも友人の恋人を正座させた理由を改めて思い出す。
早坂が美城と触れ合う寸前に逃げ出したので、何かよからぬ事でもしたのかと怒ったのが始まりだった。
「じゃあさ、他に何したか教えてよ」
「他に? いえ、他には何もしていませんけど」
「過去の教訓から愛ちゃんにボディタッチする時の注意ないの?」
「ありません。と言いますか、頬にキスしたのも初めてなくらいですから、愛の逆鱗がどこなのか恥ずかしながら私も知らないくらいでして……」
「は?」
簡潔な美城の答えに、二人は簡潔に遺憾の意を表明する。何かよからぬ事をした、のではなく、逆に何もよからぬ事をしなかったのが問題だと気が付いたからだ。あくまで彼女らの常識を前提とすれば、である。
「あのさぁ……」
「二人は付き合ってどれくらいだっけ?」
「約半年でしょうか」
「で、キスはいつしたのかなぁ」
「ですから昨日の放課後に……」
なるほどなるほど……。
彼女たちは見つめ合い頷き合うと、意見が一致したようで美城に言葉を浴びせかけた。
「そりゃ愛ちゃんも怒るわ~」
「そーそー。あんなかわいい子捕まえて半年間何もしてないってバカじゃないの? ついてないの? 五条ちゃんだったの?」
端的に辛辣極まりない意見であった。
「てゆーか、私ら分かんだけど早坂って多分恋愛エアプなんだよね」
「五条くん一応男の子なんでしょ! じゃあ自分から行かないと」
「で……ですが、あまり事を急いては愛を傷つけてしまうのではないでしょうか?」
「半年手を出されなかった事で十分傷ついてるから」
「分かってる? 愛ちゃんって結構人気なんだよ? その気になればクルージングして夕日を眺めたり、別荘行って楽しんだり、夜景の綺麗なホテルで過ごす事が出来る男がゴロゴロいる学校でだよ? 五条くんそういう事してるの?」
「いえ……私は日光の下には出られませんし、愛も忙しいのでそういった事は」
「あーあ。こりゃもっと簡単にどっか出かけてくれて大切にしてくれる人を探してるね」
「もういるかもよ~」
あははは、と無遠慮にしか聞こえない笑い声が美城の脳内に響き渡った。これには少なからず……いや、かなり彼もショックを受けたようだ。
早坂愛の事がゆっくりと大切になってきている彼にしてみれば、ここで誰かに盗られては堪ったものではない。『愛は誰の物でも無いのですから、盗られるも何もありません』と冷静をつかさどる自分もいるが、
「……私、愛を探してきます」
「お、行ってらっしゃ~い」
「頑張れ五条く~ん」
頭の冴えた部分ではそう言っても、実際に彼が取った行動は早坂を探す事であった。
上手く焚きついてくれた、とほくそ笑む女子二人の顔に気が付かないほど必死に、五条美城は早坂愛を探し求める。
◇
「愛」
数分後、美城は生徒会棟の中で窓の外を眺める早坂を見つけた。
彼にしてみれば探す事自体は簡単である。道行く知り合いに『愛を見かけませんでしたか?』と聞けばいいのだから。彼氏が彼女を探しているなど何もおかしい事は無いので、聞いた皆は一様に『生徒会棟の方行ったよ』と教えてくれる訳だ。
「美城。どうかしましたか?」
彼の呼びかけに、早坂は特に問題はないといった風な態度で振り返る。やけにお堅い口調は彼女の主人に相対する時の物に酷似していて、別にそれ自体には驚かない美城であるが、少し不信感を抱かせるには十分であった。
何しろここの所二人でいる時はもう少しくだけた口調で話してくれていたのだから。
『愛の中で私もかぐや様と同じくらい大切な人になりましたか?』と普段なら言ったかもしれないが、何しろ今の美城は不安を煽られてここにいる。
『私と距離を置く準備でしょうか?』。こちらの方が彼の念頭に置いてある言葉だった。
「あの……」
真意を確かめるべく彼は口を開いた。
「おはよう五条。早坂も。丁度いいところにいてくれたな」
……が、急に入った横やりに美城は口を噤んだ。
振り返ると、肩で息をした余裕のなさそうな白銀御行が立っている。世田谷から自転車をとばして港区まで来たから疲れた様子も理解できるのだが、それとは別に丁度いいとはどういう事だろう。
「会長。何か私に御用でしょうか?」
ただ偶然いた人間にこの言葉は使わないだろう。つまり白銀は何らかの目的を持って美城を探していたことになる。
「ああ。体育祭に使用する備品のチェックがあるんだが、すまないがボランティア部として協力してくれないか?」
「何だ、そんな事でしたか。もちろん私は構いませんよ。昨日わざわざ足を運んでいただいたお礼も兼ねて協力させていただきます」
「悪いな。詳しい話はまた後でするから」
白銀は体育祭に向けて忙しくしているようで、協力してくれる人間を探していたようだった。能力に於いては多少の信頼ははしている美城がいれば丁度いいともなるだろう。でなければ基本的に孤高の生徒会長で通っている白銀が協力を仰いだりしない。
用事はそれだけか、と思いきや小忙しそうな生徒会長は生徒会室に飲み込まれていった。朝も早くからご苦労な事である。
「こがねに備品の状況がどうなのか聞いておきましょうか」
知り合いの中で一番学園の備品に詳しい人物を小声で呟いた。任されたからには使命感が湧いてくる所が美城の良い所と言えばそうだが、状況を考えれば悪い所であるに違いなかった。
本人も自覚したのか、当初の目的の方にハッと目を向ける。
「……何ですか? どうせ手伝いには行くんでしょう?」
じっと見つめてくるアイスブルーの瞳は空疎な美しさで彼を射抜いていた。その実のこもっていない目線と、お堅く取り繕った口調はどういう意味なのか聞きたくなるのは当然の事だった。
「あの、愛……」
「はい」
「せっかくですし、付いてきてはくれませんか?」
彼にしては珍しく、ボランティア部の活動に参加しないかと聞いてみる。一人より二人の方が効率は良いという実利的な部分の他に、作業で二人きりの状況であれば話せる事もあるだろうという、これまた珍しい彼の下心からの言葉であった。
「珍しいですね。普段なら『暇してていいですよ』なんて言いますよね」
「もちろん無理にとは言いませんが」
「いえ、行きます。そろそろ『彼氏にばかり働かせてる』と言われるのにも飽きてきた頃ですし」
言葉の通り珍しく思ったのか、それとも不審に思ったのか分からない表情で早坂は美城からの提案に頷いた。人の感情の機微に敏い美城であってもその二択を外しそうな、今の早坂はどの角度から見ても無の感情が張り付いた能面のような顔である。
「放課後までに集合場所を聞いて私に教えてください」
早坂は役割という仮面をきっちりまっとうする少女だが、それにしても、と美城は思わずにはいられない。一番表情が現れないメイドの時でも、もう少し笑顔を見せてくれるのに。
(もはや私に向ける感情さえ惜しくなったのでしょうか?)
にこりともしない彼女を見て考えるが、なら昨日のあれは何だったのかという事になるので、そうではない……と信じたかった。
「ではまた後で」
人形の展示会の方がよほど色っぽい見つめ合いをした後、早坂はそれだけ言って美城に背を向けた。
立ち姿も美しい彼女は、真っすぐ伸ばした背筋で頭を彩る金色のサイドテールを引き連れて、声をかける事も憚られそうな様子で歩いて行った。
「愛」
その後ろ姿を見た美城は、ある事に気づいてポンポンと彼女の頭をなでるように触る。
「っ……! な、何ですか?」
「いえ、何と言うほどでは。糸くずが髪についてましたよ」
完璧なメイドモードの雰囲気は出ていたが、だったら糸くずなんて付けている場合ではない、と彼なりの親切だったのだが、余計なお世話だったようだ。
肩に力を入れて、美城の方を振り向こうともしないのだから。
「ありがとうございました。では」
人気のない廊下を歩いて行く恋人の背中は、何故か昨日より遠くに見えて仕方ない。それこそ昨日はキスするくらい近くにいたのに。
「……まあやれるだけの事はやってみましょうか」
仕掛けるなら時間がある放課後、と算段を立てて美城もゆっくりと生徒会棟を後にした。