「いずこよりいましあらぶる神とは存ぜぬもかしこみかしこみ申す。この地に塚を築きあなたの御霊をお祭りします。うらみを忘れしずまりたまえ」
「……何してるんですか? 優くん」
暮れ行く町の中にある秀知院で、とある生徒が一つ上の先輩に合掌して熱心にお祈りを捧げていた。
腰からしっかり四十五度曲げて礼の表すところすこぶる篤くみたいな感じだった。
「一番神様に近そうな人に頼み事でもすればいい事あるかなと思いまして」
「ですが祝詞のようでその実タタリ神に捧げる言葉でしたよ?」
「気のせいです」
「ならよかった」
よかったと息をついた先輩——五条美城——は、肩にかかった白髪をサラサラと指で弄んだ。後輩の石上優はそれを見て、これで男とかウッソだろお前という境地に幾度となく立たされた事か。だが今日ばかりはそのいびつさが生む広範な交友関係を頼りに、それこそかしこみかしこみお願い申し上げているのである。
「それで、何かよっぽどの事があったんですね? 優くん」
「はい。僕、赤組応援団に入っているんですけど」
「噂はかねがね聞いておりますよ。小野寺さんと一緒に入ったそうですね。彼女の弟さんは私の妹と同じクラスなので知らないお方でもありませんし」
「この人も大概陽キャだよなぁ……」
「何か言いましたか?」
何故だか辟易したようなため息を吐いた石上に、綿あめみたいなふんわりとした口調で美城は問いかけた。
別に美城がどうこうではなく、石上はウェイ系の波に打たれて今陽キャという物に嫌気が差すのと怨嗟の声が止まりそうにないのである。というのも、
「いえ。応援団でですね、よく分からないノリのまま女子の服を着なくちゃいけない事が決まりまして……」
「あらあら」
「そこで美城くんならパッとどこからか女子の制服を用意してくれるんじゃないかと」
「私の事ドラ〇もんの類と思っていますか?」
現在石上は女子高生の制服を求めて当ての無い旅をさせられている真っ最中だったからである。書き出すといかがわしさ120%だ。高校生という立場が無ければ即逮捕モノだろう。
ふざけんなお前自分基準で物を考えんなよ。そういうキレ散らかしを寸前で抑えられたのは今頼っている美城の存在があった。生徒会女子は……後で考えよう。
「まあ当てが無いとは言いませんが……わっ」
「えっへへ~、だ~れだっ!」
突然美城の両目が誰かの手で塞がれた。白魚のような指、とその先に青いネイルが煌めいているのが特徴的な手だ。
「愛。今大切なお話中ですよ」
「ごめんごめん。会計くんも、ごめ~んねっ☆」
「ッス……いや全然……ッス」
ピンと伸ばした指先をあごに添えて考える所作を見せた美城を邪魔したのは、眩しいほどの金髪と、眩しい笑顔に彩られた早坂愛だった。石上にとっては先輩の彼女という、恐らく人間関係めんどくさい部門で上位に位置する関係性であった。おまけに陽でも意思疎通がとれる方の美城と違って何を考えて生きているのかまるで分からないギャルである。後輩キャラになるしかなかった。
「そだ。ねえねえ、みぃにこれあげるし~」
「何ですか?」
「体育祭のプログラム。今さっき貰ってきた出来立てだから大切にしてね」
「ありがとうございます。それにしても仕事が早いですね。皆に配られるのは明日でしょう?」
「……なにそれ。明日になれば見れるからウチのプログラムはいらないってコト?」
「そんな事は言ってませんよ」
「うそうそー! 明日になったらクラスで配られたプリントと交換してポイするんだー」
「ですから愛……」
「他の
「重ための彼女みたいな事言い出したなこの人!?」
先輩二人がたかがプログラムの紙一枚でごちゃごちゃしている状況に、思わず石上はツッコんでしまった。女と書いてプログラムは本当に意味がわからない。
「はぁー? ウチはみぃのれっきとした彼女ですけどー?」
「いやサーセンなんでもないです。……ッス」
「愛。変な圧をかけない」
「はーい」
美城が早坂の頭に手をやると、石上に圧し掛かっていたものがふっと消えた。もし石上だけだったらギャルの怒りを抑えるのに苦労……どころか怒られっぱなしだっただろう。美城だから『静まれ、静まりたまえ!さぞかし名のある街のギャルともあろう御方が、なぜこのようにあらぶるのか!』が通用したのだ。現代のアシタカである。
「大切な話って何だし? 体育祭の事?」
その証拠に、なんとも頭の軽そうな声で彼氏に質問するではないか。
「そうですよ。応援団の演目で女子の制服を着て応援するそうです」
「きゃー、ヘンターイ」
「僕のせいじゃないですよ!」
「まーまー、わかってるし~。大変じゃ~ん。会計くん女子不人気すごいもんね~」
「何で一瞬勘違いさせる語順で言ったんですか。素直に嫌われてるって言ってくださいよ」
「ねえ、みぃ協力してあげんでしょ? じゃあウチもちょっと手伝ってあげるから」
「え……本当ですか?」
石上はからりと笑って自分に協力してくれると言ったギャルを仰ぎ見るような心地で見つめた。早坂先輩マジ天使と言った所であろうか。いや渋谷のシシガミ様かもしれない。
『オタクに優しいギャルは実在する!』
ドン!!
今まさに海賊王ゴールド・ロジャーがラフテルに置いてきた真実を目の前にしたような気分である。
「ゆ・う・く~ん」
あまりにじっと見ていたせいか、その隣にいた彼氏から不機嫌そうな声が出て来た。
美城は早坂の頭を守るように抱きしめて、体で隠すように立つ。
「愛の制服を貸すのはダメですからね!」
「いやいや借りませんよ! 僕を常識のない輩呼ばわりしないでください。そういうのは藤原先輩で間に合ってますんで」
「もー。何でみぃが勝手に決めんの」
「ですが……」
「会計くん困ってるんでしょ?」
「愛はいいのですか?」
「ん? んーっと。ま、貸したげてもいいよ」
「そうですか……愛が言うのなら……」
(か、借りづれぇ~)
「だけど……みぃ次第かな。ウチがせーふく貸すのイヤ?」
「嫌です」
「じゃあダメー!」
「いい加減にしろよこのバカップル」
長々と喧嘩風イチャ付きを見せられる羽目に会ってしまった……。石上は果てしないゲンナリを感じながらもなんとかツッコミだけは差しはさむ。
え? 何この……何? 何で僕の頼み事をダシにそんなイチャ付けるんですか?
好意の発露に抵抗の無い人間の近くに恋人がいればこうなるのか、という、別にありがたくもない事実が身に染みていた。
「まあ冗談はさて置き」
「やめてくださいよホントに。人生の進退がかかってるんですよこっちは」
「すみません。……ですが、そう悩む必要も無いのでは? 優くんは伊井野さんと同じクラスでしたよね」
「冗談は顔だけにしてくださいよ。僕伊井野に嫌われてるんですよ」
「少女漫画ではお決まりのパターンですね。ちょっと私理解があって優しい男役やりますから。……『い~いのっ』」
「誰かこの人を止めろー!」
ま~きのっ、のリズムで言うな。元ネタのドラマ(2005年)は僕らが産まれるより前に放送してたんですよ。と思った石上は2006年生まれ。
なんてこの手の話題に対して便りにならない人なんだ。こんな、人から嫌われるという事に無縁な可愛い顔に生まれればしょうがないのだろうか。顔面偏差値の嫌な現実が見えてくる。
「そだ! 監査ちゃんと会計くん同じクラスって事はさあ、こがねも同じクラスじゃん! みぃから『制服貸してあげなさい』って言えばすぐ貸してくれるって」
続いての案が出て来たのは、よりにもよって早坂の口からだった。自分を姐さんと呼び慕う後輩を捧げるナイスなアイディアである。
「そうですね。アリよりのアリです」
「いやナシよりのナシだわ」
つい数分前に思った事をそっくりそのまま思ってしまった。やっぱり陽に近い人間は同じような思考回路を持っているのだろう。世界に溢れる複雑な事情を四つのカテゴリで区切ろうとする、あっさりとした雑さ加減が良く似ていた。
「そりゃ、鹿苑は美城くんの事を尊敬してますから言う事聞くでしょうが。その後いやーな顔されるのは目に見えてますよ」
「しかしですね、何故そんな事になったんですか?」
美城は大きな目の存在感を放つようにパチパチと瞬きすると、真っすぐ石上を見据えて聞いた。
美城にとってこがねは長い時間の付き合いがある後輩で、当然彼女の性格もよく知っている。人懐っこくて明るいあの少女は滅多な事では人を嫌わない。
「何故って……早坂先輩とか、それこそ鹿苑が教えてくれますよ。僕から言う事なんてありません」
美城の質問に、石上は突き放すように答えた。
その明らかに触れて欲しくない、という態度に美城はこれ以上の追求をやめた。
「すみません、立ち入った事を聞いてしまいましたね。分かりました。……それで制服の事ですが、OGの方から借りられないか聞いてみますね。優くんが見つけられればそれでいいのですけど」
「その時は知らせますよ。まあ、そんな人いないでしょうけど」
石上は自嘲気味に呟くと先輩二人の横を通って生徒会室が入っている棟へ向けて歩きだした。
「うーん。本人の口から聞いてみたかったのですけどね」
「それで会計くんに近づいたの?」
人気がなくなった廊下で美城は息を漏らすように小さく言った。早坂もギャルの幟を下ろして素に近い口調で話し出す。
「人聞きの悪い事言わないでください。気になったんです。あんなに良い人なのに、どうしてこんな一年生の皆から嫌われているのか」
「いまさらって感じもするけど」
「そうですね。ですが、これからその『いまさら』が『今から』になって優くんに襲い掛かるのではないかと憂慮しているのです。優くんの事件の中心人物・大友京子さんが体育祭にくるそうですから、もし会えば余計なトラブルを引き起こさないか、と」
「初耳」
「彼女と仲のいい生徒がそう話していたらしいですよ。ですよね、こがね」
突然美城から出て来た名前に、早坂は驚いてひゃっと肩を震わせ、角を曲がって出て来た後輩と彼氏に視線を行き来させた。
この場合いきなり顔を出した後輩を責めればいいのか、隠し事をしている事情を分かっているのに誰かに知られそうなリスクを演出のために黙っていた彼氏を責めればいいのか。
一瞬考えて彼女は隣の美城をペシペシ叩いて抗議の意思を表した。
「ちょっと、気付いてたなら言ってよ!」
「大丈夫です。あの子も来たのはついさっきですよ」
先輩の声に顔を出したこがねは、急にご主人と姐さんが喧嘩しだした事態に戸惑ったようにしていたが、美城が手招きすると待てを解かれた犬のようにすっ飛んでくる。
「美城様、姐さん、こんちはっす!」
「こんにちは」
「ちすち~す」
振り乱したポニーテールが犬の尻尾のように見えて、鹿苑こがねのワンコのようにまん丸な目とも相まって尻尾を振っている柴犬のように見えた。まっすぐ好意を見せてくれる所が美城と似てるかも、と早坂が思う彼女はニッコリ笑顔で大きな口をした。
「最近はとみに仲良くなったみたいで喜ばしいっす。そのせいか皆カノジョ欲しいとかカレシ欲しいとか口々に言うっすよ」
部活の声出しで手慣れたような、はきはきした喋りで開口一番先輩を褒めるのであった。
「こがね」
「はいっす」
そうかな……と早坂がむず痒いものを感じている間に、美城は気恥ずかしい所は無い風に後輩に聞く。
「大友京子さんが体育祭に来ると言うのは本当ですか?」
「あー、その事っす? ……もしかして京子って姐さんと何か深い関係があるっすか?」
「いや、ウチはそーでもないし。けど噂にはなったじゃん? ……会計くんの事とかさ」
「そっすねえ」
本当の事を言えば、早坂は全て知っているので何て無駄な時間だろうとは思うのだが、美城が知りたがっているようなので、こがねが話しやすいように会話の導線を作ってやった。
「……正直、その名前を口にしてほしくなかったっす」
真っすぐ早坂が引いた話始めのレールに乗って、こがねはやや沈痛な面持ちで語り始める。人好きする笑みも、今ばかりはなりを潜めていた。
「何故ですか?」
「あいつが一億五千万円の話を台無しにしたからっすよ」
つと一瞬向けた視線の先に、生徒会棟がある事を二人は見逃さなかった。その顔が怒っている事は疑いようがない。
こがねは大きな目にしっかりとした眉の、はっきりとした顔立ちの持ち主だ。嬉しそうな笑みを浮かべればはっきりと相手に伝わる。逆に、怒りの表情を浮かべれば、彼女の怒りの程がはっきりと分かるのだ。
「どういう……」
「待ってくださいこがね。もしかして一年ほど前の、荻野夫婦の別荘の話ですか?」
するっと美城の口から飛び出した名前に早坂は驚いたが、そういえば大友京子がトラブルの素になりかねないと危惧していたのだから、ざっくりと概要くらいは知っているのかもしれない。
とはいえ、荻野“夫婦”となれば話は変わってくる。あれは息子の荻野コウに端緒を発する事件で、両親の関与は無かったはずだ。早坂も少々調べたが、そこは間違いないはずである。
「そっす」
「ちょっと待ってよ。何で会計くんの事件と……その荻野夫婦が関係あるんだし」
「荻野夫婦は別荘を建てる予定があったっす。全国常連の演劇部の部長である息子のために、劇場風の一階を持った立派なものっすよ」
「そ……そうだったのかだし……」
まさかそんな繋がりがあったとは……。
早坂の心に、五条家が秀知院の校舎を造っていた過去を見逃した時の後悔がじんわりとよみがえってくる。美城がかぐやと愛の繋がりを悪用しようとする人間では無かったからいいような物の、他の人間であったならどうなっていたか……。
それをカードに契約恋人の話迫られてましたよね、とか言ってはいけない。
「当時その案件の担当だったのは私の兄っす。建物だけで一億五千万の試算を出した一大工事を前に張り切っていたんすけど……そんな時にあの事件っすよ。石上は京子が好きだったんでしょう、付き合ってた荻野をボコボコに殴ったっす。もう高等部に上がってた姐さんは知らないっすよね。頬を切って口から血を流して、堀が深く見えるって褒められてた眼窩が青紫色に腫れあがった姿を。顔を怪我した彼は大会を休みましたし、また石上に何かされるんじゃないかって京子とも別れたっす」
「うーん……」
さすがに当時を見て来た人間の言葉にはリアリティがあった。
「でもそれだけなら言い方アレだけど子供の喧嘩じゃん?」
「それだけじゃないっすよ。自分を殴る事に躊躇のないストーカーがいる事を苦にしたのか、荻野は学校を休みがちになるんす。そして……彼は転校したっす。秀知院の話が届かないくらい遠い所に引っ越すのか、別荘の話は当然無しに、そして住んでた家も引き払ったっす」
(荻野って転校してたんだ……。……かぐや様かな?)
「私は友達を二人失ったっす。兄は大型契約をすっぽかされて、結構なことを言われたらしいっす。そんな目に合わされた原因の名前を、尊敬するお二人の口からは絶対に聞きたくなんかないすよ」
早坂と美城の思っていた何倍も、この鹿苑こがねの石上嫌いは根が深いらしい。
出来上がった空気に踊らされて彼を嫌っている方がマシだとさえ思う。実の兄が石上のした行動によって苦渋を舐めさせられているのだから、根拠があって彼を嫌っているのだ。忘れてしまえば自分の人生とは関係なくなるそこら辺の一年と違って、こがねの家族に損をさせた形で石上優は彼女の人生に食い込んでいた。
真実を知っている早坂からすれば『面倒くさ』の一言に尽きるが。
この件に関して絶対的に悪いのは荻野の方である事には疑いがない。石上に怒るのは筋違いだと思う。
「……優くんはそんな事をするような人でしょうか? 短い付き合いですが、彼はゲームが好きな普通の少年ですよ」
「好きな京子がいなくなって落ち着いただけじゃないんすか?」
「そんな人間が生徒会に入れるのはおかしくないですか?」
「秀知院の生徒会役員は会長の胸先三寸っすよ。美城様も本郷の時に調べたっすよね。白銀会長が良しと言えば入れるっすから、あいつが入れる事自体はおかしくもなんともないすよ」
「では、会長が良しと言う理由はなんでしょう?」
「さあ? 分かりかねるっす。……けど」
「けど?」
「追い詰められた人間は、きっと差し伸べられた手を裏切れないっす。それこそ、何でもするんじゃないすか? そういうカードを一枚持っておくのは悪い手ではないと思うんすが、どうでしょう」
かなり悪意と偏見に満ちた物の見かたではあったが、早坂はむしろ感心してしまった。わんわんと人懐っこい面をしているが、その下にしっかりと打算を考えられる面がある事にである。
しかし美城はそうではないようだ。
「今こがねが言った事は私の胸にしまっておきます。あなたも他の人には言わないように」
「……っす」
「こがね。あなたの視点は私には無い物です。それを大切に……けど、もう少し優しい目で物事を見てあげてください」
嫌な感情を極力抑えて、しかし不快に思った事は伝わるように言ったのだから、内心どんな感情か。石上とこがねに向ける感情が混ざり合ってしっちゃかめっちゃかなはず、と早坂は思った。
「……とは言え、急にそんな事を言われても納得できませんよね。こがねは荻野くんと大友さんの友人二人を失った事件なのですから」
「……そっす」
「私の方でも少し調べてみようと思います。それでもしこがねの言う通りなら、あなたが優くんを嫌う事に何も言いません。ですが、もしもやむにやまれぬ事情があるなら、少しだけ厳しい目を解いてあげてください」
「そんな事、ある訳ないっす。けど、もしそうなら美城様の言う通りにしてみようと……思います」
「ありがとう、こがね」
「いえ。私は部活があるので失礼するっす。姐さんも、つまらない話をして申し訳ないっす」
「いいよ、知らない事いっぱい聞けたし~」
こがねは頭を下げると、少しだけ鈍い足取りで体育館の方へ歩いていった。石上への怒りか、何もできなかった自分に対する忸怩たる思いか、それとも両方か、それらが頭を駆け巡り足運びが重いのだろう。
「では調べてみましょうか。愛、事件のあらましを教えてください」
「名家の人っていつもそうですね。私の事なんだと思ってるんですか?」
あまりにノータイムで美城が尋ねる物だから早坂もつい抵抗を見せてしまった。頼られるのは別に嫌いではないが、雑さ加減は気になるのである。
「最初にも言ったけど、今更だよ」
「そうですね。私も転校して最初のうちは何といっても新参者でしたからあまり深入りしないよう努めていたのですけど、そろそろいいのかなと思ったのが一つです」
「他に何かある言い方だね」
「二つ目は……」
ピロン♪
真剣な雰囲気に似合わない明るい音色が美城のポケットから響いた。誰かからの連絡だろう。早坂は出てもいいよと目で合図すると、美城はさっと一瞬目を通す。大切な連絡だったのか彼の動きが止まると、『くすっ』と微笑みながら画面を早坂にも見せて来た。
「そろそろ皆、前に進むべきではないでしょうか?」
【四宮先輩が制服を貸してくださるそうなので美城くんに探していただく話は無かった事にしてください。僕から言った事なのに先輩の好意を無碍にするような事をしてすみません】
画面に映っていたのは先ほど女子の制服を借りれないと嘆いていた石上優その人だ。どうやらこがねの話を聞いている間にかぐやから服を借りられたらしい。
「嫌われ者と知っていながら、優くんは一歩踏み出しました。私達も彼の事を嫌い、怖いで止まらずに一歩を踏み出すべきだと思いますよ」
美城の口ぶりは今まで知らなかった自分を恥じるようでもあり、人を窘めるように柔らかだ。
「それで? どうするのこれから」
「被害者側の事情は聴けました。ですから、今度は加害者側の話も聞いてみたいのですが……」
「無理でしょ。会計くんあんなだったし」
「はい。ですので第三者から見た話を聞きたいですね。愛、生徒会かどこかに捜査資料がありませんか?」
「そうやってすぐ私を頼る」
「……では千花にでも「なんでも聞いて!」
情報アドバンテージを生かした話運びをしようとする早坂だったが、美城があっさりと他人に頼ろうとしたので方向転換して彼の話を聞いてあげる事にした。
思えば彼には秀知院中等部に通う妹がいるのだから、最悪家に帰れば話が聞けるではないか。その事に遅れて気が付いた早坂にとって隣を明け渡さないよう説明する事は急務であった。
「ではまず事件の背景を教えてくれますか?」
「分かった。えっとね――」
あとわずかに迫った体育祭を前に、そこかしこで熱をあげて練習する光景が広がっている。勝利のため、仲間との思い出のために努力を重ねる姿は尊いものだ。
それを悪意で壊されてはならない。体育祭には参加できない美城の、別の戦いが始まろうとしていた。