五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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二週間ぶりの投稿になってしまいました。
言い訳はしたくないのですが体調がね……。
なら話速く進めるべきなんですが、たぶんもう二話くらい体育祭です。



秀知院は体育祭中

 秋の空はよく晴れて、天高く馬肥ゆる秋と言った所であろうか。

 澄み渡った青に薄くはった雲の白。降りしきる光は黄金色にも見える、まさに体育祭日和と言っても過言ではなかった。

 

 五条美城以外にとっては。

 

 さんさんと照り付ける太陽は彼にとって毒でしかなく、二年B組の仲間たちが元気に外に出ていく姿を見送るしかない。アルビノの体と十七年付き合ってきた彼自身は文句を言う訳でもないが、一人残された教室で寂しいと思う気持ちくらいはあった。

 

「はぁ……」

 

 と、いう状況に加えて美城がため息を吐く理由はもう一つあったりする。

 

「見てください。あれが会計くん名誉挽回のために自信を持って作戦を持って行ったのにビックリするほど皆に反対された男の姿ですよ」

「うぐぐ……」

「あ~ホントじゃん。タソガレちゃってかわい~」

「むぅ……」

「駄目だよそんな事言っちゃ。頑張ってる五条くんとってもカッコよかったんだから」

 

「愛。その七変化はいつまで続くのですか?」

 

「美城がこっち向いてくれるまで。だから止めてあげる」

 

 普段より陽気さ二割減の美城は、すぐ後ろでからかうようにキャラを変えながら責めてくる自分の恋人・早坂愛を振り返った。

 クールなメイド早坂から、ギャルの早坂を経て、フィリスの女生徒ハーサカちゃん、という三通りのかわいい声色で言い立てられるのは中々できない経験である。少なくとも三つのキャラを知っているくらい彼女の事を知っている必要がある訳で。

 しかし、今の美城はあまり心動かされない面持ちで、じっと彼女の顔を見つめる。

 

「何か言ってもいいんじゃない? スルーはさすがにクるんだけど」

「愛の言う通りタソガレていますから、それどころではないんです」

 

 早坂が言ったように、美城は石上の話を聞いた後に生徒会へ話を持ち込んで彼の名誉挽回を望んだのだが話し合いが上手くいかずに保留となって今日この時を迎えていた。

 タソガレよりも暗き者といった感じである。

 

「けど意外。美城が真実を公表しようと思う派だったなんて」

「千花と同じでしたよ?」

「なんか納得した……」

「愛も反対ですか?」

「そうだね。真実を知ったら友人から絶対に大友京子に伝わる。伝わったら彼女は絶対に傷つく。それは会計くんの望む所じゃないでしょ?」

「それは……そうなのですが」

 

 恋人の指摘にぐぬぬとなって美城は黙り込んだ。それだけで話し合いの結果が分かると言ってもいいだろう。

 いくら優秀とは言え天才からは格落ちする早坂愛を説き伏せられない程度で、生徒会の天才二枚看板を抜けられるはずがないのだ。石上の意思を尊重すると言う事で話が落ち着き、離陸した空港に再び着陸した結果をどう言うか。徒労である。

 

「力が欲しい……」

 

 バトル漫画の序章みたいな事を言いだした美城は少し不貞腐れたように見えた。

 

(力が欲しいか……)

「はっ! 皆川亮二の漫画みたいなセリフが聞こえます」

(力が欲しいのなら……)

「欲しいのなら……」

(隣にいる女の頭を撫でろ)

「はい」

 

 突如聞こえた謎の声に言われるがまま美城は隣に突っ立っている早坂の頭を撫でた。彼女は口を一文字に結んで不思議そうに美城を上目遣いで見上げる。何ならいきなり撫でられて驚いた感じですらあった。

 

(おっふ……テクニシャンヌ……)

「次はどうすればいいんですか?」

 

 撫でた頭の下の方から何か心地よさそうな声が響いてきたが、美城にはどこから言葉が聞こえているのか全く分からない。早坂の方をじいっと見ながら聞いている気もするが、分かってないのである。

 

(えっ……次?)

「そうです。まさかこんな簡単な事で力が得られるはずありません」

(ちょ、全然考えてなかった……)

「待ちますから何か言ってください」

 

 ナデナデナデナデ……

 

「ひゃあぁぁぁぁぁ! やめやめ! もーいいでしょ!」

 

 ここまで一文字に結んで声を出すのを耐え忍んでいた早坂のピンクの唇が、ぱっと開いて可愛らしい怒り声をあげた。酷い茶番だったが美城に語り掛けていた声は早坂愛の物であった。口が開いてなかったのは彼女が腹話術で話していたからである。読唇術で会話を読み取られないよう本家住みの時に仕込まれた技術だった。

 ……いつ使うの?

 

「なんて事……あのARMSみたいな声が愛の物だったなんて……」

「いい! もういいからボケを引きずるのは!」

 

 早坂は若干嬉しそうにしながら大きな声でぴしゃりと区切りを打った。

 

「ではなんのためにこんな事を?」

「だって……」

「はい」

「美城、会計くんの事ばっかだもん……。せっかくカノジョが来たのに」

「えー、かーわーいーいー」

 

 断固として男である事を主張する美城も思わずJKになってしまう可愛さだった。今なら彼女のために家を建ててしまうかもしれない。あ、施工は五条建設でしますから四宮は帰って、どうぞ。

 

「ふふっ……そう?」

「いつも自慢の彼女です」

「えへへ……。じゃあ今日の恰好はどうかな?」

 

 そう言うと早坂は美城の前から一歩引いて、彼に全容が見えるように立ってみせた。

 

 サイドにまとめた金髪はいつも通りだが、いつもの青色のシュシュではなく白組の鉢巻で留めている。まだジャージを着る季節でもないので、半そでとハーフパンツから惜しげもなくすらりとした手足が伸びていた。

 だが特筆すべきはそこではない。お腹まわりを覆うはずの裾がウエストの上あたりで結ばれて、日の光を知らないような真っ白なお腹が露わになっている。きゅっとくびれた腰つきに、うっすらと縦に割れた腹筋が妙になまめかしい。

 

「可愛いですけど……少し肌を出しすぎではありませんか?」

「うわー。お父さんみたいな事言うー」

「人に言わせておいて!?」

 

 素直に思った事を言ったのに、彼女には不評のようだった。

 

「まあ私はパパにそんな風に言われた事無いけどね……」

「愛」

「もっと言うなら行事に親が来てくれた事だってほとんど無いし……」

「よしよし」

「今日だってそう! ママ来るって言ってたのに!」

「辛いですね」

「美城はずーっと後輩くんの事ばっか考えてるし!」

「……それはしょうがなくないですか?」

「うん」

 

 物分かりがよかった。

 

「ねえ、美城。お昼一緒に食べてくれる?」

「もちろん。私はここでずっと待っていますから、愛が来てくれると嬉しいです」

「ん……」

 

 その言葉に満足したのか、早坂は少し体の力を抜いて美城の方に体を預けて甘える。彼は頬をくすぐる金髪を指で梳かしながら、もう片方でトン……トン、と子供を安心させるように背中を優しく叩いてあげた。

 

「あー……なんかすっごい落ち着く……」

「愛。今から戦いに行くのですから、すっごい落ち着いてる場合ではありません」

 

 悲しみと寂しさに耐えているのならゆっくりさせてあげたかったが、調子づいた事言い出したので止めにする。ゆるく抱き着いている早坂を引きはがして、しゃんとするよう肩を強めに二回叩いた。

 

「さあ。頑張ってきてください」

「勝利を祈っています、とか言わないの?」

「私赤組ですし」

「……そうだった」

 

 早坂は同じ理由で落ち込んでいるかぐやを今朝なだめたばかりな事を思いだした。まさか自分が同じ理由で落ち込もうとは。読めなかった、このリハクの目を持ってしても。

 

「個人種目でしたら愛を応援しますから。ここからあなたの勝利を祈っています」

「美城……」

「勝つのは赤組ですけど」

「それ言わなくていいし!」

 

 美城の余計な一言に早坂もムカッときたようだ。表に出る前にギャルの仮面を直しつつ悪態をつきながら外へ駆け出して行った。

 

 今度こそ教室に一人ぼっちになった美城は、グラウンドで一糸乱れぬ整列をしている皆をサングラス越しに見つめる。少しして慌てながら列に入り込む明るい髪色があった。早坂である。

 全員が集まると好天の空にピンと張り詰めるようなマイクのハウリングが響いて、

 

 

「宣誓!」

 

 代表による選手宣誓が後に乗せて聞こえてくるのだった。

 

 

 ◇

 

 

「赤勝てー。伊井野さん頑張ってくださーい」

 

 

 日の当たらない教室の窓から、美城は控えめな応援を飛ばしていた。

 今は玉入れが行われている。悲しい事に一年生赤組の中で交流が深い伊井野ミコに向けられた応援は、校舎とグラウンドが離れているため届く事は無い。

 美城の自己満足みたいなものである。

 

 確かに赤組の一員だと言いたいがためにする行為に、言い訳じみた所が無いと言えば嘘かもしれない。

 

 

 

「皆さんあの時よりとっても上手になってますよー。ソーランソーラン♪」

 

 

 

 力強いソーラン節の踊りに、早坂が用意してくれた場で踊った事を思い出しながら小躍りした。

 

 

 

 

 

「会長さすがです」

 

 

 百メートル走を駆け抜けた白銀が一位を取った時、自分の事のように喜んだ。

 

 

 

 

 

 

「千花―。今日くらいは真面目にやらないとダメですよー」

 

 

 

 

 いつも周りを巻き込む友人が何かしないかとハラハラしながら見守っていた。

 

 

 

 

 

「愛強すぎます……。私の応援なんていらなかったのでは?」

 

 

 

 

 

 初めてできたきちんとした恋人が応援する暇もないくらいに大差を付けて勝った時など変な笑いが出たくらいだ。

 

 

 

 

 

「さっきに続いてまた優くん? 大活躍ですねー」

 

 

 

 

 二人三脚に飛び入りしたかと思えば、借り物競争でかぐやに借りられていく石上を見ると楽しんでいるようでほっとした。

 

 

 

 

 駆けていく。

 越えていく。

 運んでいく。

 様々な競技が終わっていく度に会場の盛り上がりは増していくようだ。

 

 

 

 五条美城のいる、二年B組の教室を除いて。

 

 

 

 秋の陽気の届かない教室は少しばかり肌寒く、目の前にある光景とのギャップにおかしくなりそうだった。

 

 

 

 

 勝利に喜びの雄たけびを上げる生徒。

 思わず抱き合う生徒もいた。

 負けて泣いてしまう生徒だっていた。

 

 

 

 

 それを全て、見ているだけだ。

 

 

 

「……どうして私はあそこにいないのでしょうか」

 

 

 言っても詮無き事ではあるが、ポツリとつぶやいた言葉はどうしようもなく彼の本音だった。

 

 

 ◇

 

 

 

 応援と、いくばくかの羨望を乗せた視線で見つめていたグラウンドは閑散とし出していた。昼食の時間が始まったのだ。

 各々が自分の家族と同じ弁当を囲んだり、友人達と昼食を一緒にしたりと楽しい時間を過ごしている。

 

「美城、お待たせ」

 

 外を眺めていた白皙の横顔に嬉しそうな声がかけられた。美城は声の主を思いながら微笑んで振り向くと、大きな弁当包を持った早坂愛が立っている。

 

「そんなお弁当持っていましたっけ?」

「これ? えっとね、ママがつくっておいてくれたらしいの」

「よかったですね、愛」

「ここまでしたなら来ればいいのに……」

 

 つんと口を尖らせて不満そうに言ってみせたが、体から嬉しいオーラを放っているのが美城にも肌で感じられた。母親が大好きなんだなあと、普段とのギャップで倍ほっこりしてしまう。

 

「ねえ、美城はずっとここで一人?」

「はい。皆さんの頑張る雄姿、この目に焼き付けさせていただいておりましたよ」

「一人で?」

「そう一人一人と言わないでください。私だって寂しかったんですよ」

 

「女の匂いがするんだけど、ホントに一人?」

 

 つんと口を尖らせた様子は同じだが、そこから出て来たのは微笑ましい物ではなく氷の探求心であった。体から追及の刃を放っているのが美城にも肌で感じられる。ほっこりした心が危機感で縮こまった。

 

「昼休みに入ってこがねが挨拶に来てくれましたから、それでしょうか?」

 

「……二人」

 

「え、愛すっご……」

 

 おまけに警察犬並みの嗅覚をしていた。

 美城も、四宮の超一流の従者を作り出す教育に人道を解くどころかこの時ばかりは舌を巻くほどである。

 

「どうして隠すの?」

「先日の流れで彼女に会ったのは恰好がつかないと言いますか……」

「彼女!?」

「……三人称単数の彼女ですからね」

「あ……そうですか……。……というより、美城が会うの後ろめたく思う人間がいるんだ」

「大友京子さんでしたから」

 

 観念して口にした名前は最近二人の話題に上る後輩であった。かぐやが可愛がっている石上の、人生の分岐点となった少女の響きだ。

 

「……そっか」

「聞かないのですか?」

「けんもほろろに公表案を断られた傷をまたえぐられたいんですか?」

「ぜひとも遠慮したいですね」

 

 確かに正直さが売りの美城でも気まずく思う名前だ、と早坂は納得した。

 彼がかぐやと大友京子に石上の事を打ち明けないと約束してしまったので、むしろ会いたくなかったまであるかもしれない。一番言いたい事を我慢するのはストレスだ。

 かぐやに一番言いたい事を我慢している早坂の経験談である。

 

「はあ……。それよりも一緒に食べよう?」

 

 言い淀む理由を聞き出したところで安心したのか、早坂にも空腹感が押し寄せて来た。一人用には大きな弁当を机の上に置くと、目線でこっちに来てと訴えかける。

 美城は窓際から離れ、彼女と向かい合わせになるよう座った。弁当の包を解いている彼女を見ると、朝会った時と比べて少し赤くなった肌が、外を走り回っていた証拠になって目に飛び込んでくる。

 

 数時間望まぬ観戦を強いられた彼は日焼けに対して羨ましく思った。

 

「今日の愛は大活躍でしたね。とってもカッコよかったです」

 

 『どうしたの?』と言いたげな早坂の目線とかち合った美城は、微笑みながら彼女の雄姿を称えた。事実、早坂愛が出た種目は全て白組が勝利している。

 

「でしょ? 無駄にかぐや様のわがまま聞いてないからね。鍛え方が違うよ」

「よく頑張りました」

「えへへ……」

 

 誇らしげな顔を覗かせた彼女を素直に褒めると、鋭い表情を甘く溶かして嬉しそうに笑っていた。

 

 弁当を開けると鮮やかな見た目のおかずがきっちりと並んでいた。その細やかさは料亭の仕出し弁当にも引けを取らないどころか、見た目という点なら上回っているかもしれない。非常に“映え”なお弁当だった。

 

「いいですね。お祭り事は皆さんの普段見えない部分が見えて楽しいです」

 

 同じ弁当を突き合いながらおしゃべりしていると、ふと美城がそんな事を言った。選挙の折に全生徒の名前と性格とをインプットした彼は、全員友人と思っていて全員分のギャップを味わえる観戦をしていたのだ。観戦だけなら彼以上に楽しんだ人間はいないだろう。

 

「私も美城の普段見せない所見たいな」

「出られたら見せる機会もあったでしょうけど」

「……ねえ、競技に出れるってなったら、どうする?」

「それは……」

 

 しかし、それはそれこれはこれ、だ。美城の誤魔化しを突くように早坂はとある仮定を取り出した。端的に言って、当事者になりたがる彼が傍観者で満足できるのかという疑問であった。

 

「もちろん出たいですよ。……じっとここから皆さんの楽しんでる姿を見るのは、……寂しかったですから」

「……そっか」

 

 それに対して美城は素直に答える事で応じた。仮に答えなくても早坂は自分の内心にたどり着くだろう、なら言ってしまえばいい。そう思ったから情けなく見られたとしても素直である事を彼は取った。

 

「余計な気を遣わせてしまいました。愛が気にする必要はありませんよ。そもそも誰のせいでもないのですから」

 

 それに、代わりと言ってはなんだが外に出れない分の利点を享受してきた自覚もあるので、そう落ち込むことでもない。すぐ人に覚えてもらえるし可愛がってもらえる。人脈が大切な世界においてこれほど便利な事もなかった。

 

「美城、楽しみにしてて」

 

 早坂は美城に向かってゆっくり頷きながらそんな言葉を放った。

 いたずらっ子が浮かべるような笑みをしながらだ。

 

「……? はい。愛が活躍するところをここから応援してますから」

「ふふっ。じゃあ“後で”」

 

 空になった弁当箱を片付けながら、早坂は意味深な事を言う。流れるようにではなく、息をそこで一回吐いてから『後で』を強調するように。

 つまり意味があるのだろうが、その意味深な言葉を残して明かすこともないまま美城がいる教室を後にした。

 

「……後で?」

 

 言葉の意味が良く分からない美城は首を傾げながら早坂の歩いて行った方を眺めていた。彼女は基本意味のない事はしない。しかしエモさにおいて無駄な事も許容する傾向にある。そんな早坂が残していったメッセージがただの言葉遊びではない、とは美城も思っているのだが。

 

「……まさか」

 

 あまりに自分に都合が良すぎる、と一縷の希望を見ないように頭を振って再び窓際に座った。

 流れは覚えているが、手慰みのようにポケットから一枚の紙を取り出してそれを眺める。先日早坂がくれた体育祭のプログラムだ。全ての競技に対して出場する人は決まっているのだから、どこかにねじ込むとは考えにくい。

 一つだけあるとすれば部活や委員会で参加する団体リレーだが、今手に持っているプログラムにはボランティア部の名前は書かれていない。やはり考えすぎだろう。

 

「あ、会長! 頑張ってくださーい!」

 

 階下に白銀の姿が見えたので窓から身を乗り出して手を振った。驚いたような顔をして彼は美城のいる教室を見上げたが、すぐに凛々しい顔になって手を振り返す。

 やはり自分の出来る事はここからささやかでも応援する事だけ、と思った美城はもう一度白銀に対して大きく手を振って答えたのだった。

 

 

 ◇

 

 

 

 体育祭は終盤を迎えようとしている。

 少し席を離れる事もあったが、概ね競技を見ている美城もこの決着がどうなるか楽しみに見ていた。

 今は早坂がいる白組の方がリードしているが、それは残りの種目で赤組が勝てば取り返せる程度の差でしかない。

 クラスとしては赤に勝って欲しいが、個人としては恋人のいる白に勝ってもらっても構わない心理の美城にとって一番面白い状況だった。

 

 

「あぁ、ここにいたのね」

 

 楽しんでいた美城の背後からカラッと引き戸の開く音がしたかと思うと、少しツンと小生意気な可愛らしい声が彼を呼んでいた。

 

「眞妃様? どうかなされましたか?」

 

 振り返ると主人と仰ぐ四条眞妃が呆れたように見てきていたので、美城は感じた疑問のまま眞妃に尋ねる。

 

「どうもこうもないわ。どうして美城ここでのんびりしてるのよ」

「あの、仰ってる意味が……」

「来なさい」

 

 しかし眞妃に聞く気は無いようで、あくまで自分の用事のために美城を連れ出したいようだ。別にわがままを聞くのに抵抗は無いので、疑問は残るがとりあえず眞妃について行く事にした。

 しばらく歩くと、一階にある教室に行き当たった。眞妃はノックもなしに扉を開けると遠慮なく奥に向かうので、美城も続いて入る。

 

「眞妃様。使いっ走りみたいな真似をさせてしまい申し訳ありません」

「いいわよ別に」

 

 待っていたのは眞妃を前にしてクールなメイドの様相で受け答えする早坂だった。どうやら眞妃が彼を呼んだのは彼女の差し金による所らしい。

 

「あのう……。何故私は連れてこられたのですか?」

 

 訳が分からないまま美城は彼女達の顔色を窺うように尋ねた。

 早坂が自分を呼ぶのはまだ理解出来なくもないが、それを眞妃に頼んだのが解せない。最後の種目に向けて励ましてと言いたいなら、むしろ二人きりの方がいいではないか。

 

「え? 愛、あなた美城に何も伝えてないの?」

「はい」

「はあ!? どうしてそんな事するのよ。この子教室で呑気してたんだから」

「まあそうでしょうね」

 

「あの、つまりどういう事で……」

 

 ますます早坂が何をしたいのか分からなくなってくる美城である。頼みを聞いた眞妃さえも分からないのだから仕方ない話だろう。

 

「ボランティア部さん。準備お願いしますね」

 

 疑問まみれのまま、眞妃と二人で顔を見合わせていた所に、さらに新たな不思議要素が投入された。『実行委員』の腕章を付けた生徒である。加えてボランティア部に準備をお願いしてきた。

 

「あの……南さん。準備とはいったい?」

「なあに五条くん。あんな大げさな衣装着て走るのイヤになっちゃった?」

「そういう事ではなくて……」

「ならよかった。じゃあお手伝いは彼女さんに任せるから。早坂さん、後の事はよろしくね」

「はいはーい。ウチに任せろし」

 

 『衣装』『お手伝い』と謎のキーワードを残した体育祭実行委員は、まだ他の仕事があるのか忙しそうに別の場所に向かって駆け出していた。

 

「それで……どういう事か聞いてもいいのでしょうか? 愛」

「もちろん。こっちに来て」

 

 この期に及んでまだ秘密めいた事を言いながら、早坂は部屋の片隅にざっくばらんに置かれた備品の方へと歩いて行く。室内から持ってきた物の仮置き場みたいな、長物や障害物競走で使われた小麦粉、ピンポン玉などと言った物が置かれていた。

 その一角に、幕に覆われた人一人くらいの高さの物がある。

 

「これですよ」

 

 誇らしげに早坂はそれを指して胸を張った。

 

「愛、眞妃様まで巻き込んで『これ』とはどういうつもりですか?」

 

 別に急いでもいない身ではあるが、何度かに分けてもったいぶられると気の長い方の美城でも焦れるのだ。まして尊敬する眞妃を巻き込んで遅々として段階を踏む所を見せられれば。

 

「そう怒る事ないじゃない。愛はあなたのためにやろうとしてるんだから」

 

 しかし眞妃は気にした様子もなく、むしろ早坂のしている事を称賛する口ぶりで美城を窘めるのだから、『眞妃様が仰るなら』と口を噤むしかない。

 

「じゃあ愛。その幕に隠されたものを見せてあげなさい」

「かしこまりました」

 

 美城に変わって眞妃が早坂を促すと、彼女は幕の端を摘まんで引き、一気に中身を露わにした。

 

「……これは……」

 

 

 ◇

 

 

『続いての競技は、各部活、委員会代表者による対抗リレーです』

 

 対抗リレー!

 

 これは大まかに体育会系団体と文科系団体に分かれて競うプログラムである。

 各部活や委員会の代表者が走り、アンカーを応援団の代表が務め、各団体の意地のぶつかり合いと出場メンバーの濃さから一番人気のプログラムである!

 

……なのだが。

 

「えっ。アンカー石上なの? 最悪じゃん」

「なんであいつが……」

「団長は?」

「石上?」

「ありえないー」

 

 

 赤組応援団団長・風野の代走が告げられると、一年生は急激に熱を無くして口々にその代走選手を罵り合った。

 石上優だったからである。

 それまで熱気に震えていたグラウンドが、悪意によって冷たく震えている事態に、事情をよく知らない放送部員はただならぬ物を感じていた。

 何か、盛り上がる物は無いか……

 

 

 ダーンダーンダン ダーダダン ダーダダン

 

 

 悪意も何もかも打ち消してしまうような、勇猛な壮大さを兼ね備えたあまりにも有名なマーチが学校中に響き渡った。

 どうしてこんな音楽が……と、誰もが周りを見渡すと、その視線はある一点で留まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

/▼益▼\ <コーホー……

 

 

 

 

そこに現れたのは真っ黒な兜、真っ黒なマント、真っ黒な上着に真っ黒なズボン、真っ黒な小手に、とどめに真っ黒なブーツ。

 

 という、とにかく真っ黒ずくめな衣装に身を包んだ人物だ。

 

 その人物は注目が集まった事を確認してから、ゆっくりと歩き出す。あまりにも非現実的な光景に、悪意を持って囁き合っていた一年生も言葉を止めて『彼』が歩いている姿を見ている事しか出来なかった。

 

 『彼』が放送部のテントまでくると、マイクを一つ手に取りスイッチを入れ――

 

 

/▼益▼\ <I am your father.

 

 ——銀河一のネタバレをかました。

 

 会場が「Noooooooooo!!!」という悲鳴で揺れたのは後にも先にもこの体育祭だけであった。

 

 

 ◇

 

 

/▼益▼\

 

 

「これは……」

「美城はボランティア部部長として、この恰好で出てください」

「まったく……よくこんな事こじつけたわね」

「得意分野ですから」

 

 黒い影が会場に現れる数分前、ある空き部屋ではそんな会話が繰り広げられていた。

 早坂が引いた幕の下には、ダースベイダーの衣装が隠されていたのである。

 

「愛……?」

「そんな顔をしないでください。説明しますから」

「冗談なら今のうちに謝りに行きましょう? 私が頭を下げますから」

「聞いてください。……この恰好をした時を覚えてますか?」

「もちろんです。会長とかぐや様をお出かけさせるために、海岸清掃のボランティアを持ち出した時の事ですよね」

「はい。海岸清掃に、ボランティア部として、この恰好で、参加しましたね」

 

 要素を一つ一つ区切って言う早坂の言葉で、美城も同じ考えにようやく思い至った。

 

「まさか……ボランティア部の恰好だ、とでも言うつもりですか?」

 

 団体対抗リレーではその部に所縁のあるアイテムを身に着けて走る。野球部ならプロテクター。剣道部なら防具一式と言った具合に。

 

「いけませんか? ネットニュースにも小さく載りました。校内新聞にも取り上げていただきましたよね。内外に認められたボランティア部の成果じゃありませんか。これは、立派なボランティア部部長・五条美城を象徴するアイテムです」

 

 酷いこじつけである。それに、いくらボランティアに参加した事があるとは言え、この恰好で走らせてくれと頼む人がどこにいるのだろう。

 

「あなたには丁度いいハンデじゃないですか。皆が知らない五条美城を見せてあげましょう。きっと楽しいですよ」

 

「……一つ良いですか?」

「はい」

「私の持っているプログラムにはボランティア部の名前が無かったのですが」

「ああ。私が持ってきたニセのプログラムを大切に持っててくれたんですね」

 

 美城の疑問に、早坂は速やかに答えた。ポケットから四つ折りにしたプログラムを広げて彼に見せる。

 内容は美城が持っているものとそう変わりないが、一つだけ、対抗リレーの参加団体に『ボランティア部』の名前が書かれていた。

 

「つまり美城が参加する事に、あなたの羞恥心以外の問題はありません」

「嫌だって言うなら私が参加してあげるわ」

「眞妃様が? ですが、眞妃様は部活に……」

「もしもの時のために名前を貸してくれって言われたのよ。あなたの彼女にね。四条眞妃の名前は安くないんだけど」

「助かりました」

 

 美城の知らない所で全ては動いていたようである。

 体育祭実行委員を説得したり、情報を統制したり、コスチュームを借りて誰にもバレないように配置したり、様々な苦心があったはずだ。

 

「美城……嬉しくない?」

 

 望んだような反応が返ってこないからか、早坂は青色の瞳を不安そうに揺らしながら恋人に聞いた。彼女にしてみれば彼の事を思っての行動だが、それを迷惑だと言われても仕方がないと考える頭はどこかにあった。何せ当事者が全く無視されているのだから。

 

「あの……黙っててごめんなさ――

「愛」

 

 えっ、と一瞬息を呑むと、次の瞬間には目の前に広がる白い色と、ぎゅうっと背中に回された力強い腕の感触が彼女を支配した。

 

「嬉しいです。私が諦めていた事を、こんな風に叶えてくれて」

「え……っと、でも、こんな風にしか叶えられなくて」

「いいえ。そんな事ありません」

 

 抱擁が緩むと早坂の目の前いっぱいにあった白が動いて、美城の興奮にキラキラと輝いている紅い瞳がやって来た。

 走り出しそうに軽やかな口調で、心底嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 

「愛。あなたは最高の女性です」

 

 言ったそばからもう一度美城はぎゅうっと恋人を抱きしめる腕に力を込めて愛情を爆発させていた。

 

 

 

 

 愛がここまでしてくれたのですから、私の考える一番目立つ方法で入場しましょう。今、優くんに向けられている嫌な感情も全て吹き飛ばすような。

 後は……

 

 

 美城はそんな事を思いながら、勇壮な音楽と共にゆっくりと入場したのだった。

 

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