五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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かぐや様のお願いを良い事にイチャつく。そんな話。



かぐや様は連れ出したい

 その日、早坂愛は上機嫌だった。

 体育祭が終わった秀知院は、文化祭までぽっかりと空いたイベントの谷間に落ちていて、要するにヒマであり、早坂の主人が属する生徒会もあったり無かったりの閑散期営業である。

 今日は生徒会が無い日で、なおかつ主人の習い事も無く、おまけに来客も無いという、無いない尽くしの一日なのだ。

 となれば、空いた予定の全てを『美城と過ごす』で埋め尽くしても文句を言われる筋合いはなく、それを思えば早坂も上機嫌になるのは必至であった。

 

「白銀。今日はバイトも生徒会もないんだろ? カラオケいかね?」

 

 B組のショートホームルームが終わるまでかぐやと話していた早坂は、教室の方から聞こえた声を影から窺った。見れば髪をオールバックに撫でつけた男子と糸目の男子が白銀に話しかけている所だ。たしか風祭豪と豊崎三郎という名前だったはず。

 

「カラオケか……。あんまり歌は得意じゃないんだよな……」

「別に歌わなくていいよ。そっちメインじゃないし」

「どういう事だ?」

「色んな高校の人と繋がりを作る交流会的なのがあってさ。俺たちだけじゃ行きづらいんだよね」

 

 ……今から彼らに安全な国外への移住を勧めた方がいいかもしれない。

 これはどう考えても合コンへの誘いで、それを聞いているかぐやが怒らない訳がないのだから。

 

「かぐや様……どうされますか?」

「どう? ……たまの休みに友人と遊ぶのを憚る理由なんてありませんよ」

「そうじゃなくて交流会とやらですよ」

「いいじゃないですか。生徒会長として他校とコネクションを作っておいて損はありません。私は束縛しない女ですし」

 

 背中に『寛容』の文字が見えてしまいそうなほど、男の友情にも理解ある女アピールがひどかった。

 さすがに箱入り娘である。彼女は他校から人を呼んで遊ぶという事への想像力が足りないのだ。

 

(まあ……でも……)

 

 早坂はあえてスルーを決め込もうかと思った。なにせ変装した自分のアピールのような物を跳ねのけてかぐやへの愛を貫いた白銀なのだから。疑うような事を聞けば

【失礼だな。純愛だよ】

 とか言ってくれるに違いない。そういえばかぐやのしっとりした好意は呪いに近い物を感じる。

 呪いを背負って戦う白銀はジャンプ主人公だった……?

 

「かぐや様がそう仰るなら……」

 

 

「わぁい交流会! 私交流会大好きです!」

 

「絶対に止めなきゃじゃないですか!!」

 

 

 三秒前に思った事を早坂は翻した。

 

 

 お気楽に『わぁい』とか言って白銀達の会話に首を突っ込んだのは、ほかならぬ自分の恋人の五条美城なのだから。

 

「あらあら。ダメよ早坂、そんな束縛するような事を言っては。五条くんもたまには友人と遊ぶ機会を……」

「あれ多分合コンですよ」

「絶対に止めなきゃじゃない!!」

 

 一秒前に思った事をかぐやは翻した。主従そろって手首がベアリングで出来ている事を確信させる手のひら返しであった。

 

「合コンってアレでしょう!? 男女がつがいを求めて乳繰り合う盛り場の事でしょう!?」

「そうです」

 

 ド偏見に満ちた言葉を放ったかぐやを窘めるのは早坂の役目だが、今彼女はそれどころではないので無駄な言葉を一切省いて主人を肯定する。

 

「そんな集まりに会長が……?」

「まぁ会長気づいてないっぽいですけど」

 

 は、の音節がやけに刺々しく彼女は主人の想い人のフォローをした。

 自分の彼氏はフォローしないのかって? 前の高校で帝様に相応しい彼女を作ってもらうために、あらゆる女子と仲良くなって彼にあてがうマッチングアプリじみた事をしていた美城が気づいていない、と、考えるほど早坂は呑気な女の子ではないのである。

 

「みぃ」

「愛? どうかし「こっち」

「アッハイ」

 

 キャッキャしている美城に呼びかけると、呑気な顔をして振り向いてきたので圧をかけて言ってやる。恋人の言葉の前にすごすごと白銀達の前を後にした。なにやら風祭が同情しつつも怒りの表情という複雑な顔でこちらを見ていたが、些末な事である。

 借りて来た猫のようにおとなしくなった美城の手首をつかんで早坂はご満悦になった。

 

「よかった。これで解決ですね」

 

 とりあえず美城との放課後を確保できた彼女は、ほっと一息吐きながら主人に向かって言った。だから彼と出かけてきてもいいですよねと言わんばかりの表情だ。

 

「そう……って会長の事が何も解決していないじゃない!」

 

 隠そうと努力しているがあからさまに嬉しそうな早坂に一瞬かぐやは絆されそうになるが、状況は何一つ好転していない事に気づいて再び叫んだ。むしろ悪化したまである。

 

「かぐや様もお目付け役として一緒に参加してきたらどうです?」

「いやよ! そんな性欲にまみれた男の群れに私を放り込もうっていうの? この薄情者!」

「……そうですね。すみません」

「ではかぐや様、何か用事をでっちあげて会長を呼び出せばよろしいのではないでしょうか?」

 

 気おされて早坂の下に来た美城も恐慌状態から回復し、恋人と同じように提案した。

 

「そんな……友達と遊ぶという名目を断らせてまで用事に付き合って欲しいって言うなんて、まるで私が会長と放課後を一緒に過ごしたいみたいじゃない!」

「その通りですよね?」

「だいたい呼び出しは早坂がしたばかりだから余計変な意味に取られるわよ!」

 

 腑に落ちない事を言いだした主人の真意を考えるべく、早坂は隣をちらりと見た。このアホだが、それはもうアホだが、具体的に言うとヒマな彼女を遊びに誘うよりも友達の言う怪しい交流会に飛びつくようなアホであるが、名門校で学年二位に位置する聡明な彼なら何と考えるだろう。

 視線に気づいた美城は、目線をかぐやに向けたまま握られた手をキュッと握り返した。それだけで早坂には彼も分かっていると言う事が分かるのである。

 かぐやは、

 

『カップルの轍を踏んで俺を誘おうなどとは、四宮は俺とそうなりたいと言う事か? お可愛い奴め』

 

 と白銀に言われるのを恐れているのだ。

 ……いやならないんですけど!

 

「あ。何も私が直接行く必要もないのよね」

 

 その『あ』の一言の間にどんな考えを巡らせたのか、かぐやはじっと早坂を見て何か言おうとし……スッと横にいる美城へと顔を向けた。

 

「五条くん。あなたは私に嘘を吐いたうえに約束を破りましたよね。これは俗に言う『詫び案件』とやらじゃないかしら?」

 

 俗と言うより石上が言っていた言葉である。石上は俗な人なので間違っていないが。

 

「かぐや様のお怒りの程はお察しいたします」

「そう。なら、お察しした五条くんは私が次に何をして欲しいかも察していますね?」

「はい」

「あの……かぐや様?」

 

 あっ……(察し)フーン……。

 どうやらロクでもない事だけは確かなようである。

 

 

―――――――――

 

 

 騒がしい室内は薄暗く、ミラーボール風の演出で七色の光線が飛ぶように踊っていた。一目見て真面目な交流会ではないと想像するのは易く、友達の言葉にホイホイやって来た白銀もそこに至ったようだ。

 

「おい、こういう感じの会とは聞いてないぞ」

「いや言ったね。他校との交流会的なのって」

 

 的の一文字にそんな意味がギュッとなってるとは思わんて……。

 騙された感もあり、白銀のただでさえ悪い目つきが一層悪くなる。

 

「そんな顔するなよ。ここ最近お前思い詰めている感じだったし、息抜きには丁度いいだろ? ほら、隣の子達なんてめちゃレベル高くね? ハーフかな? すっげー美人」

 

 

「こんな性欲にまみれた男の群れに人を放り込むなんて……。本当に薄情者」

 

 白銀が風祭に言われて目を向けると、ムスッと不機嫌な顔をしている猫のような釣り目に、ロングヘアーの金髪の少女が座っていた。たしかにすっげー美人だ。

 

「でも付いてくるって言ったのお姉さまだよ?」

「それは! あなたをこんな所に一人にしておけないからで」

 

 その横、同じくらいの背丈で、同じようにロングヘアーの金髪だが対称的に垂れ下がった目の少女がいる。どちらもタイプは違うが相当な美少女で、遠巻きに見ている他の男子も色めき立たせる物を持っていた。

 

「……ハーサカさん……だよな?」

 

 そんな地域に一人いればいいレベルの美少女二人を前にして白銀が思うのは、恐れでもためらいでもなく、見知った感である。二人は四宮かぐやの見舞いの時に会ったメイド姉妹だ。

 姉のスミシ―・A・ハーサカと、妹のミーア・G・ハーサカ。

 改めて言うまでもないが、正体は変装した早坂愛と五条美城である。

 

「あっ白銀の知り合い? 紹介してくれよ」

「いや、知り合いって言うか……」

「知り合いも知り合いだよー。私、初めて会った時に『可愛い名前ですね』って口説かれちゃったんだもん」

「いや、あれは言葉のアヤと言うか」

「ヒューッ。白銀やるじゃん」

「いやだから!」

「じゃあ俺は邪魔しちゃ悪いか。……白銀上手い事やれよ」

「だからそういうんじゃないって!」

 

 風祭は勘違いをしたまま白銀を一人置いていく事にした。美人ハーフから離れるのは惜しかったが、空気が和らいだあたりで会話にまた参加すればいいと思ったからでもある。長時間この部屋を取っているのだから、まだ慌てるような時間ではない。こういうのには流れがある。小賢しい計算が彼の中で働いていた。

 

 しかし残念ながら彼女達に場の流れを読む気はさらさら無いので、どんなに待ってもお望みの展開にはならないのだが。

 かぐやに白銀を連れ出すよう頼まれた美城……と、くっついてきた早坂のプランはこうである。

 まず二人で白銀の両脇を確保して他の女子からガードし、適当に楽しんだ後に適当な所で帰るように促す。かなり適当な作戦だった。アドリブ力の見せどころである。

 高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応すればよろしいかと。

 

「ミユキ、久しぶり。元気だった?」

 

 まず仕掛けたのはミーアこと美城であった。

 金髪のウィッグに青のカラコン、日本とドイツのハーフという設定らしく少し黄色味を帯びたメイクを施した肌のせいで知り合いでもそうと言われなければ気づかない程だ。若干名分かる人間もいるが。多分語尾が『っす』の後輩とか。

 

「かぐや様のお見舞いに来てくれて以来だね」

「うっ。そうだな」

 

 ここで白銀、かぐやの名前に58のダメージ。かぐやに対する謎の後ろめたさが彼に襲い掛かった。

 

「もっと来てくれればいいのに。寂しいよー。来てくれたかぐや様の友達って藤原の所の千花様くらいなんだから」

「ミィ。余計な事言わない」

「ごめんなさい、お姉さま」

 

 えへへ、と笑いながらどこまで真剣なのか分からない雰囲気で美城は小生意気な妹を演じていた。兄妹と姉妹という違いはあるのだろうが、白銀は素直な妹ぶりに微笑ましい気持ちになる。

 嘘なんですけど。

 

「あ、私の番だ。じゃあミユキが構ってくれないから浮気してきちゃおっか」

「だから人聞きが悪いって!」

 

 幸いにも他の誰にも聞かれていなかったようだが、ミーアという少女の行動倫理がどこにあるかわからず変に緊張する白銀だった。今も立ち上がった彼女が何をするのかドキドキしている。もしかして恋……?

 

「一緒に歌うひとー?」

 

 美城は一緒に歌う相手を決める段になって論戦の種を放り込んでいた。金髪ハーフ美少女の相手役となれば男どもの激戦は必至である。これほど男を弄べるのは可愛らしい見た目の成せる技だった。

 だが男だ。

 

「なんか……妹さん手慣れてるね。こういう集まりにはよく来るの?」

 

 チャゲパートを五分割する暴挙でようやく話がまとまったミーアの方を見ながら、隣のスミシ―を名乗る姉ハーサカに白銀は話かけた。

 

「いいえ。私は男性が多い所は結構苦手です」

「だったらどうして……」

「今日は来ざるを得なかったんです。い……友達のお願いで」

 

 早坂はかぐやの事を妹と口走りそうになりつつも、とっさに軌道修正して、しかし冷静さとは別の感情的な部分が収まらないよう口火を切った。

 

「本当はこんな所来たくなんてなかった! 私にだって予定……は無いけど、やりたい事はあったのに」

 

 部屋の最奥にある簡易ステージ上で楽しそうにヤーヤー言っているミーア、つまり美城を見ると怒りの火薬に火が付いたようで、弾丸が弾けるように文句が勢いよく溢れ出る。

 本当ならあの楽しそうな顔を独り占め出来ていたはずなのだ、という、こんな状況に陥らせてくれたご主人様の事だ。

 

「いっつもそう! 私が特に言わないからって面倒事もやりたくない事も強引に……。何でそういう事したら人が嫌がるよって分からないですか! あんなんで将来やっていけるんでしょうかね」

 

「ふふ……」

 

「……何かおかしかったですか?」

「いや。ようやく素に近い部分が見えたなって。前会った時は……なんていうか少し演じてる感じがしたから。こっちの方が親しみやすい」

 

 あまりにも嘘っぽいような美人から出た人間らしさに、白銀はふと安心のような物を覚えていた。妹の方がなんとも捉えどころがないだけに、捕まえた人間性の一端の価値が一層高く見えるのだ。

 

「……演じない方がいい?」

「まあ……」

 

「嘘よ。人は演じないと愛してもらえない」

 

 彼が捕まえたそれは、早坂愛という少女の逆鱗であったが。

 

「弱さも醜さも、演技で包み隠さなければ愛されない。赤ん坊だって本能で分かってる事です。ありのままの自分が愛される事なんて絶対に無い」

「そんな事は……」

「だったら君は見せられるの? 背伸びも虚勢もなく、弱さを全て隠さない本当の白銀御行を」

 

 氷の瞳が諦観に沈んだように暗い色を帯びて白銀を見つめると、彼は黙り込んだ。そんな事はないと、言うだけなら簡単だが、彼の誠実さがそれを許さなかった。

 それに……弱い部分を見せないようにふるまっているのは、自分にも心当たりがある。自分がやっている事を他人にやるなと言うのは卑怯なダブルスタンダードだろう。

 かける言葉が見つからず、彼の心の真摯さが口を重くした。

 

「そんな私には理解のある彼くんがいます」

「SNSに溢れてる漫画じゃん」

 

 深刻になった事を秒で悔やんだ。

 

「はあ!? じゃあハーサカは彼氏がいるのにこんな所に来てるのか」

「だからこんな所来たくなかったって言ったじゃないですか」

「そりゃそうだな!」

「なのに彼ったら『こういうの出た事なかったよな? きっと楽しいぜ』なんて言うんですよ! どう思いますか!?」

 

 早坂は美城の言った言葉を丁度いい感じの男言葉に直しながら言う。正確に言い直すなら『愛はこういう場は初めてですか? 私が教えてあげますから、一緒に楽しみましょうね』と言ったのである。

 彼からしてみれば自分の目の届く所に恋人がいるのだから、何ら心配する事のない普通の言葉なのだ。ミーアちゃんという体で潜り込んでいるのだから、いざとなれば『お姉さま。トイレ一緒に行きましょ?』の最強カードを使えるのだし。

 

「よ、良くは無いんじゃないか?」

「ですよね」

 

 しかし、それは美城の言い分だ。特に彼は自ら合コンをセッティングしてきた側で、恐れる物がなにも無いのだから。

 見た目に反して初心な早坂に分かってくれと言うのも酷な話だろう。

 

「じゃあ君は?」

「……は?」

「いやだから、それを言った白銀くんはどうしなきゃいけないんですかーってこと」

「どうって」

「私をこっぴどくフルくらい好きな人がいるんでしょ?」

 

 聞いた途端、白銀は内心ドッと冷や汗をかいた。かぐやに対する後ろめたさと、目の前の少女がソデにした当人である二点を思いだしたからである。

 そういえばあの時、ハーサカは連絡先を交換しないかと言って来ただけだ。それは多分もうその時には彼氏がいたからじゃ……。

 その二点に白銀は馬に蹴られて死んじまえという誹りを誰に言われた訳でもないのに付け加えて胸に受け止めた。

 

「そうだな。ここで帰らせてもらおうか」

 

 いらぬ心労が一つ増えたせいか、どこか足取り重く白銀は部屋から出て行った。

 余計な事言っちゃったかな?と思いつつも、これで自分の役割は果たせたわけでホッと早坂は肩を落とす。

 一安心と共に胸に訪れるのは、一仕事したのだから美城がどんな風に褒めてくれるか、に関しての期待感である。

 彼が歌い終わったらおねだりしてみよう。

 

「ちょっと聞いてたんだけど彼氏が冷たいんだって?」

 

 皮算用で内心ほくそ笑んでいた早坂に無粋な声がかけられた。

 見れば染め上げた髪に緩めたネクタイと『あっこいつチャラいわ』と一瞬で分かる見た目の男子がすぐ隣に陣取ってきていた。

 

「酷いなー、その彼氏。俺だったら彼女をこんな所に来させたりしないのに」

「あは……グイグイ来ますね……」

「そりゃ君みたいな可愛い子を悲しませるような奴よりいい男がいるって知ってもらわないとだし」

「あはは……」

 

 肩が触れ合う、顔が近い。さすがに触れては来ないが、背もたれに手を回しているので時間の問題だろう。精彩を欠いた顔でそれを曖昧に受け止めていた。

 

「とりま一緒に歌わない? ほら曲どれが……」

 

 しかし早坂に救いの手が差し伸べられるのも、また時間の問題だった。美城の歌が丁度終わった所だからだ。

 放っておいてもあと数秒の命……。

 そう思えばこのチャラ男も哀れに見えてくる物で、とりま黙っておくことにした。

 

「おいハーサカ。ドリンクバー行くんだろ、早く来いよ」

 

 全くの意識の外から救いの手が差し伸べられるとは、早坂の予想だにしない事態が起きていた。思わず目を丸くして自分に差し伸べられた手を見る。

 

「えっ?」

 

 理解が追いつかないまま手を引かれると、立ち上がった視線の高さで金色に輝く飾緒が目に入る。秀知院生なら誰でも知っている輝きだ。

 

「合わせろよ。『彼』以外には演じてるんだろ?」

 

 先ほど帰ったはずの白銀御行だった。

 強引と受け取られても仕方ない所作で彼は早坂を部屋の外に連れ出した。

 

 

 

 

 

「愛……?」

 

 

 

 

 

「ねえ白銀くん」

「えっ、なに?」

 

 早坂を部屋から連れ出した白銀は一人でそのまま帰ろうとしていた。顔を出す、という友人への義理立ては済んだ事だし、本命がいる自分がいても楽しい会に水を差すだろう。

 そんな白銀の腕を引いたのは早坂だった。

 

「好きな子いるのに女の子連れ出した何て噂立って欲しくないでしょ? 別の部屋借りたから歌い直そうよ」

「それは」

「そ・れ・に、私も男の子と一緒にどっか行ったなんて言われたくないんだよね~。ここは私を助けると思って、どう?」

「そういうもんか」

 

 白銀は勝手の分からない合コンについて言われてしまっては頷くしかない。ハーサカは慣れていない様子だったが、良く知っている妹が身近にいるのだから作法に通じているのだろう。

 

「お姉さま!」

 

 噂したからだろうか、詳しい方のハーサカ妹がやって来た。焦ったように息を切らしている。

 

「あ、来たねミィ」

「それはもちろん。茶来くんが話しかけていたあたりから気が気じゃなかったよぉ」

「あいつそんなチャラ男の宿命を帯びた名前だったの?」

 

 今日一どうでもいい事だが一番興味を持ってしまう事だった。

 チャラいから茶来の家に生まれたのか、茶来の名前に合わせてチャラくなったのか……卵が先か鶏が先かという問答じみてくる。

 

「隣にいたのにお姉さんを放っておいたバツとして一曲歌ってよ。白銀くんもそれでいい?」

「俺は別にいいけど」

「全力で、だよ? ミィ」

「え? でも……」

「いいから」

「お姉さまがそう言うなら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「zzz……」

 

「ほらこうなったではありませんか」

 

 新しく取った部屋に三人が入ると、早坂の要望通りまず美城が歌う事になった。全力で、と言われたのでそう歌ってみれば白銀スヤスヤである。選択授業を音楽から強制的に変更させられた『秀知院のローレライ』の響きは万年睡眠不足の白銀を眠りの淵に突き落とすなど赤子の手をひねるよりも簡単なのだ。

 

「後は終わりを見計らって起こしてあげましょう」

 

 しっかり眠りに落ちている事を確認すると、早坂は美城に手を差し出した。

 

「何でしょうか?」

「コート。貸して。会長の顔にかけて目隠ししてあげようよ」

「はあ」

「嫌なら私のコートでもいいけど」

「……嫌とは言っていません」

 

 差し出された手に彼は自分のトレンチコートを乗せる。白銀に他意は無いと分かっているのだが、早坂の香りに包まれて眠るなど恋人として到底看過できなかった。

 

「なら、会長には早く帰って貰った方が良かったでしょう?」

「それだと一緒の部屋にいる口実が作れないよ。私達、一応『姉妹』なんだから、合コンで二人きりになるのはおかしいでしょ」

 

 美城が普段表に見せない独占欲からコートを渡したとは知る由もない早坂は、自分のコートをドアの上にかけて窓を隠す工作を施していた。

 

 ちょっとやそっと覗いた程度では見えない事を確認すると、真っすぐ美城の席の隣に行って、先ほどのチャラ男が可愛く見えるほどに密着して座った。息遣いが聞こえる程の近さである。

 

「やっと二人きり」

「んー…………そうですね」

 

 机を挟んだ所に一人寝てますけど、とは言わなかった。分かりきった事を言って欲しい訳でもあるまいし。

 早坂の中で、今ここは二人きりの空間なのだ。そういう事にしよう。

 

「先ほどは災難でしたね。大丈夫ですか? どこか触られたり……」

「心配してくれるの?」

「当たり前でしょう」

「へー。合コンの楽しみの一つなのかと思った」

「……やはり愛は参加しない方が良かったのでは?」

「どういう事?」

「ああいうチャラ男ムーブで迫られたら、同じ波長のギャルムーブで断ればいいんですよ。ギャルだと秀知院生にバレると言うなら普通に『いやだ』と言ってしまうべきなんです。愛にとっては今後関わる事の無い人でしょうし」

「……まあ」

 

 場慣れした美城らしく、非常に滑らかに回答が出てくる。知識で知った早坂と、実地で知った彼の違いだろうか。

 早坂も言われてみればもっともと納得せざるを得ない。軽い調子で口説いてくるなら、軽い感じで断ってどうして文句を言われるだろう。

 そんなキャラを演じるのは得意中の得意だったはずなのに、何となく、その時だけ演じたくなかった。

 

「会長と話していた事が関係ありますか?」

 

 それも多少は関係あるだろう。演じる事への悪態を吐いた直後に、その口で演じた言葉を吐くのは彼女自身も気づかないレベルで忌避していた。解決を美城に委ねたのも、自分以外の人に嘘を吐いてもらう方が楽だからだ。

 

「人の仮面の話だよ」

「いわゆるペルソナですか?」

「そう。……ねえ、美城は……人は演じないと愛してもらえないって思う? 本当の五条美城を見せられる?」

 

 早坂は白銀にぶつけて返ってこなかった質問を同じようにぶつけた。

 

 じっと見つめてくる瞳と、「本物……ですか」という呟き。何故か早坂はいたたまれない気持ちになった。

 考えてもみれば自分の恋人には恥ずべき所が無いからだ。本当は能力相応にプライドの高い所があるが、それは決して恥ずべき事ではない。

 純金で出来たコインは、たとえ裏返しても純金である。

 弱くて醜い土くれをベールで飾って体裁を取り繕う自分と、本質からして違う。

 

「あはは、変な事言っちゃったよね。ごめん。忘れ……」

「愛」

 

 話題を変えようと視線を彼から外すと、その横顔に手を添えられて優しく力が籠められる。とん、と何かにぶつかったので顔を上げれば、相も変わらず女の子より綺麗な顔の美城が母性すら感じる笑みを浮かべて早坂を見つめていた。彼の胸板に抱きしめられたようである。

 

「ごめんなさい」

 

 第一声、小さく空気を揺らしたのは謝罪の響きだった。

 

「どうして謝るの?」

「愛に『人は演じないと愛してもらえない』なんて言わせてしまったからです」

「そんなの、別に一般論だよ」

「なら、はっきりと言わせてもらいましょう。私はあなたを愛していますから、そんな悲しい事、愛には絶対に当てはまりませんよ」

 

「は……はぁ!?」

 

「わっ、耳元で大きな声出さないでください」

 

 その次に、あまりにも自然に響いてきたのは早坂の名前の響き。さも当然のように言うのでさらりと流してしまいそうになるが、言葉の重要さを認識した早坂は声をあげた。

 

「なっ……んであなたはいつも平気な顔してそんな事が言えるんですか!?」

 

 好意を表す事に抵抗が無いとは言え、あんまりではないか。早坂の人生において『愛してる』と言われた回数の過半数はもうすでに彼の言葉による物になっている。

 

「愛があまりにも下らない事を言う物ですから、まずそんな事は無いと言ってあげたくてですね」

「下らないって……」

「ええ。愛はきっと『演じている自分は卑怯者だ。だから愛してもらえない』と思っているのでしょうが、本当のあなたは愛されるに値する人物だと私は確信を持って言えます。だから下らないんです」

 

 美城の言葉はどこまでも優しい……が、どこか都合が良すぎる気もした。

 現に自分は主人を裏切っているのだし、その事を最初彼も怒っていたではないか。

 

「でも、私は色んな人に嘘を吐いてるよ? 学校の人にも、かぐや様にも」

 

 少し語尾が震える自分が何とも女々しかった。

 

「……愛が自分で本当の自分に自信が持てないと言うなら、私が本当の早坂愛を定義してあげましょうか」

 

 そんな早坂に何を思ったのか、美城は抱きしめる体勢を解いて顔を向かい合わせると、しっかり肩を掴んで彼女の目を見ながら語り掛ける。

 

「あなたは友達に嘘を吐いている事を嫌だと思えて、かぐや様に信じてもらいながら、それを裏切らざるを得ない立場に罪悪感を覚えてしまう、そんな嘘が嫌いで真っすぐな女の子です」

「そんな虫のいい話が……」

「愛は自分が嫌な人間と思っているのでしょうが、嫌な人間はこの状況を苦しんだりしません。自分のせいとは思いません。一番の苦労をかけてくるご主人の生活のため、彼女のためになる嘘を進んで吐こうとは思いません。なぜそんな事が出来るのか。それはあなたが人のために行動できる素晴らしい人だからです」

「……」

「自信を持ってください。本当の早坂愛は愛されるに値する人ですよ。少なくとも、私はそんなあなたが大好きです」

 

 真正面から見つめてくる美城の目は、明るい未来を突き進もうとする光の如くに真っすぐだ。

 

 正直に言えば、美城が言う自分は真っすぐな人間だとか、素晴らしい人だとか、そんな評価は受け入れがたい。けれど、彼の好意は受け入れられるし、受け入れたいとも思っていた。

 なら、本当の早坂愛は真っすぐで素晴らしい人と言う言葉も受け入れなくては道理が通らないだろう。

 

「美城」

 

 大好きだ、と言ってくれる人に早坂は身を預ける。不意にそんな事をしたからだろうか、美城は思わずソファに倒れこんだ。

 倒れた美城に、覆いかぶさるような早坂の画が出来ると、彼女は「逆でしょう」と苦笑しながらどこか楽しそうな彼に話しかける。

 

「どんな私でも愛してくれるって本当?」

「もちろん」

「……だったら、まだ見せてない私を見せてあげる」

 

 そう言うと彼女は恋人の顔に手を添わせた。ゆっくりと頬を撫であげると、彼の頭に乗っているミーアちゃんの変装の証である金髪のウィッグを取り払う。

 嘘のない自分を話すのに、聞く相手が嘘にまみれていては興ざめだ。

 

 変装を少し解いた彼の胸にぎゅっと顔を押し付けると、感触を楽しむようにぐりぐり頭を動かし始めた。

 

「どぉして今日終わったら一番に私の所に来てくれないの?」

 

「美城は友達がたくさんだから私なんかどうでもいい?」

 

「ねえねえみしろ」

 

 ぱっと顔を上げた早坂が、矢継ぎ早に甘えた声音を出して可愛らしく美城を責め立てる。

 あまりの変わりように驚いていると、言葉が止まっている一瞬毎に眉が下がって悲しそうな顔をする早坂がいるので、急いで何か言おうと言葉を探した。

 

 

「確かに一番に愛の所に行かなかったのは、すみませんでした。いつもみたいに忙しいのかと思って」

「ほんとう? 合コンなんかに来て、私に飽きてたりしない?」

 

 いつもの冷たいと評される美貌も、ここまでデロデロに甘い声色と表情を出されては形無しだ。

 

「まだまだ私の知らない愛がいて飽きさせてくれそうにもありませんよ」

 

 彼女が可愛いくらい当の昔に知っていた美城であるが、分かった気になる言葉も失せるくらい今の早坂は素直に甘える子供のようで愛しさを覚える。セットした髪を崩さないようにそっと頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑った。

 

「えへへ……みしろ、わたしのこと、好き?」

「はい。好きですよ」

「よかった」

「愛は私のこと好きですか?」

「うんっ!」

 

 キラキラ光る瞳がというより、お目目と言った方がふさわしいくらいの目で角が取れた笑顔を浮かべている。氷の美貌とだとしても、丸氷に違いない。

 

「みしろ」

 

 と、甘えたがり全開の早坂が彼の名前を呼ぶと、少しいたずらっぽく笑って目を閉じた。

 

「んっ……」

 

 子供にするような気安さで、しかし子供にはしないような、直前に言った『どんな愛でも好きですよ』という言葉が嘘でないと教えるように、美城はゆっくりと早坂に口づけた。

 まだ数える程のそれに酔いしれて、何分かの後に一つになっていた影が離れる。

 

「……しちゃったね」

 

 内緒のいたずらをしたような、どこか悪く思う所と、それが楽しいと思うような二つがまじりあった笑みが心から湧きあがった。

 

「愛」

「なに?」

 

 掬い上げるように美城は早坂の頬を両手で挟むと、何も分かっていないようなフリをした彼女がわざとらしく聞き返す。

 それに分からせるように、短く何度も繰り返し美城は唱えた。

 

「好きですよ」

「ほんと?」

「もちろん。好きです」

「もういっかい」

「好き、ですよ」

「……わたしも」

 

 瞳の奥を覗き込んでも好きの二文字しか出ないような気持ちで、二人はそれ以外に言葉を失ったようだ。

 

「好き」

 

「好き」

 

「んっ……ぅ、好き」

 

「すき……ん……もうっ」

 

 言葉に収まりきらない時は言葉を紡ぐ唇を触れ合わせて気持ちを伝えあっていた。複雑に絡み合う砂糖菓子が、その実たった一つの飴からできているような、単純な好意の睦みあい。

 早坂の胸に残る苦い気持ちを払拭する、甘ったるい空間でしかなかった。

 

 

「きましたーかぐええええええええ!キマシタワー!」

 

 

 二人の世界を壊したのは、別のベクトルで甘い声だった。

 この世の苦みを認識できなさそうなゆるふわ少女、藤原千花の物である。

 しかし、さすがの彼女も開け放った扉の先にキスシーンが広がっているとは露にも思っていない。見た光景に素っ頓狂な声をキリキリ上げるのであった。

 

「わわわ私は別にそういうアレじゃごめんな……あれ? シロちゃんに早坂さん?」

 

 突然女性同士カップルの間に挟まってしまうと焦った藤原だが、目の前にいるのは見知った顔である事に気づきとりあえず一安心だ。やれやれ……。

 

「千~花~」

 

 とはいえ美城と早坂にしてみれば邪魔をされた事に代わりはない。珍しく怒った声をあげて美城は幼馴染を呼んだのである。

 

「ひぃぃ! ごめんなさい! 間違えましたぁぁぁ!」

 

 ラブ探偵を自称する藤原は、ラブの伝道師であり守護者なので、自分のせいでラブの現場が崩れた事に自責の念を覚えつつその場を退散した。

 

 

 

「藤原さん。慌ててあちらの部屋から飛び出してきましたが、何かありましたか?」

 

 

 もちろんそれは藤原のせいではないのだが。

 藤原千花に実行犯としての責任を負わせるなら、計画犯としての責任を、この四宮かぐやに問わねばなるまい。

 彼女は早坂の『会長を連れ出す事に成功しました』の報告から後がない事に業を煮やして合コン会場の階層まで下りて来て、そして目張りに使われた早坂のコートを見つけると中でよからぬ事が行われている(事実)と思い、尖兵として藤原を呼んで突撃させたのだから。

 

「何かじゃありません! もう! ちゃんと部屋はハッキリと教えてくださいよ!」

「ご……ごめんなさい」

「今日は歌いますから! 藤原、秋のラブソング祭りです!」

 

 真相を知る由もない藤原は、ラブシーンを見せつけられた腹いせを決め込んで受付に部屋取りに向かった。

 

 

「やっぱりかぐや様のせいでしたか」

 

 取り残されたかぐやは、藤原の珍しい様子に面食らってそこに立ち尽くしていた。そんな彼女に後ろから少し棘のある声がかけられる。早坂だ。

 金髪をかぶり直した美城の腕に、蛇の交尾のように絡みついたままとても恨めしい視線を主人に送っていた。

 

「なんで書記ちゃんをけしかけるような真似をしたんですか?」

 

 厳しく追求すると言うよりは、拗ねた子供といった様子で。

 

「早坂? ……あなたが報告を怠ったから私が動いたのですよ」

「会長を連れ出しました、と言いましたよね」

「でも会長と一緒の部屋にいながら、何かいかがわしい事をしていたでしょう!」

「はい」

「はい!?」

「確かに美城とキスしてました」

「ほらもう! はれんち!」

「ですがそれっていけない事ですか?」

「何開き直って……」

「だって私は美城の恋人なんですよ? いい感じの雰囲気になったらキスの一つや二つ……。逆に聞きますけど、会長とそういう感じになってもかぐや様は何もしないつもりなんですか? しないんですかそうですか。かぐや様それでは苦労しますよ。男子高校生なんて一番そういう事に興味ある年ごろなんですから」

 

 ただ拗ねた子供の厄介さは怒った大人の面倒臭さを上回る。というか恋人とした事マウントが酷い。大人になれば『過去に恋人がいた事』は前提として話が進むので、学生時代にしか見られない学術的に貴重なマウントである。

 

「ご……ごめんなさい」

 

 かぐや、一日に二回同じように謝る珍事であった。

 

 

 本日の勝敗  かぐやの敗北

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( ˘ω˘)スヤァ……

 

「……白銀なんで一人で寝てんの?」

 

 

 


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