五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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かぐや様三期が始まり、本編もそろそろ終わりそうな頃、いかがお過ごしでしょうか。
私はアニメが終わるまでにこの話を終えられるか戦々恐々としています。
更新遅くて申し訳ない……。


五条美城の猫かわいがり

 秋越えて冬を目前に控えた頃、秀知院生をソワつかせるのはもちろん文化祭の事である。

 特に今年は白銀が選挙演説でぶち上げたように、特例の二日開催でソワが二倍のソワソワだった。

 何しろ普段は『死ね死ねビーム』を陰で撃っている陰キャの星の下に生まれた石上優でさえ浮ついた気分に支配されているのだから。

 

「美城くんってどんな感じで告白したんですか?」

 

 それはもうこんな質問をしてしまうほどに。

 由々しき事態である。以前の彼なら銀河帝国の黄金の皇帝の如く『頭にクリームでも詰まっているのか?』とクソミソに貶しただろう。古の書き込みに曰くスイーツ(笑)とかいう種族と同じだとか何とか。

 

「どうしたんですか優くん? 急にそんな事を言いだして。告白したい人でも出来ましたか?」

「いや、純粋な興味って言いますか……」

「石上がそういう事に興味を示すのは珍しいな」

 

 おまけに白銀と一緒にいる状況も加えてその異常性は明らかだ。諸君の羞恥心はどちらの方を向いていたのかと問われれば、明後日の方だと答えるだろう。つまり恥が無いのか、と言う事である。

 

「お答えするのは構いませんが……」

「まあ人によるからな。軽い世間話と思ってやったらどうだ」

 

 嘘である。

 白銀はどうせならメチャクチャ参考にしてやろうと思っていた。

 

「そう言われましても、流れている噂話の通りですよ? 放課後に呼び出して『お付き合いしてください』と言っただけです」

 

 その意気込みに反して、美城の言葉はなんともあっけない物である。

 本当は微塵も甘い空気の流れていない約束の締結現場であったが。

 早坂を呼びつけて、彼女が知られたくない事実を人質に優位に交渉を進める、一歩間違えれば脅迫ともとられかねない『告白』だ。

 とはいえそんな事を周りに言う義務もない。周知の噂の通りに私達は付き合った事にしようね、と彼の恋人は言ったので風説の流布のままを美城は口にした。

 

「……よくオッケーされましたね」

「しかしそれで成就するなら世の告白は全て実を結ぶぞ。やっぱり何かあったんじゃないか?」

 

 白銀がグイグイグイグイ聞いている。かぐやから告白されなければ文化祭で告白すると決めた彼は、少しでも告白のサンプルを集めておきたいのだ。

 

「では告白を優位にする三箇状をお教えしましょうか」

「何だそんなのあるんなら最初から教えてくださいよ美城くん」

 

「第一に、隣を歩いて目を惹く容姿を用意します」

「第二に、自分と相手の間にある運命を解き明かします」

「第三に、家の力をチラつかせましょう」

 

「ね? 簡単でしょう?」

「おいこいつから殺していいのか」

「あれー?」

 

 だと言うのに、何を言っているのかこの男かも怪しい生き物は。あれー? とか言いながら小首をかしげて大きな赤い目をパチパチさせる姿は、愛玩動物に通じる可愛さである。

 だが男だ。

 

「普通の人にはそんなのないから苦労してるんじゃないかよえーっ!」

「持たざる者の人生の悲哀を感じますね」

 

 この男の娘には彼女がいるという事実に挑む、タフなゲームが繰り広げられようかとしていた。しかし厳しい。上記三つの事柄が揃った、つまり見た目が良くて、運命的な出会いがあって、強力な後ろ盾がある美城にどう戦えばいいのか。

 もはや美城がサタンに見えてくる。

 

「何ですか告白とかで浮ついて! たるんでますよまったく」

 

 石上はえげつない掌返しをした。

 勝負のテーブルごとひっくり返すような力強い掌返しだ。

 

「大体美城くんの彼女の早坂先輩なんて金髪碧眼美少女でいつも明るくて楽しそうな僕みたいなオタクにも優しいギャルなだけじゃないですか! ……わりぃ……やっぱつれえわ……」

「言えたじゃねえか」

「聞けて良かった」

 

 駄目だった……。

 この男の娘の恋人である少女も要素詰め込まれたつよつよカップルである事を再確認させられただけだった。

 絞り出すような声が石上から聞こえる。白銀と美城は、彼が言ってくれた事をしっかりと受け止めたのだ。

 

 

「何馬鹿な事してるんですか?」

 

 生徒会男子と美城の間に、反射的に出た嘘偽りないような罵倒が廊下に響き渡る。

 三人が振り返ると風紀委員兼生徒会会計監査・伊井野ミコが厳しい目を向けてきていた。具体的に言うと掃除を真面目にしない男子を見る目をしている。何故男子は真面目に掃除をしないのだろう。その秘密を調べるため我々はアマゾンの奥地へと向かった。

 

「伊井野さん。文化祭マジックについての一考察をですね」

 

 馬鹿呼ばわりされた事を全く気にした様子もなく、美城は振り返って後輩に答えた。その堪えた感じの全くしない美城を問い詰めても無意味と判断したミコは、ため息もそこそこに話題を投げかけた。

 

「まあそれは後で聞かせてもらいます。実はですね、五条先輩に頼みたい事がありまして」

「はい。構いませんよ」

 

メス猫アイを預かってくれませんか」

 

「……はい?」

 

 ド直球の悪口、というかデッドボールである。秀知院の富士浪とは彼女の事だった。

 

「……おい伊井野。お前そんなに早坂先輩の事が嫌いだったのか……」

「はあ? 何で早坂先輩の話が出てくるのよ」

 

 しかしミコは平然としていた。責めてくる石上を鬱陶しそうにあしらうくらいに。近頃の助っ人外国人の方がまだ愛想がいいだろう。

 

「確かに校則違反の常習犯である事は確かだが、そこまで言わなくても」

「会長まで!?」

 

 白銀にまで責められると流石にミコも焦りが生じてくる。学校にゲーム機を持ち込むなんてマジ無理終わってる石上に物言われるのは聞き流せるが、敬意を持っている白銀にまで言われたら省みる所もあるのでは、と思う彼女だった。

 

「伊井野さん! 愛はメス猫じゃありません!」

 

 言葉のデッドボールの痛みから回復した美城が激発したように大きな声を出す。キリッと眉を吊り上げて鋭く赤目を尖らせて、珍しく怒った様子だ。

 

「ほらさすがの美城く……」

 

「愛は確かに猫っぽいですがどちらかと言うとワンコなんですよ!」

 

「あ、そっちに怒るんですね」

「ちょっと何言ってるか分からないですね」

「なんで分からないんですか」

「いや俺らも正直分かってないぞ」

「それ早坂先輩のイメ損じゃないですか」

 

 何に怒っているのか、白銀と石上の二人さえもよく分からなかった。結束した心が離れそうになっている。

 ていうか気まぐれニャンコに振り回されるのかと思っていれば忠誠ワンコが尻尾振って甘えてくるとか最高じゃねーか。

 二人の心は友からこの時を持って完全に離れた。

 

「メス猫はメス猫でしょう? 五条先輩が駄目なら他の人に頼みますけど」

 

「先輩の恋人をメス猫呼ばわりしてここまで強気に出れる奴いる?」

「いねえよなぁ!」

 

 いる。

 

「だから会長も何を言っているんですか!」

「伊井野。まずは自分の言動を振り返ってみろ」

 

 付き合いのある人間は皆分かっている事だが、伊井野ミコは思い込んだら一直線な少女だ。だからこそ正義に生きると思っている彼女はどんな相手にでも真っすぐ立ち向かえるのだが、それ故視野が狭くなる事もある。

 

「ふりかえ……」

 

 散々な言われ様にミコは一度思考の足を止めて逆走を始めた。まず、やたら『アイ』と言う言葉へ過剰反応される起点からだろう。

 でも正直なにが悪いのか。アイなんてありふれた言葉、特に五条先輩は一番近くにいる人の名前を……

 

「って! 違います! アイはアイでもそのアイじゃありません!」

 

 ようやく気が付いたミコは必死になって否定した。そういえば、自分の頭を悩ませる早坂先輩の名前は愛と書いてアイだった。

 

「じゃあ何のアイなんですか?」

「ザクかな」

「モノアイっすね」

「最強牝馬?」

「アーモンドアイっすね」

「そこ黙ってください!」

 

「先輩、石上。この子がアイです」

 

 おふざけが加速した状況に待ったをかけるように一声がかかる。分厚い眼鏡が堅物な印象を与える大仏こばちの物だった。

 混迷を極める会話にスーっと冷静な声が効いてこれは……。地獄に仏とはこの事だろう。

 皆も一様に大仏の方を向いて『この子』とやらを見た。

 

「にゃー」

 

 彼女が両腕で抱える『この子』とは、可愛らしく鳴き声をあげるロシアンブルーの行儀がよさそうな猫であった。高そうな首輪がしっかりと嵌められていて、飼い猫である事を思わせる。

 

「ふわぁあ、アイにゃーん」

 

 美城はその姿を見るとねこまっしぐらその子に飛びついた。飼い猫かな?と疑う段階ですらなく彼の知っている猫だったのもある。

 以前に早坂と一緒に行った猫カフェの従業猫であるアイちゃんだ。

 

「つまり迷いネコの『アイ』と言う訳か」

「まったく……。もっと分かりやすく言えなかったんでしょうか」

「言ったでしょメス猫のアイって」

「美城くんに『アイ』って言ったらそれは早坂先輩の事だろ」

「そ……れはそうね。そこだけは反省」

 

 抱っこの主導権を大仏から譲ってもらった美城を眺めながら、ポツポツと生徒会役員たちは言葉を交わす。思い込みと言葉選びの間に生じるズレが引き起こすアンジャッシュ現象の一考察かもしれない。

 

「あの、本当に部室で預かっていいんですか?」

 

 後生大事そうに猫のアイを抱っこした美城が、大きな赤い目をうるうるさせながらミコの方に聞いてきた。抱えた猫と可愛さの奇跡的相性(マリアージュ)でどんな人間も首を縦に振らざるを得ない可愛さの暴力が見ている人間に襲い掛かる。男子二人は目を逸らした。

 

「はい。生徒会は文化祭に向けて忙しいので、預かってくださるなら助かります」

 

 可愛いー、とはなっているミコだがそこは可愛らしさに耐性のある女子。預かってくれる優しさを微笑ましさに変えて美城の言葉に頷いた。

 

「分かりました。引き受けます」

「首輪に飼い主の番号が書いてあったので電話しています。あと二十分もすれば秀知院に着くみたいですよ」

「ではそれまで誠心誠意お世話させていただきます。ねーアイちゃん」

「にゃー」

 

 抱っこしたロシアンブルーとにゃんにゃん合唱を繰り広げながら美城はボランティア部に向かって歩き出した。当たり前のように持って行かれてしまったが、白銀も猫好きなので少しくらい撫でておけばよかったなとちょっと思う。

 後ろ髪引かれる思いではあるが、近づいてくる文化祭のために白銀は美城と反対の方を向いて役員たちと生徒会室に向かった。

 

 

 

  ◇

 

 

 ちょこんと机の上に座った可愛さの極致に、美城は人差し指を鼻先に突きつけていた。猫カフェのベテラン猫は何かくれるのか期待しながら、くんくんと鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐと、ペロペロ美城の指先を舐める。

 

「アイちゃんは可愛いですね~」

 

 もはや圧倒的可愛さの前に美城でさえもひれ伏すしかなかった。

 

「あっ、待ってー」

 

 何もくれないと判断したのか、猫はお行儀よく座っていた机から颯爽と飛び降りて床の上をとてとて歩き出した。

 尻尾が伸びた美しい歩き姿を、美城は同じように姿勢を低くしながらついて行く。

 

「アイちゃん待て待てー」

「にゃー」

 

 カフェの従業猫だから見せられるプロ意識か、呼ばれるとアイは振り返って短くにゃんと鳴いた。その性質を利用しながら、美城はじりじりと逃げる猫との距離を詰めていく。

 締め切られた教室のドアの前で立ち尽くす猫に、絶好機とばかりに美城は捕獲体勢をとって、ビーチフラッグのように飛びついた。

 

「アイちゃん!」

「はい。何さっきから私の名前を連呼し……て……」

 

 姿勢低く猫のアイを捉えた美城の目の前のドアがゆっくりと開いた。

 開けたのは、肌寒い季節にも関わらず短いスカートから伸びる白い足が美しい、人間の方の愛である。

 

「……」

「……」

「にゃあー」

 

 恋人がやってきたのだから少しくらい楽し気な空気になってもよさそうだが、呑気に鳴いたアイを除いて、二人の間に微妙な空気が流れ始めた。

 

 思い出して欲しい。早坂愛がどんな格好をしているかを。

 想像して欲しい。五条美城がどんな体勢であるかを。

 

 腿の真ん中あたりまで折られたスカートで校舎を闊歩する早坂と、床に寝転ぶようにしている美城が出会えば、

 

「あの……私も水色なのでお揃いですね」

 

 スカートという守護者に覆われたパンツを彼が見てしまうのは必然であった!

 

「ふん!」

「ふぎゃっ!」

 

 もちろん早坂は躊躇なく恋人を踏んづけてやった。

 

 

 ◇

 

 

「五条くん、文化祭では様々な部活にお手伝いとして出ると伺いましたが、それは本当ですか?」

「はい。その通りです」

「でも聞いただけでも三つは参加するんだって?」

「それは一部誤った情報です。私は茶道部・新体操部・軽音部・あと少しだけ生徒会にも協力をしているので、正確には四つですね」

「さすが五条くんですわね」

「いえいえ、私など」

「……ねえその顔についた足跡の事は聞いちゃダメなやつ?」

 

 本日マスメディア部はいつも秀知院のお騒がせ者であるボランティア部、もとい五条美城の取材に来ていた。

 彼は文化祭の動向すら噂になるが、噂を鵜呑みに記事にしてはメディアに関わる者として片手落ちである。紀かれんと巨瀬エリカは、親交もあると言う事で取材に訪れたのだが……。

 

 迎え入れてくれた美城の顔面は、べったりと上靴の跡が付いていたのである。なまじ肌が白いだけに、ホコリの汚れが映えるのだった。

 当然二人は疑問に思うが、不機嫌そうな彼の恋人・早坂愛がいたのを見つけてダンマリを決め込んだ。触らぬ神に祟りなし。

 ……が、やはり好奇心に勝てなかったようである。

 好奇心は猫をも殺す、などと言うが、猫への好奇心が抑えられなくて踏んづけられた人間がいる現場で何と的確な言葉だろう。

 当事猫のアイは窓際で日向ぼっこをしていた。

 

「何? 喧嘩でもしたの?」

「エリカ、そのあたりで」

「かれん、こういうのは第三者がいた方が話がまとまるんだから任せなさい」

 

 案外まともな事を言って驚いた自分がいましたわ。恋愛ポンコツのくせに。後にかれんはそう語った。

 

「別に~。なんもないし」

 

 いや絶対何かはあるでしょう?

 

 女子二人はもちろん思った。解決に向けて一つ歩みを進めたいと思うのだが早坂が意外にも取り付く島もない。他のことなら助け船を美城に求めてもいいが、他ならぬ彼に怒っているのだからそんな事をすれば火に油を注ぐような物だろう。

 

ティロリン♪

 

 この場に相応しくない音が美城のスマホから響いた。さすがにバツが悪そうに美城はスマホの画面を見ると、一瞬視線が猫を向く。目ざとく見つけた早坂はこの場の主導権を握るように真っ先に声を出した。

 

「……そろそろ猫ちゃんのお迎えが来たんじゃないの?」

「えっと、はい。そのようです」

「じゃあウチが届けてきてあげる」

「でも愛は猫嫌いだと聞いていましたが……」

「それ、子供の頃の話だし。じゃないと猫カフェなんか行かなくない~?」

「それは……そうなんですが……」

 

 図星を突かれた三雲修みたいな言葉を漏らしながら、美城は珍しく引き下がった。これにはマスメディア部もびっくりである。あのTG部にも当たり負けしないおふざけ番長が、こんなにもしおらしい反応を示すなんて。いつもこんなんでいて欲しい。

 

「行くよ、アイにゃん」

 

 何か複雑な感情が籠っていそうな『アイにゃん』の響きに、かれんは真実の一端を垣間見た。なおエリカは『ほんとに早坂さん猫嫌いなんだ~昔何かあったのかしら』とポンコツを発揮している。

 

 不穏な物を感じつつもアイは窓際からぴょんと軽やかに跳んで、愛の胸元に収まった。アイと愛のブルーの瞳が見つめ合うと、愛の方が負けたように先に目を逸らした。

 

「じゃあ行ってくるね~」

 

 早坂はそのままボランティア部室を後にした。少しだけ足取り重く見えたのは気のせいではないだろう。

 

「五条くん。悪い事言わないから謝っておいたほうがいいわよ?」

「そうですわ。お分かりにならないなら私達が協力致しますから」

 

 取り付く島が早坂に無いなら、反対の美城へ求めるべきだ。

 と言う訳で二人は早坂が見えなくなった瞬間、美城へ説明を求める。大体こういうのは男が気づかない内に気に障る事をしているに違いない。かれんは思うがそんな彼女は恋愛エアプ。まあ恋愛ポンコツよりはマシであろうが。

 

「そう言われましても、愛が怒っているのはハッキリしていますからね……」

「何ですかそれは?」

「床を歩いてる猫と同じ視線にいたら、ドアを開けた愛のスカートの中を覗く事態になってしまって」

「「うわぁ……」」

 

 それは怒る……。

 恋愛がポンコツだろうとエアプだろうと二人は同じ結論に達した。

 もとよりパンツを見られて怒らない女性はいないのだから、早坂の怒りはごもっとも。

 

「それは、もう謝り倒すしかないわね」

「ええ。早坂さんも突然の事で驚いているだけ……というのも違いますが、五条くんが申し訳ないと思っているのならきっと許してくれますわ」

「だといいんですけど……」

 

 ただ反省の色を濃く見せる美城に、二人もさほど深刻な事態にはならないだろうと考える。もちろん早坂もプライドがあるだろうから易々とはいかないだろうが、しかしいつまでも許さないような狭量な少女でもない。

 

 ガラッ……

 

「早坂さんが帰ってきましたわ」

「いい?五条くん。とりあえず申し訳ない感じでいるのよ」

「はい」

 

 早坂が出て行ったドアが再び開くと、ひそひそと三人は短めに打ち合わせた。

 まずは彼女が今どんな感じでここに戻ってきたか確かめて……

 

 にゃんこだった。

 

「「「……?」」」

 

 錯覚か幻術を疑う所である。いよいよ美城は光で目がやられたのかと思ったし、かれんは白×かぐ妄想が現実にビジョンをもって現れたのかと思った。

 ツンとした雰囲気の早坂が、ふわふわの黒猫耳を身に着けて現れたのである。

 

「早坂さん、それ猫のコスプレ?」

 

 唯一の体に瑕疵も無く想像がイキすぎぃ!な事もないエリカは素直に現実を見つめる。

 ……見つめた所でどうしてこうなったと聞きたいが。

 とにかく急に変調をきたした早坂の話を優しく聞き出さねばならないだろう。

 

「……」

 

 いや待て、本当ににゃんこなのか?

 

 金髪のたなびく頭の上に、黒の猫耳を身に着けたにゃんこかもしれない少女であった。

 早坂(猫耳on)はエリカの言葉を無視すると忍者を疑う足音の小ささで美城の隣の席に座る。

 

「愛?」

「……」

 

 もしかしてにゃんこじゃないのか……?

 最大の猫・メインクーンよりも大きいし、呼びかけけてもにゃんと鳴かないのだから。

 

「ちょっとお二人とも、恋人がにゃんこになった時はどうすればいいんですか!」

「いえ、五条くん。もしかしたらにゃんこではないのかもしれませんわ」

「知っているのかれん!?」

「はい。たしか早坂さんのクラスはコスプレ喫茶を開く事になっていたと記憶しています。つまりアレは猫耳メイドの萌えお耳である可能性が高いですわ」

「つまり……どういう事?」

「今の愛はにゃんこではなく萌え萌えキュンな猫耳メイドである可能性が高い、と言う事ですね」

「その通りですわ」

 

 何言ってんだこいつら正気か?

 とはいえ無言で猫耳を付けて教室に入ってくる女子も正気の沙汰とは思えないのでお相子だろう。

 

 早坂は大きく吊り上がった猫目なブルーアイズをゆっくりと瞬かせながら、マスメディア部二人を気にした風もなく美城を上目遣いに見つめた。気まぐれで何を考えているか分からないところが非常ににゃんこっぽいが、しかし主人の指示を待っている猫耳メイドの可能性も捨てきれない。

 

 にゃんこなのかい? にゃんこじゃないのかい?

 どっちなんだい!!!

 

「にゃあ」

 

 にゃーーーーんこ!!!!      ……ハッ(笑顔)

 

 

 これには美城もニッコリ。

 長い沈黙の末に出た結論は今の早坂はにゃんこという事であった。

 

「……で、恋人がにゃんこになった時はどうすればいいんですか?」

 

 だからそれはどういう事なんだ? 美城は先ほどと全く同じような事を二人に聞くのである。

 無限ループって怖くね?

 

「あ、私たち次の取材があるんでした」

「五条くん。後は若い二人でごゆっくり……」

 

 時間を一元的にしかとらえられない人類の感じる根源的恐怖を前に、かれんとエリカの二人はこの場を後にすることにした。つまり甘えたがリーヨの早坂が美城と繋がリーヨ(意味深)したがっている光景を見たくないと言う事だ。

 

「逃げるなァァ! 責任から逃げるなァァ!!」

 

 〇〇の〇三期あたりで〇江夏樹が言いそうな事を思わず口にしたのは取り残されそうになっている美城である。

 別に嫌とかではないが、パンツ見られて怒っているはずの彼女が猫になって帰ってきた心理に追い付けないのだ。

 Qこの時の早坂の気持ちを答えよ。(配点二十点)

 A分かる訳無いだろいい加減にしろ。(グリフィンドール-334点)

 

「また伺いますわ」

「じゃあね」

 

 マスメディア部の二人は本気でボランティア部を後にした。

 パタンとドアが閉まった音を最後にしばし沈黙が美城と早坂の間に流れる。

 

「……」

「……」

「愛?」

「にゃあ」

 

 もう本当どうすればいいんですか?

 

 珍しく思い悩む美城であった。

 嫌がらせにしては手間のかかる事だし、かれんとエリカへ無駄に恥を晒しただけではないか。

 よく考えてみるが、さっぱり早坂の真意がつかめない。

 なんだかジリジリとこちらににじり寄って来ている気がする。真意を測りかねるつぶらな碧眼が美城を見上げているだけで、早坂は何も言おうとはしない。

 

「愛」

「?(キョトン)」

 

 何も言おうとしないなら、こちらの解釈で行動するしかないだろう。

 美城は、初めて見る物に興味がある子猫のように小首をかしげた早坂に対してそう結論付けた。

 

「愛にゃーん」

 

 もう私は愛を猫として扱う。

 

 これが秀知院の学年二位が出した答えだ。彼の知能がエキサイトしている。

 バカか?

 

「うりうり」

「にゃっ」

 

 柔らかい声を出しながら、美城は彼女のほっそりとした柔らかい首筋のあたりを撫で始めた。驚いたような鳴き声をあげた早坂だが、気にしない事にしている美城はくすぐるように顎の下を撫でまわした。

 

「愛は可愛いですねー」

 

 右手で顎の下をくすぐりながら、左手で金髪を梳いてやる。

 

躊躇とか無いんですかこの男は

 

 何か聞こえたような気がしたが、無視した。今自分が撫でまわしているのは立派な金色の毛並みを持つ大きな猫なのだから。

 

「愛にゃん。どうですか」

「に、にゃー」

 

 言い淀む早坂を他所に美城の猫かわいがりモードは終わりを見せない。

 と言うより激しさを増している。

 

「よしよし。うにゃにゃ」

 

 楽しそうに金髪を両手で弄ぶ姿は恋人にするそれではない。いや、一応セットした髪を乱さないように丁寧に撫でているから、それなりに気を遣ってはいるのだろうが。気遣いのポイントがずれている。

 

「ちょ……ちょっと」

「にゃんですかー、愛」

「~~っ! にゃ!」

 

 このままでは美城のいいようにされると思った早坂は次の手段に移った。ボケには乗っかるタイプで自身もボケタイプの彼に主導権を渡しては、基本ツッコミタイプの早坂は受け身にならざるを得ないから、苦肉の策である。

 

 座っていた席から軽やかに飛び上がると、向いの美城の脚に着地した。

 彼女は長い脚を恋人の脚と絡ませるように動かしながら、やがて居ずまいを正して美城の腿の上に鎮座した。

 思ったより近く、密着している事に驚いたのは早坂であったが、ここまできてヘタレる訳にはいかない。美城に負けを認めさせるまでは引けない状況である。

 

「愛?」

「……あむっ」

 

 僅かに見下ろす形になった美城が、上目遣いに赤い目を光らせて早坂へと呼びかけた。それを制するように、彼女は自分に一番近い彼の体、つまり鼻先に甘噛みする。

 

「へにゃっ! な、なにするんですか愛!」

 

 まさか人間に噛みつかれるとは思っても見なかった美城は、珍しく動揺の色を見せて鼻頭を抑えた。早坂の歯形が少し赤く残っているようである。

 無言でその手を取り去ると、彼女はもう一度美城の白百合の花びらのように白い鼻先に顔を近づけて、

 

「ぺろっ」

 

 と、自らの舌先をゆっくりと這わせた。

 

「ひゃっ、愛、くすぐったいですよ」

 

 ぺろぺろと鼻を舐められている美城は逃げようにも腿の上に早坂が乗っており、片手を抑え込まれた状況では出来る事がほとんどなく、言葉で抵抗の意思を示すだけである。本心は、恋人が怒っていて避けられてるなと思っていただけにくっつかれて悪い気はしていないのだが。

 

 

「五条先輩。さきほどは……ええええ!!」

 

 そんなクソほどイチャついてるカップルが占拠しているボランティア部に、二人の物ではない声が大きく響いた。

 美城と早坂は『あ』と半ば正気になりながら、生真面目そうな声に思い当たる人物を同じように想像しつつドアへ顔を向ける。

 

「なな、なんて事してるんですか神聖な学び舎で!」

「……あの、先ほどはどうも伊井野さん」

 

 四角四面の申し子、風紀委員の伊井野ミコが二人の思った通りに仁王立ちしてこちらを睨みつけていた。

 

「面倒事を受け入れてくれたお礼にと来てみたら……こんな公序良俗に反する行いをしているなんて!!」

 

 くわっ、といつもの怒り顔を炸裂させたミコは言葉尻も苛烈なままでボランティア部室に乗り込んできた。他の人間ならカップルへの遠慮から見ないフリでもして立ち去っただろう。

 だが伊井野ミコはそんな人間ではない。

 

「ボランティア部が二人であるのを良い事に、こ……こんな事が許されると思っているんですか!」

「「ぴぇっ……」」

「ぴぇっ、ではありません!」

 

 お菓子が好きなどこかのアイドルみたいな呻きをカップル二人そろって吐き出すと、そんな弱気は許さないと気を吐いたミコが一層の厳しさで詰め寄った。

 

「何とか言ったらどうなんですか!」

 

 ひしひしと何を言っても許さないという雰囲気を感じつつ、かといって何も言わないと火に油を注ぎ続けるだけだろうと、美城は選んだ言葉は……

 

「ゆ……」

「ゆ?」

 

「許してにゃん♪」

 

「ふざけてるんですかーーー!!」

 

 もちろん怒られた。

 

 

 本日の勝敗  五条美城の敗北

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「しっかり怒られてしまいましたね」

 

 冬の日は短く、美城達がミコの説教から解放されたころにはすっかり暗くなっていた。わずかに残った日の茜色と夜の黒が混ざり合った藍色の空に、一番星が浮かんでいる。

 

「ですが……ふふっ。今日は愛の可愛い姿が見られたので良い一日でしたよ?」

 

 星明りに浮かぶ白い美城は神話から飛び出した天使のようであった。とても彼女のパンツを覗いてしまった罪悪感に苛まれていた人間と同一人物に思えない。

 

「愛のクラスはコスプレ喫茶と紀さんが言っていましたけど、これは強敵出現ですね。あんなに可愛いメイドさんがいては私達のバルーンアートは苦しいかもしれません」

「……」

「でも、眞妃様に千花とタレントではこちらのクラスも負けていませんよ」

 

 近づいてくる文化祭に対して、逸る気持ちで彼は話題を出す。

 

「……」

「愛?」

 

 だが、何とも早坂からの返事は芳しくないのである。

 

「そういえば、今日は来客があるのでしたよね。すみません、愛が大変な時に浮かれた事を言ってしまって」

 

 それを早坂の特殊な事情からくる物憂いだと考えた美城は、楽しそうな話題を反転させて、するりと彼女に寄り添う話題へと変えた。

 美城とて名家の長男である。来客へ心を砕いて接する難しさは十二分に知っているが、早坂は立場の弱い使用人として接するのだから、心労の程は上の方の立場である自分と異なる重さがあるだろう。

 少しくらい口が重くなっても仕方がない。

 

「……」

「次のお休みがいただけたら一緒にどこかへ行きましょうか? どこでも、愛の好きな所へ」

「……本当?」

 

 そろりと足を踏み出す猫のような、慎重な口ぶりで早坂はようやく言葉を紡いだ。

 

「もちろんです。普段頑張っている愛を少しくらい私にも労わらせてください」

「どこでもいい?」

「はい。……宇宙とか言われると私も困りますが」

「そんな遠くなくていいよ。……ううん。一番近い所でいい」

「そうですか? ディスティニーランドとか……」

「もっと近いよ」

「上野でしょうか?」

「違う」

 

「美城の家に行きたい」

 

「え?」

 

 ある意味ではデートに相応しく、ある意味ではデートに相応しくない場所を、早坂愛ははっきりと口にした。

 『家』という言葉が普通の人よりも重い人種である美城は、爆弾発言に一瞬言葉を失った。お休みしているからお見舞いに来た、以前の訪問理由とは明らかに重みも変わってくる彼女の要望である。

 

「ダメ……かな?」

 

 もちろんそんな事は日本有数の名家に席を頂く従家の娘である彼女も分かっている事だろう。加えて、両家の浅からぬ因縁から美城の母は早坂家を嫌っている事も。

 しかし……

 

「分かりました。愛がいつでも来れるようにしておきます」

 

 不安そうに聞いてくるいじらしい彼女の言葉を聞いて突っぱねるほど、彼の男は死んでいない。

 

「ほんとう? よかった」

 

 安心してため込んでいた物を吐き出すため息をした早坂を見て、間違っていなかったと美城は心のなかで頷いた。

 

「じゃ、行こ」

「……え?」

 

 心の中で頷く縦の動作が、かくんと横に代わって『?』と言っていた。心の中だけに納まらず、現実の美城も首を傾げて疑問で一杯の様子である。

 

「今日のお客って何か私を狙ってるみたいで、かぐや様が気を利かせてお休みをくれたんですよね」

「それは……何と言うか」

「今日の宿が無くて困ってたんだけど……」

 

 黙っていたのは言質を取るためだったのか……。

 恋人のしおらしい態度に合点がいった美城は、やられたと少しだけ苦笑いだ。

 その負けを認めた顔に早坂は気をよくして微笑むと、美城の隣に身を寄せて、僅かながらに背の高い彼氏に上目遣いでおねだりした。

 

「愛、家に来ますか?」

 

 ありがとうの言葉より先に、早坂は美城の腕にぎゅっと抱き着くのであった。

 

 

 

 

 続く

 

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