五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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早坂愛は泊りたい

 きっかけはこの冗談だったかもしれない。

 

「転職希望です」

 

 つい先日にあった進路相談で、私が言った希望進路だ。

 もちろん四宮家のメイドである事をしらない担任は、ポカンとして「転職……?」といぶかし気に私を見ていた。就職もしていないのに、何が転職だみたいに思われたと思う。

 

「ダメじゃない。ちゃんと先生に言わないと」

 

 困惑しきりの担任を見かねてか、聞き役に徹していたママがスッと口を挟んできた。

 何がダメなんだろう。真剣にではないけど、かぐや様のお付きを辞めようかという話をしたのは一度や二度ではないのに。

 

「永久の付く就職希望です、って」

「へ?」

 

 いや、違うじゃん。心配するのはそこじゃないじゃん。

 何で学校の三者面談で言う必要があるの。永久就職って……

 ……結婚ってこと?

 

「ねえ先生。どうなんですかこの子の付き合ってるという五条くんは?」

「えぇ……B組の五条美城くんの事ですか」

 

 何の因果でこの教師は生徒の親から進路相談で子供の交際相手の品評を求められているのだろうか。

 ほら私が転職希望って言った時よりも困惑してるし。

 スゥ……と担任が一息入れると落ち着きを取り戻して話始めた。

 

「秀知院を学力上位で通った子は基本的に大成すると言いますから早坂さんの交際相手として申し分ないと思いますよ」

「どうしたし急に」

 

 いや、この……何?

 何で教師が堂々と異性交遊をお勧めしてるの。なら校則違反だってしゃかりきになってる監査ちゃんの立場はどうなるの。かわいそうなんだけど。

 

「ふむふむ。他にはどうですか?」

「そうですね。交友関係が広く、友人が多くいます。秀知院での人間関係は他の学校に比べてより大きな財産になりますから……」

「いいですね。俄然興味が湧いてきました」

「湧かないで。その興味の泉埋め立てといて」

「他には?」

「かわいい」

「わかりみ」

 

 そこには全力で同意するけど。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「かぐや様。この子にお休みを与えていますか?」

 

 夜ごはんを食べに行った時にママがそう言ったのは、多分進路相談の話の流れがあったからだと思う。当事者の私は分かるけど、知らない主人にしてみればかなり唐突に聞こえたに違いない。

 その証拠に、ふぐちりに手を付けようかとしていたかぐや様は虚を突かれたようで陸に上がった魚のように固まっていた。火の通りが見事な白身で、この人はこんな所でも天才だった。

 

「奈央さん? いきなりどうしました?」

 

 煮えたふぐを取り皿に置いてかぐや様はママの方に顔を向けた。

 

「かぐや様。娘とあの五条の子息が付き合い始めたのは半年ほど前と言う話でしたね」

「それは間違いありませんよ。彼が転校したのは五月頃で、早坂が恋人が出来たと浮かれていたのもその頃ですから」

「……かぐや様。いくら娘が使い勝手がいいからと言って、振り回しては長持ちしませんよ。恋の一つくらい大目に見るのも主君の度量ですから」

 

 従家の者から説教じみた事まで言われている。かぐや様は再び活〆された魚のように固まった。

 

「どうしてそんな事を奈央さんが言うのですか?」

 

「だって半年も付き合ってる高校生カップルがセックスしていないのはどう考えてもおかしいですから」

 

「「え?」」

 

 ママのあんまりにも明け透けな言葉に、私はかぐや様と同じように固まった。

 いくら個室でプライバシーが守られているとは言っても大人の女性なのだから口にする言葉を選んで欲しい。

 

「確かに隙間時間を有効に使えば出来ない事はありませんが、若いうちにそんなせかせかした付き合いをするのは良くないと思いますよ」

「ちょ、ちょっと奈央さん! なに言って……」

「かぐや様も、仮にお付き合いする人がいたとして『忙しいから』と一時間二時間程度しか一緒にいられないのは嫌ですよね」

「それは……そうですね」

 

 あ、今会長の事思い浮かべた。

 

「この子を重用していただけるのは嬉しいのですが、愛を育む時間くらいありませんとねえ……」

「言いたい事は分かりましたが……」

「私も愛を育んで育てた愛で愛を育てたものですよ」

「やめなさい愛の三弾撃ちは! 訳が分からなくなるでしょう!」

 

 恋愛モードでちょっとポンコツ入ってる所に三段撃ちは効果てき面だったようだ。いつもの整然さを失いかぐや様の脳内は混迷状態にある。ママは令和に蘇った信長だったのかもしれない。最近の説で言うと三段撃ちは嘘らしいけど。

 

「まあ、あれこれ言いましたがこの子の沙汰をお決めになるのはかぐや様ですからね。どうぞご随意のままに」

「あれこれ言って進展ゼロ!」

 

 声を荒げたかぐや様と正反対に落ち着き払ったママは、淡々と言うだけにいまさら留めた。けど、もう手遅れに違いない。

 いくらわがままお嬢様でも、大人に言われれば思う所があるだろうから。

 

 

 ◇

 

 

「あなたに休みを与えます」

 

 はい。

 

 かぐや様はこういう他の人に結構影響を受けてしまう所があったりする。

 近い所で言うと、急に書記ちゃんのリボンを真似してみたり、会計くんにボクサーパンツ派はヤリチンという話を聞かされた時に会長の下着が異様に気になったり。

 何と言っても好みのタイプが会長に染め上げられてしまっている事だったり。選挙期間に起きた、会長の疲れ目解消からの疲れ目復活に異常な興奮を抱いていた事実を私は忘れられそうもない。

 

「……何ですかその顔は?」

「いえ。かぐや様のお気遣い、ありがたく頂戴しようかと思います」

 

 ママに言われたからだとしても、休みは休みだ。へそを曲げられて没収される前に受け取っておきたい。

 パソコンをいじっているのも楽しいけど、せっかくの休みなら青春っぽい事をしたいし。……その日が曇りだといいけど。

 

「いつごろになりますか?」

「与えると言いましたよ。今からです」

「今から!?」

「明日は……金曜でしたね。日曜の夜には帰ってきなさい」

「しかも二泊三日!?」

 

 少ない休暇を何とかやりくりしている身としては、意味不明な程長いお休みだった。風雲でももう少し気を遣って急を告げますよ?

 

「かぐや様、エイプリルフールにはまだ早いですよ」

「誰が四月に浮かれたバカですか!」

「明日は来客もあるのに……」

「だからよ」

「はあ」

 

 かぐや様がどれくらい四宮別邸使用人の仕事ぶりをご存知なのか知らないけど……いや間違いなく知らないのだろうけど、一応本家から来ている私は責任者なのですが。それが来客を迎え入れないのは些か問題であると思っていただきたい。

 

「明日はあの牧本の息子が来るのでしょう?」

「その通りです」

「彼、あからさまにあなたに好意を持って……いえ、好意なんて可愛らしい物じゃありませんでしたね」

「……見られるのは慣れていますよ」

 

 特に明日の来客は、かぐや様が言うように私に少々お熱のようで、姿が見えないとなると機嫌を損ねるでしょうし。

 

「見るだけならいいですけど。手を出してきたらどうします? 少なくとも五条くんは怒るでしょうね。嫌ですよ、あんな由縁分かっているだけの馬の骨のせいで五条家と戦う羽目に会うのは」

「大げさな……」

「だから早坂。私の命令でどこなりとでも行って休んできなさい。あの凡骨でも四宮に文句を言わない分別くらいはあるでしょう」

 

 ……確かにかぐや様の命令で私がいないなら相手も文句は言えない、かな。

 四宮のお嬢様の意向より相手の意向が強い訳がないのだから。

 

「私に都合が良すぎて怖いんですけど。かぐや様、何か企んでますか?」

「そこはあなたの恋人を見習って素直に受け取っておきなさい。可愛くないわね」

「……」

 

 それは前に二人で歩いていたら美城だけナンパされた事がある私への当てつけですか?

 偶然『可愛い』に対して複雑な気持ちを抱いている所を突かれた私は、あの時感じた悔しさからジトっと主人を分からない程度で睨みつける。

 

「ただ……」

「やっぱり何かあるんですね」

「ありません。ただ、あなたの惚気話を聞くのが今から憂鬱です、と思っただけ」

 

 ベッドに腰かけ直したかぐや様は、心底くだらないと言いたげな態度で表情を作る。ただ私はその裏に隠しきれない企みを見出した。伊達に長い間この子の従者をやっていない。

 ……つまり参考にするから教えなさいと言う事だ。

 

「そうですね。頂いたお休み分くらい話のタネになりそうな事をしてきますから。お土産話楽しみにしていてください」

 

 

 ◇

 

 

「ふわぁ……」

 

 威勢の良い事を言った割に、翌日私が登校してからの第一声は気の抜けたあくびだった。

 

 かぐや様が『今から休み』と言ったのはどうやら嘘ではなかったようで、今朝起きると仕事が根こそぎ他のメイドの物になっていて、主人の無駄に決まった覚悟に驚かされる。

 四宮別邸は家であると同時に仕事場なので、急な休みで仕事を押し付けている事実にどうにも居心地が悪くなった私は、正門が開くほどの時間に少しの期待を抱いて登校することにした。

 ……のはいいんだけど、そういえば美城は大概の開始ギリギリ登校族だったことを思い出す。彼は日中の光ダメージを天蓋ベッドの闇の中、たっぷりの睡眠で癒すのだから。

 こう書くと闇の魔族みたいな生態してるな私の彼氏……。

 

「あれ? 愛ではありませんか。おはようございます」

 

 気のせいかな? 闇の魔族の声がするんだけど。

 

「もしもーし。愛―」

 

 仕事で動いてないからなのか、どこかボンヤリしてて冴えない頭に染み入るような女性らしい声が後ろから響いてくる。もちろん、それを放っている人物が男性である事は分かっているけど。

 

「美城?」

「はい。やっとこっち向いてくれましたね」

 

 振り返った先には目の冴えるような真っ白な髪と、ハッとさせられるルビーのような真っ赤な目をした、恐らく秀知院男子生徒を何人か男の娘属性に突き落とした可愛い顔立ちをしている五条美城が声も柔らかに表情もにこやかに佇んでいた。

 

「えっと……今日何かあるの? 前の茶道部の時みたいな」

「そういう訳ではありませんけど」

「けど?」

「何故でしょうね。今日は早く行ったら愛に会える気がしまして」

 

 この見た目でなかったら聞いてられないようなキザったらしいセリフを吐くと、ゆっくり私の方に歩いて来て、

 

「眩しっ」

 

 急に差し込んできた光にやられていた。

 やっぱり闇に生きる一族じゃないですか……。

 

「大丈夫?」

「冬でなければ即死でした……」

「はいはい。気を付けてよ」

 

 光が入ってきた左目のあたりを抑えている彼の手をそっと払って、異常が出てないか私が見てあげることにした。

 大きな二重をパチパチと瞬かせている彼の赤眼を覗き込むと、瞳孔が光を取り込まないようにギュッと限界まで縮こまっている。その瞳の上を癒すように透明な涙が静かに瞼いっぱいに溜まった。もう一度パチリと瞬かせると、涙の雫が珠のような頬を伝って零れ落ちて行く。

 ホント、黙ってたら芸術品みたいな男ですね。中に搭載されているOSが書記ちゃんと同型じゃなかったら完璧なのに。

 

「はわわ……」

 

 光による痛みがどれほどなのか、私には理解できないけど、流れる涙の河を見れば彼にとっての深刻さが可視化されているように思う。

 確か、書記ちゃんが口走っていたけど、こういう時に点眼する目薬が美城の持ち物にはあるはずだ。一言鞄触るねと添えてから鞄をまさぐると、小奇麗なポーチが出てきて、彼にとっての必需品である目薬……と、日焼け止めクリームとファンデーション等の化粧品が出て来た。

 女子かよ。

 女子より可愛かったわウチの彼氏。

 

「みぃ、上向いてー」

「ぅ……」

 

「ひええ、朝姐さんでも激レアなのに朝美城様とかもっと激レアっす……。加えてあの美城様の信頼しきった顔は私達幼馴染連中しか見れない激レア顔。激レア×激レア×激レアの激レアトリオっす……。てえてえ……。てえてえの極致。テイテエムオペラオー……」

 

「いやうるせーオタいるし!」

 

 ちょっと人が集中して目薬点そうとしてるんだから黙ってて欲しい。『っす』とか言う人間は私の身近に一人しかいないから、確かバレー部で朝早い彼女がたまたま私達を見かけて変な実況をしてるんだろう。

 

「こがね。見てないで手伝えし」

「いやぁ……すいませんっす姐さん」

 

 それは物陰に隠れていた後輩の鹿苑こがねに他ならなかった。

 

「あい~、どうしたんですか~」

 

 ほら美城も目がショボショボするだけに収まらず口調もショボショボしちゃってるじゃん。

 

「ごめん。はい、じゃあ点すから目ぇ見開いといてよ」

 

 一滴瞳のど真ん中に垂らすと、冷たさに驚くように身震いをして薬をなじませるようにしばらくギュッと目を閉じていた。

 

「美城様も冬だからって油断してたらダメっすよねえ姐さん」

「それは同意だけど、人の深刻な状況を見てるだけなのもどうかと思うし。ねえこがね」

「っす」

 

 本当に分かっているのかな?

 

「でも本当に珍しい事もあるんすね」

「……まあそれにも同意かな」

「いえ本当にそうですよね」

 

 痛みが引いてきたのか、パチパチと左目を瞬かせながら美城が会話に参加してきた。

 

「みぃ、大丈夫だし?」

「大丈夫ですよ。愛が手当てしてくれましたから」

「なら良かったけど」

「推せる」

「うっさい」

 

 何で後輩に推しの子宣言されなくちゃいけないんだろう。知らんし。

 

「まあこがねの事は放っておいて、今日は何かあるんですか?」

「それがね……」

 

 隣にこがねがいる事もあって、一部うやむやにしながら今住んでる所に少しの間いられないから美城の所に泊めさせてくれない?と言う話をしようとして……。

 あれ?

 

 いくら恋人とは言え、お家に泊まらせて?(しかも二泊三日)なんてお願いは、最早セックスでは?

 

 数時間あればやらかす血気盛んな高校生カップルが、一晩共にして何も起こらないはずがなく……。と、少なくとも普通の人なら考えるはずだ。もちろんこの後輩も然り。

 

 

「愛?」

 

 私の事情など知らない美城は、急に言い淀んだ様子に訝しげに尋ねてくる。その顔が、邪気がないだけに自分の邪な思いを浮き彫りにしてくるようでいたたまれなくなった。

 

「や……っぱいいわ。うん。何でもないし」

「? ならいいのですけど……」

 

(日和ったわね)

 

 心の中のかぐや様が呆れている。

 うるさい。誰が日和ってるんですか。

 第一、私側の気持ちだけで全て決まると思い込んでいましたけど、彼の方にも家の事情があって、今日の四宮別邸のように来客があって外の人を迎え入れられない事情があるかもしれないではありませんか。私は一時の感情で恋人を振り回さない出来た彼女ですのでそういった事も加味してですね……。

 

「じゃあウチちょっと行くね」

「はい……?」

 

 困惑しきりの美城を置いて、一旦よく考えてみようと思う。私と彼の関係の進展は一個人の恋愛という枠に収まらないはずで、そんな重要な事を朝の寝ぼけが残っているような頭で考えるのは相応しくない。

 うん。

 多分そう。部分的にそう。

 

 ……いや逃げてないし。

 戦略的撤退だし。

 

 

 ◇

 

 

 

そんな今朝の事を言うと、かぐや様に滅茶苦茶小馬鹿にされた。

 

「あら早坂。普段はあんなに私の事を好き勝手言ってくれるのに自分の段になるとダメなのね。それでよく私がヘタレているだとかプライドが高いなどと言えますね。あなたこそ五条くんに断られたら傷つくからと言い訳を探しているんじゃないですか?」

 

 ここまで言う必要あります?

 本当に人を策謀に陥れる時と悪し様に言う時はイキイキし出すご主人様は……。けどそこに後で自己嫌悪してしまう所が可愛めだったりする。こがね風に言うと『推せる』でしょうか。

 

「こそって言いましたけどね、私は別に会長に断られたら傷つくなんて軟弱な女とは違いますから。いえ、むしろ今会長の方が私に対しての言葉を探している頃じゃないかしら。もしかしてプライドの高い会長は私に断られる事を恐れている……? お可愛いこと」

「よく今の一瞬でそこまで自分の世界に入れましたね」

 

 ……でも鬱陶しいのは鬱陶しい……。

 とにかく、これ以上何か言われる前に私も美城に言うべきは言っておかないと駄目なのは間違いない。

 美城が一人になった頃を狙って……

 

 

「あ、レアキャラ先輩はよーっす」

「不知火さん。おはようございます」

「この前のアレどーですか?」

「だから言っていますように、年が明けるまではダメです」

「けち」

 

 

「五条くん、いいかな?」

「構いませんよ、つばめ先輩」

「今回舞台の役を受けてくれたのはありがたいんだけど……大丈夫?」

「えぇっと……何がでしょうか?」

「五条くんの役、お姫さまの役だよ? 面白がられてるだけなら私から言うけど……」

「いいではありませんか」

「どうして?」

「女装は男にしかできない最高に男らしい行為ですよ」

「うん? ……うーん……。うん!」

 

 

「桃ちゃんまたゲームですか?」

「何だ? 私にお説教しようってか? 関係ないだろオカンかお前は」

「まあ。友達に向かってなんですかその言い方は」

「ふん」

「そんな態度だと大事な事を教えて差し上げませんよ」

「そう言って結局教えるのがお前だろ。さっさと言えって」

「スカートの後ろの方が折れてセクシーな事になっています」

「早く言えバカ!」

 

 

 いや全然一人にならない!

 一人になる気も様子も微塵もない!

 しかも女の子ばっかり!

 

 授業間の休憩や昼休みにまで女の影が美城について回ってる……。

 彼が滅多な事では断らない性格を利用しようとする自立を忘れた雌豚め……。そろそろ摘み取っておかないと。

 いや、こんな事を考えてたら美城に怒られる……。

 だけど私もあんまりのんびりしていられない。

 このままだと宿を確保できずに、気ままだけど寂しいホテルでの一人暮らしを過ごす羽目に会ってしまう。かぐや様が休みをくれた意味を五割くらい失うのは、そして失笑を買うのは避けたい。

 

 ……

 

 

 まあ放課後になれば強制的に二人きりのボランティア部があるんですけどね。

 朝や昼の休みは作戦を動かす時に作っておくバッファみたいなもので、本命の時間があるから焦る必要は無いのですから。かぐや様に悪し様に言われる筋合いは全くない。

 ……何だかいつものかぐや様みたいな事を思ってませんか私?

 

「愛ちゃんは可愛いですね」

 

 !?

 

 ドア一枚挟んだ向こう側から、とんでもない事を言っている美城の声が聞こえた。

 え? 何? 聞き間違いでないなら私の名前を呼んでいたような……。

 

 愛ちゃん……って。

 

 美城は普段私がいない時は、ちゃん付けで呼んでいるのかな?

 いきなり知ってしまった事実に変なむず痒さを覚える。とりあえず、一旦心を落ち着かせるために一時撤退を……。

 

「あっ、待ってー」

 

 !?

 

 気づかれてる?

 確かに美城は勘が鋭い方だけど、まだドアの前に立ってすらいない私に気が付くなんてあり得るのか……

 

「愛ちゃん待て待てー」

 

 気づかれてる……。

 逃げ……一時撤退しようとしている私に絶対気付いている。

 彼女を陰でちゃん付けしている事は結構恥ずかしいに違いないのに、気にしてないように私に呼びかけている。

 

 どこか言い訳が欲しかった私は、彼が呼んでいるから仕方ないと納得させて振り返った。無視するのは忍びない。私は出来た彼女なので。

 

「愛ちゃん!」

 

 次に私を呼ぶ声が聞こえたと同時に、臆病が邪魔しないように一気にドアを開け放った。

 

「はい。何さっきから私の名前を連呼し……て……」

 

 一気に開けた視界に、予想していた白髪の小さな頭は見えない。あれ?と思って一通り見渡すと……

 

「……」

「……」

 

 いた。

 床に突っ伏して、毛の塊を手中に収めている。ぬいぐるみのようなそれは、「にゃあー」と一鳴きすると私の顔をじっと見つめてきた。

 可愛らしい鳴き声の響いたのとは裏腹に、私と美城の間には微妙な空気が広がる。

 おしゃれを重視した私のスカートはとても短くて、床に突っ伏した彼の視線には当然ある物が広がっているはず。

 

「あの……私も水色なのでお揃いですね」

 

 彼は、しっかりと私の今日の下着の色を言い当てた。

 

「ふん!」

「ふぎゃっ!」

 

 思わず足蹴にしてしまった。

 

…………

 

 

「五条くん、文化祭では様々な部活にお手伝いとして出ると伺いましたが、それは本当ですか?」

「はい。その通りです」

「でも聞いただけでも三つは参加するんだって?」

「それは一部誤った情報です。私は茶道部・新体操部・軽音部・あと少しだけ生徒会にも協力をしているので、正確には四つですね」

「さすが五条くんですわね」

「いえいえ、私など」

「……ねえその顔についた足跡の事は聞いちゃダメなやつ?」

 

 

 ボランティア部には今、マスメディア部の取材が来ていた。

 いつものように答える美城の顔には私が踏んづけた跡が残っている。

 ちょっと人のパンツ見といてその態度保てるの意味分からないんだけど。

 大体なに?第一声がお揃いの色ですねって。人がせっかく恋人のためにきちんとしたヤツ履いてきたんだから可愛いですねとか……

 いやキモイな……。

 いくら彼女とは言え人のパンツ見て最初に言う言葉がそれだったら……え、やっぱりキモくない? ベッドの上とかならともかく。

 ベッドの上なら……まあキモくない、よね。

 そう言えば美城の好みってどんな感じだろ。フリフリのレースの可愛いヤツかな。それともぴっちりしたスポーティーなヤツかな。ラインを綺麗に見せる天使のブラってヤツも少し興味ある……

 って、何で美城に見せる下着の検証を私は初めてるの。

 そっちの方がキモいって。

 

 

 ティロン♪

 

 

 主に私のせいで冷え切った空気に、高校生ならだれでも聞いたことのある着信音が響く。美城に連絡する人間なんていくらでも思い浮かぶけど、一つ確信めいて口にした。

 

「……そろそろ猫ちゃんのお迎えが来たんじゃないの?」

「えっと、はい。そのようです」

 

 弱弱しい彼らしくない言葉を聞いて、呑気に窓際で日向ぼっこをしている猫を抱えながら部室を後にする。不特定多数の人間と接する猫だけあって、この癪なアイという猫は抱っこされても非常に大人しい。

 

「本当にご迷惑をおかけしました」

 

 猫カフェの店長に受け渡すまで、時折にゃあと鳴くだけで手のかからない出来た猫だ。

 

 私も出来た彼女なのに、どうやったらあんな風に猫可愛がられるのかな……?

 

 ……あまりにも馬鹿げている妄想だった。

 

「あ、早坂さ~ん」

「書記ちゃん? どしたし~?」

 

 校舎を折り返し戻っていく私に、ある種無軌道さが猫に似ていない事もない書記ちゃんが駆け寄ってきた。

 

「い、今やんごとない猫ちゃんをボランティア部で預かってるって聞いたんですけど!」

 

 今生徒会は文化祭に向けて忙しくしてるはずなのに、この子のふわっふわ加減は相変わらずみたい。きちんと首輪をつけて制御してください会長やくめでしょ。

 

「あ~、今ちょうど飼い主さんに返してきたとこなんだよね~」

「そうなんですか~。残念……」

「ウチはせいせいしてるけど」

「何で……あぁ、シロちゃんって猫ちゃん大好きですからね」

「ほんとそれ」

 

 私が知っているのだから、幼馴染の彼女が知らないはずもない。

 

「猫みたいなのがいるんだから我慢しろしってハナシ」

「でもシロちゃん、早坂さんの本質はワンコって言ってたそうですけど」

「えっ、そうなん?」

 

 だから私と猫が並んだ時に、猫を選ばれてしまうのだろうか。

 

「……」

「そう落ち込まないでください早坂さん」

「いや落ち込んでないし」

 

 会う人会う人すべてに猫っぽいと評されて来ただけに、美城からの評価に衝撃を受けていただけだし。なんでワンコ? 後でしっかり彼に問い詰めておかないと。

 

「あ! そうだ。良い物がありますよ」

「良い物?」

「はい。関わる人をおかしくさせる呪いの猫耳です」

「……じゃ、ウチ部室戻るから」

「ちょっとこれは本当なんですって! あの会長もかぐやさんもおかしくなった実績のある物なんですから」

「へー。そんなんあるんだ」

「そんなんです」

 

 書記ちゃんには悪いが、聞いた時点で答えが見えてくる。

 恐らく好きな人が可愛い恰好していたけど、悟られないようにしてたら周りからはおかしく見えた、というのが正解なんでしょう。だけど、一考の予知ありだと思う。

 美城だって私の事を好いてはくれているのだから、可愛らしい恰好、それも彼の大好きな猫の恰好をすれば悩殺できる余地がありそうだ。

 そのまま家まで持って帰ってもらおう。

 

「裁縫部に行ったらあると思いますよ」

「ありがと……あー、でも急に行ったら変じゃない?」

「そこはシロちゃんの名前使えばいいじゃないですか。何言っても『はいはい』ってなると思いますよ」

「ウチの彼氏そんなん?」

「そんなん」

 

 そんなんらしい。

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 

「愛、家に来ますか?」

 

 結果としてそんなんだった。

 五条美城の名の下に裁縫部から猫耳をふんだくると、少し恥ずかしい目にもあったけど望んだ通りの結果が得られた。珍しい美城の負けを悟った顔も見れた事だし、言う事なしだ。

 

「おじゃましま~す」

 

 それはもう美城の迎えの車に乗る足取りも軽い軽い。彼の方から誘って来たという錦の御旗を掲げつつ、運転手への挨拶も穏やかになるというものだった。

 

「愛。もう一度聞きますけど、本当に家に来たいのですよね?」

「も~。そう言ってるし」

「今ならまだホテルのスイートくらい取れますよ」

「やだ~美城ってばホテルとかやらしーし」

 

 軽やかに口の中で弾ける炭酸水をゆっくりと飲みながら、美城は確かめるように何度もそう聞いてきた。

 や、確かに泊まりたいと言ったのは私ですけど、ホテルに行くのはちょっと直接的すぎる物言いじゃないですか? というか、スイートくらいって? え、もっと上のランクがあるってコトですか?

 

「そういう事を言いたいのではありませんが……分かりました。そろそろ私も団らんの度に愛の事を薄っすら隠す生活は嫌だと思っていましたので、いい機会ですね」

 

 人が内心恥ずかしく思っているのに、この男は小揺るぎもしていなさそうな調子で優しく語り掛けてくる。それが良い所と言えばそうなんだけど、もう少しこう、何と言うか、恥ずかしがれっていうか……。

 

 そうこうしているうちに、高級住宅街の中でも一際豪華な五条邸の前に車は停まると、外から何者かの手によって扉が開く。

 

「おかえりなさいませ美城様」

 

 手の主はゆったりと言葉を口にすると、美城のために日傘を開いて待っていた。少し親近感を覚えるクラシカルなエプロンドレスを身にまとった、まもるとか言うメイドだ。

 

「ただいま戻りました」

「今日は可愛いお客様とご一緒だそうで、私もこの時がついに来たかと高揚と傷心の心地でございます」

 

 私の顔を一瞥すると、彼女はやや芝居がかった調子で言った。一応目下の者であるはずのこのメイドはやけに馴れ馴れしい。

 

「どうしてまもるが傷付くのです?」

「だって小さい頃は私をお嫁さんにしてくれると約束しましたのに」

「そうなの? みぃ」

「自信を持って言いますけど、してません」

「あ、これは私の母への約束でしたね」

「そうなの? みぃ」

「自信を持って言いますけど、そうです」

「そうなの!? みぃ」

「子供の頃の話ですからね?」

 

 もちろん分かっているけど、そっか、そんな可愛らしい子供時代の話も聡明な彼にあるんだ。微笑ましかっただろうな、と想像するのは簡単だった。小さい頃のもっと可愛らしい姿なら尚更。

 

 

「うちのみー君の過去にそんなに興味がお有り? 早坂さん」

 

 ヒェッ……。

 

 一声聞くだけではっきりとこちらを毛嫌いしているのが分かる冷たい響きが、不意に耳に飛び込んできた。心を包んでいたあったかい想像が一瞬で吹き飛ばされるような力強さも感じる。

 美城の母親、五条静花女史だった。

 

「昨日の今日で家に来たいだなんて、奈央はどういう教育をしてるのかしら?」

「あの」

「いいえ、別に良いのよ。向こうのそこそこ大切なカードが勝手に転がり込んでくれるんだから助かるわ。どうしてあげようかしら?」

「母さん。私の大切なお客様ですよ」

「……ふん。みー君に感謝なさい」

 

 ……滅茶苦茶嫌われていた。

 いや、彼の柔和さに忘れていたけど、本来なら五条家は四宮家と敵対的な関係にあるから好きになる方が難しいはず。当然四宮の子飼いの早坂家へマイナスの感情を持っているだろう。

 

 

「……ねえみぃ。やっぱホテル取ってくれない? お家に行くには急すぎたよね」

 

 ……逃げてないし。

 戦略的撤退だし。

 

「まあ、みー君のお客が遠慮なんてしなくていいのよ? さ、立ち話もなんだから、中に入って色々お話を聞かせてちょうだい」

「やっぱり私……」

「入りなさい」

 

「……はい」

 

 いくつかの反論パターンを考えてみたけど、あまりにも強い静花さんの語気に気おされて頷いてしまった。

 私に従うのが当然、というテイで来られると何故だか『クゥーン』という感じになってしまう。これが美城の言っていた、私の本質はワンコという事だろうか。

 

「大丈夫ですよ、愛。私が文句なんて言わせませんから」

 

 気後れした私の手を握りながら、美城は力強く言い切った。

 

 何それちょっとカッコいいじゃないですか……。好き。

 

 





次回 早坂愛は名家の嫁の夢をみるか GW中に公開したい(次話の開示による呪力の底上げ)
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