五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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ゴールデンウイーク中に書かずにゴールデンカムイを読みふける人間の屑とは私の事。この作者……ズボラすぎる!



早坂愛は名家の嫁の夢を見るか

「……<●><●>……」

 

 

 

 早坂ですが、彼氏のお母さんのご機嫌が最悪です。

 

 この世の終わりを凝縮したような暗い瞳で、じろりと私を見つめるそれは到底息子が彼女を連れて来た時の目とは思えない。

 私だって恋愛に一家言あるとは言いませんけど、普通はもう少し嬉しそうにする物じゃないでしょうか。

 

「母さん、せっかく私が女の子を連れてきたのですから、少しくらい嬉しい顔をしてくれてもいいのではありませんか?」

 

 厳しい視線を遮るように美城が私の前に立つと、はっきりとそう言った。羞恥心を覆い隠すほどに自己肯定感の高い彼は、母親が責めているような場面でも臆する事なく自分の意思を貫く物言いが出来るのだろう。

 

「だって『あの』四宮の部下の『あの』早坂家の『あの』奈央の娘なのよ? 警戒しない訳がどこにあるの」

 

 短いセンテンスの中に『あの』が三回も出てきた……。

 そのうちの一つにママの事もあるし、本当に学生時代に何してたんだろ。あの人を食ったような態度のママは、美城と同じように話題の中心にいたであろう静花さんと相性は良くなかったのかもしれない。

 ……というか私もママの事『あの』って言ってるし。日本語下手かな?

 

「みー君が女の子と付き合えるか不安って言うなら、いくらでも紹介してあげるのに。知ってるでしょう?私のコネ」

「人に女の子あてがっちゃう所は遺伝なんだ」

 

 美城も眞妃様の弟・帝サマに色々な女の子を紹介していたけど。親子二代に渡って受け継がれた癖らしい。

 

「四宮に負けない名家の子がいいならおばあちゃんも相談に乗ってくれたわよ?」

「いや親子三代制覇じゃん」

 

 なんで都合よく人力マッチングアプリみたいな人間が同じ家に生まれ続けるのだろう。世話焼きおばちゃんってそんな同じ家からリポップするの?

 

「私は仲人百人の節目をみー君とそのお嫁さんで迎えたかったのに……。この泥棒猫」

 

 泥棒猫って言う人実在したんだ。

 何か……傷つくよりも感動を覚えてしまう罵倒だった。

 

「母さん。いくら何でも聞き逃せませんよ」

「美城……」

「愛は見た目はともかく中身は結構ワンコなんです!」

「美城?」

「この女狐」

「狐はイヌ科の動物ですからね……」

「美城」

「それはどうでも良くて、私の恋人を傷つけるような事を言うなら怒りますよ」

「美城……。良い事言ってる風だけど余計な応酬いりませんから。泥棒猫でも女狐でもスッと怒ってください」

「私は怒っています!」

「みー君に怒られた……。かわいい……」

「お義母さんはスッと反省して」

 

「……門の前で長々と何無駄な事やってんの?」

 

 無駄とはなんですか。不当に罵倒されて恋人がかばってくれた一幕のどこが無駄なんですか。

 

 冷や水を浴びせるような一言に内心憤りを覚えつつ、ゆっくりと音のした方を振り返ると、

 

「要。おかえりなさい」

「カナちゃんおかえり」

「ん。ただいま」

 

 要と呼ばれる少女が呆れた面持ちで佇んでいた。

 美城の妹さんの五条要だった。高い背から見下すように私達を見ている。反抗期まっさかりの反発心みたいなものが顔によく表れていた。

 

「カナちゃんも帰ってきたし、バカな事やってないで入りましょう」

「そうですね。日が傾いてから余計寒くなりましたし」

 

 言い争いをした後というのに美城と静花さんは急に仲が良く話し始める。というより、いつも仲が良いのだろう。私という異分子が入ってきたから面倒な事になっていただけで。

 確かに普段一番近くでこれを見ている妹ちゃんから見れば何て無駄な事を、と思うのも無理はないかもしれない。どうせ仲直りするのだから。

 私は色々と美城と正反対な所があるけど、一番は親子の間柄かも。

 

「愛。温かい紅茶を淹れますから早く行きましょう?」

 

 今さら五条家の仲に分け入っていく事に躊躇していると、その気配を察したように美城は私の手を取った。文化祭の前、十二月頭の冷たい空気にかじかむ手を温めるように握りこんで、心配なんて何もないと言うような笑顔を浮かべて私を見ていた。

 

「はい」

 

 少しだけの笑みを浮かべて彼に応えると、引いてくれる彼のエスコートに従ったまま五条邸に入っていった。

 

 

 

 

 五条邸は四宮別邸と比べて外見は質実剛健な防塞城の出で立ちだけど、中身の絢爛さはさほど変わらない。長い毛足の絨毯に、威厳を煌めかすシャンデリアや、生活を彩る絵画など、良い家のスターターセットが玄関から見渡すだけでも迎えてくれる。

 

「まもる。私は部屋で作業があるから食事の用意が出来たら呼びに来て頂戴」

「お部屋にお持ちしますよ?」

「馬鹿ね。みー君を合法的に鑑賞出来る機会をこの私が逃すわけないでしょう」

「わかりみが深うございます」

 

 靴を脱ぎながら静花さんはメイドのまもるに短く指示を出した。社会人と家庭人の間をとてつもない速さで駆け抜けた会話だ。

 どんだけこの人自分の息子が好きなの。

 

「早坂の娘」

「愛です」

「ちょっと二人きりになれるからって、みー君に変な事するんじゃないわよ」

「……普通男に言うセリフでは?」

 

 まあ変な事をする魂胆で美城の家に来たのは否定しませんけど。

 

「みー君はそこらの男とは違うから普通なんて当てはまらないの。あなた半年も付き合ってそれが分からないなら……」

「母さん」

「……はいはい」

 

 厳しい言葉は変わらない母親を窘めるように、美城はそっと割り込む。一番愛している息子がした事に少しばかりショックを受けたように彼女は黙った。

 静花さんが何を言おうとしていたか、と問われたら私は答えられただろう。ただ、理解はしていても言葉にされると……どうかな、私も少しばかりショックを受けたのだろうか。

 

「さ、愛。私の部屋に行きましょう」

 

 美城はじっと母親を目で制しながらゆっくりと先を歩いて行った。先導されなくても場所は分かっているけど、大人しく今はついてく。

 彼が開けた扉に一緒に入ると、遮光幕のかかった天蓋付きのベッドが鎮座する部屋で、部屋の主が誰なのか疑う余地もない美城の部屋だ。何度か訪れた彼の部屋に入ると少しだけ気が抜けて、それを感じ取ったのか椅子を差し出してくれた。

 

「申し訳ありませんでした。母も、いつもはあんな人ではないのですが」

「いえ、気にしてませんから」

 

 ケトルの電源を入れると美城も向かいに座る。紅茶を……と門の前で言ったのは場繋ぎの言葉じゃなかったみたいだ。

 

「私が……」

「愛はお客様ですから座っていてください」

「単純に私の方が上手いよってこと」

「私だってたまに淹れた時は美味しいって言ってもらってます」

「あのお義母さん相手にでしょ? 泥水でも美味しいって言いそう」

「たしかに」

「否定してあげて」

「ですが眞妃様相手にですから。変な気は遣ってないと思いますよ」

「……そこまで言うなら」

 

 ならせめて私がお茶くらい淹れてあげようと思ったけど、意外に意思が固い美城を前に引き下がる。何事においても天性の物がある彼が淹れてくれるのだから、そう変な物は出てこないだろう。

 ただ……

 

「♪~」

 

 奉仕を受ける立場に慣れていないから、何ともむず痒い感じがする。これがあの辺鄙なボランティア部室ならさほど気にならないのに、男にあるまじき天蓋付きベッドが置いてあるからかぐや様の部屋が脳裏によぎるのかもしれない。

 

「出来ましたよ」

 

 ゆっくりと物思いに耽っていると、いつの間にか淹れ終わっていたようだ。少しでも可笑しな所があればメイドの自分が『そこ違いますよ』と囁いてくれるはずだけど、それが無いと言う事は彼には間違いなく腕がある。

 即戦力として四宮別邸で働かせたいくらい。メイド服とか着させて。アンティークのカップを嫌味なく手に取れる人間というのは多くないし。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 ……とか考えているから静花さんに警戒されるのか。

 

「そういえば」

 

 彼の淹れてくれた紅茶で喉を潤すと、温かい物で口が柔らかくなったのか自然と話題が出た。

 

「はい?」

「なんか、いろんな人に私は犬っぽいって吹き込んでるらしいね」

 

 それは今日一日で何回か聞いた私自身についての話題。

 書記ちゃんから聞く所と、彼が母親に言った事から考えて、どうもこの人は私をワンコと言う事にしたいらしい。

 

「はい」

「はいって……ちょっとは悪いと思わないの?」

「だって本当の事ですから」

 

 悪びれもせずニコニコして美城は問いに頷いた。言ってはなんだけど、どこが?

 俗に猫目なんて呼ばれるツリ目がちの目元と、気まぐれな面を持つ私は大抵の人が猫っぽいと言うはずなのに。

 

「にゃんこでもワンコでも、私が愛を好きなのは変わりませんけど」

「でも美城は猫派だよね」

 

 今日、ロシアンブルーのアイという猫を、地べたを這うように追いかけた姿は並々ならぬ猫へのこだわりを感じた。猫と同じ扱いと言うのはそれはそれで嫌だけど、ああいうガッツは覗かせて欲しい。

 

「つまり愛は私の好みと自分の属性が異なるのが気になっていると言う事ですね」

「そういう……ん?」

「そういう所が愛の可愛い所ですよ」

 

 くすくすと笑いながら、空になったカップを置いた白皙の彼がするりと隣に座ってきた。膝上に置いた手に指先で触れてくると、弄ぶように恋人つなぎをかましてくる。

 

「愛のワンコな所はですね、まず忠誠心が高い所でしょうか。情が深いとも言いますね。ですから愛はかぐや様からどんな面倒な命令が来てもやってしまうのですよ」

 

 確かに猫は滅多な事では命令を聞いてくれない。

 

「敵に容赦のない反面、味方と認めた人には懐く所なんていうのもワンコですね。例えば会長にハーサカ姉さんは変な事を言ったりしますけど、あれはからかってるんじゃなくて甘えているんですよ」

「こじつけみたい」

「あとそうですね……。大好きな人には尻尾を振っている所なんてとってもワンコです。奈央さんなんてその典型例でしたね」

「自分の事も、って言いたいんですか?」

「ふふっ。そうやって口調が固くなるのは余裕がなくなっている証拠ですよ? 愛は敬語で暮らしていますから楽な方を選ぶのでしょうが」

「う……」

 

 変な事を言っていた美城を問い詰めようとしていたのに旗色の悪さを感じる。細雪の繊細そうな見た目とは異なり、彼は結構図太くて押しが強くて悪びれない。

 今もそう。羞恥心が邪魔しそうな所を無視できるから、動物たとえを良い事に好き勝手言える。加えて質の悪いことに見た目の暴力で『そうかも……』と思わせる不思議な説得力があった。

 

「……」

「どうしました?」

「……ちょっと」

 

 勇気をもって彼の家にやって来たのはいいけど、このままでは一方的な展開にされそうな危惧を抱いたので『手を放して』と白い手の甲を摘まんで訴える。

 

「あ……。はい。分かりました。扉を出て左、突き当りを右ですからね」

 

 どうやら美城はトイレに行きたいと受け取ったようだ。

 トイレを我慢する事には慣れているし、特にもよおしても無いけど、仕切り直しの意味も込めてその声に従う事にした。

 

 

「上手くいかない……」

 

 トイレに続く道をゆっくり進みながら、誰もいない廊下でそう独り言ちる。たしかに五条美城という人間に近い特性を持つ書記ちゃんにギリギリ勝ち越してる私は、普通に考えて彼と綱渡りの力関係になるのは分かりきった事だけど。

 そこに私の甘えたがりと、彼の実は頼られたがりな所が合わさると、グーがパーに百回挑むような無謀さを……。

 

「……?」

 

 角を曲がった所で、ふと勘が働いた。直線的に突き刺さる、無形の興味の矢。つまり視線が。

 

 もしかして同じようにトイレに来た静花さんが睨んできているのかもしれない。何てタイミングが良いのか、私にとっては悪いのか。

 気付かなかったとしてもいいけど、それはそれで側仕えの能力を軽んじられる気がする。そんな様子で主人を守れるの、みたいな感じで。面倒な気配を感じながらも、ゆっくり振り返って、

 

「誰!?」

 

 全然違う人だった。

 

 私が曲がって来た角とは別の、トイレの向こう側にある角から、やけに濃い顔がこちらを窺っている。

 昭和の名優のような一重の目と、太い眉毛が『お前を見ている』という事実を百二十パーセントの労力で訴えている気がする力強さだ。特に時代に逆行するかのような眉。座頭市の主演俳優みたいな濃さだ。初代のほう。

 

「愛? どうかしましたか? 大きな声を出して」

「美城……」

 

 蛇に睨まれた蛙というくらい硬直した場に、柔らかく美城が声をかけながらやってきてくれた。

 若干の恐怖と安心感から彼の後ろに回り込むと、片手で裾のあたりを掴んで、空いた手で視線の主を指さす。

 

「誰!?」

「はい?……あれは……」

 

 何か勿体付けたような口ぶりで美城は向こう側の人影を見た。これで彼が知らなかったら不審者でしかない。

 

「誰なの?」

「……」

「え、何で黙ってるの?」

「……」

「ねえ……!」

「……」

「誰なの? 怖いよぉ!」

 

 

「これ……父さんです」

 

……はい?

 

 

 

 ◇

 

 

「呆れた。知らない女の子が歩いてるから怖かったですって?」

「まあ……」

 

 私もご相伴に預かることになった夕食の席で、最初の話題は私を見ていた男の話だった。

 もっとも、相手から……美城のお父さん、五条章男氏から言わせれば、家に帰ったら全く知らない女が我が物顔で練り歩いているという話なのだが。たしかに怖い。刑事事件の匂いがする。

 

「それでこのお嬢さんはどこの誰なんだ」

「「「……」」」

「どうして黙るんだ」

「「「……」」」

「えっ、誰?」

「「「……」」」

「誰なの? 怖いよぉ!」

 

 どっしりした見た目とは裏腹に私と同じ恐怖に震えていた。

 家庭内の立ち位置が凝縮されたやり取りに見える。

 

「はい、父さん。この子は私がお付き合いしています早坂愛さんです」

「なんだ美城の……ん? 美城の?」

「はい。彼女です」

「ご紹介に預かりました、早坂愛です」

 

 美城が話題を向けてくれたので、流れにそって自己紹介をした。ギャルという体裁の時に会った事のある妹ちゃんは『何こいつ怖……』みたいな目で見ていたけど、今は彼女に構ってあげるヒマは無い。静花さんは私の事情を知っているから、四宮との繋がりがばれないために被っているギャルの仮面は意味をなさないからだ。

 

「そうか。美城も女の子を連れてくるような歳か」

 

 しみじみ呟く彰男さんの後ろで静花さんは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

 

「はぁ……」

 

 しみじみとため息を吐かれてしまった。

 

「それは何のため息なんですか父さん」

「俺がご近所に何て呼ばれてるか知ってるか?」

「五条の婿さん」

「社長さん」

「アッキーくん」

「最後のは子供向け動画でのあだ名だろう。いちいち引っ張り出してくるんじゃない」

「それで、あなたは何て呼ばれてるのかしら」

「好色家だぞ好色家」

「えっ。あなた愛人がいたの?」

「違う。お前たちが皆可愛いし、家にはメイドしかいないから揶揄してそう言っているんだ」

 

 うわぁ。

 親子だなぁ。

 美城が人に対して賛辞を惜しまないのは、まさにこの親にして子供ありって感じだ。

 

「あなたっていつも口が上手ね」

「いやこれだけ大きな家なのに男手を雇わないお母さんに文句言ってるからな」

 

 そういえば、この家の使用人はまもると言う女性とその母親くらいしか見ていない。たまたま女手しかいない日なのかと思ったけど、そうではないみたいだ。

 

「ねえ美城。どうしてそんな非効率的な事を? あの別邸もかぐや様が主人だけど、男手はいるよ」

「それは……ええっと」

 

 急に食卓に並んだ夫婦喧嘩は犬も食わないのでスルーすると、隣にいる美城に小さく問いかける。と、当たり前の事を聞いたはずなのに美城は少し口ごもった。

 

「みー君が可愛すぎるから男なんて入れられる訳ないでしょう! あなた十年前の事忘れたの?」

 

 変わりに答えてくれたのは、夫に強く反論する静花さんの言葉の余波だ。親バカここに極まれりと言った所か。

 ……いくら美城でも、言葉にするのに一瞬の躊躇があったのも分かる話だった。

 

「端的に言うと、そういう事です」

「はあ」

 

 ため息とは違う『はあ』が出てくる。

 

 なんでも学校に行けない美城のために男の家庭教師を雇ったら、数日と経たず手を出されそうになったらしい。幼い子供がよく分かるはずもなく、食卓で話題に上げたら次の日からその家庭教師は来なくなったとか。

 さらに次に既婚者の家庭教師を雇っても同じような事が起き、静花さんは身内以外の男を入れないと決意したらしい。

 これ全部静花さんが怒りながら一人で説明してくれましたよ。相当腹に据えかねていたんでしょうね。

 

「当時七歳の美城さまの写真です」

 

 私が言えたセリフじゃないけど、だからまもるくらいの若い女性が重用されているのだろう。こうして話題に必要な写真を見せてくれるくらいに気が利くし……

 

「何で当然のように写真持ってるの」

「可愛いからです」

「そんな言うほど……可愛っ!」

 

 急に出て来たメイドは置いておくとして、幼い頃の美城というのは可愛さの権化だった。

 幼く、プヨプヨしてそうな丸い輪郭で、その愛らしい頬の上に、まん丸な目がクリクリと興味深々にカメラの方を見ている。もちろん今と同じく光に透けそうな白髪と、神秘性を帯びた赤い目が、男であろうと女であろうとドキリとする魔力を放っていた。

 こんな子供が素直に懐いて教えを乞うてくるのだから、たまった物ではない心地は正直少し理解できる。

 

「今男手を入れても、数年後にはこんな子供が産まれてくるのですよ? でしたら女連中で頑張るしかないでしょう。私が守護らねばならぬ……」

「まもる!」

 

 メイドの意味深な言葉に小さく美城が吼えた。

「しーましぇーん」とあまり反省した所は見られなかった。

 

「美城、そんな怒らなくて……も……」

 

 あまりに自然に吐いたまもるのセリフに、理解が追いついてくると窘める口元も変に歪む。

 あのメイドは、数年後に美城の子供が産まれてくると言ったのだ。誰との間に? と言えば、彼に女の影は一人しかいないのだから、もちろん、私との間に。

 結婚しても子供を産まない夫婦もいる昨今であまりに明け透けなセリフだった。美城が怒る訳だ。一歩間違えればセクハラで訴えられても仕方ない。多分勝てる。

 

 

「なに? まもるは私に反対するの?」

「申し訳ございません奥様。なにぶん美城様の恋を応援してあげたい所存でございまして」

 

 心意気だけはありがたいけど。“だけ”は。

 

「いいわ。私も少し考えて言いたい事が出来たから話し合いましょうか」

 

 どうやらその心意気が無駄に静花さんの内面を煽ったみたいだ。落ち着き払ったようでいて、瞳の奥に舐め付けるような色が見える。

 

「食事が終わったらお話しましょうか」

 

 ……楽しいお話になりそうでドキドキします。

 

 

 ◇

 

 

「じゃあ早坂愛さん。あなたは我が家のみー君と付き合うにあたってどんな利益をもたらしてくれますか?」

 

 静花さんの語り始めは、どこか問答じみて先ほどまでの彼女とは違う落ち着いた口ぶりだった。というか面接だこれ。

 

「母さん。そんな即物的な物言いはどうかと思いますよ」

 

 同席してくれた美城はまっさきに母親の即物的な考えに反論した。

 父親と妹が締め出される中、残ってくれた彼は大丈夫と言うようにテーブルの下で手を握ってくれている。大きさはあまり変わらないはずの手が、今はとても頼もしい物に感じられた。

 

「けどね、みー君。四宮に近い人を迎え入れるなんてリスクをどうして犯さないといけないの」

「私が彼女の事を好きだからです。それに……」

「あーダメ! 答えが分かった人は黙っていてくださーい。私はあなたがどう考えてるか知りたいのよ早坂愛さん」

 

 そのまま全て話してしまいそうな美城を仲が良い親らしくおどけて制して私の方に向き直る。助けを妨げられた美城は、口を尖らせて不満気に母親を見た。ちょっと絆されそうになっているけど、彼に甘え続ける訳にもいかない。

 話そうとする威勢を感じたのか、彼は心配そうに見つめて来た。でも避けては通れない道なら、早いうちに乗り越えてしまった方がいい。

 

「お義母様がご存知の通り私は四宮従家の早坂の生まれです。今も四宮別邸で四宮家の長女・かぐや様にお仕えしています」

「はい、それで?」

「そこでは日々使用人として館の維持管理はもちろん、他の使用人に指示を出したり、訪れるお客様をおもてなししています。四宮に訪れるほどのお客様ですから、当然向けられる目は厳しいですが、毎回満足してお帰り頂いています。その生活を私は十年勤めていますから、能力の面に於いては恥ずかしい交際相手ではないと自負してます」

「他には?」

「はい。パソコン等にも造詣が深く、そういった分野でもお役に立てるかと思います」

 

 

「……え、ちょっと待って……え? みー君。この子こんななの?」

「そうですよ。可愛いでしょう?」

「はぁー。お可愛いことー……」

 

 ……思ってたのと違う。

 質問で詰めてこられるのは覚悟していた。腐される事も当然あると思っていたのに、返ってきたのは微妙な反応だった。

 この流れで可愛いってどういう事?

 

「あの……何か不満があるなら言ってくれませんか?」

「不満って言うか、拍子抜けって言うか……」

 

 さっきまで感じられた敵意の塊みたいだった静花さんが少し困ったように言葉を濁した。

 

「はぁ……。もういいわ」

「本当ですか?」

 

 やけにあっさりと認めてくれて、拍子抜けなのはこっちの方だ。もっとこう、徹底抗戦される物かと思っていたのに。

 

「大学までに別れてくれたらそれでいいんだけど」

「母さん」

「みー君がそんな事するはずないし問題も抱えてないから、あなたの問題ね」

「大丈夫です。私も……その……美城さんの事は……好き……ですから」

 

 いつもは回る口が、こう言う時だけさび付いたように上手く回ってくれなかった。慣れていないというのもあるけど、好意を表に出す事はやっぱり恥ずかしい。どうしてあんな明け透けに好き好き言えるのでしょうか私の彼氏は。

 

「そう。じゃあ一つ言わせて」

 

 

「美城が働き出したら嫁に来てくれるかしら」

 

 

 ◇

 

「今日は来てよかった。よく分からないけど、お義母様も認めてくれたみたいだし」

 

「あ、ねえねえ、かぐや様にもこの事言っていい? あの子、偉そうに言う割に進んでませんね、なーんて言うんだよ? ひどくない?」

 

「色々と身辺整理しないと。そうだ、五条家って結婚式? 神前式? 私はどっちでもいいけど、ほら、代々の決まり事ってあるでしょ?」

 

 

「……愛。本当に分かっていますか?」

「もちろん分かってるよ。私が美城のお……およめ……もう! 言わせたいの?」

 

 静花さん……お義母さん?のお話は、私の予想を百八十度超えて楽しいお話で終わってくれて、つい口も軽くなってしまっていた。思わず美城も呆れてしまっているみたい。

 

 ……お嫁さんか……。

 

 私みたいなメイドの上がりとしては最高の部類に入ってくる事柄ですね。

 すみません。一足先に嫁入りを決めさせてもらいます。かぐや様、ご祝儀は二で割り切れない奇数万円を入れるのがマナーですからね。私もかぐや様の式の折には同じように入れさせていただきますから。

 

「愛?」

 

 じっ、と宝石のような紅い目がゆっくりと尋ねるように私の目を覗き込む。いつもと同じように綺麗な目が、いつもと違って見えた。

 この人が将来自分の旦那さんになるのかぁ……と、しみじみ感じているからかもしれない。

 

「ふふっ。大丈夫だよ美城っ♪ 私がんばるから」

 

 私を見てくれる瞳に信頼の青色で返すと、空いている右手に腕をからませ抱き着いた。

 

「愛が頑張り屋さんな事は疑っていませんよ。努力家で献身的なあなたをお嫁さんに出来た人は、この世で一番幸せになる事もです」

「えへへ……美城ってば褒めすぎ」

 

 やられっぱなしではいられないのか、美城も右の指先で私の手を探り当てながら、説き伏せるような声色でゆっくりと囁く。凛とした女性的な声に変わりはないのに、脳裏を焦がすような甘い響きに感じられた。

 

「……少しお話しましょうか。立ってするような物でもありませんし、部屋に行きましょう?」

 

 ……えっ。

 ちょ、やだ、美城ってば大胆……。

 いやいや、そういえばこういう事にさえ躊躇やためらいという物をしない人だった。

 

 でもやっぱり美城大胆~。

 意外と男らしいところ好き。

 

「ひゃい……!」

 

 声変になっちゃった。

 

「では行きましょうか」

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………と、いう事があったんですよ」

「えっ終わり!?」

「何ですか? 私の休日に何かご不満でも?」

「その……一番重要な事がその後に控えて……」

 

「セックスの話ですか?」

 

「セッ……!?」

 

「かぐや様はそんなに人のセックスに興味がおありなんですね。おエロいこと……」

「だだだ誰もそんな事言ってないでしょう!」

「本当ですか?」

「もういいわ! ……今日は下がりなさい」

「はい。今回はお休みを頂きまして誠にありがとうございました。明日からこれまでと同じようにお仕えしますので」

 

 当然でしょう?と言うように、かぐや様は怪訝な目で私を見て、手で払う様な素振りをする。大人しくそれに従って、一礼の後部屋を出た。

 

 

 

 ……言える訳ない。

 

 

 美城が部屋でしてくれた話が――

 

 

 

 

 

 ――かぐや様に、二度と会えなくなるかもしれない。という内容だったなんて。

 

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